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正義の味方がカルデアに来た話 15/Novel by 蓮見

正義の味方がカルデアに来た話 15

9,278 character(s)18 mins

20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来た話。

なんとか続きました。完結までもう少しかな、と思います。…多分。自分でもあまり分からないんですけど。
話の中で、Fateの設定など色々と間違えている部分はあるかと思います。もう勢いだけで書いてますので。でも、温かい目で読んで下さる方ばかりで、本当に有難いです。

前回も沢山読んで頂き、ありがとうございます。コメントも嬉しかったです。なんとか完結できるように、ぼちぼち進めていきたいと思います。

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これまで、愚かな人間を何度も見てきた。

時代が変わり、人間の生活の営みが変化し、多種多様な思考を抱き、彼らが争いの日々を送り、滅びゆくその日まで。
己は、その光景を静かに見つめていた。
彼らが生きるその小さな世界で幾度となく繰り返されるもの。それは、非道とも思える蛮行。生を軽んじる行為。
そして、何より人を憎む醜い感情を彼らは、いつの時代にも抱き続けていたのだ。

その人間の行動を面白いと思いつつ、蔑み、嘲笑い、そして――恨み続けてきた。それが、アンリマユが見てきた全てに対する感情であり、理不尽な人生を背負わされた彼の願望に至る経過だったのだ。

しかし、それを目の前の男は否定する。
正義の信念をその瞳に灯しながら、衛宮士郎という男は臆することもなく、アンリマユに問いかけるように否定するのだ。
〝本当にそれがお前の望みなのか〟と。

 耳のすぐ側で弾き合う金属音が響く。

「…っ!!」

アンリマユはその意識を浮上させた。
不覚にも一瞬だけ隙が出来てしまったようだ。
しかし、その僅かな緩みは相手に生かされることなく、虚しくその金属音を響かせるだけで終わってしまう。視線を向けると、干渉・莫邪を手にした衛宮士郎がその距離を詰めていた。

「チッ…!」

自分の一撃が入らなかったことを確認すると彼はすぐにその身体を後退させる。素早い判断が自分の命を繋げることを知っている彼は、一切迷いなく距離を開いた。

「少しは賢いな。いや、狡賢いと言えばいいか?」

アンリマユは思わずその口元に弧を描いた。
それもそうだ。彼が少しでも距離を更に詰めて攻撃して来ようものなら、そのボロボロの身体に鋭く尖った己の爪で勢い良く刺し殺そうと思っていたのだから。

そんな挑発にも似た言葉を受けながらも、士郎は表情一つ変えずに、ただアンリマユを静かに見つめていた。
その姿に何故かこの感情がざわつく。

「本当に愚かだな。たかが人間ごときにこの世全ての悪(アンリマユ)に打ち勝てるとでも?笑えるな。間抜けすぎて同情すら沸いてくる」

ヒヒヒ、と蔑む笑いが化け物の口から洩れる。それは、己の感情のざわつきを誤魔化すようにも思えた。しかし、士郎は言う。

「あぁ、そうだ」

その言葉は力強く、怯まない。まるで己の行動に後悔はなく、ただその希望を掴むまで走り続けるという口振りだったのだ。
そんな彼に思わずこちらが怯みそうになる。
なんだこの男は。本当に人間か?
目の前の男に疑問を抱いてしまうくらい、衛宮士郎という存在は歪に思えてしまった。

今まで数えきれないほどの人間を見てきた。
それは実に人間らしく、そして実に簡単に醜い感情を抱く存在だった。何千年と時代が移り変わろうとも、例外はなく、裕福な者も、貧しい者も、女子も子供さえも、それは揺ぎないものだったのだ。
その醜さこそが人間らしさを示すものですらあったのだ。

だが、この衛宮士郎という男は違っていた。
醜い感情を抱くどころか、無垢にその全てを助けようとする。その強い信念に狂気すら感じてしまう。
だからだろうか。気付けば、その爪を目の前の男に向けていた。

「…っ!?」

黒い化け物が音もなく鋭い爪を突き立てようとしている。士郎はそれを視界に捉えるとすぐに回避を試みた。しかし――。

「がはっ…!」

勢い良く何かを口から吐き出す。鮮やかに飛び散るそれは赤色。大量の吐血だった。

――しまっ…!

次の瞬間には、ガクンとその膝を地面へと落としてしまう。倒れるように士郎の身体は崩れ、思うように動かせなくなっていた。

「くっ…!」

歯を喰いしばり己の身体を必死に動かそうとするが、先程動いた反動のせいか、この身体は反応しない。ただでさえ、聖杯の泥を大量に浴び、いつ死んでもおかしくない状況であるこの身体。むしろ今まで動けていたのが不思議なくらいだ。

「そのまま死ね」

その好機を見逃すはずもなく、アンリマユの冷たい声が頭上から降りかかる。そして、背には藤丸とマシュの叫び声。その一瞬が全てスローモーションに見えた。

――あぁ、なんだ。

士郎は迫りくる闇を視界全てに映し出す。その闇は真っすぐに己の心臓を貫くのだろう。
生の可能性を一欠けらも残さず、目の前の化け物は衛宮士郎という人間を跡形も残さず、殺すのだろう。
この化け物と戦うことを決めた時からその覚悟は出来ていた。いや、正義の味方に憧れた時から、その覚悟はしていたのかもしれない。誰だって、いつかは死ぬ。

――でも。

この状況になって、脳裏に浮かぶのは一人の男。赤い外套を揺らしながら見せるのは、その大きな背中。

『――理想を抱いて溺死しろ』

その言葉が妙に強く残る。
あの時から、その背中を追いかけて来た。その言葉に突き動かされてきた。決して彼のようにはならまいと。そして、彼のようになりたいと。

「同調、開始(トレース・オン)」

その言葉と共に、士郎の身体に浮かび上がる青い光。彼の体内の魔力回路に沿って、それは力強く浮かび上がっていた。
この身が尽き果てるまで、その理想を成し遂げるまで。俺は――。

「死ぬわけにはいかない――!!」

「!?」

その一撃に全てを込めて、士郎は干渉・莫邪でアンリマユの攻撃を弾き返す。だが、その拍子に再び口から血が溢れ、崩れるように前に倒れてしまった。彼のその行動に一瞬驚愕しながらも、アンリマユはその攻撃の手を休めることはない。

「さっさと死ね!!」

再び、魔の手が士郎に襲い掛かる。しかし、それは間髪入れず再び弾かれてしまった。

「――さすが未熟者。そのしぶとさだけは認めてやる」

ふと、聞き慣れたその皮肉。頭上から落ちたその声に口が僅かに緩む。そして、その瞬間に強く思えてしまうのだ。
あぁ、そうだ。俺にはこいつがいる。

「アーチャー…」

視界に映るのは、赤い外套を揺らしながら見せる大きな背中。

「お前は下がってろ。あとは私がやる」

まるで足手纏いだと言うように、この英霊は視線を向けた。けれど、その真意を理解している士郎は苛立つことはない。なにせ、この英霊は不器用で天邪鬼なのだから。それは自分が良く知っている。だが、今はそれよりも。

「いや…アーチャー。頼む。俺と一緒に戦ってくれ」

士郎がそう口にすると、エミヤは一瞬動きを止める。そして、士郎の瞳を確かめるように再び視線を向けた。
その先に見えるものは、見覚えのあるものだった。それは、以前この男と剣を交えた時に見たものと同じ。正義の灯火を秘めた瞳だ。

――あぁ、その瞳は。

エミヤはじわり、と思い出す。
その瞳をした彼を自分はよく知っている。愚直にも、理想を抱き、その信念を貫こうとする男。その姿は年月を経ても変わらない。覚悟をした男の在り方だ。そんな在り方を自分は嫌悪し、そして、憧れた――。

エミヤが口を開こうとした時、ふと、彼等の背後から声がかかった。

「衛宮さん、アーチャーさん」

二人が後ろを振り返れば、地に伏した藤丸を支えるマシュがいた。

「衛宮さん…。もし、アーチャーさんとの再契約を考えているのなら、私は止めることはしません。例え、アーチャーさんが今は先輩の英霊であろうとも、貴方の判断ならばそれに従います」

「マシュ…」

士郎は彼女の言葉を聞きながら、もう一人のマスターへと視線を移した。聖杯の泥を浴びた藤丸は肩で息をしながら、その生命を懸命に繋げている。おそらく限界が近づいているのだろう。その様子だと、悠長にしている時間はないらしい。
彼の傍らにいる少女は、僅かに震える声でこう言った。

「私は何があろうとも諦めません。貴方方も絶対に守り抜きます。ですから、お願いです。――この最後の戦いを、生き抜いて下さい」

それが意味することはただ一つ。つまり、アンリマユに勝利することだ。
それを口にする彼女の心情は、複雑なものだっただろう。傍らには己のマスターが生死を彷徨っている。そして、視線の先には最後の戦いが行われいる状況だ。守りに特化する英霊の彼女は、傷ついていく味方をサポートしたくとも、マスターを置いて行くわけにはいかない。だから彼女は決断したのだ。その結果が先ほどの言葉。――衛宮士郎とエミヤにこの戦いを託す。

「あぁ…、分かった」

それを理解している士郎は、そんな彼女に対して優しく笑う。その返事にマシュは唇を噛み締めた。

「ごめんなさい…。衛宮さんもアーチャーさんも、辛い状況なのに…私は…」

「マシュ」

すると、震える少女にエミヤが穏やかな声をかけた。少し潤んだ彼女の瞳がこちらを見つめている。士郎はそんな彼に少し驚きながらも、彼の言葉に耳を傾けていた。

「君は何一つ間違えてはいない。その優しさが君の強さだ。そんな君だからこそ、私達は安心して背中を預けられる。マスターも、それは分かっているはずだ。だから、何も謝ることは無い。自分を責めるな」

「アーチャーさん…」

そんな彼の言葉と共に、マシュに向けられるその眼差しは優しいものだった。

――そうだ。この子は英霊と言えど、まだ少女なのだ。
その小さな背中に人類を救うという大きなもの背負い、これまで藤丸立香と共に戦ってきた。そこには、いつだって後悔、不安、押しつぶされそうな責任感があったはず。
しかし、それを藤丸もマシュも口には出さない。そんな彼等をDr.ロマンが心配する理由も分かる。
そして、そんな二人に自分が今何をするべきかも分かっている。英霊となった自分ができること。それは些細なことかもしれない。
この人類消滅という危機が訪れた世界に、自分と衛宮士郎は訪れた。少しの助けになれば、と。そこで出会った彼等に、救いの手を差し伸べることが出来ればそれで良い。

「私達は大丈夫だ。だから、守りは任せた。マシュ」

エミヤは再び優しく瞳を向けた。まるで、不安を抱く後輩を安心させるかのように。

「…はい。任せてください…!」

その言葉を口にする少女は、少し笑顔を見せる。その声は小さなものであったが、強さがあった。もう迷いは消えたのだろう。
そんな二人の様子を見た後、士郎は口元の血を拭い、ゆっくりと再びその足で立ち上がった。

「しぶとい奴らだ」

視線の先には、アンリマユがこちらに再び攻撃を仕掛けて来ている。

「アーチャー」

それでも、彼には伝えなければならないことがあった。士郎は、目の前の背中へとはっきりと口にした。

「頼む。俺ともう一度、契約をしてくれ」

その言葉を予想していたのだろう。
エミヤは軽く視線を向けると、〝勝手にしろ〟と短く答えた。
その相変わらずの冷たい態度でも、あのエミヤが再び自分をマスターとして受け入れてくれたことに士郎は思わず口が綻びそうになるが、そこはグッと我慢する。また何を言われるか堪ったものではないと思いつつ、いつかの日と同じように彼に手を伸ばした。

そして、士郎は詠唱を紡ぐ。

「──告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に」

士郎の声が響く。
彼の身体は既に限界に近いはずだった。魔力も申し分程度しかない。その状態で戦うなど無謀とも言えた。

「聖杯の寄るべに従い。この意、この理に従うならば──」

それでも、彼は戦うしかない。
ここで戦わなければ、全てが終わってしまうから。それは、文字通り、全て。その命も世界も人類も、全て無に還る。

「──我に従え! ならばその命運、汝が剣に預けよう!」

それに、正義の味方の信念を抱く彼にとって、この世界はもう特別なものになってしまった。ここには、大切なものが増えた。それは、エミヤにも言えることだった。

士郎の詠唱にエミヤは静かに答える。

「──アーチャーの名に懸け、誓いを受ける。貴方を我が主として認めよう。衛宮士郎」

そんな二人の正義の味方は、戦場に再び並び立った。

その後ろ姿を、藤丸は霞む視界に見る。
遠くなりそうな意識の中で、あの時の光景を思い出す。
アンリマユやオルタ達が村を襲撃し、藤丸達が危機に陥った時、彼等の前に現れたその姿。あの時感じた感情は決して忘れはしない。そして、それは今もだ。

「――正義の、味方…」

――そう。
それは、藤丸の世界に正義の味方が降り立った瞬間だったのだから。



汚染された聖杯はもう破壊された。
空は茜色に染まり、地には殺風景な赤土。
そして、幾数もの剣がその地に佇んでいる。
今、この固有結界で鳴り響くのは鋭い剣筋の先に聞こえる金属音のみ。それは連続した音。
一瞬の隙もないほどに、それは殺気立ち、そして何より美しく聞こえるのは彼等が積み上げてきたその腕と覚悟の賜物か。
''二つの赤''が流れるようにその短剣を振るう。

「くっ…!」

アンリマユの攻撃が士郎とエミヤに素早く向けられるが、それを片方が防ぎ、もう片方が隙を見ては反撃を繰り返す。
それはまるで、干将・莫邪のように対となるような連携に見えた。しかし、士郎の身体は動く度に血を流し続ける。その姿があまりにも人間らしからぬように思えて、アンリマユは思わず声を荒げた。

「貴様ら人間は…いや、お前は何がしたい…っ! 正義を理想に掲げ、それで何になる! 結局は報われずその身体、人生に残るのものは何もない!既に〝エミヤシロウ〟としての生き方は破綻している! その人間に成り損ないのような貴様が、人間へと救いの手を差し伸べると言うのか!?」

士郎達の剣先を回避しながら、この世全ての悪は更に声を上げた。

「衛宮士郎! 貴様は私の在り方を見たのだろう!? 人間など存在しても無意味だ!!
それでも、人間共に善を期待するのか!?」

彼の思いは最もだった。
かつて理不尽に生贄となった彼は、士郎達が人間を助けることにそこまで重きを置いているという事自体、到底理解し難いものだったのだ。

そんな彼の思いを士郎は受け止めながら、強く言い放つ。

「そうだ。お前の言うように、この理想を掲げても何も残らないのかもしれない。そんなことは分かっている。それでも、俺は無かったことには出来ない。かつて憧れた、正義の味方になるというその思いは――、この衛宮士郎という人間から簡単に消せるものじゃない!!」

その直後、彼の短剣がアンリマユの足を貫いた。
その拍子に崩れていく化け物の身体。しかし、すぐにその大きな爪で士郎を薙ぎ払うと、人間の体は意図も簡単に勢い良く吹き飛ばされていく。

「がっ…!!」

「マスター!?」

エミヤは思わず叫んだ。庇う隙すらなく、マスターである士郎の身体は更に血を流しながら、地面に叩き付けられてしまったのだ。

「言ったはずだ!!驕るな人間!!」

アンリマユは地に付した士郎を見下ろしながら叫ぶ。その表情は、愚かな人間に一撃を与えたというのに、どこか焦燥感にも似たものがあった。

「はぁっ――!!」

次の瞬間、エミヤの干将・莫邪がアンリマユの首を狙う。それは、一切無駄が無い剣筋だった。
しかし。

「貴様もだ…!!人間の成り損ないが英霊などに成り代わったところで、その在り方は歪んでいる!!」

短剣を弾いたその化け物の手は、そのままエミヤの身体に爪を突き立てた。

「がぁ…っ!!」

「そんな貴様らが人間を助ける? 救う? 全ての人間を助けることは不可能だというのに!! 必ず救われない者がいる!!それを、悪のせいだと皆は口を揃えて言う!!」

黒い化け物は独り叫ぶ。

「ふざけるな!!己の身勝手さで悪を語るな!! 誰も救おうとしなかったくせに!! 誰も、私を――俺を!!助けてくれなかったのに!!」

それは、悲痛な叫びだった。
何の罪もない少年が人生を狂わされた故の叫び。ふと、溢したその思いは、彼の内なる本音だったのだろう。

アンリマユの爪がエミヤの胴体に深く突き進んでいく。

「がぁぁっ…!!」

「一人残らず消え失せろ!!」

大量の血が溢れる。魔力が消えていく。
更に、アンリマユの在り方のせいか、彼の鋭い爪からこの体に何かが入り込もうとしている感覚があった。それは、黒い何か。

――まずい、このままではっ…!

エミヤは遠のく意識の中、危険を察知する。アンリマユから流れる黒いもの。呪いだ。
これを英霊の身体に流し込まれれば消滅するか、もしくは霊基が汚染され、己自身の記録が破壊されてしまう可能性がある。そうなれば、仲間である藤丸やマシュ、そしてマスターである士郎を傷つけてしまう恐れがあった。

力を振り絞り、抵抗しようとエミヤは干将・莫邪を投影しようとするが、それは形を成さない。思っていた以上に、アンリマユの影響は大きかったのだ。
それを目の当たりにしたエミヤは、霞む視界で闇を見据えたまま静かに口を開いた。

「よく聞け…、アンリマユ。貴様が…、何に対して怒り、憎んでいるのか…私は全てを知っているわけではない。…だが、貴様が間違えていることだけは理解出来る。…本当にそれが貴様の願いか?本当に…それがかつての少年が望んでいたことなのか?」

赤い弓兵のその言葉は、アンリマユの核心を突いた。
その瞬間、化け物の瞳が揺らぐ。
殺されながらも、エミヤが感じたもの。正義の味方であろうとする彼は、アンリマユの奥底に潜む感情を感じ取っていたのだ。それを、アンリマユ自身が気付いているのかは分からない。

「貴様は何を―、」

すると――。

ヒュン、と一直線の軌道が走る。
その真っ直ぐな軌道は勢い良くアンリマユへと放たれ、エミヤの身体へと突き立てていたアンリマユの手に刺さった。
そこに見えるものは――剣。

「…っ!!」

それは見覚えのある剣だった。
この固有結界の地に無数に存在する剣。これはエミヤが投影してきたものだ。
だが、彼と同じように今まで見てきた物を努力と覚悟の賜物で、自分へと培ってきた男がいる。

アンリマユはその軌道先にいる男へと視線を向けた。

「衛宮…士郎…っ!」

一体、何度その名を呼んできたのだろうか。
その名を呼ばれた男は、投影した弓で地に刺さる剣を矢のように構えていた。その身体は痛々しく血を流し続けている。
しかし、その眼光は鋭く、鷹の目をしていたのだ。

「俺のアーチャーを返してもらうぞ」

そして、彼は叫んだ。

「令呪を以って命ずる!! アーチャー! 俺の元に来い!!」

その言葉を放った瞬間。
士郎の手に刻まれた令呪が赤く光った。
それはエミヤへとすぐに影響を与える。エミヤの身体は先程まで力無いものだったが、瞬発的に魔力が満たされる。そして、マスターである士郎へと強い引力で引き寄せられるかのように、彼の身体は一瞬で移動したのだ。

「アーチャー。先に言っておく」

不意を突かれ、少し態勢を崩したアーチャーを支えながら士郎は言った。

「これが本当に最後の戦いだ。この先、何があろうと俺は死ぬわけにはいかない。絶対に生きてみせる。だから―」

「あぁ、わっかている。私は貴様の英霊だ。何がってもマスターを最期まで守って…」

「違う」

アーチャーの言葉を遮った士郎は、頭上で虚を突かれた瞳に向かって真っ直ぐに告げた。

「俺は、これからもお前と一緒に生きたいんだ。だから、お前も絶対に死ぬな。これはマスターでもない。衛宮士郎の願いだ」

その男は、はっきりとそう言ったのだ。
その言葉に、アーチャーは目を見開いた。

かつて、その男は以前にも同じようなことを言っていたことがある。
〝二人で一緒に、理想を実現していくんだ〟と。
しかし、それはあくまでも互いの理想の為に、人助けの為に、そして世界の為の願いだと思っていた。
だが、彼は言う。一緒に生きたいと。それが衛宮士郎の願いだと。
それは、それは…眩しい程に輝く瞳でそう願うのだ。

「……。」

知らなかった。いや、知ろうとも思わなかった。
衛宮士郎という男がこの成れの果てである自分に何を感じているのかを。何を望んでいたのかを。
だが、その瞳を見て気付いてしまった。やはり、彼はどこまででも彼らしい。この自分に、一緒に生きてほしいなどと願っていたとは。そんな思いを、正直自分はどう受け止めて良いのか分からない。
しかし、その言葉を聞いて思うことは、ただ一つ。
彼は、この自分―エミヤすらも助けたいと願っているということだけだ。

アーチャーは静かに口を開いた。

「だったら、何がなんでも死力を尽して、生き抜いてみせろ。貴様は未熟だからな。――士郎」

その言葉に士郎は驚く。
それは、今、彼が口にした自分の名前。
なにせ、この赤い弓兵は自分の英霊でありながらも、今まで自分のことをまともに呼んだことがなかったのだ。
衛宮士郎。マスター。貴様。時には、小僧。
そのどれもが、嫌みを含み、どこか他人事のように距離を感じていた。それが、エミヤという英霊の捻くれ具合を表していたと言っていいだろう。
しかし、今。彼はようやく呼んだのだ。温かい声で自分の名を。
それが士郎の願いに対する彼の答えのように思えた。

士郎はエミヤの隣に立ち、彼と同じ目線で前を見た。その先にはアンリマユが独り立っている。
もう、この戦いも決着が近い。

「――いくぞ。アーチャー」

「――あぁ。勿論だ、士郎」

二人の男は、今までその足を止めることは無かった。
それが、どんなに過酷な状況であっても。絶望する道であっても。その在り方が例え、歪だとしても。

『――僕はね、士郎。正義の味方になりたかったんだ』

月下の夜。
かつて、とある男はそう言った。

『――誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事だ』

嘆くように、静かにそう口にした男。
その意味を、幼い自分は理解していなかった。ただ、純粋に憧れを抱いていたのだ。
その男が何を抱えながら生き、何を思いながら最期を迎えたのか。今はもう知ることは出来ない。

目前の闇を見据える。
黒い化け物は確かに叫んでいた。人間の醜悪を憎み、人類に絶望し、そして願った。
それは、彼が紛れもなく〝助けられなかった者〟だったからだ。だからこそ、願った。その願いに彼自身が気付いていなくとも、士郎は知っている。

〝救われたい〟

それが、それこそが――少年の本当の願いだと。

――爺さん。

士郎は大切な光景を思い出す。そして、かつて幼い自分が彼に伝えた言葉を、同じように重ねた。

「任せろ。爺さんの夢は――俺が、ちゃんと形にしてやるから」

その言葉を聞いた記憶の中の男は、穏やかに笑ったのだった――。

Comments

  • 花・礫

    す、すごい(゜д゜)

    October 12, 2019
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