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正義の味方がカルデアに来た話 11/Novel by 蓮見

正義の味方がカルデアに来た話 11

10,991 character(s)21 mins

20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来た話。

内容はあまり進んでいません…。いつか加筆修正をするかもしれません。

今回は何故か、当初考えていた内容とは別の方向に行ってしまい、自分でもビックリです。なんか脳内の彼等が好き勝手に動いてどうしようもなかった。
相変わらずのご都合主義的な世界観です。Fate歴浅いので、難しいことは分かりません…。

前回の話も沢山読んで頂き、ありがとうございます。とても嬉しいです!
次回も気力があればマイペースに更新していきたいと思います。

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衛宮士郎が創り出した固有結界が完全に崩壊した頃。
その同時刻、藤丸達はDr.ロマンが示す場所へと辿り着いていた。その場所とは、衛宮士郎が最後に確認出来た場所だったはずなのだが──。

「……」

思わず、その光景に息を呑む。
それは藤丸だけではない。側にいるマシュやガウェイン、ロビンもその瞳を見開き視線の先に見える光景を半ば茫然として眺めていた。

「…これは…想像以上に…」

ようやく口を開いたDr.ロマンも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、モニター越しからその光景を見つめている。

彼等の視線の先に見えるもの。
それは──暗黒。
衛宮士郎の固有結界が崩壊し、村が存在していた元の世界が現れると、その上空には夜が顔を覗かせ白い月が浮かんでいた。
そんな静寂に包まれた場所の足元にはズルズルと蠢く何か。不気味な音を立てては、それはただならぬ魔力を纏っている。そして、そんな中でも藤丸達が一番に目を引くものがあった。

宙に浮かぶ円環。
その丸い形の中には黒き何かが凝縮されている。それらはゆっくりと吐き出すように溢れ出し、地面へと垂れ流され、その地に蠢くものへと一体化していたのだ。
そんな光景は、魔術師として未熟な藤丸でさえも一目でそれが邪悪なものだと理解する。

更に最悪な事に、彼等は見つけてしまった。

「…マスター。これは急いだ方が良いみたいだぜ」

いち早く気付いたのはロビンだった。彼は鋭い視線を一ヶ所へと向けたまま、藤丸へと静かにその先を促す。その先を恐る恐る確認すると、藤丸は再び息を呑んだ。
そしてその後、彼が震えながら絞り出したその声に、側にいたマシュ達も彼の視線の先に気付く。

「…っ⁉︎」

円環から溢れ出る黒き何かが地面へと流れて、その場には暗黒が蠢いている。
その中に、確かに見えた色。
僅かに見えたその色は、見覚えのある赤色だった。

「衛宮さん!!」

その瞬間、藤丸はその足を暗黒にへと走り出す。だが、それは彼の英霊達によってすぐさま止められた。

「馬鹿っ…!!マスター!迂闊に近付くな!!死ぬ気か!?」

「でもっ…!!」

「マスター!気持ちは分かりますが、ここは一旦冷静になって下さい!」

「ドクター!!衛宮さんを発見しました!ですが…!!」

明らかに取り乱した藤丸をロビンとガウェイン が宥めながら、マシュがDr.ロマンへと呼びかける。そんな彼等にDr.ロマンが口を開こうとした時──。

「やっと来たな。カルデアのマスター御一行」

「!?」

その瞬間、一気に緊迫した空気が流れる。
取り乱していた藤丸もすぐにその異様な気配を感じ取り、マシュ達も声の方を向いては鋭い視線で身構えた。

「随分と遅かったな。待ちくたびれたぜ?今度はアンタ達が遊んでくれるんだろ?」

その声は暗黒の中から穏やかに聞こえてくる。
姿は見えないが、それははっきりと藤丸達へと投げかけられる。
幼さを残しながらも、その声色に恐怖を抱かせるもの。
その声は聞き覚えがあった。

「…アンリマユ…」

藤丸が静かにその名を口にすると、声の主は嬉しそうにゆっくりとその姿を現した。

「やってくれたな?カルデアのマスター。俺の可愛いセイバーとバーサーカーを殺しちゃってくれてさ」

とても悲しんでいるようには思えない声色で、彼は言う。そして、藤丸達は再び目を見開いた。

「…!」

彼の姿に一瞬言葉が出てこない。

今、目の前に現れたアンリマユ。
その姿は少年のものだが、今までの身体に複雑な多様の刺青、黒髪と腰に簡素な赤い布を纏っていた姿とは明らかに異なっていた。

それは、青。
髪も刺青も淡い青色に変化し、頭に纏っていた布も外され彼の表情がはっきりと露わになる。

「面白くなってきたな」

そんな言葉を紡ぐ彼は今まで見せたことのない程、優しく笑ったのだ。
その顔に藤丸は絶句してしまう。

「…っ」

初めてアンリマユという少年に出会った時。
藤丸は不思議と抱いた感情があった。それは、一瞬、親近感と思えるようなもので、何故そんなものを自分が抱いてしまったのか、その時は理由が分からなかった。
だが、今はその理由がはっきりと分かる。
藤丸がアンリマユに抱いた親近感。
それは──。

「…なんで、お前がその"顔"をしてるんだ…!」

静かな恐怖と怒りに震える声。
それに気付いた青い少年は再び笑う。

「…マスター?」

眉をひそめるロビンとガウェインはそんな藤丸を見てはアンリマユを見つめる。しかし、その場で藤丸の意図を理解したのはマシュだけだった。

「…え、どうして…」

思わず彼女も言葉を漏らしてしまう。
そして、暗黒に沈む赤色へと静かに視線を向けた。
黒く蠢くその中に、僅かに見える男の姿。それが彼だと辛うじて分かる程にしか、顔は見えない。彼の身体は黒い魔術礼装を纏っているのだが、顔以外の身体は全てその蠢く暗黒の中に囚われており、どうなっているのか分からない状況だった。

「……」

その男は今だにピクリとも動かない。そんな彼の瞳は閉じられたままだ。まだその生命の灯火が消えていないのか判断しづらい程、彼の顔色は酷いものだった。
それに反して、今目の前に現れた青い少年──アンリマユは生き生きとしている。その表情は幼さを残したもの。幼くなっても、そんな彼の顔は知っている。知らない訳がない。

「そんな怖い顔するなよ。俺とアイツは少し縁があってさ。だから、ちょっとばかし"殻"として借りてるだけさ」

今度はアンリマユらしく、ケラケラと笑いながら人を馬鹿にした態度を見せる。
そんな彼に藤丸は激昂した。

「衛宮さんに何をした!!今すぐそこから解放しろ!!」

「えー?それは無理な話だな、カルデアのマスター。俺は聖杯を起動しただけ。それに、もうアイツは聖杯の泥に侵食され始めてる。そうなれば、例えサーヴァントでも助からない。諦めた方が良いぜ?」

「…⁉︎、ちょっと待て!!聖杯…⁉︎お前はあのドス黒いものが聖杯だって言うのかよ⁉︎」

アンリマユの言葉に思わずロビンが反応する。それらは、その場にいた誰もが思ったことだった。
それもそうだろう。
今まで藤丸達が見てきた聖杯はどんな経緯であれ、黄金の輝きを放つものだった。だが、今回のものは明らかに異質だ。
宙に浮かぶ黒い円環に、黒く禍々しく歪なもの。それらはまるで泥のように吐き出され、不気味にこの地を蠢いている。

アンリマユは嗤う。

「あぁ、そうだ。あれは紛れもない聖杯。だが、その聖杯は汚染されたもの。それが解き放つのは圧倒的な力──純粋かつ強力な呪い。それは例えサーヴァントであろうとも、免れることは無い。人であれば尚更。その莫大な呪いを一身に受ければ、一体どうなるだろうな?」

「……っ、」

酷く楽しそうなアンリマユの笑い声だけがこの場に響いている。

汚染された聖杯を持つアンリマユ。
彼は既に聖杯を起動してしまった。
その聖杯が放つ力は、言わば圧倒的な呪い。
それが泥の形として、この世界を壊し始めたのだ。
言葉通りの世界の崩壊。

じわじわと聖杯の泥がこの世界へと広がっていく。

「…マズイな、マスター。あいつの言う通り、この聖杯の泥ってやつは本当に碌なもんじゃない。近くにいても吐気がする程だ。触れるなんてしてみろ。俺もアンタも一瞬であの世行きだ」

ロビンが険しい表情をしながら、今にもアンリマユへと憤りを見せ、走り出しそうな藤丸の腕を掴んで宥める。そんな彼を背後へと無理矢理退げると、ロビンは小さく溜息をついた。

──全く…。あの赤髪の男の事となると、どうもすぐに感情的になるらしいな、うちのマスターは。いや、あの男に限ってじゃない。藤丸立香という少年は、人を助けることに躊躇しない。
だが──。

ロビンは冷静にアンリマユへと視線を向けた。
人を殺すことに躊躇しない少年。
彼は無差別にこの世界の住人の命を奪ってきた。
何故、彼が聖杯を使い、この世界を聖杯の泥という名の呪いで埋め尽くそうとしているのか。
ただの快楽か。それとも本能か。いや、違う。これは──。

「さぁ、どうするカルデアのマスター!これまでに無い程、最高の舞台を整えてやったぜ!?さぁ!この世界が尽き果てるまで一緒に遊ぼう!殺し合おう!最後に残るのは俺とアンタ、どっちだろうな!?」

待ちに待ったかのように狂気じみた嗤い声を上げるアンリマユ。

「……っ、…」

藤丸は唇を噛み締め、騒めく己の感情を押さえつけていた。
怒り、恐怖、不安、絶望。
そんな感情が複雑に絡み合って、藤丸の希望を少しずつ奪い去っていく。
目の前には、憧れの男が聖杯の泥に囚われ、生きているのか死んでいるのか分からない状況。
目の前に立つのは、この世全ての悪がこの世界の崩壊を望み、狂気を含んだ嗤い声で絶望を突き付けてくる現実。
そんな中、聖杯の泥は着実に広がっていき、世界を侵し始めている。
もう彼の中では色んなものがぐちゃぐちゃになっていた。

すると、そんな彼に一人の声が降りかかる。

「──それでも僕は助けるよ」

「…はぁ?」

突然の声。
そんな声に対し、明らかに不機嫌な反応を示したアンリマユ。だが、その声は気にすることも無く、言葉を続けた。

「君が"この世全ての悪"というのなら、僕は全てとはいかなくても"この世の善"でありたい」

その声は、藤丸達も良く知っている声だった。
いつ何時でも藤丸達を支え、見守ってくれている存在。

「覚えておくといい、アンリマユ。カルデアのロマニ・アーキマンという男は、そんな事では諦めたりはしない。そんな事で、世界を──人を見捨てたりはしない」

「…──」

「ドクター…」

モニターに映る彼は、アンリマユを真っ直ぐに見つめていた。
そして、彼はすぐに行動を移す。

「カルデア職員に告ぐ!今すぐ衛宮君の魔術礼装を更に強化し、彼の魔力維持に努めてくれ!更に、彼を覆っている聖杯の泥を解析!解析後、直ぐに僕とダ・ヴィンチに報告を!…死なせるわけにはいかない!何としても助けるんだ!」

力強い言葉を放つ彼の瞳は今までに見たことも無い表情をしていた。
レイシフトでDr.ロマンの様々な表情を見てきたつもりだった藤丸やマシュも、そんな彼の姿に一瞬圧倒されてしまう。優しさとは違う、厳しさとは違う。それは、使命感と言えばいいのか。だが、それはカルデアを率いる総指揮官としての使命感だけではない、何か他にも抱える覚悟を感じたのだ。

そんなDr.ロマンの指示を受け、モニター越しにはカルデア職員が慌しく作業し始めた。…いや、違う。彼等はレイシフトが始まった時からずっと気を緩める事もなく、その手と思考を動かし続けていたはずだ。それでも彼等は次々と口を開いてはモニターに映し出された藤丸達へと託す。

「藤丸!衛宮君の事は俺達が何とかする!」

「大丈夫よ!だから、君は目の前の事に専念しなさい!」

「皆で戻って来い!」

そんな彼等の声を聞き、藤丸は少し落ち着きを取り戻す。その姿を確認したダ・ヴィンチは不敵に笑ってみせた。

「藤丸君。このダ・ヴィンチちゃんがついているんだ。──私が天才だって事をお忘れかい?」

「…みんな」

思わずその言葉に溢れ出しそうになる。
けれど、それはぎゅっと堪えた。
そして、彼はアンリマユへと再び向き直ると、次の瞬間にはその瞳に希望を映し出していた。

「世界の崩壊、殺し合い…──ふざけるな。アンリマユ、お前の望みは何一つ叶わない。例えお前が聖杯を使ってもだ。それは、俺が──俺達が絶対に阻止する」

「…へぇ?」

複雑に絡み合った感情を捨てた藤丸の瞳。
それは、頼り無さもありながら、愚直にもこちらを真っ直ぐに見据えていた。
…なんとも、良くも悪くも素直な性格をしているのか。先程まで、酷く脆い瞳をしていたというのに。

アンリマユは、そんな彼に冷めた返事をした後、チラリとモニターに映る男へと視線を移す。彼は慌ただしくも、必死にたった一人の人間を助けようとしていた。

──ロマニ・アーキマン…か。

アンリマユは一人、内心でほくそ笑む。
なんとも、まぁ面白い人間がいるのだろう。何食わぬ顔でその男は人間共の中に紛れ込んでいる。一体、どういうつもりなのか。…まぁ、そんなことはどうでもいいか。

何かに気付いた様子のアンリマユだったが、興味が持てなかったのか彼は青い瞳を藤丸へと戻す。そして、戦線布告とも言える彼の言葉に返事をした。

「オーケー、オーケー!つまり、俺の提案に乗ってくれたって事で良いのね?お前の馬鹿さ加減に感謝するぜ!んじゃ、始めますか!まず手始めに──」

陽気な声で戦闘を開始しようとする彼に藤丸達は身構える。しかし、その闘いに先手を取ったのは、別の人物だった。

光の速さでアンリマユへと一つの軌道が放たれる。
しかし、彼は直ぐに聖杯の泥を壁にしてその攻撃を弾き返した。金属音を立てて弾かれたものは、一つの短剣。

「…残ったのはアンタの方だったか」

静かにそう口にすると、アンリマユは先程の攻撃の先を見据えた。
それにつられて、藤丸達も視線を向けると──。

「…あ、」

その視線の先に立っていたのは、一人の男。
常闇の夜に佇む男は赤い外套を靡かせ、静かにその鷹の目を向けていた。

「…アーチャーさん…!!」

藤丸が叫ぶ。

「ほう?カルデアのマスター。君達もいたのか」

相変わらずの凛とした甘い声で、彼は僅かにその口角を上げた。そして、藤丸達の姿を確認すると、彼は一瞬で藤丸達の元へと移動する。
近くに現れたアーチャー。
そんな彼の姿がはっきりと露わになると、藤丸達は唖然としてしまった。

「…あ、アーチャーさん…。あの、貴方は一体…」

そんな彼に、マシュが少し戸惑いながら尋ねる。
それは、皆が思うことだった。なにせ、今の彼の姿は激戦を乗り越えてきたのだろうと思う程ボロボロで、あちこちと血を流し、特に左腕は酷いものだった。しかし、藤丸達が唖然とする一番の理由は、別にあった。
彼の綺麗に整えられた白髪は崩れ、アーチャーの大人びた表情は今では幼く見える。その幼く見える彼の顔は、正しく──。

藤丸達が驚いている中、アンリマユは然程驚きもせず、好奇心に満ちた表情で彼に尋ねてきた。

「なぁ、赤いアーチャー。俺のアーチャーと戦ってみて、どうだった?どんな気分だった?」

その問いには、確かな悪意があった。
アーチャーはそんな彼の姿を一瞥すると、次に暗黒に沈む我がマスターへと視線を向ける。

「……」

そして、吐き捨てるようにアンリマユへと答えた。

「貴様に答える必要は無い」

冷たい瞳でそう強い口調で言い放つアーチャー。それを見たアンリマユは声を上げて笑う。

「そうか!そうだよな!?悪い悪い!今のは愚問だった!アンタにとって、アレは見るに耐えないものだったよな!」

次の瞬間。
アンリマユの頬を干将・莫耶の一振りが掠めた。

「貴様こそ、そのふざけた格好は何だ。見るに耐えんな」

「そう?この姿ならアンタも喜んでくれると思ったのになぁ」

静かに殺意にも似た視線を交わす二人。

「アーチャーさん…」

藤丸が心配そうな瞳を隣に立つ赤い弓兵に向けると、彼は静かに口を開いた。

「…カルデアのマスター。君達が今、私の姿に何を思っているのかは察しているつもりだ。だが、今は聞かないでくれ」

すると、彼はあの男に似た柔らかな笑みを浮かべて藤丸の頭へと手を伸ばす。

「それよりも、少しは成長したようだな。良い顔付きになった」

そう言って優しく撫でる手に、藤丸は不覚にも泣きそうになる。
だって、その男の温かい手は、前にも一度だけ撫でてくれたのだから。

あの時、赤髪の男は笑っていた。
未熟な自分が泣き腫らした目で、決意した言葉を伝えると、彼は優しく笑ったのだ。
安心した、と心底幸せそうな顔で。

そんな男は今、聖杯の泥に囚われている。
そして、目の前に立つのはもう一人の男。

「…アーチャーさん、俺は大丈夫です。だから、安心して下さい。安心して今やるべき事をして下さい。俺は諦めません。絶望もしません。生きる事も、人を救う事も、世界を救うことも…。僅かな希望があるのなら手を伸ばしたい。──俺は、貴方のマスターにそう教えてもらいました」

「……」

アーチャーはその瞳に、少年の覚悟を見た。

──いつだったか。
昔からの理想を抱き続けたあの男が自分と契約し、マスターとしても大人としても幾分か成長した頃。
紛争を繰り返す地域で、人助けをしていた彼は不意をつかれて一度だけ重傷を負った事がある。その時は、こっ酷く嫌味を含めて叱ったのだが、彼は笑いながら話したのだ。

『大丈夫だって。俺はアーチャーが思う程、自分の命を粗末にはしないから。俺は何がなんでも生きてやるし、それと同じくらい人助けもやめない。だって、それが俺とお前が望んだ事だっただろ?これから、二人でそれを実現していくんだ。死んでる場合じゃないさ』

"でも、もし──。"
そう言って、あの男は真っ直ぐな瞳を向けて、はっきりと次の内容を口にした。それは、今でも覚えている。

「…ドクター。衛宮士郎の状態はどうなっている?」

不意にアーチャーから尋ねられたDr.ロマンだったが、カルデア職員やダ・ヴィンチちゃん達の解析結果をすぐ彼に報告する。

「カルデアの機能を全力でもってしても、彼の状態は以前として危険な状態だ。魔術礼装とカルデアの魔力供給でなんとか生命を維持しているが、油断は出来ない。それは、酷くか細い生命だ。…一刻も早く彼をそこから助けないと、聖杯の泥に身体も精神も全て飲み込まれてしまう。そうなれば、彼は…」

その先の言葉は出なかった。
しかし、Dr.ロマンの言う意味を理解した藤丸やマシュ達は、緊張した表情を滲ませる。

「…やはりそうか。では、その状態からサーヴァントとの魔力を断ち切ればどうなる?」

「え?それは…サーヴァントへ魔力供給する必要が無い分、彼の生命維持へと向けられる可能性はあるけど…って、まさか君──⁉︎」

Dr.ロマンはアーチャーの意図を読み取ると、その声を大にして叫んだ。

「駄目だ!!それは賭けのようなものだぞ!?それに、英霊からの契約破棄は基本的に不可能だ!!もし仮に、君が衛宮君との契約を破棄した場合、衛宮君だけじゃない…!!君も消滅する可能性が高いのは分かっているだろう!?」

「え!?契約を破棄…!?」

二人の会話を聞いた藤丸は驚く。
すると、今まで傍観していた少年が口を挟んできた。

「何々?作戦会議は終わったー?まぁ、そちらの赤い弓兵が何をしようとも、この状況は変わらないんだけどな?」

アンリマユは痺れを切らしたように、そう話すと次の言葉を合図に遂に仕掛けてきたのだった。

「──んじゃ、そろそろ行くぜ?先ずは腹ごしらえだ」

その瞬間、聖杯の泥が今までにない速度で藤丸達へと襲って来る。それは、まるで津波のように、ドロドロした黒い液体がこちらに流れて来たのだ。

「チッ…!マスター!悠長に話してる場合じゃねーですよ!!先ずはこれをなんとかしないと!!」

ロビンが足元に流れてきた泥を素早く飛んで躱すと、そのまま宙で矢をアンリマユへと放つ。しかし、それは聖杯の泥に飲み込まれてしまった。

「ざーんねん!ハズレだぜ!」

ケラケラと笑う少年に対し、苛立ちを覚えるロビンは舌打ちをする。

「何だあれ!反則でしょーが!あの泥、生きてんのかよ!?」

「ロビンフッド、文句を言うのは後で!!とりあえず、あの泥に触れない場所までマスターを移動させるのが先決です!」

ガウェインが剣を持ち直しながら、藤丸の側に近付くと一言。

「失礼、マスター」

「…え?って、うわぁああ!?」

ガシッと藤丸の腰を掴んだと思えば、勢いよくその身体は浮き上がる。
そして今、藤丸はガウェインに片手で脇に担がれている状態になってしまった。そんな彼は、ガウェインの背後に顔を向け、お尻はガウェインの方を向いているというなんとも情け無い姿だ。

「マスター、ご無礼をお許し下さい!!今はこれが移動出来る最善の…」
「ちょっと待って!!衛宮さんは!?衛宮さんはどうするの!?」

切羽詰まったかのように藤丸は叫びながら、ガウェインへと迫り来る泥を指差している。

「──それは、私が引き受けよう」

後退する藤丸とは反対に、彼の横で前へと進む一人の姿が視界に入ってくる。

「アーチャーさん…!!」

藤丸とすれ違う間際、彼は笑う。
あの男と同じ笑顔で。

「心配するな。衛宮士郎は私が必ず助け出す」

そう言い終わると同時に、彼は迫り来る暗黒へと一人向かって行った。

「駄目だ!!アーチャーさん!!」

藤丸は手を伸ばしながら、叫ぶ。
しかし、彼の姿はどんどん小さくなっていく。
だから、藤丸は託したのだ。彼等に。

「お願い…!ロビン!!マシュ!!」

「了解っと」
「はい!!」

藤丸の叫びに反応した二人はアーチャーの前に素早く立ち塞がった。

「何のつもりだ。そこを退いてくれ」

「駄目です!一人で行くなんて無謀過ぎます!」

一旦足を止めながらも、前に進もうとするアーチャーにマシュは強く反論する。しかし、聞く耳を持たないアーチャーは彼女の横を無理矢理、走り抜けようとした時──。

「おたく、本当にそれで良いのか?それこそ、アンリマユの思う壺じゃないですかね」

ロビンの意味ありげな言葉に足を止めた。

「…何?」

眉間に皺を寄せて鋭い視線を向けるアーチャー。そんな彼に対し、ロビンは相変わらず飄々とした態度で話し出す。

「アンタ、自滅する気か?その身体、既にまともに戦えるものじゃないって事くらい分かるぜ。それに──どうやったのかは知らないが、マスターとの契約を破棄したな?」

「え…⁉︎」

ロビンの言葉にマシュは驚く。
マスターとの契約を破棄するという事は、十分な魔力供給はもう出来ないという事に等しい。となると、その英霊は戦う度に己の魔力を消費する事になる。まさに、命を削って、という訳だ。

「…それがどうした。私はそれが最善だと判断した。それに、衛宮士郎もそんな選択に反対はしない。あいつは──」

かつて、あの男は"もしかしたら"の事態について話した事がある。
一度、重傷を負った彼は笑いながらも真剣な眼差しで、彼はこう言ったのだ。

『──でも、もし。俺が本当に死にそうな時は…。その時は、契約を破棄していいからな。お前まで俺に付き合って消滅しなくていい。誰か別のマスターと契約して、自分の理想を今度こそ実現するんだ』

そんな彼の言葉は、純粋なものだった。
その時は、呆れながら話を流した自分だったが…まさか、本当にこんな日が来ようとは。
それに、英霊側から契約破棄というのは特殊な事態が無い限り、基本的には不可能なはずだ。だが、それが今アーチャーの意志で出来ているということは、おそらく衛宮士郎がいつの日か、こっそりとアーチャーへと令呪を使用していたのだろう。こういう場合を想定して。
それほど、彼の言葉は本気だったのだと今更ながら気付いたのだ。

アーチャーは口を開く。

「…とにかく、今は君達と話してる場合ではない。お願いだ。行かせて欲しい」

「アーチャーさん…」

その男の覚悟にマシュは言葉が出て来なかった。
だが、もう一人の弓兵はそれを許さない。

「アンタ達が正義の味方ってやつを信念にしてるのは構わないけどな、俺はそれに巻き込まれるのは御免だぜ」

「……」

ロビンの視線にアーチャーは無言だ。
それでも、ロビンは言葉を続ける。

「それに、考えてみろよ。アンリマユが何故、この世界の消滅を望むのか。それは、快楽や本能かもしれない。けどな、もっと根本的なものをあいつは抱いている。人間に、世界に抱いているもの──それは、復讐だ」

「…復讐?」

マシュが初耳だとでも言うようにロビンへと顔を向けると、彼はあっけらかんとして両手を上げた。

「まぁ、その辺は俺の直感ですけどね。詳しいことは分かりませんよ。アイツにいくら正論を唱えても聞く耳なんざ持たない事は目に見えてる。正しいとか悪いこととか、そんな次元じゃないって訳だ。狂ってる。それがしっくりくる表現ですかね。だが、その復讐という感情を抑える可能性が全くない訳じゃない」

ロビンは冷静に観ていた。
今までの状況を、アンリマユという少年を、誰よりも観察していたのだ。その事実にアーチャーは少しばかり驚く。

「俺が見る限りでは、アンリマユはおたくやあの赤髪の男に感情的になっている気がする訳だ。あいつも、あの赤髪の男について、"殻"とかなんとか言ってたしな。マスターは何か気付いていたみたいだったけど。…アンタも気付いてるんだろ?アンリマユのあの姿は、少なくともアンタ達に関係があるもんだと」

「…それは…」

珍しく言い淀むアーチャーにロビンは畳み掛ける。

「だったら尚更だ。アンリマユの感情に影響を与える可能性があるのは、アンタかあの赤髪の男だ。もしくは、俺たちのマスターか…。つまり、俺が言いたい事は分かってるよな?赤い弓兵さんよ」

「……」

ロビンが話した内容に思わず口を閉ざしてしまう。彼の言う事は、全てこの戦いにおいて勝算の可能性を示したものだった。そこに、藤丸がロビン託した意図が含まれるものだったとしても、その内容に反論出来るものは無かったのだ。

アーチャーは静かに溜息をつく。

「…わかった。今は君達の言う通りにしよう。だが、忘れないでくれ。私の優先すべきものを」

そう言って、アーチャーはその視線を暗黒に向ける。そこには、無言のマスターの姿。か細い命をなんとか繋ぎ止めている彼は、あまりにも遠くに感じてしまう。

「分かってますよ。んじゃ、さっさとマスターの元へ戻って仕切り直しますかね」

ロビンの言葉を合図に、彼等はすぐに藤丸達の元へと移動していく。
そんな光景を遠目に見ていたアンリマユはつまらなそうに、溜め息をついた。

「あーあ、何?殺らないの?はぁ…ガッカリだわ。俺に刺激をプリーズ!誰かー!スタミナ使おうぜ、スタミナー」

場違いな程明るい声を出す彼は、その足元に蠢いている暗黒の中に潜む僅かな変化に気づいてはいない。
そんな聖杯の泥に囚われた赤髪の男は、未だに瞳を閉じたままだ。死人とも見間違う程の酷い顔色だが、彼はまだ辛うじて生きてる。

そして──そんな彼が今まさに、指先が僅かに動いたのだが誰一人として気付くことはなかった。

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