【槍弓】【セタ弓】剣でも槍でも負ける気はない
と言いつつ負ける負けない以前に絆されているアーチャーの話。
アーケードの影響でセタ弓が書きたくなったんですが、セタ弓だと思って読まれると違うそうじゃない、となるかもしれないです。セタ弓はセタ弓で好きなんですけど、おかしいな……。でも槍弓とは違う楽しさがありました。セタに関してはある程度調べたつもりてすが、間違えていたらすみません。
以前書いたカルデアの槍弓と同じ軸ですが、こちら単体で読んでいただいて問題ないです。というか元々続きを書くつもりはなかったんですが、書いているうちにこの間のカルデアの話だな、となった感じです。
毎度のお礼になりますが、過去作品読んでくださった方もありがとうございます!
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「カルデアにセタンタが来た……?」
相談したいことがあるとマスターに呼び出され、告げられた言葉に絶句する。
「セタンタというのはケルトのあのセタンタで間違いないか」
「クー・フーリンの幼名セタンタ、だね」
「クー・フーリンならもうたくさんいるだろう! そもそもセタンタとしては霊基に登録されていないのでは?」
「ないはずだし、召喚だってしてないんだけど、いつの間にかいたんだよ」
頭が痛くなる。大きく息を吸ってまた吐いた。
「ランサーやキャスターのクー・フーリンは何と言ってるんだ」
「キャスターの方ならセタンタの側にいて笑い転げてるよ。ランサーの方はちょっと不在」
「イレギュラーが起きている時に何をやってるんだランサーは」
「しばらく出かけてるんだよね。本人がいないならクー・フーリン関係のことならばやっぱりエミヤに頼むべきかなと思って」
少し前ならば何を言っているのかね、と煙に巻いただろう。しかしマスターにはランサーと付き合っているということを告げていた。諸事情あってバレてしまったロビンフッドやキャスターのクー・フーリンはともかく、カルデア中に広まってないだけマシだと思わなければならない。特に隠してはいないがあまりいろいろな人に知られるのは気まずい。
「仕方ない。ひとまずセタンタに会ってみよう」
「なんやかんや会ってみたいんじゃないの、エミヤ」
からかってくるマスターにふむ、と考えるフリをする。
「解決する気がないのならば手を貸さないが? 別に害はないんだろう」
「ごめんて。お願いします」
マスターが手を合わせて拝んでくるので、さぞ手を焼く子供なのかと思いきや、セタンタはごく普通にキャスターのクー・フーリンと話をしていた。セタンタと言うならば伝承で考えればまだロクな戦い方も恋も知らない頃のはずだが、想像していたよりも大きい。現界しているということはサーヴァントな訳で、彼の逸話からして戦士としての力はあるはずだから当たり前か、と腰に帯びている剣を見て思う。扉が開いたことで注意を引いたのだろう、セタンタと目が合う。
「……ランサー?」
瞳の奥によく知る雰囲気があるように感じて思わず呟くが、セタンタは不思議そうに首を傾げただけだった。
「あんたが未来のオレの恋人か?」
「おい何を吹き込んでるんだ」
セタンタの第一声に眉間に皺を寄せてキャスタークラスの彼の方を向くと、事実だろ、と楽しそうに返される。
「知っといた方がソイツのためだと思ったから言っただけだ」
「子供相手に言うことか」
座っているセタンタの目線に合わせるように自分もしゃがむ。ランサーのような鋭い視線は返ってこない。表情は子供らしいが隙のなさそうな様子は確かにクー・フーリンの小さい頃の姿なのだろうと思わせる。
「キャスターの言っていることは事実だが、君に何かするつもりはない。不快に思うようならばすまないが」
「別にイヤな感じはしないからいい」
声は少し高い。さっぱりとした物言いも確かにクー・フーリンらしい。ついついランサーの影を探してしまう自分に苦笑する。霊衣はだぼっとした形でどちらかというとキャスターに近い感じがする。ただ上着というかマントというか、布の隙間から見えるピッチリとしたインナーはランサーの霊衣を思い起こさせた。というかなんで脇腹や脚が空いているデザインなんだ。防御するべきでは。強いから防ぐ必要もないということか。
「君はどこから来たんだ?」
「分かんないんだよな。気づいたら目の前にますたー?がいてさあ」
「マスターは何か心当たりはないのか?」
横にいたマスターを仰ぎ見る。
「んん、さあ。パスが繋がってるのは感じるよ」
「どうした」
変な声を出すのを訝しむ。
「いや、エミヤ背が高いからさあ。見下ろすの新鮮だなって」
「私のことよりセタンタのことを気にしろ。状況が分からないのは不安だろう」
「ごめんごめん。いきなり戦闘に連れていく訳にもいかないだろうし、俺としては誰かに様子を見てもらえると助かるんだけど」
「オレは別に自分のことは自分でできるぞ。って言っても、得体の知れないオレが自由に動き回るのも不安かあ?」
「彼がカルデアに悪影響を及ぼすとは思えないが、まあ一人にする訳にもいかないだろう。私で良ければ世話をするが」
「エミヤやっぱり気に入ってる?」
「セタンタ次第だが」
マスターの言葉は無視させてもらう。
「オレは別に構わねえけど」
「まあいいんじゃねえの。ソイツについてりゃ困ることもねえだろ」
キャスターの援護もあり、改めてセタンタの横に跪く。
「アーチャークラスとしてマスターの手伝いをしている者だ。好きなように呼んでくれ」
「んー、じゃあマスターと同じようにエミヤ、って呼ばせてもらう」
「ああ、宜しくセタンタ」
ランサーならば呼ばない名前が耳にくすぐったい。かくしてセタンタは私の部屋に居候のような形で留まることとなった。
セタンタを部屋に招き入れると、ぐるりと部屋を見渡す。
「さっきの部屋とほとんど同じなんだな」
「改造をしている者もいるが、作りはほぼ一緒だからな」
「ふうん」
物をほとんど置いていないので、すぐに興味を失ったようだ。
「後でベッドを運びいれよう。窮屈になるがまあ過ごせるはずだ」
「オレ、床で寝てもいいけど」
こだわりなさそうに言うのに首を振る。
「寝る場所がないなら私が床に行くし、そもそも新しいサーヴァントが増えた時のために余分なベッドがあるはずだから問題ない」
「そうか」
「とりあえずは椅子にでも座っていてくれ。何か食べる物でも作ろうか?」
「エミヤが作ってくれんのか? 優しいなあんた」
屈託なく笑う様子が眩しい。ランサーもごくごく稀に同じような笑い方をすることがある。
「本当に、ランサーではないんだな?」
キャスタークラスではないのでサーヴァントを見ただけでいろいろ判断することは難しい。ランサーが不在なのもあり疑いたくなるが、ランサーがセタンタの姿になる理由がないし、なったとしても誤魔化す理由がないだろう。そもそも幼い姿になれるのかどうかもよく分からないが、カルデアならばあり得る。
「同じに見えるか?」
一度椅子に座ったセタンタがぴょこんと立ち上がって近づいてきて、目の前で止まった。紅色の目は興味深そうな色をしている。
「言動は違うな。ランサーならば私に対して優しいなどとは言うまい」
「なんだよ、ちゃんと感謝とか伝えてないのか。恋人を愛でないなんて本当にオレか?」
「私では愛でる対象にはならんだろう」
別に思いを疑ってはいないが、可愛がりたいとか思われていることはないだろう。
「でも恋人なんだろ?」
「まあ、一応」
「一応なあ。一応とか言わせてる時点でダメじゃねえ?」
しっかりしろよオレ、と憤慨するセタンタに苦笑する。ランサーならば自分を叱咤するような反応はすまい。ランサーなのではとあまり疑い過ぎるのもセタンタに失礼だから良くないか。
「ランサーはそうひどい奴ではないぞ」
「仲悪そうなのに擁護はするのな」
「別にかばっている訳ではない」
セタンタが未来の自分に失望したら気の毒だと思っただけだ。
「ま、あんたを恋人に選ぶってことは少なくとも趣味はいいな」
「出会ったばかりなのに私はお眼鏡にかなったかね?」
「おう! 迷惑かけるけどよろしくな、エミヤ」
ランサーよりも礼儀正しいんじゃないだろうか。元気に返事をする様子は微笑ましいが、どうにも調子を狂わされる。
「ああそうだ、剣見るか?」
思い出したように声を上げるセタンタに、うん?と返す。
「さっきからちらちら見てただろ。気になってんのかと思ったんだけど違うのか? それともオレが剣を抜くんじゃないかって警戒してる?」
気づかれていたか。確かにセタンタの腰にある剣が何なのかとても興味があるし、つい視線もやってしまっていたのだろう。セイバークラスで現界していると言っていたから宝具である可能性も高い。
「迷惑でなければ見せてもらえるか」
「ほいよ」
頓着なさそうに剣を差し出してくる。セタンタに断って鞘からも抜かせてもらった。淡く光を放っている。
「君はまだ手にしていないはずの剣では?」
「詳しいな。なんで持ってるのかなんて聞かれてもオレにも分からないからな。なんか反則技な感じもするけど、まあ使えるならいいよ」
クー・フーリンの伝承における重要な一振りであることには違いない。さまざまな角度から眺めて解析してから持ち主に返す。
「生前にも見せてくれって言われることはあったけど、あんた程熱心に見てるヤツはいなかったな」
待っていたセタンタに笑いながら言われて肩をすくめる。武器を見るのは趣味のようなものなんだから、仕方あるまい。
昼ご飯は私の担当ではなかったが、昼時より少し早い時間に厨房を借りて自ら腕を振るう。サーヴァントの集まった食堂にいきなり入ってもセタンタなら馴染んでしまいそうだが、寄ってたかって質問攻めにされるのは容易に想像がつく。あまりストレスを感じさせるような環境は作りたくない。セタンタには時間がかかるので部屋で待っていてくれと伝えたが、料理するところを見てみたいと言ってついてきた。カウンター越しに静かにじっと見つめてくる視線を感じながら手早く作り上げていく。鳥の唐揚げに、副菜はインゲン豆にキクラゲを加えて食感が単調にならないようにする。味噌汁は食べ慣れていないとハードルが高いので汁物は鶏のスープに細かく刻んだニンジンやタマネギを入れたものだ。出来立ての白いご飯は時間がなかったので少々硬めだが仕方あるまい。味付けは子供の舌に合わせて甘めにするか迷って、結局ランサーに作る時と同じようなものにした。並べた料理を見てセタンタは飛び跳ねそうな勢いで喜んだ。
「すごいな! うまそう!」
手放しに喜ぶ姿に微笑む。セタンタの向かいにも皿を置いて自分も座る。狙った通り食堂にはまだ誰もいなかった。
「口に合うと良いんだが。ああ、箸は使い慣れないか」
スプーンとフォークを取ってこようと立ち上がると、ハシで食べるから教えてくれ、と言われる。食べにくいだけで箸の使い方も聖杯から得られそうなものだが、と思いつつ盆を持ってセタンタの横に移動する。握り締めるように箸を持っていたセタンタの手を開いて、自分の持ち方を見せる。セタンタの飲み込みは早く、料理が冷める前に不格好ながらも動かせるようになった。唐揚げを真っ先に口に放り込んだセタンタは無言で次の唐揚げに箸を伸ばす。故郷の料理とは違うからと心配したがどうやら平気なようだ。
「ゆっくり食べたまえ。食事は逃げたりしないから」
「ん。美味しくてつい。この唐揚げってのいいな」
「気に入ってくれたようなら良かった。ランサーも食べたがっていたからな」
頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいたセタンタが私の方を向く。
「あんたほんとに未来のオレのこと好きなんだな」
口の中の白米を喉に詰めそうになってむせる。
「何故そんな話になる」
「だって未来のオレも好みはきっと変わらないんだろ? オレの好みがよく分かってんだろうなと思って」
気を紛らわせようと口にお茶を含む。
「偶然ランサーに食事を出す機会があっただけだ」
「うらやましいな。オレももっと食べたい」
「良ければまた作ろう」
「いいのか!」
「もちろん」
美味しそうに食べられると作ったかいがある。盛り上がる姿に私の頬も緩んだ。
セタンタはどこに行くにもついてきたが、厨房にまで入ろうとしてくるのは危ないからと止めた。刃物なら武器でも扱っているんだからと言われて流石に子供扱いをし過ぎたかとは反省したが。厨房ではぴったりとくっついてくることはなくなったが、カウンター越しに眺めていたかと思えば、いいタイミングで皿を出してくれたり倉庫から調味料を持ってきてくれたりと気が利く。人肌が恋しいのか料理中以外はほぼ横にいた。ただ、浴槽にまでついてくるのは止めてもらった。大浴場ならばともかく、狭い風呂にまでついて来ようとするのは教育上良くない。いや別に未来のランサーだからと言ってセタンタに手を出そうとは思わないが。
レイシフトの予定はしばらくないので、セタンタにカルデア内を少しずつ案内していった。屋内とはいえ、サーヴァントが増えてきたこともあり娯楽になるようなものも多少はある。四六時中誰かと共にいたら誰であろうとうんざりしそうなものだが、サバサバした性格のおかげかセタンタがずっと横にいるのはむしろ心地良かった。図書室も娯楽室も興味深そうに覗いていくので、好奇心は旺盛なようだ。
「最近青い槍兵を見かけないと思ったら。子供がきたのか?」
廊下で行き会ったロビンフッドに不思議そうに言われて溜め息をつく。最近頭が痛くなるようなことばかり言われる気がする。
「男の、しかもサーヴァントが産める訳がなかろう」
「エミヤの子になれるなら楽しそうだけどな」
私の腰に手を回しているセタンタを見ながら、あーいや、とロビンフッドの歯切れが悪くなる。
「生前の青い槍兵の子かと思ったんだが」
だから私は、と言いかけて止まる。ロビンフッドは別にランサーと私の子供とは言っていない訳で、というか生前? 生前と言ったか。当たり前だ、さっき自分で言った通りサーヴァントが子を産むことなどないし、ランサーは生きていた頃浮名を流していた。何故ランサーの子供と聞いて私との間の子だと思った。
「投影開始」
出現させた剣を自分の喉元に当てる。
「ちょ、何してんだよエミヤ?!」
「頭を冷やす」
「喉突いたら冷えるどころの話じゃねえよ!」
「血が抜ければちょうど良いのでは?」
かなり本気で突き立てようとしたのだが、セタンタに思いっ切り腕を掴まれて止められた。意外にも力が強い。
「あーソイツ定期的に座に還ろうとするから気にすんな」
「還られてたまるか! っていうかアンタが軽率なこと言うからだろ!」
騒ぎになりそうなので剣を霧散させる。マスターを置いて還るつもりはないが、穴があったら埋まりたい気分だ。
「別にロビンは悪くない」
「いや、恋人の過去のこと言われて冷静でいられないのは仕方ないだろ」
「違う。私が図に乗りすぎた。君の生前の関係者にも失礼だった」
ランサーの横にいる者として真っ先に自分を考えてしまうとは。
「オレの言い方も悪かったが、ショックを受けるんじゃなくて自分を責める辺りがオタクらしいよなあ」
「今のオレの恋人はアンタなんだろ。自分を一番に置くのは当然だ」
ぎゅっと霊衣を掴んでくるので頭を撫でる。
「いいや、それは都合が良過ぎるというものだろう。そして子供の君に話すことでもなかったな」
「まあ外見は子供だけど。後の自分がどうなるかは知ってるしな」
「えっ」
「言ってなかった? まあ中身も外見に引っ張られてる感じはあるんだけどよ」
「他のサーヴァントも小さくても全部覚えてたりするもんな」
ロビンフッドは一人で納得している。セタンタと言えばクランの猛犬と呼ばれる前、まだ運命に翻弄されていない戦士として研鑽を積んでいた頃、と思っていたのだが。
「恋愛遍歴も戦いも全部分かってるぞ。無垢なオレの方が良かったか?」
「いや……子供扱いしてすまなかった」
ランサーの幼い頃の一面だと思っていたので残念な気持ちが全くないかと言われれば嘘になるが。
「侮られてんだったらイヤだけど、エミヤは気づかってくれただけだろ? ガキっぽいのは事実なんだろうし」
カラリと笑う。青い槍兵とよりよっぽど穏やかな関係だな、と言うロビンフッドに思わず本当にな、と返してしまった。
ランサーはまだ姿を現さない。マスターは別に危ないことをしている訳ではないと言っていたが、何をしているのだろうか。聞きに行ってもいいが、やっぱりいないと落ち着かないんだね、とか言われるのは目に見えている。
「何考えてんの?」
暗闇の中でも多少は目が利く。隣りのベッドに横になったセタンタが私を見つめていた。
「成長した君のことを」
「なんだ」
そんなことか、とでも言いたげだ。自分に対してはこだわりがないようだ。
「会ってみたいとは思わないのかね?」
「だってオレだろ? 多少は違うのかもしれないけど想像つくし。エミヤは会いたいのか?」
「君が何故現界したのか分かるんじゃないかと思ってね」
セタンタのためという以上の意味は断じてない。
「オレがいたら迷惑か?」
すねたような声音にまさか、と返す。
「君といられるのは嬉しいよ」
布団を捲る音がする。セタンタがごそごそと私の布団にもぐりこんできた。
「こら」
「ちょっとだけ」
私の胸元で丸くなる様子が子犬のようで邪険にできない。
「なあエミヤ、ちゅーしたい」
セタンタの言葉に目を見開く。私とばかり行動していたが、誰か気になる者でもいたのだろうか。
「カルデアは恋愛禁止ではないが。相手の気持ちもきちんと聞いた方がいいぞ」
セタンタといえどやはりクー・フーリンになる者ならば恋に落ちやすいのだろうか。短期間一緒にいただけなのに成長した子を送り出すような気持ちになる。ランサーと私だって付き合っているのだから、やめておけだなんて口を出すことはできない。
「エミヤはオレのことどう思ってる?」
小さいながらも芯を持っていることや正義感の強さ、気遣いや弾けるような笑顔。全てを一言で言うならば。
「愛しいな。君に想われる人はさぞ幸せだろう」
布団が持ち上がる。ぱさりと布団がベッドから落ちる音がして、セタンタが私の上に覆いかぶさる。
「セタンタ?」
「オレが好きなのはエミヤだよ」
暗闇に爛々と光る目はしっかりと私を捉えていた。何を言っているんだと混乱しかけたが、近づいてきた唇は手のひらで止める。
「承服しかねる」
「なんでだよ。未来のオレも今ここにいるオレも似たようなもんだろ」
まあランサーにも過去に同じようなことはされているが。
「君のことは好ましいが、ランサー本人ではないだろう」
「義理立てか? 気にすんなよ細かいこと」
「ランサーも同じことを言いそうだな」
「なら」
期待に輝くセタンタの目を覆って自分の胸元に抱き込み直す。
「君達にとっては大したことではないのかもしれないが、ダメだ」
セタンタの言葉に胸の奥が温かくなるような心地はしたが、本人達が気にしなくても私が気にする。
「エミヤが未来のオレのことばっかり思い浮かべてるのはなんとなく分かってたけどさ。いない奴じゃなくてオレにすればいいのに」
くぐもった声でつまらなそうに返すセタンタに、ランサーだったら無理矢理にでも丸め込もうとしてくるだろうな、と考える。考えている時点で答えは出ている。
「君の気の迷いだろう。たまたま私が側にいたから」
今のセタンタは狭い空間での交流しか知らないのだ。外の世界を知ればきっと。
「いくらエミヤでもそれ以上言ったら怒るぞ」
「何故だ」
「なんでって」
セタンタが身じろぎをして私の顔を見て、悔しそうな顔をする。
「未来のオレならその辺も上手く扱うのかな」
「その辺とは?」
セタンタはまた胸元に戻って顔を隠してしまう。
「エミヤが自分を顧みない時、ちゃんと自分を大事にしろって思わせる辺り。好きだって伝えて勘違いだろうって言われるの、いい気はしないから気をつけろ」
謝りかけて言葉を止める。悪かった、などと言っても言葉が上滑りするだけだろう。
「心得ておこう」
どうして自分をとは思うが、確かに思いを寄せてくれるのに不誠実な対応だったかもしれない。
「……明日はシミュレーションルームに行こうか」
「戦闘訓練できるとこ?」
「そう。君のストレス発散に」
「エミヤが今よりもっと優しくなってくれたらストレスなんてなくなるのに」
突然聞き分けのない子供のようになるのに苦笑する。
「ランサーとも言い争いの延長で行ったことはあるが、じっくり戦った訳ではない。クー・フーリン達の中では君が初めてちゃんと手合わせをする者だ」
「オレが初めてでいいの?」
「ああ。好いてもらえること自体はありがたいので何か返したい」
「エミヤはずりぃよ」
ぐりぐりと頭を押しつけられる。
「すまない」
「軽々しく謝んな」
やはり謝っても機嫌を損ねられた。片腕でベッド横を探って布団を引き上げる。埃は落ちていないはずだが、一応払ってセタンタにかけた。
「今日一日一緒に寝るぐらいならばいいだろう」
「未来のオレがオレと同じように考えるなら、一日でも妬くと思うぜ」
「止めておくかね?」
「いい、寝る」
宣言通り、少ししたら寝息が聞こえてきた。背に垂れた三つ編みが乱れてしまっているのが感触で分かる。明日起きたら整えてやろう。私はセタンタの背に手を置いて起こさない程度に撫でながら、しばらく天井を眺めていた。
シミュレーションルームは基本的には予約制だが、夕方に運良く空いている時間があった。セタンタは腰に帯びていた剣ではなく長い棒を構える。武器は異なれど構え方にはランサーに通じるものがあった。私も剣を構えると、セタンタは片眉を上げる。
「弓兵じゃないのか?」
「弓も使うがね。手合わせで遠距離から攻撃してもつまらんだろう」
「矢でも何でも避けられるけど」
「知っているよ。でも現界してから初めて武器を持つだろう。手加減を」
した方がいいかね、と聞く余裕はなかった。セタンタが手にした棒を打ち込んでくる。敏捷性は健在か。受け止めることはできたが剣にヒビが入る。
「スピードに慣れてるな? やっぱり未来のオレとも何度か戦ったことあるんじゃねえの」
「脳内でイメージしたことならば何度もあるがね」
後は別の聖杯戦争で少々。
「未来のオレとどっちが強い?」
「やってみなければ分からんな」
とんとん、と棒で自分の肩を叩いているセタンタを横目に、欠けた剣は消してもう一度魔力を編んで新しい剣を現す。
「おっ何度も作れんの? どうなってんだ」
驚いた顔をする新鮮な反応に口角が上がる。
「君が飽きるまではお相手しよう」
「負ける気はねえって宣言か? 上等だな」
ニヤリと笑う。やはり戦闘には興奮する性質らしい。次々と打ち込んでくる棒を躱したり受け流したりしていく。
「本気出していいぞ」
「君はセイバークラスだろう? 普通にやっていたら私の方が有利になってしまうからな」
「ふうん」
セタンタが一度棒を下げるので私も動きを止める。見下しているように聞こえてしまっただろうか。全力を出していないのは事実だが別に手を抜いたつもりはなかったんだが。セタンタはうつむいてしまっていて表情が見えない。気を紛らわせようと思ったのに失敗しただろうか。私だけ剣を構えているのも滑稽で霧散させた瞬間、セタンタが身を屈める。まさか。
「魔剣抜刀」
右手に棒を持ったまま左手は剣の柄を握っている。先程まで普通に見えていた剣が光輝く。
宝具を放つつもりか?!
「裂き断つ――」
とにかく防御を!と必死だったが、セタンタが心臓に剣を向けた瞬間、動きを止める。剣は私の数ミリ前で止まっていた。
「どうした」
セタンタは気を落ちつかせるように乱れていた呼吸を整える。
「……今のは勝っただろ」
得意気に笑う姿はやはり子供のようなのに、何故だかランサーに言われたように感じて気に食わない。しばらくきちんとセタンタとして見ることができていると思っていたのに。
「宝具を出すのは卑怯では?」
「禁止してなかっただろ。寸止めしたし」
「最後まで繰り出さなければ分からなかろう」
「あーもーあのタイミングで無理だろ!」
剣を収める。今度は本当に戦う気をなくしたらしく、みなぎるような気迫が消えていた。
「終わりか?」
「物足りねえか?」
あっけないとは思うが満足していなそうなのはセタンタの方だ。
「槍がある時にまた戦いてえな」
「キャスターの君のようなことを言うな。セタンタの姿でも振るうことはできないのでは?」
「だなあ。セタンタじゃ無理だろうな」
首を回す様子がまるでランサーだ。カルデアに来てから長いこと会わないということがなかったので、感覚がおかしくなっているんだろうか。
「部屋に戻ろうぜ」
解せない気持ちを抱えながらもセタンタとシミュレーションルームを後にした。
部屋の扉を閉めた途端、セタンタが私の手を取って、脇腹に当てた。霊衣の隙間から直接セタンタの肌に触れる。
「何を」
「今のうちに堪能しておいてもらおうかと思ってな」
つ、と私の手をなぞる仕草が明らかにセタンタとしておかしい。今度は脚に誘導しようとするので全力で抗う。しかし筋力差では残念ながらセタンタ相手でも劣り、指先が脚をかすめる。
「やめろ」
「イヤか?」
嫌に決まっている。背徳感がすごい。顔をしかめている私に対してセタンタは気にする様子もない。
「楽しめばいいのに」
「子供にどうこうする趣味はない。浮気のようなのも抵抗感がある」
セタンタはニタリと子供らしからぬ顔で楽しそうに笑った。今までも見た目の割に大人びていると感じることはあったが、雰囲気が違う。
「アーチャー、目を閉じろ」
やはり。睨みつけようとしたがセタンタを睨むのはどうにもやりづらい。大人しくまぶたを落とすとぐいと首の後ろを押される。ああ、身長差があるのか、と身を屈めると待ち望んでいたように唇が触れる。唇がよく知るものより小さくて思わず腰が引けたが、背中に手を当てて引き寄せられる。唇を食む犬歯はランサーと一緒だ。しばらく口の中を蹂躙される。唾液をねだるように舌を動かすので私の方から流し込んでやったら嬉しそうに舌を絡めてきた。部屋に響く水音に羞恥心を煽られて耐えられなくなってきた時、ようやく口が離される。
「目、開けていいぞ」
魔力供給をしている間ずっと閉じていたまぶたを開ける。声で予想はついていたが、ランサーが目の前に立っていた。
「驚かないんだな」
「不在の君と現れたセタンタ。疑うのは当然では?」
キスをされた時点でまず間違いなくランサーだろうと思っていたが、内心ほっとする。表情には全く出さないが。
「の割にちゃんとセタンタ相手として丁寧に応対してたじゃねえの」
「分かっていて知らないフリをしていたのかね?」
もしかしたらランサーなのではと思う所は多々あったが、同一人物のような存在だから思うのかランサー自身がセタンタの外見をしているからなのか確信が持てなかった。ランサーとしてセタンタになりきっていたというならばもう少し反応が違っただろうと思う点もいくつかあった。からかっていたというならば今すぐシミュレーションルームに戻ってもう一戦交わしたい所だ。
「セタンタの姿になったのはオレの意思だ。でも、オレとしての記憶が飛ぶのは想定外だった」
「なんのためにセタンタになったんだ」
「言わないとダメか?」
小首を傾げるな。セタンタとしての仕草が残っていないか。ちょっとかわいいなんて思ったりなんぞしないぞ。
「一番巻き込まれたのは確実に私だ」
ランサーはがしがしと頭をかく。
「お前さ、子供の姿のサーヴァントには優しいだろ」
「はあ」
突然話が変わったように感じて間抜けな声を出してしまう。優しいというか、子供に懐かれては放っておけないだけだ。
「セタンタになってみたらどんな感じなのか分かるかと思ってよ」
くだらない、と一蹴することはできない。私だってランサーの知らない面を見てみたいという気持ちはある。だが。
「他にも理由があるだろう」
さり気なく背を向けたランサーに声を投げかける。
「何故そう思う」
「貴様は自分自身のためだけならば、わざわざまどろっこしいことをしないだろう。しかも人に協力を仰いでまで」
初めてセタンタに会った時の反応からして、恐らくマスターとキャスタークラスの彼に頼んで事を成したはずだ。
「買いかぶり過ぎじゃねえ?」
「どうなんだ」
「言ったらお前イヤがりそうなんだが」
「私に都合の悪いことかね?」
ランサーはセタンタが使っていたベッドに腰かける。
「……甘やかしてえと思って」
「は?」
「だから、お前オレに対してだったら何かしら突っかかるだろ! 別に張り合うの自体は好きだからいいんだけどよ、お前の肩の力抜くには適さねえかと思って」
予想外の言葉が飛んできて、ランサーに向かい合うように自分のベッドに崩れ落ちるようにへたり込む。セタンタの世話をしているつもりで、実は自分が癒されていたなどと。
「普段から充分甘やかしてもらっている」
「いいや、足りねえな」
「というか、貴様は私を甘やかしたいのか?」
「恋人を大事にしたいってのはおかしなことか?」
「……オレはランサーに会えないのが寂しかった」
ランサーの言葉に、常ならば絶対に口にしない言葉が滑り落ちる。
「アーチャー」
「いや、忘れろ。なんでもない」
感動したような声を出されて我に返る。何を言ってるんだ私は!
「なんでだよ。オレだって会えなくて寂しかった」
「貴様は会っていたようなものだろう! あ、でもセタンタとしている時はランサーの意識はなかったのか?」
「完全にセタンタとして動いてたな。霊基はオレ自身のものだが、深層で眠ってたみたいな感じというか。武器も持ってたし可能性としてあり得る別側面みてえなもんなのかね。詳しくは聞かんと分からん」
ややこしい。どうせならばセタンタとして存在していた時の記憶もなくしておいてほしかったような、覚えていてくれて嬉しいような。
「しかし口づけで目覚めるなんて御伽噺みてえだよな」
「御伽噺ならば、覚醒させる方がするのでは? 君は強引だ」
魔力を取り込んで元の姿に戻りたいのだろうと察せたので協力したが。
「『セタンタ』に口づけさせんのは面白くなかったんだよ」
別人物として扱っていたが、セタンタもランサーも結局は同じようなものではないだろうか。それともランサーの意識がなかったというならばセタンタはセタンタとして別個として考えた方が良いんだろうか。そういえば。
「どうやってランサーとしての意識を取り戻したんだ?」
「心臓穿とうとした時に、なんか違げぇなと思って」
確かにシミュレーションルームを去る時から様子がおかしかった。戦闘で気づくのも、気づいて即行動に起こす辺りもランサーらしいと言えばらしい。
「ま、そんな訳でセタンタはセタンタでオレはオレだ。セタンタとしたことをオレにも経験させろ」
ランサーが私のベッドに移動してきて私を押し倒す。
「は、いや、セタンタの時の記憶はあるんだろう!」
「あるけど、お前はセタンタだと思って対応してたんだろ。過去のことを気にしすぎんなとか唐揚げ食わせろとかオレとも手合わせしろとか言いたいことはいくらでもあるが、とりあえずオレとも一日一緒に寝ろ」
ぎゅうと強く抱き込まれる。
「セタンタと君とでは訳が違う」
「なんでだよ、恋人のオレと寝る方が正しいだろ」
「う、セタンタは可愛らしかったのに」
「うるせえ、セタンタの方が好みかよ」
せっかく大事にされてるって実感できたのによ、と言われて顔に熱が集まる。やはりセタンタとして存在していた時の記憶は飛ばしてもらっていたほうが良かったのでは。セタンタはセタンタとして愛らしい存在だったのだ。私の上ですやすやと気持ち良さそうにしていたセタンタに戻ってきてほしい。ランサーと寝るのは緊張の度合いが違う。セタンタと違って倫理観としては問題ないが、同じ布団にいるなどという状況はおかしいのでは? いや別に恋人同士でおかしいも何もないが、何故ランサーが私にと思わずにはいられない。
「まーたなんか余計なこと考えてねえ? セタンタとしてもお前ばっか見てたぐらいなんだから、自惚れとけ」
セタンタは振ったんだが、ランサーとしてはあれで良かったんだろうか。何と返していいのか分からずに無言で抱き返すと、ランサーが笑う気配がした。
「そういや、ちゃんと聞いてなかった。セタンタとの時間はどうだった」
「存分に楽しんだよ。ありがとう」
可愛らしくも凛々しくて、セタンタが後数年経て大きくなれば、もしくは自分がセタンタと同じような歳であれば、惚れていたかもしれないなとは思う。
「何が一番良かった」
「剣」
即答するとランサーから、ええ、という不満そうな声が上がる。
「らしいっちゃらしいけどお前さあ。セタンタ関係なくね?」
「セタンタだからこそ持ち得た剣だろう。そういう君は、セタンタとして過ごした感想は?」
ランサーは少し考え込む。セタンタだったという感覚が薄いのかもしれない。
「身長差的に見えそうなんだけど髪の毛で絶妙に見えないうなじが良かった。髪と肌のコントラストが、」
「たわけ」
私のことは言えまい。言葉を途中でぶった切る。
「ま、良いことはそのぐらいだ。セタンタじゃいろいろ力不足だな。甘やかすならオレが自分でやるわ」
よしよし、と乱暴に頭を撫でられる。首がもげそうだ。
「やるならばちゃんとやれ」
ランサーの手を止めて自分の手をランサーの頭部に回す。リズムを取りながら小声でよしよし、と言ったらランサーは私の胸元に顔を押しつけてきた。子供扱いしすぎただろうかと手を止めると、いいから続けろ、と促される。
「セタンタに会えないのは残念だが、気持ちの方ならランサーからたくさんもらっている。一日と言わずいつでも一緒に寝てやる」
撫でながら伝えるとランサーが顔を覆ってぐう、と唸る。なんだ、何か変なこと言っただろうか。
「今日は随分と素直だな」
「セタンタのおかげでな」
気持ちがほぐれたのは確かだ。ぽつぽつとランサーと話をしながら、たまに不埒な動きをする手をはたき落す。今日は触られるよりも触れてちゃんと存在を確かめたかった。ランサーにも告げるがオレだって同じだと言って手は止まらない。余す所なく触れ合って、抱き込まれ、抱き返したまま眠りに落ちた。
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- 鴉八丸June 10, 2024