正義の味方がカルデアに来た話 12
20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来た話。
なんとか続きました。今回も内容はあまり進んでません…。いつもより、少し短いです。
でも、やっとここまで書けました。Fate初心者の自分が、まさかここまで続くとは思わなかったのでびっくりしています。拙い文章ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。
前回も沢山読んで頂き、ありがとうございます!本当に嬉しいです。また書く気力が湧いてきます。
次回もマイペースに更新したいと思います。
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アンリマユによって聖杯が起動されたこの世界は、確実に崩壊の道を辿っていた。
暗黒が支配する世界。
聖杯の泥という夥しい呪いが生命を喰らうように次々と広がっていく。
それは、その大地に芽吹いた草木や川も逃げ惑う動物も、人が生きた証の村も。全て、全て食い尽くし世界の息の根を止めようとしていた。
そんな光景を視界の端に映しながら、藤丸とガウェインはアンリマユの目から逃れる為に、一旦森の中へと身を隠す。だが、ここも決して安全ではない。すべきことを決めたら、すぐにでもここを発つつもりだった。
その"すべきこと"というのは──。
藤丸は、ふと現れた気配に視線を向けた。
彼の前に現れたのは、ロビンフッドとマシュ。そして、二人の側に立っていたのはもう一人の人物。
「…良かった。アーチャーさん…」
二人の側には、もう一人の弓兵の姿。
彼は無言のままだったが、とりあえずはマシュやロビンフッドの制止を受け入れたのだろう。
それを確認すると、藤丸は思わず胸を撫で下ろす。だが、その一方でアーチャーの表情は固い。
「……」
彼から感じ取れる魔力は既に殆ど残っていなかった。そして、新たに魔力が彼に流れて来る様子もない。Dr.ロマンとのやり取りで予想はしていたが、おそらく彼は何かの手段を使い、マスターとの契約を破棄したのだろう。
更に、彼の表情とその状況から、きっと彼は自滅する覚悟だったのだろうと藤丸は改めて思った。
あの時、後退する藤丸とすれ違い様に見せた彼の表情はとても"あの人"らしくもあり、そして切ない笑顔だったのだ。
──それに…。
藤丸の瞳が小さく揺れる。
自分の命と引き換えにマスターを助け出すつもりだったアーチャーが走り去っていく背中を見た時。
藤丸には、あの男の言葉が頭に過ったのだ。
『──いいか?勇気と無謀を履き違えるな』
それは、あの男の言葉。
藤丸がマスターとしての使命を思うばかりに焦りを感じ、誤った判断をした時。
引き止めようとするマシュの手を振りほどき、無理矢理その足を進めようとした時。
あの人は、この手を掴んで引き戻してくれたのだ。
「……」
藤丸は静かに口を開いた。
「…アーチャーさん。俺は衛宮さんに何度も救われました。未熟な俺だけど、それでもあの人は一緒に戦おうって、笑って優しくこの手を握ってくれたんです。…俺にとって、それは泣くほど嬉しかった」
──そうだ。
俺はあの人の言葉に、行動に救われた。
失いかけていた"自分"を気付かせてくれた。
そんな藤丸の言葉にアーチャーの瞳がようやく少年を見つめる。
「俺は人類最後のマスターです。今までそのことばかり意識していました。マスターとして、自分が犠牲になってでもその責務を果たそうとずっと思っていたんです。──それで、皆が救えるのなら、と」
彼の内に秘めていたものであろうその言葉に、その場にいたロビンフッド、ガウェインが少し驚いたような表情をして藤丸を見つめている。
マシュはそんな彼をただ見守るように見つめていた。
「でも、そんな俺に衛宮さんは"生きろ"って言ってくれました。俺を人類最後のマスターとしてじゃなくて、ただの藤丸立香として手を差し伸べてくれたんです」
藤丸の声は穏やかだった。
決して大きくないその声に、アーチャーは何故だか己の何かに強く突き刺さるような気がした。
「…だから、貴方が衛宮さんを助けたいという気持ちと同じくらい、俺もあの人を助けたい」
「……」
「アーチャーさん、貴方は一人じゃないです。頼りないかもしれないけど俺がいます。信頼できる仲間がいます」
藤丸はアーチャーに近づくと、その手をゆっくりと差し伸べた。
「俺達と一緒に戦って下さい。──俺と、契約して下さい」
「……」
その瞳は優しくこちらを見つめていた。
大きな紺碧の瞳が真っ直ぐに一人の男を見つめている。
それは、あまりにも誰かを思わせるものだった。
アーチャーは何かを思い出すように瞳を細める。
──"それで、皆が救えるのなら"…か。
その言葉は、かつて一人の男が願ったことと酷似していた。
『それで、誰も泣かずに済むのなら』
そう願った男はその身を世界へと捧げ、死後、英霊へと成り代わった。
力を手に入れた男は、人々を救えると思っていた。そう、思っていたのに。
だが、結果は彼が望んだものではなかった。
それでも男は、世界の為に、人の為に、何度も何度も救って救って殺してきた。
その最果てに、一人の少年と出会ったのだ。
男が失いかけていたものを少年は持っていた。
そんな少年と決死の覚悟で、刃を交えた。
その時。
忘れかけていた灯火を少年の瞳に見たのだ。
そして、彼は言った。
間違えてはいない、と。
それが男の全ての答えだった。
それを理解出来た時、男が感じたものは──。
アーチャーは藤丸が差し出した手を見つめる。
──…それは、きっと。この少年が感じたものと同じなのだろう。
口元を僅かに緩ませると、赤髪の男の姿を思い浮かべては内心で悪態をつく。
あぁ、お前は本当に──。
頼りなかった赤髪の少年の背中。
それがいつの間にか、逞しくなって。
その過程で、彼は様々なものを背負い、その信念に沿って救いの手を差し出す。
そんな彼の生き様は、己が抱き続けた理想そのもので。
そして、彼が救った者が今、己へと手を差し伸べている。
──本当に、まるで正義の味方みたいじゃないか。
アーチャーは閉ざされていた口をゆっくりと開いた。
「…カルデアのマスター。あの男は、君が思うほど立派な人間ではない。君がそこまでする必要もない。…だが、そうだな。私も君と同じような人間"だった"者からすると、その抱く想いには共感出来る」
そして、藤丸の手に優しく触れると彼は"あの男"と同じ笑顔を浮かべたのだった。
それは決して切ないものではなく、前向きに生きようとするもので。
「だから、今は君の英霊として共にいよう。共に戦おう。あの男を叩き起こして文句の一つでも言ってやらないとな」
「アーチャーさん…!」
自分の申し出に応じてくれた彼にホッとしていると、アーチャーは藤丸だけに聞こえる声で呟いた。
「…ありがとう。感謝している」
その声は、いつもの凛として大人びたものではなくて、少し幼さを含んだもの。
聞き慣れない声に藤丸が慌ててアーチャーの顔を改めて見ようとすると、彼はすぐにそっぽを向いてしまっていた。
その姿に思わず笑みが溢れそうになる。そして、彼のマスターが苦笑いする理由がわかった気がした。
「そうと決まれば、マスター。急いでくれよ」
ロビンフッドが辺りを警戒しながらも、藤丸へと促す。それに対し、軽く頷くと藤丸はアーチャーへと向けて詠唱を紡ぎ出した。
「──告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に」
その言葉と共に藤丸の周りに魔力が集まり始める。
「聖杯の寄るべに従い。この意、この理に従うならば──」
彼を包み込むのは柔らかな風と淡い光。
「──我に従え!ならばその命運、汝が剣に預けよう!」
その言葉を告げた瞬間、アーチャーの周りが淡く光る。彼の身体へと徐々に魔力が集まり、痛々しかった左腕も少し元に戻っていく。
そして、赤い弓兵はその瞳を改めて一人の少年へと向けた。
「──アーチャーの名に懸け、誓いを受ける。貴方を我が主として認めよう。藤丸立香」
*
気付けば、そこは目を背けたくなるような光景だった。
衛宮士郎は瞳を開ける。
その視界に映るのは、とある少年の姿。
少年は一人、暗闇の洞窟の中にいた。
──これは、なんだ?
自分の記憶には無い光景。
初めて見るその光景に士郎は現実ではないとすぐに理解する。
自分は先程まで、あの燃え尽されてゆく冬木の地にいた筈だ。だが、アンリマユによって黒い泥のようなものに取り込まれてしまった。その時の身体中に這いずり回る激痛で意識を失ってしまった為、今自分がどうなっているのか定かではない。となれば、今自分がいる此処はその泥の中なのだろうか。
そんな思考を巡らせていた士郎だが、一人の少年はすぐ傍に士郎が立っているにも関わらず、全く気付く様子は無い。
そんな少年の姿を改めて視線を向けると、士郎は眉をひそめた。
──これは。
思わず吐きそうになる。
だが、その衝動を堪えると士郎は再び少年を見つめた。
暗闇に包まれた身体。
その暗さの中で目を凝らして見てみると、少年の姿は人と呼んで良いものか躊躇してしまうものだった。
──誰かに痛めつけられたのか…。
少年の身体の四肢は鎖に繋がれ、自由を完全に失っていた。そして、そんな少年の身体には隅々まで刻まれた刺青。痛々しい程の傷と、人間としての扱いを受けていないのだと理解できる程の悲惨な暴行の跡。
それを表すかのように少年の片目は完全に潰されていた。
「…っ、」
士郎は胸が締め付けられると同時に怒りを覚える。だが、それはこの空間では意味を成さない。
「…──、っ…」
辛うじて聞こえた呼吸に少年がまだ生きているのだと気付いた士郎は、思わず彼に近付いた。
大丈夫か、と声を掛けようと口を開いた時。
衛宮士郎はその瞳を大きく見開いた。
「…一体、俺が何をした。俺は何もしていないのに。平凡に過ごしていただけなのに」
少年の口からは聞き覚えのある声が小さく漏れる。
「俺は毎日助けを求めていたのに。毎日祈っていたのに」
鎖に繋がれた少年と士郎の視線がゆっくりと交わる。
「片目を潰されても尚、洞窟の先に見える光を見つめていたのに」
「…お、まえは…」
片目の少年が静かに士郎を真っ直ぐに見つめた。
「でも、誰も助けてはくれなかった」
少年は言う。
「──なにが正義の味方だ」
その瞬間。
視界は赤黒く染まった。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え償え死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
「…っ!」
膨大な呪いが士郎を一気に飲み尽くす。
全て。何一つ残らず。貪り食うように。
「──ぎ、ああああああああああああああああ!!!!」
身体と頭の中に容赦無く入ってくるそれに、士郎は悲痛な叫びを上げた。
痛い。苦しい。裂ける。割れる。焼ける。溶ける。
黒い何かが蠢いて衛宮士郎の中で暴れる。
その黒いモノ──それは人が抱く感情。
人が沸々と持ち得ていた黒い感情を、一斉に流し込まれるのだ。
普通ならば、そんなこと普通の人間が耐えれる筈がない。その凄まじい呪いに耐えきれず、死に至るのは目に見えていた。
「ぐ、がっ…あああああああああああ!!!」
だが、士郎はその身体で必死に耐えていた。
これは──あの黒い泥によるものだと分かっていたからだ。
これは──あの孤独な少年が受けた感情だと知ったからだ。
これは──。
「あ"あああああああああ──!!!」
目には何も見えない。何も映らない。
この黒い感情だけがただひたすらに身体中に蠢いているだけ。
殺す、汚い、償え、死ね。
それらのドス黒い感情──憎悪、嫌悪、軽蔑、怒り、欲望。様々な人の感情が容赦なく士郎へと這いずり回る。その度に、頭が、身体が裂けるように溶けるように激痛が走った。
もう意識を手放した方が、死んだ方がマシだと思える程の苦しみが続く。
だが、それでもこの衛宮士郎には一つ抱き続けたものがある。
かつて、憧れた男の願い。
それを幼い子供が引き受けた。
それは、たった一つの願い。
簡単なようで難しいと気付くのに時間がかかってしまったけれど。
「あ"ああああああ──!!!」
その在り方に誰かは間違えていると言った。
「ぎ、あああ!!ああああああ──!!!」
その人生を誰かは可哀想だと言った。
「ぐ、ぎ…ああああああ──!!!」
──それでも。
それでも、これは紛れもなく。誰のものでもなく。
「あ"ああああああ──!!!」
──これは、衛宮士郎が決めた道だ。
例えそれが正しいものではなくとも、間違いではないと知っている。既に覚悟は出来ている。
だから、俺は──。
*
「いいかい?皆。これがこの特異点における最後の戦いだ。この先、どうなろうとも君達が成し遂げることはただ一つ」
閑静な森の中で、Dr.ロマンの声が藤丸達へと投げかけられる。
それに続くように藤丸は言葉を紡いだ。
「──聖杯の破壊」
その言葉にDr.ロマンは頷いた後、再び口を開いた。
「まずはあの聖杯の泥を食い止めなければ、話にならない。それに、既に聖杯の回収なんていう次元の話ではなくなってしまった。もうこの状況を打開するには聖杯の破壊が一番妥当だろう」
すると、Dr.ロマンの横にいたダ・ヴィンチが念押しをするように言う。
「その為には、先程君達に話した作戦を出来れば滞りなく実行して欲しい。それが私が考え得る限りの犠牲が少ない作戦だからね」
本当は誰も傷付いて欲しくはないんだけれど、と内心で呟いたダ・ヴィンチはそれを隠すように、いつもの笑顔を最後に見せる。
そんな彼女の気遣いに藤丸とマシュも明るく笑ってみせた。
「うん、ありがとう。必ずやってみせるよ」
「はい。私も全力で皆をサポートします」
そんな二人を優しく見つめた後、ダ・ヴィンチは一人の英霊へと視線を向けた。
「頼むよ。君の力が必要なんだ、アーチャー」
「分かっている」
藤丸と再契約したことによって、傷だらけだった彼の身体は少し癒えているように見える。そして、下ろしていた白髪も以前のように整えられ、再び落ち着いた雰囲気を纏っていた。
そんな彼は今、藤丸立香の英霊として立っている。
それは全て、聖杯を破壊する為に。アンリマユを倒す為に。衛宮士郎を助ける為に──。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
藤丸が皆に告げる。
その合図に、彼の英霊──マシュ、ガウェイン、ロビンフッド、アーチャーは頷く。
「皆、絶対に生きて戻るよ!」
少年らしく、あどけない笑顔で彼は笑う。
この場に不釣り合いな笑顔でも、これから戦いに赴く彼等は、藤丸のその優しさに救われる気がした。
そうだ。彼を人類最後のマスターとして、終わらせるつもりはない。これから生きる者として、この先を、未来を歩んで欲しいから。
──だから、彼の英霊はいつだって、どんな状況だろうとも諦めはしない。
「…ん?」
アンリマユは、暗闇の先に再び見覚えのある姿を捉えた。
それは、カルデアのマスターとその英霊達。
「え?馬鹿正直に真正面から来るか?いや、そんな心意気も俺は好きだけど。ま、どちらにせよ俺としては殺る気になってくれて嬉しいんだけどさー」
再び現れた藤丸達は何を企んでいるのかは知らないが、真正面からこちらに向かってきている。だが、アンリマユもそれを黙って見ているほど、優しくはない。
「はいはいっと!先ずはお遊び程度にやっちゃいますか!」
彼がそう言えば、聖杯の泥が勢い良く藤丸達へと流れて行く。その際に、周りの生命を巻き込みながら圧倒的な呪いはその地を埋め尽くす。
それを見た藤丸は叫んだ。
「アーチャーさん!頼みます!」
その合図を聞き、藤丸達を背にして立つのは一人の男。
赤い弓兵は迫り来る聖杯の泥を見据えては、藤丸へと言葉を投げ掛けた。
「──了解した、マスター。ところで、君に一つ言い忘れていた事があった」
「え?」
その男は背を向けたまま言葉を続ける。
「──エミヤ。それが私の真名だ」
「…!」
見覚えのあるその大きな背中は、遂に彼を示す名を告げたのだ。
その時、藤丸は驚きはしなかった。彼の"あの姿"を見れば気付くのは簡単だったからだ。
それよりも──。
彼がそうなってしまった過程に一体何があったのか。それを今の自分が全て知り得ることは出来ない。だが、そんな彼に対して抱いた感情があった。
それは──彼もまた"彼"であり、信じた正義の為にその男は在り続けるのだろうと。
「魔力を回せ!」
彼の声が戦場に響く。
それに、藤丸は力強く叫んだ。
「令呪を以って命ずる!!」
これが最後の令呪。
一つの紅い輝きを以って藤丸立香はその手を掲げた。
「エミヤ!魔力解放!──宝具展開!!」
その眩い光と共に、アーチャーの身体の周りには魔力が溢れるように纏う。
そして、彼はいつものように不敵に笑ってみせると、その瞳に信念を灯して声高らかに叫んだのだった。
「──決めに行くぞ!マスター!」