奨学金返済減税で「モラルハザード」は本当に起きないのか
「起こるわけない」
2月26日の参院本会議。立憲民主党の斎藤嘉隆議員が、奨学金返済額の一定割合を所得控除する「奨学金返済減税」の実現を求めた。
高市総理の答弁はこうだった。奨学金を借りなかった人との公平性、必要のない奨学金を借りるモラルハザードの可能性、所得税額が少ない人には効果が限定的であること。検討すべき課題がある、と。
「起こるわけないでしょ!」
議場にヤジが飛んだ。
塩村あやか議員もSNSで「元当事者として断固抗議したい。借りる必要のない奨学金なんて借りたい学生はいない」と投稿。13万件以上の表示を集めている。
奨学金返済が生活を圧迫する。それは事実だろう。20代で月1〜2万の返済は、社会保険料や税を引いた後の手取りから出すとなかなかきつい。助けたいという気持ちはわかる。
ただ、「起こるわけない」で片付けていい話ではない。
「モラルハザード」は不道徳ではない
まず言葉の問題がある。「モラルハザード」は本来、保険や金融の専門用語で、制度が存在することで人の行動が変わる現象を指す。善悪ではなく構造の話だ。
高市総理は学生を侮辱したわけではない。制度設計上のリスクを述べた。
ただ「モラルハザード」という言葉は強すぎた。国会答弁は専門家同士のやりとりではなく、国民が見ている。「モラルが崩壊する」と受け取られた時点で、政治的には損をしている。「制度の意図しない利用が生じるリスク」くらいの表現であれば、ヤジは飛ばなかったかもしれない。
正しいことを言っていても、伝わらなければ意味がない。
そもそも「奨学金」なのか
ここで一つ、根本的なことを確認しておきたい。
JASSOの貸与型奨学金は、返済義務がある。第二種には利子もつく。名前は「奨学金」だが、構造は学生ローンだ。ヤフコメでも「奨学金を学生ローンに改め、返済不要な給付型のみを奨学金と呼ぶべき」という声があったが、まさにそこが議論の入口になる。
「奨学金」という柔らかい名称が、借金であるという事実をぼやけさせている。だから「奨学金に減税を」と聞くと救済に聞こえるし、「モラルハザード」と言われると侮辱に聞こえる。学生ローン減税、と言い換えれば、制度設計上のリスクを検討するのは当たり前だと感じる人も増えるのではないか。
利率は問題なのか
JASSOの第一種奨学金は無利子。第二種も、数年前まで固定金利で0.2〜0.4%程度だった。「ほぼタダで借りられる」と言っていい水準だった。
ただし風向きは変わっている。日銀の利上げを受けて、第二種の固定金利は2026年1月時点で2.512%まで上昇した。2021年の0.268%と比べると約9倍。月5万円×4年間(総額240万円)を借りた場合、2021年卒なら利息は約5万円で済んだものが、2026年卒では約44万円になる。
これは大きい。利率が低いから問題ないという前提が崩れつつある。
とはいえ、奨学金返済に苦しむ人の本質的な負担は、利率よりも「手取りに対する返済額の割合」にある。月1.5〜2万円の返済は、額面だけ見れば小さいが、20代前半の手取りからすれば生活を圧迫する。利率を下げても、この構造は変わらない。
問題の所在が利率なのか返済額なのかを切り分けないと、対策も的外れになる。
僕なら借りさせる
「借りる必要のない奨学金なんて借りたい学生はいない」と塩村議員は言う。苦学生の目線ではそうだろう。
でも、奨学金を借りるかどうかを決めるのは学生だけではない。
返済額が所得控除になるなら、資金に余裕のある家庭はこう考える。子供に奨学金を借りさせる。本来学費に充てるはずだった資金はNISAで運用する。卒業後は親が返済を肩代わりすればいい。返済中は所得控除の恩恵も受けられる。
不正でも何でもない。制度の範囲内での節税だ。住宅ローン減税で繰上げ返済をせず手元資金を運用に回すのと同じ構造で、やらない方がむしろ非合理的とすら言える。
こういう層は少数だろう。でも制度ができた瞬間、「奨学金を使った賢い資産形成」みたいなコンテンツがYouTubeやSNSで広まる。ふるさと納税の時と同じだ。机上の空論に見えるものが、減税が始まれば一気に現実になる。
すでに行われている
実は、これは机上の空論ですらない。
JASSOの貸与型奨学金には使途制限がない。振り込まれたお金を何に使うかは自由で、「投資に使ってはいけない」という規約もない。
そしてネット上では、すでに「奨学金を借りてNISAで運用する」戦略が具体的なシミュレーション付きで紹介されている。子供が15歳になるまでに教育資金を確保し、大学入学時にあえて第二種奨学金を満額借りる。貯めていた資金はそのまま運用に回す。運用利回りが返済額を上回れば、20年の返済期間中、元本は減るどころか増え続ける。
返済の肩代わりも仕組みが整っている。贈与税の非課税枠は年間110万円。奨学金の返済額は月2.7万円程度で年間約33万円。非課税枠に余裕で収まる。
親名義で運用すれば老後資金も同時に積み上がる。子供名義で運用すれば、卒業時点で1000万円近い資産を持った状態で社会に出られる。
もっとも、利率が2.5%まで上昇した現在では、以前ほどの旨味はない。運用利回りとの差が縮まり、リスクに見合わなくなりつつある。
だからこそ返済減税の話が出てくると、状況が変わる。利率上昇で縮んだ利ざやを、減税が補填する。返済減税がなくても成立していた戦略に、減税が加わればインセンティブはさらに強まる。
「借りる必要のない奨学金を借りる人なんていない」は、事実と違う。
返さなくていい仕組みという選択肢
海外に目を向けると、そもそも「返済に減税をつける」という発想自体が取られていない国がある。
オーストラリアのHECS-HELP制度は、授業料をオーストラリア政府と学生が分担し、学生負担分を卒業後に所得連動で返還する仕組みだ。年収が一定基準未満なら返還義務は発生しない。利息もつかない。納税番号に紐づいて源泉徴収されるため、返済を忘れることも滞納することもない。
イギリスも同様に所得連動型で、所得の閾値を超えた部分の9%を返還する。返済開始から30年経過で残債は免除される。
どちらも「減税で返済を楽にする」のではなく、「収入に応じて返し、返せなければ免除する」という設計だ。減税と違って所得が低い層にもきちんと届く。
もちろん課題はある。オーストラリアでは全体の約15%が返還の見込みなしとされ、政府の財政を圧迫している。制度を丸ごと輸入すればいいという話ではない。
ただ、「減税」という手段に固執する必要はないという視点は持っておいた方がいい。
届かない人に届かない
所得控除という仕組みそのものが、所得税額の少ない低所得層には効きにくい。奨学金返済に本当に苦しんでいる人ほど、恩恵が小さくなる。
制度を最も上手く使えるのが、最も助けを必要としていない層になる。
かといって対象を絞ろうとすれば、審査や管理の行政コストが膨らむ。約500万人の返還者に対応するJASSOの体制整備だけでも相当な負担で、その予算もまた税金だ。線を引くこと自体にコストがかかる。
穴のある制度は作るべきではない
奨学金返済に苦しむ人を助ける方法は、新しい減税の箱を作ることだけではない。所得連動返還方式をもっと柔軟にする。給付型奨学金の対象を広げる。社会保険料を軽減して現役世代の手取りを増やす。既存の仕組みの上で調整する方が、行政コストは低く、穴も少ない。
「起こるわけない!」というヤジも、「断固抗議」という投稿も、共感は集める。でも制度の穴を塞ぐ議論には何も足さない。
穴を指摘する声を感情で封じてはいけない。当事者のためにこそ、冷静な設計が要るのではないか。
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