日本人は景観に鈍感すぎる?五輪で注目「イタリア」の美しい景色と美意識 徹底的に守り育む“ルール作り”
デイリー新潮配信
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あるテレビ番組でイタリアに留学する学生さんがローマでアパートを探すシーンを見ていたが、手軽な価格の物件は、間取りも悪く(入口を入って最初に目に飛び込むのがベッドルームなど)、建物内に段差や階段が多く身障者の方が住める様な環境ではなかったり、半地下の建物も多く、日当たりもよくない。シャワーの水量は弱く、心もとない温水で床に漏れないように気を遣う水周り、トイレの位置も、えっ?て感じに見えた。リッチでない一般市民は相当我慢(当地では当たり前なのかもしれないが)して暮らしている印象を受けた。 ただ、部屋の中にローマ時代の遺跡の一部が露出しているなど、好きな人にはいい環境かもしれないが、日本の住環境に慣れた方には快適に住めそうに見えなかった。隣の芝は青いという記事ではないであろうか?
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日本は多くの分野で優れてますが景観、街並みほ全く駄目ですね。これは震災、戦災で街が壊され続け出来た経緯も有りますが街並み、景観が資産であることに疎いからですね。住宅もそうです。ベネチアなども優れた街並みが金を呼ぶため、大地主は競って美しい街並みを創りました。それを維持することが街の資産価値を維持、高めるとこになり、その建物自体は耐久性も有ります。一方で日本は木造で有り現代には使いにくく、街並みが受け継がれませんでした。その後残すべき街並みも無く、戦後はとにかく大量建設が必要となり、また、全体的に成長してきたので街並み作らす今に至ってます。行政も業界も関心がありません。再開発な建て替えが多くあるなで遅すぎますが今からでも間に合うとは思います。
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多湿のうえ災害が多い日本。 地震は日本と同様に多いもののカラッとした地中海気候のイタリア。 空調が普及するまでの時代は、補修や作り直しのしやすい木造が日本の気候に適していたのは間違いない。資金の必要な神社仏閣を除き、作り直しが前提でこれまできている。 ここを無視して比べても意味はない。
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確かに街の美しさに関しては反論の余地はない。フィレンツェやナポリやヴェネツィアの美しには涙が出る。しかしながら良い面だけではない。イタリアは文化遺産を守り過ぎて発展が難しくなっている。街全体が博物館になっていて、再開発ができないのだ。工事をしようとすれば直ぐに遺跡が出て中断する。景観法があるために様々な制限があり、道路を新しく作ることもできず、インフラの更新すらも困難である。観光産業かメイン化していく。日本の場合はその点では景観の縛りがない分だけ、再開発したり都市を近代化や発展化させることができる。イタリアのような昔からの伝統を保護した美しい街を選ぶか、日本の近代的に暮らしやすい街を選ぶか。必ずしもどちらが正しいかは答えは出ない。
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この反動で、例えばパリやロンドン・ローマの住環境は今や東京よりはるかに劣悪である。 これにプラスして、驚くべきなのが郊外と都市中心部を結ぶ交通システムがほぼ存在していない。日本ではJRや私鉄、地下鉄が担っているのが欧州ではほぼ自動車やバスで通勤通学している。(ロンドンでは地下鉄があるだろうと言われるだろうが、後の政策変更まで郊外に路線が伸びていない) 実際、郊外に新興住宅地を建てて都心から人を移り住むニュータウンというアイデアはイギリスが発祥だが彼らも移動手段は自動車、これに鉄道を組み合わせて都心に勤める人々に電車で通勤してもらうという発想は渋沢栄一や阪急の小林一三が思いついたのである。 その後、日本の鉄道プラス新興住宅というアイデアはヨーロッパに逆輸入されている。
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唐突に鈍感「すぎる」というのはちょっとどうだろう?イタリアと日本の都市景観だけを比較したらそう見えるのかもしれないが。しかしその比較から導き出されるものは何なんだろうか?イタリアに倣った”ルール作り”が日本で可能なんだろうか?もう一歩深い洞察力が必要であるように思う。
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日本人に建築のプリツカー賞受賞者が多いのは建築の規制が少なくて建築家が育ちやすいからという説がありますね。景観を守るために新しい建物をなかなか建てないのも一長一短ですよね ヨーロッパの映画をみてると古いアパートの外観がとてもきれいだけど中はジメッとして薄暗くて住み心地はどうなんだろうと思ったりするし
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都心は、不動産価格の高騰で狭い土地にマンションが乱立するようになり、景観も何もあったもんじゃない。今でもそうなのが残念だし、ここ最近の建物は個性すらない、同じものが建ち街の色さえ同じにしてしまっている。平成や昭和の建物は個性的で今、盛んに言われる多様なものが建っていた。多様性という割に社会から多様さが増しているとは思えず、人間はますます個性もない。
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もちろん記事の云うとおりです。 電車の中から見えるビルと家が無秩序にゴチャゴチャ並ぶ風景は、見かけの上ではまさに貧しいアジアを象徴しています。 しかしそれが日本人の心性に何故か合う物があるのかも知れません、 そして何より旅行に訪れる外国人には、特に欧米人にはこのアジア風カオスが何より魅力らしいのです。 ふつうそれは不潔、不快、危険を伴う世界ですが、それが日本では安全、安心、快適に体験出来るわけです。
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作られたモノも美しいけど日本人はより自然の情緒を感じるとることができるから 作られたモノは固定されているが自然のものは常に変化してて飽きず四季も楽しめる 建物なんかは機能が有ればそれで良い という考えも1つとしてあると思う それにしても色んな問題もあるだろうに景観を守るに値する建造物だよね 筆者のようにどちらかを持ち上げ片方を批判するような書き方しか出来ないなんて残念だな
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