カリスマチート転生者先輩 in 北宇治


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作:山田太郎
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北宇治高校1年 後


「えっと、早速だけど。2年生を排除できるかもしれません」

「ちょっと待って松宮くん!前は努力を強要するな見下すなみたいなこと言ってたよね!?」

「小笠原、確かその時は先輩たちが間違っているわけじゃないんだからって言ったよね」

「え?うーん、覚えてはいないけど聞いたような……」

「つまり」

「あの、松宮くん。悪いんだけど早く理由を教えてよ」

「2年生の一部、少なくともフルートパートは部費を横領しています」

 

「「「……?」」」

 

「はー!?ふざけんなって!」

「どういうことなの!?」

「うち部費高いってよく愚痴られてるんだけど!」

「それな!てか月6000円も何に使ってるの?強豪校の名残り?」

 

 みんな数秒固まったあとに大爆発した。30人もいるのでかなりうるさい。

 

「はいはい静かに。それで松宮くん、どういうこと?」

 

 僕は一連の出来事を話す。

 

「お菓子に俺たちの金使ったのかよ」

「はあ、いくら使ったんだろ」

「つーかうちの会計係って通帳まで渡されてるんだ」

「準備室の金庫に入ってるんじゃないの。動かせなくて邪魔なやつ」

「なんですか、それ」

「会計の先輩って2人ともフルートじゃなかったよね?」

「て、ことはさあ!」

 

 あー、また盛り上がってら。

 

「ということで、最初の発言に戻ります。証拠さえあれば特に不真面目な先輩を追い払って、人数差によっては部活の主導権も手に入るかも。僕たちは2年間土の中で過ごすことを許容してまで部費を払っている。練習しないのは構わないけど、これは許せない」

「うん。そうだね」

「当たり前だよ!」

「それで?どうするつもりなのかな?変につついたら部活ごと処理されない?うち弱小部活だからさ」

 

 部費って部員徴収分だけじゃないからなあ。腹立つけどこの件を大ごとにはしたくない。部活がなくなるのは本当に最悪のパターンだけど、来年度のコンクールを辞退するだけでもいやだからね。2年生の人数的に僕たちの学年もほぼ全員出れるんだから。

 話が大きくなれば、生徒会予算削減とか一時活動停止とかはほぼ確実にくらう。そもそも横領で部員がなんとかっていう話が広がるのがいやだ。被害者にとっても居心地が悪くなる。それに来年度の新入生獲得に関わる。

 

「穏便には済ませるけど、部活はしっかり辞めてもらいたい。ただ通知表には傷をつけないであげるだけ。先輩たちも僕たちみたいに早めに受験勉強を始めればいいんだ」

「まあ2年が問題起こして退部したってなったら俺たちも色々やりやすくなるか」

「うん。それで、証拠自体は多分どうにかなる。あの人たちあんまり罪の意識ないから。喋らせて録音して松本先生に届ければ会計報告と通帳を確認してくれると思う。ただ、先生って穏便には済ませてくれなさそうだから」

「梨香子先生は?」

「楽しく過ごすためになかったことになりそう」

「そっかー」

 

 梨香子先生と松本先生。どっちに持っていっても僕たちの理想通りにはなりそうにない。と、僕は思っていたけど、斎藤が違った意見を出してくる。

 

「梨香子先生は事なかれ主義ではないと思う。毎年何人も退部者を出して、PTAや先生たち、部員の親が問題にしないわけがない。それでもずっとあの方針を続けてる。本気であの方針が良いと思ってるからだよ。それがどうしてかは分からないけど、問題ごとがいやでやってるわけじゃないはず。私は先生が横領問題を放置するとは思わない」

 

 確かにその通りだ。そして理由は僕の予想になるけど、本気でコンクール金賞を目指した時に生まれる絶望。2年以上必死に努力した3年生が1年生に負けて落ちる。それに比べたら、入って数ヶ月で見切りをつけて次のステップに行った方がずっと良いのかもしれない。梨香子先生はきっと学生時代にそれを経験してしまったのだろう。

 

「……そうかもね。理由もなんとなく想像できる。梨香子先生は、本当の意味で生徒思いの先生なのかもしれない」

「理由ってなに?」

「例えば僕たちは、3年目全国金賞を獲るために練習も勉強も1年生の中では多分学校で1番必死にやっているだろ?それで3年目。オーディションをやって僕達が落ちて1年生が受かったら。それに比べたら早々に見切りをつけて別の場所で青春を送る方がずっといい。そして残った人にはコンクールをプレゼントすればいい」

「それは……」

 

 賑やかだった教室が静まり返る。彼女たちが考えていなかった、いや、考えないようにしていたことを唐突に突きつけたのだから当然だ。そこに岡部が切り込む。

 

「俺は落ちてもいい。それでお前たちが全国金賞を獲れる確率が上がるんだろ。そりゃメンバーとして獲りたいけど、こんなに努力してるお前たちが俺のエゴで報われないのはいやだ。そっちの方が後悔する!楽しくない!」

 

 僕のお願いに対して、真っ先に噛みついてきた岡部がこんなことを言うなんて。彼は本来なら耐えきれず辞めていたチューバだからね。全国に対する熱意は本物だろう。

 

「はいはい!湿っぽい話は終わりね。結局私たちが後輩より上手ければいいってこと!そもそも梨香子先生が方針変えるわけないじゃん?私たちが1番上手くなってそのまま全国金賞獲ればいいだけ。それで元の話に戻るけど、梨香子先生は真面目な人だから横領問題は放置できないはず。それにいい人だから私たちや辞めていった人たちに対して、かなりの罪悪感を持っていると思う。そこを上手く刺激すれば私たちの案を呑んでくれるんじゃない?」

「そうだね。少し申し訳ない気持ちもあるけど、松本先生よりは話が通じそうだ。じゃあ僕は録音録って梨香子先生に通帳を確認させる。それでいいかな?」

「「「おー」」」

 

 田中が本題に戻し、僕の提案にみんな賛同する。そして最後に注意を1つ。

 

「みんな誰かにこのこと話さないでね。部費って僕たちの月謝だけじゃないから。生徒会やPTAとかには申し訳ないけど僕たちの中で話は終わらせよう」

 

 

 ということで今日、僕は音楽室で授業の準備をしている顧問を訪ねた。

 

「あら、松宮くんどうしたの?」

「先生、これを聞いてください」

 

 僕はピアノ椅子に座る先生の前にスマホを差し出し、録音ファイルを再生する。

 

『───』

『こんにちは』

『お、松宮。お菓子買ってきたよー』

『今回はいくらしたんですか?』

『確か、これで5000円くらい。でも殆ど部費から出したから気にしないでいいよ』

『うーん、興味はあったけどやっぱいいかなって。甘いものそんなに好きじゃない僕が食べるのは勿体無いですよ』

『えー、いいのにー』

『いえいえ、それじゃ』

『───』

 

 再生が終了してから数秒。先生はたっぷり息を吐いた。動揺するかと思ったけど、落ち着いて僕の発言を促す。

 

「これは……」

「部費が横領されているようです」

「そう」

 

 短くそう答えたあと、また数秒沈黙する。

 

「先生は、どうしますか?」

「会計報告と通帳を確認して、どれだけ使われたか調べるわ。その後は……残念だけど、関係者に報告しないといけないわね」

「先生、僕としては大ごとにしたくありません。だから該当生徒の自主都合による退部で済ませてくれませんか。先生も責任を問われますよ」

「部費の元はあなたたちのお金じゃないのよ。学校や保護者に説明する義務があるわ。責任に関しては、事実私の責任だから仕方ないわ」

 

 まずよかった。ここでなかったことにするような人じゃなくて安心だ。

 

「1時間目は授業ないから、今から色々確認するわ。松宮くんは早く教室に戻りなさい。報告ありがとうね。……安心して。あなたたちは部活動一時停止で済むと思うわ」

「その一時停止もいやなんです。今本当にいい調子が続いているんです。人は一度やめたことを再開するのは難しいですよね。それに周りから横領した部活なんて噂されながら練習なんて集中できません」

「噂は続かないわ」

「でも新入生獲得の時期になったら、絶対また噂が流れますよ。あの部活は横領があったからやめとけって。今いる人もそうです。この流れが絶たれて前の雰囲気に戻ったら、人が辞めてしまう。辞めた人は帰ってきませんよ。先生はよく分かるでしょう?」

「……」

「まだ知っているのは1年生と横領した先輩だけです。そして僕たちは退部してくれればいいと合意済みです。金額も大したことないかもしれません。通帳だけ確認しませんか」

「……そうね」

 

 先生の傷に触れて弱いところを引き出し、取り返しがつく可能性も挙げた。先生も事なかれ主義ではないとはいえ、誰だって問題は当然ない方がいい。それに責任だって取りたくはないだろう。被害者である僕たちが納得しているならそれでいいじゃないか。そう思う心もあるはずだ。

 準備室に向かう先生についていく。会計でもない僕が通帳を一緒に見ようとしていることも気にしないほど葛藤しているようだ。歩みも遅いし、準備室の鍵を開ける手つきもぎこちない。

 

「金庫を開けるから、あなたはここにいて」

「分かりました」

「……もういいわ。これよ」

 

 先生が通帳をこちらに見せる。

 

「私が吹部をやっていた時、毎月1万円も払っていてね。それなのに会計報告も何もなくて、先生を信じたいとは思っていたけどずっとモヤモヤしていたのよ。部員や保護者にもそういう人が多くて。まあ直談判したらあっさり領収書も会計報告も出してくれたんだけどね。私は最初から部員と共同管理すればいいかなって。それで」

「先生、確認しましょう」

「……そうね」

 

 先生は通帳を見るのが怖いのか、聞いてもいない事情を語り出した。だが見ないことには話が進まない。頼むぞ、大した金額じゃないように。大丈夫、高級菓子を食べていたのは毎日じゃなかったし、僕が目撃したのが初回だったんじゃないか?

 先生も怖いのか、丁寧に最初のページから1枚ずつめくっていく。そして3年生が引退した日から1週間後。ここからが、彼女たちが引き出した金額だろう。先生はゆっくりと上から下に指でなぞる。

 

6,000

5,000

8,000

5,000

5,000

 

 良かった。1回ずつが大した金額じゃない。合計でも5万円には収まるだろう。きっと取り返しのつく額だ。そしてページをめくる。

 

6,000

50,000

 

「「……」」

 

 !?なにやってんだお前ェ‼︎

 ……最後の跳ねがなければ4万円程度だっただろうに、結果は合計85000円。すごい微妙な額になった。

 

「……合計85000円。これは取り返しのつく、大したことない額かしら」

「いえ、えっと……。取り返しはつくけど大した額ではあるというか、なんともいえないというか。全てが横領されたとも限りませんし……」

「コンクールは既に終わってるわ。この2ヶ月で消耗品や今後の楽譜をそんなに買ってるの?」

「……」

「……やっぱり、責任は取らないとダメよね」

 

 まずい。そもそも仮に極小さい額でも横領は横領だからな。正しいことを言っているのは梨香子先生の方だ。こうなったらあれしかない。

 

「先生。僕は正直先輩の進路とかはどうでもいいけど、同級生の努力の邪魔されることだけはいやです。朝練は知っていますよね。3年目に全国金を獲るために、その時に全力で練習するために、既に受験勉強を始めていることは?それでもコンクールに出るのは下手で努力もしない先輩でした。僕たちは本当に3年目の本番のためだけに本気なんです。今回の醜聞は最悪です。横領した部活だと広まればモチベーションは下がりますし、頼もしい戦力となるはずの新入生獲得にも悪影響です」

「もちろん、無闇矢鱈に話さないよう集会で……」

「過去に問題が起きた時には、集会での言いつけは守られましたか?人が亡くなるようなことなら生徒も口を慎むかもしれませんが、こんなのただのゴシップですよ。最高のネタです」

「でも、それも続かないわ」

「だから、一時停止もいやだと言いましたよね。良い調子は切れないようにずっと続けていく必要があるんです。それに、確かに1度は収まると思います。でも絶対再燃しますよ、それも大事な時期に。新入生に対して彼らはこう言うはずです。吹奏楽部は部費の横領があったからやめとけ、と」

「さっきから松宮くんは悪く考えすぎじゃないかしら」

「じゃあ先生は、一度やめたダイエットをすぐに再開できますか?教員のブラックな現実を知った今、ただ理想だけで教師を目指している後輩を全く止めようとは思いませんか?」

「……」

「これまで楽しく吹ければいいって、それで何人辞めてきました?彼女たちは楽しかったんでしょうか。そもそも適当に過ごして、合奏にもならないまま年功序列でコンクールに出ることを楽しいと決めたのは誰ですか?僕ならむしろ、舞台に立った時に恥ずかしくて練習しなかったことを後悔しますよ。12分間は早く終わってくれと願う羞恥地獄です。それにそれって吹奏楽部である必要が一切ありませんよね」

「……最初は、練習自体はしていたの。だけどいつからか……」

「そりゃそうですよ。1年生まではどんなに頑張っても出れない一方、上級生になれば自動的に出られる。真面目な人は最初に抜け、コンクールで上を目指す人は無理を悟ってやめます。残るのは不真面目な人か、よほど思いの強い人数人だけ。僕も同級生を説得するのに苦労しました」

「……」

「先生の方針が上手くいく場合もあります。……コンクールに出るのは上級生だけど、みんな楽しく練習するということです。だけど、北宇治ではかなり難しいと思います。偏差値も頑張れば丁度届くくらいの高さの公立高校で、関西常連の北中や南中の学区から自転車で通学できる立地ですから。特に南中の生徒はかなり多いです。彼女たちは中学時代からオーディションで3年生を落としてでもコンクールで上を目指すという環境にいました。先生の方針と衝突するのは避けられませんよ」

「最初は本当に上手くいっていたのよ」

 

 そうか。先生と話していて信念のある人ということは分かったが、そんなに気が強い人だとは思えない。上手くいっていた時があったから、それを頼りに何を言われても方針を貫けたんだな。しかしそれは……

 

「それはおそらく北宇治が強豪校だった頃の名残りです。単純に、その頃は2年間必死に練習していた3年生が1番上手かったのでしょう。だから不満はなかった。そして、そんな3年生に教えられた2年生1年生も順当に上手くなっていった。……しかし、いつの代からか、練習しなくてもコンクールに出られるという楽を覚えてしまった。そこから崩壊していったのでしょう。……だから一度やめたら終わりなんです」

「……」

「僕は南中の出身ですが、彼女たちだって楽しく部活をやっていましたよ。先生の過去に何があったのかはなんとなく推測できます。事情は人それぞれですから、努力している子を優先しろとは言いません。ただ彼女たちが辞めていく前に、顧問として双方の意見を聞くべきだったんじゃないですか?これも責任の話です」

「……」

「先輩がこの1ヶ月で使ったのは85000円。一方で、代替わり……会計係が引き継がれてから2度の月謝徴収がありました。先輩たちの払った部費は6000円かける2ヶ月かけるn人で12000n円です。関わった先輩の人数によっては、相殺されるはずです。ここで先輩たちが退部するなら、実害はなかったと言っていいと思います。2年間も耐えられないと辞めてしまった人もいました。僕たちはこんなことで止まれません。責任とか義務とか考えるなら、僕たちの頑張りを邪魔しないでください。お願いします」

 

 長々と話したけど、結局はお願いするしかない。

 

「……このことを、松本先生には?」

「話していません」

「そう。明日までに2年生を1人1人呼び出して実際に使われた金額と関わった生徒を特定するわ。明日の昼休み、音楽室に来なさい。不安なら誰か連れてきても構いません」

「!はい」

 

 結果がどうなるか不安で、その日は練習にあまり集中できなかった。

 そして練習後、1年生を集めて途中経過を報告する。

 

「……という感じで、明日の昼休みで決まると思う」

「まあなんとかなるんじゃないか?先生もどうするか悩んでるってことだろ」

「どうだろうね。……正直、横領の件は黙っていれば良かったかもしれない」

 

 これはずっと考えていた。楽器の扱いにはムカついていたし、あれでコンクールに出られるのも正直にいえば納得いっていなかった。そこに今回の件。当然ムカついたけど、それ以上に障壁を消せる機会だと欲が出てしまった。

 僕の中で黙っていれば、3年目に全国に行けるのは知っているから、あとは滝先生が来る前に最高のコンディションに仕上げれば良かった。

 

「うんん。今回の件がなくても、きっとどこかで誰かが我慢の限界を迎えてた。いやな考え方だけど、そうなるなら向こうが100%悪い状況になったのは良かったと思う」

「中世古の言う通りだ。そもそも、部費を横領されて黙ってろって方がおかしい。これは先輩がいなくなるかもとか関係なく、常識の話だ」

「そっか」

「おう」

 

 確かに、僕らの状況とか関係なく、とりあえず横領に対するなんらかの罰は欲しいよね。ただ、大ごとにすると僕たちにもダメージが入るのがネックだった。

 そう考えると改めてムカついてきた。自主都合の退部で勘弁するってかなり優しいだろ。明日は受け入れてくれよ。早めの受験とか後輩の方針転換についていけないとか理由なんていくらでも考えられるだろ。

 

「先輩にとっても悪い話じゃないんだから、きっと大丈夫だよ。じゃあそういうことで」

「待って」

「小笠原?」

「明日、私もいくよ」

 

 まだ部長でもなんでもない小笠原がこんなことを言い出すとは思わなかった。周りも驚いている。

 

「私たちいつも松宮くん、あとはあすかに頼りすぎているから。全国金賞を獲るって決めたのに、2人がいないと話も進まないなんてダメだと思う。だから……なんて言えばいいか分からないけど、明日は私もいく」

「分かった。昼休みに迎えにいくよ」

「うん」

 

 

……ここまできたらやるぞ晴香

 

 教室のドアの前で自らの両頬を叩きながら何か呟いていた小笠原を回収して、音楽室に向かう。先に着いて待っている時間は気まずそうなので、小笠原と共にぐるりと校舎をまわってから音楽室に入った。

 

「「失礼します」」

「……はい。これで全員揃ったわね。悪いけど入り口のドアとカーテン閉めてくれる?」

「はい」

「あ、私がやるよ」

 

 小笠原がドアの鍵と窓枠部分を隠すカーテンを閉める間、音楽室を見回す。そこには梨香子先生と9人の2年生がいる。先輩たちは下を向いていたり震えていたりと様々だが、茅野部長だけは状況が全く分からないようで困惑している。

 フルートパートの先輩方は僕の方を睨んでいる。そっちは加害者なんだけどな。

 

「では時間もないので本題に入るわ。……ここにいる茅野さんを除く2年生8名が、代替わりから今までで部費を85000円横領していました」

「え!?」

 

 驚いた部長は隣にいた会計係の先輩の顔を覗き込むが、すっと顔を逸らされる。

 

「え、嘘。ほんと」

「茅野さん」

「あ、すみません!」

「いえ。私としては、この件について緊急の保護者会を開き、保護者の皆さまに説明するつもりでした」

「やめ、やめてくださ」

「最後まで聞いてくれる?……しかし、この件を報告してくれた生徒より、問題を大ごとにして部活全体に悪影響が与えられるのはなんとしても避けたい。該当生徒は許せないが、自主都合による退部ですませて欲しいと頼まれています。1年生全体は同意見だそうです。横領されたのは85000円ですが、ここにいる8名の2ヶ月分の部費は96000円。楽器の維持費などを考えても相殺されると考えて、この提案を私は呑んでもいいと思います」

 

 2年生はあからさまにほっとしている。この流れでなんとかなりそうだと思っていると、1人だけ納得していないのがいる。フルートパートの先輩だ。

 

「相殺できるならいいじゃないですか!これからはもうしません。私たちだって1年間頑張ってき」

「先輩」

「なによ!えっと……あんたは関係ない!」

「小笠原です。そして関係あります。部費は私たち全員から集められていますから。奪われた85000円をそのまま先輩方の払った部分だけにあてるというのは、実際のところ少し無理のある話だと思います。部費として集まった時点でそれはもう個人のものではなく、部活のお金だからです。でも納得はできる理論だから、先生も私たちのことを考えて納得してくれたんです」

「……それは」

「この案がのめないなら、先生が保護者会を開くだけです。……私たちだって本当は罰を受けてほしいと思っています。でも、みんなの頑張りを知っているから部活に悪影響を与えたくないんです。学校は警察沙汰にはさせないだろうけど、噂は絶対どこからか流れますよ。先輩たちだって、横領したやつらだって言われながらあと1年半過ごしたくないですよね。先生が考えているのは私たちのことだけではありませんよ」

「!……すいません、でした。私は……退部、します」

 

 正直、本当についてくるだけだと思っていた小笠原が先輩を説き伏せたことに驚いた。本人は緊張していたのか壁によりかかって深呼吸しているが。やはり部長はこの人だなと思った。

 

「私の話は終わっていないわ。あくまで合意したのは1年生とここにいる2年生……茅野さんは、それでいい?」

「は、はい!」

「だから、他の2年生全員も合意した場合に、8名の自主退部による解決とします。いいわね?」

「「「はい」」」

「では、今日の全体練習で私から話をします。あなたたちは落ち着いたら教室に戻りなさい」

 

 2年生にとってあの8人は友人だ。僕らよりもっと大ごとにしたくないと思っているはずだから、これは実質決定だ。

 

 先生に一言かけてから僕は小笠原を連れて教室を出る。そして歩き始めたところで、気になることがあったので出てくる先輩を待つことにした。小笠原も僕について残っている。

 そして会計の先輩が出てきたところに、話しかけにいく。

 

「あの」

「!……ごめんなさい」

「はい。それより、どうやって会計報告をパスするつもりだったんですか?再発防止のために知りたくて」

「……」

「あの?」

「……定演のホール利用料よ。それを普通の部費で払うところ、臨時の部費として徴収して帳尻を」

「あ、ああそうですか。もう大丈夫です。……それ先生に聞かれても言わないでくださいね」

「……」

 

 普通に悪質だった!小笠原も固まっているよ。そうか、突然引き出す額が跳ね上がったのは、この手口に気づいたからなんだ。

 危なかった。これが先生にバレていたら、こんな穏便な方法は取ってくれなかったかもしれない。

 

「小笠原も、誰にも言わないでね」

「う、うん。言えないよ」

 

 それにしても8人か。最初から8人全員が横領していた訳ではないだろうけど、なんかなあ……。

 

 

 放課後。全部員の前で梨香子先生が話す。

 

「……ということがありました。では、5分後に決を採ります。よく考えてください」

 

 そして迎えた多数決。案の定、全員が賛成に手を挙げて僕たちの案が通った。ここまでくるとあっさりしたものだ。

 

「はい。では、……計8名には、責任を取って退部してもらいます。……今回の件は私の管理不足によるものです。誠に申し訳ございません。また、このような形での解決になってしまったことも、重ねてお詫びします」

 

 先生は5秒ほど頭を下げてから、続ける。

 

「会計係を今後どうするか……。存続するか廃止するかから考えます。結論が出るまでは私が全ての会計を担当するので、消耗品や楽譜が買いたい場合は私の所まで。また、一時的に立て替えてもらって、領収書を見せてくれたら指定の口座に振り込みます」

「それでは、私は失礼します。8名は私に着いてきなさい。お話があります」

 

 先生が退出する前に、聞きたいことは聞いておこう。

 

「先生。8人も一斉に退部したら、職員室で何か聞かれませんか?」

「聞かれるだろうけど大丈夫よ。吹部じゃ過去にも似たようなことがあったから。問題部活なのよ、うち。誇れることじゃないけどね」

「そうですか。先生、ありがとうございました」

「いえ。ごめんなさいね。頑張ってね」

「はい」

 

 

 あれから2ヶ月。11月になると残った2年生は2人減って10人になっている。ただ、これ以上減ることはなさそうだ。心境の変化か、元々の気質か、あるいは自分たちの3倍以上いる1年生にのまれてか。残った10人の2年生は真面目に練習し始めている。毎回じゃないけど朝練に来ることすらある。ちなみに最近は土曜日も練習日になっている。日曜日は本番直前以外絶対休みと決めている。まあでも勉強があるから休めるかは……。

 今日も定演に向けてコンクール曲を吹いているが、退部した2年生たちは割とパートがまとまっていたので、人数が足りないパートがいくつもある。2年生なんて全く楽器が揃っていないので定演の学年別合奏はなくなった。ジ◯リメドレーも2年生がやる予定だった曲も、全員で練習している。練習曲として1年生でやっていた曲も、全体曲として定演に組み込まれた。有志曲だけ小編成でやることになる。

 2年生が真面目に練習し始めたことで、大分まともな演奏になっていると思う。少なくとも府大会銅レベルではない。この感じで行けば、来年度は関西までいけるかもしれない。そうなれば3年目の全国へのモチベーションになるので、この変化は大変ありがたい。

 

 それとは別に、僕は今年もピアノのコンクールに参加した。去年のほど大きくはないけど、国内の学生コンクールの中では最大級のもので高校生1位をとった。しっかりカリスマポイントを稼いできたぞ!

 何より家族やピアノ教室のみんな、南中の後輩や学校の友人たちも祝福してくれた。学校には「吹奏楽部 松宮響 ホープ学生ピアノコンクール一位」と垂れ幕がかかっていた。いや吹奏楽部関係ないがな。

 

「松宮くーん、提案なんだけど定演でピアノ弾いてくれない?」

「いいけど何やりたいの?」

「伴奏じゃなくてソロで」

「は?」

 

 放課後、音楽室での全体練習に向かっている時、田中が話しかけてきた。

 

「いやさあ、うち府大会銅だし。保護者や友達以外で来てくれる人なんてほとんどいなさそうじゃん?」

「まあそれはそう」

「うち今なら関西大会いけるくらいの実力はあると思うからさ。聴いてくれさえすれば、迷っている子が入部してくれるかもしれないじゃん。あとは今の中学2年生が志望してくれたり」

「つまり客寄せってことか」

「そうそう。2年生10人だから有志演奏も少ないし、元々尺余ってたじゃん。30分くらいソロコンサートしてくれないかな」

「30分も?僕は全然大丈夫だけどピアノの移動あるから」

「だいじょび。松宮くんのピアノと有志の小編成を2部にまとめて、ピアノの出し入れは休憩中にカーテン裏で行う予定だよ」

「じゃあいいよ」

「じゃあ部活行きますかー」

 

 そしてたどり着いた音楽室。練習の前に田中が今話していたことを全員に伝え、無事に賛成を得たところで、茅野先輩からもお話があるらしい。

 

「これは2年生で話し合って決めたことです。部長も含めた全役職を、1年生に継いで欲しいと考えています。誰が何を担うかは皆さんで決めてくれて構いません」

 

 どういう話し合いがあったのかは分からないけど、まあ今部活の中心は1年生だもんね。これは2年生も来年に向けて協力してくれているのかな。

 

「僕としては受けていいと思います。1年生は練習後話し合いましょう。ではチューニングから……」

 

 2時間の全体練習を終え、僕たちは空き教室に移動して話し合いを始めた。片付けは2年生が引き受けてくれた。本当に前までと全然違うな……。

 

 僕は原作の役職をなぞりたかった。部長を小笠原にするのはあっさりと成功したが、田中にはかわされ続けて僕が副部長になってしまった。ついでにフルートパートリーダー。まあ彼女はカリスマだしドラムメジャーで幹部なので、副部長でなくても原作みたいな立ち位置になるだろう。結局まあまあ練習時間削っていて悪いな。

 

 

 そうして迎えた定演当日。大体400席のホールが8割は埋まっていて驚いた。弱小校の定演としてはすごいんじゃないか?これは下手なピアノ演奏はできないな。ただその前に、吹奏楽部としての演奏で観客をびっくりさせたいね。ピアノ教室の子たちが結構吹部の友達を連れてきているらしいし。もちろん南中の後輩からも連絡をもらっている。

 

 第一部開演まであと少し。舞台裏では小笠原が全体に向けて話している。

 

「多分こんな人が多いのは松宮くんのピアノのおかげ。だけど、私たちだってずっと努力してきた。1部から観客をびっくりさせよう。えーと、それぐらいかな。それではみなさんご唱和ください。北宇治ファイト〜」

「「「おー!」」」

 

 おー!

 

 

 無事に第3部までが終わり、ホールの出入り口で感謝を告げながら観客を見送る。観客も僕たちもみんな満足気な表情をしている。1年生にとっては1年の最後にようやくまともなステージに立てたわけだからなあ。良かった良かった。

 軽く見ただけだけど、アンケート用紙も結構いいことが書かれていた。

 

 そうして観客を全員見送り終わると、やや離れたところで待機していた一団が近づいてきた。南中のみんなだね。こちらも南中出身組を集める。

 

「お疲れさまでした。すごく良かったです!松宮先輩はピアノも」

「北宇治って府大会銅だったし、正直先輩たち大丈夫かなと思っていたけど安心しました」

「いやー、ちょっと前までやばかったんだよ。そこは松宮のおかげかな」

「よせやい」

 

 しばらく談笑したあと、傘木さんが前に出てくる。

 

「松宮先輩にはもう伝えましたが、私北宇治に行くのでまたよろしくお願いします!」

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 おー、この続けて挨拶をくれた子たちは来てくれるということかな?デカリボンもちゃんといるね。みぞれも聞いていた通り。この子たちが辞めないようにいい環境を作るぞ。

 

「はいよろしく。今度こそみんなで全国金賞獲るぞ!」

「「「おー!」」」

 

 元気に返してくれる後輩たち。だけど……。

 

「ほら、君たちもだよ」

「あ、そっか」

「全国金賞獲るぞ!」

「「「おー!」」」

「うっるさ!」

 

 南中出身の同級生に呼びかけたつもりが、後ろにいた北宇治のみんなまで返してきたからびっくりした。

 

 その後松本先生に呼ばれてホール内に戻った僕らは軽く挨拶をして撤収。音楽室でまた集まり、春休みのスケジュールだけ配布されて解散。

 

 家に帰ると母とピアノ教室の子たちが集まっていた。

 

「響さんお疲れさまです!ピアノめっちゃ良かったです。あ、もちろん吹部も」

「ありがとう」

「響、もしかしたら本当に全国金賞獲れるかもしれないわね」

「うん、獲るよ。今年はまだ厳しいかもしれないけど。みぞれも頑張ろうね」

「……はい」

 

 ふと思ったけど、この子たちが教室にいるのもあと少しなのかな。うちは中学になってもピアノ続けている子が多いけど、流石に高校になって趣味の教室を続ける子は少ないよな。長い間一緒にいるので割と寂しい。

 

「響さん、私も来年北宇治行きます。私も全国金獲りにいきます」

「ありがとう。でもまずは中学最後の大会を頑張ってね。この教室の目標は3連続全国金賞かな。みぞれの代も、麗奈の代も全部金を獲ろう」

「それ全くピアノ関係ないけど、まあいいんじゃない?頑張りなさいな」

「「はい」」

 

 やっぱりみぞれはあんまり乗り気じゃないか。けど麗奈がついに北宇治に来ると明言してくれて安心した。これで滝先生が違う学校赴任するからやっぱなし!とかやめてね。

 

 よし、2年生になっても頑張るぞ!




私がやってた部活(吹部ではない)だと部員が部費月十数万円を管理してたんですけど、普通は顧問が管理するんですね。この話1回全部消そうかとも思いました……。
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