【キャス弓】けものの名をよんで
◇FGO時空/バーサクキャスニキ(否オルタ)とのんき弓兵/できてない
◇兄貴の狂化逸話と自覚済み美丈夫エピソードのフルコンボ 公式(ケルト神話)(型月)が最大手だってそれ一番言われてるから
◇徹頭徹尾キャスニキ萌えをこじらせただけの産物です
◇キャスニキ幕間ネタ・モリガン設定などねつぞう過多 ほんとすいません
◇兄貴誕生日ほんまおめでとうな…
◆便宜上槍弓タグお借りしております
◆表紙お借りしました(illust/51034251)
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「ようマスター。昨日は悪かったな」
キャスターのクラスを冠する英霊の声に、若きマスターは何の気なしに振り返り、そして瞠目した。
「先輩!?しっかりしてください、先輩!?」
「おう、盾の嬢ちゃんにセイバーのも一緒か。お前らにも面倒かけたな」
「いいえクー・フーリン殿、謝罪には及びません。修行中の身には貴重な経験になりました」
「そう言ってもらえるのはありがたいがね。で?そっちのはどうした」
応えた花の少女剣士に口端をわずかに持ち上げてみせ、青いキャスター、クー・フーリンは手にした杖の先で背後を示す。かるく杖を掲げる動作ひとつにも、細かな砂金を思わせる陽光が空中に散った。
「察するにですが」
ここ人理継続保証機関・カルデアの通路には、盾の英霊たる少女が呼ばう必死の声が響きつづけている。
誰をかといえばそれは彼女の、彼らのマスターその人である。つい先程、自身の従僕たるサーヴァント、クー・フーリンの姿を認めた瞬間うおっまぶしっと叫んでブッ倒れ、今現在も泡を吹き続けている少年、ここカルデアの最後にして唯一のマスターその人である。
息を、息をして下さい先輩!と叫ぶマシュの悲痛を背後に、白い軽装を纏った剣の英霊、セイバー・リリィは続けた。丸みを残したその頬に、年頃の少女らしいはにかみを帯びて。
「魔術師といえど、マスターはただの人間ですから。あなたの輝きは人の子には強すぎるのでしょう」
「そんなにか?」
「ええ、光の御子殿。今日の装いはとても華やかですね」
「まあそんな気分の日もあらぁな」
鷹揚に片目を眇めたクー・フーリンが言った。瞬きのたびにこぼれる淡い光をうけて、ましろい貌に幾束か落ちる青髪が輝く。繊細に編み込まれた宝石の糸をしゃらりと揺らし、アルスターの大英雄はゆるく首を巡らせた。ところで。
「赤い弓兵を見なかったか」
そもそもの発端はレイシフトの失敗であった。
15世紀フランスを中心とした特異点の修正後も、各地に点在する誤差の調査に赴いたミッションでのことである。
レイシフト直後の乗り物酔いにも似た酩酊に耐え一歩足を踏み出した先、そこはボルドー近郊の宿場町ではなく、深く暗い森のさなかだった。
異物を警戒するかのように、あるいは獲物を歓迎するかのように、森がざわめく。すぐさまマスターを守らんと前に出た後輩の肩を、そのあるじがなだめるように叩いた。通信機器の向こう側から、平生にない緊迫を帯びたドクターの声が響く。
『…すまない、転移にエラーが発生したみたいだ。現在修正中だが、現在地の座標が特定できていない。悪いがしばらく待機してくれ』
「座標が特定できない?」
『おそらくだが、周辺大気中の魔力と相性が悪いんだ。相互に干渉し合ってる』
そんなことがあるのか。マスターと盾の少女は顔を見合わせたが、Dr.ロマンの言うように、この森は、少し、かなり異様であった。
魔術師というより一般人に近いマスターにさえ感じられる、淀んだ魔力に満ちた空気。木立の、茂みのその奥で、ヒトでなくけものですらない何かがこちらを伺うけはいがその肌に刺さるようだった。
「撤退だ」
青いキャスター、クー・フーリンが呟いた。振り返った先、かのケルトの大英雄の、その視線は目深に被ったフードに覆われ判然としない。けれどどこか虚空を睨んでいるかのようなふぜいだった。
手にした杖で何度か地面を叩く。それからほとんど吐き捨てるように、嫌な森だ、と言った。
「どうにもよくねえ。おうマスター、ここは退いたほうがいい」
「え?でも、」
判断を求められた少年が思わず見回した先、率いるサーヴァントたちはそれぞれに固い表情を浮かべていた。
「…彼に同意するのは多少癪だが、同感だ。ただ待機するにはいささかイレギュラーな状況とみていい。おそらくここはフランスでもなければ15世紀でもない」
赤い武装を身に纏った褐色の肌の弓兵、エミヤが言った。癪だと漏らす心情を如実に表すように、腕を胸の前で組んだ姿はいっそ挑戦的だった。
「もっと言やあ”こっち側”ですらねえぜ、弓兵」
虚空を見つめたままのクー・フーリンが言う。声音は重いが、まぜっかえすような口調だった。
エミヤはむっとしたように睨みかけたが、仮にも相手は森の賢者と称されるドルイド、その叡智の具現である。
此岸ではないと告げられたこの森の異様さは、弓の英霊たる彼にも十分に通じている。ふん、と鼻を鳴らして向き直る、そのしぐさはいくらか子どもじみていた。
「私も、クー・フーリン殿に賛成です。妙な予感がします」
金色のくせ毛を不審げに揺らし、剣の英霊――セイバー・リリィが賛同した。すぐれた直感を持つ彼女までもが勧める撤退に、マスターはううん、と思案する。
「決まりだな。おい優男、きりきり戻せや」
『初対面からあなたは僕に厳しいね!? さっきから試してはみてるけど… 駄目だ、転移システムが機能しない。そちらの大気中魔力が妨害してる、というよりこれは…』
「結界かよ」
小賢しい手を使いやがる。
神の血をしめす端正な貌に似合わぬ粗野な舌打ちを漏らし、クー・フーリンは手近な小石を拾い上げる。手甲からのびたしろい指先が文字をえがくと、幾度か震えた小石はやがて地面を滑るように動き始めた。
「探索のルーンか」
「ああ。だがどうもこの感じ、基点は二つか」
もう一つ拾い上げた小石に同じようにルーンを刻み、おいマスター、とクー・フーリンは言った。
「ここらにゃ何者かが結界を張ってる。二つある基点を崩さんことには帰れねえって訳だ」
「じゃあ、」
「二手に分かれようや。片方が基点を壊し次第合流する」
「そうしましょう、先輩」
ひかえめに同意するマシュに、マスターたる少年は意を決する。
「分かった。クー・フーリンは先導を。エミヤとリリィはもう一つの基点をお願い。準備が出来次第出発しよう」
「おまかせ下さい」
「承った。マシュ君、マスターを頼む」
予備の通信機器を受け取り、セイバー・リリィは誇らしげに胸を張る。歴戦の弓兵から声をかけられたデミ・サーヴァントの少女は、全力を尽くします、と力強く頷いた。
「おい」
機材の調整と装備の最終確認につとめるマスターたちから少し離れ、油断なく周囲を警戒していた鷹の目が振り向く。
「お前にはこれだ」
存外に素直な目線に気付かなかったふりをして、クー・フーリンは黒い武装で覆われた胸に二つ目の石を押し付けた。
咄嗟のことに面食らったか、エミヤは胸元のしろい手にそっと触れる。それからまるで弾かれるように、押し付けられた小石だけをその手のなかからもぎ取った。随分と慌てたようなしぐさだった。
く、と喉をこするような吐息が聞こえる。クー・フーリンの笑みだった。
「生娘みてえな真似すんじゃねえよ」
「誰がだ」
未来の英霊が珍しく底冷えするような目線でもって、彼らのカルデアにおいては最古参の一人である青いキャスターを睨めつけた。
ルーンの小石を潰さんばかりに握りかけ、それから我に返ったように掴み直す。癇性の子どもを揶揄うような心持ちで、大英雄がまた一つ笑声を漏らした。
「おい、そいつが今からお前らを導く。オレと思って大事に扱え」
軽口じみたキャスターの声に、常に渓谷を刻む眉間の皺が深まった。
「…もう少し真剣に挑めないのか、あんたは」
「オレがか?」
「そうだ。今はなおさら――行動中だぞ。私をからかっている場合か」
「そう思うか?」
光の御子のうすい唇から、笑みの気配が消えた。ふわと伸ばした一歩で距離を詰め、ぎょっとしたように動きを止めた弓兵の胸元から、小石を握ったままのてのひらを掴みあげた。
じっと見上げた血色の瞳が、戸惑う鋼色のそれを捉える。まじまじと底までさらうような賢者の視線に、エミヤは居心地悪そうに、何だ、と小さな声で言った。
「…どうも分からんな。お前、本当にあのアーチャーか?冬木の戦争で死合った弓兵は鉄くれみてえで、煮ても焼いても食えん奴だと思ったが、その点お前は」
「何だというんだ」
「隙が多い」
分霊の辿った記録の一部、ここではないいつかの記憶とはいえ死力を尽くして戦った、かつての敵手、と同一人物たる男、からの、あまりといえばあまりな一言だった。
エミヤは一度口を開きかけ、口を閉じ、それからもう一度口を開く。反論か皮肉か、何事かを言いかけた一瞬を遮り、キャスターのゆびさきが動いた。
掴んだままの褐色の手首にふわりと浮かんだほの青い文字が、やがて肌に沈むように消えていった。
「守護のルーンだ。ここらはタチの悪い精霊崩れが多そうだからな、目ぇ付けられんじゃねえぞ」
「…ならば私よりマスターたちに刻んでやるべきだろう」
「お前は本当に分かっちゃいねえな」
からかう声にいくらか心配の色を乗せ、クー・フーリンが続ける。
「坊主たちは心配いらねえよ。ありゃもう魂の根っこは出来上がってる、若いが揺らぎがねえ。精霊どもってのはな、ガキが好きなモンだ。良きにつけ悪しきにつけな。お前みたいなのが一番危ない、オレから見てもな」
どうも故郷の年少どもを思い出す。ゆるく首を振るケルトの大英雄の、その目元はどこか優しい。
「クー・フーリン、クー・フーリンってじゃれついてきてなあ」
「…私はガキではないし、君にじゃれついた覚えもない」
「そうか?あの武家屋敷の坊主は――」
「あの未熟者といっしょにするな。キャスターで喚ばれたことで多少は知性と分別を身につけたかと思えばこれか、駄犬め。いっそ一度座に還って喚びなおしてもらえ」
眦を吊り上げ、ほとんど一息でもってエミヤが怒鳴った。アルスターの光の御子はわずかに目を細めてそれを眺める。
お互い冬木の聖杯戦争に関する一連の記録を共有する身ではあるものの、今回の召喚に及んでも”あの未熟者”と根源を同じくするエミヤと、導き手として顕現したクー・フーリンでは在り方からして異なっている。
記憶のなかの赤い弓兵は尽きず皮肉を唇に乗せ、槍兵としての自分は売られた喧嘩は即決価格で買うのが常だった。しかしこうして魔術師の俯瞰で眺めれば、それこそ仔猫と仔犬のじゃれあいである。
ふ、と愉快げな吐息をこぼし、思えばオレも若かった、と内心だけで呟いた。が、それはそれとして。
「前言撤回、口の減らなさは変わらんな。もうちっと可愛げってモンを身につけたほうがいいぜ、かりそめとはいえドルイドからの忠告だ」
「痛みいる、槍なき君。だが私に可愛げがあっても狗の餌にもなるまいよ」
つんと逸らした顔は空々しいが、その腰に当てた拳には導きのルーンを握りしめたままである。ゆるく笑んだ青いキャスターを、準備を終えたらしいセイバー・リリィが呼んだ。
「クー・フーリン殿。マスターが出発しようと」
「おう今行く。セイバーの、こいつを頼むぜ。どうも危なっかしい、特に女の前じゃ無茶したがるからな」
「何を言い出す、貴様!」
「そうなのですか?では私がお守りしましょう。なんだかエミヤ殿は他人という気がしませんし」
おまかせ下さい、と初々しくも頼もしい騎士の風格を覗かせたセイバー・リリィが微笑んだ。記憶を共有しない別人格の具現とはいえ、唯一無二と仰いでやまないかの少女の面影を前に、皮肉屋の弓兵は思わずたじろぐ。
動揺と怒りを乗せた目線がちらちらと刺さる背中を感じながら、クー・フーリンは悠々とマスターのもとへ歩き出した。
「本当に妙な場所だね」
するすると地を滑る小石を追い、キャスター、マスター、シールダーが森をゆく。散発的に襲い来る魔獣や獣人を杖の一振りでいなしながら、まあなァ、とクー・フーリンが呟いた。
「こっちとあっち… 此岸と彼岸のはざまとでも言やいいか、それに近い。どこでもあってどこでもない場所だな。それだけに長居するべきじゃねえ、さっさと結界をブッ壊さんと」
「でもこの感じ… どこかで覚えがある気がする」
若いが潜った修羅場の数はもはや片手できかぬかのマスターの一言に、その後輩たる少女はちいさく頷いた。
「私もそう感じていました。…その、1世紀の特異点と同時代の、アイルランド北東部でのことですが」
あのときの状況に近い。同時代の特異点修正後も歪みを残していたかのアイルランドの古い森、ケルト・アルスター伝説の時代で遭遇した旧き思念たちとの戦いである。
「坊主たちも勘付いてたか。確かにな、あの時と同じような匂いがしやがる」
だが。呟くその足元で、探索のルーンが動きを止めた。かちかちと小刻みに震えた小石は、その場で音を立てて砕け去る。
皓い歯を獰猛に覗かせ、クー・フーリンは笑みによく似た表情を浮かべた。
「あん時よりもっと臭うな。 …聞いてンだろ!?モリガン!」
刹那、かすかに嗤うおんなの声が聞こえた気がした。
次の瞬間、四方から迫るは森に囚われた妄執たち、旧い残留思念の襲撃だった。
空を裂くような舌打ちを飛ばし、アルスターの大英雄は杖を振るった。火のルーンを解き放つやその場から跳ぶと、襲いかかった高濃度の魔力塊が一瞬前まで彼の立っていた地面を抉る。
「嬢ちゃん!マスターから離れるな!」
はい!という応えと同時に、デミ・サーヴァントの大盾が魔力波を一斉に弾いた。上等、と薄く笑んだ青いキャスターの周囲に、ぼぅと鬼火めいた無数の炎が円を成して浮かび上がる。
「炭も残さん」
瞬時にして原初の炎が展開し、襲い来る妄執たちを焼き尽くす。末期すら洩らさず大気に解けていくそれらを意に介すことなく、クー・フーリンの周りに再び炎の陣が噴き上がった。
『…スター、マスター、聞こえますか。こちら側の結界の基点を発見、無事破壊しました』
戦場と化した森に不釣合いな、愛らしい声が響く。通信機器から流れるセイバー・リリィの報告だった。
「了解、リリィ!すぐに合流してくれ」
サーヴァントたちの後ろから、それでも果敢に援護を飛ばしていたマスターが通信の声に応える。激しい戦闘音を聞き取ったらしい剣の英霊が、急行します、と応答した。
いかな死の女神の差し金であろうと、所詮は妄執どもの群れである。練度の高い英霊たちの敵ではなく、しかし油断はならん、とかりそめのドルイドは杖を握り直した。その瞬間。
「マスター!」
少女の叫びに振り返る。死角から出現した亡霊が、彼らのあるじに襲いかからんと不吉な腕を振り上げていた。
「……ッ!」
即座に抜き放ったアンザスのルーンは主に仇なす敵に炸裂した。――紅蓮の尾を引き燃え上がるその刹那、二体に分裂した片割れを残し。
「なっ!?」
マシュとマスターの驚きの声を尻目に、炎をかいくぐった亡霊の半身が青いキャスターに殺到する。迎撃の魔力収束は間に合わない。呪いをたっぷりと滴らせた腕がその喉元に伸びたとき、クー・フーリンは理解した。
「…狙いはオレか…!!」
瞬間、凝縮された呪いが破裂した。
「…クー・フーリン!!」
炸裂の瞬時、周囲が霞んで見えるほどの呪い、悪意の爆発。マスターは己がサーヴァントの名を呼び、駆け寄ろうと足を踏み出す。
「…来るな!」
斬りつけるような叱咤に、少年は思わず足をすくませた。喉元をつよく押さえたクー・フーリンが、ウゥ、とけものじみた苦悶を漏らす。
乱れた青い髪のはざまから苦痛に濡れた瞳がそれでも、あるじへの忠心を湛えて揺れていた。
「…逃げろ、マスター… 嬢、ちゃん、坊主を、連れて…逃げ、ろ!」
ぐ、と一際苦しげに呻いた男が、青いローブの背中を折り曲げるようにして激しく痙攣した。呆然と立ちすくむマスターの肩を、デミ・サーヴァントの少女が掴む。
「マスター、いったん退きましょう!」
「マシュ、でも、クー・フーリンが、」
『マシュの言うとおりだ、即刻退避を推奨する!クー・フーリンの魔力反応が爆発的上昇!何てことだ、あれは…』
伝説の再現だ。
ぞ、と空間が歪むけはいがした。
乱れ落ちた長髪が逆立つ。神秘の青を抱いていたはずの髪は先端に向かうにつれ、まるで血の滴るような真紅に染まりはじめていた。
苦しげに顔を覆っていたてのひらがゆっくりとうごく。七本のゆびから伸びた鋭爪が、獲物を求めるかのように獰猛に震える。
あらわになったのは異相だった。しろく整った顔貌は今や変わり果て、頬にはいくつもの筋が浮かんだ。
旧き獣もかくやと言わんばかりに並んだ牙がぎりぎりと鳴く。双眼の周囲に生じた七つの瞳がぐるりと動き、立ちすくむ少年と少女の姿をとらえた。
「…!」
「先輩!!」
二人の背中に死のけはいが走ったのと、盾の英霊が体当たりのようにそのマスターを庇ったのと、クー・フーリン――先程までそう呼ばれていた青い英雄――の振り払った豪腕が眼前の亡霊を消し飛ばすのはほとんど同時の出来事だった。
「クー・フーリン…!?」
咄嗟に態勢を整える二人の目の前で、どこか満足げな気配を残し思念の残骸が消えていった。向き直った青い獣の足元で、その魔力に耐え切れず地面が重く抉れる。
ぐる、と魔獣じみた呻きを漏らし、変わり果てた英雄が、跳んだ。
「マスター!下がって!!」
マシュが構えた大盾に腕を伸ばしたその刹那、クー・フーリンは動きを止めた。ぎり、と砕けんばかりに噛み締めた牙を鳴らし、そのままの勢いでもって振り下ろした爪が手近な亡霊の群れを引きちぎる。衝撃に耐え切れず、かれの纏った浅葱のローブが音を立てて裂けた。
『二人とも、即座に離脱してくれ!やばすぎる…こんなことってありえるのか…!』
「ドクター!これは一体!?」
『クー・フーリンの英雄譚、その一端だ! 槍を振るう騎士として、ルーンを操る魔術師として、そして怒りに我を忘れて戦場を蹂躙した、狂戦士としての彼の伝説…! 敵の攻撃が何らかの呪いでもってその因子を引きずりだしたんだ、彼を構成する魔力数値がすさまじい勢いで変動してる! 急げ、逃げるんだ!!』
Dr.ロマンが叫ぶあいだにも、妄執の群れはマスターたる少年とそのデミ・サーヴァントに襲いかかる。それらを何とかかわしながら、でも、とマスターは怒鳴った。
「クー・フーリンを置いていけない…! さっきも、僕たちを殺そうと思えばできたはずなのに!」
「敵の狙いはおそらくそれです。彼にマスターを殺させようと、でも、クー・フーリンさんが抗った。意志の力で狂化の衝動を抑えこんでいるようです。けれど、いつまでもつか、分からない…!」
青い戦士がごうと吼える。周囲の思念体がそれだけで消し飛び、衝撃派が二人にまで襲いかかった。
先輩、と目で語りかける盾の少女に、若きマスターは小さく、けれど確かに頷いた。僕たちだけ逃げるなんて、できない。
「戦おう、全員で」
「…はい、先輩!」
「…令呪をもって命ずる。セイバー・リリィ!エミヤ!」
来い!!
少年の掲げた手の甲の紋章が一画消える。同時に浮かび上がった空間の裂け目から、白い武装と赤い外套がふわりと風をはらんで現出した。
「マスター、状況を」
「敵の罠で、クー・フーリンが暴走した。彼を止めてくれ」
「了解した」
手短に応えた弓兵の両手に、一対の夫婦剣が投影される。
「エミヤ殿、私も」
「いや、あの狂犬は私に任せてくれ。不本意だが付き合いだけは長くてね… すまないがきみはサポートを頼む」
「わかりました。エミヤ殿、ご武運を!」
剣の英霊は凛と頷き、地を蹴って跳んだ。
きみもな。呟きと同時に投擲した干将の一撃が、亡霊の群れを蹂躙する青い戦士の横を掠める。九つの赤い瞳が一斉に弓兵の姿を認めた。
「来い野良犬」
遊んでやる。エミヤは唇の端を吊り上げて、片手に残す莫耶を誘うように正眼に構えた。
血の滴る髪を散らし、青い嵐が突進する。英雄たる狂戦士の斬撃をうけ、莫耶の刀身に罅が走った。
一撃は重く、そして疾い。キャスターとして現界したかの英霊の身体能力は槍兵のそれより数段落ちているはずだったが、おそらくこの狂化はその溢れ出る魔力によって、クラスの制限を強制的に取り払っている。
最速の英霊、本来の光の御子の力、伝説の再現。一介の守護者ふぜいに務まる相手ではないな、とエミヤは自嘲じみて嘯いた。
「…だが、巨人殺しなら私に一日の長がある」
ぎん、と空気を震わす衝撃ごと、重い二撃目を弾き返す。瞬時に投影しなおした干将とともに、贋作屋と揶揄される弓兵は夫婦剣を投擲した。
一瞬の間をあけて左右から飛び迫る双剣を叩き落とし、クー・フーリンは低く唸った。歪んだ貌を上げたその瞳に、刹那に大きく飛び退いた弓兵が引き絞る、黒い大弓が映る。
「悪く思うな」
風を裂き、無数の矢が猟犬のように殺到した。吼えた英雄は腕を払い、鏃の波を弾き飛ばす。が、続け様に撃ち込まれた矢の幾束かが、青い武装を腕の一部ごと木々の幹に深々と縫い付けた。
「そこで少し大人しくしていろ。残る結界の基点を崩す、カルデアに帰還すれば呪いの術式解除も…」
息をつき、振り返った弓兵に、青い旋風が肉薄していた。
「……!!」
瞬時の投影も間に合わなかった。縫い付けられた腕を半ば引きちぎるようにして振りほどいた神代の英雄が、一瞬のうちに赤い弓兵を組み伏せた。
地面に叩きつけられた背中がひどく傷んだ。あまりの衝撃に、ぐ、と漏れる声を自覚しながら見上げた先、ぞろりと赤黒くひかる魔の瞳が九つ歪んでこちらを見下ろしていた。
「っの… 馬鹿犬が…!!」
全力でもがくも拘束は緩まない。捉えられた利き手の骨がきしむ音さえ聞こえる。目の前の男が力任せに引き剥がしたであろう肩口が無残な裂け目を露わにし、見上げるエミヤの顔、乱れて落ちかけた灰白の髪にぼたり、と半神の血を落としていた。
狂える英雄が、ぐる、と牙を鳴らした。
もはや襤褸と化したローブの陰から、赤い紋様を浮き上がらせたしなやかな腕が伸びた。
血に染まって久しいしろいゆびさきが哀れな弓兵の喉に触れる。黒い概念武装を触れただけで紙のように裂きながら、暴虐が裸の胸をたどっていった。
コンマ数秒の間にエミヤは数十もの手を思考し、そして迅速に諦めた。
弓兵自身の宝具といえる固有結界を展開すれば、まだ逆転の目はあるかもしれぬ。だが魔力的に不安定なこの空間に、異質たる剣製領域を開帳することで起こりえる影響については図りかねた。この空間を構成する因子そのものが崩壊したら?マスター、盾の少女、剣の英霊、青い半神、すべてを巻き込みカルデアへの帰還ならぬ状況に陥らせることになったら?
結果としてエミヤは諦め、いつものように内心だけでおのれの不運とうかつさを呪った。ただし只では座に還らぬ、と残る魔力すべてをひそやかに、絞り上げられた右手の一点に収束させる。狙うは最後の瞬間、零距離での壊れた幻想、窮鼠の一撃を思い知れ。
やがて胸の中央にたどり着いた冷たい爪が、く、と力を込めるのが分かった。覚悟していてもどうしようもない本能的な恐怖に、弓兵の喉仏がひく、と動く。
褐色の肌に沈みかけた、しろいゆびさきが、止まった。
心臓の真上、ふるい傷痕、ここではないどこか、いつかの、穿たれた、青い死の、
もはや遠いあの夜の。
「……ランサー?」
無意識に喉からこぼれ落ちたアーチャーの声に、見下ろす赤眼が硬直した。
「…ッ!!」
ばちん、と鋭い音が空気を裂く。ねじり上げた手首にこめられた守護のルーンが発動し、あたりには青い魔力が散った。
狂戦士は火花のように跳びずさり、咳き込む弓兵から離れる。そして、
瞬間、咆哮が空間を揺るがした。
「…!!!」
『な、何だ!!?』
雷光が地に降りたかのような振動が、びりびりと空気を震わせる。半神の憤怒にひとたまりもなく、周囲一帯の亡霊たちがことごとく形を留めず消し飛んだ。
「クー・フーリン…!?」
呆然としたマスターの声が、かの英雄の真名を呼ばわった。
もはやかれらのほかは動くものもない、捻れた森のただ中に、青い男が立っている。
乱れる長髪が伏せられた貌をかくし、その表情は伺えない。けれどもはぁ、とやけに人間じみた吐息をひとつつき、男は右腕を持ち上げる。収束した魔力が空間を紅く歪めたが、それも一瞬のことだった。
びょう、と赤光が瞬く。投げ放たれた紅い魔槍が、刹那のうちに森を奔った。
「…!!」
一羽の鴉を貫いて。
「……言ったろ。臭えんだよ、モリガン」
無理な召喚に耐え切れず、役目を果たしたかれの愛槍が空中に融けるようにして消えた。
ぱっと漆黒の羽を散らし、鴉は断末魔の叫びを上げた。その声はおんなの哄笑だった。ひどく愉快そうな笑声だった。
次の瞬間、じわりと空間が歪みだした。彼らを閉じ込める結界が崩れたことを察知したDr.ロマンが即座に撤退のゲートを開く。
マスターとその後輩たる少女が先に離脱したことを確かめてから、青い襤褸をまとった男が腕を伸ばした。きゃ、と驚いたような剣の英霊の声が聞こえた。
「貴様、何を…」
エミヤは慌てて振り返る。白い少女剣士を小脇に抱えた男が、ちらと横目でこちらを見た。その表情はやはり伺えなかったが、やがて当然のように伸びたながい片腕が、半端に武装を残したままの弓兵の腰を掴む。
な、と呻くも、それ以上の抗議は叶わなかった。ぐいと引き寄せられた腰から胸が男の身体に押し付けられ、思わず息が詰まる。男の血の驚くような熱さを肌で感じたとき、彼らの視界で空間転移の光が炸裂した。
「面目ない」
カルデアの医務室は清涼な空気で満たされている。
完全な受肉でこそないが、半分はヒトに近しい組成でもって現界している彼らサーヴァントの便宜的治療――いわゆる霊基修復――の場として設けられた室内である。
ベッドの一つに半身を起こした男が深々と頭を下げるのに、マスターたる少年は泡を食ってそれを止めた。
「やめてよ、クー・フーリンは悪くないだろ!」
「いや、完全にオレの手落ちだ。あの女はオレがケリをつけねばならん悪縁だ。罠に嵌まり正気まで手放して、お前らを巻き込みかけた。これが失態でないなら何だ」
許せ、マスター。垂れたこうべから流れる青髪が、膝までを覆うシーツの上に散っている。投げ出された腕は巻かれた包帯との境もわからぬほどに白い。
幼さを残した口元をぐっと引き結び、でも、と少年は続けた。
「クー・フーリンは踏みとどまった。最初に僕を、最後にみんなを守ってくれた、それだけで僕には十分だ。それに、みんなを率いて戦う以上、全ての責任は僕が負う。僕に、負わせてほしい。だから、クー・フーリンは悪くない。顔を上げてくれ」
「だがなマスター、」
「これ以上言うなら二画目だぞ」
ずいと見せつけられた手の甲には、すでに一画の欠けたあかい刻印が浮かんでいる。
頑固者め、と呟き、術の英霊は頭を上げた。彫刻じみて整う貌にある目玉は勿論二つだったが、その片方は包帯に覆われていた。
「言っておきますが、今日は一日安静ですよ。まあ元来からして頑丈な男だ、明日にはぴんぴんしているでしょうが」
カルテに書きつける手を休めぬまま、アサシンのサーヴァントにして医師たるシャルル=アンリ・サンソンが言った。
彼が座すのは部屋の隅に据えたデスクだが、ひっそりと飾られたガラスの馬の置物は、殺風景な机上においてやけにファンシーな違和感を放っていた。しかしそれを指摘するものはこのカルデアにはいない。ついでにいえば、このカルデアにはかのフランス王妃もいなかった。
「悪いな、医者殿」
「礼はいい、よく休むことだ。僕はそういった分野は明るくないが、大した呪いを食らったようだね」
「そりゃあ、死の女神の呪詛だからね。並の英霊なら霊核が損傷してもおかしくなかった、さすがは光の御子というべきか」
ぷしゅん、と間の抜けた音とともに医務室の自動扉が開く。人数分のマグカップを器用に運んできたDr.ロマンが明るく言った。
「世辞はいらんぞ軟弱男」
「挨拶がわりにディスるのやめない!? 今しがたレイシフトシステムの脆弱性対処が完了した。もう今回のような失敗はないよ、すまなかった」
「おい、お前まで謝るな。そもそもの発端からしてあの女の差金かもわからん」
クー・フーリンが煤けた顔を露骨にしかめた。ホットミルクを満たしたマグを手渡しながら、淡い髪色の青年がうへえ、と声を漏らす。
「レイシフト失敗の瞬間につけこんで、自分の支配領域にみんなを空間転移させたのかもしれないってこと?そこまでするの?」
「ありえるな。あいつはオレへの嫌がらせのためなら割となんでもするぞ」
うへえぇ、と再びドクターが呻いた。人理焼却もガン無視とか、死の女神ってすごい。
どことなくしょっぱい雰囲気を漂わせる男二人の横で、マグに口をつけていた少年が隣の少女に耳打ちをする。
「…ね、さっきから言ってるモリガンって誰?」
「ケルト神話における戦女神、死の女神ですね。クー・フーリンさんとは並ならぬ縁のある女性です、伝説では彼に想いを寄せていたとか」
「執着もいいとこだ、オレは迷惑してんだよ。何遍死んだってあいつのものになんぞなるか」
けっ、といかにも粗野なしぐさで太陽の半神が吐き捨てる。だいたいを察したマスターが、モテる男は大変なんだね、と分かったように頷いた。
「馬鹿言え、ありゃあツラはいいが中身は腐りきってんだ」
「美人なの?ならいいじゃん」
「並の戦士ならひとたまりもない上玉だがな」
香辛料で軽く風味をつけたホットミルクをひとくちすすり、青い男は言を継いだ。
「だが女神の考えることなんぞは男には分からん。そもそもあいつのおかげで何人の女を手に入れそこねたか… クソ、思い出したら腹立ってきた」
ぼやいた秀麗な造作が不快げに歪む。
クー・フーリンって妻帯してたよね?とドクターが呟き、マスターたる少年が、ケルトの ちからって すげー! と言った。ほとんど棒読みの口調だった。
「次に会ったらはっきり言ってやったら?もっと素直な子が好みだって」
「坊主お前面白がってねえか? 素直…素直なあ…」
薄い唇が悩ましげに尖った。ちょっとくらいなら素直になれない子もかわいいけどね、と横槍を入れたDr.ロマンを、それはドクターの嗜好ですよね、とマシュが一言で切って捨てる。
「そういえばクー・フーリンさん、記憶に損傷はありませんか?」
「あー…」
盾の少女の気遣わしげな声に、男は乱れた青髪をわしわしと掻く。
「実はほとんど飛び飛びだ。本気でブチ切れたときはいつもそうだが、今回は特にひどい」
「やっぱりかあ。別働隊が合流して加勢してくれたんだよ、セイバー・リリィと…」
「おうあいつか。後で詫びをせんとな」
少年は少しはにかんで、続けた。
「猪でも焼いてあげたら喜ぶよ。それとエミヤも、」
「先輩、クー・フーリンさんに応戦したのは実質的にはエミヤさんでは」
「ああそうか… クー・フーリン?」
どうしたの。
問いかけた先の青い男は、ベッドに起こした膝に肘をついて項垂れている、ように見えた。頭痛をこらえるかのように眉間に指をあてたまま、ほとんど聞き取れないような声で、マジか、と小さく小さく呟いた。
常に達観したふぜいを崩さぬかの森の賢者のめずらしい様に、少年少女は目を瞬かせた。大丈夫?と再び問いかけた先の男はゆるく首を振る。
何でもねえよ、と起こした顔はもはやいつものゆったりとした落ち着きを湛えていた。
「よし、そんじゃ猪でも狩りに行くか。おう付き合えやマスター」
「オーケー。安静の意味知ってる?」
そして物語は冒頭へ戻る。すなわち翌日、ほとんど狂乱めいたありさまを示すカルデアの通路でのことである。
白目をむいて倒れ伏すマスター、ほとんど半泣きでそれを揺さぶりつづける後輩の図。通りかかるサーヴァントたちの反応は様々である。あるものは珍しいものを見たかのように目を瞬かせ、あるものは思わずといったふうに軽く頬を染め、慌てて足早に去ってゆく。ちなみにこれは神性に馴染みの薄い英霊、比較的近代の英霊、それから女性体の英霊にいくらか多い反応であった。
結論を述べる。今のクー・フーリンは破滅的に美しかった。
身にまとうマントは上質な光沢をもって、うけた光を重ねて弾く。単なる浅葱と思えたそれは瞬きのたびに違う表情をうかべ、あるときは森に沈む湖面の深みを、あるときはそれを見つめる蒼穹の果てを思わせた。胸に飾られたいくつもの金のブローチがふわりと照る。夏至の暁のごとく。
とろみを帯びて艶めくながい青髪に、幾重にも織り込まれた宝石の糸は鮮やかだった。それが例えましろい貌の半ばに並ぶ、輝石めいたひとそろいの赤眼の添えにしか思われぬようなかがやきであっても。
内側から発光するかのような淡い肌で覆われた頬はなめらかである。どこかやさしいような目元の印象を、その瞳の奥のいろが手荒く裏切っているような男だった。老いと若きと深慮と叡智とそれから野生をひそませた瞳を、あわくけぶる睫毛が縁取る。ひどくうつくしい男だった。
とはいえ中身は間違いなくクー・フーリンである。出身地の近さによる縁ゆえか、すぐさまその根本を把握したセイバー・リリィがいつもと変わらず微笑んだ。
しかし彼女も本質は年頃の少女である。煌めくものうつくしいものを好む乙女の性質か、応える声はいくらか無邪気に弾んでいた。
「厨房はもうごらんになりましたか?」
「あいつといやあ厨だろ。いねえからわざわざ探してんだ」
粗野な声にすら陽光が満ちる。活を入れられ息を吹き返したばかりのマスターが、目がぁと叫んで再び倒れた。せんぱーい!!とマシュの嗚咽がこだまする。
活という名の当て身を見舞った通りすがりの戦士、東方の大英雄たるアーラシュは、ああ今日は日差しが強いなと言って快活に笑った。ちなみにその筋力ステータスはBであった。
「なら行き違いになったのでは。先ほど隊を率いてウェアウルフ狩りから戻ったばかりです、森でいい雉を捕らえたとも言っていましたし」
ただ数はさほどではなかったので、昼食で皆に行き渡るかどうかが問題です。
少女剣士は不安げに呟く。未来の可能性の一つとはいえ、冬木で刃を合わせたかの青銀の騎士王の面影を色濃く感じつつ、クー・フーリンはあぁと頷いた。
「では行ってくる。そうだセイバーの、裏手の水場で若猪を血抜きしてある、お前さんのだ。八つ時にでも弓兵に煮炊きしてもらえ」
オレが焼いてもいいんだが、ケルトの料理ってのはどうも大味でな。
騒ぎを聞きつけ、わらわらと集まりはじめた芸術家気質の英霊たちを面倒臭げに横目で見て、アイルランドの大英雄は踵を返す。キッチンに向かう背中に、頂戴します!と剣の少女が喜んだ。
「暇なら鮭でも焼いてくれ」
戸口に寄りかかる美しい男を振り返りもせず、キッチンに立つ広い背中が言った。
腕を組んで立つクー・フーリンが、無言のままに目を眇める。視線の先の赤い弓兵は後ろ手に作業台のうえ、皿に並んだ切り身を指差し、米はもう炊けている、と続けた。いかにもぞんざいな口調だった。
「今日の昼食は人数が少ない。軽く済ませるが異論はないな」
沸いた大鍋がふちふち鳴る。ふわりと香ったはニボシと呼ばれる小魚の加工品であることを、キャスターは召喚システム由来の知識――あるいはかの冬木の地における”自分”が得たいくらかの経験――として把握していた。
うすくかたちのいい唇をほんのわずかに曲げてから、青い美丈夫は背中を預けた戸口から身を起こす。
そのまま近付く。ひたひたと床を打つサンダルの足音が聞こえぬはずもない背後に立つが、歴戦の弓兵は手元の包丁に目を落としたままだった。
「おい」
「鮭の次は雉だ。羽根は綺麗に毟れ、矢羽に使う」
「おい」
「汁物にするがあまり量がないからな、肉が少ないと文句をつけてくれるなよ」
「おい」
ようやく振り返った鋼の瞳が、憮然と佇む男の紅玉めいたそれと重なった。しゃらりと鳴るは宝石の糸、男のしろい美貌が、ふ、と薄く微笑む。
眉間の皺が失せると一気に露見する弓兵の童顔が、ぱちりとひとつ瞬きをして、
「まず鮭を焼け」
と言った。
「………」
クー・フーリンの口端が吊り上がりながらひくりと動いた。再び包丁を動かし始めた赤い背中を半眼で見つつ、噛み砕きそこねた溜息のようなものがこぼれ出る。
分かっている。分かっていたことだ。この弓兵は頑固で皮肉屋で厭世家気取りのお人好しで、兎にも角にも素直ではない。
女神も惚れ込む半神の美貌と武勇を前に、見とれるどころか顔色も変えずに青菜を刻んでいる横顔を見た。不遜で複雑で潔癖で、時にぞっとするほど自虐的でもある横顔を見た。
その持ち主が、光の御子の威光に素直に打たれるとは思っていなかったが、それにしても、とケルトの大英雄は思う。
照れる、褒める、喜ぶ、恥じ入る。それこそ生娘めいた反応をこの男に期待していたわけではないが、それにしても、もう少し、可愛げってモンを見せてもいいんじゃないか、と。
組んだ腕のさきでしろい指をとんとんと鳴らす苛立ちの無意識に気付かなかったふりをして、クー・フーリンは再び溜息をついた。
「…で?こいつを焼きゃあいいのか」
「たわけ!なぜルーンを刻む!?」
グリルを使えグリルを。再び顔を上げたエミヤが怒鳴った。
「せっかくの塩鮭を炭にする気か、原始人め」
「火加減くらい弁えとるわ。ったく、可愛くねえんだからな」
「またそれか」
ぼやいた青い男にはがねいろの目線が流れ、すぐに逸らされる。私に可愛げがあって何の得がある、と呟く声は呆れを含んでひどく小さい。
薄く透けた絹地の袖を無造作に捲ったクー・フーリンが、再び沈黙した褐色の横顔を見た。
生きづらかったことだろう、と思う。
神は去り、神秘は消え失せた時代に生きたかの弓兵の、それでも人間として考えられるかぎりの高みに至ったその経緯を、クー・フーリンは詳しく知らない。知る必要もなかったからだ。
どういった経緯をもってか知らぬが、それでも守護者として弓の英霊としてかつて眼前に立った男は、持ちうる経験技量武略のすべてを尽くしてこの自分と対等の闘いを成した。心臓を穿つに、首を挙げるに足る男だと、槍持つおのれはそう断じた。”クー・フーリン”にはそれだけで十分だったからだ。
けれど、と今のおのれは思った。この不可思議な男がどのように生きて死んだか、どのようにして鉄と成って果てたか知らぬ、けれどさぞ生きづらい道程であったろうとぼんやり思った。
鉄で在ろうと決めた男の、在らねばならぬと課した男のことを思った。鉄の心がそれでもほんの刹那にふと見せる、ひどく柔らかなもののことを思った。それに触れたいと願ったであろう人間たちのことを思った。願い、そして叶わなかったであろう無数の人間たちのことを思った。
大事にしてくれる人間もいただろう。求め捧げる者もあったろう。けれども多分、そのすべてに気付くことなく、そのすべてを受け取ることなく、この男は理想に殉じることを選んだのだ。例えそれが摩耗するばかりの錬鉄の道行き、無限の歯車と成って果てることを指すのであっても。
哀れなことだ、と青い英雄は静かに思う。この男の心を真を微笑みひとつを得たいと願い叶わずに終わった人間たちも、その胸のうちに渇望されるものがあると知らずに生き、死に、そして今ここに在る男も。
だが今更それを教えてやる義理はどこにもない。誰にもない。らちもない思考をそう締めくくり、かりそめのドルイドは皿から鮭の切り身を取り上げた。
「昼飯はコメか」
塩鮭をグリルに並べれば、後は焼けるのを待つだけだ。次はと伸ばした手で雉をつかみ、手早く羽根をむしり始める。いかにも自給自足が大原則の神代に生きた男らしく、手つきには無駄も迷いもなかった。
「そうだ、おにぎりにする。午後からの狩り組にも持たせるから、少し多めに」
「いいな。あのウメボシとかいう実も悪くない。ちと難しい味だが夏にはいい」
「今後のレイシフト先で梅の木と紫蘇があれば調達しよう」
多芸なもんだ、と感心半分呆れ半分に思うクー・フーリンの、しかし脳裏を昨日の記憶がかすめて過ぎる。
レイシフト。昨日のレイシフト。一瞬にして苦い記憶がかの性悪女神の顔とともに呼び起こされ、美丈夫はその秀麗な眉根をわずかに寄せた。
「昨日の傷はいいのか」
ぽつと呟かれた言葉に、エミヤは隣に立つ男を見た。少しばかり驚いたような表情だった。いたわりのような謝罪のような言葉を吐いた男は、羽根をむしる手元に目線を落とし続けている。
「問題はない」
簡素に答えた褐色の指が機敏にうごき、順にさばき終えた雉肉を鍋に落とす。
「…そうかい」
「マスターが不問としたことだ。私から言うべきことはなにもないよ」
皮肉屋で通った弓兵の面差しが、見慣れた嘲笑のいろを帯びた。やれやれ、といわんばかりに肩をすくめ、細めた瞳でこちらを見るさまは挑発的である。
なるほど分かりやすい、と青いキャスターは思った。
槍兵としてのおのれも薄々勘付いていたことではあるが、なるほどこの男はお人好しだ。なおかつ含羞の男である。
分かりやすい皮肉と挑発で、実に分かりやすく険悪な空気に誘導しようとしている。その意図もきわめて明確である。こちらの負い目を流してやろうという気遣いと、そして何より、照れ隠しと。
分かりやすく吹っかけられた喧嘩を買ってやるほど、今のおのれは若くはない、と導きのドルイドたる男は思う。思うがしかし、
「やっぱりお前、可愛くねえなあ」
しみじみと呟かれた言葉に、改めて弓兵が憤激した。
「大概にしろ!可愛げを求める相手が違うだろう、この狗頭、馬鹿狗め!」
「お前さんなぁ、ひとがせっかく謝ってるっつうのに」
「貴様がいつまともに謝罪した!?」
繰り出される罵声に、青い美丈夫ははぁ、と息をつく。
ふと、ちょっとくらいなら素直になれない子も可愛いけどね、とやに下がった優男の声が脳裏をよぎった。
ちょっとくらいなら、なぁ。ちらと目線を流した先、きっと吊り上げられた目元は見ようによってはひどく幼い。
ツラは悪くない、と罵倒の嵐を聞き流しながら思う。白灰の睫毛に覆われてさめたような鋼の瞳が、闘いのなかで熾火めいて熱を帯びる瞬間は、この弓兵の持つ部品のうちでもなかなか好ましいもののように思われた。
鉄で在りつづけることを選んだ果てに、それでも柔いものを失いきれなかった男を象徴するかのような甘やかさが、その頬に耳元に首筋に香る。褐色の肌に牙を埋めて、噴き出る血潮とともにその甘さを味わってやればどれほど胸のすく心地がするだろう、と獣性をもつ男たちに思わせるような香りだった。
甘っちょろいような顔をのせた首はたくましく、胸はぐっと張っている。紛れも無く完成された男の身体であるはずのそれは、けれども時に不安げなアンバランスさをのぞかせる。
無駄なく引き締まってなお肉付きのいい腿と尻のせいか、引き絞ったような細さを強調する腰が、おそらくは急激に成長した、せざるを得なかった子どものような危うい印象を与えていた。
まあ悪くない、と魔術師は総括した。いささか業が深くはあるが、見た目は悪くない。
ただし問題は中身のほうだ。ここまでひねくれねじ曲がり可愛げからはほど遠くては、かの死の女神と同列である。
指で耳をふさぎつつどこか遠い視線を彷徨わせる男に焦れたエミヤが、おい、と気色ばんで詰め寄った。
「あァ?」
「聞いているのか、この…」
ぱちん、と。
布を弾く音を立て、それが飛び出したのは一瞬だった。
「……ッ!!」
刹那、さっと青ざめた弓兵の手が虚しく空を切った。赤い外套の懐から弾き出た”それ”は、ほとんど密着していた魔術師の胸に跳ねて落ちる。ひとりでに床を滑った丸いものが、やがて円をえがくようにまとわりついた。
クー・フーリンの足元で。
「…おい、こりゃ」
「うるさい」
拾い上げた小石に残るルーン、その魔力には馴染みがあった。一日ぶりの術者との再会、まるで親元に帰った仔犬が喜ぶように手の中で跳ねるそれから目線を移す。思いきり顔をそむけた弓兵が、褐色のてのひらだけをこちらに突き出していた。
「やかましい。何でもない。返せ」
「何も言ってねえだろうがよ」
「うるさい。気の迷いだ。たまたまだ。まだ動くから、勿体無いから、持っていただけだ。他意などない」
言い募る手だけが突き出されるのを避けながら、青いキャスターはしばし無言でいた。
オレと思って大事に扱え、と告げた軽口の響きは、確かにまだこの耳に残っている。
だからといって、しかし。思いがけぬ展開に表情の消えたクー・フーリンを見やり、赤い弓兵は、クソ、といつにない口汚さで呟いた。
「…だから嫌だったんだ」
「…あ?」
「いつもそうだ。いつもこうなるんだ。どの召喚でも、あんたがいると。自分が、ただのガキに戻ったみたいな気分になるんだ。あんたがオレを、馬鹿にするから、」
「馬鹿になんぞしてねえだろ」
「顔がしている!」
「無茶言うなよな」
自棄のふぜいで顔を伏せた弓兵にぎょっとする。ほとんど言いがかりじみた言葉になぜだかろくに反論もできず、キッチンにはしばしの静寂が落ちた。
「あ」
クー・フーリンのてのひらから、細かな砂粒がさっと散った。
刻まれた探索のルーンがその効力を終え、小石はほろりと砕けて風に流れる。思わずといったふうに声を上げた弓兵は、すぐにもう一度顔をそむけた。
やがて細く息をついた光の御子が、首筋をこするようにして掻く。さらりと唄う宝石の糸に、エミヤの肩がかすかに揺れた。
「まァ確かに、オレからすればガキだわ、お前なんてもんはな」
吐かれた言葉に容赦はなかった。
弓兵はそむけた顔の向こうで唇を噛んだが、次の瞬間のびた腕に、おうこっち向けや、となかば強引に引き戻される。
「…だから、まあ、アレだ」
「…何だ」
粗暴な腕からのびる繊細なゆびさきがつとうごいて、エミヤの手をとった。ちょうど前日、守護のルーンを刻んだのと同じ褐色の手首に、ふわ、とほの暖かい魔力が灯る。
「……?」
それはうつくしい鉱物だった。荒々しく砕かれた粒の原石が、けれどもやさしげなひかりを秘めてそこにあった。素朴な麻紐でくくられた、あわくも鮮やかな黄緑いろの宝石だった。
「護符だ」
ぱ、と手を離したクー・フーリンが言った。
「よくねえモンを遠ざける。まあ魔除けだな… オレの魔力を込めてある、その身から離すな」
オレと思って扱え、とはさすがに言わなかった。けれどもその意味をあやまたず受け取ったであろう敏い男が、ぽかんと間の抜けた顔をしかめ、またゆるめた。いよいよ毒気のない子どもじみて困惑した眼がちらと彷徨う。
「お前が後生大事にしてる魔石があるのも知ってるがな、それとは別に身につけとけ。魔力同士の拮抗はせんだろう」
「…あれは魔術的にはもうほとんど意味のないものだ」
唇をとがらせた弓兵が、聞こえるか聞こえないか程度の小声で呟いた。鉱石をのせて迷うてのひらが、ぐ、ぱ、と何度か開閉を繰り返す。
「…ペリドットか」
「今はそう呼ばれてるんだったか。橄欖石ともいうな。太陽の石だ、オレとは相性が良い」
に、と口端を持ち上げる。かの太陽神を父に持つ半神のまわりで、満ちた陽光が花のように散った。
「…しかし、私がこれを受け取る理由が」
「難しいやつだな、お前も」
困惑と自嘲に濡れた鉄の瞳が宙に浮くのに、クー・フーリンはおおげさなようすで息を吐く。
しかし困惑と自嘲を照れと自棄に切り替えることにしたらしい男が、やがてふふんと皮肉くさく嘲笑った。
「私よりもきみ自身に護符が必要なのではないか?女難避けの加護だとかな」
普段の弓兵を思えばいかにもわざとらしい皮肉だった。何より無理に吊り上げたような眦の端が、照れを含んでひどくあわい。
照れ隠しがわからぬほどに青臭くもなく、かといって思い通りに挑発に乗ってやるほどやさしくもない魔術師が、あぁ、とかるく頷いた。
「お前、妬いてんのか」
「だっれっが!だ!!」
瞬間湯沸器じみて激高するエミヤに構わず、青い美丈夫は分かったように何度か頷く。
「心配すンなよ、モリガンとは何もねえから」
「何の話をしている!?そもそも貴様がどこの女神と痴情の縺れを起こしていても、私には何の関係もない!あってたまるか!!」
怒鳴る頬は怒りのためのみでなく赤いことを、生前大いに戦い大いに色を好んだ大英雄は知っている。
にやにやと怒声を受け流す背後で、クー・フーリン殿、と呼ぶかろやかな声が聞こえた。
「サンソン殿が呼んでいますよ。念のため、昼食前にメディカルチェックを受けるようにと」
キッチンの戸口からひょこりと金色のくせ毛が覗いた。現れたセイバー・リリィに、ったく心配症の職場だこと、とぼやきながら歩き出す。
「おい、まだ話は…」
「終わった終わった。お前が嫌がるならあの女には次こそはっきり言ってやる、オレはもっと素直な質が好みだとな」
「だから、何の話だ!!」
からからと大笑しながら去ってゆく美しい背中に、思わず包丁を振り上げたエミヤが怒鳴る。真骨頂とする剣の投影によるものではなく、手近にあった普通の包丁を掴んだあたりに彼の激しい動揺を見ることができた。
「お二人とも仲が良い」
は、と我に返る。振り返るとにこにこと微笑む剣の少女の純真があった。
「いや、すまない、見苦しいところを」
弓兵はひとつ咳払いをし、包丁を置く。いやしかし我々は決して仲良くはないぞ、と反論を試みるも既に遅く、白い少女騎士は微笑みをたやさぬままに手伝いを始めた。
「コメはどうしますか?」
「あ、ああ、鮭を入れて握る。グリルの様子を見てくれないか」
はい、と頷く少女の動きは軽やかである。もっぱら皿を並べることを得意としていたかの騎士王と無意識に比較した自分を嗤い、エミヤは面映ゆい心持ちでその白い背中を見た。
「雉は汁物にしたのですね」
「ああ、いい出汁が出る。一人あたまの肉は少ないが、まあ了承してもらうしかあるまい」
「私はかまいません。内緒ですが、じつはクー・フーリン殿から良い猪を頂いたのです」
あとで調理をしてくれますか?悪戯の共犯をもちかけるような親密さに、弓兵は苦笑交じりに承諾した。
「革の半分はクー・フーリン殿にもお返ししようかと思います。エミヤ殿は… 護符を頂いたのですね」
セイバー・リリィの翡翠の目が、よく似た輝きをしめすエミヤの掌中に注がれていた。
握ったままだったそれに気付き、反射的に背後に隠そうとするがもう遅い。剣の英霊たる少女はにこにことして続けた。
「クー・フーリン殿の魔力を感じます。よいものにちがいありません」
「どうかな…」
名状しがたい羞恥におそわれた気分だった。ごまかすように眉間に皺をよせた弓兵が、ぶっきらぼうな口調で呟く。
「…きみのような少女に猪肉、私のような男に子ども扱いの護符とは呆れる。あのドルイド殿の目は節穴か」
「彼は思慮深いひとです。きっと思うところあってのことでしょう」
グリルから取り出した鮭の身をほぐすと、あたりには香ばしいかおりが広がった。それに、と白いセイバーが続ける。
「存外に洒脱というか、かの光の御子にも人間らしいところがあると思うと親しみがわきますね」
「人間らしい?」
「はい、今日の装いはとても鮮やかでした」
日ごろ万事ひかえめな少女が、それでもいくらか華やいだ声音で言った。炊きたての白米をおひつに豪快によそっているさなかでなければ、年頃の少女が憧れを語る様子に見えなくもなかった。
「昨日の彼はいささか恐ろしげな姿でしたから。今日は我々を怖がらせまいと、ああして美々しく着飾ったのかもしれませんね」
「美々しく…」
「好ましくおもう相手に、自分のいっとう美しいすがたを見せたいと考えるのはひとの常と聞きます」
私は修行中の身ですからそういったことはよく分かりませんが、清姫さんやエリザベートさんの話ではそうに違いないと。
塩をきかせた白米のおひつをどんと置き、白い袖口をまくる。よく洗った手を濡らし、さて、と見上げた視線の先、ぼんやりと沈思する皮肉屋がいた。
「エミヤ殿?」
「あぁ、すまない。考えごとを」
「…まさかとは思いますが、エミヤ殿、今日のクー・フーリン殿の装いに気付いていなかったとは仰いませんよね」
「いや、そんなことはない決して」
動揺を含んだ翡翠の瞳に見つめられ、鋼の眼をもつ弓兵は慌ててかぶりを振った。
「確かに今日は妙にひかりものを多く身につけているなとは思っていた」
「そ、それだけですか?」
朴念仁に過ぎる発言に、セイバー・リリィは驚愕した。大まじめに頷いた男は濡らした手に白米をとりながら、そう言われてもな、とぼやく。
「あれが美しいのはいつものことだろう」
ぽーん、と、食堂の鐘が正午を告げた。
「む、もう昼か。急いで握ってしまおう… どうしたその顔は?」
「あ、いえ、何でもありません」
慌ててこぶしを口元に当てた少女剣士が咳払いをした。それから白米をまるく握りながら、そういえば、とこぼす。
「ペリドットの宝石言葉をご存知ですか?」
「いや、寡聞にして知らないな… 太陽の石だとは聞いたが」
「はい。それもそうなのですが」
ふふ、と澄んだ微笑みをうかべ、白き剣の少女は言った。
「”運命の絆”ですよ」