【槍弓/現パロ】一番星を君に
ついったで12/1~25まで書いてたアドベント(?)槍弓です。ところどころ1コマ絵も入ってます。表紙絵は身内に作っていただきました!
novel/11797131の二人の付き合い始めの頃の話でもあります。
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「エミヤ先輩、クリスマスの御予定は?」
休憩室、後輩にそう問われて、返答に窮する。彼女の問いに他意はないのはわかっていた。が、それはそれとして答えづらい。
常なら「実家で家族と過ごす」と答えていた。けれど、今年は事情が違うのだ。それを隠すこともごまかす必要もないといえば、ないのだが。
「そう、だな……。恋人と過ごそうかと」
「わあ! 素敵ですね」
うっとりとした彼女の笑顔が少しばかりこそばゆい。そもそもあの男を恋人称すること自体が恥ずかしい。そんな私の胸中など知らぬ彼女は「私は先輩のクリスマスパーティーに行く予定なんです」と楽し気に予定を語っていた。
彼女がただ『先輩』とだけ呼ぶ相手はただ一人、藤丸立夏だけだ。新人ながら圧倒的コミュニケーション能力と度胸と柔軟さで次々と大口契約を決めていく営業部の若手エース。彼への恋心は当人以外は誰もが知っている。そして、藤丸から彼女への恋心も彼女以外は誰もが知っていた。
「ほう。それは二人きりでかね?」
「いいいいえそんな! 他の方も一緒ですよ!」
サンタの服よりも真っ赤に頬を染めて否定される。藤丸め、肝心なところで度胸がない奴だ。エースだなんだと持て囃されてもそういうところがまだ青い。まあ、そこがあいつの可愛げがなんだろう。
「エミヤ先輩たちもいらっしゃいますか? 誘いたい人がいれば誘ってと先輩もおっしゃっていまして」
「ありがとう。だが、今年は初めてのクリスマスでね。二人で過ごしたいんだ」
「あっそうですよね! すみません、私ったら」
恐縮する彼女に気にするなと手を振る。話題はそこからホームパーティーでの食事の話になった。持ち寄りの場合、何を買っていけばいいのか。手作り料理でも大丈夫なのか。その場合、どんな料理を作ればいいのか。彼女としてはこちらが本題だったに違いない。実に微笑ましい。
親しい者同士の集まりなら既製品と手作りどちらの料理でも問題はないだろう。ただし、と付け加える。
「立夏だったら、君の手料理のほうが喜ぶだろうがね」
愛らしい後輩はその一言でやる気に満ち溢れたようだ。マシュ・キリエライト、頑張ります! と両手で握りこぶしを作って宣言する。
いくつか簡単で見栄えのするレシピを教えると、彼女は手帳に熱心にメモを取った。よかったな立夏、お前の「好きな子の手料理が食べたい」という願望が近々叶いそうだぞ。酒を飲みすぎた時はよく泣きながら言っていたもんな。
「……あっ! もうこんな時間ですね、休憩中すみませんでした」
「なに、気にしないでくれ」
ぱたぱたとオフィスに戻る彼女の後姿に、温かい気持ちになる。ひょっとすると、クリスマス明けには後輩たちの仲が進展しているかもしれない。それはいいことだ。いいことなんだが。
「……ああああっ!」
少し前の自分の発言を思い出して、頭を抱える。なんだ、「初めてのクリスマスを二人で過ごしたい」って。
いや、世間的にはおかしくないはずだ。海外では家族と過ごすクリスマスが主流だが、日本ではよく恋人と過ごすクリスマス的な商法がされているからな。私の発言は何もおかしくない。
だがその恋人があの猛犬だと思うと、なんというか、こそばゆいというかむず痒いというか。
そもそも猛犬ことあのランサーを恋人と呼ぶことにすら違和感がある。青い髪に赤い目のアイルランド人。立夏と同じく営業課で成績優秀で人当たりがよく、交友関係も広い。顔もよければ兄貴分の性格も良い男だが、私とは何かと衝突することが多かった男だ。余程のことがなければあの男とは恋人関係どころか友人関係も築けない……はずだったのに。
まあ、その余程のことーー酔った勢いで体の関係をもったことで、交際に至ってしまったのだが。お互い異性が好みだったはずなのに、どうしてこうなったのか。いまだにアルコール以外の原因は不明のままなのだ。
オレはかわいい女の子なら誰でも好きだと言ったことはあるが、顔がいいなら誰でもいいと言った覚えはない! などと喚いたところで現実は変わらないし、結局はランサーとそれなりの関係を築いている。そう、恋人関係というものを。
恋人は何人かいたことがある。けれど全員女性だし、正直長続きしたことはなかった。大体は私の責任だという自覚はある。色々と理由はあるだろうが、要は皆根が悲観的な私に愛想が尽きるのだ。交際期間が一年もったことはなく、クリスマスを恋人と過ごした記憶もない。
もっぱら妹に乞われて実家に戻り、家族でクリスマスを過ごすのが常だ。そこまで考えて、ようやく気が付く。……ひょっとしてこれは、本当に「恋人と過ごす初めてのクリスマス」なのではないか?
「しまった……!」
一度は手放した頭をもう一度抱え直す。
甘酸っぱい青春を送っている後輩を温かく見守る、後方先輩顔をしている場合ではなかった。おそらく、ランサーは恋人と過ごすクリスマスなど何度も経験していることだろう。対してこちらはまるで素人とは。
別にあの男と甘いクリスマスを過ごしたいなどとは欠片も願ってはいない。だがそれらしい用意を何もしないでクリスマスを迎えれば、あの男に「こいつ、こういうのに慣れてないんだろうな~」と生温い目で憐れまれる可能性があった。それだけはなんとしても避けなければ。
「大丈夫っすか?」
聞きなれた声に顔を上げる。明るい茶の髪の男──ロビンフッドが、呆れ半分心配半分といった顔でこちらを見下ろしていた。休憩室で同僚がしゃがみ込んで頭を抱えていればそういう顔にもなるだろう。自分の失態にコホンとひとつ咳払いをして、立ち上がる。
「なんということもないさ」
「そうは見えませんけどねえ」
そう言いながらロビンフッドは缶コーヒーを差し出してくる。何かと嫌味を言い合う関係ではあるが、彼はこういうところで気遣いのできる男だった。その好意を無碍にするほど私もひねくれてはいない。礼を言って、缶コーヒーを受け取る。
「なにせおたく、あのアルスターの旦那と付き合い始めたって話じゃないか」
不意打ちの言葉に、口に含んだばかりのコーヒーを噴き出す。ロビンフッドに吹きかけるのは防げたが、ぼたぼたとコーヒーが床に落ち、タイルの上に黒い水溜まりができる。
「うわっ! なんなんだ急に……まさか、隠してるつもりだったのか?」
「いや……その、なんだ。そうではないが」
懐から取り出したハンカチで手と口元をぬぐい、床のコーヒーをポケットティッシュでさっと吹いた。ここがタイル張りの床で良かった。もし絨毯だったなら滲みになっていたことだろう。
「知られているとは思っていなくてな」
うちの会社はいろんな面でオープンな社風だ。性的指向や宗教で差別されることはない。社内恋愛結構、異性愛・同性愛ともに尊重されている。されているのだが、今まで私は彼と付き合っていると公言したことはなかった。同性同士だからではない。今まで散々言い合いをしていた相手──このロビンフッドとは比べ物にならない回数だ──と交際しているなどと知り合いに言ったら、なんといわれるか。
「あらじゃあ今までのアレは照れ隠し? それとも好きな子にかまいたくて? まるで思春期の子供みたいね」なんて半笑いで言われてしまうに違いない。……いや、既に言われたセリフではあるんだが。
無論そのような理由で我々は口論を繰り返していたわけではない。ただ単純に、お互い馬が合わなかっただけだ。それがどうして一夜の過ちだけで交際するに至ったか、そもそも一夜の過ちを犯したかは……やはりわからぬままである。
まあ、馬が合わずとも嫌いだったわけではないからな。人生こういう事もある、のだろう。実際あるのだから仕方がないんだ。うん。
「知られているどころか、えらい有名だぜ? あの犬猿の仲の二人がどうしてだとか、ようやっとか~とか反応は様々だが」
「なんだね、その『ようやっと』というのは」
「オレが知るわけないだろうが。ま、アルスターの旦那自身そういってたがね」
ランサーが? というかあの男、もしや自ら私たちの関係を触れ回っているのか。勘弁してくれ。ランサーことクーフーリン・L・アルスターは社内でも有名だ。優秀な社員だからというのもあるが、アイルランドの大企業アルスター社の御曹司という点も大きい。加えて見目もいいものだから、いったい何人の女性があの男を狙っていたことか。彼女らのやっかみを受けるのはどうにか避けたい。そうでなくても私は女難体質だと言われているんだ。
「何を考えているんだ、あの男は……」
「浮かれているんだろうよ」
いったい何に浮かれるというのだ。きっかけは酒の勢いでの体の関係、より正確に言えば向こうが私を襲った責任を取るという形で始まった交際だぞ。長年想いを寄せていた相手と結ばれたというのならわかるが、現実は罪滅ぼしのために付き合うことになった小言の多い男だ。
さてはあれか? 自分に言い寄ってくる女性への牽制のためか。だがあの男は元来女好き、わざわざ避けるような真似をする必要はあるまい。それ以外の理由となれば、現在交際している私に誠意を示すためか。存外律儀な男だ。
「もしもし?」
ロビンフッドが私の目の前で手を振った。思ったよりも長考していたようだ。なんでもないと首を振る。
「ま、クリスマスも近いからな。多めにみてやったらいいんじゃないの」
それだけ告げて、ロビンフッドはオフィスへと戻っていった。
……ランサーが、クリスマスが近いから浮かれている? たしかに彼の住む国では日本よりも断然クリスマスに意味があるだろう。だとすると、私が考えているよりもはるかに重要なイベントなのかもしれない。これは生半可な覚悟では挑めないぞ。缶の中に残ったコーヒーを一息に飲み干す。
見ていろランサー! 恋人と過ごしたこれまでのクリスマスがどれだけ素晴らしかったとしても、私は負けるわけにはいかないんだ。これは私の初陣でもある。お前は呑気にアドベントカレンダーを開けてクリスマスまで過ごしているがいい。私は最高のクリスマスを準備して、必ずお前を満足させてやるとも。
「はーい、もしもし?」
数回の呼び出し音の後、応えたのは幼さの残る声だった。切嗣か、最悪愚弟が電話に出ればいいと思っていたのだが……残念ながら私の幸運は相変わらず低いらしい。
「……イリヤか?」
家族全員が集まるのをもっとも喜ぶのは、妹のイリヤだ。当然、家族そろってのクリスマスパーティーも毎年楽しみにしてくれている。今年もハロウィンの催しが終わればすぐに「クリスマスはどうするの?」と言いだしていた。
この「どうするの」はクリスマスパーティーの有無を問いかけているのではない。ケーキや御馳走の種類、かざりつけなどのパーティーの内容を聞いている。家族そろってのクリスマスは、妹にとって永久に続く行事だ。
「あらアーチャーじゃない、どうしたの? あっもしかしてクリスマスの話? 今年はね、シロウが」
「あー……その話なんだが」
それが今年は違うのだと告げるのは気が引ける。が、いつかは来る日だ。それに私がいなくともクリスマスを楽しく過ごせるだろう。むしろ私がいると愚弟と諍いを起こすだけだからな。意を決して告げる。
「すまない、クリスマスには帰らないんだ。パーティーは私抜きで楽しんでくれ。ああ、もちろんプレゼントはちゃんと、」
「──どうして?」
空気が張り詰める。先ほどまであった甘さはどこにいったのだろう。平坦な妹の声が、体の芯を一気に冷やした。返答を誤れば首を切り落とされる、そんな錯覚すら抱く。もちろん実際にそんなことは起こりえない。彼女はまだ年端もいかない少女で、守るべき妹だ。馬鹿な妄想をかぶりを振って追い払う。
「どうしても外せない用事があってね」
「……そう」
癇癪を起こされるかと思いきや、存外イリヤは聞き分けがよかった。数秒の間の後、彼女は実年齢よりもだいぶ大人びたため息をつく。
「みんなにはそう伝えておくわ。みんなすっごく残念がるだろうけど」
「さて、どうだろうな」
「もー、すぐそういうこと言うんだから」
養父母がどう思うかはわからないが、少なくとも愚弟は小言を言ってくる相手がいなくて清々するだろう。重箱の隅をつつくような男がいなくなって、他の者も去年より過ごしやすいクリスマスを送れるかもしれない。
……まあ、自覚があるなら弟に小言を言うのはやめろという話だが。
あの未熟者は何かにつけて私の黒歴史を掘り起こすような言動を取るものだから、つい口を出してしまう。生涯この調子だという予感はあった。それに今更あの弟と私が肩を組んで楽しくクリスマスを過ごしてみろ、皆鳥肌ものだろう。
「暮れには帰るつもりだから」
「わかったわ。……クリスマスには会えないのね。少しさみしいわ」
「……オレもだよ、イリヤ」
年相応の幼い少女の声に胸を痛めながらも、それじゃあと別れの言葉を告げる。毎年クリスマスケーキは私が作っていたが、今年はあの未熟者に任せてもよいだろう。
液晶画面に弟の電話番号を途中まで打ち込むが、ふとその手を止める。いや、電話はよそう。また小言を口にし始めて、余計な通話料金を取られるだけだ。代わりに「お前が作れ」とだけショートメッセージに打ち込んで送信した。弟のメールアドレスはいまだに知らないし、聞く気もない。
連絡も済んだし、あとはクリスマスに向けて準備に励むのみだ。ランサーが好むような、それでいて特別な日を演出するメニューを考えなければ。とりあえず肉は必須だろう。あとは上等なワイン。ケーキは小ぶりなものにしよう。甘さは控えめにして……いっそ無いほうがいいのか? 彼は甘いものが苦手だったしな。けれど毎年ケーキを作っていたせいか、どうもケーキがないとクリスマスらしさを感じない。
「……ふむ」
あれやこれやと一人のために悩むのも、なかなか刺激になるものだ。決して浮かれているわけではない。のだが。端的に言えば──私はクリスマスが待ち遠しかった。
催事には何かしら準備がいる。場所の確保に材料や道具の準備ーーそれにもっとも重要であろう、スケジュール調整。
「今年のクリスマス、面倒な親戚も来るみたいでよ……。いい子に過ごしていたオレにひでぇ贈り物じゃね?」
うんざりとした口調でそういって、ランサーは缶コーヒーをすする。
私としてはとりあえず、この交際のきっかけを思い出さずにはいられなかったので「いい子ねえ」と鼻で嗤ってやった。それからランサーと同じく缶コーヒーをすすって、顔をしかめる。
正直、缶コーヒーはあまり好きではない。昔に比べておいしくなったという人間も多いが、やはりいれたてには叶わない。その点はランサーも同意見だったはずだ。こんな搭乗手続き前に缶コーヒーをすするよりは、さっさと手続きを済ませてラウンジを利用すればいいものを。ランサーだったら高級ラウンジも問題なく利用できるだろうに。
「お前も毎年クリスマスには家族で集まるんだろ? 親父さんによろしくな」
まあ近いうちに直に挨拶に行くつもりだけどよ。そう付け加えたランサーは何故か頬を赤らめていた。
……が、そんなことはどうでもいい。重要なのは、次のフライトでランサーはアイルランドに帰省するという事実だ。うっかりつきそうになったため息を、もう一度缶コーヒーをあおって飲み干す。
まったく、間抜けかオレは。肝心な点が抜けているとは……まず最初に確認するべきだっただろうに。思い返せば毎年、ランサーはこの時期にまとめて休みを取って帰省していたではないか。クリスマスには親族皆集まって祝うという話を聞いた覚えもある。それを今の今まで忘れていたとは、なんたる不覚。
「……おいアーチャー? 聞いてんのか」
「あ、ああ。よろしく頼む?」
そう答えつつもランサーがアイルランドに帰ると聞いてからこの空港までの道のり、話半分どころか七割ぐらい聞き逃している気がする。ここまで段取りをしくじったのは久々だ。頭の中は自己嫌悪で忙しかった。
「応! 土産も期待していろよ」
満面の笑みのランサーに、ばしんと背中をはたかれた。馬鹿力のせいで背中がじんじんと痛み出す。が、それがかえって私を冷静にしてくれた。考えてみれば材料は買ってあるものの、ケーキも料理もまだ作ってもいない。飾り終えたクリスマスツリーは……まあ片付けるのが多少面倒だろうが、その程度だ。この時期ツリーに使った生木を回収してくれる業者はいくらでも探しようがある。それにあれはちょっと気合が入りすぎていたし、うん。
「じゃあ来年な」
「ああ」
青い頭が搭乗ゲートをくぐるのを見届けて、ようやくため息をつく。こんな初歩的なミスをするとは、我が事ながら情けない。
いやかえって良かったのか? 彼はああ見えて責任感が強く、義務はきっちりと果す男だ。うっかりクリスマスの予定でも聞いてみろ、大事な恒例行事をふいにして渋々私とクリスマスを過ごす羽目になっていたかもしれない。そう考えれば私の間抜けもそう悪くはないだろう。飛び立つ飛行機を窓越しに見送りながら、そう結論付ける。
ただ、あのツリーが誰に見られることもなく役目を終えるのは、ほんの少し残念だった。
「暇そうな人間知りません? ちと手が足らなさそうなんでさ」
クリスマスを明日に控え──つまりクリスマスイヴの日、くたびれた顔をしたロビンフッドに声をかけられる。なんでも恩人の洋菓子店で人手が足らずに困っているらしい。
「粗方声かけたけど、みんな藤丸のパーティーにいくから無理だと。まああいつからケーキの注文複数受けた時点で予想はついてたけどな」
立夏は若いながらも多くの人間から慕われていた。彼がパーティーを開くといえば、大概の人間は参加するだろう。しかしてっきりクリスマス当日にパーティーを開くのだと思ったが、イヴからやるのか。まあうちの会社はキリスト教圏の人間に配慮して、クリスマス当日は休みだからな。多少羽目を外しても支障はないか。せっかくのイベントだ、若者には大いにはしゃいでほしい。
「なんなら、おたくが手伝ってくれてもいいんだぜ?」
「いいだろう」
「ああそうでしたね、おたくは恋人と初めてのクリスマスを過ご……いや待て今なんて言った?」
「だからいいだろう、と。特に予定もないしな」
こちらとしては親切心で言い出したのだが、何故かロビンフッドは目の前で頭を抱え始めた。……そこまで露骨に私の手を借りたくなかったのなら、冗談でも聞いてくるんじゃない。
「待った」
こちらが口を開きかけたところで察したのか、ロビンフッドは手のひらをこちらに向けて静止した。
「そういうんじゃなくてだな。おたく、アルスターの旦那と過ごすんじゃないのか?」
「彼はいまアイルランドに帰国中だぞ。知らなかったのか」
「なに?」
まあ知らなくても無理はないか。うちの部は大所帯だ。仕事上関わりがなければ、他人の休みをいちいち確認したりはしない。
とはいえ情報通の彼が知らないのも珍しい。連日、クリスマスに向けて件の洋菓子店の手伝いをしていたと言っていたからそれどころではなかったのかもな。
「……お互い話し合って、今年のクリスマスはそれぞれ家族のもとで過ごそうって決めたってことか?」
「厳密にいえば少し違うが、概ね似たようなものだ」
「で? 家族と過ごすはずのおたくは、なんで予定がないって言ってるんだ?」
「まあ、色々あってな」
やはりクリスマスに帰れるようになったと言えば、イリヤは喜ぶだろう。だが今回のクリスマスは愚弟が主導で進めていると聞く。私が行けばどうせ余計な口出しをしてしまうのは目に見えていた。クリスマスは本来子供たちがメインで楽しむものだ。たとえ相手が腹の立つ未熟者であろうと、大人が子供の楽しみに水を差すのはいただけない。
「あ、あー……はいはい。大体わかったわ」
ロビンフッドは何故か呆れた口調でそう言って、天を仰いだ。かと思えばすぐさまスマートフォンを取り出し、画面に何かを打ち込んでいく。
「ロビン?」
「いやいや、手伝ってくれるならありがたいっすわ。本当に。じゃあ仕事終わったら声かけてくれ」
「ああ……」
人手が見つかったというのに、どうもロビンフッドの顔は浮かない。本当は私に頼りたくなかったのか? はて、そこまで彼に嫌われた覚えはなかったのだが……まあいいさ。大事なのは労働力が足りるかどうかだ。ロビンフッドには気の毒だが、せいぜい私をこき使ってもらうとしよう。
「メリー・クリスマス!」
カランカランと手に持ったベルを鳴らしながら赤鼻のトナカイ、またの名をロビンフッドが声を上げる。顔だけ出ているタイプのトナカイの着ぐるみをまとい、赤いつけ鼻をつけた彼は……まあなんというか、それなりに似合っていた。
「様になっているぞ、ルドルフ」
「そりゃどーもサンタさん! てかなんでオレがトナカイの着ぐるみでオタクがサンタの恰好なんですかね!?」
「髪の色的に私の方がサンタだろう」
適当に答えて、客からクリスマスケーキの予約票を受け取る。
ロビンフッドの恩師ダン・ブラックモアが経営する洋菓子店『イチイの木』はメインストリートからやや外れた場所にひっそりと存在している。清潔で趣のある店ではあるが、店内は狭い。そういった店がクリスマスケーキ目的の客がスムーズに受けとれるよう、こうして店外にも販売スペースを設置するのはよくある話だ。客寄せのために販売員がサンタやトナカイの扮装するのも、またよくある話だった。
「ならブラックモアの旦那のほうが適任じゃねえの」
髭も生えてるしよとぶつくさ赤鼻のトナカイは文句を口にする。彼の言う通り、店主はサンタクロースの扮装が似合う年恰好をしている。が、この寒空の中での立ち作業は些か酷だろう。なにより、彼は店内でケーキを制作する仕事がある。
「そんなにサンタの格好がしたかったのかね? なら代わってもいいが」
「……いや、いいっすわ」
自分の赤鼻をぷにぷにと押しながらトナカイは嘆息する。
「いやしかしホント助かったわ。忙しいってわかってんのに、旦那はバイトの子が彼氏できたからって休ませちまうしさ。なら予約客分だけにすりゃいいのに『当日ケーキを望むすべての人に行き渡るよう努力するのがパシティエ道だ』とかわけわからんこというし」
「立派な志だと思うが」
「まあオタクはそう言うと思ってたよ」
なんでこうオレの周りは面倒なお人好しばかりなんですかねえ。
ぐだぐだと文句を言いながらも、ロビンフッドはきっちりと勤労に励む。客には笑顔で接し、ベルを鳴らして巧みな宣伝トーク。手慣れた様子を見るのに、毎年のことなのだろう。本人は面倒に巻き込まれたと装っているが、恩師の手助けができることに喜びを感じているのが見て取れた。
「君も十分お人好しだろう」
「皮肉か?」
「いや、心からの言葉だよ」
そう言いながら、店の入り口脇に置かれているツリーに目をやる。
小ぶりながら立派なもみの木だ。なんでも店主の奥方──今は店内でクリスマス仕様ではないケーキの販売を受け負っている──が育てた木らしい。赤や金のオーナメントに彩られ、クリスマスの雰囲気を演出している。立派にクリスマスツリーとして役目を果たしていると言えるだろう。
それに比べて、我が家のツリーはどうだ。誰に見られることもなく、なのにしっかりと飾り付けだけはされている。赤と青のボールオーナメント、ツリーに巻きつけた金と銀のリーフモール。ベルや靴下の形をした飾りも付けて、てっぺんの星だけはまだ乗せていなかった。あの星を、ランサーが来たら付けてもらおうと思っていたんだっけ。
そこまで考えて、ふと気付く。なんだ。オレ、ランサーとクリスマスを過ごしたかったんだな。自分にもそういう気持ちが、しかもあのランサーに対してあったとは我ながら驚きだ。まあ気がついたところで今更だが。
日本とアイルランドの時差は9時間。向こうはクリスマス真っ只中か。面倒な親戚が来ると言っていたが、ランサーは楽しく過ごせているだろうか。彼のことだから、文句を言いつつもうまくやれてはいるだろう。
私は私で想定外の事態にはなったが、そんなに悪いものでもない。むしろケーキを受け取り笑顔になる人々が見られるのだ。クリスマス前夜に相応しい過ごし方ではないか。
「……ああ、そうだな。やっばオレもとんだお人好しかもな」
仕事に集中しようとかぶりを振ったところで、ロビンフッドの呟きが耳に届く。彼は私ではなく前方、路地の方向を見つめていた。つられてそちらを見る。
なんら変哲もない、日常を行き交う人々。
……その中から、一点の青がまっすぐにこちらに向かってきている。
「……ラン、」
「アーチャー!」
声を張り上げて一点の青、ランサーが私の肩を掴む。痛いわこの馬鹿力。加減を知れ。とはいえ今はその痛みがありがたい。
間違いない。これは幻ではなく、本物のランサーだ。だがどうしてここにいる? 私はこの目でアイルランド行きの──正しくは経由するイギリス行きだったが──飛行機に乗るところ見届けたんだぞ。日本にいるわけがない。
「お前!オレとクリスマスを過ごしたかったんだったらそう言えよ!」
「はあ?」
開口一番なんだそれは。いったい誰から聞いた。そもそも、それは私だって今しがた気が付いた事実だ。誰かから聞くわけが……。
そこでようやく気が付く。
先ほどのロビンフッドの言葉。いや、それよりも前だ。クリスマスの予定を離したとき、大体わかったと言って彼はスマートフォンに何かしら打ち込んでいた。てっきり人手が見つかったと連絡を入れているのだと思っていたが。
「……ロビン」
ランサーに肩を掴まれた状態のまま、首だけ赤鼻のトナカイに向ける。一方トナカイはこちらを見ずに、「えーケーキ。ケーキっすよ〜」と福引の一等が出たかのように手に持ったベルをかき鳴らした。
「クリスマスと言えばクリスマスケーキ。イヴに食べてクリスマス当日にも食べる。2日連続で罪悪感なく食えるのはこんときぐらいっすよ〜カロリーも多分実質ゼロ」
めちゃくちゃな理論を述べながらクリスマスケーキの宣伝をしている。この状況を予測していたな、この野郎。
「ランサー。君、親族で毎年クリスマスを祝っているんだろう? それでアイルランドに帰ったんじゃなかったのか。何故日本にいる」
「そいつからメールもらってトンボ帰りしたんだわ! なんでクリスマスにケーキ売ってんだよ!」
何を言っているんだこの男は。クリスマスケーキなんだからクリスマスイヴに売らなければおかしいだろうが。
そいつと指をさされたロビンフッドが、からんからんとより一層うるさくベルを鳴らす。ええい、やかましい。お前、それで誤魔化しているつもりか。トナカイのお節介はあとで追及するとしてだ。
「トンボ帰りにしたって、そう都合よく便が開いているとは思えんが」
「プライベートジェットを使った」
「プライベートジェット」
創作の世界ではそこそこ聞いたことのある単語だが、まさか日常生活で聞くことになろうとは。さすがアルスター社の御曹司。しかしクリスマスに急遽予定外のフライトを決行させられるパイロットが気の毒だ。ちゃんとそれ相応の特別手当をつけたんだろうな。
「てっきりお前も家族と過ごすと思ったから帰ったんだ。まだ挨拶もしてねえうちから恒例行事を欠席させたらお前の身内の心象悪くなるし、今年は我慢するかって考えてたのに……それが、他の男とケーキ売って過ごすだあ!?」
「こっちに飛び火させないでくれます?」
犬歯をむき出しにして、ロビンフッドを指さしたままランサーが怒鳴る。一方のロビンフッドはベルをかき鳴らす手を止めて心底嫌そうな声を上げた。
「文字通りケーキ売ってるだけっすからね。ロマンも何もないっすわ。あとオレはそれをアルスターの旦那にメールで伝えただけ。それ以外ほんと何も伝えてないんで」
「……なるほど」
後半の私に向けた言葉にうなずく。つまりロビンフッドから私がイヴにケーキ販売をすると聞いただけで、ランサーは先程のように結論づけたわけか。私が家族とのクリスマスを蹴って、ランサーと過ごそうとしたもののランサーは祖国へ。何も言えずに残された私を、憐れんだロビンフッドが少しでも気が紛れればとケーキ販売に誘ったと。
……些か自信過剰ではないか? よくもそう自分に都合よく考えられるな。私がサンタの格好をしてケーキを売ることにやりがいを見出した可能性だってあるだろう。まあ実際は彼が結論づけた通りなのだから、何も言えないのだが。
「まだクリスマスだ。今からオレと過ごそう」
そう告げるランサーの赤い瞳は宝石のように輝いて、私を映している。この男はただそのためだけに、12時間以上かかる道のりを折り返して来たのか。賢い男だと思っていたが、存外そうでもないらしい。だが愚かだとも言えなかった。こういうところが、この男の美徳なのだ。
それはそれとして。
「駄目だ」
「なっんでだよ!?」
「私にはこのケーキを売りきる責務がある」
一度引き受けた仕事は最後まで成し遂げる。途中で投げ出すなど、私の主義に反することだ。そのことはランサーもわかっているだろう。彼自身、私情で仕事を投げ出すような男ではないからだ。
「ならオレが残りを全部買う。それで仕事は終いだろ」
そう言って無造作にランサーはアウターから財布を取り出す。プライベートジェットを使う人間は、平民とは考えることが違うな。だが考えなしとも言える。
「それも駄目だ」
「だからなんでだよ!?」
「ここの店主はクリスマスケーキを求める者にケーキが行き届くことを願って作ったんだ。自爆営業のためのケーキを作ったわけじゃない」
「ジバ……?」
聞きなれない日本語なのか、ランサーは疑問符を浮かべた。まあ、できれば聞きなれないままでいてくれ。
「あー。悪いんすけど、そいつの言う通りですんで。オレもケーキが欲しい奴に旦那のケーキを買ってほしいんすよね。てなわけで、ホレ」
いつの間に持ってきたのだろうか、ロビンフッドが手にした紙袋をずいっとランサーに差し出す。訝しげな顔をしながらも、ランサーは私の肩から手を離して袋を手にした。
「……なんだこれ」
ランサーが袋から取り出したのはトナカイの被り物だ。ロビンフッドが今現在かぶっているものと同じのように見える。
「サンタ二人にトナカイ一頭じゃバランス悪いでしょ。オタクもトナカイになってくださいよ」
「なんだと?」
「早く恋人とクリスマス過ごしたいんでしょ」
オタクも手伝ってくれるんならさっさと終わらせられますって。そう言って先輩トナカイはさっさとケーキの販売に戻る。あとはもうおたくらで勝手にやってくれと、その横顔が雄弁に物語っていた。
ランサーは何も言わず、手の中のトナカイと睨み合っている。
「ランサー、移動が重なって君も疲れているだろう。これは君が付き合うことでは」
「いや、やる」
「なに?」
何をとち狂ったのか、ランサーはトナカイの被り物をスポンと頭に被った。
なんというか……とてもシュールだ。ロビンフッドもハンサムな類だが、ランサーはそれとはまた別種の美形だった。普段は人懐っこい笑みを浮かべているからあまり気にはならないが、不機嫌そうな顔をしている今は顔面の圧がすごい。不機嫌な美形というのは迫力がすごいんだな。それを愛らしいトナカイの被り物が中和……してくれるはずもなく。結果、なんだかこう、形容しがたい生き物が誕生した。その、変だ。
「これが終わればお前とクリスマスが過ごせるんだろう。ならさっさと終わらせるぞ」
だが彼自身は奇怪なその姿を気にもしない。それか客観的にどう見えているのか気付けていないのか。この寒い中腕まくりをし始める。
「ランサー、無理は」
「無理じゃねえんだわ。オレの営業成績知ってっだろお前も」
いや知ってはいるが、普段の業種とはいささか勝手が違うのでは? けれど私がなんと言おうとランサーはケーキ売りを手伝うつもりらしい。先程までの不機嫌な顔とはうってかわった笑顔で、道ゆく人々に声をかけている。
手伝ってくれるのはありがたい。しかし、この後クリスマスを過ごすというのはどうだろうか。彼と共に過ごせること自体は喜ばしいが、私はたいしてクリスマスの準備をしてはいなかった。
「ランサー」
「なんだよ」
「この仕事が終わっても、クリスマスらしいものは何もないぞ」
七面鳥は冷凍庫に入れたままだ。帰ってすぐに解凍したって、4時間はかかる。メインの予定だったローストビーフは仕込んでもいないし、他の料理だって材料そのままだった。テーブルのセッティングもしていない。それどころか掃除も行き届いていない。用意していたプレゼントの時計は、店に預けっぱなしだった。もし来年の夏……彼の誕生日までに我々が付き合っていたとしたら、その時の贈り物に回してやろうとせせこましい考えをしていたんだ。
「それがなんなんだよ、別にいいだろ何もなくたって」
トナカイは小首をかしげて軽く答えるが、こちらとしてはまったくよくない。
本当は、最高のクリスマスを演出するはずだったんだ。君があっと驚くような。色々考えていたんだ。なのに何もないと思って、何も用意していなくて、おまけにあっと驚かされたのはオレの方だ。
まったくもってよくない。サンタクロースの恰好に恥じる行いだ。
「……オレとクリスマス過ごしたかったんじゃねえのかよ」
押し黙る私に、美丈夫とトナカイの融合であるクリーチャーは拗ねたように唇を尖らせる。アルスター家の御曹司が大事なクリスマスの集まりをボイコットして、こんなところでトナカイの被り物をしてケーキを売っている。これを彼の実家に知られたら、私は消されるんじゃないだろうか。それでも。
「……過ごしたかったさ」
思いのほか素直にその言葉は出てきた。そうだとも。たった一人のために色々と考えるのは楽しかった。その成果を出せる日が来るのを待ち遠しく思っていた。それは事実だ。
「けど、何もそれらしいことができない」
だからこそ、わざわざ帰ってきてくれた彼に何もできないのは歯痒い。
「逆によぉ、オレにして欲しいことはねえわけ」
「して欲しいこと?」
「応。サービスするぜ」
聖夜だしな。投げキッスとウインク付きでランサーは宣言する。普段ならそれなりに絵になったかもしれないが、今はトナカイの被り物付きだ。コミカルなその姿に苦笑する。
して欲しいこと、というのは難しい。大抵のことは自分でできるし、そうであろうとしてきた。改めてそういわれたところで──
「……あ、ツリー」
「ツリー?」
「ツリーのてっぺんに、星をつけて欲しい」
誰もいない私の部屋で、今も精一杯クリスマスらしさを演出しているクリスマスツリー。未だてっぺんの星は不在だ。
別になくったって構わないし、私がつけたって構わない。ランサーじゃなければ届かないわけじゃないんだ。そもそも、彼より私の方が背が高い。
それでも、彼に星をつけて欲しい。
私はクリスマスにそれをして欲しかったんだ。
「まかせときな」
自分でやれとも何故だとも問わず、ランサーは犬歯を剥き出しにして笑った。それにつられて笑う。
そうか。そうしてくれるのか。なら、想像していたものと随分違ってしまったが……それでも最高のクリスマスになりそうだ。
「メリークリスマス、ランサー」
「おう、メリークリスマス!」
くううううう!!もうすぐクリスマスって時期に見るのは良いな!