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此処は荒野。
疲れくたびれ、勘弁しろ、もう動かないのだと、叫んでは次を斬り裂く剣の丘。
剣の丘。
それは文字通り、正しく柄であり刀身。それが重なり、混ざり、離れてはくっつくを繰り返した挙句に高さと相成り、複雑なようで簡単に出来上がった不器用な丘陵。
その荒野の主たる剣は人に非ず。剣はあくまでも剣の役割を繰り返すのみであり、それ故に荒野は人の存在を許さない。
それでもどういう理屈か、丘の中枢に居座る剣の姿はまるで、人間のそれであったのだから始末が悪かった。
───以下に真実を記す。
それは間違いなく、端から端まで剣であった。であれば、剣が己に課せられた使命を護り続ける以上人を傷つけるはその概念からして道理のはずであり、疑う余地もなく正しい。
だが、それでも。
その刀身に写る姿が、皮が、五体が、瞳が。当然のように余人には人に見えたし、見えたのだから、どうしたってその丘では、人が人を殺しているようにしか見えなかったのだ。
───ヒトが、眼前の理解出来ない事象に対して抱く感情のパターンには決まったテンプレートが幾つかある。そしてこれに関してならば、躊躇うこともなく一つ───恐れである。
恐れたヒトの力は計り知れない──訂正、恐れたと言えどもヒトの力は弱い。増して剣との相性は最悪だ。触れれば切れるのだから。
だが、ヒトとは兎角数が多いもの。そしてその十割が願う根底の形は自種の保存だ。その為には、多少の犠牲も厭わない。
アレが我ら人間種の保存の為に危険なら消そう。その為には人間種を犠牲にするしかないのだと。
十を殺す者を一、または二や三を持って終わらせられれば最良だと、それがヒトの根底、保存の方式が試行錯誤の末に行き着いた正道という名の生命の仕掛け。
……いや、まあ。それは当然だ。当然だろう。
正常な人間、心を持つヒトであれば、まさか剣が人の真似をするが否かの疑問なぞ持たぬのだから。優先すべき事柄は他にこそあれ、剣のような鋭利さを持つヒトガタをしているものへの関心など意味がない。
…
かくして剣は折れた。
正しくは折られたのだが、折れるべくして折れたのだから折れたで正しい。
さて、先に剣には使命があったと述べた。使命を護り続けていたとも述べた。
金属に課せられた、折れるまで忘れ得なかったナニカが何なのかなぞはさしたる問題ではなくとも、そのナニカを確固たる概念として認めたダレカがいたことは、少しだけ問題だ。
───ソレは名をアラヤといった。
アラヤは問うた。刀身ではない、剣の核たる刀身に向けて問うた。
剣は頷いた。深く深く、志半ばで折れた使命を、真に折れているこの刀身が再び抱えて走れるというのならば、喜んでこの身を差し出すと吼えた。
アラヤはそれを了承した。
が、ただ一つ、抜きに出来ぬ前提があるのだと。それさえ預けるというのならば、その時こそその刀身を鍛え直そうと、念を押した。
意味を失くすと。アラヤはいった。
剣が得、今日折れるまで貫いてきたその使命。その理由と願い。過程。残るべき尊いはずのもの。全て失い、残るものは纏わり付く残骸だけだ、それでも───とアラヤは最後であろう問を問うた。
剣は問いには答えなかった。
ただ一言。剣は、直せ、と言った。
直せ。戻せ。打て。鍛えろ。この折れた刀身では、やるべきことを行えないのだと、その鷹の瞳が鈍く光って──────
アラヤはそれ以上何も言わなかった。黙したまま消えるのみだった。
残された剣は既に立ち上がり、確かめるように己が刀身を眺めた。
剣は、面白くもなさそうに戻っていった。戻るとは、丘がことである。
丘とは荒野。
疲労し、何重にもひびをいれ、体中に広がった錆は役目を成すごとにガシガシと音を立てて、もう役には立たない、もうたくさんなんだ、と悲鳴のように訴えかけながら斬り結ぶ剣の丘。地には数百、数千を越える残骸が刺さる痛みの丘。
使命とは遺志。幾星霜を遡って、確かに在った、今では忘却の彼方にある月の光。または在りし日、冬の十数日。そういう在り方として、ただひたすらに眩しかった黄金の煌めき。
常に一定たる時間の進行をも止めた瞬間を、剣は確かに覚えていたのだ。
受け入れるべくして受け入れ、また己もそう在る者であると同調して携えたひと振りの鉄心。
かつての話。
剣がまだ、人であるべくして人であった頃の話。
等価交換の天秤を視界から外し、自身を一、その他を十としてヒトの正道を正しすぎるほどに護り抜く、人間でありながらそう見えない成れの果て。
余人がその姿の危うさ、鋭さを、畏敬と皮肉を込めて呼んだ呼称がある。
───正義の味方。その身体は、無限の剣で出来ているのだと──────
いや…3(ピー)させるのを狙って、時間稼ぎしてくれたんだし(震え声)