正義の味方がカルデアに来た話 16
大人になった20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来る話。
ようやく続きが書けました。暫くスランプに陥ってましたが、なんとか続きが書けて良かったです。
今回も設定など色々と間違えている部分はあるかと思いますが、自分なりに葛藤しながら思いの丈を書いたつもりです笑。
前回の話も沢山読んで頂き、評価やコメントありがとうございます!多分、次で完結すると思います…多分、ですが…。マイペースに更新したいと思います。
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「はぁぁぁっ――!!」
「失せろ!!」
「――逃がさん!!」
二人の正義の味方と、この世全ての悪。
彼らは己の信念と願いの為に、一撃一撃に全力の力を込める。それは、命を削るように。それは、己という存在を証明するかのように。
既に互いに残る魔力は少ない。限界なんてとうの前に超えている。それでも、進むしかない。この目の前に立つ存在に、負けるわけにはいかないのだ。
士郎とエミヤは、阿吽の呼吸で連撃を仕掛けていく。エミヤが前に出れば士郎は防御と後方支援に回り、士郎が前に出ればエミヤが逆の立場に回る。それは、彼らだからこそ出来る連携だった。
「く…っ!」
アンリマユは一瞬態勢を崩す。彼らの覚悟の攻撃は驚くほどに重かった。少しでも気を抜けば、その命は簡単に狩り取られると思うほどに。しかし、それはアンリマユとて同じだ。彼もまた覚悟を持って戦っている。それは、この特異点に存在した時からだ。
「死ね――っ!!」
強く叫んだ身体からは血が落ちる。ガウェインの宝具で焼かれ、衛宮士郎とエミヤからの攻撃で次々と傷を増やしていく身体。もう聖杯からの恩恵はない。ただ、アンリマユとしての自分があるだけだ。
化け物の鋭い爪が士郎の腕に突き刺さる。その瞬間、凄まじい激痛と血が流れた。
「…っ!!」
しかし、士郎は瞬時に干将・莫邪でその爪を弾き返し、アンリマユの片腕に一撃を与えたのだ。
「!? 貴様ァ…っ!!」
「…はぁ…、はぁ…っ!」
瀕死の状態に近いはずのその男の身体は、もやは立つことすらままならないはずだ。だが、その瞳は衰えることなく鋭い。
すると――。
「…っ!?」
次には背中に突き刺さった矢。それは、後方支援に回っていたエミヤの攻撃だった。彼もその身体は痛々しく、胴体からは未だに血が流れ落ちている。
「…っ!!」
一体、どれほどの攻撃を彼らに与えただろうか。たかが人間と無名の英霊。そんな二人にこのアンリマユがいくら血を流させようとも、何度も何度も立ち上がってくるのだ。
そんな彼らにアンリマユは、苛立ち、そして思う。
「何故…何故だ!! 何が貴様らをそこまでさせる!! この世界、人類は貴様らが命を懸けるようなものではないはずだ!!」
それは、彼らという在り方に対する嫌悪と不可解の声だった。人間という存在、人類という果て無きものに絶望と憎悪を抱くアンリマユ。彼は無意味だと言った。生きることを否定し、希望は見出せないと信じている。
そんな彼に士郎は短く答えた。
「――助けたいからだ」
それは、単純な答え。
「お前を、救いたいからだ」
その言葉にアンリマユは目を大きく見開いた。――この男は今、何と言ったのか。
士郎は乱れる呼吸をしながらも、はっきりと口にする。
「お前は言ったな…。人間の存在は無意味だと。人類、世界を…消滅させると…」
アンリマユは動かない。
「お前が…、この世全てに嫌悪し、絶望を抱いているのは分かっている…。でも――」
これまで、士郎はこの特異点で見てきた。
貧しい村に生きる人々を。悪の使者、ゴーレムに殺された多くの犠牲者を。大切な人を失い、それでも生きることをやめようとはしなかった人間たちを。そして、その過程でいくつもの戦いを乗り越えてきたことを。仲間の犠牲に涙してきた少年を。
それでも、誰一人――望みを捨てなかったことを。
士郎はこのアンリマユに…いや、名も無き少年へと伝える。
「でも――、世界は続いている。瀕死寸前であろうが断末魔にのたうちまわろうが、今もこうして生きている。それを――希望がないと、お前は笑うのか」
「――……!」
その瞬間。
アンリマユの脳裏に、記憶とも呼べるのかすら分からない僅かな記録が蘇る。
それは――一人の女性。
暗めの赤毛に鳶色の瞳を持ち、スーツに身を包んだ姿。
彼女は誰だったか。もうはっきりと思い出すことは出来ない。けれど、なぜだか分かる。彼女はこの自分すらも放っておけないほど不器用で、そして、ただの人間だったことを。
そして――、彼女は最後には前を向き、歩き出したことを。
「……は、ははは…」
彼から漏れた声。それは、今までのものとは違っていた。嫌悪でもなく、絶望でもなく、僅かな、たった小さな光を含めたものだった。
「はははははっ…!!」
アンリマユは笑う。何か気付くものがあったのか。それとも、何も感じなかったのか。目の前に見える彼の姿を、士郎はただ静かに見つめていた。
「――あぁ。やっぱり…"俺は"お前が嫌いだ」
その声は、静かでいて少年らしさを含んでいた。しかし、それはすぐに消え失せてしまう。
そして、次にはアンリマユの周りへと黒い魔力が集まっていく。その光景は、彼の残り少ない魔力をかき集めているように思えた。おそらく、次の一撃で全てを終わらせる気なのだろう。
「――士郎」
すると、その異変に気付いたエミヤが士郎の隣へと移動し、目を合わせた。
「あぁ」
そんな彼の意図を読み取った士郎も頷く。
もう、彼らも限界だった。息をする度に肺に痛みを伴う。視界も血で滲んで上手く見えない。あと、どのくらい自分の身体を支えることが出来るのか。
空気が変わる。
それは殺気を滲ませて、どこまででも冷たい、残酷な空間。
「…貴様らがいくら願っても、この世には報われない者がいる。救われない者がいる。それは、これからも変わることはないだろう」
アンリマユは闇の中で二人に告げる。それは、今まで多くの人間を見て、憎み続けてきた彼だからこその言葉だった。
「――だが、それでもその信念を貫くのか。この私ですら救いたいと、貴様らはそう言うのか。…くだらない。――苦しみを伴って助けに来られても迷惑だ」
そして、彼はそう冷たく言い放った。しかし、その声には少年の面影を含んでいた。
「これで最後だ。エミヤシロウ。己の運命を呪いながら果てるがいい」
この世全ての悪。
それはこれまでの人間の呪いが集まった存在と言っていいだろう。
それに立ち向かうのは、二人の男。
歪な在り方だと言われた。その信念を間違えていると嘆かれた。
それでもいい。もうそんな事は十分に分かっている。散々、己と向き合い、その先にようやく答えを得たのだから。そう、自分はその生き方しか出来ない、出来なかった。
ただ、誰かを助けたいというその気持ちだけは決して――。
「投影開始(トレース・オン)! ――憑依経験、共感終了! ――工程完了(ロールアウト)。全投影(バレット)、待機(クリア)!」
「――偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」
「――停止解凍(フリーズアウト)、全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!」
どちらとも同時だった。
寸分違わぬタイミングで己の信念を見せるように。それは確実に相手を捉えていた。
「…っ!」
アンリマユの宝具は士郎の体へと放たれた。その瞬間、士郎の体は切り刻まれるように血が噴き出す。
「あ、あぁぁぁぁぁっ!」
それは、アンリマユがこれまでに受けてきた傷そのものだった。その全てを士郎へと移す。それがアンリマユの宝具だ。ただえさえ、傷だらけの彼の体は更に死へ近づいていく。
だが――。
「死ね…るか…っ!俺は、まだ…!」
「こいつ…!」
その人間はまだ立っていたのだ。紛れもなく宝具をその身に受けたというのに。何が彼をそこまでさせるのか。その光景に、アンリマユは目を見張る。
すると――。
「…!」
先程、士郎が放った無限の剣製がアンリマユに向かって光の如く降りかかる。それは膨大な量だった。
「く…っ!」
その剣の一つひとつの攻撃力はそれほど強力では無い。アンリマユもそれは瞬時に見抜いた。だが、油断できるものではないとも瞬時に理解した。
降りかかる剣。その量と鋭さ、速さは今までと違い、格段に桁違いだったのだ。
――こんなことが…!
それは、たかが人間如きにに成せるものでは無い。この数え切れぬ剣を一瞬にして、複製し、それを光速で攻撃へと転換する。この人間をよく知らなくとも分かる。この男がこれまで、どれほどの努力と鍛錬を積んできたのかを。
「くそ…!!」
勿論、逃げる隙など与えなかった。アンリマユは確実にその剣を一身に浴びたのだ。
「が、ああああああ!!」
痛みが、傷が、苦しみがまた更に増えていく。それでも、まだ彼を追い詰めるのは。
「苦しかろう、アンリマユ。――だが、これで最後だ」
背後から聞こえた男の声。
それと同時に感じるのは膨大な魔力。
「――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」
その瞬間。
その場の空間が捩じ切る程の圧が放たれた。強力な魔力を纏った螺旋状の矢が、アンリマユの腹部を貫通する。
「あ、ああああああ…!!」
次には溢れる血潮と切るような叫び声。それは、殺伐とした固有結界に強く響いた。
そして、アンリマユの体が次第に、化け物のモノから少年の姿へと変わっていく。
――違う。こんな事は許されない。負けるなんて。ふざけるな。この俺が消えるなんて。だって、あの少年の想いはまだ…!
「俺は! まだ…! 何も果たしちゃいない…っ!」
少年の目が叫ぶ。口から血を流し、体は地に倒れようとしている。その胴体が繋がっているのかも、もはや分からない。
「俺は…!俺は…っ!」
もう、目の前の男を見下すのは止めた。
人間だと、無名の英霊だと嘲笑うのも止めた。
ただ、こんな身になっても、全てを投げ捨ててでも、通したいものがあったのだと気付いてしまったからだ。
その瞳に映るのは、赤く染まった二人の男。
彼らはまだ戦う意思を持っている。この俺を殺そうと、そして――救おうと。
「…ホント、馬鹿だな…あんた等…」
そんな二人を見て、自分でも驚くことにこんな状況で笑いが零れた。その理由はアンリマユも分かっている。それは、正真正銘、彼らを認めてしまったからだ。
「はっ…じゃあ尚更、俺は、負ける訳には…いかないな」
だからこそ、己も全力でぶつかるしかないのだ。こんな馬鹿相手に勝つつもりならば、自分も馬鹿みたいに真っ直ぐ突き進むしかないだろう。
そして、士郎は彼の様子を見てふと口を静かに開いた。
「…アンリマユ…。お前が言うように、俺が…俺達が信じるものは偽善かもしれない。綺麗事かもしれない。でもな…俺は、思うんだよ。誰かを助けたい…誰もが幸せであって欲しいと思ったその感情は、きっと誰もが思う理想だ」
士郎の瞳は、真っ直ぐに闇の少年を見据える。
「それは、理想であって…きっと、俺は何かを間違えている。けど、いいんだ。だって、誰かの為になりたいっていう思いが――間違いの筈がないんだからな」
「――…」
その男は既に答えを得ていた。その信念が間違えていると気付きながらも、その足を止めることはしない。
その覚悟を持って彼は――彼等は生きている。
「あぁ…もう分かったよ」
アンリマユの口から呆れたような、笑いを含めたような声が漏れた。
――あぁ、なんて。なんて、この男の言葉は、こんなにも。
「…訂正するぜ。アンタ達が馬鹿じゃなくて、大馬鹿者っていうことは、よーく分かった。でもな、こんな俺にも通さなきゃならない想いってのはあるんだ。だから――全身全霊で行くぜ」
――こんなにも。
「――さぁ、最後の戦いを続けよう」
救われる気がするのだろうか――。
*
藤丸立香は、最後の戦いを目に焼き付けていた。
傍から見れは、その戦いは悪と正義の戦いに見えるだろう。しかし、藤丸の目には少し違って見えていた。
「……いずれ、俺も…」
予感はしていた。己はこれまで人理修復の為に戦ってきた。それは、単に助けたかったからだ。誰かを――消えていく命を救いたかったからだ。それに深い意味は無い。その感情は誰しもが思うもの。当たり前の事だ。
だが、彼らの戦い、信念、覚悟を見せつけられて思ってしまう。もし、敵対する相手にも守りたいものがあるならば、己は迷うことなく正義を貫けることが出来るのだろうか、と。
「先輩…」
マシュも同じなのだろう。彼女の小さ手が僅かに震えているのが分かる。
いつか、そんな状況が自分にも降りかかるのならば、自分はきっと迷ってしまう。悩んで、動けなくなってしまうかもしれない。
「マシュ」
けれど、その時は思い出そう。
「目を逸らしちゃいけない。多分、これは俺達にも大切なことなんだ」
この戦いを。
二人の正義の味方がいたことを。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
鳴り響く剣声。乾いた金属音。滴る雫の音。そのどれもが、彼らの命を削りながらも、まだ生きている証拠を示す。
「はぁっ…!」
もうお互いに魔力は残っていない。宝具も打つことは出来ない。ただ、彼等はその手にする己の剣を振るうことしか出来ない。
士郎とエミヤの干将・莫邪が鋭く振りかざされる。しかし、それをアンリマユの右歯噛咬と左歯噛咬が弾き返す。
「ほんっと、ムカつくくらいにアンタら諦めが悪いな…!」
「それはこちらとて同じだ。アンリマユ!」
エミヤの剣がアンリマユの左手を切り裂く。その隙に士郎が懐に入り込む――が。
「遅い!」
素早く後退し、士郎の剣筋を完全に見切ったアンリマユ。そして、次の瞬間には逆に勢い良く士郎の懐に飛び込もうとする。
「…ッ! アーチャー!」
士郎が叫ぶと同時に、ガキンッ、と目の前で弾ける火花。
「…チッ!」
「言われずとも分かっている! たわけっ!」
士郎の顔ギリギリの所でアンリマユの剣先を防いだエミヤは、体を捻り素早くアンリマユに蹴りを入れて距離を取る。
「がっ…!?」
アンリマユの体が遠くに飛ばされていくのを視界の端に捉えながらエミヤは叫ぶ。
「士郎! 貴様、剣が遅れているぞ! 死にたいのかっ!」
そんな彼も余裕など微塵も無い。珍しく乱れる呼吸に、常に見開いた鷹の目。一瞬でも隙を見せればその首は弾き飛ばされると直感で感じているのだろう。
「はぁ…はぁっ…! 悪い…助かった…」
「礼を言うのは後にしろ!」
口から流れ続ける血を拭いながら、士郎は態勢を整える。
正直、もうこの体は人間が動ける範囲を超えている。視界は霞み、呼吸をする度に肺が痛む。幾多の傷から流れる血。朦朧とする意識。
自分でも分かっている。人間が英霊などに勝てる見込みはほぼゼロだ。そんなことは分かっている。でも、そんな理屈なんて知らない。そんな可能性なんて知るか。だって、まだこの体は動けるのだから。
「もはや…ここまで来れば…ただの意地だな…」
士郎の口から乾いた笑いが零れる。その姿を見たエミヤは一瞬怪訝な顔をするが、すぐに納得したような表情を見せた。
「確かに…これはオレの――いや、オレ達の我儘だ」
その時、視界の先に動く気配があった。
「士郎っ!」
エミヤが叫ぶと同時に闇が一瞬にして視界を支配する。アンリマユが既にそこまで距離を縮めていたのだ。
「こんなところで…! 俺は…っ! 消える訳にはいかねぇんだよ…!!」
「…!」
再び相まみえる剣。その一撃は押しつぶされそうなほど重かった。まるで、その少年の覚悟を表すかのように。
――アンリ、マユ…!
力強く食いしばる口から血が流れる。士郎の瞳には闇の少年の姿がはっきりと映っていた。それは、かつて幼さを残した自分の姿。けれど、中身は全くの別物だ。救いを求めながら、叶うことなく死んでいった少年。それは、どんなに苦しかったのだろうか。どんなに絶望したのだろうか。それは、きっと彼にしか分からない。
けれど、理不尽な目に遭い、命の危険に晒されたのは自分だって同じだった。かつての冬木の災害。そこで己は一度死にかけた。地獄のような場所で死にゆく人々の中を彷徨いながら、絶望した。懇願した。悲観した。
その気持ちは今でも覚えている。
「はぁ…っ!」
アンリマユの双剣を弾き返す。その隙にエミヤがアンリマユの心臓を狙い、剣を向けるが躱されてしまった。
しかし、アンリマユと自分には決定的なことが違っていた。
そう――それは、自分は衛宮切嗣に救われたことだ。
「この程度か…! アンタ等の覚悟は…!」
目の前の少年は叫ぶ。
独り、その身を傷つきながらも、その顔を苦痛に歪めながらも。
それは、きっとあの時、救いを求めていた姿と似ているのだろう。だって、それは、あまりにも――。
『――士郎、誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事。正義の味方っていうのは、とんでもない、エゴイストなんだ』
『――いいかい、正義の味方に助けられるのはね、正義の味方が助けたモノだけなんだよ。当たり前の事だけど、それが正義の味方の定義なんだ』
脳裏に浮かぶ男の言葉。
あの頃は、その意味を理解出来なかった。けれど、今なら分かる気がする。
――切嗣。あんたは、今までどんな思いでその信念を貫いてきたんだ…!
「これで最後だ…! エミヤシロウ…っ!!」
アンリマユの叫びが、覚悟の瞳が、その信念が。正義の味方に真っ直ぐと向かって来る。
すると――。
「士郎」
傍にいたアーチャーが静かに口を開いた。士郎が視線を向ければ、ふと、交わる錬鉄の瞳が優しく投げかけられる。
「これが、かつてお前の言っていたものなんだろう? ――衛宮切嗣の願い。誰かの為になりたかったのに、結局、何もかも取りこぼしてしまった男の果たされなかった願い」
「アーチャー…」
それは、以前エミヤが忘れていたものだった。
彼が己の在り方を歪で醜悪だと後悔していた時、かつての自分から命がけで教えられたもの。己が目指す正義の味方がいかに歪だと正しさをばかりを唱えるエミヤに、士郎が気づかせてくれた願いだ。
その真っ直ぐな在り方に、後悔しない少年の姿に、自分が選んだ理想は間違えていなかったのだと、この英霊はようやく答えを得たのだ。
「――さぁ、士郎。一緒に取りこぼしたものを救いに行くぞ」
そう言って、男は不敵に笑ってみせた。
「…!」
その姿は確かに、地獄を見ながらも己の理想を目指し、長年後悔しながらも、それでも足掻き、正義の味方であろうとする男の姿だった。それは、同じ理想を目指す士郎にとって、これほどの心強い味方はいないだろう。
「――あぁ!」
本当は、その姿に何故か込み上げてくるくるものがあった。しかし、それをぐっと押し込んで、士郎は迫りくるもう一つの存在に意識を向ける。そして、力強く叫んだ。
「アーチャー!」
「士郎!」
次の瞬間、二人も己の双剣を握り、その地を蹴って迫りくる闇へと向かった。
「はぁぁぁぁぁ――――っ!!」
これが最後なのだと。
この一撃で全てが決まるのだと分かっていた。
「消えろぉぉぉぉ!! 俺の邪魔をするな…っ!! 俺はまだ…っ!!」
それがたとえ、誰かの生命を摘み取るとしても。
「俺は―――まだ生きてやる…っ!!」
そして――、遂に、激しくぶつかり合う二つの正義と悪の剣。
その刹那、痛いほどの光が全てを覆う。
「―…っ!」
次の瞬間には、轟音と爆風が支配する。
その勢いは凄まじく、藤丸とマシュの体は簡単に吹き飛ばされそうになる。
「先輩…っ!!」
「マシュ…っ!!」
お互いに飛ばされそうになる体を必死に耐えるかのように、その手を強く握り締める。
視界には何も見えない。全身にヒリヒリする程の圧と空気を感じるだけだ。この先は、この戦いはどうなったのか。
藤丸は悲鳴を上げる体に耐えながら、消えそうになる意識を堪えながら、その瞳に映し出そうとする。そして、数秒後。
彼はその結末を目にしたのだ。
「……――」
その瞬間、息を呑む。
「…え、…みや…」
ようやく口から出た言葉は、二人の名。
そして、彼の瞳に映るのは――。
不自然なほど、閑寂した空間。
静かに滴り落ちる血。貫かれた体。
次にはパリン、とガラスが割れるような音がこの空間に響き渡る。限界を迎えた固有結界が崩壊し始めたのだ。
その固有結界の中心にある丘には、悪と正義が立っていた。
「あぁ――、」
そこに見えるのは、二つの短剣が闇の少年の体を貫いていた光景。
赤く染まった干将・莫邪から静かに少年の血が滴り落ちている。それは、正義の剣が悪の内側へと確かに届いていた姿だった。
「残念…、ここまで、か…」
少年は掠れた声で、この結末を迎えようとしていた。その声を近くで感じていた二人の正義の味方は、ゆっくりと双剣を少年の体から抜き、彼の顔を見つめた。
「――俺達の…勝ちだ」
「はは…、そうだ、な…。俺の負け、だ…」
満身創痍の顔をした士郎の言葉に、少年は小さく笑った。
あぁ、そうだ。残念なほどに、何故かその事実に納得した自分がいる。
次第に固有結界は崩壊していき、少しずつ景色が変わっていく。
殺風景だった赤い空と、幾つもの鉄の剣が突き刺さっていた赤土の地平線は消え、見覚えのある一つの村が浮かび上がっていた。
その光景を少年は瞳に映しながら、呟いた。
「…まだ、この世界にいたかった…なんて」
その言葉は、きっとアンリマユとしてでもあり、かつての少年の言葉だったのだろう。
「……」
かつて、自分が生きていた世界に再び英霊として現れた。それが、最初は憎しみ、復讐を抱いて現れたとしても。
それでも、この世界は少年がかつて憧れていた、切望していた世界だ。未練が無いと言いつつも、長年アンリマユとして見続けたこの村に、世界に、人類に僅かな情があってもおかしくは無い。
その証拠に、今、少年の瞳は今まで見たことがないくらいに光が灯って見えた。
「お前は確かに間違えていた。人を憎み、世界に絶望し…。だが…、オレはその在り方を否定はしない」
エミヤはそう言うと、真っ直ぐに少年の瞳を見つめた。
「少年よ。この世全ての悪と言われようとも、いくら短い人生だったとしても――お前がかつて、この世界に生きていたという事実は変わらない」
「…!」
それは、少年の心を揺さぶるのに十分な言葉だった。
すると、士郎もエミヤの隣で力強く、そして、はっきりと言ったのだ。
いつの間にか、この世は――空は暗闇から僅かに光が差し込もうとしている。
「あぁ…そうだな。お前が行なってきた復讐を俺達は許さないし、お前に同情なんてしない。きっと、それはこれからも変わることはないだろう。でも――」
夜空だった暗闇にゆっくりと光が広がっていく。
夜明けが、もうすぐそこまで来ていた。
「でも――、お前のことは俺達がちゃんと覚えていてやるから」
「――…」
その瞬間、少年の瞳は大きく見開かれる。
そして、次には何かが溢れそうになる感情がこの全身に駆け巡る感覚。
多分、いや――きっと、その言葉はかつての少年が欲しかったものだ。命が消えゆく間際、助かることはないと、救われることはないと感じても、それでも少年は何か救いがあって欲しいと思っていた。それが、何を示していたのか、彼自身も分からなかった。
けれど、今ようやく分かったのだ。
――本当、嫌になるほど、こいつ等は…。
しかし、それは彼の意地や悔しさがそうさせたのか、表に出すこと無く、すぐに彼の中だけに留まった。
「…な、んだよ…」
消えゆく体とは裏腹に、何かが満たされるような不思議な感覚を抱きながら、少年は絞り出すように口を開く。
「本当…、アンタ達は、最後まで馬鹿だ…」
その表情は、この世全ての悪と謳われながらも、根底には少年の想いを抱き続け、生き続けた少年の最期の顔だった。
それは、まるで――。
「でも、そうだな…。俺も…もう、この世界は大抵は飽きちまったから…。なにか、新しいものの為に、終わりでも、見てみないと…」
それは、まるで前に進もうと――希望に満ちていた顔だったのだ。
――だって、こんなにも馬鹿みたに二人の在り方を魅せられてしまったらさ…。
少年は思う。
長年抱き続けた復讐を、憎しみを、執念を、今この時だけは捨てて、ただの少年として、光の方へと走って行きたいと思ってしまったのだ。それは、勿論…いや、本当は認めたくはないのだけれど、それでも、認めざるを得ないだろう。
なぜなら、目の前に立つ二人の正義の味方に、こんなにも――救われた気がしたのだから。
空に広がるのは、眩しいほどの太陽の光。
闇は消え、この世界には光が満ちている。
士郎とエミヤは、少年の最期を静かに見届けていた。
彼の体は、殆どこの世界には残っていなかった。しかし、日の光を浴びて美しく、星屑のように舞う彼の欠片。それは、天に届くかのうように永遠へと飛んでいく。
それでも、これは決して悲しいものなんかじゃない。士郎とエミヤはそう思っていた。
なぜなら、これは少年の終わりではなく――。
「――さあ、終わりの続きを見に行こう…」
そう呟くと、少年は穏やかな表情を残して、消滅したのだった。
漫画見てるみたいですごかったです!!続き待ってます✨!すっっごいおもしろかったです!