「奨学金モラルパニック説」は「生活保護不正受給」と同じ
奨学金の返済に控除をしてはどうかという立憲・斎藤嘉隆議員の質問に、高市早苗が「必要のない奨学金を借りるといったモラルハザードなどが起こる可能性」があるなどと回答した。
論点は政策の是非ではない
まず強調しておきたいのは、この問題の論点は「奨学金の返済に控除する」という政策の是非……ではない、ということだ。この論点は、後述するようなデマ・奨学金を受け取っている者への偏見の流布を正当化するためのものに過ぎない。
もちろん斎藤議員はそんなつもりで質問したわけではないだろう。だが、高市によって奨学金の負担を軽減しようとする試みは、ただの棍棒と化してしまった。
奨学金の返済を控除するとよくない、というのは事実かもしれない。だが、ここで政策の是非の話をする人は、実際には政策の是非の話をしていない。政策の是非にかこつけて奨学金を借りている人をバッシングしたいだけだ。
彼らはそうではないと言い張るかもしれない。しかし、高市のせいでそうなった。彼らが高市の妄言を批判せず、妄想の盛り上がりがしぼむのを待たないなら、彼らも奨学金バッシングの一勢力に過ぎない。この話はそれで終わりだ。
証拠のないモラルハザード懸念
高市とその擁護者は、奨学金を借りながら学費ではなく投資などに回すようなモラルハザードが実際に起きていると主張する。だが、証拠は一切ない。ましてや、政策の是非に影響するほどの割合で行われているというデータは皆無で、モラルハザードの懸念は妄想に過ぎないと断言できる。
証拠はない、というだけで話を終えてよいが、妄想であるという根拠はある。そもそも、奨学金の借り入れには親の年収に制約がある。つまり、奨学金を借りないと学費を払えないような人しか借りれないようになっている。だから、わざわざ奨学金を借りながらそれを投資に回せる人はほぼいない。
まぁ、子供が1人で偽造離婚でもすれば話は別かもしれないが、たかたが数百万の低金利融資のためにそこまでする人がモラルハザードが起こるほど存在すると考えるのは病的な妄想というほかない。
生活保護受給者バッシングに似る
妄想的なモラルハザードの懸念によって制度を叩くという行為には既視感がある。生活保護の不正受給「問題」と同じだ。生活保護には確かに不正受給者がいたものの、その割合も金額も極めて小さかった。例外的に極端な事例が報じられたことはあるが、それは例外的だからニュースバリューがあっただけに過ぎない。人が犬を噛んだ、というやつだ。
にもかかわらず、当時の自民党議員はこぞって生活保護をバッシングし、愚かな有権者もそれに乗っかってまんまとセーフティネットの劣化を押し通した。生存権という憲法上の権利が、妄想やお気持ちの類に押し流された影響は依然残っている。
今度は、奨学金でそれが起ころうとしているのではないか。
本当にさもしい顔をしているのは誰か
高市はかつて、生活保護受給者を指して「さもしい顔してもらえるものをもらおう、弱者のふりをしてでも得しよう、そんな国民ばっかりになったら日本は滅びてしまう」と述べた。動機は不明だが、公的な保護でもって権利を保障しようという人々への敵意がにじみ出ている。今回の発言もそのような敵意から出た、ある種のヘイトスピーチ的なものだったといえるだろう。
だが、私も奨学金の返済をしている一人として言いたい。本当にさもしい顔をしているのは誰だろうか。借りた金を返しながら学問に励んだ人間か、税金で養われておきながら嘘と憎悪しか垂れ流せない政治家か。
政治家が税金で養われているのは、政治家にしかできない仕事があるからだ。税金を徴収し、数多ある必要なところへ振り分けるという困難な仕事を委託するために、我々は議員を雇っている。
公的な補助を削り続け、自分で何とかしろと市民に迫るだけなら、わざわざ彼らを税金で養う必要性はない。払うべき金を払わず財布を放置するだけなら人である必要がない。パンダとかに財布を投げておけば済む話だ。
必要な仕事ができないなら、さもしい顔をして給料を受け取らないで欲しいものだ。「働いて働いて」とか言っている人ならきっとそう言うだろう。
でも、失職しても大丈夫だ。日本には生活保護という素晴らしい制度があるのだから、高市は無職になっても食っていけるはずだ。支給額が現状で十分なのは彼女自身が認めていることだし。
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