- 1二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 02:57:19
刹那────歓声と喝采が激しく渦巻いた。
スポーツでもっとも偉大な二分間が、終わりを告げたからだ。
熱狂に支配されるチャーチルタウンズレース場。
その中で俺は、ただ呆然を立ち尽くしていた。
頭の中にある感情はあまりにも複雑過ぎて、言葉にすることが出来ない。
でも、目の前に広がっている状況が意味することは、たった一言で説明することが出来る。
負けた、と。
「……っ」
痛いくらいに拳を握りしめながら、言葉を抑える。
そうしなければ、言うべきでないことまで吐露してしまいそうだったから。
中東での転戦を経て、ついに辿り着いた世界の大舞台。
彼女は本場アメリカの強豪達に、決して引けを取らなかった。
苦手だったはずのキックバックすら乗り越えて、彼女は迫ってみせた。
1着とクビ差の3着、過去に出走した日本のウマ娘の中でも最高順位。
今まで掲示板にすら届かなかった薔薇のレイに、あと一歩まで彼女は迫っていたのだ。
頑張った、大健闘だ、立派な成績だ、胸を張って欲しい。
彼女が────そんな慰めを求めるようなウマ娘じゃないことを、俺は良く知っている。
「いやーマジでぱないわ、さすがは本場アメリカだよ、トレーナー」
鼓膜を揺らす、聞き慣れた声。
ハッと我に返って顔を上げると、一人のウマ娘がこちらへ歩み寄っている。
鹿毛のポニーテール、右耳には海老色の帽子、宝石のような瞳を覆うサングラス。
フォーエバーヤングは全身を泥だらけにしながらも、俺の下へと戻って来てくれた。 - 2二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 02:58:21
「……ヤング」
「……もー、なんつー顔してんの? ケンタッキーダービーだよ? そんな簡単に行くわけないじゃん?」
ヤングの表情には笑顔が浮かんでいる。
一見すれば、普段の彼女と同じ、余裕と不敵さを感じさせる微笑み。
しかし、違った。
いつもの笑顔と同じにしか見えないけど、明らかに違っていた。
デビューしてから初めての敗北、それも最大目標と定めていた夢の舞台。
悔しくないわけがないだろう、言いたいことがないわけがないだろう。
それでも彼女は、普段と同じような態度で振舞おうとしていた。
「ああ、そうだったな」
だから俺も、無理矢理に笑顔を浮かべた。
実際にレースで走った本人が堪えているのだ、トレーナーが耐えなくてどうするというのだ。
ヤングはそんな俺を見て満足そうに頷くと、おもむろにサングラスを外す。
「うわー、グラサンまで土塗れじゃん……ちょっと処理してから行くわ、先に控え室に戻ってて」
「わかった、急がなくていいからね」
俺はそう言いながら、ヤングに背を向ける。
その、瞬間だった。
「……っ!」
後ろから弾けるような足音が聞こえて来て、背中に激しい衝撃が走った。
俺はそれを、気合で何とか踏みとどまる。
燃えるような熱気、後ろから伸びている細い腕、握りしめられたサングラス。
ヤングは────俺の背中に顔を埋めながら、ぎゅっと抱き着いていた。 - 3二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 02:59:23
「…………ごめん、何も言わず、少しだけこうさせて」
弱々しく声を震わせながら、ヤングはそう呟く。
いつも陽気で明るく、それでいて自信たっぷりにロジカルで、見惚れてしまうほどに格好いい。
そんな彼女の、初めて見る姿だった。
「あと、ちょっと、だったのに」
「……」
「勝ちたかった、勝てるはずだった、勝たなきゃいけなかった、のに」
「…………」
「悔しい、悔しい悔しい、悔しいよぉ、トレーナー……っ!」
「………………」
胸が張り裂けそうなヤングの言葉を、俺はただ背中で受け止める。
ヤング、俺も悔しいよ。
だから必ず、この国へと戻って来よう。
そして今度こそ、世界のレース史に君の名前を刻んでみるから。
俺はそう心に誓いながら、震える彼女の手に、そっと自らの手を重ねるのであった。 - 4二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:00:31
着替えをするヤングと一旦別れて、俺は取材陣への対応に注力した。
少なくとも今日だけは、その手の対応を彼女にさせたくなかったのである。
なかなかに骨は折れたが何とか捌き切った後、俺はようやく控え室へと戻って来た。
「あれ? もう戻って来てるのか?」
控え室に、人の気配。
ヤングは着替えに時間がかかるので、帰って来るのはもう少し後だと思っていたのだが。
俺は不思議に思いながらも、部屋の扉を開けた。
「あっ、おかえりー」
「ただいま……着替えなかったのか?」
部屋の中にいたのは、勝負服のまま控え室の長椅子にごろんと寝転がるヤング。
多少、汚れは落としているものの、その姿は未だ泥だらけといった様相である。
彼女は俺の問いかけに対して、頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「シャワーがメチャ混みでね、アタシは時間かかるから後にしようと思ってさ」
「なるほど、それでか」
「あっトレーナーは先にホテルへ戻っててもいいよ」
「待ってるよ、当たり前だろ?」
「……へへ、そうだね」
どこか嬉しそうにはにかむヤング。
少しは落ち着いたのかな、思いながら俺は近くの椅子に腰かけようとする。
その時、床に黒い布のようなものが落ちているのを見つけた。 - 5二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:01:47
「ん?」
ハンドタオルだろうか、と思いながらそれを拾い上げる。
手に取ったそれはじっとりと濡れそぼっていて、重みすら感じさせた。
タオルとは明らかに違う、つるんとした心地良い手触り。
首を傾げながら伸縮性の高いそれを広げて────俺はぴしりと凍り付いてしまった。
「あっごめん、スパッツ脱ぎっぱなしだったわ、汗でくっついちゃって気持ち悪くてねー」
ヤングはあっけらかんとそんなことを言い放つ、それでいいのか女子校生。
俺はあえて何も言わないまま、スパッツを丁寧に折り畳んでそっと机の上に置いた。
……彼女の勝負服のスカートは、かなり短い。
故に、ちょっと動いただけで捲れ上がってしまうため、スパッツは必需品である。
にも関わらず、レース後の控え室とはいえ異性の前で脱ぎ捨ててるのは、いかがなものか。
俺が注意すべきか悩んでいると、突然、彼女は何かに気づいたように耳をピンと立ち上げた。
「トレーナーってば一体何処を見て……………………ふぅん♪」
ヤングは、俺の顔を見ながらにまーっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そのまま跳ねるようにぴょんと起き上がると、部屋にあったパイプ椅子を持ち出した。
それを俺の目の前に置くと、彼女はどすんと音を立てながら勢いよく座る。
「ねね、ちょっとお話しない?」
「……別に構わないけど、君は寝転がったままでも良かったんじゃないか?」
「いやいやダメっしょー、だって、これからのアタシ達のビジョンについて話すんだから」
「…………なるほど」
これからのローテについて話したい、ということらしい。
大一番が終わった直後で急ぐことでもないと思うが、早いに越したこともない。
それに俺としても、一つだけ確認しておきたいことがあった。 - 6二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:02:58
「まず聞いてもいいかな」
「オケオケ、どーぞ」
「……正直に話して欲しい、消耗の方はどうだ?」
「……ケッコーしんどいかも、やっぱ、こっちのレースはレベチだわ」
ヤングはそう言いながら、困ったような表情を浮かべる。
今年に入ってからの遠征に次ぐ遠征。
そもそも、去年の段階でデビューからかなり詰めた間隔で走っていた。
そして、ケンタッキーダービーでの大激戦、疲労が溜まって当然といえる。
むしろ良くぞここまで無事に走り切ったと褒めてあげたいくらいだった。
このままアメリカに滞在して、クラシックの残り二冠に挑むプランもあったのだが。
ここはトレーナーとして────はっきりと彼女に伝えなくてはいない。
「ヤング、日本に帰ろう」
「……やっぱり、そうなっちゃうカンジ?」
「リベンジをしたい気持ちはわかる、だけど、これ以上は無理だ」
「そっか……まあ、そうだよね……わかった、トレーナーの判断に従うよ」
至極残念そうな表情で、ヤングはこくりと素直に頷いてくれる。
やはり彼女自身も、体力の限界を感じていたのだろう。
ただ、俺は今回のレースを見て、改めて確信すること出来た。
フォーエバーヤングは────やはり世界に届き得る器なのだということを。
「それで次の大目標につい……て…………」
これからのことについて話そうとした直後、思わず、声を詰まらせてしまう。
目の前のヤングは、何故かおもむろに脚を組み始めたからだった。
スカートの裾から晒される、形のいいむっちりとした太腿。
その隙間はあまりにも心許なく、ともすれば何かが見えてしまうのでは、と不安を覚えるほど。 - 7二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:04:12
「んー? トレーナー、どうかしたのー?」
「いっ、いや、なんでもない」
「ひひっ、それじゃあ、話の続きを聞かせてよ♪」
小悪魔のように嗤うヤング。
その表情を見て、こちらを揶揄うためにわざとやっているのだと理解した。
意識すればするほど相手の思うツボ、そう考え、顔の向きはそのまま、なるべく足元を見ないようにと心がけるのだが。
「えっと、大目標はBCクラシックだ、キミならきっとシニア級相手にも引けを取らないはずだ」
「前から話していた通りだね、でも、それまでの間はどうするの?」
「ああ、左回りのレースが続いたから、一度右回りを使ってバランスを…………なっ!?」
「……ふふ♪」
ヤングは氷のような微笑を浮かべながら、ゆっくりと脚を組み変えていく。
まるで自らの脚を、太腿を、その奥を、じっくりと見せつけるように。
そんな彼女の尻尾は、ぱたぱたと楽しそうに揺れ動いていた。
────脳裏に蘇るは、俺の背中に顔を埋める彼女の姿。
あの時の悲壮な様子に比べれば、大分、普段の姿に近づいたのではないだろうか。
彼女の気持ちが少しでも和らぐというのなら、このくらいの揶揄いは受け入れるべきなのかもしれない。
そう考えると、微かに心の余裕が出来て来た。
「……その辺りも兼ねて、ダート三冠のラスト一冠、ジャパンダートクラシックへの出走を目指したい」
「むう…………いいんじゃん? 国内の世代最強を決める一戦って感じでめっちゃアガるし?」
言葉とは裏腹に、ヤングはつまらなそうな表情を浮かべていた。
どうやら反応がないのも面白くない模様、俺にどうしろというのだろうか。
やがて彼女は業を煮やしたのか、体育座りをするように膝を抱え始める。
そして、後ろに重心をかけて────ぐらりと椅子が傾いた。 - 8二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:05:15
「あ……わわっ!?」
「ヤング!?」
次の瞬間、がちゃんと音を響かせながらヤングは椅子ごと倒れ込んでしまった。
さあっと血の気が引くのを感じながら、俺は慌てて彼女の下へと駆け寄る。
「だ、大丈夫か!? 怪我とかは────」
「あたた……ゴメン、ふざけすぎたわ……うん、受け身は取れてるから大丈────」
刹那、世界が凍り付いた。
倒れたヤングは、床に尻餅をついている状態。
彼女の両脚は大きく開かれていて、かつ、スカートは無情にも捲くれ上がっていて。
「……っ!」
「きゃ……!?」
即座に、俺は首を勢い良く捻る。
変な音とともに鋭い痛みが走ったような気もするが、多分平気だろう。
直後、ガサゴソとヤングが体勢を直す音が響いて、控え室は静寂に包まれる。
俺は恐る恐る、ちらりと彼女の様子を窺った。 - 9二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:06:15
「~~~~~~~~ッッ!」
ヤングは真っ赤に染まった顔で、スカートを抑えながらその場で正座をしていた。
そして、ジトっと恨めしそうな目つきでこちらを見やりながら、小さな声で問いかける。
「…………見た?」
「……」
俺は、言葉を詰まらせてしまった。
それは無言でありながら、何よりも雄弁な回答。
ヤングの顔が更に熱く燃え上がっていき、彼女はまるで噴火するように勢い良く立ち上がった。
「………………着替えてくるっ!」
そしてロケットのように、部屋から飛び出してしまった。
控え室には、俺だけが残される。
何だか奇妙な空気の流れる中、俺は一人、ぽそりと呟くのであった。
「……あんなヤング、初めて見たな」 - 10二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:07:24
お わ り
書いておいてアレですが内容の温度差で風邪引きそう - 11二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:13:11
余裕たっぷりそうに構えてる娘が本気で悔しがったり本物のアクシデントで慌てふためくさまなんてなんぼあってもええですからね
- 12二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:35:06
心身ともに疲弊してなければ、そんな醜態へは至らなかっただろうに(ほろり
だからこそ甘えてこのザマなんですがね、はははこのかわいいやつめ - 13二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 03:56:22
見せたいのかい!
見せたくないのかい!
どっちなんだい!! - 14二次元好きの匿名さん26/02/28(土) 04:23:48
悪いこと言わんから渋でやれ