決して寝心地のいい身体ではなかろうにと、多少申し訳なくなる部分はあるのだけれど。
この大柄な身体では、ともすれば華奢な骨格をつぶしてしまいそうだと不安になるから。腕まくらをしたり、ぎゅうと胸に抱き込んだりするよりも、互いが気兼ねなく密着できる体勢だとは思っている。
仰向けになった己の上に身体を預け、頬杖をついてこちらを見下ろしてくるのは、人形のように綺麗な子ども。
見た目や造形の美しさばかりを褒めそやすのもどうかと思ってはいるのだが。かと言って彼の白磁の肌や絹糸のような青色の髪、赤く透き通った紅玉の瞳の煌めきを、己の貧困な語彙力では到底言い尽くすことが出来なくて。
言葉としては出て来られなかった吐息たちがため息として口から漏れ出ていく。
「……オマエ、本ッ当〜におれの顔が好きな」
頬杖をついた子どもが、うっとりとしている己に対してちょっぴり呆れ気味にそう漏らす。
おれはそんなにただおキレイなだけの存在じゃねーぞぅ、と。口を尖らせる声と喋り方は少女のような外観を思うと随分と粗野で荒々しくて。
そのギャップがこの少年の魅力をより引き立てるのだとは思ったが、ここ最近あまり愛らしい愛らしいと繰り返されるのを好ましく思っていないようだったから。言葉としては発しはせずに両手で柔らかい髪をくしゃりと混ぜ、少し乱れた青い毛束を、すくって耳の後ろへと掛けてやる。
「君の顔かたちだけを好いているのではないけれど。私は口下手だからね。美しいものに対して美しいとしか言えなくて、ついと見惚れてしまう」
本心からの言葉を告げたつもりだったけれど、子どもは胡乱な顔つきで「ふうん?」と返し、「これだから人たらしとやらはおれの手に負えねえ」と不満げにつぶやくと、頬杖を崩してだらりと身を預ける。
珍しくムクれた様子にどうしたことかと上半身を起こそうとしたら、より上へとのしかかるようにしてそれを制された。胸筋の上に子どもの細くとがった顎がのっていて少しだけ痛い。
「……私は君のこころを害すようなことを言ったのかね?」
情け無い声色だし、情け無い物言いだとは思ったが、原因が思い当たらぬのだから本人に直接聞くしかない。さっき耳の後ろにかけたはずの髪がまたぱらりと頬に掛かっていたので、指で梳いて戻してやったら、んんと鼻にかかった気持ちよさげな声を出しつつ、くすぐったそうに軽く首を竦めた。
「んーとな。そうっちゃあそうなんだけど、そうじゃねえんだ」
おれもようよううまくは話せねえよ、と困ったように眉を寄せ、「でもおまえがこうさせたんだから甘えさせてくれよ」と。勝手なことを言って人の胸に顔をうずめる。
「おい、こら……」
子どもの頭を胸から押し退ける真似をしつつも、こういう甘え方をされるとどうにも強く出られない。
グリグリと胸筋に頬を擦り付けていたかと思ったら、着衣の上から胸の尖りを見つけ出して、あろうことかそこに吸い付いてこようとする。
「ちょ、ちょっと待て、セタンタ。冗談でもそれ以上は看過できないぞ。やめなさい。今すぐやめなさい!」
ぢゅう、と服の上から的確にその箇所を吸われて、特に意識したことすらもなかったその器官が、案外皮膚が薄くて感覚が鋭敏であることを知る。
胸ーーといってもただの張った胸筋だーーを小さな手で揉みしだくようにしながらそこに吸い付かれると、今までされたことのなかった愛撫のような、幼な子に乳でも与えているかのような錯覚に陥って。その不快とも倒錯ともつかない感覚に、慌てて子どもを胸部から引き剥がそうと試みる。
「こ、こら。セタンタ。だめだ……って。……ん、やめなさい」
頭を押してみても逆に意固地になって吸い付く力を強めるので、わきの下に手を入れて子どもの身体そのものを持ち上げると、観念したかのようにぺろりと剥がれた。
ちゅうちゅうと吸われていた服の胸部は唾液で濃く色が変わっている。濡れた布地が空気にふれてヒヤリと冷えた。
ちょっと強引に引き剥がし過ぎたかと自省する私の前で、悪びれもせず赤い瞳をぱちりと見開いて見返してくる、きれいな子ども。
……ああ、そうさ。
造形の美しさに圧倒されて、叱るべきところで強く出られていない気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。
「…………セタンタ」
何をやってるんだと、眉根を寄せて叱りつけておこうとしたら「ちくび」と幼げな子どもの口から発されるにしては如何にもふさわしくない単語が、小さく艶やかな唇からぼろりとこぼれ出る。
「ち、ちく……!?」
「おう、乳首。なんで男にも乳首ってあるんだろうな?」
オマエ胸おっきいから余計におっぱいみたいだし、なんか吸ってみたくなったという子どもの弁明は、不都合な箇所が多いので右から左へ聞き流すことにした。
かわりに、子どもの素朴な疑問の方にはきちんとした回答を示す。
「……男性の乳首はな、尾てい骨や盲腸などと同様、痕跡器官だと言われている。すなわち、形としては残っているが使われなくなって機能が退化したものだ」
だから吸っても乳は出ない、と強調すると、持ち上げて引き剥がしていた子どもの身体をまた己の腹の上へと乗せ直す。
……不埒な真似をされたりしなければ、このラッコの親子のような体勢が嫌いな訳ではないのだ。
抱えられて持ち上げられていた状態から、また同じ場所へと舞い戻ってきた子どもは、私の説明に分かったような分かっていないような顔で先と同じように「ふうん?」と返し、再び胸の方に手を伸ばしてこようとする。
「……セタンタ、いい加減に」
同じことで注意をさせないでくれと、今度はちゃんと怒ろうと低い声を出したら、ひどくかなしそうな声と顔で「怒らねえでくれよ」と眉尻を下げる。
「おまえが嫌なら吸い付かねえから、触るだけ触らせてくれよ」
こうやっていじってるとなんか安心するんだよと、乳首の先を指で転がしながら言うにしてはいやに殊勝な顔つきの子どもの懇願に。叱りつけようとしていた言葉を無理矢理ぐうと飲み込む。
これは……これは多分アレだ。
きっと育児書でもチラと見たことがあるやつだ。子どもが安眠毛布に懐いたり、タオルケットの端をずっと弄っていたり。その行為自体は個人によって様々らしいけれど、子どもが自身を安定させるための儀式のようなものだから、子どもが自分から手離すまで無理に取り上げない方がいい。
こんなにも美しく賢くて、しっかりしているように見える目の前の彼だって、まだ子どもなのだ。
下腹部で無いはずの器官が締め付けられるような、胎の裡から生じるはじめての衝動に自分自身で驚きつつ、子どもの折れそうに細い首の、後ろ側にある浅い溝をそろりとなぞるように撫でてやる。
数度そうしてやっていて、幾分心を落ち着かせたはずの子どもがまた。
「どうしてもだめ?」なんて愛らしく首を傾けて聞いてくるので。
「…………口で吸うのはやめてくれ、服も濡れてしまうし」
己にとってギリギリの妥協ラインを構築して、子どもの不埒な要望を、思わず諾と受け入れてしまった。
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- わんわんおMarch 14, 2025