【槍弓個人誌web再録】Nevermore pray
版権元:Fate/stay night、Fate/hollow atalaxia
注意事項:腐向け(槍弓) ネタバレ ねつ造 原作程度の残酷な表現
召喚に応じて冬木の地に降り立ったランサー。
しかし彼にはどうしてか〝前回〟の聖杯戦争の記憶があり、今度のマスターは衛宮士郎であった――。
というような導入で始まる第五次聖杯戦争イフストーリーの再録です。(完売済み)
圧倒的に弓の登場シーンが少ないという問題作ですが、第五次聖杯戦争ifが大好きなので書いてて楽しかった記憶があります。
20240429追記
発行当時のペーパーとして書いた短い後日譚を発掘したので投稿しておきました。よければお楽しみください。
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2月2日 1 restart
呼び声彼方、現在という那由他の先より。
わけのわからぬまま死んでたまるか、という諦めの悪い宣誓を良しとした。未熟で軟弱な拠り所に怯みもせず、それで構わぬと己を喚ぶには弱すぎる縁をこちらから引き寄せる。
資格のある者が喚び、座に至る者がそれに応える。以上の二行程を以て、冬木という限定空間での英雄降臨は世界の目を欺き承認された。
意識の根が降りる。仮初めの魂を囲うように霊核が産み落とされ、剥き出しのそれを守るように偽りの人体が肉付いていく。
人としての網膜が外界を捉えるより先に、霊としての触覚が目前で斧剣を振りかぶる巌のような巨人の姿を捉えた。
(――おや)
数瞬前に現界という名の事象再現を果たしたばかりのランサーは、思考より速く手に持つ槍で迫る剣撃を迎え撃ちながら不意に思った。どうもオレは、この英雄を知っている――?
「■■■■■■■――!」
咆哮のみで空気が割れる。望まぬ乱入者の姿に苛立ったように唸りを上げた狂戦士は、叩きつけるような振り下ろしを二度、三度と繰り返す。受ける度に足裏の地面が砕き割れた。正面からは受けきれないほどの重さを磨いた技のみで凌ぎながら、自分の能力値に合わせて感覚を調整する。ステータス低下が著しい。俊敏以外の全能力値が下回っている、と推定した。互いに脚を止めて技と力を競り合う現状はうまくない。
戦場は一人住まいにしては広い民家の中庭――奇妙なことにこの景色にも見覚えがあるが――戦うにはあまりに手狭だった。ランサーがこの狂戦士相手に戦闘を成立させたいなら、己の脚に頼ったヒットアンドアウェイで挑むしかない。そのためには広さがいる。やはり戦場を移す必要があるが――。
契約ラインを辿ってマスターの気配を辿る。真後ろ、ランサーの庇う位置から動いていない。バーサーカーをランサーが引き受けて移動したとしても、バーサーカーのマスターは着いて来るまい。この英雄をこれだけ好きに遊ばせて悠々としているのだ、奥に見える少女のマスターとしての力量が隔絶したものであることは疑いようがなかった。
敵マスターとバーサーカー、二人からマスターを守らなければならない。とても戦場を移せる状態ではない。となれば、残る選択肢は一つしかない。
「おい、マスター! ぼさっとしてんな、死にたくねえなら立ちやがれ!」
前を向いたまま背後に吠える。正直にいって、これだけの声をかけるのでも精一杯だ。バーサーカーから一瞬でも意識を逸らせばこちらが負けるだろう。
「なんなんだよ一体。なんなんだ、お前たち――!」
呆然とした声。それでも腑抜けではなかったようで、きちんと立ち上がる気配がした。
何もわかってないようだが素直で結構。ランサーは文句を言いながらも指示に従った顔も知らないマスターに、「ここから逃げろ」と重ねて告げた。
しかし、背後の人物は動かない。
「逃げろったって――こんな化け物を連れて一体どこに行けって言うんだ」
心底困惑したような、行き場のない迷い子のような声が剣戟を縫ってランサーの耳に届く。
……やはり、その声にもどうも聞き覚えがある。ランサーのこの〝記憶〟に誤りがないのであれば、この地こそがマスターにとっての最大の安全地帯である自宅なのだろう。であれば他に逃げ込む宛てがあるはずもない。中立地帯とされる教会までは遠すぎるし、ランサー自身あそこには嫌な印象しかなかった。
「あら、行くところがないならウチに来ればいいんだわ。サーヴァントを喚ぶなんてちょっとびっくりしたけど、その狗てんで弱いんだもの。心配しなくても、お兄ちゃんはちゃあんとイリヤが連れて帰ってあげるからね」
「ハッ、言いやがる……!」
ガキのなりをしていようが許しがたい暴言である。こんな状況でもなければ挑発に乗ってやってもよかったのだが、敵マスターの余裕を裏付けするバーサーカーの実力は本物であった。
隙がない上に、狂化の影響か恐れも動揺もない。おそらく狂化がない方がこの英雄はより強くなるだろうと想像がつくが、この場面において敵の躊躇のなさは厄介であった。ただ逃げ切りたいだけのときに、駆け引きや交渉が通じない相手というのはやりにくいことこの上ない。
瀑布のような連撃をいなしながらも慣れた様子でルーンを刻んだランサーは、一瞬だけ筋力のランクを底上げしてバーサーカーと拮抗した。両手で持った愛槍のど真ん中に、落ちてきた斧剣が垂直に交わった。目前で弾けた強烈な火花の白が網膜に焼き付く。
唸るバーサーカーの苛立った声を目前に聞く。長くは保たない鍔迫り合い。そう多くもない魔力を秒ごとに費やしながらようやく捻出した貴重な均衡に、ランサーは再度声を張った。
「マスター、令呪を使え!」
惜しんでいてはここで敗れる。現状を打破できる切り札はそれしかない。
「れい――? なんだって?」
「『自分をつれて逃げろ』と強く願え。死にたくねえんだろうが! これも無理とは言わせねえぞ!」
相変わらず己がマスターは何一つわかっていないらしいが、残念ながら懇切丁寧に説明してやる時間はない。
まだ戸惑いを見せていた背後の少年は、命がけで自分を守る人外の化生に一定の信頼を寄せたのか、「ああ、もう!」と苛立ちと諦めがない交ぜになった文句をもらしたのを最後に、覚悟を決めたらしかった。
「全然わかんないけど、わかった! 頼む、『俺をつれて逃げてくれ』!」
選ばれたものだけに与えられる聖痕。
回数制限つきの奇跡、その一画は至極単純な願い一つのために消費された。
ひよっこだろうとマスターで、喚ばれたてであろうと主従である。見えずとも魔力の伝搬は正確に伝わり、瞬間、自分の身に強大な力と強制が働くのをランサーは自覚した。
「――おうさ!」
自分の意に沿う命令、しかも本物の信頼が込められたものより心地のよいものはそうあるまい。軽快に返事をしたランサーは、バーサーカーの巨大な剣を軽々と跳ね返し、寸瞬もないほどのその隙を以て離脱のため地を蹴った。
まずは一歩目で後ろの――やはり記憶にある――マスターのもとに到達し、その体を掬い上げたのちの二歩目。ひび割れた中庭の地面に止めを刺す力強い一歩を蹴りきったころには、ランサーたちはすでにバーサーカーの驚異から抜け出していた。
*
何故か最初から備わっていた土地勘を頼りに、元の衛宮邸からもアインツベルンの城からも教会からも遠い廃墟へ転がり込む。一応霊地の一つに位置づけられる洋館は、寂れてはいたが敵から身を隠すだけの役には立った。
ルーン頼りは好みではないが贅沢は言っていられないと、ルーンを使って簡易の結界を張る。この時代の魔術師が相手ならばほとんどの場合見破れないだろう。キャスタークラスのサーヴァント相手にはあまり意味がなかろうが、マスターに事情説明をするまでの間の仮宿であるので看破されようが特段問題はない。
「――それじゃあ、俺がお前の、その、マスターってやつになるのか?」
ランサーは壁に背を預けて立ち、少年は部屋の中央に近い位置にあるスプリングの壊れたソファーに腰掛けている。
戸惑ったようにこちらを指す左手の甲には残り二画となった令呪があった。
「何を今更。さっきは中々いいマスターっぷりだったじゃねえか」
「俺は言われた通りにしただけだから、そう言われても困る。……とりあえず、俺がその聖杯戦争に巻き込まれたことと、なんで助けてくれたのかってことはわかった」
ありがとう、と頭を下げて続けた言葉は本心ではあるのだろうが、なにやらもごもごと続きを言いづらそうにしている。
「どうした?」
「……その、だな。助けてもらって俺はありがたかったけど、ランサーにとっては助け損だと思う。正直、今からでも別のマスターを探した方がいい」
「ふうん?」
自身が巻き込まれたことの重大さに怖じ気づいたか――とも思ったが、どうもそんな感じではない。続けてみろと顎で指して促す。
「さっきここに結界を張っていたのは魔術だろ? これだけのことがあんな簡単にできるなら、俺が魔術師としては半人前ってことくらいわかるんじゃないのか」
「だからオレには相応しくないってか?」
「ああ。それに、俺は別に聖杯なんてほしくない。だから、俺はお前にとってあまりいいマスターじゃない、……と思う」
ふむ、思いの外色々考えていたらしい。
確かにここまでのランサーの説明では、そう思ってもおかしくはなかった。ランサーは聖杯戦争におけるサーヴァントシステムの根幹を、聖杯という報酬を得るための一時的な協力関係である、として語った。であるならば、聖杯を求めないマスターはよくないマスターということになる。
「そりゃそうだ、お前さんの力量じゃ戦士として肩を並べることはできない。主人とするにはどうにも、傲慢さと威厳が足りんしな。飼い主や王なんてのは下々のことなんざ顧みず、好きにやりゃあいいんだ――と、言ったからって、急にふんぞり返れるような輩でもない」
つらつらと不足をあげつらってやると、むむむとどんどん眉間に力がこもっていくのが面白い。ちょっと言い変えれば褒め言葉にできなくもないが、そうは聞こえないよう言っているのはわざとであった。
性根が素直で裏表がないやつの方がランサーとしては好みである。腹に一物飼っているような男など、二度と主人に据えるつもりはないのだ。通常の魔術師というのは大抵において腹に何か飼っているので、その点のみでも余計な陰謀を巡らせない少年は十分ランサーに都合のいいマスターと言えた。……そこまで懇切丁寧に告げてやる気はないので、今この場では言い返すのもみっともないと反論を堪える若人を見て楽しむだけであるが。
とはいえあまりからかうとこの場でマスター権を放棄されかねないので、ここらで思い違いは正しておいてやることにする。
「だがな、そもそもに誤解があるがオレは別に聖杯を求めているわけじゃない」
「? なんだよ、さっきの説明といきなり矛盾してるぞ」
「願いはある。〝血肉の躍る戦いを〟――それがオレからの唯一の要求だ。ついでに気持ちのいいマスターだと言うことないがね」
ランサーの目的は聖杯戦争にサーヴァントとして召喚された時点で半ば叶っている。あとはランサーが槍を振るうのを最低限邪魔をしないでいてくれれば及第点だ。……記憶の中ではその単純な条件すら満たされなかったことがあると思えば、ランサーが思うよりもこれは贅沢な望みなのかもしれないが。
「ちょっと待てよ、だったら余計ダメだ。俺をマスターにするっていうなら、勝手な戦いとか許さないからな」
「そうは言うがな、坊主。マスターっていうのはサーヴァントを無くした程度でやめられるもんじゃない。聖杯戦争の期間中はサーヴァントがいなくなっても、お前さんはずっと『マスター候補』だ。当然、オレを手放したところで敵マスターたちは見逃してはくれん」
「なにさ、それ。俺は聖杯も要らないし、マスターの権利だって他に譲ってもいいって思ってるんだぞ。それなのに辞退も認められないって、理不尽じゃないか」
「まあな。勝手な仕組みだとオレも思うが、文句をつけてもどうこうできるもんでもない。本来はお前みたいな脱落者を受け入れるのが教会なんだが――」
教会と聞けば否応なしに思い出すのはどこかで自分のマスターであった神父の姿だ。ここでもやつが監督役を務めているのかは知れないが、いずれにせよマスターが保護を受けられるのはサーヴァントを失ったときのみだ。あそこに駆け込むのは最終手段と考えるべきだろう。
「そもそもよ、マスター。さっき襲ってきてた嬢ちゃんはお前さんの知り合いか?」
「いや、初対面だったけど……?」
「だったらちったあ危機感を持てよ。あいつはマスターとしてのお前じゃなく、お前個人に対して殺る気まんまんだったじゃねえか」
「あ……。そういえば、そうか。あいつが襲ってきたのは、ランサーが来てくれるより前だったもんな。もしかしたら、また来るって可能性も――」
「あるだろうな、当然」
「……むう。でも、なんでさ。俺、本当にあの子のこと知らないんだぞ」
「知るか。お前がわからねえことがオレにわかるわけねえだろ」
ランサーが持つ前回の記憶を参照してみても、よくわからない因縁だ。当時は当人たちにしかわからないものがあるのだろうと思っていたが、どうやら当人の片割れにも全く身に覚えがないことらしい。
「戦いが嫌だっていうなら積極的に戦いに出なくてもかまわんさ。ただ、大人しくしていてもおそらく敵は向こうからやってくるだろう。少なくとも、バーサーカーとそのマスターはお前がマスターじゃなくなってもおかまいなしに殺しにくる。
つまり、お前はオレとの契約を維持して自分の身を守らせることができるし、オレはお前をマスターとするだけで強敵が向こうからやってきてくれるって寸法だ。利害は一致してる。悪い話じゃねえだろ? 歌って踊れるボディーガードとでも思っとけ」
「そんなボディーガードは要らない。……けど、簡単に断れるものじゃないのもわかった。誰かと手を組まなきゃならないって言うのなら、俺もあんたみたいな気持ちのいいやつの方がいい」
古ぼけたソファーから立ち上がりながら、さらりとそんなことを言う。
変わるものだな、とランサーは一人感心した。彼が引き継いでいる記憶の中では、ランサーはこの少年を出会い頭に一度刺殺している。何らかの手段でかその致命傷からは蘇ったようだったが、やはり初対面で殺された不信感は拭いきれなかったか、少年はその後のランサーからの共闘の申し出を、警戒も顕わに断ったのだ。……まあ、前回は遠坂凛のサーヴァントであるアーチャーが彼女を裏切った直後でもあった。あの状態で得体の知れないサーヴァント、それも自分を一度殺した相手を信用できないというのも無理のない話ではある。
ソファーから立ち上がり、壁際に立つランサーの前まで移動しこちらを見上げる瞳からは、あの時のような拒否がない。少し奇妙な感覚であったが、少年にとってのランサーは『自分を殺した人物』ではなく『自分を守った人物』になるのだ。ランサーもいい加減頭を切り換えて前回と今回を区別しなければ、いつか足下を掬われるだろう。
「俺は衛宮士郎。あんたは?」
知った名を名乗って手が伸ばされる。握手の要求のつもりらしかった。
ランサーも応じようと壁から背を離す。正面から向かい合って、差し出された手を力強く握り返した。
「ランサー、クー・フーリンだ。真名は預けるが、間違っても人前で呼ぶんじゃねえぞ」
わかってる、と神妙に頷く士郎によしと頷いて手を離す。ついさっき突貫でレクチャーされた真名の重要性をきちんと理解しているらしい。
「――で、早速一つ聞きたいんだが。坊主は遠坂凛って女を知ってるか?」