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情報管理課の窓口に向かう間、デルルワース人の乗組員を数多く見た。まばらにソルズ――ぼくらと同じヒューマンや、レプタイル系種族なんかもみたが、体感九割はデルルワース系である。
様々な鳥獣の特徴を持つ彼らは、母星語で話していたりするが、こちらに気づくと銀河共通語で挨拶をしてくれる。なかには、より簡便な銀河共通手話で挨拶をしたり、もっと簡単だと、会釈で応じてくれる。
デルルワースの民にとって、交流は必須。彼らは「群れ」を作り、生き延びてきたのだ。友好的な関係を何よりも尊ぶから、その第一歩である挨拶は欠かさない。
ぼくらもそれに、ソルズ訛りの銀河共通語で応じる。
自動走路に乗って、ぼくらは進む。
「マーズ、というと、ソル太陽系の生まれか?」
「そうです」ワグが頷いた。「郷――故郷から出てきたんです。出世を目指して」
詳細はだいぶ端折っているが、伝えている内容は、すべて真実である。
デルルワースでは嘘は罪とされている。嘘つきは客人ではなく、悪魔だと、そういう認識なのだ。
「そうか、理由があったのだろうな。すまない、根掘り葉掘り……。わたしたちについて、気になることはあるかな」
ぼくは、率直に聞いた。
「船の識別名が……銃置き場というのが気になりました。ひょっとして、武器商船ですか」
「そうだ。商売はついでだがね。この船はあくまで調達と補給が主任務だから。
我々は、ある船に向かっているのだ。別段機密ではないから、お客人がいても航行にさわりはない。というか、わたしはその〝つなぎ〟として母船からよこされたんだ」
「えっ、取引? 取引先の方が、ここで通信士を?」
ワグが驚いている。
それこそ客人をもてなすはずのデルルワース人の文化からすると、その客人をこき使うというのは、ちょっと考えづらいものがある。
「不思議じゃないさ。わたしの船への接岸暗号はわたししか知らない。傭兵団の船だからね。敵が多いから、こういう備えは、どこの傭兵団もやってるよ。というか、ぼかして申し訳ないが、このあたりは〝知る必要〟に抵触するんだ。私は傭兵団の獣人だからね。すまない」
知る必要。知る必要のある者のみの原則。
主に軍隊で用いられる概念だが、商船や補給中継船などでも頻繁に用いられる。というか、船である以上は、どうしたってそうだ。規律を保つためには、保安上の情報位階は必須である。
上級士官と末端の水夫とでは、知っていい情報に差があるのは当然だ。待遇の差別化、制服の差別化という方法で明瞭に威厳と立場を分けるのは、べつに、上官の成金趣味というわけではない。
そしてなるほど、理屈は通っている。つまりロビュウさんは、生きた「鍵」のような役割なのだろう。母船との――文字通り、接岸役なのだ。
「傭兵団の方は、デルルワース太陽系の組織ですか」ぼくは、意地悪な質問をしたかもと思った。
デルルワース人は嘘をつけない。が、答えられないことは、正直に拒否する。だとしても、相手もあまりいい気持ちではない。
が、杞憂だった。
「いや」ロビュウさんは、これにも素直に応じる。「答えられる範囲で応じよう。
わたしたちは混成種族の組織だ。いろんな連中がいる。君たちと同じ年頃のソル人少女もいる――〝AM〟のパイロットさ。すごいだろう」
「AMの、ですか? ぼくらと同世代の子が?」
ぼくは、今の一言を鸚鵡返しした。ワグも驚いている。
「すごいな、十代のAMパイロットなんかいるのか……」
「君たちだって宇宙船を飛ばしているだろう? わたしはそれにすごく驚いたがね」
たしかに。それを言われると、同世代の子がAMを乗り回していても不思議ではない気がする。不思議なものだ。
ちなみにAMというのは、文字通りの意味で、武装した鎧、である。簡単に言えば、八メートルクラスのロボット型の兵器だ。コンピュータ制御でも、専用AI制御でもない。つまり有人の兵器で、広義にはパワードスーツの類なのだが、みんなロボット兵器と認識していた。
大昔の、ジャパニメーションが影響しているらしい。たしかあれは、機動するスーツ、みたいな設定だったと思うが。
と、情報管理課に到着した。
ここは地上世界の都市で言うところの役所である。市役所とか区役所、そういうものとして機能している。
船員の様々な福祉や、保険、船内社会保証、それからここは商船だから、福利厚生などなどの処理を担当しているだろう。
ぼくたちだって、こういった大型の宇宙船に乗った経験があるから、知っていた。なんなら、時空屈折型超高速航行――いわゆる、ワームホール航行も経験しているし、次元潜航型航行も体験済みである。
受付には、多くの獣人――デルルワース人がいた。窓口には、何かしらの申請を行っている船員。
四番口があいており、ぼくらはそこに向かう。
「おはようございます、ロビュウさん。そちらは、ご連絡のあったお客人ですね」
受付の鳥系のデルルワース人女性が目元を柔らかくたわめた。目尻には、紅を塗ったような赤い模様がある。髪の毛の一部は、くちばしのように金色だ。
ビスティはロビュウさんのように、見るからに獣が二足歩行しているプロポーションの人もいれば、他種族と混血し、見た目、ケモミミレベルの人もいる。
この受付の女性は、後者の鳥系ビスティだ。
なんとなく、昔図鑑で見たヘビクイワシと面影が結びつく。
ソル人基準でも美しいと思ってしまう。気品、なんていうものはぼくらには無縁だが、彼女には、それが生来のものとして与えられているように思えた。
ぼくは名乗った。「はじめまして、ヴォルフです」
「ワグテイルです。よろしくお願いします」
「ヴォルフさんと、ワグテイルさんですね。失礼ですが、フルネーム、生年月日、性別、それから改めて船の識別コードを教えていただけますか」
ぼくたちは聞かれたことに全て答えた。
受付の女性はそれをすばやくコンソールで打ち込むと、手元の機械から、記憶結晶を埋め込んだカードを印刷し、紐を通す。
「こちら、ゲストカードです。自動機械等からスキャンした網膜、顔紋、指紋、脳波、食器に付着していた唾液などからサンプル採取した個人識別情報を記載しています。
常に首からお提げください。なくされた場合、再発行には時間がかかります。セキュリティ上、長時間の隔離拘束を受けることもあると、そのようにご理解ください」
ビスティは嘘をつかないから、必要以上に――といえるくらい、情報開示をする。
しかしそれは、ぼくらにはありがたい。宇宙の常識について知らないことが多いから、デルルワース人はぼくらにとってとても頼もしいメンターである。
「わかりました」セキュリティ上の都合については、当然だと納得した。得体のしれない放浪者がいたら誰だって不安になる
ぼくたちはゲストカードを首から提げて、歩き出した。
やってきたのは、ちょっとした広場である。擬似重力下の簡素な庭園だ。プリント物じゃない、本物の果物が沢山実っている。
庭園には景観のため、あるいは非常時の食料になる遺伝子改良動物類が放牧されている。
あれらは、ふるい伝統に従って、「城郭内の家禽」、「城畜」などとも呼ばれている。
ロビュウさんは自動機械から果肉たっぷりのフルーツジュースを受け取ると、それを持ってきてくれた。
「ほら、宇宙生活に欠かせないビタミンだ」
「ありがとうございます」
「すげえ、さっきのコンポートもそうだけど、本物の果物じゃないか」
宇宙生活が続くと、どうしても、ビタミンが不足する。体が、無意識にフルーツを求めていた。
ロビュウさんは「現在の艦内標準時刻は一五二二時か……ふたりとも、SST一九〇〇時に、食堂に来てほしい。みんな、外の話にとても飢えている。答えたくないことは、すなおに「話したくない」といえば誰も詮索しないし……大丈夫かね?」
「はい。ぼくらもむしろ、話して吐き出したいことがたくさんあります」嘘偽りない本心だった。ブログやエッセイなんかが未だに多くの銀河種族で人気を博する文化なのも、王様の耳はロバの耳だと叫びたい本能が、知性体には多かれ少なかれある証左なのだろう。
「えっと、ロビュウさん。不躾ですが、頼みたいことがあります」ぼくは、自分でもほんとうに不躾だと思った。「いいですか?」
この獣人通信士がほんとうにいい人だとわかったのは、そんなぼくの言葉にも、イヤな顔をしなかったことだった。
「どうした? ああ、シャワーを浴びたいのかな」
「それも少しありますが……あの、傭兵団について、求人情報とか、出てますか?」
ワグは、ぼくの意図を察した。「なんでもいいんです。おれたち、いつまでもふらふらしてるんじゃ、落ち着かない。ナイトシェード号の整備費用や整備の設備を安定して用意できる環境で働きたいんです」
ロビュウさんも、さすがに目を丸くした。現実的な問題には協力したいという気持ちがある一方で、曖昧な、出世欲のような野心を嗅ぎ取って、眉間を狭くしている。
「わたしは……決して健忘症ではないが。もう一度聞くぞ。君たちはいくつだ?」
「十五と、十七のバディです」
ワグも頷く。「宇宙に出て三年ですが、付き合いは、それ以上です」
「未成年を、雇うなんてのは……いやもちろん、君たちの歳で稼ぎに出る子がいるのは知っている。ソルズでもね。うちにもいるしな。
しかし、傭兵だぞ? 意味を理解しているのかい。突然、母船が攻撃を受け爆散するリスクは、十に一つというくらいには、ごくごく当たり前のように、有り得る。
食事中に、こっそり侵入してきた〝シブラース〟なんかの恐ろしい脅威種族から撃たれて、のたうち回ることも、食い殺されることもあるんだ。冗談や脅しじゃあないぞ」
この時ばかりはロビュウさんも厳しい顔で、恐ろしげな口調であった。正直ぼくは萎縮しかけていた。
だが、ワグは毅然とした顔ではっきりと言いきった。
「野垂れ死にするよりいい。俺は、なんにも残せない、何者でもない、どこぞの誰かなんかで終わりたくない」
「ぼくたちは生活を安定させて、出世したい。いえ、生活が不安定でも出世したい。なにか、大きなことをして、この宇宙に存在を残したい。誰もぼくらに追いつけないような、そんなとびきりの」
ロビュウさんはぼくらの青すぎる野心を聞いてどう思っただろう。
精悍な狼の顔には、どこか、懐かしそうな遠い空を見るような郷愁が浮かんでいる。
彼は手元の紙コップに視線を落とす。いちごをペーストしたドリンクを、彼はぼくらがこれから流す血と重ねているのだろうか?
しかしぼくらは、ロビュウさんの肉球のある手のひらを見たりはしない。わずかに視線は彼の目を追ったものの、すぐに彼のゴールドの目をまっすぐに見据えた。
呼吸音が低く、深く、伸びる。
ぼくたちの興奮気味の浅い呼吸が、じわじわと、ぼくたち自身を刺激する。
心なしか、ぼくの義肢の付け根と右目が、ちょっと痛む。
「わかった。なら、おれも態度を改めよう。いいか、おれは人事じゃないから採用の可否は出せない。ただ、面白いやつらを拾ったと、紹介してやれる。とはいえおれは今仕事中だ。今は行儀良くしていろ。まずはそれが、お前たちの任務だ。いいな」
ぼくらは顔を見合わせて、それから頷き、
その、次の瞬間である。
船内に、けたたましいアラートが響き始めた。
「えっ、――なんですか」
「おれたちがさっき、軌道回避したのは知っているか?」とロビュウさん。
「はい、ロビュウさん」「小惑星か何かを回避したんですよね」
「回避したのは小惑星ではない。そしておれにさんはいらん。おれのことはロビュウ大尉と呼べ。いまのうちに、階級のことも覚えておくんだ」
「はい! 大尉」「質問いいです――よろしいですか、大尉」
ぼくたちはムービーフィルムでしか知らない軍隊言葉とかを頭の中から引っ張り出す。
「小惑星を回避したのではないのなら、一体何を避けたのです」ワグが聞いた。
大尉は、こう答えた。「敵船だ。誘導されていることに気づき、我々は――」
次の瞬間、凄まじい衝撃がガンズラックを襲った。
ぼくたちの初任務は、くそったれなことに、宇宙から熱烈に祝福されているらしかった。
「くそ、強行してきやがった。ついてこい、おれから離れるな」
ロビュウさんはそう言って、ぼくらを、尻の青い新兵を急かした。
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