明るい日差しの中、でたらめな鼻歌を歌いながらバケツを機嫌よく振り回す。入っていた水が周辺に飛び散り、中にいる魚が怯えてぴちぴちと跳ねるがそんなの知ったこっちゃない。
やっとたどり着いた目的地である屋敷の中へ勝手にあがりこめば、もはや顔馴染みとなったしかめっ面が真っ先に俺を出迎えた。
「懲りずにまた来たのか……」
「ああ。てめぇの辛気臭い面構えにもだいぶ慣れたからな。ほら、今日は土産付きだ」
手にしていたバケツを手渡すと、しかめっ面のまま、目だけ輝かしてバケツの中身を覗き込む。随分と器用な奴だ。
「ほう、アジか」
「ああ、今日は調子が良くてな」
「土産があるのならば仕方あるまい。不本意だが歓迎しよう」
「うるせぇ。てめぇはさっさと大好きなメシの支度の続きでもしてろよ。文句垂れちゃいるが、どうせ俺の分も準備してんだろ?」
ニヤリと笑ってそう言うと、アーチャーは渋い顔で唇をぎゅっと結んだ。言い返してこないところから察するに大当たりってところだろう。本人はポーカーフェイスを貫いているつもりなのかもしれないが、こいつは案外子供っぽい仕草で機嫌の良し悪しを表現する。
「ランサー。喧嘩を売っているなら買うが」
「それも悪くないがまずは腹ごしらえの方が先だ。いいのか?その魚の下ごしらえもしないで俺と喧嘩おっぱじめちゃって。『食材を大切に扱い、最大限に活かす』。それがお前のポリシーじゃなかったのか?」
あいつの痛いところをつけば反論もできなかったのか、またぐっと黙り込んだ。勝ち誇った顔で台所まで追いたてると、今度は拗ねたように唇をとがらすもんだから思わず吹き出してしまう。
「それで?あいつら、またやってんのか?」
「ああ。飽きもせず、よくもまあ毎日繰り返すものだ。彼女たちも、………貴様も。他人の恋愛模様に何故そこまで首を突っ込む?」
「別にただの暇つぶしだ。何度見にきても飽きねぇしな」
「それだけの理由でここに来てるのか?私には理解できんな」
「お前、娯楽とか興味なさそうだもんなぁ。んー、あとはそうだな。辛くなくて美味いメシが食えるってところも魅力的だ」
「それはそれは。お褒めに与り、光栄至極に存じます」
「いちいち嫌味な野郎だな。褒めてんだからちっとは嬉しそうな顔でもしてみやがれ」
とまあ、もはやテンプレとなった俺とあいつとのやり取りはここまでとして。ここの所毎日、この屋敷に通っている理由はさっきも話していた通り、メシだけではない。アーチャーと共に台所までたどり着くと、そこにはいつもの見なれた光景。セイバー、遠坂凛、間桐桜、イリヤスフィールの4人とそれに囲まれるようにして、衛宮士郎が困った顔をして縮こまっていた。
ここで少し昔話をしよう。俺が英霊になる前、まだ生きていた頃。欲しいものは自分から奪いに行き、それを誰かが既に奪っていれば力づくでも奪い返す。そこには弱肉強食という、奪い奪われの壮絶な日々があった。
それに比べれば現代は平和だ。いや、別にあの頃が一番良かっただとかそんな老人じみたことを言っているわけじゃない。この時代はこの時代でいいところがたくさんある。メシは確実に美味くなっているし、綺麗な姉ちゃんだってそこらじゅうにいる。娯楽だって事欠かない。
しかし、偶にだがあの頃を懐かしく思える時がある。血湧き肉踊るような毎日。この現代はそんな精神なんてもはや廃れちまったのかと思っていたが、そうではなかった。現に今だってたった1人の男を奪い合う壮絶なキャットファイトを繰り広げられている。
題して『正妻戦争』
「先輩!私、お洋服が欲しいんですけど、一緒に選んでもらえませんか」
「俺は服のことなんててんでわからないし、それは俺より他の奴に頼んだ方が……」
「えー、ずるーい!私も新しいぬいぐるみが欲しいな」
「えっと、じゃあ桜とイリヤが2人で買い物に……」
「あら、衛宮くん。お買い物?私も買う物あるし、着いて行こうかしら」
「いや、俺は行くなんて一言も……」
「待ちなさい。シロウのサーヴァントである私を置いていくとはどういうことですか?」
「皆!俺の話を聞いてくれ!!」
しかしまあ、どの嬢ちゃんたちも勇ましいことで。4人はにっこりと笑顔を浮かべているが、周りを欺いてでも坊主の気を引きたいと思っているのは誰が見ても明らかだろう。対して目の前の朴念仁は俺が見ている限りじゃ、突出して誰かを好いているわけではなさそうだ。好感度は皆、仲良く横並びってとこか。
「相変わらず、モテてんな。羨ましいぜ」
「羨ましいのなら、その感情に見合った顔をすることだ。どう見てもそう思っているようには見えないが」
魚をさばき終えたアーチャーが俺の目の前に皿を差しだす。さばくのに5分もかかっていないのはさすがである。
「おっ、刺身にしたのか」
「今から煮たり焼いたりすると時間がかかってしまうからな。あんまり客人を待たせておくのも気が引ける。本当は刺身にするのなら1日、2日ほど魚を寝かせたほうが旨み成分が増して味に深みが増すのだが、」
「そういう専門的なことも味の違いもわからないし別に気にしねぇよ」
「…………明日にでも貴様に美味い刺身を届けてやろうかと思ったが、どうやら余計な気遣いだったようだな」
「は?待てよ。いらねぇと言った覚えはないし貰えるもんは貰う。お前が美味いって言うのならそれは本当に美味いんだろうし、俺はお前のそこだけは信用してるからな。その他のいけ好かねぇ根暗野郎の部分は全く信用できないけどよ」
明日もメシに困らないなと上機嫌でいると、いつの間にか俺よりも上機嫌になっているアーチャーが「酒も飲むか?」と魅力的な提案をしてきた。至れり尽くせりとは正にこういうことだ。いったい、何があいつの琴線に触れたのかわからないが、真昼間からこの刺身と一緒に酒も飲めるのは大歓迎である。
「ほら。あんまり飲み過ぎるなよ」
「おお!お前は飲まないのか?」
「私はまだ昼食の支度が終わってないからな」
「ふーん。あ、ちょっとタンマ」
再び台所へ向かうあいつの手首を掴み、引き留める。予想もしていなかった俺の行動にあいつはきょとんした顔で首を傾げていた。お前、その分かりやすい顔とか仕草どうにかした方がいいぞ。
「お前はいいのか?」
「何の話だ?」
「あの輪に交らなくて」
「何で私が、」
「坊主のこと好きなんだろ?」
証拠はないが確信はあった。俺だって伊達に長生きしちゃあいない。これでも見る目はあるつもりだ。
如何にも迷惑ですみたいな顔をしておいて、こっそりと坊主たちの様子を窺っているのを俺は知っている。最初はあの4人の中に好きな女でもいるのだろうと思っていた。だから、坊主の態度で一喜一憂していたところを見て、こいつの本命は衛宮士郎だという事実に気が付いた時は驚かされたものだ。
さて、どんな反応をするだろうかとわくわくしながら見守っていたのだが、アーチャーは片方の眉をぴくっとつりあげただけで俺の言葉に特に動揺しているようには見えなかった。俺としては機嫌悪くなるか慌てふためくあいつをからかってやるつもりだったのに、どうもその算段は外れたようだ。むしろ、飄々とした態度に違和感すら覚える。
「ああ、そのことか」
「は?」
「そうだな。それでは偉大なる英雄の期待に応えるとしよう」
そう言ってアーチャーは坊主のところまで迷いなく進んでいく。
「シロウは私と遊ぶの!!!」
「いいえ!先輩は私とお買い物に行くんです!!!」
「そこのへっぽこ魔術師さんは、私と魔術の鍛錬はやらなくていいのかしら?」
「魔術の鍛錬は一昨日もしたではありませんか、シロウ!今日は剣の稽古をつけるべきです!!!」
未だ坊主を取り合ってバチバチと火花を飛ばしている4人には、アーチャーの姿なんか、いや衛宮士郎の姿も目に入っていないようだ。それをいいことにあいつは坊主に近付き、耳元に顔を寄せ、こそっと何かを耳打ちする。
何を言ったのかは知らないが、アーチャーの言葉に坊主の耳はみるみるうちに真っ赤になっていった。しばらくお互い黙っていたようだったが、やがて坊主が小さく頷いたのを合図にアーチャーはこちらへと戻ってくる。
「………お前、いつから」
「付き合い始めたのは1週間くらい前からだ」
「いったい坊主に何したんだ?」
「あの4人のように魅力的なわけでもない私ができることなぞ限られている。それでも、私はただ自分のやれることを出し尽くしただけだ」
「自分の体を使って誑かしたってわけか?」
「下種な憶測はやめろ。私はあいつの望みを汲み取りそれを叶えてやっただけだ。衛宮士郎が何を欲し、何を求めているかなんて手に取るようにわかる。それこそまるで自分自身のようにな」
「お前の本当に理解者は俺だけだーってか?」
「………………私はあいつを理解などしていない。自分自身だって未だにどうしたいかわからないくらいだ。ただ、あいつからは唯一無二の理解者に見えるようには装っている。まあ、特化した武器のない男が、足りない頭を駆使して考えた戦略的戦術だと思ってくれ」
アーチャーの言ったことが未だ信じられず、顔を騒がしい諍いの方へ向けると、坊主がこっちを面白くなさそうな顔でちらちらと見ているのに気が付いた。はいはい。相思相愛なわけね。いっそ、こいつの妄想であってくれればどんなに良かったことか。
「…………とりあえず、この度はおめでとうございます」
「お祝いのお言葉、恐悦至極に存じます。さて、私は昼食の支度に戻る。せいぜいゆっくりしていってくれ」
去っていくあいつを今度は引き留められず、一足早く俺のもとへ運ばれてきた刺身を一切れ口に運び、酒をぐいっと煽った。4人の諍いに耐えかねて、ついには坊主が仲裁を始めたようだが、逆にぼろくそに責められてたじたじとなっている。嬢ちゃんたち、本来の目的を忘れてねぇか?まあこの争いの賞品であるはずの男があの嫌味野郎のモノになっちまってるんだから、そんな助言にはもう意味はないのだけれども。
★
「それじゃ、俺はそろそろお暇するぜ」
部屋を出る前にアーチャーに目を向けると、まるで何事もなかったように自分のマスターと後片付けをしていた。衛宮士郎大好きな奴がこんなに集まった場所で、すました顔で居座れるだけ、あいつはけっこう大物かもしれない。認識を改める必要があるな、これは。
屋敷の門から外へ出ようとした時、急いで後を追いかけてきたのか、坊主から慌てたような声で呼びとめられた。
「ランサー!」
「おお、坊主か。用でもあんのか?」
そう聞くと若干気まずそうな顔をして、もごもごと言葉を濁す。
「何だ、てめぇ。男ならはっきりと言え!」
「いや、えーと。ランサーってアーチャーと仲いいよな?」
「は!?別に仲良くしてるつもりなんかねぇよ」
「…………さっきも2人で盛り上がってたじゃないか」
拗ねた物言いに先ほどの面白くなさそうな顔を思い出す。あー、そうかそうか。
「……何、ニヤニヤしてるんだよ」
「欲なんて1つもありませーんみたいな面しておいて、お前も一丁前に嫉妬とかするんだな」
そう言った途端、ぼふっと坊主の顔が真っ赤に染まった。
「なっ!?俺はそんなつもりじゃ!!!」
「照れるなって。お前とあいつの関係は知ってる。今夜もお熱い夜を過ごすんだろ?」
「それあいつから言ったのか!?ちくしょう!勝手にぺらぺらと喋りやがって!!!」
「そうかっかすんなよ。しかしまあ、お前も随分と奇特な趣味を持ってるな。あの嬢ちゃんたちの中から選ぶならまだしも、あいつだぞ?自分よりガタイのいい男と一緒に居たって面白くもなんともないんじゃないか?」
俺達の時代だって男同士という関係性がなかったわけじゃないが、俺としてはどうせ抱くのなら美人で気の強い、柔らかい女の体の方がいい。それに比べてアーチャーはというと、その体は筋肉質で固く、どっからどう見ても可愛げなんて言葉と縁が無い性格だ。
正直な感想を述べると、俺の言葉は不満だったらしく坊主は唇をとがらしていた。
「でも、いいとこだってあるんだぞ。いつもは厳しいし口も悪いけど、俺が落ち込んでる時に甘やかしてくれるところとか。たまに珍しく甘えてきたりなんかするとそのギャップが可愛いし。上手くできれば褒めてくれるし、反対に上手くできない時はちゃんとアドバイスをくれる。……………なんていうかさ、俺のことちゃんと理解してくれているんだなってところが伝わってくるんだよな」
「夜のほうは?」
「これが驚いたことに意外と相性ぴったりで、…………って何言わせるんだよ!!!!」
「あー、もういい。惚気話はやめてくれ。たくさんだ」
「別に惚気てなんか、」
なるほど。アーチャーは坊主の望みを叶え、理解者を装うことで堕としたと言っていたが、こいつはまんまとその手法に引っ掛かった訳だ。『衛宮士郎に尽くした』といえば聞こえはいいが、俺には『衛宮士郎を騙した』ようにしか見えない。
「なんというか」
「?」
「なあ、坊主。あいつ以外の奴に惑わされるんじゃねぇぞ」
「は?」
「他の奴には騙されるなってことだよ!」
背中をばんばんと強く叩くと、その小さな細い体は簡単に吹っ飛ばされる。まだ人生の半分も生きていない未熟な男。同情はしない。俺は生まれたのは弱肉強食がモットーの時代だからな。どのような過程であれ奪った方が勝者だ。
「ら、ランサー!痛いって!!」
「おお、悪りぃな」
何故、アーチャーがそこまで衛宮士郎に執着するのか俺には関係のないことである。知りたくもないし知る必要もない。ただ、惜しいのは明日から俺がこの屋敷に『正妻戦争』目的で来ることはもうないってところだ。あぁ、明日から何を暇つぶしに過ごすかな。
とにかく少年少女たちよ!へこたれずに強く生きろよ!!