kiss of ...
士弓。キスの日ネタでアンケートの結果「足」を元にした小話。
士郎とアーチャーが主従という設定です。
いつもの事ながらなんでも許せる方向けです。
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覚醒は唐突だった。
ぱかりと開いた目に天井が映り、見慣れたそれに自室に横たわっているのだとすぐに分かった。
電灯の付いてない部屋はだが明るくて今がまだ昼間なのだと推測され、すぐにこんな時間に部屋で横たわっている事に違和感を感じ、それをきっかけに自分の状況を思い出した。
「そ、そうだ!藤ねぇ……っ!」
あわてて起き上がろうとして、全身に走った激痛に声もなく悶えた。
勢いのまま上半身を起こしたまではいいが、その体勢を維持できず、さりとてまた布団に横になることもできず、掛け布団に突っ伏したような姿勢のまま動けなくなってしまった。
じわりと滲んだ脂汗が頬を伝って落ちた。
「いつまでその姿勢でいる気だ?」
うずくまった俺の頭の上から、呆れた声が降ってくる。
アーチャーだ。
さっきからいたのか今来たのかは分からないが、声の位置から推測するに、横に立って見下ろしているらしい。
「う、ごけない、んだよ、痛くて!」
ようよう絞り出した声に、小さくため息で返される。
アーチャーの気配はしばらくそこにとどまっていたが、やがて俺の横に膝をつくと、こちらに顔を向け尋ねてきた。
「どこが痛む?」
「……どこも、かしこも……」
ふ、と笑う気配にむっとするが、いかんせん首さえもろくに動かせないのだ。
そ、っと背中に何かが触れる。
じわりと伝わる温もりに、それがアーチャーの手のひらだと数拍おいて気がついた。
らしくない優しい触れ方がどこか落ち着かない気持ちにさせる。
「ゆっくり息を吸え。そして長く吐くんだ。ーーそうだ、それをしばらく繰り返せ」
すうはぁすうはぁ、と低い声に促されるままに呼吸を繰り返す。
呼吸が深くなるにつれ、確かに強張った体が少しずつ緩むのを感じる。
そして、ようやく少し顔が動かせるようになった頃、ふいに視界がぐるっと回った。
ぼふん、と頭が枕に落ち、天井が視界いっぱいに映る。
アーチャーに無理やり体を倒されたのだと気づき、遅れて痛みが全身を駆け巡った。
「〜〜〜っ!!」
先ほど同様、声も出せないほどの痛みに気が遠くなりかけた。
生理的な涙が滲む目でその元凶である男を睨みつけた。
「お前ぇ……」
「何だ?横になりたそうだから手伝ってやったまでだが?」
澄ました顔で肩まですくめる姿は殴りかかりたいほどだったが、いかんせん激痛に萎縮した体に動く事を拒否され、俺は痛みと悔しさを唇を噛んで耐えた。
目を閉じ、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。
「ああ、そうだ。藤村大河は無事だ。安心しろ」
と、何気なく告げられて、ハッとして見開いた目にアーチャーのそれが合わさる。
「ーーお前が守ったんだ、士郎」
告げられた内容はもちろん、その目が柔らかい光をたたえて自分を見ていることに、じわりと胸の奥が温かくなっていくのを感じた。
「だが、生身の人間が車に蹴りを入れるのは流石にどうかと思うがなーー」
「あ、あれは、その……」
暴走する車は一直線に藤ねぇに向かっていた。
運転席でハンドルに突っ伏している人間をかろうじて視認でき、つまりブレーキの制動は期待できないのだと瞬間的に理解した。
咄嗟に魔力回路を起動して足に強化をかけると、早く早くと叱咤しながら両足を必死に動かす。
途中でスリップしたらしく横滑りしながら幾分かはスピードを落とし、それでもそのまま俺の姉を巻き込むコースを取る車の前に何とか回り込む。
走り込んだ勢いのまま両足から車へと突っ込み、そこで俺の意識は途切れた。
「両足の重度の捻挫、全身の広範囲の打撲と限界を超えた駆動による筋繊維の部分的な断裂、が医師の診断だ。
ちなみにお前は丸1日意識がなかった。
本来ならICUで経過観察するところだろうが、命に別状がないらしいのと、凛や教会が手を回してくれたためこうしてここでお前は寝ていた訳だ。
医者は首を捻っていたが、強化をかけていたとはいえ、捻挫で済んだ事は奇跡に近いとオレも思う。運が良かったな。
ちなみに運転手も一命を取り留めたそうだ」
簡潔かつ正確な状況説明はありがたかったが、こいつは一つ肝心の事を言ってない。
「いや、それだけじゃないだろ?」
「?あらかたの状況は説明したと思うが?」
「だってお前も助けようとしてくれただろ?」
「……何のことだ?」
「あの車は何もないところでいきなりスリップした。この目できちんと確認した訳じゃないけど、あれお前の仕業だろ?あれで随分スピードが落ちた。だから俺は何とか間に合ったんだと思う」
「…………」
「ありがとな、アーチャー」
笑いかける俺に憮然とした顔を返すとぷいっとそっぽを向き鼻を鳴らした。
「礼を言われる事ではない。そもそもをお前を助けようとした訳でもない……」
「それもそうか」
「そうだ」
ま、そういうことにしておこう。
にまにまと笑う俺を無視することにしたらしいアーチャーはすっと立ち上がると足元の方へ回り込み、布団をめくった。
「?」
「ついでに湿布を取り替えておくぞ」
「あ、ああ、サンキュ」
湿布を貼り替え包帯を巻き直すアーチャーは、手馴れているのか手際が良く、ほとんど痛みを感じさせない。
感心して眺めていると、上目遣いにこちらを見る鋼色と目があった。
「ーーーー」
「ーーーー」
そのまま、しばらく無言で見つめ合う。
と、ふっと目線を落とすとぽつりとこぼした。
「ーー大河はもちろんだが、お前が死なないで良かった」
そして、包帯に包まれた俺の足の甲にそっとくちづけを落とす。
「なっ!? わ、いっ……!」
思わず焦って足を引いてしまい、痛みに固まる俺を愉快そうに眺めがらアーチャーは言った。
「さて、オレは今珍しくマスターに報いたい気持ちで一杯だ。腹は空いてるか?それとも他に何かリクエストはあるかね?」
そして、真っ赤な顔をしているだろう俺に向かいにまりと笑いかけた。
End
※足の甲へのキスの意味「隷属」