ㅤ厄災に前兆はなく、それは静かに訪れた。
ㅤ朝食の時間が過ぎ、特定のサーヴァント達はマスターと共にレイシフトへ向かう。そんな中、カルデアの休憩所である食堂では一人の英霊が台所の後始末をしていた。
ㅤその英霊の名はエミヤ。
ㅤ人類最後のマスター、藤丸立香が特異点Fに初めてレイシフトをした当初からいる数少ないサーヴァント。
ㅤ普段の彼、もといエミヤは大抵、食堂の厨房に篭っている。
ㅤ現在進行形でそれだ。先日、復刻でハロウィンイベントが開催されていたのだが、マスターから聞いた予定では女性サーヴァントのみ出陣という事で、今日はオールオフなのだ。
「さて、新作メニューでも試作するかな」
ㅤ独りごちて、戸棚からレシピと調理器具を取り出す。 今回は以前から考えていたお子様ランチでも試そうか。そうだな…子供が好きな定番の食べ物といえば、ハンバーグやスパゲッティかデザートにはプリンからフルーツゼリーはどうだろうか。それとも季節の食材を使ったビックパフェなどでは、と思考を続ける。
ㅤすると、不意に後ろから「お兄さん」と呼ぶ声が。 少年は如何にも礼儀正しく、お時間宜しいでしょうかと尋ねてきた。
ㅤ特別断る理由もないので、二つ返事で了承する。それが、後の悲劇となるなど思いもせずに。
◆ ◇ ◆
「それで、話というのは?君から話を持ちかけてくるとは珍しいが」
「はい。ですが、お話と言っても大した事ではないんですよ?ちょっとした僕からの戯れだと思ってください」
ㅤ戯れ……?戯れとは一体なんだと子ギルの方をみやれば、私が用意したミルクティーを美味しそうに味わっていた。 やっぱりお兄さんの淹れたミルクティーは美味しいですね、と感想を述べながら頷く子ギルには毎度感心させられるものだ。
「?ㅤ僕の顔になにかついてますか?」
「いやなに、君のような聖人君子が、あの慢心王になるなど……未だに想像できなくてね」
「ああ、やっぱりそう感じますか…………。僕だって、どうしてああなったのかわからないほど理解しがたいひどい人だって思いますよ、絶頂期の僕は。ああ、キャスターの方の僕はまだマシな方ですかね。王としても、人としてもまともになっているので。半神半人ですが」
ㅤ確かにそれには激しく同意したい。
特に第五次聖杯戦争で召還されたサーヴァント達の反応が大きかったのを覚えている。
ランサーK
「ハ、キャスターの野郎、アーチャーん時より弱くなってんじゃねぇのか?ステータスも宝具もよぉ、エヌマ……なんつったっけ?兎に角その宝具の方が圧倒的に強ぇと俺はおm」
ライダーM
「ランサーが死んだ!」
アサシンS
「この人でなし!」
セイバーA
「ある意味、もし彼が聖杯戦争で召喚されていたらアーチャーの方よりも手強かったかもしれませんね……特に慢心していない点が。
キャスターとして召還されていれば、あの魔女…メディ」
キャスターM
「あら、キャスターがどうしたですって?」
バーサーカーH
「■■■■■■■■■■■■■■──!」
……まぁ以上の通り、といえばいいのだろうか。
「という訳で、ご理解して頂けましたか?」
「な、何がだね」
「キャスターの僕がアーチャーの僕と印象が僅かながらでも変化するのと同じように、星5の僕と星3の、この僕とは明らかに違うんですよ」
ㅤ嫌な予感がする。
「ってな訳で、これを飲んでみてください」
「な、それはもしy……!?むぐうっ」
ㅤハロウィンのイベントついでに一時的な効果?んー、期限は自分もよくわからないですけど、とにかく楽しんでください♪
ㅤだんだん遠のいていく可愛いらしい筈の声が、嘗てのアカイアクマの囁きと同類に聞こえてきたのは気の所為ではない 。
「あ、やっぱり可愛いらしい顔してますね」
「なんでさぁぁぁぁぁっ!?」
◇ ◆ ◇ ◆
ㅤそれから専用ルームの寝床に横になる事数時間。
ㅤ細く目を開け、天井に手を伸ばす。
「あぁ……白いな」
ㅤ以前まで鍛錬を詰め重ねて鍛え上げられた体は、忽然と消えてしまったかのように成長期の頃の肉体へと戻ってしまっている。 そろりと鏡をみやれば、赤胴色の髪と琥珀色の瞳が映っている。ご都合主義とはいかないらしく、赤の外套も黒のボディアーマーもぶかぶかだった。無意識で眉間に皺が寄っている。これは間違いなく自分なのだろう。
「…あの薬のせいなんだろう。間違いなく」
ㅤ周りを見渡すと、やはり身長がぐぅんと縮んでしまったせいか、家具すら大きく感じてしまう。過去のコンプレックスを再び気にする事態になろうとは………。
ㅤそんな時テーブルの上を確認すると1枚のメモ用紙をみつけた。子ギルが俺の寝ている間に書き残していったのだろう。む、精神までこの体に引きづられているみたいだ……一人称が自然と変わってしまう。まぁマスターとの会話では自然と口に出てしまうので、実質気にしなくてもいい事だろうが。そんな事を考えながら子ギルの残していったメモ用紙にざっと目を通す。
「若返りの霊薬……概念礼装のアレか?」
ㅤ人や物といった物質、歴史や物語といった積み重ねられてきた事象、魔法や魂といった神秘とされるもの。
ㅤ他にも沢山あるが、すべてに共通して言える事は、“概念”が備わっているという事。 その“概念”を摘出し、能力として身につけられるようにしたもの。 それが、概念礼装。
ㅤ英霊達が装備する事で、彼ら自身の能力を更に引き上げる事が可能とされている。一部の礼装は、その効果が強いのと引き換えに、それ相応のデメリットもあるのだとか。
ㅤ基本的にアイテムのみが描かれているもので、数多い例として若返りの霊薬がある。
それより数段価値のある礼装として、特定の人間が描かれたものがいくつか存在した。
ㅤこの世界において最高ランクの魔術師、又は稀有な存在だ。
ㅤそして、そのようなアイテムを所持していそうなサーヴァントは二人しか知らない。
ㅤ一人の方は複数人存在するが。
「投影開始」
ㅤ魔術回路の異常はなし。聖杯戦争終結時と変わらず、27本全て開かれている。一先ず安心した。未熟者の更に未熟者の状態であったならば、マスターに顔向けできない。
ㅤ───さて、事が大きくなる前に元凶だと思われる人物に会いに行くとしよう。昼頃になればマスター達が帰ってきてしまう。
ㅤ今の体のサイズに合わせた服を投影して、誰にも会わないように注意を払いながら、ダ・ヴィンチちゃん工房へと足を運んだ。
「私が元凶?そんな訳ないじゃないか。私がそんな単純かつ子供じみた行為をする天才だと思ったのかい?するならもっと派手にいかないと」
ㅤ扉を開けた途端にニヤニヤと笑う彼…いや、彼女をジト目で睨みつける。
ㅤ見るからに態度がおかしいし、怪しい。童顔のせいで本気で怒っているとは思われていないのか先程からダ・ヴィンチのニヤつきが止まらない。
ㅤ…………後で覚えてろよ
「あー悪かった、悪かったって」
「何が悪かったっていいたいのかは不明だけどさ、それ本心か?」
「いつになく疑い深いなぁ君は。でも可愛いと思ったのは本当だよ」
「なんでさ」
ㅤおい、男子高校生相手に『可愛い』はないだろう?
ㅤそう内心で思っている事など露知らず、マシュとかアルトリア辺りなら抱きしめそうだねなどとふざけた事をいっている。
ㅤ……本当に有り得るのが怖い。
「ギル君には申し訳ないが、これは由々しき事態だ。面白味のある計画ではあるけどね」
「先程の発言とは……」
「あれはなしだ!なかったことにしてくれ!マシュを愛でる同志の意見を否定する事は私の意に反している」
「………」
「んーそうだねぇ。君はこのカルデアで大きな戦力になっている英霊、こうなってしまえばレイシフトにも多少の影響が出てしまう。今の姿で戦うことは可能かい?」
「一応、なんとか。流石に以前みたくはいかないと思うけど」
ㅤなら良かったとダ・ヴィンチは何度か頷くと、マシュ達の帰還を確認すれば同時にベルを鳴らして工房に集合するよう呼びかける。
「なら良かった、とは?」
「まぁまぁエミヤ君ここは任しときなさい。私のグッドアイディアに乗れば万事解決さ!それに加えて…………フフフ」
「嫌な予感しかしないんだが……」
ㅤその後全スタッフ及び英霊達に、
ㅤ『魔術協会から一人の魔術師が訪問した』と連絡が入った。 それでもマスター達には速攻見抜かれ、その他新旧含めたサーヴァント達の話のネタにされたのは言うまでもない。
ㅤそしてその二ヶ月後。
ㅤエミヤは今後起こる大きな厄災…ハプニングに巻き込まれる事も知る由がないのだ。
◇ ◆ ◇
ㅤそして2ヶ月後。
ㅤこの2ヶ月間は短い様で長かった。
ㅤ多少の手間を要する事になったが、どうにかマスター達との通信が拠点区域内で可能となり、互いに安心したのもつかの間。予期せぬ事態が発生したとのことで、エミヤのみが中央管制室に緊急で呼びされていた。
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ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
「新たな特異点が発見…それは事実なのか?
ㅤまさかとは思うが…まだ生き残りの魔神柱が」
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「それはないよ。魔神柱絡みの案件は今回で最後なのは確かな筈だ。今回発見された特異点といっても…うーん、なんと説明すればいいのやら。とりあえずこの資料を見てもらいたい」
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ㅤ手渡されたのは一枚の資料。
ㅤそこには特異点だとされる場所の名所、現地の状況が記されている。
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ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
「────これは」
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「君には特に、この異常さが理解できると思ってね。主と従。その関係を、どちらも経験しているのなら尚更さ」
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「…………」
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ㅤ俺自身、生前の記憶は殆ど摩耗したが、俺がサーヴァント・アーチャーとして、凛に召喚された当時の記憶は残っている。その記憶というのは、何時頃どのサーヴァントが消滅し、どのマスターが脱落したのか。
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ㅤあの時の聖杯戦争に勝利者はいない。
ㅤそれは、セイバーの宝具によって聖杯が破壊されたからだ。最後まで生き残った凛と衛宮士郎は、数年後には俺の時と同じく、倫敦へ渡ったのだろう。英霊エミヤと同じ道を辿る事を選んだアイツは、何れ此処へ辿り着く可能性だってある。
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ㅤだがそれは俺の知っている方の世界であって、あの永遠と炎上し続ける地獄特異点Fではない。
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「これは俺の経験したものとは大分異なっているらしい。日付からして、本来の聖杯戦争終結時の約半年後だな。いつ誰が消滅、脱落しようが何ら不思議じゃあない。これからどうすればいい」
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「話が早くて助かるよ。悪いけど、こちらに時間があまり無くてね。要点のみを話すからレイシフトの準備を手早く済ませておいてくれ。ああ、レイシフトについては安心してほしい。あそこは何度も行き来した場所だし、今回消費する電力エネルギーもカルデア内数箇所の電力をカットすれば賄える程度だ」
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◆ ◇ ◆
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目標座標、2004年、日本、冬木。
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アンサモンプログラムㅤスタート
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霊子変換を開始ㅤします。
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レイシフト開始までㅤ3、2、1……
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全行程ㅤ完了。
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テンポレェリィオーダーㅤ実証を 開始ㅤします。
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◆ ◇ ◆
衛宮士郎side
────夢をみていた。
ㅤ目覚めれば朝の六時前。
ㅤ窓越しの光はやや強く、隙間から差し込んでくる空気もやや冷たい。
「…………しまった。またやっちまった」
ㅤ熱かった夏も過ぎ去り、気がつけばもう十月。毛布なしで眠りこけるには幸い季節になってきた。
「昨日の夜は、えーと─────」
ㅤまだ目覚めきっていない頭を動かす。
ㅤ昨夜は自転車一号の手入れをして、ついでに二号のチェーンを新品に替えて、やる事がなくなったんでのんびりしていたら突如頭上に強い衝撃が────ん?あれ、衝撃って…
「おい、衛宮士郎」
ㅤ声が降ってきた方を見上げれば、俺と全く同じ姿をした男が眉間に皺を寄せ仁王立ちしている。
「いつまで呆けている。さっさと行くぞ」
「え?あ、あぁ…」
ㅤ突然の事で戸惑いながらも、俺はその男の後を追ってみる事にした。