light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "私と彼の関係性" includes tags such as "腐向け", "槍弓" and more.
私と彼の関係性/Novel by キューイ

私と彼の関係性

12,901 character(s)25 mins

大学からの友人で同居人の槍のキスシーンに自分の気持ちを自覚する弓の話。

・現パロ
・芸能人槍×社会人弓
・槍のキスシーン(モブ、ハクノちゃん)あり

芸能人槍と一般人弓っていいよね。と妄想して出来た内容です。
舞台関係やチケット戦争に疎いので、そこらへんはご容赦頂けると幸いです。

2019-11-2

(‪@fxxkinshit___ ‬)様より素敵な表紙を書いて描いていただきました。
ありがとうございます☺️☺️

1
white
horizontal

 初めの頃の印象は『軽くて図々しい奴』

 大学二回生の秋。後期で受講し始めた講義の第二回。
 他に誰も座っていない六人がけの長机の左端に腰掛け、黒いリュックから教材を取り出し、講義を受ける準備を始めたエミヤは声をかけられた。
「なあ」
 覚めるような青い長髪。白い陶器のような肌。こちらを見る透明感のある紅い瞳。
 白髪に浅黒い肌と鉛色の瞳、その時は確か黒いワイシャツのエミヤとは正反対の明るい色で飾られた青年。加えてこちらに向けられているのは、雑誌やテレビから今抜け出してきたのかと思う程の整った顔立ちに、さぞモテるだろうと心の中で呟いた。
「なにか」
 この日初めて出した掠れた声で返事をすると、青年ははにかんだ笑顔を見せた。
「教科書みせてくんねえ?出来れば、前回までのノートも」

 第四回の講義でも青年はエミヤに「よお」と声をかけ、当たり前のように隣に座った。
 そしてまた、教科書と前回のノートをせがんでくる。
 試験対策用の所謂「ノート友達」 候補にロックオンされてしまったのだろうかと、眉を潜めて不快であること示す。
「私は君の友人でもなんでもないんだが。そもそも名前も知らない相手に何度も世話を焼く気は無い」
 エミヤの低い声に、青年は「あーー」と声を上げて少し考え込むと、一人そうだよなあと頷いた。
「あんたの言う通りだよな。」
 大抵こんな言葉をかければ、不愉快に思うか、萎縮して去っていくものだし、それを期待していたエミヤは、予想外の反応に目を丸くした。
 青年は席を立つことなくこちらに笑いかけてくる。
「俺の名前はクー・フーリンってんだ。それじゃ前回と今回のお礼に飯奢らせてくれよ。連絡先交換しようぜ」
「そ、そういうことではなくて」
 狼狽えるエミヤ対して、慣れた手つきで細身の黒いパンツの後ろポケットからスマートフォンを取り出してきた。青年は首を傾げてこちらも出すようにスマートフォンをクイクイと揺らす。
「き、君と連絡先を交換する必要性は感じない」
 こんな軽いノリで人と連絡先など交換したことがなく、する必要性もないだろう。
 相手が変わっているだけで自分が応じる必要はないのだ。
 混乱する中、なんとか絞り出した言葉に青年は口を尖らせた。
 今度こそ去ってくれるのかと思いきや、薄いカバンからノートを取り出すと端を破り何か書き始めた。
「じゃあ、今日の6時ここで待ってっから。都合が悪かったらこのIDに連絡してくれ」
 笑顔で手渡された紙には、濃い文字で大学裏の居酒屋の名前と英数字の羅列が記されていた。
「約束な」

 『約束』と言われれば無視することは出来なかった。
 当時はこの生真面目な性格をエミヤは呪ったものだが、今はむしろ感謝している。

 記された時間5分前に、指定の場所へ行くと彼は無邪気に笑って手を振って出迎えてきた。
 酒の力も手伝って予想以上に話は弾み、昼間は断った連絡先の交換をして、その後も連絡を取り合った。大学生活の中で、彼と共に過ごす時間は少しずつ増え、試験期間に入る頃には自然と共にいるようになる。
 それまで、憎くも可愛い弟以外と喧嘩をしたことはなかったエミヤだったが、クーとはお互いの声が枯れ、傷が残るほどの大喧嘩も出来たし、直ぐに仲直りをして笑いあえた。思考はあまり合わないし、共通の趣味があるわけでもなかったが、一緒にいるのが心地よくて、楽で、エミヤにとってクーは『大事な友人』となった。

「んじゃ、乾杯」
「乾杯」
 社会人三年目となった今もそれは変わらず、こうして酒を酌み交わしている。
 学生時代に二人で見つけた、リーズナブルで味も悪くない居酒屋。
 大ジョッキビールを喉を鳴らしながら飲み干し、クーは上機嫌にカーっと声をあげる。対して、エミヤはビールを半分まで減らしたジョッキをコトンと机に置いて、眉をしかめた。
「家でも良かっただろう」
「久々に予定が空いたんだ。付き合ってくれたっていいだろ」
 お通しの湯葉豆腐に箸を伸ばしながらクーはエミヤの疑問に返す。
「付き合うのは構わないが、君の出る番組をリアルタイムで見れなくなった」

 クーの職業はモデル兼俳優。

 モデル業に関してはエミヤと出会った頃から、親戚のツテで仕事は少ないながらもこなしていたらしい。四回生の蝉が妙に煩かった夏、エミヤがスーツを着て会社勤めを始めることを選んだ時に、彼はモデルを本職とすることを選んだ。
 学業や遊び優先でセーブしていた仕事を受け始めると、知名度は右肩上がりで、CMや街頭ポスターでも今は彼を見かける。
 ドラマのちょい役や舞台にも出演するようになり、情報バラエティ番組で紹介されたり、インタビューを受けることも増え始めた。
 今日はそんなクーが初めて1時間丸々出演するバラエティの放映日。
 時計をチラリとみると放送開始時間からもう二十分経っている。
「本人を目の前にそりゃないだろ。」
 口を歪めて不快を示してくるクーに、エミヤは大げさに肩を竦める。
「まあいいさ。録画予約はしてある。あとでのんびり見よう」
「お前、ほんとに」
 頭を乱暴に掻きむしるクーに、エミヤはふふんと得意げに笑って見せる。
「アドバイスしてやれるかもしれん。一緒に鑑賞しようじゃないか」
「嫌だね。俺がいない時か、寝てからにしろよ。」
 三年前、二人の関係には学生時代から続く『大事な友人』の他に『同居人』が加わった。
 提案したのはエミヤで、収入の見通しがたたないクーが学生マンションを出た後どうするか悩んでいたところに持ちかけてみた。「まじで?」と目を丸くしたクーに、両手で肩をすごい力で握られた事を覚えている。
 エミヤ自身は社会人になっても住み続けられるアパートを借りていたのだが、通勤面から引っ越す事を検討し、あれこれ物件を見てみたもののなかなかピンとくるところがなかった。希望に合うところは予算オーバーであったり、広すぎたりと頭を悩ませていたところに、同じように物件で悩む気の置けない友人がいたので丁度良かったのだ。
 不定期なスケジュールで、今では忙しくあちこち出かけるクーと、学生時代と変わらぬ距離感で居られるのはこの同居のお陰もあるのだろうとエミヤは思っていた。
 『大事な友人』の活躍を逃すまいと、彼の出ている雑誌を購入し切り抜きを作ったり、出ると聞いた番組は予約をしている。舞台やイベントも毎度クーから手渡される関係者席チケットに加えて別日に自腹でチケット購入し、見に行くこともある。女性向けのものにはなかなか難しいものがあるので、全てとはいかないが、エミヤなりの形で彼を応援している。
 最近は朝早く出かけ、エミヤが残業を終えて帰ってくる頃にはリビングと扉一つで仕切られた自室で寝息をたてているクーとこうやって飲むのは久しぶりのことだ。
 せっかくゆっくり出来るのならば、家の方が良いだろうと思っていたが、出来立ての唐揚げを口をはふはふさせながら食べ、ビールを美味しそうに飲む相手の姿に言われた通りにして正解だったのだろうと笑みがこぼれる。
 お互いの地位や立場、生活リズムと変わったことはいくつもある。
 彼とのこの関係はいつまで続くのだろうかと、見えない将来を考えてエミヤは少し寂しさを感じた。


「やはり、ダメか」
 エミヤは大きく溜息をついた。
 彼が見つめるスマートフォンの画面には無機質な文字が並んでいる

ーーこのチケットのお取り扱いは終了しました。ーー

 混雑時間をずらしてやってきた食堂の白い長テーブルの上に広げられた自作の弁当は、良い匂いを漂わせるだけでエミヤを慰めてはくれない。
 二週間前、居酒屋から戻り、先にシャワーを浴びたエミヤをリビングで待っていたのは、テレビの前で引きつった顔をしている同居人。どうしたのかと眉をひそめて尋ねれば、彼はこう答えた。
「わりぃ、録画消しちまった」
 エミヤが楽しみにしていたクーが出演するバラエティ番組は、鑑賞する事なくハードディスク内から消え去ってしまっていた。
「あら、ため息ついてどうしましたか」
 エミヤの肩口からにゅっと顔をだし笑いかけるのは、サーモンピンクの長い髪をリボンでまとめた美女。特徴的な髪色、青いリボンと共に彼女の特徴である八重歯をちらりとみせて笑いかけてくる。
 窮屈そうなベストの胸ポケットにある白い名札には『玉藻』と黒い文字が彫られている。
「あぁ、君か。そうだ、先日はありがとう。これは礼だ」
「あら、そんな気を使ってくれなくてよろしいですのに。私はエミヤさんの意外な一面を拝見できただけで、十分お貸しした価値はありましてよ」
 会社近くの、小さくも美味しいと有名な和菓子屋のロゴが入った紙袋を受け取りながら、彼女は上品に口元を隠しながらふふふと笑う。
 ハードディスクから消えてしまったクー出演のバラエティ番組。
 確かにハードディスクからは消えてしまったのだが、エミヤは別の方法で無事鑑賞できた。
 それを可能にしてくれたのが、社内で大和撫子と呼ばれているこの女性だ。
 今日と同じようにため息をついていると、同期でもある彼女が話しかけてきてくれ、楽しみにしていた番組を見損ねたと漏らした。いくつかかけられた質問に返答していくと、玉藻は「あら」と口元を手で隠し、目を丸くさせ「その番組でしたら、私、録画してますからデータお渡ししましょうか?」と提案してくれた。
 エミヤの出張や玉藻の有給休暇と手渡されるまでに時間がかかったが、二日前、彼女のおかげで番組を無事に堪能できた。画面の中のクーは、トークにはあまり参加出来てはいなかったものの、途中の身体を動かすコーナーでは大活躍し、エミヤはそれを自分のことのように喜んだ。やはり、見れて良かったと満足していたのだが、問題は番組終了間際、エミヤは目を丸くする。
 ゲストとして共に出演していた、最近テレビドラマでよく見る茶色の髪をした双子の男女と共に、クーは告知を始めたのだ。

 エミヤが知らない舞台出演の宣伝を。

 今までもクーは何度か舞台に出演していたが、出演が決まるか、関係者チケットが手に入った時点で、エミヤへ一言声かけがあった。
 しかし、番組で彼の口から出てくる舞台のタイトル、内容は全く知らされていない。エミヤは番組終了テロップが終わるまでポカンと情報を遮断した状態でテレビと対峙していた。
 しばらく、硬直状態でソファに座っていたが、はっと我に返りあわてて舞台の詳細を調べるため、再度告知場面に画面巻き戻していた時、タイミングが良いのか悪いのか、クーは「ただいま」と気だるそうにリビングへ入ってきた。
 扉のすぐ隣にあるダイニングキッチンからも見えるようにと設置したテレビは、すぐにクーの目に入ってきたようで、彼は「げ」と声をあげた。
「君、今回は教えてくれなかったんだな」
 今までただそうしていただけで、彼の仕事の内容を同居人に必ずしも話必要はない。だからクーは何も悪くない。番組の出演が決まった時点で、疑問に思い、調べなかった自分のミスだ。と頭の中で言葉を並べながら、乱れそうになっている心を落ち着かせ、いつもと変わらない声色で、エミヤはクーに話しかける。
「あー、今回のはチケット渡せそうになくってよ。すまん」
少し目を逸らしつつ、頭を掻きながら謝る彼にエミヤは別にいいさと返した。
 拗ねたような口調に、クーは気まずそうに風呂に入ると告げて、自室で準備を始めた。その間にもう一度エミヤは告知内容を聞きつつ、スマートフォンで詳細を確認した。

 一般先行は番組終了から一週間後に抽選終了。
 一般販売は更に一週間後の午前十時から。

 つまり、一般販売は本日十時からだったのだが、十二時三十五分現在、チケット販売ページにはエミヤが観劇できそうな土日祝日公演はどれも販売終了を示す×印がついている。
 今回の共演者は、バラエティ番組で共演していた双子、今後成長が期待される実力派舞台俳優に加え、有名なアイドルグループの少女も名前を連ねており、これまでの出演作より注目されているようだ。
 平日昼夜公演にいくつか空きはあるものの、平日は仕事の予定が詰まっているエミヤには行けそうにない。
「あら、そういうことでしたの」
 やっと弁当に手をつけ始めたエミヤの隣の席に玉藻は腰を下ろす。
「なら、丁度いいものがあります」
 机に置いたランチトートから玉藻は半透明の薄い、長財布程度の大きさをした折りたたみファイルのようなものを開く。エミヤも何度か手にしたことのある淡いグラデーションが施されたデザインの紙を彼女は差し出した。
「実は、連れが出張で行くのが難しくなった日がありまして。土曜日なんですけど、ご一緒にいかが?」
 紙には、一ヶ月後の土曜日の日付と夜の時間、エミヤが今開いているスマートフォンの画面に載っているのと同じ舞台のタイトルが記されていた。


 非現実世界から戻ってきたような、不思議な感覚にエミヤはふう、と浅い溜息をつき、固定された赤い椅子の背中と尻に縫い付けられた黒くて柔らかいクッションに一層体を沈めこませる。
 休憩と再開時間を知らせるアナウンスが場内に流れ、締め切られていた重みのある扉は開け放たれ、静寂を保っていた観客席からは話し声も聞こえ始める。
 今まで、クー目当てで訪れた劇場の中で最も居心地のいい椅子、大きな吹き抜け、三階席まである観客席を今は温かい光が包み込んでいる。対して、先ほどまで光に満ち溢れ注目の中心だった舞台は開場時と同じように上品なワインレッドと金色の緞帳で覆われている。
「やはり、いいものですねぇ」
 隣に座る大和撫子、玉藻はうっとりと舞台の方を見つめながら呟いた。
 今日の彼女は、上品な青い膝丈のカシュクールワンピースに、金色のネックレス。いつもまとめられている髪を下ろし、緩く巻いている。
 会場時に購入したパンフレットを取り出すと彼女は愛おしそうに表紙中央の主演を務める少女を見つめた。

 今回の舞台の内容は、主人公が引っ越し先で兄と共にカフェを営みつつ様々なトラブルに巻き込まれていくコメディ色の強いラブストーリーで、小説が原作となっている。
 普段、こういった内容の本を手に取らないエミヤだったが、予習にと購入した。
 女性には圧倒的に支持がある著者のブレイク前のものだったはずだが、心情描写が綺麗であったり、話の鍵となるトラブルの内容がクスリと笑えるものだったりと、期待以上に男性のエミヤでも楽しめるものだった。
 今日までに読み切ってしまおうと計画していたのだが、急に仕事のスケジュールが前倒しになり、帰宅後は家事をするだけでベッドへと直行する日々が続いてしまったため、丁度、先程舞台上で演じられていた前半のエピソード部分で止まっている。
 クーの役は、主人公達の引っ越してきた地域で有名なプレイボーイで、原作同様両手に花状態で初登場。物語の中では今必死になびかない主人公を口説いている。原作を読み終えていないので結果は分からないが、出来ることなら、物静かながらも努力家な主人公は、誠実で一途な別の青年と結ばれてほしいとエミヤは思う。
「どうですか、楽しんでます?」
 余韻に浸り終えたのか、玉藻がこちらへ大きな瞳を向けて話しかけてくる。
「ああ、本当にありがとう。あまり詳しくないのだがここは良い席ではないのか」
 エミヤ達が座るのは前方中央ブロックの上手通路側。
 小劇場ならば、エミヤも前方的に座ったことがあったが、1000人規模の劇場ではいつも後方か二階席が多く、こんな近くは初めてだ。
「まあ、ファンクラブ先行というものがありますので、それほど。エミヤさんのお目当の方はファンクラブはありませんの?」
「そうだな、調べてみよう」
「是非そうしてくださいな」
 ニッコリと玉藻が微笑むと同時に場内にブーーと休憩時間を終えるブザー音が鳴り響いた。徐々に観客席は静けさを取り戻し、暗くなっていく。
 エミヤは座り直して、視線を舞台上に戻す。
 緞帳がゆっくり開いていき、ここからはエミヤがまだ知らない物語の後半が幕を開ける。

 聡明で落ち着き払った兄のたまにずれた言葉が観客席を笑わせる。
 主人公の揺れる恋心に会場がため息をもらす。
 兄妹の辛い過去が明らかになると、観客席にすすり泣く声が聞こえてくる。
 主人公達の将来に関して言い争いになる青年達のやりとりに会場が息を飲む。

 観客を楽しませながら物語は進んでいき、舞台には二点のスポットライト。
 光に当てられて輝く栗色の長い髪をもつ、主人公の少女の腕をクーが演じる青年が掴む。
 静まった観客席に、少女の拒絶の言葉が響き渡った。
 毎度戯けた様子でそれに返していた青年だったが、今は真剣な顔で黙り込んで、真っ直ぐに少女を見つめている。
 いままでと違う彼の反応に少女は戸惑い、言葉に詰まってしまう。
 そんな少女の顔を青年はそっと包み込むと、自分の方へと顔を向けさせる。
 エミヤは息を飲んだ。
 頭の端でこのままではいけないと誰かが叫んでいる。

 このままでは、いけない。
 目を逸らせ。
 見てはいけない。

 警告に反してエミヤは瞬き一つせず真っ直ぐに、食い入るように二人を見つめていた。
 ゆっくり、ゆっくりとクーの顔が少女に近づいていく。
 聞こえていたはずの静かなBGMも、背景のセットも、隣にいるはずの玉藻の気配もわからなくなる。
 代わりに感じ取れるのはどくどくとうるさい自分の心音と、ぶわりと鳥肌がたつ感覚。
 まるで、エミヤと舞台上二人だけになったかのような錯覚の中、
 
 クーは少女にキスをした。


 気づけば自室のベッドでキチンといつもどおり黒のパジャマを着て横たわっていた。
 あの後、無事に観劇を終え、おそらくは玉藻と軽い食事をとり、彼女を駅まで送って帰宅し、シャワーもすませたはずだ。
 はずだ。というのはたしかに、そうしたらしい記憶は薄っすらあるのだが実感がない。
 食事をしていた時何を話したのか、帰宅の電車の中でどうやって暇を潰していたのか全く思い出せない。
 サイドテーブルのスマートフォンが光っているが、手に取る気力もない。帰ったら読み進めようとしていた今日見た舞台の原作小説を、開く気にもならない。毎度、習慣となっている明日の買い出しメモを作る気も起こらない。
 そっと、自身の唇に手を当てる。
 同時に頭の中に浮かぶのはクーと少女のキスシーン。
「初めてではないだろう」
 キスシーンにショックをうけるような初心な年齢でもない。映画やドラマでそんなシーンは今までたくさん見てきたし、男性であるエミヤはそれ以上のもので発散をしたこともある。
 ならば、知人だからだろうか。
 しかし、ポスターの仕事で美女の頬やコメカミにキスするクーの姿は何度か見たが、こんな気持ちは起きなかった。学生時代、彼が彼女とキスをしたのを遠くから見たときも、居心地の悪い恥ずかしさを感じた程度だ。
 なのに、今、エミヤは確かに『大事な友人』のキスシーンにダメージを受けている。そんな自分を認めざるを得ない。
「これではまるでーー」
 出かかった言葉を飲み込む。
 カチャリと玄関の扉を開く音が聞こえた。
 リビングへと向かうため、エミヤの自室前を通り過ぎていく足音に目をぎゅっと閉じる。そのまま、何も考えないように努めながらエミヤは体を丸めた。


「やっぱ、お前の飯はうめぇわぁ」
 クーは満足そうに笑顔を作り、腹をさすりながらソファにどかりと座り込む。
 時刻は午後七時。
 この時間に、二人が顔を合わせるのはいつだかの居酒屋へ飲みに行ったぶりだ。
 あの公演から既に三週間が経っており、エミヤの忙しくしていた案件もなんとか片付いたため、しばらくは定時帰り。クーも全ての公演と仕事が終わり、長めの休みを事務所から貰えたのだそうだ。
「お疲れ。どれぐらい休みなんだ」
「四日だったかな。いやあ、気張りっぱなしだったから助かるわあ」
 首を回しながら、クーは「はああ」と長いため息をついて見せた。
 お茶を入れたエミヤがソファへ近づくと、彼は黙って場所を開けてくれる。
「しかし、このソファも替え時かもな」
 ぎりぎり大の男二人が腰掛けられるソファは、学生時代クーの部屋にあったもので、所々合皮が剥がれてきている。
 布がむき出しになった部分を軽く撫でながらクーは笑った。
「次はもう少しいいのにしようぜ」
「そうだな。好きなものを買うといい」
「んだよ、つれねえな。土日に一緒に見に行こうぜ」
 素っ気ない態度返事をするエミヤにクーは少し口を尖らせた。
 そんな彼を見ることなく、エミヤは静かに湯飲みを目の前のローテーブルに置いた。
「……休みがあるなら丁度いい。少し相談したいことがあってな」
「なんだよ」
 首を傾げて赤い瞳をこちらへ向けてくるクーに、エミヤは軽く息を吐いてから口を開く。
「君の仕事も、そろそろ安定してきた頃だし、それぞれ別に暮らすのはどうだろうか」
 テレビボードの端に置かれた置き時計が秒針を進める音が鮮明に聞こえてくる。
「そもそも、君が収入の見通しがたたない事で始まったものだ。私も残業代あってではあるが、今の収入なら納得できる物件を会社の近くに借りられそうだし。どうだろうか」
 沈黙が部屋を包み込む。
 最もらしく並べた言葉に何も反応しない同居人をチラリと見ると、眉間に皺を寄せ、訝しげにエミヤを見つめていた。

 彼の舞台を見たあの日から、ふとした瞬間にあのシーンが思い出された。
 その度に心音はうるさく鳴り響き、頭が何も考えられなくなる。頭を振ればなんとか意識を取り戻せるのだが、代わりに出てくるのは大きなため息。幸い仕事へ支障はなかったものの、数週間は心がざわめき、休まることはなかった。
 これらの原因はなんなのだろうかと、エミヤなりに考えていた。
 クーが忙しく、顔を合わせることが減ったのは幸いで、最近やっと冷静に心を整理し始めることが出来た。至った結論に、驚きながら、落胆していた。自分はこの青年を、『大事な友人』をーー

「お前、ひょっとして」
 また心臓がうるさい。何かおかしな態度をとっただろうか。出した言葉におかしな節があっただろうか。エミヤは震えそうになるなる左手を右手でぎゅっと握りしめた。
「チケット用意しなかったこと根に持ってんのか」
 クーは頭をかきながら、また口を尖らせた。
「悪かったよ。でも、そんな怒ることかよ。今度からはちゃんと用意するから。んなさみしいこと言うなよな」
「な、別にそのことは関係ない。そもそも、子どもじゃないんだから自分でチケットは取るし、今回は確かに逃したが、ちゃんと舞台は見に行けた」
 仕方がない子どもに言い聞かせるようなクーの態度にムッとしてエミヤは早口で言葉を返すと、最後の言葉にクーはピタリと手を止めた。
「え、お前、見に来てたの」
「あ、ああ。同僚が主演の……ハクノさん?のファンでな。気を利かせて誘ってくれたんだ」
「なんだよ、見に来てんのかよ」
 はああーーとクーは長いため息をついて、背もたれに背中を預けて、天井を仰いだ。
 はずみでギシリとソファが音をたてる。
「何か不都合でもあったのか」
 クーの反応にエミヤは顔を曇らせる。
 そういえば彼は、舞台の予告のために出演していた番組を、エミヤが見ていた時も面白くない顔をしていた。そして、今この反応である。
 今までいくつも彼の仕事を見てきたのだから、恥ずかしいというわけでもあるまい。
 エミヤの問いに、クーはいつだったかのように「あーー」と声を上げて少し考え込んで、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「白状するよ。お前には見て欲しくなかった」
 ポソリとそういうと手の平に顎を乗せて、クーはそっぽを向いた。
 青い髪から覗く耳がかすかに赤い。
 あのシーンをまた思い出し、チクリとまた胸痛みがはしったが、いつもの自分がいうような皮肉をエミヤはしぼりだす。
「まさか君、友人にキスシーンを見られたくなかったと?」
 震えそうになる声を誤魔化すために軽く笑って言ってやる。すると、浴びるように酒を飲んだって変わらない耳が真っ赤に染まり、チッと軽い舌打ちが聞こえてきた。
「そんなんじゃ、君この先やっていけないだろう。それとも、私がルームメイトだから気恥ずかしいのか? それならやはり、別に暮らす方向で検討してみては」
 あの情景を、また思い出すのが嫌で、話をなんとか自分が振った話題へ戻そうとする。
 すると、勢い良くクーが真っ赤な顔をこちらへ向けた。
「お前なぁ。そんなに俺と暮らすのが嫌になったのか!」
 顔を染めている理由は気恥ずかしさではなく、眉を釣り上げていることからどうやら怒りらしい。
 突然の大声に、エミヤは言葉を失って思わず体を少し仰け反らせる。
「一体なんなんだよ。何が気に入らねえんだ。」
「な、何も。ただ、私達も良い年齢なんだし、このままじゃ君は、意中の相手を部屋にも呼べないだろう」
 『意中の相手』自分で放った単語にまた胸がズキズキと痛む。

 エミヤが至った結論。それは自分が目の前の学生時代からの『大事な友人』に想いを寄せているのだというものだった。
 恋愛経験が人よりも少ないエミヤであったが、過去にここまでひどくはなくても、似たような感情をもったことがあった。それは、思い人のことを考える時。エミヤがクーのことを考えるときに感じる胸の痛みや、はっきりしない心のもやはその時に感じていたものと類似していた。
 結論に至った時、浅ましいと思った。いつからかは分からない。自分で気づいていなかった。とはいえ、こんな気持ちを抱いておきながら何食わぬ顔で一番近くで、クーの隣にいたのだ。このままでは、彼になんらかの迷惑をかけてしまうかもしれない。何より、これからどうもなるはずがないこの状態で、これからも彼の一番近くにいるのは不毛だ。
 まずは距離を置いてみよう。そうすれば気持ちは収まるかもしれない。ひょっとしたらクーが恋人を見つけて諦められるかもしれない。何より、今彼を目の前にするといままでの自分を保てる気がしないのだ。
 そこで提案したのが、ルームシェアの解消だった。
 収入も安定した今なら、ごねることもないだろうと踏んで出した提案だったのだが、ここまで話が進まなくなるとは思いもしなかった。

 エミヤの言葉にクーは拳を握りしめて、ふるふると震えている。
「んなもん、呼ばなくてもいいんだよ! 俺の『意中の相手』は目の前にいんだから!」
「はぇ」
 またも予想外の言葉に今度はおかしな声が出てしまう。
 目の前の『大事な友人』のいった言葉を飲み込むのに頭が追いつかない。
「今、なんと……」
「なんだよ。分からなかったのか。俺はお前を好きだって言ってんだよ!」
 真っ直ぐに人差し指の先をエミヤの鼻先に向け、クーは叫び終えると、肩で呼吸し始めた。
 部屋が、再び沈黙に包まれる。
 段々と真っ赤になっていたクーの顔はいつもの白く透き通った色を取り戻し始め、開きっぱなしだったエミヤの目と口は少しずつ閉じていく。
 今の状況に冷静さを取り戻したらしいクーは、ゆっくり手を下ろすと、自分の顔を大きな両手で覆った。再び顔が赤くなっていくのが覆いきれていない部分から分かる。
「君、そんな。私は男だぞ」
「んなこと知ってる。ていうか、お前だって俺のこと好きだろうが」
「なっ」
 最近やっと気付いた自分の気持ちを言い当てられ、エミヤは驚きに言葉をなくした。
 覆っていた手を下ろすと、クーはこちらを見ながらゆっくりと話し始める。
「最初は、ただ応援してくれんだなって思って見てたけど。すんげえ幸せそうに俺の切り抜き作り出すし、テレビに映るとすんげえ嬉しそうに笑うし。あと、これは無意識かもしんねえけど、久しぶりに会った時のお前の笑顔は友人に向けるもんじゃねえ。やべえんだぞ」
「嘘だろ」
「嘘じゃねえよ。他にも言ってやろうか?」
「まだ他にもあるのか」
 この何日か思い悩んでいたのはなんだったのだろうと虚しさに襲われる。
 相手はとっくに自分の感情に気付いていたのだ。その上で、同じ屋根の下暮らしていた。
「大体、ただの同居人にあんなシーン見られるのは怖かねえよ。……好いてる相手とまだしたことない事見られんのが嫌だったんだ」
 拗ねるようにまたそっぽを向いたクーの姿に、エミヤは可愛いなと思ってしまう。彼に対してこんな風に思ってしまうのは初めてかもしれない。
「あぁ、もう。もっといい感じで告白したかったのに。お前が変なこと言うから……」
 ブツブツと話し始めるクーを黙って見つめる。ズキズキと痛かった胸は気づけばスッとしていた。
「んで、実際どうなんだ。お前、俺の事は好いてるのか? 舞台で俺が他のやつとキスしてんの見てなんも思わなかったか?」
 やっと落ち着いてきた胸が、またドキリと跳ねる。どうして彼は先程から的確に自分が狼狽えるポイントをついてくるのだろうか。もう少し休ませてほしい。
「私は、君が、その、女性とキスするのを見て。苦しかった。君の言う通り私も君の事が好きらしい……」
「『らしい』ねえ。まあ、いいや。んじゃ。改めて」
 狭いソファの上で、クーは投げ出していた足を折り、エミヤの方へ正座した。
 濁りひとつない赤い瞳は真っ直ぐにこちらに向けられている。
 いつだかぶりに見る真剣な顔を作り出している整った顔のパーツの一つである唇がゆっくりと開いて、低い声が言葉を紡ぎ出す。
「エミヤ、好きだ。付き合ってくれ」
 また、どくどくと心臓がうるさい。確かにうるさいのだが、これまでに感じたもやはどこを探しても見当たらない。ぶわりとまた鳥肌が立ったのに嫌な感じは全くしない。
 このままこの時が止まればいい。と頭の中で誰かが呟いた。
 エミヤは頬を緩めて、膝の上におかれた白い大きな手に自分の熱い手を重ねた。

 テレビの中で青い髪をした青年が優しい笑顔を見せる。
 青年はゆっくりと長い黒髪の女性の手をとった。
 遠くに見える街の灯りが二人の背景を彩る。
 そのまま、ゆっくりと目を閉じたまま二人の唇が重なった。
「君の役は半袖が多いな。設定は秋だろう。寒くないのか」
 買った当初、固く感じた黒い革張りのソファーは、今ではもうだいぶ体に馴染んだ。
 テレビボードの端にある時計は九時四十五分を指している。
「お前、このシーンでそんなこと聞くのか」
 エミヤの隣に座るのは、テレビの中で女性を抱きしめる青年と全く同じ人物。
 画面の向こうの甘い雰囲気など一切なく、意地悪い顔をしている。
「ちょっと前までは、ぐるぐる考えて悩んでたくせに」
「そんな昔の話をしてなんになる。生憎私は今を生きているのでな」
 ふふんと鼻で笑ってやると大きなソファに座った青年はエミヤの手を握った。
 二人の顔が向かい合う。
 ドラマのEDを告げる音楽が聞こえ始めた。
 ゆっくりと近づいてくる白い肌と青い髪にエミヤは目を閉じた。
 穏やかな感触が唇にふわりと伝わる。
 再び目を開くと、優しい赤い瞳目が合い。エミヤはふふっと笑った。
 覚めるような青い長髪。白い陶器のような肌。こちらを見る透明感のある紅い瞳。
 目の前の青年、クー・フーリンはエミヤの『大事な恋人』だ。

Comments

  • わんわんお
    May 31, 2025
  • わんわんお
    January 28, 2025
  • そー
    February 3, 2019
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags