死より罷り出でていづれ消ゆ
■物凄くぱっと思い付いただけのお話。盾とか、美しいとか、カルデアの食堂でのお二人のやりとり。毎回いつもこんな感じのばっかり書いてます。
■若干ランサーの話題も出ます。
■ふと思い付いたタイトルなんですが、何かのタイトルだったかもしれません。何かあれば、改題します。
■あまりにも突発的な物なので、いずれ消すかもしれないです。
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初めてあの弓兵と戦線を共にした時のことだった。
桜色の花弁が空に抱かれ、その護りは鉄壁であった。
嗚呼、大海の――真っ只中に咲く花とは、斯くも強いのだろうと、思わざるを得なかった。
だから、ひと言だけ漏らしたのだ。いつか呪縛となって己を縛ったその言葉は、不思議と心地のよい響きであった。
***
「なあ、あんたってアイアスの知り合いか何かか?」
「……何を突然」
エミヤはふと呟かれたその言葉に返答し、皿を拭く手を止めた。問い手――ギリシアの大英雄、アキレウスは、言い知れない面持ちで温くなったエールを煽った。
夕食時を過ぎた食堂は閑散としていて、厨房に立つエミヤと、それをカウンターで眺めるアキレウス以外には誰もいない。
「ま、片手間の暇潰しってやつだ」
清掃作業に取りかかる様子を眺め酒を煽るのが、ここ最近の暇潰しであった。それほど会話はなく、事務的に動く彼を眺めるだけの時間である。せかせかと動く赤い背中は、飽きがない。
加えて、試作品であるとか昼の残り物が、何も言わずに出てくるのが、何処と無く心地がいい。
「五月蝿くはしてねえつもり」
「バーサーカー連中よりは、マシかね」
「それ、もっと騒げ、ってことか?」
「いや、冗談だ」
皮肉めいた言動も、いい酒の肴になる。自分が現代の人間であって、行きつけの居酒屋があれば、きっとこうであったのだろうとアキレウスは納得している。
「それで……あの盾のことか」
「おう。あれはなんだ」
「なんだと、言われてもね。君の思っているものさ」
「ふうん」
思ったような返事は得られず、ごまかすような返答である。
エールの泡は殆どなくなって、世辞にも美味いとは言えなかった。エミヤは次の皿を手取ると、布巾で丁寧に拭いていく。
「それにしちゃ、美しいと思ってな」
「君がそれを言うか。呪詛のようなものだろうに」
一瞬だけ虚を付かれたように静止し、エミヤは少しばかり意外性を含んだ顔で答えた。はて――と考えたあと、得心の言ったようにアキレウスは自嘲する。
「言えてるな。だが、美しいものを美しいと言って何が悪い。嗚呼いや――あれは俺が――まあ、それはそれとしても、元を知っていれば誰でもそう思うだろうさ」
そう言って、件の戦闘を思い返す。エミヤは、あれを確かにアイアスの盾と呼んだ。
眼前に迫る増援、対して此方の前衛は疲弊しきっていた。余力を残すのは、後詰めの自分と、何処の出とも知らぬ錬鉄の弓兵。
双剣を主に構えながらも、多芸多才な英霊。しかしながら、何処をあたってもそれらしい英雄はおらず、アキレウスには謎めいた存在に近かった。
「アーチャーってのは、弓以外も使うもんかね。先生に姐さんが特殊なのか、なんざ思っちまうわな」
「履き違えないでほしいが、彼等が全うなアーチャーなんだ。間違っても、私や英雄王を正しい形だと思わないことだ。カルデアでは、最早そうとも言えまいが……」
「わあってる。今更音を飛ばそうが、銃ぶっぱなそうが気にしねえよ」
前前から鍛練している姿を見掛けても、アーチャーと思えない戦闘スタイルだったとはいえど、よもやその手中に「かの男の盾」が在ったのは、いよいよ焼きが回ったかとさえ思えた。
アキレウスは驚嘆を通り越し、最早何も考えることが出来なかった。それはあまりにも、自分の知るアイアスと、目の前のエミヤが違ったから。そして、あまりにも、彼の盾が美しいからだった。
決して前者が醜いわけではない。だが、あれは段違いであったのだ。まるで花のように、それでいて護りは鉄壁であった。その光景は、アキレウスの脳裏から焼き付いて離れない。
「簡潔に言えば、あんたが気に入った。気に入らないところもあるが……ま、それはそれ」
「世迷い言を」
「馬鹿言え。それにな」
「なにかね」
勿体振るような態度に、エミヤは催促するように目線を寄越しす。その様子に、アキレウスは満足げにエールを飲み干した。
「謎めいた存在、なんてのは暴きたくなるのが性ってもんだ。何処の英霊なのかってのも勿論だがな。より深く、より濃く。奥の底まで知りたくなる」
「好き者め」
「英雄なんざ、誰も彼もそんなもんだ。それくらいの欲がなきゃ、こんな場所にゃあいねえよ」
橙の瞳で、にこり、と笑って見せる。整った顔が創るその表情は、柔らかくもありながら、どこか鋭利な感情があった。
ごちそうさん、とカウンターにジョッキをおけば、呆れた声色で返事があった。席を立って伸びをする。時計は零時を周り、夜の気配が色濃く訪れている。
「今日は随分と早いな」
「言いたいことは言ったしな。くどくどと誘うほど面倒な男じゃねえつもりだぜ」
「はなからそのつもりだったと」
「いんや。それとこれとは別だ。純粋に盾は強く美しい。最終的には同じかもしれんがな。何――英霊エミヤとアキレウスはわからんが、俺たちは一度きりだろう。俺は、二度と間違えたくねえ。そうだ。……姐さんのとき、みてえに」
最後の一言は、消え入るようだった。
アキレウスは天井の照明に右手を翳し、静かにそれを眺めた。影が落ち、先と転じて、表情はつぶさに見てとれない。空を掴むように、ひとつずつ指先が閉じられる。
「君が――」
エミヤは、その静寂を破るように声を発した。アキレウスが彼を見やれば、困ったようでいて、それでいて仕方無そうに、はっきりと続けた。近頃よく見掛けるこの柔らかな表情は、何度見ても慣れることはない。
「君が、以前何を掴み、掴み損ねたのか。それに関して、私は異議も唱えないし、肯定もしない」
「俺には興味ない、ってことか」
「そう早まるな。単に私がすべきことではない、というだけさ。割に聡明な君だ、きっと君は間違っていまい。それに、私たちが一度きりというのも正しい……とは私は言い切れないか。あれとは腐れ縁……思い出すのも苦だが」
「割には余計だ。あと、他の男の話は勘弁だ。一応口説いてるからな、これ」
例のケルトの大英雄を引き合いに出されては、アキレウスも居たたまれない気分になった。
ただでさえエミヤと縁深い彼は、戦闘といい在り方といい自分と近いものを感じるが、人として好きかと、関係性として好きかは別問題である。決して敵視している訳でないが、二人のその縁が特別であることに相違はない。
打ってかわって懐疑的な視線に、エミヤは脱線しかかる話を、ひとつ咳払いをして戻す。
「この関係が、君が言うように今一度きりしかないならば。君がそう思うように、私も君に思うことがある」
「ん……ん? それってのは、つまり……なんだ」
相も変わらず、やけに回りくどい男である。話の本質を草葉に隠すようだった。腕を組み、唸るようにアキレウスは頭を捻る。眉を寄せ、ああでもないこうでもないと、思考を巡らせた。
「そう難しいことじゃない」
「もっと簡単に言えないのかよ。ほんっとに可愛いげがねえというか、あるというか……」
な。最後の一言は、何処かへ飛んでいった。息をするのを忘れたかのように、目を丸くするほかない。
アキレウスが顔を上げれば、目の前にはエミヤの鈍色の瞳が映っている。鋼のようで、彼の心そのものを体現するような色。
その瞳が、どうにも――自分を求めている。物欲しそうな、独占欲を煽るような。ついぞこれまで何度も夢想した、あの表情。それが今現在進行形で、眼前にある。
「ああ、その……あー、とだな」
童貞もかくや、自分で誘っておきながら――悔しいほどに上手い言葉が出てこない。かつて愛した女たち、親愛なる友に、あれほど紡いだ言葉が抜け落ちたように真っ白になっている。
どれほどこの男を知りたいのか、欲しいのか。やっと理解した自分にほとほと呆れ返るほどである。
「行かないでくれ」
「おい……あんたもっと堅物だと……くそ、狡すぎる。その顔で、それ、は」
「アキレウス」
呼ばれた名にぎこちなく返答して、後ろずさる。緩む口許を抑えながら、一挙一動を見逃すまいとエミヤからは視線が外せない。心は昂り、心臓は早鐘を打っていた。鷹見もやはり視線を外そうとしない。
がたり、と下がる背が椅子に当たる。これ以上の後退は許されない。ゆっくりと瞳を閉じた後、アキレウスは小さく溜息をつく。
「なあ、エミヤ」
先程とは逆に、乗り出すように褐色の耳許に唇を寄せる。鼻先に白銀の髪が触れる。囁くように声を出せば、微かに紅い礼装の肩が震えたのが分かった。だから、アキレウスは続けた。
「言葉にしてくれよ。あんたのその、言葉で」
「いいだろう。私は――」
背凭れに置かれた右手に、エミヤは自身の手を重ねる。しっかりと握り込み、その掌からは熱が感じ取れた。アキレウスは形の整った指を絡め、逃がすまいと掴む。
仮物の肉体が、仮物の鼓動が溶け合う錯覚に陥る。残る左手を、存外締まった弓兵の腰に回す。
そうして――エミヤは両の手でアキレウスの右手を掴んで、強い口調で言った。
「実は、君にまだ食べてもらいたいものがある。新作なんだ、試食してくれないか」
食べてもらいたい。新作。
この二つのワードは、アキレウスの思考を停止させるに余りあるものだった。
何かが違う。求めていたものと決定的に違う。嬉々として向けられる視線が、眩しすぎる。こういう顔もするのか、と嬉しい半面、向けられたいのは今ではなかった。
「ん? んー……ああ。まあ、そうだよな、そうだよなあ……」
段々と平静を取り戻していく精神と、言い知れない感情。とりあえずのところ、アキレウスは行き場をなくした左手を添えた。
唐変木も唐変木――鈍感を通り越して、最早何も感じていないのか――危うく大英雄としての自信さえ見失う事態である。例えれば、据え膳が全て食品サンプルだったような――そんな気分だった。
「ムースを作ってみたんだ。日中から仕込んではいたんだが、どうにも上手くいかなくてね。あれこれ試行錯誤して、時間的にも君に食べてもらいたいと。忌憚ない意見をくれたまえ、今後の参考にするよ」
エミヤはそう言って、握っていた右手をそのままカウンターに置き、厨房内に戻っていく。嬉しそうな後ろ姿を、呆けた顔で見ることしかできない。今の姿をあろうことかケイローンに見られでもすれば、アキレウスは座に帰ることさえ厭わないだろう。
立っていても仕方がないので、カウンターに向き直り、溜め息を漏らして頬杖をつく。唇を尖らせ、嬉しそうに厨房に立つエミヤの背中に投げ掛ける。
「俺に食べてほしいってのは特別感あっていいけどな、上手くいかないのはこっちの方で……」
そう言いかけて、アキレウスは口をつぐんだ。
ふと見上げれば、カウンター上の小さな姿見には、思いの外緩んだ表情の自分の姿が映っている。上がった口角を摘まむ。
「なんで嬉しそうな顔してんだよ、俺は」
「木苺とチョコレートと、好きなのは?」
エミヤが厨房から投げ掛けた。アキレウスが見渡しても、その姿は見られない。どうやらカウンター下の冷蔵庫を覗いているようだった。
それは、いつもの光景と変わらなかった。日々の中の、とても小さくて何気無い時間。カウンター越しのやりとり。今望んだものとは違えど、アキレウスにとり、好ましいことに違いなかった。
「……ま、いいか。あいつが楽しいならそれで」
誰にも聞こえないように小さく呟いた。
返答がないことを気にかけてか、エミヤが顔を覗かせる。幾分普段より穏やかで、お決まりの皮肉めいた表情は見受けられなかった。それがひどくいとおしくて、アキレウスは思わず笑いを溢した。
「アキレウス?」
「悪い悪い、どっちも、ってのはありか?」
「そう言うだろうと思ってな」
両方用意したに決まっているだろう、とエミヤは自慢げにムースをカウンターに置いた。小振りの直方体の容器に納められたムースは、二層のコントラストが美しい。ふるりと揺れる様子は、実に食欲を誘った。
「流石」
「誉めても何も出んよ」
そうは言いつつも、どことなく嬉しげである。満更でもない顔で否定するエミヤを横目に、アキレウスは辺りを見回した。
「スプーンは?」
「ああ、後で持っていくから、先に行っていてくれ。私も一緒に食べるから――」
「持っていく、って何処に? ここで食べるんじゃねえの?」
思わぬ言葉に思わず聞き返す。誰か呼ぶのか、とアキレウスは腰を上げた。
基本的にエミヤと過ごす時間は食堂でのものであって、日中であれば時折皆で菓子を囲むことはありこそすれ、夜間に食堂以外に行くことはない。必要がない、といってもいい。
スプーンを探す金属音とともに、エミヤは軽く答えた。
「君の部屋に」
「……なんだって?」
何か変な言葉が聞こえた気がした。アキレウスは、ついに自分が幻聴さえ聞き出したのかとさえ思った。
だが、返答がない。響くのは銀食器が擦れる高い音のみである。聞こえていないのかと、聞き返した。自覚がなくとも、ねだるような声色だったのは、最早仕方ないことだったのかもしれない。
「何処に、持っていくって? なあ、エミヤ」
「だから、君の部屋に、だ、何度も言わせないでくれ……」
返答の語尾は、消えかかっていた。夜の静けさが、逆に五月蝿いような心地さえする。アキレウスは、一応――念のため――もう一度だけ、聞いた。自分の口から出たのは、想像以上に冷静な声だった。
「それ、どういう意味か分かってるんだよな?」
「……存外意地が悪いんだな、大英雄殿は」
「どうとでも言いやがれ」
諦めたような沈黙ののち、小さな溜め息が聴こえ――カウンター越しに、エミヤは顔を見せた。
手で覆われたその顔は、表情が伺えない。だが指の隙間からは、普段よりも血色のよい肌が、ちらりと見えた。
「意地が悪いのはどっちだよ」
アキレウスはそう笑って、邪魔な手を退けてやる。
そうして、そのまま唇を重ねても――手は振りほどかれなかった。女ほど柔らかくない。或いは、手入れされた男のようでもない。戦士の武骨なもの。けれど、触れるだけのようなそれでも、今は充分だった。
アキレウスは、そっと離れ、何も言葉を発しなくなったエミヤの髪を手荒く崩した。そこでやっと、崩す手に不機嫌そうに手がかけられた。
「止めろアキレウス」
「いや、やめねえ。俺はそうしたいからな。あんた、本当に面倒臭い性分してる。ひねくれてるし、可愛げも……ないっちゃないが、ある」
「それは誉め言葉か?」
「嘘は言わねえさ。美しいものには美しいって言っちまうような野郎だぜ? 余程、あんたより分かりやすい。そうじゃなきゃ、こんなことしねえよ」
「……同感だ」
エミヤは下ろされた髪を整えると自身はスプーンを持ち、アキレウスへムースを手渡した。厨房の電灯を消し、カウンターには閉店の立て札が置かれる。
「温くなっては美味しくなかろう。続きは」
「俺の部屋で。聴かせてくれよ、あんたのことも。あんたの盾のことも。勿論、閨でも」
「……せめて、食べた後にしてくれ」
最後に食堂の灯りは消え、開店中と書かれた札を返す。乾いた木の音も、次第に闇に消えていく。遠ざかる足音は普段に比べ、何処か軽やかであった。
「この関係がこれきりってのも、なんだかな」
「いずれなくなるからこそ、美しいものもある」
「知ってるぜ、それ。諸行無常ってやつだろ」
「きっとそんなものさ、私たちもな」
「そういうもんか。さすが日本人」
赤騎弓、増えてくれませんかねぇー!!(最高でした!!赤騎弓の小説増やして下さい!!)