とある病院の一室で、産まれたばかりの命が揺れている。
汗で頬に貼りついた髪を除ける余裕もない母の腕の中にいながら、そんなこと知るかと言わんばかりに元気いっぱいに泣き叫びながら。
まあ、僕のことなんですけどね。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁあ!!(どういうことじゃぁぁぁあ!)」
☆
あれからしばらくの時間が経った。そう、しばらく。具体的には3年間。産まれた直後は混乱した。気づいたら赤ちゃんになってるんだもん。その次に気づいた時には、どこかに寝かされていた。まだ視界が万全じゃなければ自分一人じゃ何もできない状態だったから、却って冷静になれた。
そこで改めて自分の状態を理解した。タイムリープか、あるいは完全な別人になったのかは分からないが、とにかく産まれ直したこと。
自らの記憶を掘り起こしてみても、自分がどんな人だったかは全く思い出せない。自分の顔も性別も、家族構成も。しかし、前世で得た知識はしっかりと覚えていたため、推測することはできた。思考言語は日本語だったし、何もできない中でやたらアニメやゲームのことを考えていたからだ。アニメゲーム好きの日本人だったのだろう。ついでに何故かちょっとドイツ語の変な単語を知っていた。
それから蓄えた知識から前世を推測することにした僕。小学校で学ぶことから始めて、受験勉強で詰め込んだ知識もあるし大学の工学部で学ぶようなことまで覚えていた。そして電機業界の企業についてやたら詳しい。初任給から平均年収は勿論、配属地や大まかな事業分野ごとの売上割合も分かる。これらから導き出される結論。それは……
僕の前世は典型的な理系陰キャだ!
いや、分からないけどね。空きコマは毎回友達とお洒落なカフェに行っていたかもしれないし、毎週のように飲み会に誘われていたかもしれない。学科外の人ともイ◯スタで繋がっていただろうし、春休みは毎年スキー泊に行っていただろう。ただ、洒落た趣味やアウトドアの知識だけ忘れてしまっただけ。
あ、性別は多分男でした。持っていた知識に偏りがあったからね。どのような分野の、どのような偏りから判断したかは言わないけど。でも、多分男でした。今世も男だから良かった。いや、別にそんな関係ないのかな?
前世のことをなんとなく把握したあとは、罪悪感でいっぱいだった。いや、自分の意思でこの状況になったわけじゃないけど、両親やこの赤ちゃんからしたら最悪だし。産まれたばかりの我が子の中身が推定おじさんなんて。せめて自分自身への逆行であってくれ、なんて、それを確認することもできないのに祈っていた。
大人の思考回路を持つ僕が彼らに対して親子としての愛情を持ち、純粋に甘えるなんてことはできないのだろうと考えると、さらに罪悪感は加速した。しかし、親に見放されて生きていけるとは思えない。彼らのためにも自分のためにも、精一杯無垢な子供を演じよう。
それからは数々の恥ずかしい試練を乗り越えながら、徐々に一人でできることが増えていき、今となっては……
「ママ、ママ!もっと弾いて!」
ママの近く安心するぅ〜。やっぱり本能には逆らえないよね。
僕は音楽家の両親の元に産まれた。あまり音楽業界のことは分からないけど、父はフルート、母はピアノのプロだ。両親や家に来る人のこれまでの会話からして、父は世界トップクラス、母はそこまでは行かなくても世界で活躍している凄い人たちらしい。まあ前世の適当な知識だけど、演奏だけで食える時点で上澄みとは知っているから、明らかに生活水準の高いこの家を維持している2人は本当に凄いんだろうな。流石パパとママだぜ!
そんなママのピアノを聴くいつも通りの日常。しかし、いつもとは違うことが起きた。
「それもいいけど、そろそろ響も弾いてみたくない?」
「……弾く!」
母のピアノを聴いてはしゃいでいるだけで終わるところが、今日はなんとピアノを弾かせてくれるらしい。別にこれまでも鍵盤に触れたこと自体はあったけど、わざわざこう聴いてくるということはピアノを教えてくれるのだろう。前世は楽器に興味はなかったと思われるが、パパママ大好きな僕はピアノもフルートも大好きになりつつある。
あ、僕の名前は響です。
「じゃあ座って。片手で一つずつね。これがド」
「ん……」
「声に出しながら弾くのよ。はい、ド〜」
「「ド〜」」
「すごい!合ってるわよ〜。ここがレ〜、ミ〜」
「「レ〜、ミ〜」」
「いいね!……音感良いわね。やっぱりうちの子天才?なんとなく賢いとは思ってたけど」
はは、よせやい。全部聞こえてるがな。後ろに立った母に右手首を握られ、導かれた先の白鍵を押しながら、同時にピアノと同じ高さの声を出す。曲でもなんでもないけど、鍵盤を押してるだけでなんだか楽しい。これまで特に何も考えずに触ってたけど、音階も覚えよう。あと指一本で押すと思ったより重いな。
そんなことを考えながら、僕のピアノレッスンその1は終わった。
☆
おっす!松宮響8歳です。母からのピアノレッスンは今も続いていて、よく天才だって言われている。いやー照れるぜ。まあ、両親はちょっと親バカの気があるのでそこまで真面目に受け取ってはいない。だけど嬉しいものは嬉しい。
そして5歳からは父にフルートも教わっている。といっても、指が届かないから変わった形の小さいフルートを使っていた。最初はそれでもちょっと大きかったし重かった。だけどついに!先週から普通サイズの、というか普通のフルートを使い始めた。総銀製?のお高いやつだ。
フルートの才能はそんなになかったのか、天才とか言われたことはないけど、上手上手!とはよく褒めてくれる。しゅき……。
二刀流だと上達は遅くなるけど、趣味で楽しくやっているだけだし、ピアノは今では結構高難度な曲も弾けるようになった。フルートも結構上手いと思う。まあ1人で色んな曲が弾けるピアノの方が良いんじゃないかと思う瞬間はあるけど、フルートの音色がすごく好きなんだよな。
それに両親は割と忙しいので、教えてもらうのを片方に絞ったら空白の時間が生まれそうだしね。
そんな感じで、僕の音楽生活は充実している。けど面倒なのが学校なんだよなあ……。ただでさえ僕が住んでいる地域では珍しいアジア人。それに加えて精神年齢が離れているからあまり子供たちに混ざることができなかった。そして転生者故に頭は良いし、この体は運動もかなりできる。
その結果、スカした嫌なやつみたいな扱いを受けている。今のところトラブルは起きていないけど大丈夫かなあ……。
☆
おっす!松宮響9歳です。今日はついに学校で面倒なことが起きてしまった。一応僕にも仲の良い……というか話せる子は2人だけいた。その子たちにフルートを聴いてみたいと言われて、学校にフルートを持っていったのだ。その件は良かったんだけど、嫌なやつにそれを見られて、フルートを隠された。
まあ本当に隠されただけでなんともなかったんだけど、だからいいやとはならなかった。子供相手に暴力はダサいから手は出さなかったけど、散々口撃した。まあ子供相手にひたすら罵倒するのも大人気ないけど、僕も冷静じゃなかった。そして冷静じゃいられないのは罵倒された向こうも同じで、なんと殴りかかってきたのだ。
まあそこからは大変だよね。そんなに痛みは感じなかったけど当たり所が悪かったのか鼻血は出るわ、たかが鼻血とはいえ出血したことにびびった相手が騒ぎ出したことで先生までやってきて……。
結局、双方の保護者が呼び出されて向こうの母親から平謝りされ、受診費用も払うということで話は終わりかと思いきや、自分が悪者にされている状況に耐えられなかったのか、横で大人しくしていたあの嫌なやつが差別丸出しの発言を繰り出してきたことでまた話が面倒になった。
そんでどうなったかというと、日本に住むことになりました!
☆
僕がやんわり差別を受けていたことを知った母。母方の祖母は僕が産まれる前に亡くなっていて、日本に残した祖父が心配だったこと。僕を産んだのが32歳の頃だった母はもう40歳で、腕の衰えを感じていること。僕に教えた経験から、ピアノ教室を開きたいと思っていたこと。
そんな母の事情から、僕と母は京都の祖父の実家近くに暮らすことになった。
「いいの?」
「まあ、お父さんももう76歳だし、ピアノ教室をやりたいのは本当だから。それに、今引退すればずっと上手いまま残るじゃない」
「……パパは?」
「僕も寂しいけど、会えなくなるわけじゃないよ。今はネットでいつでも顔を見れるし、私も休みの時期はそちらに行くよ」
「わかった。頑張ってね」
「ああ。ピアノもいいけどフルートも続けろよ」
「うん!」
「もうお別れみたいな空気だけど、私の仕事終わるまではこっちにいるからね?」
☆
そして僕の10歳の誕生日を3人で過ごして1週間後から京都で暮らし始めた。祖父が持っていた広い土地に建てた、でかい……30畳くらいの防音室と、8畳くらいの防音室がある超立派な一軒家。前者はピアノ教室用、後者が趣味用かな。いや、前者は個人の教室にしては広すぎないか?母曰く、グランドピアノを2台使いたかったらしいが、それにしても広いよな?
ちなみに広い防音室は大きめの小屋が一軒家の隣に接続するようにして建っている。土地はあって祖父の支援もあったとはいえかなり金がかかっていそうだ……。
ちなみに誕生日プレゼントは新しいフルートでした!金ピカに輝いていて明らかに高そう。元々持っていた銀製のものと甲乙付け難い音色。どちらも大事に使います。
そして広告を地域の色んな場所に貼らせてもらい、1ヶ月後。今日からレッスンが始まるらしい。歳が近いから僕も挨拶しろと言われたけど、気まずくなりそうで嫌だなあ。ただ母は前のことを気にしていて、僕に友達を作らせたいんだろうと考えると断れなかった。
ピアノ教室用の防音室で待っていると、女の子が2人入ってきた。母が僕に顎をしゃくってきたので、挨拶をする。
「はじめまして、松宮響です。えー、もちろん母ほどじゃないけど僕もそこそこピアノは弾けるので、母に聞きにくいことがあったらぜひ相談してください。基本的に隣の防音室にいるから」
「天野才華です!ピアノは4歳くらいから母に教わってました!近くに有名な方の教室ができるって聞いて来ました!よろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
「「「「……」」」」
「えっと、君は?」
「高坂麗奈です。トランペットで音大目指しています。私も先生のことを聞いて、あとは近かったので教室を変えました。よろしくお願いします」
「はい、2人ともよろしく。改めて、私がピアノを教える松宮春美です。内子ちゃん、楽しく学んでいきましょうね〜。麗奈ちゃんは音大目指していますってことだから、ちょっと厳しくしても大丈夫かな?」
「はい!お願いします」
1人目の子はかなり元気な子だったけど、2人目の子は癖のある子だった。それになんというか、幼いのにガチって感じだ。教室を変えてきているし、話している時も母の方しか見ていなかったし。
……ん?この子なんて言った?高坂麗奈?トランペット?音大?え、そういうことなの?そうだとしたら、僕は自分ではなく他人に転生したことが確定してしまう。それどころか創作物の中に……。まあそれは今更のことか。
い、いや、高坂麗奈という名前は全国に何人かいそうな名前ではあるしな。黄前久美子とか、川島緑輝とか、鎧塚みぞれとかだったら確定していたかもしれない。まだ分からない。まだ分からないぞ。
「じゃあ僕は隣の防音室行くので、レッスン頑張ってね〜」
「はい!」
「はい」
☆
1週間後。
「今日は新しい子が来たわよ〜。あなたの1こ下」
「……鎧塚みぞれです。よろしくお願いします」
あっ、スゥー。
「……?」
「あ、よろしくね!松宮響です。母に聞きにくいことは僕に相談してね。……ちなみに鎧塚さんはどうしてピアノを?」
「お母さんに言われたから」
「……そっか。きっと楽しめるよ。慣れてきたら一緒に弾こうね!」
多分、何か夢中になれるものを見つけて欲しかったんだろうな。大丈夫ですお母さん、この子はしっかり感情を持っていますし、意外と情熱的なんです。僕は知っている。僕は知っているぞ。
しかしまあ、こうなったら確定だな。僕は「響け!ユーフォニアム」の世界に転生したらしい。主人公の2つ上、小笠原部長の世代として。記憶にある全アニメの中でもトップクラスに好きな作品。こうなったらどうしようか。やっぱり北宇治に行くか?
行きたいなあ。そして行くならみんなに全国金賞を取らせたい。そう、みんなに。でも1人増えたくらいでできるかな……。まあ、まずはうちがどの中学の学区なのか調べるか。あと、しばらくはフルートの練習を増やそうかな。父もそろそろ休みだし。
☆
おっす!松宮響12歳です。今日は中学校の入学式。結局僕は南中に入学しました!まあ本番は高校からだとは思うけど、それはそれとして南中に入れたのは嬉しい。ここに来年はあの3人と、他にも北宇治の吹奏楽部を抜けてしまった人たちがやってくるのか。その人たちを引き留めるだけで、結構僕の目標に近づくんじゃないだろうか。そのために、僕は頼れる先輩にならなくては!
まずは吹奏楽部に入ってフルートだな。フルートはもう7年間やっているので、多分吹奏楽部の同年代には負けない。はず。
☆
おっす!松宮響13歳です。吹奏楽部に入って1年。今日は新1年生を迎える日。去年は関西大会金賞を取れたけど、困ったことも起きた。実は課題曲自由曲、ともにフルートのソロパートは僕が選ばれ、3年生であり部長でもあった先輩がソロに落ちてしまった。
部長はソロにこだわりがある訳でもなく、緊張しいなのもあって、「寧ろソロ吹かなくてほっとしてるよ〜。ありがとう松宮君」などと言っていた。多分それは本心だったのだろうが、部長は当時の2年生から慕われていたので、ちょっと揉めた。まあ原作でいうデカリボン先輩のような先輩がいた。
問題が解決したあともフルートパートは若干居心地の悪い空間になってしまった。僕と該当する先輩以外にとっても。その結果、コンクールが終わった直後に3年生は卒業、2年生2人は退部してフルートパートは僕と同級生の2人だけになってしまった。悪いと思っているなら残って欲しかった。2人じゃかなり曲が絞られるだろう。
でもまあ、フルートパートは人気だから1年生は確実に確保できるだろう。僕からすると少なくとも1人は確定しているわけだし。問題はその1年生をコンクールに出れるレベルにしないといけないことだ。公立中学の吹奏楽部に、フルートの経験者が来てくれる確率はどれほどか……。まあ1人は多分大丈夫。初心者でも熱意のある子のはず。
ということを考えながら、楽器紹介として新入生の前でフルートを吹いている。さらに言うと、おそらく希美先輩と思われる子を「来い来い来い来い来い」とガン見しながら。あ、目逸らされた。
「と、これがフルートです。フルートパートは僕含めて2年生2人しかいません。ピッコロ……小さいフルート含めて4人は欲しいので、フルートパートでは新1年生もコンクールに出る可能性が高いです。というかほぼ確実です。それに向けて僕たちがしっかり指導するので、経験の有無は問いません。熱意のある子を歓迎します!ありがとうございました」
と頭を下げてから後ろに下がり、新入生の反応を見る。ふむ、結構ウケは良かったんじゃないか?やっぱフルートの音って良いよな!
☆
あかん、思ったより多い。新入生30人中、9人もやってきた。経験者はゼロなのに。くぅー、僕の演奏がそんなに良かったか(笑)
備品の数的に3人まで入れられるけど、それでも6人は落ちる。てかここで残りの備品全部使って3人採用するのはまずいよな?この子たちの次の代は備品がない状況になってしまう。公立中学校で自分のフルートを買わないと入れませんとは言えねえよ……。そう考えると去年の先輩たちは3人がマイ楽器で凄かったな。
「あー、こんなに来てくれて本当に嬉しいんだけど、備品も限られているから2人しか取れないんだ。マイ楽器があれば別なんだけど、マトモなのを買おうとしたら最低でも5万円からで、欲を言えば10万円代後半のが良いんだけど……」
そう言うと、並んでいた新入生たちはお互いの顔を見ながら何か言おうとしてはやめるのを繰り返す。うーん、ジャンケンやくじで決めるってのは最終手段にしたいんだよな。
「あまり気持ちのいい考え方じゃないけど、絶対やりたくない楽器を考えるのもいいかもね。第1希望を落としたら第2希望にいくわけだけど、当然その時には人気の楽器は埋まってる。だから、本当に2番目にやりたい楽器にいくってのはかなり難しい。第2も落ちればもうほぼ選択肢は残らないだろうね。例えば今なら人気なサックスパートに1人空きがある。第2希望ではおそらく、あそこの1枠に殺到するよ。……もちろん、この世に存在する楽器はフルートか、フルート以外かってくらいフルートを希望してくれているなら嬉しいけど」
とは言ってみたけど、こう言われると移動したいって思っても移動しにくいよな。移動先にもフルートパートにもちょっと失礼というか……。やらかしたか?
その時、ずっと黙っていたフルートパートの仲間が話し始めた。
「実際、安全策をとって最初から第2希望にいく子は多いよ。それに、やり始めたら愛着がわくもんだよ。低音パートなんかは最初人気ないけど、今ではみんな楽しそうに吹いてるし楽器も大切にしてる。多分高校でも同じ楽器を選ぶんじゃないかな。だから少しでも良いなって思っている楽器ならきっと好きになる。だけどまあ、今絶対に嫌!って思っている楽器はもしかしたら好きになれないかもね。それに、高校でも続ける場合まわりは経験者だらけだから、高校から楽器を変えるのは厳しいと思うよ」
こいつ優しい顔して「お前ら下手したら3年間後悔するぞ」って脅してやがる。恐ろしい同級生を持ったものだ。だけどそうだよな。例えばサックスを希望したけど他の管楽器になったとかなら好きになれると思うけど、打楽器になりました!ってなったら、希望と離れすぎていて好きになれない子も多そうだ。
「加えて言うと、不人気な楽器はコンクールに出やすくもあるね。まあそれを言うと人数の少ないフルートパートはほぼ確実に出られるんだけど……。とりあえず、じゃんけんやクジで決めるのは最終手段にしたいから、あと15分弱、第1希望決定までよく考えてみてよ」
「あ、最後に。みんな松宮の演奏聴いていいなって思ったんだろうけど、こいつめっちゃ上手いからね。あんな綺麗な音はなかなか出せないよ。楽器もめちゃくちゃ高級品使っているし。ケースに触るのも畏れ多いくらいの高級品だよ」
「よせやい(笑)まあ一応5歳から吹いているからね」
よせやい(笑)
☆
そして運命の第1希望。残ったのは3人!希美先輩と思われる子もちゃんと残っている。ここがアニメ世界だからか、男も女もみんな美男美女で顔の判断難しいんだよな。イケメンとか言われても?となる。みんな似たようなレベルだし。ただ黒髪ポニーテールはこの子ともう1人。向こうはちょっとぽっちゃりしていたから多分この子だ!
「ここまで残ってくれた3人は熱意十分だと思う。だけど1人は落とさないといけない。備品持ってくるから、軽く音を出し」
「あの!」
「?」
テストを提案しようとしたら、希美先輩から話を遮られた。え、フルートやめちゃう?それは勘弁してよ〜。僕はデカリボン先輩の代が1番好きなんだ!
「私、フルート買います!お年玉貯金と、あとは前借りして」
「それはとても助かるけど、高いよ?」
「はい。けど先輩の演奏聴いて、フルートの音色に一目惚れ?一聴き惚れ?しちゃいました。高校でも続けます。そう思えばそこまで高くないかなって」
「そっか〜」
よせやい(笑)
いや、よせやいのやい(笑)
「松宮、気持ち悪い顔すんな」
「いや〜、あの希美先輩にね〜」
「……?どうして私の名前を知っているんですか?あと先輩?」
やべー!やらかした!みぞれはもう慣れたけど、この子やデカリボン先輩たちは僕の中ではまだ先輩キャラなんだよな。みんな不思議そうな顔で僕を見ている。
「さっき1年生同士で話してたからさ。あとなんか先輩って感じがするから。ま、まあともかく、本当に助かるよ!来年以降のことも考えて備品は2人までにしたけど、本当は最低3人は欲しかったんだよね。なに買えばいいか分からなかったらラ〇ンで相談してね。店までついてってもいいから。あ、もう携帯は持ってる?」
「そ、そうですか。ありがとうございます。携帯は買ってもらいました。よろしくお願いします」
「……まあこいつ変なやつだから気にしないでよ。フルートはもう決まっちゃったから、自己紹介しようか。まずは私から……」
なんとか誤魔化せた。
☆
「じゃあ、これで今日は終わり!その備品は過去の部費で買ったか、OBOGが買い替えとかで寄贈してくれたものだからね。これからもずっと使えるようにしっかりお手入れすること!グループ招待するからラ〇ンID登録しといてね!あと傘木さんは悪いけどできるだけ早くフルート買ってもらってね。じゃあお疲れ解散!」
「「「お疲れさまでした!」」」
とりあえず今日は2人の備品を選んで手入れ方法を教えた。
あとは希美先輩……、傘木さんがみぞれを連れてきてくれるはずだ。僕が誘うことも考えたけど、やっぱり2人の出会いを邪魔するわけにはいかない。頼むぞ傘木さん。
☆
部活が終わって帰宅。フルートを持って防音室に移動する。今日も今日とてひたすら基礎練習。終えたら好きな曲を耳コピして吹く……といきたいところだけど、父からの課題が結構重い。そしてある程度こなしたところでピアノの前に座る。そのタイミングで開く防音室の扉。見るとみぞれが入ってきていた。
「どうしたの?」
「……あの、ちょっと教えて」
「いいよ、おいで」
なんだかんだ3年以上の付き合いがあるので、初期から母のレッスンを受けている子たちからは結構懐かれている。大人の母よりは話しやすいのかな?僕は長い間教わっている先生の方が、その息子より話しやすそうに思うけど。まあ僕も弟妹みたいに可愛がってるからいいんだけどね。今のところ僕より歳上はいない。俺はお兄ちゃんだぞ!
「次の演奏会で弾く」
「もう決めたんだ。ていうか結構難しそうだけど、成長したね〜」
「ありがとう」
母のピアノ教室では、半年に1回、生徒の演奏会を開く。観客は生徒の家族くらいだから広い防音室に収まる。みんな自分のレベルに合わせて曲を選んでいる。場合によっては生徒同士で二重奏したり母が手伝ったりもする。ちなみに、僕も母の一番弟子として参加している。
演奏会以外にも結構な頻度で生徒同士の交流イベントがある。母はピアノ以外でも楽しい環境にしたいようだ。レッスンは月曜日から土曜日で、1人1人向き合うために生徒は子供限定で20人までにしているし。お金はもういいっていうか、父が稼いでいるし、実家もやっぱりかなり裕福らしいしね。
ちなみにこの方針は生徒の保護者さんにも伝えている。かなりアットホームな教室だ。いやいや入れられた子もなかなか辞めないから、割高な教室だけどかなり評判が良い。
「もう通しで弾けるの?」
「ゆっくりなら」
「じゃあ……」
☆
「うん、結構いい感じじゃない?」
「ん」
「……ピアノは楽しい?」
「分からない……でもまだ続けたい」
「どうして?」
「私にはここしかないから」
「……僕がみぞれに出会ったのはここがあるからだけど、仮に君が教室をやめたって大事な妹であることには変わらないよ」
「……妹じゃない」
「それはそうだけど……」
「「……」」
俺はお兄ちゃんだぞ……。
「ま、まあ僕から見ている分には本当に楽しそうにピアノを弾いていると思うし、みんなが君と話しているのはピアノを弾けるからじゃないよ」
「……」
んー……。傘木さん、頼みます!
☆
時間も遅かったのでみぞれを家まで送ってきた。原作に比べたら感情を表に出しているしピアノ教室の子とも交流しているし、良い方向に変化している気がする。原作の関係性的な変化で言うと、彼女と麗奈が知り合いってことも大きいよね。麗奈もピアノ教室の子と割と交流していて、原作より若干マイルドになっている気がする。例の同級生と衝突した時にピアノ教室の子たちがパーフェクトコミュニケーションをとったからだろう。単純に幼いからかもしれないけど。
☆
おっす!吹奏楽部に新入生がやってきてから1週間。なんと傘木さんがみぞれを連れてきた。早速僕はみぞれに挨拶をしにいく。
「やあ、みぞれ。こっちでもよろしくね!」
「……よろしくお願いします」
「え、鎧塚さんと知り合いなんですか?」
「母のピアノ教室に通っているんだ。とても感情的な演奏をするんだよ」
「へー、ピアノ弾けるんだ、凄いね!」
「ありがとう」
なんか僕を見た時、少し悲しそうな顔をしていたけど、もしかして誘われなくて悲しかったのか?凄い悪いことをした気分になる。あとでフォローしておこう。
「楽器希望はあるの?」
「分からない」
「鎧塚さんはオーボエって感じがする」
よし、いいぞ傘木さん!
「じゃあ試してみるか」
「はい」
その後みぞれは原作通りオーボエパートになり、そうして土日を挟んで月曜日にはマイ楽器を持っていた。あれ50万くらいするぞ……。会ったことあるけど相変わらず娘に甘いなおじさんおばさん。ちなみに傘木さんも既にマイ楽器購入済みだぞ!ラ〇ンで相談してきたけど、結局20万くらいのフルートを購入していた。本気を感じる。いつかのリズと青い鳥で折れないよう、しっかり指導しよう。
☆
えー、コンクールの結果ですが、全国銅賞でした!
うちは関西大会の常連ではあるけど、全国に行ったことは数回しかないらしいから、これは快挙だ。
でも悔しい。僕たちの代は絶対全国金賞を獲るぞと誓い合った。
☆
おっす!松宮響14歳です。今年が南中最後の年。新一年生を迎えた僕たちは全国金賞に向けて日々励んでいる。こう言ってはなんだけど、僕たちの代は明らかに去年の代を上回っているから、部員たちのやる気も凄まじい。みんな本気で目指しているし、いけると思っている。顧問も気合いが違う気がする。ちなみに僕は部長になった。
そんな中、傘木さんとみぞれの様子はどうかというと、2人とも次期エースって感じの扱いだ。というかみぞれはもうエースだね。才能ってもんをまざまざと見せられたよ……。傘木さんもかなり上手い。原作はどうか分からないけど、原作より伸びてくれていたらいいなあ。
ただ不穏なのは、2人の関係は原作通りってこと。みぞれは傘木さんを1番の友達と思っているけど、傘木さんからすると友達の1人でしかなさそう。なんならデカリボン先輩たちの方が仲が良さそうだ。それに既にみぞれの才能が部内でもかなり目立っているから、なんとなく傘木さんが穏やかじゃない気がする。
☆
おっす……。頑張ったけど全国銀賞でした。
2年連続全国というのは快挙ではあるけど、やっぱり悔しい。
「先輩、私絶対全国金獲ります!」
「うん、頑張ってね。僕も高校で全国金獲るよ」
「はい、頑張りましょう!みぞれも!」
「うん。絶対獲る……!」
☆
あーは言ったものの、北宇治で全国金はかなり厳しいんだよな。少なくとも2年間は絶対無理だ。3年目に全国金を獲るためにどうするか考えないとな。そんなことを考えながらピアノを弾いていると、母がやってきた。
「響、部活も終わったしピアノのコンクール出てみない?」
「それはいいけど今から間に合うやつあるの?僕高校でも部活やるよ」
「大丈夫、だいぶ前に勝手に申し込んでおいたし、前貴方に課題曲弾かせて撮った動画も通ったから」
「は?」
「あ、入賞したらコンサートがあるけどそれも吹奏楽部のコンクールとは被らないから」
「ならいいけど、そんな勝手に……」
いつの間にコンクールの課題曲をやらされていたのか。そういえば教室の宣伝用とかいって撮影されたことがあったな。
それにしても、この人、僕が断っていたらどうするつもりだったんだ。一応今でも影響力のある人だろうに。とにかく、どうせやるなら頑張るぞ。
☆
結局コンクールは2位でした。ちゃんと1位がいる2位。周りは天才だとか褒めてくれた。というか、思っていたより大きいコンクールで驚いた。外国人だらけだし。国際コンクールといっても日本でやるから日本人多めかと思っていた。
まあ15歳って年齢を考えればかなり凄いんじゃないか?周りは明らかに歳上しかいなかったし。言い訳じゃないけど、なんかみんな本気で、僕だけ場違いな気がしてあまり集中できなかった。
そしてそれから僅か2日後の日曜日、うちでお祝い会が開かれた。ピアノ教室の弟妹たちが祝ってくれて嬉しい。父はわざわざ今日のためだけに帰国してきたし、なんか知らない人がいるし。
……思っていたのと温度感が違う。大袈裟すぎる気がする。まさかこれは……
またオレ何かやっちゃいました?
☆
ニュースにもなっていたらしく、結構学校でその話を振られた。あと取材も受けた。普段どんな練習しているか聞かれて、てんぱってフルートの練習の話しちゃった時は記者が困惑していて面白かった。それで僕は落ち着いた。次の目標は勿論、高校の吹奏楽コンクール全国金賞と答えておいた。待っていろよ北宇治のみんな……!
そして僕は近くて偏差値もそんなに悪くないからと適当な理由をつけて北宇治高校の進学クラスを志望校にした。なんか色々言われたけど無視。青春は今だけなんだ!