法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『サブスタンス』

 エリザベスは道路に名前が刻まれるほどのスター俳優だった。しかし中年女性となった今ではエアロビクス番組の降板がせまっていることを知り、悩んでいた。注意散漫になり事故を起こし、病院にかつぎこまれるほどに。
 その病院につとめる若い男から奇妙な情報がもたらされる。指示にしたがってみると、エリザベスの背中が裂け、中から若い女性の肉体があらわれた。若いエリザベスはスーと名乗って自分自身の後釜に座るが……


 2024年の合作映画。フランスのコラリー・ファルジャが監督と脚本をつとめ、カンヌ映画祭の脚本賞に輝いた。

 人体の変容をアナログな特殊メイクで表現してアカデミー賞を獲得。クローネンバーグ作品を少しマイルドにした感じの楽しさがあった。


 ただジャンルホラーにしては2時間20分以上の長尺で、EDは10分未満と短い。それなのに内容の密度は『笑ゥせぇるすまん』や『世にも奇妙な物語』の1エピソードと大差ない。同じ脚本でも30分枠で充分に映像化できるだろう。
 はっきりいって意外性はまったくない。主人公は目前の成功にとらわれて少しずつ条件を無視して後戻りできなくなり、美を求めた結果として醜い怪物になりはてるだけ。
 成功を前借するために苦痛をせおった状況の主人公は、成功している過去の自分を逆恨みするようになる。成功している若い時分は余裕がなく、引退して自由にすごしている老いた自分に嫌気がさす。藤子F短編で何度か見たパターンだ。
 このようにストーリーは設定から連想した類似作品の範囲から一歩も出ない。同ジャンル作品なら『整形水』*1のほうが意外な局面がいくつかあった。


 しかし『シャイニング』を思わせる俯瞰や長大な廊下の長回しを多用して、ホラーの定番に直面する女性たちの葛藤をじっくり映して、なんだか映画作品らしい風格は生まれている。物語自体は動きがなくても、フェティッシュでアイロニックな描写を重ねて中だるみしなかった。
 また、男たちのどうしようもなさを描いた部分は、超常現象がからまないがゆえの現実味あって良かった。特に、たまたま病院で出会った学生時代の知人が、連絡先のメモを書類の切れはしに書いたあげく、水たまりに落としたものを渡してくる情けなさがダメすぎてすごい。そのダメな男が、ある局面では主人公のすがりつきたくなる藁になってしまうところも、追いこまれぶりを実感させるし、それでもそのようなダメな人生を許容できれば自他の何かが救われたのでは、という悔いを感じさせた。


 それにしても、欧米は日本より成熟した女性が好まれると聞くが、デミ・ムーアが演じるエリザベスは充分に魅力的に見える……というか、もともと日本の芸能人と比べると大人びた美女俳優という印象があるため、劣化したと位置づけられる中年女性になっても落差を感じづらい。
 エクササイズ番組は若いスーの姿になることでエロティックなコンテンツになるわけだが、そもそもエリザベスがエクササイズしていた時は年齢の近い男女向けの生活番組という感じで、出演者が変わったことは魅力の有無ではなく想定視聴者の変更でしかないと感じた。
 たとえばナタリー・ポートマンやエマ・ワトソンのような愛らしい子役として人気をはくした俳優が、中年女性となりながらコケティッシュな少女の役割りを演じつづけるような状況のほうが、老けたことで人気を失う恐怖の説得力がもっと感じられた気がする。