餌付けのススメ
弓に餌付けされるちょっと訳あり高校生の槍と、なんか放っておけなかった翻訳家の弓。
現パロ、真名ポロっと出てます。
Twitterで呟いてたネタから。
目指せ飯テロ、中に出てくる料理はいつも自分が作ってるモノなので弓が出すクオリティじゃないって思われるかも。
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「あんたさぁ、コイビトとかいねぇの?」
その時私は、目の前で白米をかきこんでいるこのふてぶてしいガキをどう懲らしめるか悩んでいた。
「なぜそんな質問が出てきた」
「いやぁ、だってほら、コイビトいたら俺お邪魔じゃん?ほぼ毎日来てるし?」
そもそもいたとしたら君の仕事はその者に頼んでいるはずだから、こんな事にはなっていない。ささみの梅肉和えを噛み締め顔を中央に寄せて白米をかきこみ、その流れで厚揚げの麻婆豆腐を頬張って満足気に息をついたその額を、思い切り指先で弾いてやりたかった。
「でもまぁ、いたとしても俺が奪うけどな」
「…おかわりは」
「要る!山盛り!」
空の茶碗を受け取り、逃げるように椅子から立ち上がるり背を向ける。刺さる視線は欲も隠さず若さが滲んでいて、息がしずらくなってしまう。キッチンで炊飯器を開いて杓文字で山状に盛りながらとめていた息を吐き出した。
いつからこんなことになったのだろうか。あの一回りも年下の子供は最近隙あらば私を口説いてくる。それもこれも、二ヶ月前の金曜日の夜、目の前をフラフラと歩いていた彼…ランサーを拾てしまったのが運の尽きだった。
餌付けのススメ
(あからさまに足取りがおぼついていない…)
街灯が照らす暗い夜道を蛇行しながら歩くのは酔っ払いの代名詞ではあるが、目の前の人間は黄土色の詰襟を着ている。私の母校の制服であり学生である証明だが、現在時刻は日付もかわる二十四時少し前。学生がおいそれと歩いていていい時間ではない。
もしや怪我を負っているのか、何か問題に巻き込まれているのか。もしそうだったなら然るべき所へ連絡せねば、と無駄な正義感とお節介で学生の後ろへ小走りで追いつき、肩へ手を乗せようとした瞬間、
「…へ」
学生は視界から消えた。
否、どしゃりと鈍い音を立ててその場に倒れた。
「……おい!?」
慌てて傍にしゃがみこみ、脈を確認する。現代日本においてお目にかかることはない結われた長い青髪に、ヤンキーが怪我で倒れたのかと思ったが、見える範囲に怪我はない。脈も安定している。
少し上体を浮かせ仰向けにさせると、これまた滅多にお目にかからないレベルで顔が整っていた。まだ幼さが残る輪郭だが、高く通った鼻筋に、完璧に左右対称な両眉と閉じた瞼にビッシリと敷き詰められた睫毛。薄く開いた唇から歯ぎしりに近い唸り声が無ければ西洋の絵画にいそうな美青年だ。
一応唸っているならまだ意識はあるということで、僅かな希望にかけて顔を覗き込みながら声をかける。
「おい、聞こえるか?起きられたら起きてくれ。君を保護してあげたいのだが、親御さんと連絡はとれるか?」
「んん…肉じゃが……?」
誰が肉じゃがだ。頬に走った筋に気づかないふりをして、学生の返事を待ったが、それ以降言葉らしい言葉はなく、ひたすら唸る声と腹の虫の大合唱があたりに響き渡る。なるほど、これはまさしく行き倒れというやつだ。
幸い膝から崩れ落ちたから外傷はそんなに見当たらず、かと言ってこのままにしておく訳にもいかなくて。声をかけてしまったが最後、得体の知れない男子学生すらも放り出すのを良しとしない、自分のちっぽけな正義感を憎んだ。
救いは男子学生が私の体格よりも小柄だったことだが、それでも高校生にしてはとても良く発達した体は重く、自宅であるアパートまで引き摺って歩いた。
2DKの我が家にソファーなどはない。寝かせられる場所と言ったらベッドしかないので取り敢えずそこに投げ捨て、自分の上着はハンガーに丁寧に下げた。未だ大合唱している行き倒れの腹の虫のためにシャツの袖をまくる。
時間は既に深夜だが、相手は育ち盛り食べ盛りの学生だ。味もはっきりしていてボリュームの多い献立を冷蔵庫を漁りながら立てていく。苦手なものがあったら残してもらえばいいだけだ。
まずは汁物から。本当は出汁からとりたいが、時間が無いので顆粒出しを予定の半分だけ入れ、絹の豆腐と刻んだ油揚げを突っ込んだ。
煮立つまでの間に、玉ねぎを手早くクシ切りにして取り置き、チラシで安かった鶏胸肉を適当な大きさに削ぎ切りしてビニール袋へ。ニンニクと生姜のチューブから数cmずつ袋に垂らし、片栗粉も入れて揉み込んで漬け置く。
次に、もやしをサッと洗い、水気を切ってごわま油を引いたフライパンへ入れ塩胡椒でザックリ炒める。それを皿へ上げて、今度は先に溶いておいた卵を入れ、半熟のスクランブルエッグになった頃もやしの上へなるべくフワフワのままのせる。
鍋が煮立ったので火を止めて白味噌を溶かし入れる。溶けきったのを確認してから残りの顆粒出しを入れて蓋をする。
もやしで使った熱の残るフライパンに水と鶏ガラだし、少しの砂糖と酢を合わせたものに片栗粉を混ぜて餡をつくり、かけてやれば、家計の味方餡掛けもやしの完成。更にそのフライパンを軽く洗って揉んでおいた肉をサラダ油で焼き、焼き色がついたら玉ねぎも合わせ蓋をして少しだけ蒸らす。
その間に作りおいていたものを小鉢に移してレンジで温める。切り干し大根の炒め煮、ナスの辛子醤油和え、ツナマヨポテト、ついでにさっきの譫言で出た肉じゃがもあったから出しておいた。
玉ねぎがしんなりした頃醤油と砂糖と酒を混ぜたものをかけて、水分を飛ばして煮絡ませ、解凍した二食分の白米を入れた丼の上に盛れば生姜焼き丼の完成だ。
手を休めず作りあげたそこそこ整った食卓に息を吐き、片付けやすいように器具をまとめてから、暗い寝室のベッドで死んだように倒れている学生の頭を叩いた。
「っで!?」
いい音が鳴り、学生が飛び起きる。辺りを見渡して見覚えのない部屋と、褐色の大男を認識しその体が強ばった。
「誰だ、あんた」
「食事を用意した。来たまえ」
「……へ?」
最もな反応に要点だけ伝えてダイニングへ踵を返すと、困惑しながらも後ろをついてくる気配。急に明るくなった視界に目を強く瞑って、再び開いた時にテーブルに並んだものを見て鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まる。
「かけなさい。今汁物を出すから」
「え、お、おう」
味噌汁に今一度火を入れ、ギシギシぎこちない動作で椅子を引き腰掛けたのを見ながら椀によそい、彩に刻んでタッパーに入れてある常備の三つ葉をちらした。利き手がわからなかったので右利き用に並べた食器達に倣って、彼の右手側に置いてやる。
「食べなさい」
「いや、でも、」
困惑した表情ではあるが、目は直ぐにでも食らいたいと穴が開くほど料理を見つめているので、少しだけ背を押してやった。
「いいから、食べなさい。心配なら毒味をしようか?」
「…イタダキマス」
目の前の彼は両手を顔の前で合わせてから箸を右手で握り、湯気がのぼる味噌汁の椀に手をかける。息を吹きかけて一口すすり、揚げと三つ葉を器用に摘んで口に含み、そこからはもう、怒涛の食欲だった。
頬を膨らませて食べる様子で粗雑に見えるが、箸の持ち方は綺麗だし、基本の三角食べも丼物ということを差し置いても出来ている。くわえ箸も迷い箸をすることもなく、あっという間に出した料理全てを完食してしまった。
「ゴチソーサマでした!」
「足りなかったかね?」
「いや!腹いっぱい!…です!」
「それなら良かった」
ほうじ茶を飲みやすいように少し熱いくらいで出してやれば、両手でコップを持って嬉しそうに受け取り笑った。若い胃袋を目の当たりにして三十路手前の身としては大変羨ましくなりつつ、一先ずこちらの身分を明かす。
「私はエミヤ。君が目の前で倒れたから保護させてもらった」
「俺はクー。高二、学校は……」
全開の制服の襟を引いて見せようとしてくるのが少し微笑ましくて、先手を打って汲んでやる。
「穂群原学園だろう?私の母校だ」
「そうなのか?あ、いや、ですか?」
「敬語じゃなくて構わない、それより、何故あんな時間に出歩いていたんだ」
「あ、おう、あんがと…えーと、歩いてたのは……」
真っ直ぐだった視線が机に落とされたのを見て、赤の他人に言えないのなら無理に聞こうとは思わなかった。それでも危険回避のために小言だけは刺しておく。
「踏み込んですまなかったな。ただ、体格がよくともあんな時間に制服で出歩くなんて何が起きるか分からないからやめたまえ。ついでに、行き倒れるまで食事を取らないなんて以ての外だよ」
「聞かないのか」
「…ズケズケ言った後だとあれだが、私は赤の他人だからね。黙秘権を施行されれば何も出来ないし、しないさ」
人には触れられたくない事が一つ二つあるもので、大人なら普通の対応だと思ったがどうやらランサーには違ったらしい。視線が上がって、人間には珍しい赤い瞳が揺れていた。
「……俺、居候してて」
ポツリ、話し始めたのを聞く側に徹する。今ランサーは親戚の所に居住を構えているらしい。ただ、そこの家主が度し難い愉快犯で、衣食住のうち住まいだけは確保してくれるが他はすべて自分で賄えと言われているとのこと。学費と部費はスポーツ推薦だから免除されてるもののやはりお金が必要で。
「で、部活やったあと、遅くまで入れてくれるバイトとか掛け持ちしてて。飯代も勿体なくてさ、軽いので済ませてた」
「……親御さんは今、」
「あー…まぁ、なんだ?俺、カクシゴって奴でさ」
隠し子、言い放った笑顔があまりにもあっけらかんとしていて一瞬意味がわからなかったが、数拍空いて飲み込む。なるほど、これは、大変な拾い物をしてしまった。
「親戚は俺が何してても気にしない野郎だからさー、基本裏方で夜遅くまで雇ってくれるところで働いてる」
頭の奥で赤くランプが点滅しだす。これ以上聞いたら、きっと手を差し伸べてしまう。そろそろ切り上げて送ると言って家に返した方がいい、そう理解しているはずなのに口が動かない。
「親が入れてくれた学校は卒業してぇし、部活も楽しいから辞めたくねぇんだよなー…両立させてるつもりだったんだけど、うーん」
嗚呼、もう駄目だ。ここまで境遇が似ていて無碍にできるわけがない。
「…君、片付けは得意かね?」
「え?あー、掃除?なら、まぁ、バイトでやるからボチボチ」
「珈琲は入れられるか?」
「喫茶店でバイトしてたこともあるから、一応」
「英語は読み書きできるか?」
「生まれはアイルランドだから一般的な範囲なら出来る」
条件は揃った。後は、
「私の出した料理は口にあったかね?」
「それはバッチリ!超美味かった!……って、なんだよ、急に」
すべて満たされた。ならば、これもまた巡り合わせと思うことにして、手を差し伸べてしまおうではないか。探るようにこちらを見るランサーを前に、組んだ両の手に顎を乗せ、伺うように微笑んで告げる。
「君に、私の手伝いをして貰いたい」
「は?」
「私はしがない翻訳家でね。今日たまたま君を見かけたのも、出版社の飲み会に誘われて外出していたからなんだが…」
元々趣味は家事全般だが、仕事が煮詰まり締切が迫るとどうしても身の回りに手が行かなくなること。手伝いを雇うか悩んでいたこと。給金とともに先程のような食事を支給すること。なにより、来れる時に来てくれればいいし、深夜遅くまで働かなくてもいいことに重点を置き伝える。
「君が、今日であったばかりの赤の他人の元へ働きに来るのが嫌でなければ、だが、」
「やりたい…俺、ここであんたの手伝いする」
揺らぎが消えた瞳を見つめ、真意を問う。逸らさずに見つめ返されたのを確認して、手を差し出し握手を求める。
「なら、これからよろしく頼む」
「こっちこそ…ありがとう、エミヤ」
強く握り返されて視線をやればそれは一丁前に男らしく、苦労したもの特有のあれた指先をしていてつい笑ってしまった。
互いのことは何も知らないが、追々知っていけばいいだろう。連絡先だけ交換して、もう来れる日から来てくれて構わないとだけ言い、飲み会だったんじゃ、と渋るランサーに下戸だから飲んでないと事実を述べて車で送って帰らせる。
彼の居候先の門前で車から降りる際、嬉しそうに手放しでありがとう、と言われ、その日は何だかんだ上機嫌で終われた。
そうして始まったバイトだったが、餌付けを間違えてしまったのか、ランサーが私の貞操をひた狙いするようになってしまった。
一方私は私で、一度雇う形で懐に入れてしまった子供を突き放せないでいる。
──さてはて、どうしたものか。