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キナリ杯投稿作品「車いすインフルエンサー」

岸田奈美さん主催の「キナリ杯」投稿作品です。狙うは、「愛とパンク賞(respect.辻愛沙子)」未来をつくるため、愛とパンクの精神で、社会の不条理に負けず突き進んでいく文章に贈られる賞です!

バナー写真は、2019年9月の東京ミッドタウンでのイベントにて。左が私、右が中嶋涼子さん。


 私は、障害者雇用の問題に切り込むジャーナリストのような活動をしている。この国は障害者雇用促進法で、従業員数45.5人以上の企業に、身体・知的・精神のいずれかの障害のある社員が「少なくとも」2.2%「存在し続ける」ことを義務付けている。しかしそれを守っているのは4割にとどまる。2018年には障害者を率先して雇っているはずだった官公庁が、不正に統計している実態を40年にわたり放置していたことが発覚した。

 私は海外のダイバーシティにも強い関心がある。日本では800万~900万人と推定される障害者全体のうち、雇用されているのは50万人程度。つまり障害者全体のおよそ5~7%程度しか雇用されていないと推定される。ILO(国際労働機関)によると、各国の障害者全体のうち雇用されている割合は、アメリカは37%、ヨーロッパは60%、世界平均は36%だという。日本は世界標準からかなり外れているのではないか。もし世界経済フォーラムが男女平等指数を参考にして「障害平等指数」を作れば、日本は男女平等指数と同じく障害平等指数でも121位になるかもしれない。障害者は生まれた国が違うだけでこれほど違ってくるのか。国別格差は大変深刻な問題である。

 そんな私がウォッチしている一人が、中嶋涼子さんだ。涼子さんに初めて出会ったのは2017年10月。当時、涼子さんの出してきた名刺には、外資系映像制作会社の名前があった。肩書きは制作技術エディターだった。

 私はそれを見て、「車いすの人を映像エディターとして採るとは、さすが外資系は実力があればチャンスがあるんだな」と思った。

 涼子さんは車いすを利用している。どうして映像エディターになれたのか。

 涼子さんは9歳の時に病気で足が動かなくなった。幸い学校生活に復帰はできたものの、家にひきこもりがちになってしまった。当時はインターネットも普及しておらず、車いす利用者がおしゃれをすることなど知られていなかった時代。涼子さんは「車いすはダサい」と思っていた。それなのに自分がダサい存在になってしまった。そんな自己嫌悪があった。だが1997年、涼子さんが再び外に出ていけるようになるきっかけとなった出来事があった。この年、映画「タイタニック」が大ヒット。涼子さんは友達に誘われて「タイタニック」を見に行ったのだ。車いすで入れる映画館をなんとか見つけて。そして映画が始まったら、氷山に衝突して沈没した悲劇の豪華客船上のラブロマンスに心から感動した。涼子さんはこの映画を繰り返し見に行き、気が付けば11回も見ていた。レオナルド・ディカプリオは涼子さんの憧れとなった。

 涼子さんは、「自分も人を感動させるような映画を作る人になりたい」と思った。私は、涼子さんが学校時代に書いていた映画評論ノートを見た。細かい。興味を持ったことには驚異的な集中力。

 涼子さんは2005年3月に高校を卒業してから、日本の大学ではなくアメリカ留学を目指した。2005年~2012年まで、映画の本場ハリウッドのあるカリフォルニア州の語学学校、コミュニティカレッジ、南カリフォルニア大学映画学部で、英語と映画漬けの生活を過ごした。

 アメリカには、Americans with Disabilities Act(障害を持つアメリカ人法)という障害者政策の根幹となる法律がある。アメリカの熱心な障害者自立運動の効果もあって、1990年にパパ・ブッシュ政権で成立。ADA法は日本を含む世界の障害者法制や、国連障害者権利条約にも影響を与えた。ADA法制定後、特にアメリカの教育機関のバリアフリー化は徹底された。教育なくして障害者の自立はありえないとの強固な考えからだ。法律にはAmericansとあるが、外国籍の障害者も権利擁護の対象となる。おかげで車いすの涼子さんも、大学で本格的な映画制作を学ぶことができた。

 なお、南カリフォルニア大学アネンバーグ・コミュニケーション&ジャーナリズム学部による2018年のダイバーシティ分析レポートによると、アメリカのハリウッドには、障害のある俳優が2%いる(リンク)。制作現場では、自閉症スペクトラムのスタッフが、強い集中力を要する映像の修正技術スタッフなどとして働いていることが、2019年10月のNHKの特番で紹介された(リンク)。

 涼子さんが、留学していた頃の話をする時は、いつも活き活きと輝いている。私は涼子さんの留学時代の写真を何枚か見た。なんと車いすでスキューバダイビングを体験した写真もあった。ここまで進んでいるとは…。

 私は、「そんなに素晴らしい環境で過ごせたならば、そのままそこで永住権を取ったらよかったのでは…?」と思った。だが涼子さんは日本に帰って来た。

 長らくの間、障害者と健常者を完全に分けてきたのがこの国の現状。普通校と特別支援校。障害があると、特別支援校の方が配慮されやすくていいですよ、と遠回しに勧められやすい。しかし特別支援校の授業は普通校に比べわかりやすいが物足りなさを感じる子どもも多い。卒業後の進路も高卒で就職の道に限られてしまいがちだ。

 それと似たような仕組みが雇用にもある。日本企業では、一般雇用とは別に障害者雇用という枠がある。障害があっても一般雇用に応募することは可能だが、障害者雇用の方が配慮されやすくていいですよ、と遠回しに勧められやすい。障害者枠だと、大企業で正社員になれることもあるが、事務補助や軽作業や清掃などに限られている求人が目立つ。障害のないあなたも、一度ハローワークに行って求人検索パソコンで「障害者求人」を選んでみるといい。「事務補助、月給17万円、3か月更新の契約社員またはパート」おおむねこのような条件。映像エディターはまず見つからない。ただ一つ、トランスコスモスというIT企業がプロモーション映像制作の求人を出していたことがあった。

 だが涼子さんは、典型的な日本企業の障害者枠ではなく、カリフォルニア留学7年・英語力・映像制作技術を武器に、ハリウッド映画などを扱う外資系映像制作会社に履歴書を送った。そして映像エディターになれたのだ。超狭き門をくぐり抜けて。

 さあ、ここから「車いす映像エディター、外資系でハジけるキャリアの始まり!」と思われたのだが…。

 涼子さんは三鷹で暮らしている。勤務先は山手沿線にある。東京都内の路線はどこでもそうだが、朝は大変な通勤ラッシュだ。車いすで電車に乗ろうとすると、事前に駅員に連絡する必要がある。迷路のような駅を人にぶつからないように慎重に進んで、やっとホームに着いたらそこで電車に乗れて一安心かというとそうではない。到着した電車の混雑状況によっては、乗車を見送り、次の電車を待つ。そうこうしているうちに時間が過ぎていってしまい、目的地への到着が遅れてしまうこともあり得るのだ。

 こうした事情で、涼子さんは会社に遅刻してしまうことが出てきた。しかし会社は「障害者だからといって特別扱いしない」といって、涼子さんに「遅れないように」と厳しく言うだけ。

 最近は、障害者とどう接したらいいのか分からない、という人のために「特別扱いせず普通に接する」と言われるようになってきた。だがどうも「特別扱いしない」という言葉を履き違えている人がいる。

 こうしたことから涼子さんは次第に職場に居づらくなり、仕事は1年で続かなくなってしまった。私が涼子さんと出会ったのは実はこの頃だった。

 海外に7年も留学するのは、車いすでない人でも経済的・心理的にハードルが高い。それを超えて、英語も向こうの文化も学んで、帰ってきたのに…。涼子さんにとってどれだけショックだったか。

 私が最初に思った「車いすの人を映像エディターとして採るとは、さすが外資系は実力があればチャンスがあるんだな」はすっかり裏切られた。それとも同じ会社でもアメリカ本社と日本支社は違うのか…。

 2019年1月の世界経済フォーラム・ダボス会議で「世界のグローバル企業のうち、90%がダイバーシティを掲げているが、障害者への取り組みが伴っているのは4%しかない」という事実が世界に知らされた。そうか、グローバル企業でもそんな現状なのか…。

 それを変えていくために、グローバル企業のビジネスリーダーに対し、障害者への取り組みをトップダウンで進めることを呼び掛ける国際運動「The Valuable 500」が始まった。ユニリーバ、P&Gなど欧米企業を中心に270社以上が参加し、日本企業でもソフトバンク、ソニーなど17社が参加した。

 特に、ダイバーシティを掲げるグローバル・外資系企業が、これまで価値を発揮できなかった障害者を率先して雇用し、その人その人に合った仕事を考えて、人間らしい給料を払い、続けていけるようにすれば、日本企業も変わっていくのではないか。日本企業に勤める人が「うん、さすが外資系は違うな。日本企業でもできないか」と思えるような何かが出てきてほしい。

 私には、涼子さんの出来事を、「誰だって人生は思い通りにならないもの。前を向こう」で済ませることはできない。涼子さんのいた映像制作会社はまだThe Valuable 500には参加していないが、「リョーコのケースを教訓に、障害者への取り組みをゼロベースで見直す」というトップのコミットメントがほしい。

 涼子さんは「日本をバリアフリー化する」必要があると考えて方向転換し、「車いすインフルエンサー」を名乗って、イベントやテレビに少しずつ出ている。映像制作の技術を活かし、Youtubeでも発信を始めた。

 しかし涼子さんが車いすインフルエンサーを始めてから、私はあぜんとしたことがある。涼子さんが下ネタっぽいことも言うとは…。

 涼子さんは、同じく車いす利用者でアーティストとして活動する曽塚レナさんとともに、「私達、排尿障害なんです!」と述べる動画をアップした。それはなんと62万回も再生された。

 もう一つ、「UD」。障害者に関わることが多い人なら、この言葉を聞くと、「ああ、ユニバーサルデザインのことだ」と考える。だが涼子さんはNHKの番組で、「UDとは、うんこデーです!」と述べた。

 ここは大爆笑していい場面だ。しかしここには、「下ネタ」だけで終わらない深い意味がある。

 障害者専用の労働組合で団体交渉にあたってきた久保修一氏の著書「本書を読まずに障害者を雇用してはいけません!」(労働新聞社)によると、車いす利用者にとって「トイレは隠れた大問題」だという。よく言われるような、多機能トイレを用意すれば解決、というだけの問題ではない。本人がトイレに時間がかかってしまったり、トイレの問題を言いづらかったりすることがあるのだ。

 涼子さんは、下半身の感覚が失われており、尿意や便意の感覚は全くない。排尿するにはカテーテル(尿道に挿して尿を排出させたりするのに使う、細い管の医療器具)を使っている。外出ではカテーテルをいつも持ち歩いている。排便するには、下剤を飲み、12時間待つ。すると出てくる。しかし下剤を飲むと大変な腹痛が起き、仕事にならないほど。

 涼子さんは、そのような事情があることを前の会社に伝えていればよかったのだが、トイレの話題を自分から話すのが気恥ずかしいとの思いがあって隠していた。排便する日は「体調が悪い」という理由で1日休み、家で排便していた。そういうことが週1回のペースであった。そうしていくうちに周囲がいぶかしげに思い始め、やがて周囲と涼子さんとの間に心のバリアが出来ていってしまったという。

 こうした経験から、「車いす利用者がトイレの問題についても言い出せるようにしていきたい」というのが涼子さんの思いだ。

 「SNS発信が多い日はUD(うんこデー)なんです」と涼子さんはイベントで語っている。Twitterのプロフィールには、「夢は尿取りパッドのCMに出演すること」と書いてある。

 就職した障害者のおよそ半数が、定着を望みながら1年未満で辞めている。離職後はそのまま家にひきこもってしまったり、良くて工賃月1万円の福祉作業所で過ごすことがまだまだ多いとみられる。再就職できたとしてもとても時間がかかってしまったりしている。
 また雇用されている障害者の平均月収は身体障害で21万円、精神障害になると15万円にとどまる。
 そんな社会に立ち向かうかのように、涼子さんはフリーランサーとして、道を切り開き、マーケットのないところにマーケットを作った。映像会社を辞めて半年後に、会社勤め時代を超える収入を稼げるようになっていた。

 涼子さんが車いすインフルエンサーになって間もない頃、私は「この生き方は実家暮らしで障害年金があるという前提がないと成り立たないだろう」と思っていた。だが涼子さんはそれを打ち破ってくれた。

 そんな涼子さんがいま、コロナが来てイベント出演の仕事がなくなり、「ほぼ無職の状態になってしまった。生計が苦しい」と語っている。

 芽生え始めた芽が枯れてしまってはならない。

 私は、アメリカでバリアフリーのある世界を知った涼子さんに、「そんなに素晴らしい環境で過ごせたならば、そのままそこで永住権を取ったらよかったのでは…?」と思っていたが、結果としてこれでよかった。涼子さんが日本をバリアフリーに変えるために影響を持ち始めているのだから。

 素晴らしい能力や資質があるにも関わらず、障害やそれによる機会損失や経験のなさゆえに、不遇な扱いを受けてきた人。そういう人がいる現実に目を向けよう。当事者の声に耳を傾けよう。

 UD(うんこデー)もよろしく。


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