カリスマチート転生者先輩 in 北宇治


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作:山田太郎
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北宇治高校1年 前


 おっす!松宮響15歳です。北宇治高校に入学して1ヶ月ほど。サンフェスのことは……。やっぱり2年間は厳しいなと思った。ただ3年生は思ったよりまともだった。エンジョイ勢だからだらけた雰囲気は漂っているけど、2年生……原作で色々と問題だった世代みたいな陰湿さは感じない。

 ただ、今年も府大会止まりだろうから8月からは終わっている世代の天下がやってきてしまう。そりゃ真面目な人たちは月6000円も部費を払ってこんな環境にいたいとは思わないだろうし、人がいなくなる前にどうにかしたいな。

 というかもう既に何人か辞めている。例えば、低音パートはあすか先輩含めて4人いた。それが今では2人。チューバの男子が残っているけど、それもいつ辞めるか分からない。少なくとも夏になれば人が一斉に減るだろうな。

 

 1ヶ月もあれば見切りをつけるには十分だ。残っている子たちは、未だ希望を残しているか、諦めているか、そもそも先輩や顧問の方針に同意しているか。後者2つに関しては原作では途中から真面目にやっていたから環境次第でなんとかなる。つまり、今残っている子たちなら説得できるかもしれない。

 この日のために1年生の中心的な立ち位置を作りあげてきた。あとはもう1人のカリスマが手伝ってくれればなんとかなるかもしれない。くれるかな……。

 

 僕は教室の机に教科書を開いている女子生徒に歩み寄る。近づいてくる僕に気づいた彼女は一瞬眉を顰めてから顔を上げる。そうしてこちらを向いた時にはもう微笑みを浮かべている。

 

「田中」

「松宮くん、どうしたのー?」

「今後について大事な話がある」

「え、ちょっとやめてよー。私女子を敵に回したくないんだけど」

「そういうのじゃない。分かるだろ?部活の話だ」

「……それ、私に関係ある話?」

 

 微笑みを浮かべたまま、しかし冷たい声色で聞いてきた。本性見せてくるの早くないか?なんか自信無くなってきた……。

 

「田中も分かっているだろうけど、今の2年生は終わってる。夏になればしぶとく残っている人も辞めるかもしれない」

「だから?それも本人の選択じゃん。君が口出しする権利ある?」

「ない。でも、真面目に練習する人が損するのは間違ってると思うんだ」

「松宮くんって意外と熱血系なの?……そもそも今だって練習ができないわけじゃないじゃん」

「それはそうだけど、空気感ってあるだろ?人によっては練習しづらかったり、できなかったり」

「空気に負けて練習しないのも本人の選択じゃない?私は練習するし、君だってするでしょ?」

「……」

「話は終わり?そろそろ予鈴鳴るから席戻りなよー」

 

 彼女は声色を元に戻すことで、言外にこの話は終わりだと言ってきているように感じる。やっぱ僕1人でみんなを説得するか?それでもいけそうっちゃいけそうだしな。

 

「……分かった。あとでまたくるよ」

「えー、やめてよー。女子を敵に回したくないって言ったじゃん」

 

 僕は背を向け、片手を軽く挙げながら席に戻った。

 どうするかと考えていると、ふと昨日からラ〇ンを開いていないことを思い出した。今のうちに確認しておくかと連絡先を開くと、昨夜傘木さんから送信があったみたいだ。そんなに頻度は多くないけど、彼女は定期的にメッセージを送ってくる。しっかり指導したから、懐かれたみたいで嬉しい。

 内容をまとめると、「コンクールの練習が始まりました。お互い全国金賞獲りましょう」というものだ。それに対して「部の雰囲気があまり良くなくて2年間は関西も厳しいかな。3年目は全国金獲るつもりだけど、そちらは頑張ってね」と情けない返事を返しておく。

 そういえば傘木さんは原作で田中にひきとめられていたよな。あれはどうしてだろうと考えたところで、僕はまた田中の席に向かう。予鈴が鳴ってしまったけど、それも無視する。

 

「田中」

「またなの?早くない?」

「僕は全国金賞を獲りたい」

「無理だよ。府大会金すら厳しいでしょ」

 

 もう全く本性を隠すつもりがないらしい。相当いらいらしているな。僕も自然と声が大きくなってしまっているのが分かる。

 

「2年までは無理だろうな。でも3年になったら?まだ上手い同級生が残っている。彼女たちや来年、再来年入ってくる子たちを本気にさせることができたらどうだ?」

「そんなの分からないよ。そもそも顧問が楽しむこと優先じゃん」

 

 そうなんだよな。顧問が変わると知っているのは僕だけだ。

 

「だから、僕がまとめる。田中は従う側としてついてきてくれればいい」

「君が1年をまとめるのは良いと思うし、練習の邪魔にならない限り従うつもりだけど」

「いや、なんと言えばいいかな?率先して従ってほしい。あの田中あすかが従っているってことを意図的に周りに示してくれ」

「はあ。なんで私がそんなこ」

 

 ただ口裏合わせるだけだろ!我儘は言っているけど無理は言っていない。こっちもいらいらしてきた。

 

「全国に行けば楽器をそれだけ続けられる。離れてしまった誰かも聴いてくれるかもしれない。僕が同級生下級生をまとめるから、君はたださりげなくサポートしてくれればいい。そうすれば、僕が全国に連れて行く」

「なんでそれを……ん、なんでもない。で、本気で全国行けると思ってんの?」

 

 田中の事情を僕が知っているのはおかしいから、あまり言いたくなかった。田中も違和感は覚えたみたいだけど、偶然と切り捨ててくれた。別に変なことは言っていないしね。全国に行けば引退が延びるのも、昔の知り合いが聴いてくれるかもしれないことも田中に限った話じゃない。

 

「全国は当たり前だよ。全国金賞を獲る」

「私は君の話に合わせればいいだけなんだよね?」

「ああ。田中の練習は邪魔しない」

「……ふーん。それならいいや。頑張ってね」

「ありがとう。大声出して悪かったな。じゃあ、またあとで」

 

 今思うと、ほぼ話したことのない相手に向ける態度じゃなかったな。しかもお願いしている立場で。気が強い田中とはいえ女子相手に。話が終わった途端にとても申し訳なくなってきた。

 

 同級生のためだとか言っても彼女は動かない。しかし、背景にある複雑な事情を考えると申し訳ないが、全国を餌にすればほんの少しの助力くらいは得られる。こちらにも彼女の練習時間を減らすつもりはないしね。

 問題は僕に指導力があるか分からないこと。分からないけど、ここで僕の実績が活きてくる。僕はなんか最年少でなんかピアノでなんか凄い賞を獲ったなんか凄い人として校内に通っているし、フルートもめちゃくちゃ上手い人として吹部では有名だからね。ついでに中学で全国2回行っているし。ワンチャンこいつなら……と部員に思わせれば勝ちだ。だからピアノコンクールに出ておく必要があったんですね。

 まあ、耳には自信がある。自分が演奏しながらでも、全体練習で何の楽器のどこのパートがミスったかすぐに分かるくらいには。北宇治はそれ以前の問題だけど。指揮の才能は分からないけど、まあ部員全体の基礎レベル上げた状態で滝先生に引き継げばなんとかしてくれるっしょ。先生!好きです!*1

 

 僅かな罪悪感と確かな満足感とともに席に戻った僕は、教室中から視線を集めていたことに気づいて急に恥ずかしくなった。途中から熱くなりすぎた。早く先生入ってこいよと思いながら縮こまっている僕に、前の席の前田が振り返って話しかけてきた。

 

「松宮、お前スカしたやつかと思ってたけど熱いな。感動した!」

「きも」

「おい」

 

 場の空気が変わったことだけは前田に感謝しよう。

 

 

 そうして放課後。先輩方には1年生でミーティングしたいといって1年生全員を空き教室に集めた。突然のことだったのに、あっさりと練習を休むことを許された。北宇治高校吹奏楽部の良いところだね!

 

「えっと……33名全員いるね。急に集めてごめん。大事なお願いがあってね」

 

 ちゃんと集まってくれて良かった。まあパート練行っても行かなくても正直あんま変わらないしね。ていうか33名って弱小校とは思えない人数だ。北宇治の恵まれているところは、程よい偏差値に加えて近隣の公立中学が関西常連だから弱小校なのに経験者が集まっているところだよな。

 みんな不思議そうな顔をしているから、教室にいた吹奏楽部員も話さないでくれたらしい。さて、本題に入ろう。

 

「まず、僕は全国金賞が獲りたい。でも今の先輩たちが上にいる限り関西大会だって厳しいのは分かっている。顧問は最悪どうにかなるけど、演奏者に毒が混ざっているのはどうしようもない」

 

 先輩を毒と言ったことにはみんな驚いているけど、誰も否定しようとはしない。まあ既に2年はやばそうな雰囲気あるもんな。楽器の扱いからして雑だし。あれ備品だぞ。

 

「そこで、みんなにお願いするのは、2年間挫けずに練習を続けてもらうこと。それと、今のうちに受験勉強を進めること。何故なら、僕たちは2年後全国大会にいくため10月まで現役だからね」

 

 既定路線のように語る僕に対して、場は静まり返る。まあ僕にとっては全国までは本当に既定路線(原作知識)なんだけどね。

 

「何言ってんだよ松宮……」

「大学受験は高校受験ほど甘くないよ。3ヶ月の勉強で第一志望に受かるのは天才か妥協した子だけ。どうせ先輩方に練習を邪魔されるなら、今のうちに貯金しようっては」

「いやだから、全国だよ!行けるわけねえだろあんなんで!」

 

 あえて惚けてみたら、最前列に座っていたチューバの岡部から欲しかった反応が得られてついニヤけてしまう。

 

「確かに先輩方は無理だろうね。けど岡部、あんなに愚痴っていたのに、自分もあんなんになるつもりなの?」

「は?」

「僕は2年後の話をしているんだよ。そこにいるのは僕たちと、僕たちが教え導いた後輩だけだよ」

「はあ……。屁理屈言うなよ。こんな環境で2年もまともにやれるかつってんだ」

「屁理屈じゃない。北宇治は恵まれている。弱小校なのに、北中や南中から上手い子が集まってくる。ポテンシャルはあるんだ」

「問題は環境なんだよ。たった1ヶ月で何人も辞めてる。それも上手いやつらだ」

 

 それはそうだ。誰もが田中みたいに周りを気にせず黙々と練習なんてできないし、未来の中世古みたいに誰かを庇ったりなんてできない。岡部は正論を言っている。正論を破る方法は2つ。こちらも正論をぶつけるか、あるいは……

 

「分かってる。だからお願いなんだ。挫けずに練習を続けてくれ。今から受験勉強を始めてくれ」

「あのな松宮」

「獲りたいだろ全国金賞!人生の6年間あるいは3年間費やしたことがただのお遊びでしたって悔しくないのか?……まあ、部活なんてあくまで学生生活のオマケだから、それもありだ。繰り返すけど、だからお願いなんだ。ついてきてくれ」

「お前は全国金なんて獲らなくても、ピアノですげぇ賞獲れるだろ」

「……僕はピアノを3歳から始めて、周りからは常に天才だと言われてきた。フルートは5歳から始めて、上手い上手いと言われることはあっても天才だなんて言われたことない。だけど、いや、だからフルートが好きなんだ。それに吹奏楽部も好きだ。みんなで1つの曲を作り上げるのがこんなに楽しいものとは思わなかった。だけど、大学生や社会人になって同じことをしてもここまでの感動は生まれないと思う。大人になってから、やりきれなかった青春を思い出したくない。今だからなんだ!だからお願いしてるんだよ!」

 

 いつから僕はこんなに全国金賞を望んでいるんだろう。最初はなんとなく原作キャラに金獲らせたいな〜みたいな上から目線のしょうもない感情だったのに、今では原作関係なく僕自身が獲りたくて仕方ない。

 

 僕はチラっと田中の方を見る。おい、出番だぞ!何惚けてるんだ。いや、田中だけじゃない。皆がポカンとしている。なんだ?

 

「……1ヶ月の付き合いだけど、お前って泣くことあるんだな」

「は?」

 

 気づいたら泣いていたらしい。恥ずかしい。こんな沢山の前で涙を見せるとは。とにかく誤魔化そう。

 

「あ、いやこ」

「あのさー、つまり私たちは松宮くんについていけば2年後、全国いけるってことでオーケー?」

「あ、ああ」

「んー?」

「全国は絶対だよ。僕たちは全国金賞を獲る」

「絶対ね?」

「絶対だ」

「じゃあみんな。あすかさんからもお願い。私を全国に連れてって!今だから。だからお願い!」

 

 意図していなかった涙によって空気が変わった。そこまで言われたらやってみても……といった雰囲気にはなったけど、一度拒否したため言い出しにくいという感じだろう。そこに田中が率先して僕の提案に乗る姿勢を見せた。

 

「はあ……。俺だって全国に行きたい。だから俺は松宮に乗るよ。お前らもこのまま腐りたくないだろ?やってやろうぜ。今だからな!」

「「「今だからね!」」」

 

 なんだろうこの気持ちは。嬉しいんだけどさ。しばらくこれでイジられんの?頑張ったのに。

 とにかく、これで全員が積極的についきてくれるとはいかないだろうけど、良い空気さえ作れればこの学年は大丈夫なはず。

 

「それで、2年間頑張るって決めたのはいいけど。具体的に私たちは何をすればいいの?」

「勉強の方は希望すれば僕がどっかの教室で教えよう。数学英語物理化学は最難関校受験レベルまで教えられる。でも今は予習と配られた問題集解いていれば大丈夫。分からないところは学年グループで聞いてくれたらみんな共有できるし」

「最難関校?松宮ってそんな頭いいの?てか範囲は?」

「理系ならね。英語に関してはこう見えて10歳まで海外育ち。範囲は高3の分まで全部いけるよ。みんなもこの時期から勉強を始めたらかなりいいところまで行けると思う」

「はー!?お前音楽も運動もできてそれはねえよ!やめだやめ、解散!」

「勘弁してよ……。とりあえず、今の段階では教科書の予習を進めて、テスト期間になったらテスト範囲を重点的にやればいいよ」

 

 うむ。いい空気だ。みんな和やかに話し始めた。

 勉強に関しては必死に受験勉強した前世の僕に感謝だな。しかも前世の記憶って普通と違って辞書的に使えるというか、脳内検索すると欲しいところが出てくるんだよね。だから数学とかもすぐ応用例が分かってしまう。最高かよ。思えばあっさり英語を習得できたのもこの仕様のおかげかもしれない。

 てかこの世界の赤本を見たことないから分からないけど、下手したら受験する年度の過去問全部分かるんだよな。少なくとも大学の名前は一緒だったし……。考えないようにしよう。それに音大を選ぶ可能性も出てきているし。

 

「じゃあ肝心の練習は?私先輩が駄弁ってる横で黙々と吹くとかできないよ」

「まあ今日みたいに1年だけで集まるとか。練習してきますって言ってどっか違うところ行くとか。別にあの人たちを参加させるわけじゃないし、こっちが干渉しなければ大丈夫でしょ」

 

 その時、一応閉めていたドアが開く音が聞こえてきた。教室中の視線が集まる先にいたのは副顧問の松本先生がいらっしゃった。

 

「お前、たち。どう、し、たんだ。練習は?ズビ

「え、いや、先生がどうしたんですか?」

スゥー私はなんともない。それで、なにをしているんだ」

「あー、えーっと……」

 

 いや先生の状態の方が気になるんだけど。

 で、ここは馬鹿正直に先輩避けて会議してましたって言うか?この人なら多分大丈夫なんだよな。と思っていると、中世古が代わりに答えた。

 

「先生、私たち先輩のご迷惑にならないよう1年生だけで練習したいねってお話してたんです」

「そうか。……私は家がすぐ近くだから、早くに来て職員室で色々と作業している。6時半には確実にいるから、音楽室の鍵を渡せるぞ」

「「「おー!」」」

「ただし!テスト期間中は渡さない。勉強が疎かになっては本末顛倒。テストも赤点なんて取らないようにしろ」

「「「はい!」」」

 

 みんな元気に返事しているけど、本当にそんな朝から学校に来てくれるだろうか。あの先輩たちの下にいながら2年間も朝練するのはかなりしんどいと思うけどな。

 ていうか、滝先生はかなり朝早くから職員室にいたけど、松本先生もそんな早い時間にいたのか?確かに他の先生たちが揃っていないうちに職員室にいる描写はあったが……。

 

「助かりますけど、本当にいいんですか?そんなの初めて聞きましたけど」

「いい。……今だからな」

 

 そう言うと松本先生はフッとドヤ顔をしながらドアを閉めた。コツコツと遠ざかっていく足音が聞こえる。

 

「ふッ」

「「「あっはっはっはははは!」」」

 

 誰かが吹き出したあと、爆発したかのような笑い声が教室を震わせた。

 よせやい(泣)

 

 

 あれから3ヶ月。2年間もあんな環境で、報われるかも分からないのに頑張れないと1人は退部してしまった。それが残った僕たちに火をつけた。僕たちは毎朝7時前には集まって、基礎練をしたりコンクールの曲を合わせたりしていた。メトロに合わせたり、指揮を僕がやったり、たまに松本先生がやってくれたりしていた。

 だけど正直32人がほとんど毎日朝7時に集まってくれることに驚いている。君たち原作でもそんなにやる気なかったんじゃないか。それに勉強もちゃんとしているようで、グループラ◯ンにはよく質問がくるし、朝練開始前はよく単語帳が開かれている。……転生した時にカリスマチートでも貰ったのか?

 

 嬉しい報告として、傘木さんとみぞれが関西大会出場決定した。原作では府大会銀だった。この変化は原作を変えて全国金を獲りたい僕としては嬉しかった。

 また、僕個人のイベントとしては、昨年のピアノコンクールの入賞者コンサートがあった。

 

 そして案の定先輩方は府大会銅賞で終わった。僕らの世代でコンクールに出れたのは5人だけ。まあ足りない楽器の穴埋め係だね。そうして今、僕たちは部長の号泣と感謝の言葉を聞いている。部活なんだからゆるく楽しくやろうっていうのは正解だと思う。だけどなんだかなあ。

 一部の1年生は結構あからさまに侮蔑しているように思う。これはまずい。僕たちからすると邪魔に思うけど、彼女たちが悪いことをしているわけじゃない。俺はしているからお前もやれよ、みたいな精神にはなってほしくない。部内がギスギスしてしまいそうだ。僕が言えることかは分からないけど……。

 

 学校に帰った僕たちは各々帰宅する前に1年生で空き教室に集まった。てかなんだかんだ田中もこういうのに参加してくれるんだよな。まあ意味のある会なら来てくれるってことか。

 

「あー、お疲れみんな」

「「「お〜」」」

「また府大会銅か。私たち32人で出た方がまだ良かったんじゃない?」

「合奏になってなかったもんね。個人なら上手い人もいたのかもしれないけど」

 

 早速愚痴大会が始まってしまった。まさか君たちから「合奏になっていない」という言葉を聞くことになるとは……。

 

「僕たちは全国金賞を獲るために必死になってる。勉強も捨てずに、本当に忙しい日々を送っている。だけど、努力して当然だと周りを見下さないようにしてほしい。先輩たちが間違ったことをしているわけじゃないんだよ」

「でも!いや、ごめん……」

 

 先ほどまで愚痴を言いあっていた子たちが居心地悪そうに俯いたり目を背けたりしている。

 

「僕も正直目障りに思うことはあるよ。でも、部活だから熱量に差があるのは仕方ない。それをそんなに目の敵にしたらいけない。ま、あと1年で僕たちの天下だ。これからも頑張ろう」

「「「お〜」」」

 

 どう話を続けたものかと悩んでいるところに、田中が切り込んでくる。

 

「はいはい、じゃあこれからの話をしようよ。定演の学年演奏何する?」

 

 定期演奏会。部費で開催される入場無料の成果発表会。うちでは3月末に行われる。*2正直、今の北宇治のレベルなら市のホールじゃなくて体育館で良くないかと思うけど、僕たちもホールで演奏はしたいしな。それに部員数は多いからなんだかんだ150人くらいは来るだろう。

 3年生は希望すれば参加できるけど、受験や進学準備があるからかなり厳しい。まあ北宇治では毎年0人らしい。1、2年生の成果発表って感じだね。3年生の集大成を聴きたい保護者さんにはコンクールに足を運んでいただく必要がある。

 そして2学年しかいないため、全体演奏の他に1年生にも割と枠が与えられるのだ。もっと言うと2年生はあまりやる気がないため、有志を募って小編成を組めばかなり時間が貰えると思う。なんならコンクール曲のソロ枠も貰えるんじゃないか?

 

「あー、まずは適当に希望出していこうか。僕が黒板に書くよ。僕からはジ◯リメドレー、春のJ-POPメドレー」

「はい!俺ゲームの曲とかやりたい!」

「もうちょい具体的に」

「じゃあド◯クエ!」

 

 そうして結局、楽譜が探しやすいというのもあってジ◯リメドレーに決まった。それからいくつかは有志の小編成で短い曲をやることになった。僕は困った時のピアノとしても参戦する。

 しかしこれだけだと3月まで時間潰せないよな。基礎練をひたすらやってくれるなら嬉しいけど、流石にそんな苦行は強いられない。原作みたいにアンコン出るか?ソロコンも。

 いや、それは来年からにして、適当に選んできた課題曲をやるかな。僕以外にも演奏を聴く耳を持って欲しいから、順番に合奏を聴かせながら練習しよう。それに部活が暇になる期間は勉強に全振りすればいい。

 

「よし、ちょっと今後の方針を考えたので話します。そうしたら解散するから静かに聞いてね」

 

 

 9月になった。残念ながら南中は関西大会銀賞で終わってしまったようだ。僕はつい原作より上の結果に喜んでしまったけど、僕たちが2年連続で全国に行っていたこともあってラ◯ン越しだけど傘木さんはかなり落ち込んでいるようだった。レッスンに来たみぞれも悲しそうだった。「響さんはどうしてそんなコンクールを頑張るんですか」とまで聞かれた。僕なりに答えたけど、あまり納得はしていなさそうだった。

 2人にはまだ高校があるよと言っておいた。きっと2人の間では既に約束が交わされていただろうけど。

 

 僕たちの方はというと、今のところ2年生との衝突もなく平穏にやれている。だけど僕も限界を迎えそうになっている。拭きも洗いもしなければ、教室の机の上に置いてからパート練中一切触らずにそのまま帰るわ、普通に床に置くわ、扱いが雑すぎる。練習しないのは別にいいけど、なんで何年も共有してきてこれからもしていく高級品をそんな粗末に扱えるんだろう。

 どうにかできないかなとじっと彼女たちを見ていて気づく。彼女たちは何を食べているんだ?前まで食べていたポテチやチョコ菓子と全然違う。よく見えないけど、綺麗な箱に入っていて、小分けされた柵の中にさらにいくつかは個包装されている。

 

 彼女たちが帰ったあと、好奇心を抑えきれない僕はゴミ箱から包み紙をつまみ取った。それは高級ブランドのチョコレートだった。しかもゴミ箱の中を覗くと、今日だけで割と大きなセットを2箱食べていたようだ。

 随分豪華なおやつだことで……と、あんなパクパクと高級品を食べていたことに驚きながら包み紙をゴミ箱に戻す。僕の家族はそもそも甘いものに興味がないから分からないけど、そこそこ裕福なうちでもあんな雑に消費できないと思うぞ。まあ馬鹿みたいな金の使い方をしたくなる時ってあるよな。

 

 その次の日。また彼女たちは高級なお菓子を食べていた。公立校で連日、放課後に高級菓子を雑に消化する女子高生というのはちょっと心配になる。仮に彼女たちの中にお金持ちの子がいるとして、じゃあなんで前までポテチだったのかという話だ。まさかパ◯活でもしているのか?

 もちろん可能性は低いけど、急に金遣いが荒くなる女子高生ってどうしても不穏な感じがする。でもパ〇活って言葉もまだ流行っていない時代だし、やっぱり大丈夫なのかな。北宇治もそこそこ偏差値良いところだし。念のため先生に相談か、本人たちに探り入れてみるか?いや、僕がそんなことする必要は……。余計なお世話だよな。

 

 結局モヤモヤしてピアノもフルートも集中できなかったので、次の日、本人たちに突撃することにした。豪遊したくなっただけとか、誰かの貰い物や懸賞とかの可能性の方が高い。そうだったらそれでいい。

 次の日は前までと同じように、ポテチを食べていた。そこに話しかけに行く。

 

「あの、先輩方」

「ん?なに?」

「前まで豪華なお菓子を食べていましたけど、お金は大丈夫なんですか?」

「あー、大丈夫大丈夫。部費も使ったから」

「そんなに毎日は無理。2日間でもまあまあ使っちゃった」

 

 は?

 

「松宮くんも食べたい?また買うよ」

「そうですか。楽しみです」

「大丈夫なん?」

「会計が言うには、もうちょっと使えるぽいよ」

 

 練習後に1年生に集まってもらうことにした。

*1
なんですか、これ

*2
原作では2月らしいですが許し亭許して。

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