【カオ転三次】世界が終わるまでのバイク旅   作:山親父

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テンションが上がって、筆が進んだので続きです。

と言っても時系列は一番最初なんですが。


幸せを無くした夜

 逃げ出した夜[後編]

 

「うくっ ううっ うっうっ うわぁ……」

 バイクに乗った少女が泣きじゃくりながら国道20号線を西へ向かって走行していた。

 煤で汚れたパジャマ。所々に穴の開いたブカブカなパイロットジャンパーを着こみノーヘル。

 背中の半ばに届く長さのロングヘアーが風にたなびく。

 警察に見つかれば捕まるだろう……いや、警察に保護されるなら逆に助かる。緊急事態だ、お目こぼしも有るだろう。

 しかし、少女の周囲には車通りが全くない。深夜とはいえ、ゼロと言うのは不自然だ。対向車が全然来ない。

『あいつら、こんなことも出来るの?』

 不可解でも在り得ない事でも、現実に少女を助けてくれそうな人間を見つける事が出来なかった。

 少女の目に光は無く、感じているのは深い悲しみのみ……

 少女はつい先ほど家族を失った……理不尽で不可解な暴力によって。

 少女に出来たのは逃げる事だけ……家族を見捨てて逃げる事だけ……自分の無力を噛み締めながら少女は西へ向かう。

 祖父の残した「逃げろ! 山梨へ行け!」この言葉に従って……

 

 エンスト……どれだけ走り続けただろうか? 元々修理が終わったばかりのバイクだ。タンク内の燃料は少なかった、追っ手はスグに来るだろう。

 バイクを捨てて逃げるべきか? でも少女にとってバイクは祖父の形見も同然だった。乗り捨てられるはずも無い。押してでも一緒に逃げよう……少女はバイクを降り、諦めることなくバイクを押して歩きだした。

 車のエンジン音が聞こえる。未だ遠い、でも確実に近づいてくる。何故か他の車やバイクが走っていない現状、後ろからの車は追っ手だろう。

 祖父が命を捨てて稼いだ時間も残り僅からしい。どうせ、追いつかれて捕まる。そんな諦観が頭の隅をよぎる……

 だが、祖父に救われた自分が足掻きもせずに諦めるのはダメだ、自分は生きて、祖父の分まで生きて、祖父の見たかった世界を代わりに見なきゃいけない! 家族の最期の願いを、自分が代わりに!

「ぜったいに逃げて生き延びるんだ」

 ポロポロと涙を溢しながらも動くのは止めない。捕まれば殺される……素直に殺されるなら幸せかもしれない。相手は自分を捕まえて利用する気に見えた。

 こんなんでも乙女だ、女性としての危機感を刺激されたアイツの目を少女は覚えている。

 少なくても犯されてから殺される。それ以上に嫌な事をされるかも知れない。常識は壊れた……ヤツラに壊された。おぞましいオカルトの世界、その一端を少女は垣間見た。それが少女を怯えさせる。

 小さなバイクでも重量は120Kgを超える。疲れ果てた少女には重い……バイクを諦めればもっと早く逃げられる。でも……

「それが、どーしたぁ!!」

 少女は気合を入れるとバイクと共に進んでいく。少しでも前に進む、とっくに県境は越えている。

 祖父が何故山梨へ向かわせたのは判らない。しかし、意味がない事をさせる人間ではない。

 祖父への信頼が少女を突き動かす。碌に前を見れない程、疲れていても足だけは止めない、いや止められない。

 

「良い根性だ。悪くないぜ」

 いきなり声を掛けられた。俯きがちだった少女が顔を上げると其処には大男が居た。

 どこかで見た気がする……

「喧嘩屋? 刃牙の?」

「やっぱりお仲間かい。ちょっと待ってな、直ぐ片づける」

 振り返れば、黒塗りのセダンから降りて来る柄の悪い男が二人。

 そして自称”天使”を名乗るバケモノを従えたカソックの男。

 なにやら偉そうな事をのたまうが木乃は聞いていなかった。有無を言わさず、ぶん殴る喧嘩屋に見惚れていたから……

 いつの間にか現れた、大剣を揮う女騎士がバケモノを叩き落し、手あたり次第に殴りつける躍動する筋肉。

 追っ手が全滅するまで3分も掛からなかった。

「すごい……」

 そう呟くと安心して気が抜ける。いつの間にか誰かがバイクを支えてくれていた。

「もう大丈夫だよ」

 へたり込む少女にバイクを支える誰かがそう声を掛けてくれた気もするが、意識が遠くなり後の事は覚えていない。 

 転生者の少女……軒野 木乃がガイア連合に所属する直前の事である。

 

 かけがえの無い日常

 

「ただいまー」

 少女が帰宅の挨拶をする。八王子市街の西端、自宅兼店舗で二階建ての小さなバイク屋。一階が店舗で二階が自宅。

 そんな良くある構造のオイルの匂うこの場所が祖父の城。この少女、木乃の家だ。

 新車は注文制で基本的に修理と中古販売で稼いでいる。日がなバイクを弄り生計を立てる祖父との二人暮らし。母は木乃を産んですぐ亡くなり、父も木乃が物心つく前に亡くなった。

 両親がいない。それは本来なら思春期の少女にとって負担な筈だった。普通の少女なら……

 木乃には前世の記憶がある。いい年したオッサンになるまで生きたが大病で命を落とした。健康な体のアリガタミをしみじみと感じる。今世の両親には悪いが前世の両親の方が思い入れが強い。

 そんな木乃としてはあまり問題を感じない。前世で親離れは済ませている。薄情かも知れないが木乃の本音はそんな感じだ。

「おう、お帰り木乃。学校はどうだった?」

 祖父が答えてくれる。

「楽しかったよ~」

 ウソではない、普通の女子中学生とは言えないだろうが、インドアだった前世と違いアウトドアが好きで良く笑う木乃はそれなりに人気者だ。親友は居ないがボッチではない。そんなポジションにいる。

 小学生に間違われる事が多い小柄な木乃は周りから女としてライバルとは思われていない。

 マスコット的な立場にあるおかげで女同士のドロドロしたやり取りはからは隔離されている。本人は知らないが。

「そういや木乃には好きな男はいねぇのか? 中学も卒業間近、恋愛事に夢中で勉強しねえなんて、親御さんの愚痴を良く聞く年頃なんだが」

「いないかなぁ」

「ふむ、家のお姫さんは男に興味なしかい? あれだアイドルでもなんでも良い、気になる男は居ねぇのか?」

「そうだね~、次元大介とか冴羽獠とかがカッコいいかな?」

「おい、アニメキャラじゃねぇーか」

 祖父が呆れたように突っ込む。

「せめて三次元で答えろよ」

「じゃあクリント・イーストウッド! 前みた西部劇でカッコよかった!」

「そこはせめてダーティ・ハリーにしてくれねぇか。我が孫ながら渋すぎんだろ」

「あれはチョット…….44マグナムで人を撃つのはダメだと思う。二作目で弱装弾にしてたのは笑ったけど」

 祖父の苦笑が深くなる。

「うん爺ちゃん、お前が嫁に行けるか心配になってきた……」

 嫁ねぇ……全然実感が湧かない。そもそも自分は恋愛できるのか? できたとして対象はどっちだ? 男か女か?

 考えても判らない。こーゆー時は話題を逸らすに限る。 

「そんな事より今日もソレ、弄ってるんだ?」

 作業場に入り、祖父の手元を見つめる。古いホンダのバイク、なんでもレアで貴重なバイクだと言う。

「オウ、暇な時はマメに弄ってるぜ。こいつは古いからなぁ、今時6V電源なんざ暗くて使えん」

 今日もバイクの電装を弄っているようだ。

「電源を12Vに替えて整流化してライトなんかも変えにゃあイカン」

 祖父が言うには現代仕様にバージョンアップさせるそうだ。電源と電装系統は交換を終えたらしい。

「点火方式もCDIに変更すっかねぇ~」

 売り物のバイクをほったらかして骨董品とも呼べそうなバイクを弄る祖父の姿を見るのは楽しかった。

「まずは着替えて来いや」 

「そうだね、まず部屋で着替えて。それから晩御飯の下ごしらえをしないと」

 いつまでも駄弁っていたいが家事もしなきゃならない。二階の自分の部屋へと向かう。

「でも、この時代ってこんなに家電が充実してたっけ? 便利すぎる気がする」

 木乃は10月の生まれ、最近誕生日を迎えた。誕生日にプレゼントされたスマホは嬉しかったが時間が無くて設定だけ終わらせてある。友人達の連絡先も入力してないし、ネットもあまり見ていない。と言うか前世でネット漬けだった自分の自制心が信用できない。だから木乃は未だガラケーをメインで使っていた。

「寝る前ならもっと時間は取れるけど……」

 木乃が好きな色だからと祖父が選んだ青いスマホを見ながら考える。

「多分、夜更かししちゃうよね?」

 前世では不摂生が祟って病気になった。生活習慣を変えたくない……絶対に自分はやらかす!

 そんな確信がある。それで祖父に迷惑は掛けたくない。使わないのはもったいないし、時間を決めて節度をもって使用する。それが出来る自信がつくまで我慢することにした。この時は自制ができる私偉い! なんて笑っていた。笑っていられた……

 便利な分には文句はない。でも前世との違いは何だろう? 気にはなるが晩御飯の用意の方が重要だ。

 木乃の疑問は日々の生活に押し流されていく。この時もっと調べていれば……後悔は先に立たない。

 優しい祖父との穏やかな暮らし。

 周囲の人間は優しい人ばかりで、自分はなに不自由なく暮らしている。

 木乃にとって、幸せで優しい世界。そう勘違いしていた。本当に世界が優しいのなら、此処に父と母が加わっていたハズだった。この時の木乃はそんな事さえ忘れていた。

 

 木乃はバイクが嫌いではない、いや素直に認めよう好きだし乗りたい。

 16才になったら普通二輪の免許をとるつもりもある。

 どうせ乗るならCB400FOURに乗りたいとも思っているが。

「こいつが完成したらお前にヤルよ」

 祖父はこのポンコツをくれるらしい。整備を頑張る祖父には悪いがもっと新しいバイクの方が……でもタダで貰えるのかぁ……ちょっと悩む。

「ありがとおじいちゃん」

 素直にお礼を言って置く。お小遣い制の女子中学生では抵抗できない。

「完成したら夏休みにでもツーリングに行こうか。一緒に北海道を走ろうぜ!」

 楽しそうな祖父を見ているだけでも嬉しい。元気でヤンチャな爺ちゃんは木乃の密かな自慢である。バイク屋の儲けはあんまり無さそうなのに羽振りが良いのは気になるが。

「まだ、一年も先の話じゃん」

 そう言って木乃は笑う。木乃は15歳になったばかりだ、免許は取れない。

「そりゃあ、そうだが運転そのものは出来るだろ?」

 確かに運転は出来る。5年程前から海外へ旅行に行く度に私有地だからとナンバーのないバイクに乗っていた。

 祖父の友人が所有する。モンキーと言う名の小さなレジャーバイクは木乃の密かなお気に入りだった。

「運転出来ても、法令違反じゃん! 捕まっちゃうじゃん!」

 おもわずプンスカ怒る木乃に祖父は笑いながら声を返す。

「今すぐ乗れとは言うとらんじゃないか? 技術は有るんだから免許はすぐとれる。そー言いたかっただけよ」

 ニヤニヤと笑う祖父は孫を揶揄っているだけだ。

「もう、おじいちゃんってば……晩御飯は肉じゃがで良い? ってもう用意し始めちゃってるんだけど」

 思わずため息がでる。

「カレーかシチューになら変更できるけど、どーする?」

「なら肉じゃがだな。酒はいつもの通り、徳利を燗でよろしくな」

 いつもの晩酌。祖父は健康には気を遣い、毎日の酒を二合徳利一本までと決めている。週に一度休肝日を作っているあたり、この時代の酒飲みとしては自重している方だろう。

「じゃあ私は料理に戻るね」

 木乃は台所に戻り作業を続ける。もう踏み台はいらない。でも、もう少し背は欲しいかな? 周囲の少女達は木乃より10cmは背が高い。

「せめて平均は欲しいんだけどなぁ~」

 小さすぎるとCB400FOURに乗れないかも知れない。足が着くかどうか……変にローダウンするなら諦める。カッコいいバイクだから乗りたいのであって、乗る為にダサくするのは違うのである。何というか美学に反する!

 ある意味バカ? それともカッコいい? アホな事を考えながらも調理の手際はスムーズだ。もう何年もやっている事、今更失敗はしない……少なくとも簡単には。

 そんな何時も通りの幸せな暮らし、木乃はこんな暮らしが何時までも続くと信じていた。少なくとも後、三年半、木乃が高校を卒業するまでは祖父とじゃれ合いながら暮らしていける。そう信じ込んでいた。そんな保障は何処にもないのに……

 

 予兆

 

 その日、学校帰りの木乃は自宅の横に止まる珍しい車を見た。

「黒のキャデラック。なんか違和感? ヤーさんならベンツだろうし」

 木乃の個人的な感想ではあるがヤの付く裏稼業な人達はベンツを好む気がする。

 わざわざアメ車を選んでおいて地味な黒かぁ。アメ車乗りって目立ちたがりなんじゃないの? (個人の感想です)

「え~とコンコース?」

 渋い趣味してるな~。木乃の感想はこれだけだ。

 キャデラック コンコースは高級車だ。趣味人や社長さん、成金さんが乗っている事が多い気がする。(個人の感想ですってば)

 でも、こんな下町の古ぼけたバイク屋の前に止める車ではないと思う。あまりにも不似合いだ。

「誰が来てるんだろう?」

 木乃はそっと店の中を覗き込んだ。

 

「……挨拶はこれまでにして本題に入ってもいいかい?」

 イカツイ男が祖父に声をかけていた。

 木乃は荒事とは縁がない。前世でも真面目に働き、病気で死んだ。

 祖父の酔狂で年に一、二回海外で射撃をする事もあるが、銃を他人に向ける事など考えた事もなかった。

 だが祖父の目の前に居る男からは濃い暴力の臭いがする。

「山梨の件だがな、根願寺が認めた。あそこはヤツラの支配下にある」

「ふん? デキルのか?」

「ガイア連合……山梨は支部らしいがカナリ出来るぞ」

 祖父が考え込んでいる。

「強さならあそこが一番だ。ただ所属できるかはワカラン」

「まあ、余所者が参加させてくれっつってもハイどうぞとはイカンわな」

「いきなり現れた強力な組織。所属するのは何処にいたんだって強者ばかり……俺らも訳がワカランよ」

「そうか、すまんの。手間ぁ掛けさせて」

 二人は暫く黙り込んでいた。

 

「その事もあってか気狂い連中が増えてきている」

 男の顔に苦悩の色が見える。

「手伝いが欲しい」

 端的な男の言葉に祖父は即断する。

「断る、隠居したジジイをヒッパリだそうとすんな」

「しゃあねえ……元々無理な願いだ」

 男が苦笑している。

「だがよ、とっつぁん。俺は良くても相手はわからねえよ。気ぃつけな」

 店から出て来た男は木乃に気付くと会釈をして車に乗る。

 そしてエンジン音を響かせ走り去った。

「おじいちゃん、知り合い?」

 そのまま祖父と目があった木乃が聞くも答えはない。

 なんとなく嫌な予感がした。

 

 現実が壊れる音

 

「おじいちゃん、昼間の人ってどーゆー人?」

「うん? 昔の舎弟よ」

 祖父がうそぶく。しかし木乃には判った。本当の事だ……幼い頃から一緒に居た、只一人の家族なのだ。本気か冗談かはスグに判る。

「ふ~ん……おかしな人が増えたって言ってたけど、おじいちゃんに手伝える事って何?」

「ふふん! これでも若い頃は強かったんだぞ儂は!」

「うん、知ってるけど、強いからって何。警察か医者の仕事じゃないの?」

「警察には裁けない悪もいるってこった」

 ここで祖父が悪戯な笑みを浮かべた。

「だから儂みたいな強者がチギッテは投げ、チギッテは投げってな」

 豪快に祖父が笑う。

「もう冗談ばっかり。まあ良いや、危ない事はしないんだよね」

「おう、勿論だ」 

 そう言って笑う祖父の言葉を木乃は信じた。後から考えると信じたかっただけなのかも知れない。

 

「木乃! 起きろっ!!」

 何時もの様にご飯を食べ、就寝した木乃は夜半に無理やり揺り起こされた。

「うん? どーしたの?」

 眠い眼を擦りながら体を起こすと祖父が怖い顔をしている。

 ただ事じゃない。緊急事態か? 災害でもあったのだろうか?

「どうしたのおじいちゃん。火事でもあった」

 多少はハッキリとしてきた思考で祖父に質問する。

「火事もだが、それよりヤベェモンも来ちまった。逃げるか隠れるかそれとも……ともかく延焼する前に動かなきゃイカン」

「強盗かなんか!?」

 驚いたが何とか声を潜めて質問する。

「似たようなモンだが、もっとタチの悪いバケモンだ」

「えっ??」

 冗談だと思った。否、思いたかったが祖父はこんな時に悪ふざけをする人間ではない。

「明かりは付けるな。カーテンの隙間から外を見ろ」

 そういえばカーテンが赤く染まっている。隣の家が燃えていた……否、燃やされていた。そして、逃げ出してくる人間を楽しそうに喰らうバケモノが居た。

 っ……アレはなんだ? 何時から此処はダークファンタジーの世界になった? 何故、警察も消防も来ない?

 木乃の頭に疑問が溢れる。

 そして、何故祖父は驚かない? ……もしかして祖父はアレを知っている? 

「おじいちゃん……アレ、何?」

 震える声で問いかける。

「やっぱり木乃にも見えるのか……覚醒なんて良いこたぁねえ、いや抵抗できるだけマシなのか?」

 祖父は残念そうな安心したような、なんとも複雑そうな顔をしている。

「教えて」

 小声で、だがキッパリと木乃は問い詰める。人を喰らうバケモノ、現実とは思えない、思いたくない。

 だが実際に其処に居る。現実逃避して死ぬのは嫌だ。折角の第二の人生だ、もっと楽しみたい。

 祖父と一緒にツーリングがしたい、キャンプもしたい。二人でいろんな景色を見て歩きたい!

 だからこの窮地を切り抜ける。二人で笑顔で暮らすために絶対だ。

「ありゃぁオンモラキっつうバケモン、悪魔だ」

 悪魔? そうか悪魔か……なんだそれは、本当に現実か?

「悪魔っつうのはな、人を喰いモンにする。文字通り喰うことも多いが、それだけじゃねえ。人の感情を喰うんだ」

「感情を?」

「おう、大抵は”怖い”とか”嫌だ”とか”死にたくねぇ”とかだな。そんな気持ちが餌になるんだとよ」

 祖父は木乃の疑問に答えながらウエストバックを渡して来る。

「このバックは?」

「中にお前の父ちゃんの形見が入っている。イザって時は使え」

「形見? そんなの有ったの? なんで今渡すの?」

 次から次へと疑問が浮かぶ。

「普段から持ち歩いちゃいけねえ物だからな。実銃だ」

「え……」

 思わず絶句。

「昔、俺はバケモン退治を仕事にしていた」

 いつの間にか祖父はバックパックを持っていて、中から穴が開き擦り切れたパイロットジャンパーを取り出している。

「俺のお古だが霊的な守りがあるジャンパーだ。気休めにはならぁ」

 そう言ってジャンパーを着せ、たすき掛けにウエストバックを付けてくれる。ブカブカだったが祖父に包まれた気がして、少し落ち着く。

「悪いが着替えの時間はやれん。靴を履いたら一階に行くぞ」

 黙って頷く。頭の中は疑問符だらけだが、時間を無駄にできないのは判った。

「じゃ、行くぞ」

 祖父は何時の間にか銃を握っている。コルト・ピースメイカー キノも良く知る古い銃だ。ハワイで撃たせてもらった事もある。アレは祖父の私物だったのかも知れない。

 当たり前だった筈の日常。裏にはこんな非日常が潜んでいた。木乃は薄氷の上で暮らしていたのだ。

 外から聞こえる悲鳴と喧騒、そしてナニカが壊される音。木乃には、それが現実が壊れる音に聞こえた。

 

 逃げ出した夜[前編]

 

「オンモラキが一体だけ、不幸中の幸いか?」

 周囲を見渡した祖父言う。意味が判らない、何が幸い何だろう?

「儂なら勝てる相手ってこった……だがダークサマナーがいるな」

「ダークサマナー?」

「悪魔を使役する悪党だよ。そうだなアッチは善人だが昔の安倍晴明みたいな連中だ」

 なるほど、清明は鬼を使役したと言う。鬼=悪魔か……

「悪魔を倒してもボスが出て来るって事?」

 木乃の疑問を祖父が肯定する。

「お前にゃ人殺しはさせん。儂が両方倒す」

「でも、おじいちゃん!」

「お前の母さん、儂の娘との最期の約束なんだ。義息子とも約束したんだ、頼むよ……」

「判った……無理じゃないんだよね?」

「おう、爺ちゃんは強いんだ。任せな!」

 祖父が気配を消す。木乃には祖父の行方が解らない。火事の炎で辺りは照らされている、なのに祖父がどう移動したのか木乃も悪魔も気付けなかった。

 元は軍人だったという祖父の友人。彼に学んだというサイレントキル、それは悪魔にも通じた。あのオンモラキとか言う悪魔には……

 

 なんだこの光景は……木乃は現実が認められなかった。

「なんで……おじいちゃん……」

 祖父のサイレントキルは悪魔に通じた。物陰を伝って悪魔に接近し見事に急所(だと思う)を撃ち抜き倒した。

 そう、オンモラキは……ご近所さんを喰い殺した悪魔は殺せた。

 じゃあ何で祖父は倒れているんだ? なんで祖父が衝撃で吹っ飛んだんだ?

「やはり潜んでいましたか。ネズミを穴倉から追い出すには火をかけるのが一番ですねぇ……」

 カソックを着た男が出て来た。何処から? あれは聖職者じゃ無いのか? なんで天使が祖父を攻撃したんだ?

「ちぃ……焼きがまわったぜ。あんだけ燃やし殺しといてオンモラキは囮かよ」

 祖父が吐き捨てている。

「ふふ、過去の存在とは言えアナタは目障りなのです。我らメシア教に逆らい生き続けているアナタは」

「なら、儂だけ殺しゃあ良い。こんなに巻き込むこたぁねえだろ」

「コノ辺りにアナタが潜んでいると突き止めましてね? モチロン同胞は避難させましたとも」

「手前だって日本人だろうに! 一般人は同胞じゃねぇってのかぁ!!」

「ふん、私の同胞は同じ教えを奉じる方々のみ。一般人というのは我が神に敬虔な祈りを奉げる存在のみを示すのですよ」

 あれは狂っている……見た目は何処にでも居そうなオジサンなのに…… 

「それに……ついでですよ。聖母候補は多ければ多いほどイイ。そうでしょう御使い様」

 御使い? つまりアレは天使? いや神聖そうに見えてもアレは悪魔だ、行動がそう言っている。天使なら祖父を嬲るはずがない!

 木乃は無意識にウエストバックの中を探っていた。手に固い感触、取り出すとそれは古い拳銃だった。

 祖父のピースメイカーよりも古い拳銃”コルト・M1872”父の形見だという銃。

 木乃は弾倉を確認する。ピースメイカーと弾種は同じ、ならばコノ銃にも……

「おじいちゃんを離せ!」

 足を掴み、逆さにぶら下げながら祖父を蹴る、天使と言う名の悪魔を後ろから木乃が撃つ。

 シングルアクション、撃鉄を起こし引き金を引く。一発目、右肩に当たった! 悪魔が祖父を取り落とす。

 二発目、振り返った悪魔の腹部に命中。あまり効いてない。

 三発目、なら心臓はどうだ? ちょっと怯んだ!

 天使擬きが呻く。お父さん、不詳の娘で悪いけど今だけ、今だけは力を貸して……

 手の中の拳銃から何かが伝わって来た感触が有った。頭を狙って四発目、五発目、六発目……全弾命中!!

 気が付くと天使擬きが消えていた。自分に何かが流れ込んでくる。

「ほほう! 素晴らしい! 奇襲とはいえ御使い様を倒すとは……良い母体となる事でしょう」

 カソックの男が平然としている。オカシイ、あの天使擬きが切り札ではなかったのか? なんでアイツは余裕なんだ? そして聖母と言いつつ品定めをするように木乃を舐めまわすイヤらしい目。

「てめえ! 孫が目当てかっ!!」

 起き上がった祖父の怒りの形相。木乃も初めて見るホンキの祖父の怒り、カソックの男が怯んだのか後ずさる。

「てめえらにゃ孫はやらねえよ。どうせ仲間がいるんだろ? じゃなきゃお前が余裕なハズはねぇもんなぁ!」

「ふん、敵よりも多く戦力を集める。当然の事です」

 ふてぶてしい、アレは聖職者ではない。木乃がそう決めた。見た目、行動、言動すべて失格だ。あんなのは雑魚で良い。雑魚神父、奴に相応しい呼び名だ。

 だが、どうする? どうすれば祖父も自分も生き残る事ができる?

 時間に余裕はない。早く行動しなきゃいけないのに考えがマトマラナイ。

「木乃! バイクだ! バイクを出せ!!」

 祖父の命令に反射的に従う。

「わかったっ!」

 我が家も延焼し始めているが、まだ間に合う。木乃はガレージに走り出した。無意識に銃はバックに詰め込んでいる。

「逃がしませんよ。お願いします先輩!」

 目の前の雑魚神父の声に反応する声があった。

「一人で出来ると言うから任せたのに……結局尻ぬぐいはワタシですか? 仕方ありませんが……」

 二人の部下を従え、出て来た男。この男もカソックを着ているが、先の雑魚より陰湿に見える。そして男の頭上に君臨する先程のよりも上位に見える天使と言う名の悪魔。

「アークエンジェル!? なんでそんな高位のバケモンが出て来る!?」

 祖父の焦る声。ヤバイ相手なのだろう……気付けば木乃の体も震えている。でも……

「動け! 私!!」

 自分を叱咤してガレージへ、バイクはあの小さなバイクしか無かった。祖父が直した古いバイク。

「おじいちゃん!」

 エンジンはかかった、ならば祖父の元へ行かなければ。動く、このバイクはもう動く。だから行く、祖父を拾って二人で走る!!

「すまんなぁ……儂は行けそうもないわ」

 祖父に声をかけるも返って来たのは諦めの声。

「おじいちゃん!?」

 どうして? そんな疑問を込めた呼びかけ。

 何故、諦めるんだ? また一緒に笑って暮らすんでしょ? どうして覚悟を決めてるの?

「どうしてっ!」

「儂まで乗ったら速度は出ねぇ……何より、あちらさんに一撃くらわさにゃ、逃げる事もできねぇ」

 祖父の笑み……祖父のダイスキな微笑みが目に焼き付く。

「だから行け、逃げて儂の分まで生きろ!! 世界を良く見て来い! あの世とやらで会ったら土産話をイッパイしてくれ」

 叫ぶ祖父が雑魚神父に取りつき、首に腕を巻き付け締め上げる。

「儂の黄泉路の相手にゃあ不足が過ぎるが我慢してやる」

 凄惨な笑み、たじろぐ雑魚。

「逃げろ! 山梨へ行け!」

 祖父の叫びを聞いて走り出した。ダイスキな祖父を置いて……祖父を……見捨ててっ!

「さて儂の人生最後の置き土産だ。堪能しろよ」

 小さく祖父の声が聞こえた。その後《爆発》

 後に自爆というスキルだと聞いた……祖父は何時から覚悟を決めていたのだろうか? もう答えを聞くことは出来ない。木乃のダイスキな祖父はもう居ないのだ。

「最後まで不出来な後輩でしたね……車を出しなさい。後を追います!」

 微かに聞こえた敵の声を後ろに木乃は逃げる。泣きながら只、逃げる。

 祖父の敵なのに……何一つ出来ずに闇雲に逃げる。

「うっ くっ うぐっ うわ~あぁぁ……」

 泣きながら、只……逃げた。逃げる事しか出来なかった……

 

 

 




軒野 木太郎 キノの祖父。在野の霊能者でレベル10。成長限界に達してしまったが、その分、技術を鍛えた強者。ガイア連合の術者と比較してはいけない。


さて、コレがキノの始まりの物語です。当時は一人称は私で名前の表記も漢字で木乃になっています。覚悟を決め、霊能者のキノになる前のお話になります。

それにしても霊視ニキ便利! メシア相手なら何処に出しても違和感がないw
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