英霊が腐男子で何が悪い!?【サンプル】
英霊エミヤは如何にしてエミヤ×ク―フーリンの同人誌を発行するに至ったか、しかし残念この本は槍弓です!な話です。
とても素敵な表紙は遊兎様にお願い致しました。
※新宿の真名バレあります※
詳細は後程こちらに明記しに参ります。
※12/3販売開始となっておりましたが、私のミスで12/10以降となりました。ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありません。http://www.toranoana.jp/bl/article/04/0030/58/91/040030589172.html
またスパークや秋インテで当スペースにお越しくださいました皆様、本当にありがとうございました。嬉しいお言葉や差し入れ、お手紙を頂きましてとても恐縮しております。少しお時間を頂くことにはなりますが、必ずお返事させて頂きますのでお待ちいただければ幸いです。気にかけて頂いてとても嬉しかったです。
これからもよろしくお願い致します。
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標高六千メートル、積雪を戴く斜面に入り口が設けられた施設の名前は人類継続保証機関フィニス・カルデア。
人類の存続を世界へと保障し、約束する保健機関――通称『カルデア』は人理修復を終え、今は束の間の休息と平和を満喫していた。
哀悼痛惜を乗り越えたマスターやマシュ、幾多の英霊達も疲れた心と身体を休めるように各々過ごしている。
※※※※
「エミヤ、今日のご飯も美味しかったよ!」
「エミヤ先輩、御馳走様でした。食後のデザートの、タルトの中にアーモンドクリームがたっぷり入って上にアーモンドスライスが乗っていたものが、特に美味しかったです……っ!」
食堂と厨房を仕切るカウンター越しにマスターから満面の笑みを贈られ、彼の後輩であるデミサーヴァントのマシュも大きな眼をきらきらと輝かせながらエミヤを見上げてくる。
子供のような素直な賛辞に少し頬を緩め、エミヤは明日の朝食の下拵えをしながら二人へと視線を向けた。
「マスターの口に合って良かったよ。アマンディーヌは初めて作ったものでね、君に気に入って貰えて良かった。また作ろう」
喋りながらも刻んだ食材をタッパーへと仕舞い、次々と仕込みをこなしていく。
「あ、有難う御座います! 楽しみです……っ」
「良かったな、マシュ! あ、リクエストして良いなら、エミヤが暇な時で良いから俺どら焼き食べたい!」
「では明日のお八つはマスターのリクエストにしよう。アマンディーヌは今週中に。どうかね?」
「もちろん! 明日もエミヤ先輩のお八つが食べられるなんて嬉しいです!」
「マシュはエミヤが作る料理の大ファンだもんねー」
「むむ、先輩もだって私、知ってますよ?」
「はは、それは光栄だな。明日も腕に因りを掛けて作ろう。
さぁ二人供、呪腕のハサンが育ててくれたカモミールのハーブティをサーバーにセットしてある。食器を片付けたら飲むと良い」
「カモミール! 私そのお茶大好きです! 先輩、早く片付けましょう!」
嬉しそうに笑うマシュ達が食器を湯の張ってある流し台へと持って行き、粗方の汚れを濯ぎ落として食洗機へとセットするのを横目にエミヤは最後の下拵えを終え、冷蔵庫の蓋を締めた。使い終わった調理器具を洗い、水気を拭いて道具棚へと戻して時計を見ると『約束』している時刻に迫っている。
「……不味いな。タマモキャット、ブーティカ。後は頼んで良いだろうか? 朝食の仕込みは全て終わっているんだが……」
急いでエプロンを脱ぎ、使用済みタオルやエプロンを入れるリネン籠へ畳むと、少なくなってきたとは言えまだ配膳に動く女性陣へとエミヤは声を掛けた。
「またあんた一人で仕込みまでやって……勿論良いに決まってるでしょ? でもエミヤ、まだ自分の分食べてないんじゃ……」
ブーティカが呆れた顔で言ってくるが、調理の合間に詰めた包みを見せて大丈夫だと首を振る。
「自分の分はこれに包んでいるんだ。少し自室でやる事が有ってね……では、頼んだよ」
「任せなさい! あっ! カエサル様は食べ過ぎよ! お代わりは三杯まで、クレオパトラ様にまた泣かれちゃうから聞き入れて頂戴ね!」
「なんだとー!?」
もはや一分一秒が惜しいとばかりに、そそくさと包みを持ち厨房を後にしたエミヤの背中を、ブーティカの母を思わせる叱咤とカエサルの嘆きが見送った。
「あれ? エミヤ何処行ったの?」
湯気を立てるハーブティを片手に、カウンターへと腰を下したマスターは調理場を見渡すと首を傾げた。
隣に座ったマシュも周囲を視るが、先程まで向かい側に立っていた筈の彼は何処にも見当たらない。
「うにゃ? エミヤならやる事があると言って、自分の部屋に戻ったぞ?」
不思議に思っていると、配膳カウンターからタマモキャットがシチューをたっぷりと皿によそいながら教えてくれた。
そう言えばここの所、カルデアの母の別名を持つ彼は気が付けばキッチンから姿を消していた気がする。
「え? エミヤまだ自分のご飯も食べてないよね? 最近直ぐ自室に籠って……ハッ!」
ハサン先生が収穫したカモミールティーを飲み込んだ瞬間、マスターの直感スキルが唸りを上げた。
「先輩? 日本漫画のゴルゴ十三みたいな顔をされてどうしたんですか?」
「マシュの知識凄いね! 絶対あの人の影響だね?! じゃなくて、俺……気付いちゃったんだけど」
彼女の偏った比較対処の知識に今は亡き医療部門のトップへと一瞬思いを馳せるが、持ち直したマスターは酷く真剣な顔でマシュを見る。
「何にでしょう?」
「家事スキルは最初からエクストラレベルでカンスト状態、人の世話を焼くのと厨房が大好きで暇さえあれば掃除に勤しみ四六時中カルデアを動き回るエミヤが突然、それこそ自分の夕食を食べる暇すら惜しんで自室に籠るって……どう考えてもおかしくない?」
「良く視てますね先輩。でも……言われてみれば。以前のエミヤ先輩なら日付が変わる位まで食堂に居たような……」
むしろ皆が休め休めと言っても嬉々として家事をこなしていた。家事の達人スキルを持つタマモキャットやブーティカが居るにも関わらず、カルデアの母の名を欲しいままにするまで。
「だろ? ――って事はだ。エミヤには何よりも優先させたい事、優先したい人が居るって事じゃないか?」
「そ、それはつまり」
こくりとマシュが喉を鳴らした。
結論はもう彼女も思い描いているのだろう。僅かに頬を染め固唾を飲む後輩へとマスターがむふふと笑えば、
「エミヤに恋人が出来たって事だろ?」
左隣の席にがたりと食事が盛られたトレイが置かれた。
「……うん?」
エミヤ特製シチューが波と盛られた皿からは湯気が立ち、山と乗せられた塩パンからは豊潤なバターと芳ばしい香りが。付け合わせのサラダは瑞々しく色彩を放ち、特製ドレッシングに和えられて食べられるのを今か今かと待っているようだ。
けれど誰も座らない。誰が置いたのだろうとマシュから視線を逸らせた瞬間、どかりと左に座った男が長い腕を伸ばしてマスターの、マシュ側の肩を抱いて覗き込んできた。
それはもう笑顔の、ランサーが。
「――おいマスター。その話、もうちょい詳しく聞かせろや」
※※※
厨房を後にしたエミヤが急ぎ自室のドアを開けると、途端に叱責が飛んでくる。
「――遅い、この愚鈍が!」
顔も上げずに背中を向けたまま、部屋の主を叱るのは小さな背丈の少年――没後百四十二年、未だ世界を虜にして止まない稀代の童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンだ。
「す、すまない。だが、まだ約束の時間になっていないだろう? あと、簡易だが私と君の分の夕食を詰めてきた」
エミヤはドアを確りと施錠し中に入ると、昨夜持ち込まれたばかりの、質素な部屋に合わないマガボ二ー製のテーブルへ包みを置いた。アンデルセンはタブレットに接続したキーボードを叩く手を留めないままエミヤを見上げると、鼻を鳴らして笑う。
「ふん、馬鹿め。約束と時間は不確かなものだ。それはさながら人生のように、一分一秒を競う程に予見出来ず、またそれに伴う合理性もない。だから俺は約束の時間よりも前に着き、こうして執筆に勤しんでいるのだ! ……が、まぁ。お前が厨房になくてはならない人材だという事も理解しているし、最大限努力してこの時間になったのだろう事も解っている」
「アンデルセン……」
「――だが、そんなものは締切と言う悪魔の前では何一つも考慮されない! ディアボロに慈悲はなく、ただひたすらに無慈悲だ。我等は哀れな馬車馬。白紙を埋める妄想の旅人だが、同時に回廊に繋がれた罪人だ。解放される事を願って止まない。そして解放されるべきディアボロは三日後に来る……この意味が解るなエミヤ!?」
「……締切を自覚しろと言う事だな?」
その幼く愛らしい容貌に関わらず、成人男性のような艶のある声が朗々と語る言葉にキーワードを拾い頷けば、「解れば良い。そしてお前が言う事にも一理はある」と立て石に水が止まった。
良かった、答えは合っていたようだ。彼の例えは詩的過ぎて現代英霊のエミヤには少々長い。
「腹が減っては戦が出来ぬと東洋でも言う。何よりお前の作るものは何から何まで美味い。美味い物が眼の前にあれば戴くより他には術があるまい。何せ俺は昼食を喰うのをすっかりと忘れていた事を今、そうたった今思い出してしまった!」
「……君からの賛辞は些か照れるな。それにしても昼食を抜くのは感心しないぞ、そもそもきちんと食べないと、幾らサーヴァントだと言っても糖分が頭に廻らないだろう?」
素直な褒め言葉に面食らいつつ、こほん、と咳払いをしたエミヤはタブレットを片付けたテーブルの上にまだ湯気の立つ料理を並べて行く。
「それは認めよう。脳の活性化に一番良いのは、死してなおも糖分に尽きる」
スープジャーに詰めたシチュー、具材をたっぷりと挟んだオープンサンド。女性陣に評判だったアマンディーヌのニ切れは、夜食用に取っておく。
「そして俺は美味いものには惜しみない称賛を贈る主義だ。お前の作った物は須らく美味い。――んっ、ほら美味い!」
エミヤが持参したおしぼりで手を拭ったアンデルセンは、ローストビーフが今にも溢そうなオープンサンドに小さな口を大きく開けてかぶりつく。こればかりは外見と見合い、子供のようにはぐはぐとサンドを食べるアンデルセンに頬を緩めたエミヤもスプーンを手に取った。
「それはどうも。出来るだけ片手で食べる方式にしようとは思ったんだがね、ついシチューも持って来てしまった」
「いや、殊勝なその心掛けは良しだがシチューを持ってきた事ももっと素晴らしいぞエミヤ。スモーブローに良く合う味付けだ」
「スモーブローとは……?」
「ん? ああ、このサンドの事だ。デンマークではその呼び方をしていたのでな。まぁあっちでは片手で食べるのではなく、ナイフとフォークを使うのが一般的なんだが……ああ、これも美味い」
「ほう。その方式も面白ろそうだな。乗せる具材如何では夕食に使えそうだ」
中身は成熟した大人だと解ってはいるものの、食事をする姿は年相応の子供でしかなく、エミヤの頬は自然と緩んでしまう。
(これ程美味そうに食べて貰えるなら、また弁当を作ろうか。今日は残り物を詰めただけだが、今度は彼の好物であるカリカリに焼いたベーコンでバーガーを作っても良いな)
エミヤはこれから始まるだろう決戦に備えて体力と魔力を、何より糖分を補うべくオープンサンドへと手を伸ばした。
※※※
エミヤが用意した弁当を二人で平らげ、腹も八分目になった所でアンデルセンとエミヤは所定の位置に付き、作業を開始した。アンデルセンは彼自身が持ち込んだ飴色のテーブルでまたタブレットを開き、繋いだキーボードにひたすらに文字を打ち込んでいく。
エミヤはと言うと、ベッド脇に元々備えてあったカウンターテーブルにアンデルセンが寄越してくれた板タブレットにペンを走らせ、繋いだノートパソコンの画面を凝視していた。
夕食の支度に出る前に描いておいた下描きに清書のペンを入れているのだ。最初の二時間程は順調にペン入れをしていたが、アップの顔に差し掛かった時にエミヤは思わず天井を仰ぎ見て唸った。脳裏に浮かぶ、凛々しい眉毛と切れ長の眼、白皙の顔と赤い線で描いた下描きとの差異に擦り減った理性が軋みを上げてしまう。違う、そうではないのだと。
「ぐっ、ランサーはこんな顔ではない……っ! もっと、もっと可憐な花のような、美しい顔をしているのにっ……」
「落ち着けエミヤ、それは三次元と二次元の隔たり補正だ」
「――はっ!?」
思わず消しゴムに切り替えようとしたエミヤを、冷静な声が引き留める。規則的に途絶える事のないタイピング音の澱みなさは流石文豪アンデルセンと言った所だろうか。
彼が例える所のディアボロ――締切まであと三日を切った今、下描きを消すのは自殺行為に等しい。
「すまない……助かったアンデルセン」
頭を振り、息を吐く。
作業を始めて百二十分、一息入れるには丁度良いタイミングなのかも知れない。
「茶を入れよう、カモミールは平気かね?」
「ああ、嫌いじゃない」
椅子から立ち上がり、サイドボードに弁当箱と一緒に置いていたポットからマグカップへとハーブティを注げば、豊かな香りと湯気にほっと気分が安らいだのが解る。
ティータイム用に取っておいたアマンディーヌと供に、アンデルセンの前にカップを置くと視線が礼を言ってくる。
軽く頷き、エミヤも再び椅子に座るとマシュが喜んだ手製の菓子を食べて礼装の腕を捲ってペンを握った。
壁に張ったカレンダーの日付は何度確かめても動かない事は解っている。エミヤに出来る事は、ただ己を信じてペンに全ての萌を注ぎ込むだけだ。
「……よしっ」
エミヤは先程挫けたランサーの顔に取りかかる。
あの男は何と言っても顔が良い。とにかく顔が美しい。流石は神代、神と人とのミックスだと唸るより他ない。英霊は見眼麗しい美男美女ばかりだがランサーは取り分け、エミヤにとっては身震いする程に美しく視える。
魔術焼けした褐色の肌の自分とは違い、アイルランド人の抜けるように白い肌と、筋肉がそうあるべきだと伴う細身ながらも鍛え抜かれた事が窺い知れる肢体。男だと忘れてしまいそうな程に美しい、白皙の顔立ち。
(いや、男の顔なんだ。ランサーの顔は。女性のような線の細さもない、紛れもない男の顔なのだが)
太く凛々しい眉は決して女性的ではなく、切れ長の眼は冷涼な眼差しを湛えている。海の深い色を映し込んだ、稀有な髪色と同じ睫毛の下で、神性を帯びた眼が宝石のように煌いて。
(……ランサー)
脳裏に思い浮かべるだけで頬に熱が上り、心臓をとくりと逸らせるその理由を、ちゃんとエミヤは解っていた。
こうして自室に籠り、鍛えた身体を猫背にしながら板タブレットへ向かっているその訳を。
そもそも――エミヤがこうしてアンデルセンと供に自室に籠り、締切を悪魔だと呼んでは手を動かしている原因は彼これ三ヵ月程前に遡るのだ。
乱層雲が晴れて太陽が顔を覗かせるその日は、絶好の掃除日和だった。良き家事仲間である呪腕のハサンやブーティカ達と掃除に勤しむ最中で、日頃ゴミ部屋になっている事が多い作家連中、即ちシェイクスピアやアンデルセンの部屋の惨状を見に行った時の事だ。
エミヤが彼等の部屋を訪ねた際、シェイクスピアの部屋は鍵が掛かっていたがアンデルセンの部屋に施錠はなく、一応の断りを言葉で入れて部屋へと入る。予想も正しく乱雑に物が散らかった部屋は静まり返っていて、留守だと解った。
「ああ……そう言えば今日彼等はレイシフトに出ると言っていたな」
朝から慌ただしかった気がすると思い出し、床やソファに脱ぎ捨てられた服を取り合えずと拾い上げる。
ついでにシーツも洗って置こうとベッドに近付いたエミヤの眼に、ロココ調のサイドテーブルに山と積まれたカラフルな色彩が映り込む。現代英霊のエミヤが識る雑誌とも、単行本とも形状が違うそれはまるでノートのような薄さだった。
「漫画……?」
そう言えば生前、まだ学生だった頃は週刊少年誌を偶に読んでいたなと小さく笑う。
当時雑誌の看板を背負っていた少年は結局海賊王になったのだろうかと、何処か懐かしい気憶に揺り動かされてエミヤはその薄い本を取り――何気なくぺらりと捲った瞬間に、穏やかな郷愁は一気に吹っ飛んでしまった。
「――な、な、んだ、これ……っ!?」
見開いた榛色の眼に映り込むのは、生々しさが滴る程に卑猥な――同性同士、男同士のセックスシーンだ。驚きから思わず本が手を滑り落ち、腕に掛けていたアンデルセンの服も雪崩のように床へと埃をたてる。
「しまった……!」
慌てて本だけを拾い上げ、表紙が折れてないかを確かめるとエプロン越しにほっと胸を撫で下ろした。
どうやら破損はないようだと、煌びやかな表紙を見詰めたエミヤはこくりと喉を鳴らし、辺りを見渡すと改めて中を開いた。怖いもの見たさ、と言うよりは好奇心が勝っていたかのように思う。男同士でこんな事が出来るのかと驚く反面、エミヤはそれを『知りたかった』のだろう。
ページを捲れば、やはり圧倒的な裸体が描かれて激しい行為が続いている。気恥ずかしさからか、それとも余りにも直接的な描写の為か、頬に熱が上がってしまう。
「か、彼はこういった、ものも嗜んでいるのか。いやもう一世紀半にも近い価値観の違いだろうし……ん?」
気持ち薄眼で見ていたエミヤは数ページを呼んだ所で、絡み合うキャラクター達に何だか見憶えがある事に気が付いた。
裸体に気を取られてしまっていたが見憶えがある、なんてものではない。よくよく見れば、絡んでいる男二人は。
「おい、誰だそこに居るのは……!」
「――っ!?」
突然開いたドアと同時に、鋭く放たれた声にエミヤはびくりと肩を揺らした。部屋の構造的にワンルームの作りをしている以上、逃げる暇などない。
「……その赤いエプロン。エミヤだな」
「レ、レイシフトから戻ってきたのかアンデルセン……っ」
確かにカルデアで赤いエプロンを着用しているのは自分だけだと思い至り、エミヤは背後を振り返った。動揺したまま、両手で胸に抱いている薄い本の事をすっかりと忘れて。
「見たのか」
「……はっ!? あ、いや、これは、その……っ!?」
言葉に詰まるエミヤに向かい、広くない部屋をコツコツと靴音を経ててアンデルセンが距離を詰める。
「視たんだな?」
すぐ目の前で立ち止まり、晴天の空を切り取ったような髪に似た、スカイブルーの大きな眼がひたりとエミヤを見詰め、小さな唇が弧を描いた。
「上気した頬はその本の中を見て少なくない昂りを覚えたからだな? 一般的に『普通』とされる異性愛者であれば、その本の中身を見るなり嫌悪を出して即座に手放している筈だ」
「そ、れは」
「よしんば好奇心で中身を覗いたにしろ、興味を持った事に違いはない――違うかエミヤ」
幼い指先を突き付けられ、エミヤはたじろぐ。アンデルセンの言葉はまるでエミヤの心を見透かしたように当たっていたからだ。驚きこそすれ、嫌悪感はない。むしろ、もう少し先を見たかったとも、思ってしまっているのだ。
「掃除が目的とは言え、勝手に部屋に入って君の私物を視た非礼は詫びよう。……だか、アンデルセン……こ、この本の中に描かれた二人は……っ」
突き付けられた桜色の指先に、ぐっと見せ付けるようにフルカラーの表紙を見せ付ける。
「ホームズ探偵とモリアーティ教授ではないかね……!?」
――そう、特徴的な彼等の衣装は描かれては居ないが、その顔立ちや達振舞いは先月このカルデアに来た二人の英霊に良く似ていた。その彼等が、激しい情をこの薄い本の中で交わしているのだ。
「惜しい、調停者と新宿のアーチャーだ」
「そ、それは彼等の別名で……」
「いや、『その本の中ではそれが彼等の名前』だ。間違ってはいないさ」
アンデルセンは突き付けられた本を受け取ると、肩に掛けていた大きなトートバッグをベッドへと下し、自身も腰を掛ける。アンデルセンは自分の隣をポンと叩くと、野暮ったい黒縁眼鏡をだぶついた白衣の袖口から指先を出さずに直したかと思えば、口角を上げた。
「お前も此処に座れ、英霊エミヤ。講義の時間だ」
それから――エミヤはアンデルセンの言葉の通り『講義』を受ける事となったのだ。そう、あれは正しく講義だった。
教師はアンデルセン、生徒はエミヤで行われたのはエミヤが勝手に覗き見した薄い本、通称『同人誌』についてである。
古くは明治時代、硯友社が発行したと言う『我楽多文庫』から始まり、二千十七年現在に於いても、特に日本を中心として栄えている文化なのだとアンデルセンは口火を切った。
同じ嗜好を良しとした個人や、その仲間と作り上げる本の一種だとも。エミヤが視てしまった本はその同人誌の一種、同性同士の恋愛を扱ったボーイズラブ言われる分類の本だそうで、戸惑いながら「ゲイやホモではないのか?」と聞くと、「その文化はきちんとあるが、どちらかと言うと男向け、本当の同性愛者になるな」と返されてしまった。
違いが解らず唸っていると、アンデルセンはトートバックから数冊の薄い本を出してエミヤへと差し出した。
「実物を見せた方が解り易いだろう。つまり、お前が言っているのはこの筋骨隆々、またはこの髭が雄雄しく生え褌姿も立派な日本男子達が性交するタイプはホモやゲイに分類される事が多い。対してボーイズラブ、略してBLと言うのはこっちの、絵がライトな層の事を言う。基本的に描いている作家や編集、買い手も女が多いのが特徴だ。無論、俺のように男も多少は買っているがな」
「……ほう」
「そんな難しい顔をして見るものではないぞ。この本一冊一冊に女達の夢と希望、重い愛と深い萌が詰まっているんだ」
明らかに肌色が多い、きらきらとした本を撫で穏やかに笑うアンデルセンに、エミヤは控えめに挙手をする。
「質問か?」
「失礼、『萌』とはなんだアンデルセン。若葉が萌ゆるの『萌』か?」
「……ふむ。お前の言うそれは古典に於ける使用事例だな。俺が言ってるのは俗語の方だ。そうだな……対象を見ると胸がきゅうと締め付けられるような、胸の奥の一番柔らかな場所を擽られるように感じる事が多々あるが、まぁそれらは個人差だ。萌えは本能で解る」
そう語るアンデルセンの眼は何処か熱を帯びていた。
エミヤの知る彼は厭世家であり、スカイブルーの眼に絶望の影を忍ばせていた筈だ。
けれど、今の彼の眼にそれは見受けられない。
「本能……?」
「――お前もそれに出会ってしまったら解るさ」
諭すように返される声は酷く柔らかかった。