最果ての世界で眠る君へ
FGOデビューしてはや3ヶ月。
アレキサンダーと子ギルにホイホイされたはずが、ぐだおとマシュにやられ、マーリンに一目惚れして、エミヤと兄貴ズにやられ、気づけばどっぷり沼にはまっていました。
そして無事1部もクリアし、落ち着いて改めてシナリオ等々読み返していたところ、ふと思ったのです。
これ、1部終わった後、ぐだおとマシュは無事でいられるのだろうか…と。
1.5部、2部の配信が決まっているので無事というか、さらなる苦難が待ち受けていることは間違いないでしょうが、時計塔とか監査とか大丈夫なんだろうかと…。
fateはまだ未勉強な部分の方が多いのですが、これは封印指定とかされない…?大丈夫…?と不安になったぐだマシュ推進派です、ええ。
もしそんな展開になったらハッピーエンドじゃない→なんかハッピーエンド厨いなかっ…マーリンだ!→マーリンに全力でぐだマシュハッピーエンドを応援してほしいという気持ちが高ぶり迷走した結果、こうなりました。
でもマーリンだから、なんか方法がずれてるに違いない、キングオブ屑(褒め言葉)のマーリンならなんとも押し付けがましいハッピーエンドを作り上げてくれるに違いないという私の信頼感が前面に押し出されたお話です。
本当に、何見ても怒らないという広い心で閲覧して頂ければ、幸いです…
反省はしてる。未だ嘗てないほど。
書いてる本人もこれはぐだおとマシュにとってはバッドエンドだよなぁ…と思ってます。
性格・話し方が別人でしかないサーヴァントが大量に出てきますが、優しく受け流してくれる人推奨。
ぐだマシュに幸せになってもらいたい絆10マーリンの独断と暴走がテーマでした。
因みに裏テーマは、マスター大好きなエドモンを書いてみよう、でした。
うちには実装されてないけどな!!!
【2/10追記】ブックマーク、評価及び
閲覧ありがとうございます。
キャプションと本文の一部を加筆修正しました。
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「ねえねえ、物語に最良の結末をもたらしたヒーローはさ、必ず幸せになるべきだと思わないかい?」
全てが終わり、忘れていた平穏が戻ってきたある日のこと。
真っ白なローブに身を包んだ賢者が、いつもより気持ち多めの花弁を撒き散らしながら、なんの前触れもなく、極めて唐突に、そんな質問を投げかけてきた。
近くにいたのは自分と、自分の作業を手伝っていた可愛い後輩の2人だけだ。
だから、自分たちに対する問いかけであることは明白である。
急にどうしたのだろう、と思う端から、生真面目な彼女が先に答える。
「そうですね……個人的な意見を言えば、努力にはそれに見合う対価が与えられるべきかと思います。ですから、善なる行いには善なる報いがあるべき、あって欲しいと思うのが人情ではないでしょうか」
「うんうん、やっぱりそうだよねぇ」
マシュの言葉に、彼は深く頷いた。
そして、「君は?」と今度はこちらの答えを促してくる。
自分の返答に期待し、好奇心に輝く紫の瞳は、まるで子どものようである。
だから、という訳でもないが、作業の手を止め、少しばかり考えることにした。
「そうだな……うん、オレもマシュとおんなじかな?本とかドラマとか、主人公とか、登場人物とかが頑張ってるとこ見ると最後はみんな、ハッピーエンドになって欲しいと思うなぁ」
「ふふ、先輩もそうなんですね」
意見が一致したことで、マシュが嬉しそうに笑った。
つられて自分も笑顔になる。
「そうそう、『末長く幸せに暮らしました』っていう結びで終わるお話、ああいうのがいいなって思うよ」
幼い頃、母に読み聞かせてもらった寝物語を思い出し、懐かしい気持ちになる。
そういえば、オーダーが終わってからも監査やらなんやらがあって、家族とも連絡を取れてないままだった。
当然、カルデアの外にも出れていない。
交渉事は大人の仕事だ、任せてくれと、ダヴィンチちゃんや残ってくれた英霊たちに摘み出されているが、そろそろめどがつくのではないだろうか。
周囲の雰囲気から、なんとなくそれは感じている。
外出許可が出たら、マシュを自分の故郷にも連れて行ってあげたい。
それ以外にも色んな風景を見せてあげたいし、新しい体験をさせてあげたい、と心から思う。
そんな、少し先の未来に想いを馳せていると、マーリンがひどく楽しそうな笑い声を上げた。
「全くもってその通りだと思うよ。末長く、幸せに。そうあるべきだろう」
彼が立ち上がると、真っ白な長衣がふわりふわりと足元の花弁を舞い散らせた。
いつ見ても、幻想的な光景だ。
そしてほのかに漂う香りも甘く、どこか人を穏やかな気持ちにさせる。
「それは君たちにも、当てはまることだとは思わないかい?人類にとって、君やマシュは疑いようもなく、偉大なヒーローだからね」
滔々と語るマーリンの声は柔らかく、まるで子守唄のようですらあった。
甘やかな香りとその声色のせいで、張り詰めていた心の糸がほろほろと解けていってしまう。
警戒も、緊張も、全て全て、薄れていく。
「なのに、時計台と来たら、そんな功労者たちを封印指定?実験台?私としては、それはあまりにもハッピーエンドから遠すぎると思うんだけれども、どうかな?」
近づいてくるマーリンが、どうしてだか、とても遠く感じる。
ぼんやりと視界が歪み、とろとろと瞼が落ちてくる。
とてつもなく、眠い。
そう実感した時には手遅れだった。
「せん……ぱ、い?」
いつの間にか両肩に重くのしかかっていた眠気に、意識が負けそうになる。
マシュも同じ状態のようだった。
眼鏡の奥の瞳が、睡魔に押され、とろりと溶けてきている。
なぜ、急に、こんな。
原因が、元凶が存在するなら1人しかいないでないか。
「まー、りん……なにを……!」
今にも眠りこけてしまいそうな意識を叱咤し、必死に声を絞り出す。
しかし、かの冠位魔術師は常と変わらぬ、穏やかで優しげな面持ちを崩さない。
いや、いつも以上に愛おしそうに、マシュと自分を眺めている。
「怖がらなくていい。後のことは、私が上手くやろう。こう見えても冠位持ちだからね」
そう言って、朗らかに笑う彼は一体何者なのだろう。
冗談っぽい言い回しも、何もかもが普段の、自分が知るマーリンなのに、何かが違う。
いいや、何かを間違えようとしている。
マスターである自分が止めなければ、と思うのに、瞼が、もう、耐えられない。
でも駄目だ、このまま眠ってしまっては駄目だと、グランドオーダーの中で鍛えられた直感が告げている。
「れいじゅを、もって、めいじ……」
だから、必死に言葉を紡いだ。
右手に宿る紋が、魔力を帯び、じんわりと赤い光を宿す。
しかし、そこで彼の意識は途絶えてしまった。
後には、同じように眠りの世界に旅立ったマシュと全ての元凶たるマーリンだけが残される。
そして、健やかな寝息を立てる子ども二人を抱え上げ、アーサー王の魔術師は驚くほど優しげな声音で囁いた。
「安心してお眠り、私の大切なロードと可愛い従者よ。君たちには、どんな物語よりも素晴らしい結末を約束しよう」
最果ての世界で眠る君へ
目覚めはいつも、唐突に訪れる。
「おい、そろそろ起きる時間だろう、起きたまえ!」
聞きなれた、でもいつもより一層厳しめの声が鼓膜を揺らす。
しかし、夢の余韻が張り付いていて、うまく頭が働かない。
それに加え、暖かな毛布の誘惑が耐え難く、ぐずぐずとその中で丸まってしまう。
「あと…5分……」
そんなお決まり、テンプレートな台詞に声の主は痺れを切らしたらしく、強行手段に出ることを決めた。
一瞬の空白、集中、そして。
彼はテーブルクロス引きもかくや、という精度で、布団を剥ぎ取った。
布団に包まれていた中身の方はといえば、唐突に放り出された、外気の冷たさに、ぶるりと体を震わせる。
寒い。
そこまでされて、ようやく意識が覚醒し始める。
重い目蓋をこすり、なんとか押し上げると、こちらを睥睨する、がたいの良い男の姿が視界を支配していた。
あ、これは大層お怒りだ。
「……朝練があるから、早く起こして欲しいと昨晩頼んで来たのは、誰だったかね?」
ぎろりとこちらを見据える視線の鋭いこと、鋭いこと。
一気に目が覚めて、慌てて跳ね起きた。
「ご、ごめん、エミヤ兄さん!」
だが、勢いをつけすぎたせいで、ベッドから降りると同時に盛大につんのめる。
あ、やばい。
自身が前のめりに傾ぐのを自覚しても、起き抜けの体はうまく反応してくれない。
慌てる内心と鈍い挙動の温度差にあわあわしていると、横から伸びて来た腕ががっつり抱きとめてくれた。
おかげで朝からかったいフローリングに顔面ダイブ、という不幸な未来を回避することに成功する。
「お前というやつは、どうしてそう…」
同時に、若干呆れ気味の声が上から降ってくる。
勿論、危機を救ってくれた兄である。
全くもって、言い訳のしようもない。
照れ笑いを浮かべ、素直に礼を述べる。
「へへ、ごめんね、ありがとう」
「次から気をつければいい。支度をしたら降りて来い」
そう言い置いて、兄はとんとん、と階段を降りていく。
ちょっとヒーローみたいで格好いい。
そんな彼の足音をBGMに身支度を始める。
パジャマを脱ぎ、姿見の前で軽く髪を整える。
相変わらずのくせ毛なので、あんまり跳ねてなければあとはそのままだ。
エミヤには、ワックス等で整えれば、もう少しマシになるだろうにとよく言われる。
まあ、そのうちやってみよう。
次は制服だ。
白を基調とした制服は、着るのが多少面倒ではあるが、気に入っている。
唯一の難点は、この制服だと帰宅時に買い食いするメニューが限定されてしまうことだろうか。
露店のたこ焼きやコンビニのミートパスタなどとはすこぶる相性が悪い点は推して知るべし、である。
あとは床に置きっぱなしのスクールバッグに教科書や課題、部活用のジャージを詰めて、強引にジッパーを締めれば終了だ。
女の子ならもう少し時間がかかるのかもしれないが、男子の身支度など所詮はこの程度である。
ぱんぱんの鞄を肩にかけ、階下に向かうと、次第に近づいてくる食欲をそそる香りに腹の虫が疼きだす。
今日の朝ごはんはなんだろうか。
味噌汁の香りがするから、和食だと推測する。
あとは魚が焼けた、芳ばしい香りが鼻孔をくすぐった。
うん、どれもこれもいい匂いだ。
「やあ、おはよう。食いしん坊さんのお出ましだね」
鼻をひくつかせつつ、ダイニングに入ると、呑気に新聞を読んでいた、もう1人の兄と出くわした。
厳しい表情の多いエミヤとは違い、今日もにこにこにこにこと笑顔全開である。
それにエミヤが精悍で男性らしい顔立ちをしているのに対し、こちらは色白で、人当たりの良さそうな柔らかな顔立ちをしている。
だからこそ余計に、ふわふわした笑顔がよく似合う。
「おはよう、マーリン兄さん。別に食いしん坊じゃないしー、絶賛成長期なだけだしー」
「なるほど、それも一理あるね。ならば今後の成長に期待するとしよう」
「今に見てろよ…絶対追い抜かしてやるから…!」
挨拶と軽口を交わして席に着く。
食卓には既に食事の用意が整っていて、間を置かず、エミヤもやって来た。
やっぱり和食で当たりだった。
「いただきます」
そして全員で手を合わせる。
朝の食事は可能な限り全員で取る、というのが我が家のルールだ。
そう、マーリンとエミヤと自分。
これがこの家の家族構成の全てである。
記憶にある限り、両親はいない。
この、見た目が全く似ていない、年の離れた兄が2人とあとは自分がいるだけだ。
だからこそ、初めて会った人は、十中八九自分たちを家族だと認識してくれない。
ある意味、それは正しくもある。
何故なら、3人が3人とも血の繋がりが全くないからだ。
ならばどうして家族で、兄と言い切れるのかと言われると極めて長く、かつ複雑で、面倒な話になるので、他人に自分でまともに説明したことは1度もない。
というより、自分自身もいまいち良く把握できていないというのが現状だ。
とりあえず、親はいないが、マーリンとエミヤという家族がいるのだから、悲観することはないと思う。
マーリンは少し天然だが優しいし、エミヤも皮肉屋であるものの世話焼きで、いざという時頼りになる。
良い兄に恵まれて何よりだと、エミヤ手製の朝食を頬張り、幸せに浸る。
甘めの卵焼きは自分の好みで、浅めに漬かった漬物も、以前こっちの方が好きと零したのを覚えてくれていたのだろう。
うん、今日も兄の思いやりたっぷりのご飯が美味しい。
頬を緩ませていると、早く食べろとエミヤから叱言を挟まれた。
これだってちょっと言い方はきついかもしれないが、時間に遅れることがないように、心配してくれているからだ。
そして、エミヤが言いすぎた時は、大抵マーリンがフォローをしてくれる。
「エミヤは君が遅れやしないかとヒヤヒヤしてるんだよ。心配性だからね」
「…いいから、君も黙って食べたまえ」
そう、こんな感じに。
うんうん、本当にバランスのとれた、自慢の兄弟たちである。
ついでにこの兄たち、揃いも揃って顔面偏差値が異様に高い。
身内の贔屓とか置いといて、本当にイケメンだなぁと思うのだ。
特にエミヤの方は、ものすごくモテる。
今でも女性からのアプローチが絶えないのだから、学生時代なんかは下駄箱にラブレターや放課後の呼び出しからの告白のような王道少女漫画的な体験を多数していることだろう。
ただ当の本人曰く、モテるというよりも女難の相が出ているという方がしっくりくるらしいが。
兄からよく聞く愚痴を、白ご飯と共に咀嚼し、飲み込む。
ついでお茶を飲もうとグラスに手を伸ばせば、見慣れた自分の姿が映り込んでいる。
彼らと血の繋がっていない自分は、当然のことながら、普通の、平均的な、これと言って特徴のない顔立ちをしている。
強いていうなら少々童顔気味なのが、悩みのタネだ。
マーリンがいつまで経っても、可愛い可愛いと子供扱いしてくるので、将来的には男らしい体型と風格を手に入れて、ギャフンと言わせたいところである。
そんなことを考えながら、味噌汁に口をつけると、マーリンから「うーん、それは望み薄だろうね」と切って捨てられた。
「!?…っごっほ…!」
思わず、口の中身をぶちまけそうになった。
そもそも何も言ってないし、何故気付かれたのか。
気管に入った味噌汁に盛大にむせていると、その原因を作った張本人が、優しく背中を撫でて来た。
「本当に、君は変なところでそそっかしいねぇ。水でも飲むかい?」
ついでにいかにも思いやり深そうな感じで、お茶のグラスも差し出してくる。
だか、よく考えろ。
そもそもの原因はマーリンが絶妙なタイミングで、あんなことを言って来たせいである。
その不満を込めて、涙目で睨みつけてみたら、いつも通りの満面の笑みを浮かべられた。
「そんな顔で睨まれても、怖くもなんともないよ、可愛い弟くん」
ついでにおでこ辺りに軽くキスされる。
こちらの兄はこうしたスキンシップが多いのが、玉に瑕だ。
それに常に余裕綽々というか、マイペースというか。
こちらの感情など気にもせず、自由に生きている。
「お前は何でも顔に出やすいんだ」
マーリンとのやりとりの一部始終を見ていたエミヤが、ため息をつき、席を立つ。
そして戻ってきた時には、大きめの弁当箱とラップに包まれたおにぎりを2つ手に持っていた。
「弁当とこれも持っていくといい。あとそろそろ時間だぞ」
指摘されて時計を見ると、だいぶ針が進んでいた。
確かにいい加減、「こっち」を出ないといけない。
受け取った弁当に感謝を述べ、慌てて残りの食事をかきこみ、手を合わせた。
「ごちそうさま、あと行ってきます!」
元気に声をあげると、マーリンがひらひらと手を振って見送ってくれた。
何かエミヤの叱言が飛んできたが、生返事で返す。
帰ってきたら、多少チクチク言われるかもしれない。
まあ、その時はその時だと、よくわからない覚悟をしながら、靴を履く。
「気をつけるんだよー車とか、知らない人とかー」
「はーい!行ってきまーす!!」
背後から、間延びしたマーリンの忠告とばたりとドアの閉じる音が追ってくる。
そして小走りで門を出ると、すぐさま右に折れた。
見慣れた玄関先を遠慮なく進み、インターホンを鳴らす。
目的は、隣に住む、年下の幼馴染マシュと一緒に登校することにある。
これは互いが小学校に上がってから、ずっと続いている習慣だった。
だから、毎朝キリエライトの家で過ごす、この時間も込みで動くように心掛けている。
「ああ、開いているから、上がってきなさい」
チャイムの音がなるや否や、深い男性の声が家に上がるよう、促して来た。
遠慮なくドアを開くと、ワイシャツの上に濃紺のエプロンを下げた、マシュの父親、ランスロットの姿があった。
その手には大きな洗濯籠。
ちなみに、中にはそこそこの量の洗濯物が詰まっている。
「おはよう、ランスロット!」
「ああ、おはよう」
礼儀正しく挨拶すると、同じように挨拶を返してくれた。
「今から干すとこ?手伝おうか?」
それからすぐさま手伝いを申し出る。
これも自分にとっては当たり前の光景だ。
父子家庭で育ったマシュとそもそも親のいない自分は幼い頃から何をするのもずっと一緒で、家同士も家族ぐるみの付き合いだった。
いや、もはや家族と言ってしまってもいいかもしれない。
「そうだな…マシュの支度にもまだ時間がかかりそうだったし、そうしてもらえるとありがたい」
だからランスロットも特に遠慮なく、手伝いを受け入れた。
庭先の物干しに2人並んで仲良く、洗濯物を干していく。
そして、自分はこの時間が好きだった。
エミヤやマーリンはあくまでも兄という認識なので、父親然としたランスロットには別の安心感を覚える。
学校のこと、部活のこと、友人のことなど、話題にも事欠かないので、本当の親子のように会話が続く。
ランスロットもそれを楽しんでくれている雰囲気が伝わってきて、嬉しくなる。
そんな2人の空気が気まずくなるのは、
途中、マシュの下着が出てきた時だけだ。
大抵は、全力で視線を明後日の方向に向け、ランスロットに押し付けることで事なきを得ている。
男に囲まれて育った健全な青少年なので、そこはいくらか目を瞑って頂きたい。
「あれ、そういえば、今日はまだオルタ起きてないの?」
大方の洗濯物を干し終わり、ちらと室内に目を向ける。
するとリビングのソファが空席だった。
大抵そこには、マシュたちの遠縁で、仕事の関係でこの家に居候をしている、クー・フーリン・オルタが鎮座しているのだが、今日は姿が見えなかった。
「ああ、昨日は遅かったみたいでな」
「そうなんだ。週末の釣りの約束、場所とかまた話しないとって思ってたんだけどな」
また明日にするかーと零した辺りで、ばたばたはだと忙しい足音が近づいてきた。
ああ、ようやく彼女の支度が整ったようだ。
毎朝のことではあるものの、女の子って本当に大変だと思う。
いっそ尊敬に値する。
「おはよう、ございます、先輩、お待たせしました!」
若干息を切らせ、待ち人たるマシュが顔を覗かせる。
菫色の髪は綺麗に整えられ、眼鏡もバッチリ、女子用の制服もよく似合っている。
要するに、だ。
今日もマシュは可愛い。
「なら行こうか」
待ってないよという意味を込め、軽く肩を叩くと玄関に向かう。
やってしまった後になんかエミヤっぽい仕草だったかも、と思い至った。
一緒に暮らしていると、どうも似てくる部分があるらしい。
「はい、ではお父さん、いってきます」
「二人とも気をつけて。いってらっしゃい」
ランスロットに見送られ、まだ人もまばらな通学路を並んで進む。
仲睦まじい様子は、兄妹のようにも、恋人同士のようにも見え、微笑ましい。
そんな2人をマーリンは、自宅の2階から上機嫌に見守っていた。
何の変哲も無い、だけれども穏やかで温もり溢れる時間である。
心の奥底、無意識の深淵で2人が望んだ、叶えられるべき、ささやかすぎる幸せの形を、こうして眺めるのがもはや日課とかしてしまった。
ああ、今日もロードと従者は健やかで、愛らしく、眼福なことこの上ない。
「それで?いつまでこの茶番を続けるつもりだ」
だが、一人満足に浸る、真っ白な背に、不意に鋭い言葉が放たれた。
瞬間、何もなかったはずの空間に、ぶわり、と黒い炎が沸き立つ。
炎は次第に収束し、人の形をとった。
白の顔、深緑の外套、憎悪に燃える金の眼差し。
全てのパーツが、その男が復讐の権化であることを仔細に伝えて来る。
ついに来たか、とマーリンは小さく笑った。
マスターを導く者を自称して止まない、エクストラクラス、アヴェンジャーのお出ましだ。
「おや、よくここに来れたね」
「は、そのような些事、もはや如何でもよいことだろう」
マーリンの労いの言葉は、彼のお気に召さなかったらしい。
苦々しげに一蹴される。
言葉の端々に滲む苛立ちは、相当に手を焼かされたからこそのものだろう。
マーリンの技巧を凝らした魔術によって、カルデア最後のマスターとそのデミサーヴァントの行方が分からなくなってから、アヴェンジャーはずっと彼らを探してきた。
他にも、彼らを案じ、各地を捜索しているサーヴァントは少なくない。
それだけマスターとマシュが英霊たちに愛されていた、ということだろう。
だが、英霊の力を持ってしても、彼らを見つけることは容易ではなかった。
アヴェンジャーも例外ではなく、長い時間と多大なる労力をかけ、多くの場所と時代を彷徨った。
そしてようやく、この仮初めの世界にたどり着いたのだ。
「つまらん小細工はいい、マスターはどこだ」
「ふむ、存外せっかちなんだね、君は。まあまあ、慌てずともマスターたちなら、ほらここに」
マーリンが小さく何事かを唱えると、するすると世界が解け、見たことのある風景が広がる。
咲き誇る花々、溢れんばかりの光。
この世の果て、アヴァロンにあるという特注の幽閉塔。
サーヴァントであっても、世界の果てなどそう易々と訪れることはできない。
だからこそ、真に大切なものを隠しておくには絶好の場所であるとも言える。
そうして、マーリンの宝具発動時に垣間見ていた、まさにその場所にずっと彼らは秘匿されていたのだ。
アヴェンジャーが視線を落とすと、マーリンの膝上で二人の子どもが、すやすやと眠りについていた。
夢の世界にあっても離れないようにとでもいうのか、手を握り合って眠る様はいじましくもある。
その表情に苦悶はなく、ただただ穏やかだった。
マーリンが管理する夢はよほど良いものなのか、マスターもマシュもうっすら微笑んでいるように見える。
なんとも忌々しい限りだ。
その子どもたちとマーリンを守るように、三方にこれまた見慣れたサーヴァントが座していた。
アーチャー、エミヤ。
セイバー、ランスロット。
バーサーカー、クー・フーリン・オルタ。
その何れもが、アヴェンジャーが顕現するより遥か以前からマスターを支え、彼と絆を育んできたサーヴァントたちである。
なるほど、マスターがいなくなったカルデアからすぐさま姿を消したため、自身と同じような状況なのかと考えていたが、まさかまさか犯人の方だったとは意外である。
アヴェンジャーの来訪に気づかないところを見ると、彼らもまたマーリンが作り出した夢の世界に、登場人物として溶け込んでいるということだろうか。
「彼らは協力してくれたんだよ。あのままカルデアにいても、この子たちは幸せになれなかったからね」
「………何?」
「そう言えば、さっき君は聞いたね、いつまで続けるのか、と」
アヴェンジャーの言葉を無視し、冠位を持つ、大魔術師が笑う。
それはもう、花が咲くようにと形容するのがふさわしい表情で。
「勿論、この世界が終わるまで、だよ」
楽しげな声色で投げられた言葉は、ある種の狂気に満ちていた。
思わずぞっとする。
アヴェンジャーすら一瞬たじろぐほどの、歪みのない歪みがそこにあった。
「私はね、ハッピーエンドが好きなんだ。だから、人の作る紋様が幸せの形で終わるように手を尽くし、力を貸す」
マーリンが優しくマシュとマスターの頬を撫でる。
その手つきは、心を持たない半人であるとは思えないほどに慈しみに満ち、丁寧で、恭しい。
だが同時に、繊細な壊れ物を、貴重な宝物を愛おしむような慎重さは、恐ろしい程彼には似合わなかった。
これらの不釣り合いな行動の根底には、きっとあの旅路でマスターとそのサーヴァントがもたらした、変化があるのだろう。
厳密なサーヴァントでは無いマーリンだからこそ、彼には微細ではあるが変化の可能性が残されている。
それが、もたらしたのがこの世界なのだとしたら。
そこまで考え、アヴェンジャーは思考を放棄した。
御託はいい。
今の自分にとって重要なのは、マスターと彼女を目覚めさせ、連れ帰ることだけである。
マーリンの思惑など知ったことでは無い。
そんなアヴェンジャーの物騒な気配を感じ取ったのか、マーリンが傍に置いた杖を振るうと、2人の姿が掻き消えた。
大方、お得意の魔術でこの最果てのどこか、アヴェンジャーがすぐには手出しできない場所に隠したのだろう。
全く忌々しいにも程がある。
「だからこそ、あの絶望的な状況から幾度となく立ち上がり、諦めず、最後に望みうる最高の形の結末を描き切った、ヒーローたちも同じくらい報われるべきだろう?」
だから、あの子たちは返さないよ。
マーリンの言葉と共に、ざわりと周囲の雰囲気が変わった。
瞼を閉じていたはずの円卓最強の騎士が目を覚まし、剣を構える。
同様に腕組みをほどき、世界の守護者が矢をつがえる。
心地よい眠りを害された狂王は、べしりと不機嫌そうに床を叩いた。
勿論、ゲイボルグの切っ先はアヴェンジャーへと向けられている。
最後に笑顔のままのマーリンが空いた右手にエクスカリバーを召喚した。
花々に囲まれた場所に相応しくない、殺気が辺りに充ち満ちる。
「はははははははははは、いいだろう!お前たちを倒し!この俺が!直々に目を覚まさせてやるとしよう!」
高笑を響かせ、アヴェンジャーが戦闘態勢を取る。
そも、どちらも折れる気がないのだから、こうする他に解決策はないのだ。
ならば力ずくで、自身の望みを果たす、それだけである。
全く、巌窟王たる自分らしい解決策ではないかとアヴェンジャーは口元を歪めた。
「さあ、マスター!此度は俺がお前を呼んでやろう!!応えるがいい、我が唯一人のマスターよ!」
その言葉が開戦の狼煙となった。
*
少年は不意に、ぱちりと目を覚ました。
誰かに呼ばれた、ような気がした。
その感覚だけを頼りに、ふらふらと布団を抜け出し、自室を後にする。
時刻は既に深夜を回っている。
兄たちも皆、深い眠りについている頃だろう。
なら、誰が、何のために、自分を呼んだのだろうか。
思考には靄がかかっていて、まともな形になろうとしない。
でも、行かなきゃ、応えなきゃという一心で、歩を進める。
台所、リビングを過ぎ、玄関へと続く廊下を緩慢な足取りで歩く。
途中、灯りらしい灯りがなくても、不思議と困らなかった。
理由はわからないが、先程から右手の甲が淡く、赤く発光していたからだ。
薄闇を僅かに退け、朧げながらも、行くべき道を照らし出してくれる。
恐らく、自分はこの輝きをよく知っている。
知性ではなく、感覚でそう理解する。
しかし、全てを思い起こすには、まだ少し足りないものがある。
あと一歩踏み出し、扉を開け、その先へと進まなければならない。
そんな衝動のままに、少年は虚空に手を伸ばした。
指先がゆっくりとドアノブへ、近づいていく。
もう少しで金属の表面に掌が触れる。
まさにそのタイミング。
花の香りが、鼻腔をくすぐった。
そしてほぼ同時に、背後から温かなものに抱きつかれた。
「駄目、だよ」
冷えた耳朶を、甘い吐息が撫でる。
伸ばした指先は、易々と大人の手に搦めとられた。
その動作に強さはなかったが、それ以上先に進ませはしないという確固たる意志が感じられた。
同時に右手の赤い瞬きも消えた。
それはもう、蝋燭の火を吹き消すように呆気なく、跡形もなく、綺麗に消えた。
その事実に戸惑う自身をふんわりと包み込み、視界を覆うように落ちてくる髪は、白く、長い。
美しく、艶めくそれに、ふと蜘蛛の糸を想起したのは、何故だろうか。
「こんな時間に外出とは、あまり褒められたものではないね」
優しい声色はマーリンのものだった。
耳に馴染んだ声に、ようやくはっと我に返る。
そして、首を傾げた。
どうして自分は、こんなところにいるのだろう。
直前の記憶がひどくぼやけていて、うまく思い出せない。
「あれ、オレ、なんで……」
思わず疑問が口をついた。
すると、背後でマーリンが笑った気配がした。
「おや、マシュのところに夜這いにでも行くのかと思ったのに、違ったようだね」
よばい、夜ばい、夜這い。
脳に意味が染み込んだ途端、かああ、と頰に朱が差す。
なんてことを言いだすんだろう、この兄はと、憤慨とも恥ずかしさともとれる感情が一気に吹き出す。
マシュのことは好きだけど、そういうのはもっと大人になってからで、というか、そもそも付き合ってもないから、夜這いなんて、まだ、そんな。
ばっと背後を向き、マーリンを見上げるも、言葉が出てこない。
唇は戦慄き、頰はひたすらに熱い。
ああ、なんかよくわかんないけど、泣きそう。
そんな、キャパシティを超え、この上ない混乱の只中に停滞し続ける弟の姿を見、さすがに冗談が過ぎたことを悟ったらしい。
ごめんごめんとマーリンが、頭を撫でてきた。
「……マーリンのそういうとこ、嫌い」
だから、精一杯不機嫌そうな顔をして、ぷいっとそっぽを向いた。
小さい子供じゃないんだから、そんなことで機嫌を直すものかという、意思表示である。
だが、頭上では兄の笑いがこぼれるばかりでちっとも懲りた気配がない。
「おや、嫌いとは心外だね。私はてっきり君がまた怖い夢でも見たのだろうと思って、場を和ませようとしたのに」
また、という言葉に引っかかりを覚えて、うっかり視線をマーリンに戻す。
そこで濃い紫色の瞳が、慈愛を湛えて自分を見つめていることに気づき、ちょっと恥ずかしくなった。
慌てて、視線と話題をそらす。
「また…って。前もこんなことしたっけ、オレ?」
「もっと小さい時の話だよ。怖い夢を見ると君はいつもベッドから逃げ出して、できるだけ遠くに行こうとしたものさ」
当時を懐かしむように、マーリンは少し目を細めてみせた。
当事者たる自分には全く記憶がないが、彼が言うならそういうこともあったのだろう。
何せマーリンは記憶力がいい。
自分が覚えていないような細かなことでも、彼は一つ残らずしっかり覚えているのだ。
「そうなんだ…オレ、全然覚えてないや…」
「本当にまだ幼かったからね、仕方ないさ」
ぽんぽんと背を叩いてくれながら、マーリンが肩をすくめてみせた。
それでようやく合点がいった。
恐らくマーリンは、幼い頃の癖が出るくらい、怖い夢を見たのだと心配してくれているのだろう。
だから、自身に触れる手つきが、目線が普段の倍以上に優しいに違いない。
それはもう、思春期を迎えた男子としては気恥ずかしくなる程に、だ。
「ところで君たちはいつまで玄関くんだりで無駄話をしているつもりかね」
先程までとは違う方向性で頰を赤らめていると、ぴしゃりと厳しい声が廊下に響いた。
いつの間にかエミヤも起き出していたようだ。
その眉間に深い皺が刻まれている。
あまりご機嫌は麗しくなさそうである。
「ごめんね、この子が怖い夢を見たみたいでさ」
「………ああ、なるほど」
そしてマーリンの一言で納得させられたところを見るに、本当に小さい頃、同じようなことが何度かあったのだろう。
エミヤが自分を見る目にも、気遣わしげな色が滲む。
「ごめんね、起こして」
「いい、気にするな。寝つきが悪いのなら、ホットミルクでも入れてやる、来るといい」
マーリンの腕から抜け出し、エミヤに謝罪を述べると、軽く頭を小突かれた。
気にするな、ということだろう。
そのまま踵を返すエミヤに促され、2人で台所に向かう。
その後をマイペースにマーリンが付いてくる気配がした。
なんなら、今日は私と一緒に寝ようかーとふざけた発言をしてきたので、これに関しては、そのまま無視することにする。
だから、少年は気づかなかった。
『残念だったね、アヴェンジャー。君の言葉はあと一歩、彼に届かなかったようだ』
唇の形だけで呟かれた、音のない囁きに。
誰が自身を呼び、手を伸ばしたドアの外側に、一体誰がいたのかという事実に。
全てを知るマーリンの呟きは、誰の鼓膜も震わせることなく、知覚されることすらなく、闇に溶け、消えた。
だから今日も夢は終わらない。
ハッピーエンドのその先は、世界の果てで世界の終わりまで続くのだ。
一番手っ取り早いのは呼ばれたサーヴァントみんなが協力して魔術協会を徹底的に潰すか乗っとるかした方がいいんだけどね、魔術協会潰しても某教会が…みたいな?