てのひら
兄弟(のふりをする)士郎とアーチャー 腐向け ほんのり士弓
ちくわぶさん(twitter/wabuwabuwabu)からのリクエスト(兄弟士弓)でプライベッターにあげてたものを修正してアップしました。
兄弟ものかどうかはともかく、本人は士弓のつもりで書いてます。
※注意)オリキャラのおばあさんが出ます。苦手な方はご注意ください。
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「それで私に?」
「うん、冬木の猫さん事情ならお前だろう、と各方面からの証言が。」
「――なんだそれは?」
思わず眉間を押さえたアーチャーに、気づかれてないと思ってるのはお前だけだ、と内心で突っ込んだ。
主要な野良猫スポットとそこに出没する時間帯を把握し巡回し、それをただ眺めているだけの白髪褐色長身の男が目立たないとでも思っていたのだろうか、こいつは?
下手すりゃ事案ものだぞ?
それを他の猫さん愛好家やご近所のとりなしで不問になってるのも知らないんだろ?
「とりあえず話聞いてくれ。その猫探してるおばあさん、連れてきたからさ」
と手を引いてきたおばあさんを紹介しようと脇によけた。
アーチャーは俺の背後を見やり、小さく目を見開いた。
「――貴様、気づいてないのか?」
「?」
アーチャーの言葉に何事かを聞き返そうとしたところ、
「あなたが弓男さん?士郎ちゃんのお兄さんの?」
「は?!ゆみお?」
老婆のなにげない質問に、あ、やばっ!と思うのと、ばっ、とこちらに向けた険しい視線と目が合うのは同時だった。
――悪い。なんとか合わせてくれ。
――よりにもよって、貴様というやつは!覚えておけよ!
一瞬のアイコンタクトで、そんなふうなやりとりを行うと、アーチャーはおばあさんに向き直った。
おお!なんとか笑顔を作って応対している。しかし、こちらからは口の端が引きつっているのが見えてしまった。
マジですまない、アーチャー。
でも、交差点の真ん中で立ち往生しているおばあさんを見かけたらお前だってほっとけないだろ?
それも行方不明の愛猫を探してるなんて聞いてしまったら、これは手助けしなきゃだろ!?
まあそれでも、町の猫事情に詳しい奴がいるから話を聞きに行こうってなって、その際にお前のこと説明するのが面倒くさくなって、兄の“弓男”って説明したのは悪かったけどさ。
だって、お前の名前言う訳にもいかないじゃないか?
と内心で言い訳を重ねるも、こちらの心の声があいつに届く訳もなく。
「それで、士郎ちゃんがね、お兄さんなら猫の居場所に詳しいから尋ねてみようって」
「そ、そうですか。愚弟が適当な事を言ったようで誠に申し訳ない。とりあえずお話だけでも伺いましょうか」
話を聞きながらちらちらとこっちに殺気を飛ばすのはやめてくれ。
悪かったってば!
「ふむ。ハチワレで白足袋、背中に黒いぶち。しっぽはかぎしっぽ。12歳の雌。名前は、ふじ」
「そう。顔の模様が富士額みたいでね。私は洒落を込めて、ふじさん、って読んでたの。ふふ」
笑うおばあさんは、ちょっとはにかんでいて可愛らしい。
そして、その猫への深い愛情が感じられて少し切なくなる。
「―ふむ。確実とは言えませんが、そのような猫さんなら居場所に心当たりがあります。案内しましょう」
「まあ!本当ですか!?ぜひ、ぜひ、お願いします」
「本当か、アー、ごほん、兄貴!?」
兄貴、という呼び名にひきつった顔をしながらも、アーチャーは頷いた。
しかし、こちらを向いたその顔は予想していた不機嫌なものではなかった。
真剣な表情というか、これは心配、しているのか?
「私がこちらをお連れするから、士郎はもう帰るといい。お前、顔色が良くないぞ」
「え?何言ってんだよ?べつになんともないし。大丈夫だぞ」
体は確かになんともないのに何を言っているんだろう、こいつは?
それよりも、アーチャーの“士郎”という呼び名が思ったより優しくてどきりとした。
こいつに普通に名前を呼ばれたの初めてかもしれない。
「それより、早くそこへ案内してくれよ、兄貴。さ、おばあさんも」
ふたたびおばあさんの手を引こうとして伸ばした手は、なぜかアーチャーが掴んだ。
「!?」
そして反対の手をおばあさんに差し出している。
「こちらです、どうぞ。――仕方ない。お前も来い、士郎」
そのまま歩き出す。
アーチャーを中心におばあさんと俺と3人で手をつないで歩いている。
絵面を想像して妙にいたたまれない気持ちになる。
――なんだこれ?
気を逸らすために別のことを考えようとして、ついアーチャーに握られた手に意識が向いてしまう。
その手は剣のタコや無数の傷でゴツゴツとしていた。
それでも普通の人間と変わらず温かくて少し湿っている。触れ合っている部分が徐々に汗ばんできた。
ふと、体温と別の熱をかすかに感じて、それが魔力だと気がついた。
魔力を巡らせている?てのひらに?
それはアーチャーの手のひら表面を薄く覆うように循環し、手を繋いでいる俺の中にもわずかに流れこんでいるようだった。
何のために?と考えかけてはっとした。アーチャーを見ると奴も俺を見ていた。
ちらりとおばあさんへ視線を投げるアーチャーに、自身の閃きが正しいことを理解した。
「凛からあそこの交差点で事故が多発しているという話を持ち込まれた」
何気ない世間話のような口調だったが、俺にもその交差点がどこを指すのか気づいてしまった。
「青信号だと思って進んだら対向車とぶつかった、突然ハンドルやブレーキが効かなくなった、人影を避けようとハンドルを切ったら他の車と接触した、などなど」
「――」
「幸いにも今のところ人が死ぬような事故は起きていない。しかし、時間の問題だろう、ということだ」
「それでお前が?」
「幽霊には霊体を、ということらしいな。まあ的外れというわけではないが」
アーチャーが冬木に留まることを決めた当初、あいつは遠坂からの魔力供給を固辞していた。
『聖杯戦争が終わった今、マスターとサーヴァントという関係は解消すべきだろう』と。
だが、『では等価交換といきましょう?』という遠坂の提案を受け、遠坂からの雑用、もとい、冬木管理に関する事象に対して手助けする、その代償として魔力供給を受けるということで落ち着いた。
実際、霊的な場である冬木の地では、霊障やそれに類する事象が少なからず発生していた。
遠坂は実際それらの対処も人知れず行っていたらしく、アーチャーに魔力の授与を納得させるための口実というだけではないようだった。
「とはいえ、私は霊媒師などではないからな、無理やり消滅させるつもりだった。だが、こうして士郎が連れてきてくれたからな。少しはマシな結果にできそうだ」
言ってこちらを見たアーチャーは珍しく柔らかい表情をしていた。
その表情と名前呼びのダブルで不意を衝かれた俺は、思わず顔が赤くなっていくのに気づいていたが自分の意思ではどうしようもなかった。
「え、あ、あの、兄貴?」
「さあ、着きましたよ。こちらです」
あっさり無視されて拍子抜けする俺に構わず、アーチャーはおばあさんと俺の手を引いたままその場所に向かっていく。
連れて来られたのは、高台にある公園の片隅にある桜の木の根元だった。
あれ?そういえば、なんでこいつ俺の手を握ったままなんだ?
「あ、あの、ここは?」
怪訝な顔をするおばあさんへ、木の根元を示しながらアーチャーは説明する。
「2週間ほど前のことです。あなたのふじさんは近くの路上にうずくまっていました」
「え?あのこがどうして?」
「車にはねられたのか、出血がひどく助けようがありませんでした」
アーチャーは淡々と説明していく。
「そんな、じゃあ、ふじさんはもう?」
口を押さえてわななくおばあさんに構わず、アーチャーは続ける。
「はい。私は彼女を看取って、この場所に埋めました」
わっ、と顔を覆うおばあさんをアーチャーは静かに見つめている。
俺には何も言うことはできなかった。
おばあさんが愛猫の死を悼み悲しんでいる姿は、知ってはいても生者でないとは思えなかった。
胸が痛む。
そして、その姿に、隣に立つ男の事を考えてしまう。
つないだままの手からはしっかり体温を感じられるのに、自身を幽霊と同じものだというこいつには、彼女のことがどんなふうに見えているんだろう?
「じゃあ、私はもうふじさんに会えないの?」
「いや、そんなことはない」
きっぱりと言い切るアーチャーの顔を思わず見上げた。
その顔はかすかに微笑んでいた。そして、俺の初めて聞く優しい声で言った。
「彼女ならそこにいますよ」
にゃあ、とはかったようなタイミングで猫の声がした。
はっと顔をあげるおばあさんは、あたりを見回している。
「ふじさん?!ふじさんなの?どこ?」
おばあさんとアーチャーが同時に木の根元のあたりを見た。
俺には見えないがそこにふじさんがいるようだった。
「ああ、そこにいたの、ふじさん!そう?そういう事なのね?」
アーチャーを振り返るおばあさんは、何かを理解したように頷いた。
「そうだ、あなたはすでに亡くなっている。ふじさんと一緒にもう行くが良い」
俺には見えなかったが、猫を抱き上げたらしいおばあさんは、もう一度こちらを向いてにっこり笑った。
そして、すぅっと消えていった。
俺とアーチャーは並んだままそれを見送った。
「私がふじさんを見つけた時、手の施しようがない状態だった。そのままにしておけず、あそこに埋めた。首輪に付いていたタグから飼い主はすぐに見つかったが、訪ねた飼い主は入院していてそのまま亡くなっていた。あの老婆だ。」
アーチャーは淡々と状況を説明している。
「ふじさんはボランティアが面倒を見ていたが、あの老婆が亡くなった日に飛び出していってそれきりだったそうだ。飼い主の最期を知って会いに行こうとしたのかもしれん。老婆の方も死ぬまでふじさんが気がかりだったようだ。ずっと名前を呼んでいたらしい。そして、あの老婆が立っていた交差点はふじさんが車に轢かれた場所だった」
「――そうか」
話は終わりだ、とばかりに歩き始めるアーチャーは、まだ俺の手を握ったままでいる。
「なあ、この手なんで離さないんだ?」
俺の質問に、振り返ったアーチャーは呆れた顔で言う。
「生者と死者は本来触れ合ってはいけないものだ。牡丹燈篭を知らんのか?」
「は?」
チッ、察しが悪いぞ。呟いてアーチャーは俺の手を振りほどくように離した。
手の温もりがなくなった、と思った瞬間、ガクンと膝が落ちた。
体に力が入らず立っていられない。そして寒い。
「え?な!?」
「力が入らないだろう。お前はあの人に文字通り生気を吸い取られたんだ。幽霊のはずなのに、やけに生々しいと思わなかったか?感情があり、コミュニケーションも取れていると。それはそうだ、お前の生気を得て、彼女は生前の姿や記憶を再現していた。我々サーヴァントのようにな。」
「そんな!」
「彼女にそんなつもりはなかったかもしれないがな。どちらにしろお前の体力は今ほとんど空っぽだ。しばらくは寝こむぞ、覚悟しておけ」
言って、手を差し出してくるのを素直に掴んだ。
つないだ手から温かいものが体に満ちてくる。アーチャーの魔力だ。
足に力が入るのを確認して、ゆっくりと立ち上がる。
「これに懲りたら、むやみに死者と手をつないだりしないことだな。とりあえず、邸に戻るまではこうやって私がサポートしてやる」
おまえだって死者だろ?と口から出かかったが止めた。
だって同じじゃない。この手はこんなに温かい。
「なあ、弓男兄貴」
何気なく呼ぶとアーチャーが振り返った。ごく自然に。
そして、はっと気がつくと、心底嫌そうな顔をした。
ギリギリと俺の手を掴んでいる力が強くなる。
「痛っ!タンマ!これ折れる、折れるから!悪かったって、もう呼ばないから」
「ふん!」
ようやく指の力がゆるむ。
「帰るぞ、士郎。――これで兄弟ごっこは打ち止めだ、いいな!」
「ああ」
握られた手がさっきより熱くなったのは気のせいということにしてやろう。
アーチャーが説明した通り、俺は衛宮の邸に帰り着いた途端ぶっ倒れて、3日間人事不省に陥っていた。
そして、俺とアーチャーが手をつないで町を歩いている姿は多くの人に目撃されていたようで、様々な疑惑や憶測やからかいに、後日散々振り回されることになったことも補足しておく。
(End)