light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "誰がこまどりを殺したの" is tagged "士弓".
誰がこまどりを殺したの/Novel by さく

誰がこまどりを殺したの

4,284 character(s)8 mins

ちょっとおかしい士郎さん。タイトルはあんまり関係ない。
どこのかの平行世界のバッドエンド後の士弓。

1
white
horizontal

歌が聞こえる。

荷物を整理する手を止めて後ろを振り向くと、マスターである衛宮士郎がベッドに腰掛けて歌を歌いながら足を子供のようにブラブラと揺らしていた。
そこしか覚えていないのか同じフレーズを繰り返し、ここはこういう音程であるべきと言うところを必ず外す。
下手クソな歌も一度や二度ならば我慢できるが、こう何度も何度も聴かされるとストレスからかこめかみがズキンと痛んだ。

「オンチめ」

今更気を遣うような関係でもないのでイライラとした感情を包み隠さず言葉に乗せる。だが、士郎は目を閉じたまま私の方をちっとも見ようともしない。
その態度にさらにイライラがつのり、数歩分ほど空いていた距離を一気に詰めて両手で士郎のほっぺたを強めに引っ張ってやると驚いたのか「あ」の口の形でぴたっと歌うのを止めた。そのまんまぎゅむぎゅむと弄ぶが、契約した頃は童顔で柔らかいほっぺたをしていた子供が今ではすっかり自分と同じ大人の顔つきになっていて、いじくったって全く面白くない。

いつもなら間髪容れず生意気なことばかり吐き出すこの口は、今日だけは一言も発せられずぽっかり空いたままだ。頬から手を離すとようやく伏せられていた瞼を開けてきょろきょろと視線を彷徨わせた後、やっと私の存在に気付いたのか士郎はへらっと笑った。






今日は二月八日。間桐慎二とライダーが学園に張りめぐらした結界を発動し、多くの犠牲者を出した日から既に五年は経とうとしていた。
あの戦いで生き残ったのは衛宮士郎、間桐慎二、葛木宗一郎、そしてたまたま学校を休んでいた間桐桜の四人だけで、セイバーと凛を含めた学園に居た全ての者が命を落とした。

元マスターである凛の命令でその場にいなかった私は、学園で何があったのかを知らない。士郎は言わなかったし私も聞かなかった。
ただ詳しく語らなかった代わりに一言だけ「俺と契約してほしい。偽物じゃない本物の正義の味方になりたいんだ」と、震えた声で私に令呪が刻まれていた左手を差し出した。
間違った望みを捨てきれない哀れな男。憎しみの感情に身をゆだねて元凶となった人物を殺したくてたまらないくせに、それでも正義の味方であろうと必死に足掻く姿が無様で滑稽だった。

これは『英霊エミヤ』が『衛宮士郎』を殺す最後のチャンスなんだろう。もう私を縛るものは誰もいない。こんな胸糞悪い奇跡はきっと二度と起きない。誰も守ることのできなかった惨めな姿をあざ笑い無防備な心臓に剣を突き立てる。
たったこれだけの工程で私の目的は達成される。難しいことは何一つとしてない。それだというのに私は手はいつのまにか衛宮士郎の手を掴み、契約を承諾していた。

「貴方は例え気にくわない相手でも、伸ばされた手を取らずにはいられないのね」

凛と最後に交わした会話を思い出す。あのときは否定したが、結局は凛の言葉通りになってしまった今では認めざるをえない。
手を伸ばされた瞬間から、私の士郎への殺意はとっくに失せていたのだから。

私と契約を結んでからの士郎の行動はまるで何かに追われるかのように早かった。
間桐慎二を殺し、葛木宗一郎を殺し、イリヤを殺し、言峰綺礼を殺して聖杯戦争の勝者となった士郎は聖杯を私に破壊させた。
そこまでしてもまだ足りないのか全てを捨ててこの国を離れ、たどり着いた先で正義の味方として活動を始めた。多数を助けるために少数を切り捨て、味方となった者に敵対する者は誰であれ情けを掛けることはしなかった。
正義の味方であろうとして多くの者を殺して、殺して、その数を覚えきれなくなった頃、二月八日に衛宮士郎自身も死んでしまった。

死といっても生命活動が止まった状態を指しているのではなく、精神的なものだ。
いつもは自分を阻む壁なんか見えていないかのように信じた道を真っ直ぐ突き進むくせに、毎年二月八日だけはその道から足を踏み外し奈落へ真っ逆さま。
今のように機嫌良さそうに歌ったり、四肢を投げ出し虚ろな目をして遠くを見つめたりと、途端に使い物にならなくなる。

本当は正気を保てない今日が正常で、正義の味方として目を覚ます明日が異常なのかもしれない。真っ直ぐな道を突き進んでいるようで、本当は二人して脇道に逸れてしまっているのかもしれない。
仮にそうだとしてもこうなってしまえば私にはどうすることもできない。故郷から遠く離れた小さな宿屋の湿っぽい部屋で死を迎えたこいつと今日が過ぎ去るのをじっと待つしかないのだ。






「アーチャー」

頬に伸ばされた指の感触にびくりと体が震えた。ずいぶんと長い間、昔の記憶を遡っていたらしい。いつのまにか士郎が私の頬をぺたりぺたりと確かめるように触れていた。さっきとはお互いの立場が逆になっている。

「なんだ」
「あんたって今実体化してるか?」
「……………は?」

何言っているんだこいつは。

「……私が実体化していないとしたら、今お前が触れている男は誰だと言うんだ?」
「うーん、なんだろうな?見えてるし触れるんだけど、どうしてもあんたが立体?に見えないんだよな。少しでも爪を立てたらすぐに破れそうだ」

電波なことを言うのはこの日に限ってよくあることだが、今日は輪にかけて意味がわからない。私が眉を潜めると士郎はまたへらっと笑ってみせた。笑ってはいるがぺらっぺらの紙のような薄い笑みは気味の悪さしか感じない。
ふとこの男こそが立体ではなく紙でできているんじゃないかと思い、整えていない髪の毛の一房を手に取る。そこに確かな手触りを感じられてほっと胸をなでおろし、ハッと気づく。いかん、私までこいつの狂った世界に引き摺られている。

二人しかいないこの部屋で既に片方が潰れてしまっているのに私まで潰れてしまったらもうどうしようもない。
馬鹿なことを考えるなと自分に言い聞かせる。人とは不思議なものでそう思えば思うほどさらに追い詰められていくものだ。血の巡りが悪いのか頭も体も一気に重くなる。思考回路をすぐさま切り替えようとするも、何故かさっきまで実体を持っていたはずの士郎からどんどんリアルさが欠けていくのを止められなかった。
もう一度髪の毛を手に取り、一本一本確かながらこれは立体なのだと脳に叩き込みたかったけど、きっと途中で頭がおかしくなりそうなのてやめておく。

「………士郎」

自分でも無様だと笑ってやりたいくらい震えた声。頼りたくはなかったけどこのままではこの狂った世界から抜け出せなくなりそうで。助けを求めるように名前を呼ぶと急に顔を掴まれて無理矢理上を向かせられた。
照明の光が目に入る。安宿の鈍い明かりでも私の目を眩ませるには十分だ。一瞬、士郎を見失って、奥歯を血が出るほど噛み締める。そうでもしないとこの世界に一人だけ取り残されるという恐怖に叫びだしそうだった。

「お前ってそんな顔もできるんだな」

やっと見つけた士郎は逆光で灰色に染まり、ニヤニヤと今まで見たこともないような笑顔で私を見ている。

「なあ、気づいてるか?相当ひどい顔してるぞ」

そう言って私の頬をなぞる。士郎の言葉や行動一つ一つが私をさらにそちら側の世界に引きずり込もうとしているように感じられてきもちわるい。

「もしかしてお前、怖いのか?」
「……………離せ」
「やだよ。せっかく珍しいもん見れたのにさ。………俺、ちょっと感動してる。俺とお前が似ているなんて微塵も感じたことないけどさ。お前もそんな風になれるってことはやっぱり俺達おんなじなんだな」
「世迷い言はいいから離せ!!これ以上、貴様に付き合ってられるか!」
「そんなに怯えるなって。アーチャーは可愛いなぁ。俺、お前のこと一生気にくわないまんまだと思ってたけど、今のお前なら好きになれそう気がする」

そんなこと言われてもこれっぽっちも嬉しくない。
私の顔を掴んでいた手が首の後ろに回る。薄っぺらくなった手がねっとりとうなじを撫でてきて、ぞわっと鳥肌が立った。
ぐっと士郎の顔が近づいてくる。逃げようにも体に力が入らない。小さく舌打ちしても嬉しそうに笑われるだけで、これ以上の抵抗は無駄だと悟り、後はもう自暴自棄。ぎゅっと目をつぶって、大サービスで首まで傾けてやった。
あぁ、そういえばこいつが歌っていた歌。どこかで聞いたことがあると思っていたら、確か幼い頃見ていたヒーローアニメの主題歌だ。この愚鈍な脳は大事な事は忘れるくせにどうでもいいことだけは覚えているらしい。
頭の中で懐かしい曲のメロディーをなぞる。そうすると記憶までたどられていくようで。

温かい夕飯の匂い。
隣で自分よりはしゃいでいた大人。
私を呼ぶ優しい声。


『士郎』


頭の中でその声が響いた瞬間、暗闇が晴れたように視界がクリアになる。ぺらっぺらだった男に奥行きが増え、立体に戻っていく。
唇が触れ合う瞬間、私が正気に戻ったことに気付いたのか士郎はつまらなそうに体を離す。そして、もう興味を無くしたのか背中からぼふっとベッドに倒れ込み、もう私を見ることはなかった。

詰めていた息を吐く。元の世界に戻ってきたとはいえ、あちら側に片足を突っ込んでいたのだ。急に血の巡りが良くなったせいか、頭がガンガンと脈打つように痛み、隣のベッドに私も倒れ込んだ。
士郎の言った通り、私達は同じになってしまった。同じ二人が一緒にいたって、どっちに引きずられようが何の成長も遂げられず、結局結果は変わらない。
士郎の隣に入るのが私でなければ結果は変わったのだろか。私が契約結ばなければ。そもそも、あのとき誰も死ななければ。……………いや、たらればの話をしても意味などない。全ての選択肢がうまくいった世界が幸福とは限らない。
でも、もしそんな世界があるのならば…………………、とそこまで考えて馬鹿らしいと一人笑った。まだ私は士郎の世界に引きずられているのか。
目をつぶる。余計なことを考えぬよう意識を切り離し、闇へと沈んでいく。
早く明日になればいいい。

Comments

  • なぎさん
    July 4, 2017
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags