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わたしの名はアステラル・ソリチュード。このアイアンバレッツの次期撃墜王候補である。
数日前の緊急出動で、大小合わせ十一機を撃墜。わたしにはかすり傷一つない。これくらいのことはわたしにとってはあたりまえなのだが、周囲から見ると、異常に思えるらしい。
AMのブースタを吹かし、スラスタを微調整しつつ槍を持って敵のコアブロックを貫くだけ。何が異常なのだろうか。
高速駆逐艦スピアヘッド内のAMのガレージで、わたしは、愛機〈タキオン〉を見上げた。
白と金のツートーンカラー。全体的に細身で、軽量二脚とされるモデル。両足は鳥を思わせる逆関節だ。なんとなく、拒食症のフォトモデルを想像してしまう。痩せぎすの、我が愛しの鎧甲冑。
偏執的なまでに機動力と速度を追求したモデルであり、その分耐久度と火力に劣るが――。
「ソリチュード少尉」
アステラル――親しい仲間からは、テラと呼ばれている――というファーストネームで呼ばないのは、今は仕事の時間だから。勤勉な整備士だとおもった。
わたしはすぐに振り返った。フルフェイスのヘルメット越しに、呼びかけてきた整備士を見つめる。背の低い、ずんぐりとした男。作業着は、筋肉ではち切れそうに鳴っている。
かの有名なファンタジー作家、トールキンならばドワーフと呼んだであろう、まさしく小柄で洞窟住まいの種族――彼らは、ロックラフ太陽系から宇宙へ進出した、ロックラフ人である。
自分はどうも目つきが悪いせいで、普通に見ているだけでも睨んでいるように見えるらしい。
だからわたしには相手の目ではなく、やや下の顎を見る癖があった。
彼の顎には、自慢のひげはない。機械に巻き込まれでもしたら、口にするのも憚られる惨事になる。
だから、ここの整備士は丸刈り、ひげは毎朝常に剃るよう命令されている。
わたしは髪を丸めるのも、機械に巻き込まれるのもいやだから、ここではフルフェイスの、パイロット・ヘルメットを常にしていた。
「少尉、ガンズラック艦長、ヴェニュラ大佐がお呼びです」
「大佐が? ヴェニュラ大佐が、わたしをですか?」
「はい。晩餐会にと。シャトルの用意も済んでいます」
「晩餐会……あの程度の襲撃を退けたくらいで?」
「なんでも例の、鳴り物入りの新人を労うためだそうです」
眉根が寄る。無意識に。
客の領分をわきまえず、出しゃばった連中か。ああいう勘違いしたスタンド・プレーヤーが、規律を乱す。
「わかりました」
わたしは短く応じ、シャトルが待つ発着場へ向かうのだった。
――ときはわずかに前後する。
海賊の襲撃から二日が経っていた。
ぼくらはあれから医務室に運ばれて、大柄なライオンのような老軍医から、「命を捨てるような真似するな、餓鬼」と怒られたりした。申し訳なさと、さすがに客としての振る舞いを逸脱していたという後悔が、遅れてやってきた。
それからぼくはベッドに寝かされた――というのも、義肢のメンテナンスだ。ついでに、今後傭兵としてやっていく以上は軍事用スペックに義肢を換装せねばならず、そのための測定に用いる――という目的もある。
病室には、ぼくのような負傷者がいた。
先の襲撃で負傷した傭兵だ。
しかし装備の差が海賊とは雲泥である。負傷と言っても、さすがに義肢に換装するような重症者はイなかった。
と言っても現代医療を持ってすれば、大抵の怪我は治る。
脳さえ無事なら、ホロスキャナを通して専用のブレイン・フォトニックチップに「ミタマ」を移し、フルサイバネティクスにだってなれる時代である。
まあ、ソルズに関しては精神成熟という観点から、特殊な状況を除いて、フルサイバネティクス化は満五十歳以降とされているけれど。
「親父にもぶたれたことがないのに!」
医務室の備え付けのモニタには、昔のアニメフィルムが流れている。宇宙世紀を迎えた地球圏と、独立を謳った軍事政権とがぶつかるという舞台背景に、ロボット・パイロットの少年が荒波に揉まれるという話だ。
ぼくは鈎爪めいた義手を見る。なんだかこれは……。
「お前のほうがよっぽど海賊船長みたいだぜ」
と言って現れたワグに、ぼくはむすっとした。
「見舞いだ」ワグは悪びれもせず、ベッドの縁に腰掛ける。「さすがに、デルルワースの船にチョコはおいてねえな」
「そりゃアレルギーだからね。ぼくらだってトリカブトの毒を好んで摂らないだろ」
「狩りには使うんだろうな。昔のひとは」
「そうだね。で、どこまでいってたんだよ」
「土産屋。酒保のは塩辛いだろ」
酒保とは、兵員向けの販売所だ。基地や艦内にあり、これは、ぼくらソルズが地球から出られなかった頃から、ずっと存在した。
疲れたら塩と砂糖。
この常識は、どうもデルルワース太陽系でも同じだったらしい。
そして軍隊生活は過酷な肉体労働が基本。失われていく膨大な塩分とエネルギーを確保するため、塩っ辛いものや、甘いものが好まれる。
病み上がりのぼくには、正直どっちもきつい。
ワグはそれをわかったうえで、一般向けの販売所である土産売り場のほうまで行ってくれていたのだろう。
気が利くと言うか、律儀と言うか。
メカニックらしい、とても几帳面なところである。
ワグは後ろにまとめて団子にしていた髪をほどいた。
「おら、フルーツパイ。こっちはイチゴミルク、あと小麦の白パン」
「こんなに……? ぼくをフードファイターと思ってないか?」
「おれの半分ぽっちの胃袋が何言ってる。おれの飯も兼ねてるんだよ」
良かった。食べ盛りとはいえ、いずれも複数人で食べるサイズだ――全部食べようにも、さすがにぼくだけではむりだ。
名誉のために言っておくと、ぼくが少食なのではなく、ワグが見た目に反してよく食べるだけだ。
肉を選ばなかったところにも、ぼくは言葉に出さず、感謝した。
慣れているとは言っても、生身の人間をぶち抜いたあとで肉を食うなんてのは、ちょっと……いや、だいぶきつい。
今後、そうも言ってられないんだろうけど。
時間は、船内標準時刻一五四五時。
「入院食ってどんなんだ?」ワグはナイフでパイを丁寧に切り分けて、紙皿に乗せる。付属のジャムを垂らして、サイドテーブルに置いてくれた。
「ありがとう。消化に良いものだよ、オートミールと、煮込んで柔らかくしたフルーツスープ」
「体によさそうだな。って、さすがに胃にズシッと来るもんを病人には出さねえか……」
医務室での飲食は禁止されていない。言うまでもなく、アルコールのたぐいは禁止であるが。
「デルルワースのフルーツ文化、ぼくはすごく好きだな。ぼくらはこういう華やかな食事とは無縁だったろ」
フルーツパイは生地がざっくりと噛み応えがある。そして、しっとりとしたチーズ層があって、その上に甘酸っぱいベリー、オレンジが乗っている。
「おれら、こういうの全然手にいれられなかったからな。マーズでも、果物育てる暇あったら米やら蕎麦やら麦が優先で」
穀物社会だったのだ、ぼくらの故郷の――ミクモリは。
ぼくらが蕎麦が擬穀類と知ったのは、宇宙に出てから。あれはイネ科ではなくタデ科というものらしい。
だから何だということではあるけれど、その程度のことさえ知らなかったぼくらが、随分遠くまで来たものだ。
「ヴォルフ、頬」
「こっち?」右の頬をなぞる。
「逆。こっちだ」ワグはぼくの左頬にくっついているシロップを親指で拭って、それを自らの口に運んで舐め取る。
「お前さ、そういうのは布で……」
「ダチなんだからいいだろ――って、そうじゃない。イブが、すっげえ拗ねてる」
そうだ、すっかりほったらかしていた。
「ぼくの端末は、半年前の磁気嵐で死んでる」
「保護コンテナに入れ忘れてたからな。おれのは今頃デブリだ。どっかを泳いでる」
携帯端末があれば、そこにイブを移すこともできたのだが、それができない。
ぼくの端末については喋ったとおり、激しい磁気嵐の際、船の制御を優先して端末を保護コンテナに入れ忘れ、すっかり回路が焼けて死んだ。ナイトシェード自体はエルダス機関をフル燃焼し、振り絞ったパルス・シールドで守りきれたが……。
たぶん、あのときわずかに侵入を許した磁気嵐が、ぼくの端末をイカれさせたに違いない。
以来、すっかり電源がつかない。
ワグに関してはもっと危険である。
船外作業中に、彼は小石にぶつかった。
小石と言っても、宇宙空間を飛翔するものである。まず、生身で喰らえば「霧散」するレベルの威力がある。音の数十倍の速度で移動しているのだ。
人間の頭なんていうのは、たった九ミリの鉛玉が亜音速で激突しただけでもおしまいである。そのことを考えたら、マッハ数十のこぶし大の石がいかに恐ろしいかわかるだろう。
彼は船外作業服のお陰でこれに耐えたが、同時に、小石の直撃軌道を持っていた端末を投げぶつけて変えることで防ぐ、という神業をしれっとやっていたのだ。
音の何十倍もの速度の小石を、コンピュータの補助があったとはいえ、人力投擲の端末で軌道を変えたのだ。
我が相棒ながら、毎度、驚かされる。
「お前らの無茶は、ずっとなのか?」
そこへ、ロビュウ大尉が入ってきた。しっかりとした士官服ではなく、カジュアルなカーゴパンツと、くすんだ緑のシャツ。
「おはようございます、大尉」ぼくらは揃って挨拶をする。
「おはよう。怪我の具合は」
大尉はスツールに腰掛ける。狼の尻尾がふわりと揺れていた。
「だいぶよくなりました。細胞活性剤、でしたっけ。ぼく、初めて塗布されたんですけど……なんというか」
「こそばゆいよな? それだけ、傷がすぐに塞がっている証拠さ」
大尉はしれっとぼくらのフルーツパイを一切れ切り分けて、ぱくついた「うまいな」
「おれらのっすよ」ワグが笑った。「部下の飯を横奪、ってなかなかじゃないっすかね」
「そうお堅いことを言うな。お前たちの処遇が……書類上だが、決まった」
ぼくは肩を縮めるようにした。少しだけ、左肩に痛みが走る。
「アイアンバレッツに正式に採用だ。所属はガンズラック軍用補給艦隊所属艦、高速駆逐艦スピアヘッドだ。長ったらしいから現場じゃ頭文字を取ってGS隊と呼んでいる」
「ソルズ語ですか」ぼくは意外に思った。「デルルワース語ではないんですか?」
「デルルワース語だと、ギュヴシッナンゥ……みたいな発音になる。実際、おれたちがデルルワース語で会話するときはこっちで発音している。どうだ?」
ぼくは妙な対抗心を燃やした。「ギュヴシッナンゥ……」
「ギュヴュ、ビュ……?」ワグは苦戦していた。
大尉はパイを食べ終えると、狼のマズルを舌でべろ、と舐める。失礼かもしれないが、まるきり犬に見える。
「銀河共通語さえ話せればいいんだ。銀河共通手話のほうも、できたほうが助かるが……ま、語学の才覚があるなら、作戦次第じゃあよその言語も学ばされる。そういうのを特技兵というんだ、おれみたいなのもそうだ」
ロビュウ大尉は「先行接岸通信兵」、という特別な兵科らしい。
「でだ。お前たちはGS隊の第一中隊第四小隊に配属される。おれの部下としてな」
「GS隊第一中隊第四小隊……」
「ドゥースス小隊、と呼ばれている。おれのパック・ネームを取った。最初は狼小隊とか言われてたが」
デルルワース人のパック・ネームとは、ぼくらで言うファミリー・ネームである。彼らは一個の家庭ではなく、一群の血族単位で生活するから、その群れで同じ家名を名乗るのだ。
そしてそのパック・ネームを関した小隊は、デルルワース軍人にとって、家族同然のつながりをもつ。
特に狼系のデルルワース人は、超がつくほどの徹底上下社会。規律に関しては、いうまでもない。
「すぐに任務にでられますか?」
ぼくは大尉に聞いた。
「まずは軍隊生活の基礎を学んでもらう。規律のない軍隊はならず者の集まり、宇宙海賊と変わらんからな」
ワグは、「期間は、どれくらいですか?」と聞いた。
「そう逸るな。眼の前の仕事を少しずつこなしていくんだ」
ぼくたちは釈然としなかったが、うなずいて、「はい、大尉」と応じた。
それからロビュウ大尉が、「それから重要な連絡だ。明日のSST二〇〇〇時から晩餐会が行われる。お前たちにも招待がかかっている」
「晩餐会、ですか?」「新入りのおれたちに?」
「良くも悪くもお前たちは鳴り物入りだからな」
大尉はそう言って、目元を緩めた。
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「バイト・オブ・ボーンの母船はデブリになったわ。といっても、派遣されてきた一団に過ぎないのでしょうね。やつらはこの宙域ではだいぶ手広くやっているようだから」
艦長のヴェニュラ・ヒュノー・ドゥースス大佐は、豚(正確には、豚型の原生鳥獣だ)のステーキにナイフを走らせる。
場所はガンズラックの一角。本来はパーティに用いられるような一級食堂だ。一般の食堂とは別の区画にあり、振る舞われる食事も、艦内でも指折りのシェフが調理を担当している。
ほんとうならぼくらみたいな田舎者は一生縁のない場所なのだが、なんの因果か、ヴェニュラ艦長のご厚意で、最高の食事に招かれていた。
ぎこちないテーブルマナー。ぼくとワグは、油の切れたブリキ人形のようだっただろう。
「ヴォルフガング・ライスヤード二等兵、ワグテイル・ヴァーグナー二等兵」
と、席についていた一人が静かに、しかし、通る声でぼくらを呼んだ。
年頃はぼくらと同じくらい。プラチナブロンドの髪を、邪魔にならないように後ろで一房にまとめている。
多機能眼鏡をかけて、こちらを見る――というか、睨む。
「あの、なにか」ワグは、不思議そうに問う。
不当に睨まれた理由がわからなかったようだ。ぼくも同じである。
さすがにぼくとワグは、睨まれたくらいでわかりやすく不機嫌に――棘のある声音になったりはしない。
「失礼。睨んだわけではありません。わたしの目つきの悪さに関しては、謝罪します。わたしは、アステラル・ソリチュード少尉といいます。お見知り置きを」
「どうも……」ぼくはぎこちなく返事をした。
「ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
ぼくは頷いた。ワグが「どうぞ」と促す。
「なぜ……あのような無茶を? ロビュウ大尉がいたとはいえ、相手は卑劣な海賊です。恐ろしくはなかったのですか」
「少尉」ぼくに先んじてワグが答えた。「詳細は省きますが、自分たちの故郷は治安が悪かったので。悪党が群れたところで今更というところであります」
ぼくも続けた。「ぼくの父は元傭兵で、それでぼくらは片手間とはいえ訓練を受けていました。やれる自信がありました」
ソリチュード少尉は、「だからといって」となにか言いかけたが、ロビュウ大尉が咳払いをして押し留めた。
「彼女が、この間おれが言った、お前たちと同世代のAMパイロットだ」
「えっ」ぼくは思わず、ナイフを滑り落としかけた。滑ったナイフが無様な音を立てる前に、なんとか握り込む。
「エリート、ってやつですか」ワグが、ステーキを小口に切る。ブルーベリーソースを絡めて、頬張った。
「エリート?」少尉のシアンブルーの目が、明らかな……怒り、とも、やっぱりお前らもそうなんだな、というような色をたたえた。「努力の賜物です。ふんぞり返られるだけの才能に恵まれなかったものですから」
少尉は、付け合せの芋を食べる。
天才、エリート、才能があるんだね。そんな十人並の褒め言葉を憎む人間がいることを、ぼくらは知っている。
知っていたはずだった。
ほかならない、ぼくらがそうなのだ。
ぼくには宇宙に適応できる航法野があり、ワグには、異様な美貌があった。
そのせいで苦労することも、やっかみを受けることも、ぼくらには……。
「すみません」ワグは、素直に謝罪する。
ぼくは、「申し訳ありません。少尉」
「あ……いえ。すみません。わたしこそ、ええと……。ずっと、パイロット生活だったもので。社交性というものが、うまく培われなくて」
その気持ちは、わかる。
「じゃあ……というのもおかしいですが。もしよろしければ、ぼくたちにアイアンバレッツのことなんかを教えていただけますか」
この申し出に、少尉のほうが驚いていた。
「わたしが? あの……たった今、わたしは……」
ヴェニュラ艦長はおもわず微笑んだ。
「若いわね。とても」
「大佐殿。随分と老け込んだ台詞じゃあないですか」
ロビュウ大尉が、冗談めかして言う。
ヴェニュラ艦長はロビュウ大尉のお姉さんらしい。そういう身近な関係のジョークだろう。
「失敬ね。でも、むくつけきおじさんに教えられるより、同い年くらいの子のほうが、聞きやすいこともあるんじゃあないかしら?」
痛烈な意趣返しだったのか、大尉はなんとも言えない表情で閉口する。手元のフォークが、ブロッコリーの数ミリ右を、かつ、と叩いていた。
「お願いします、少尉」
「自分たちは、出世したいのです。……努力でも、運でも、なんでも使えるものを使って」
少尉はナプキンを口元にあてた。微笑んで、ふと多機能眼鏡が一瞬だけ青い燐光を放つ。
「わかりました。わたしもドゥースス小隊ですから。ただ、上官命令は絶対。何かあればわたしは貴方がたへ命令をします。いいですね」
ぼくたちは、場所を考えて控えめに「はい、ソリチュード少尉」と応じた。
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