統一教会の合同結婚式は文鮮明教祖と女性信者の結婚式(3)
テーマ:血分け理論(解読編)
「統一教会の合同結婚式は文鮮明教祖と女性信者の結婚式(2)」の続きです。
■信仰年数より実績だ!(何人お父様(文教祖)の一族と血縁関係を結んだかが問題)
『私が教会に入ってから何年になったということを自慢するなというのです。何人を教区長にし、何人を祝福させ、何人を先生の一族と血縁関係を結ぶようにしたかが問題です。これは深刻な問題です。ここに先生の姻戚である朴普煕氏、郭錠煥氏、劉正玉氏がいますが、かといってこの人たちがそれですべて終わるのではありません。その背後に何千倍になり得る氏族メシヤ圏を早く拡張し、今後の歴史時代において恥ずかしくない天国の民を立てなければならないのです』
(「人間の生と霊魂の世界」より 1992年4月15日のみ言葉)
ある現役信者のブログを読んでいて、文教祖が言いたかったことがいろいろな形で解釈されて信者に伝わっているのだな~と感じたので少し書きたいと思います。
ある現役信者がこのような記事を書いていました。
(参照:「皇族圏」に対する理解
血統転換とは心情転換である・・あるブログ主さんへのメール
聖酒式という尊い価値-可知講師の皇族圏講義はニコデモ講義だ)
『皇族とは真の御家庭の血統の一族であり、人類は誰しも真の御家庭の血族に入ることにより、具体的に言えば真の御家庭の血筋の方と結婚して、外的な家系においても、真の御家庭に繋がることにより、自らを皇族圏の位置に立てなければ、摂理の完成は無いということである。・・・「DNA転換説」?みたいなものが一部の教会員の間で流れているようですね。「心情的血統転換だけじゃなくて、実際血筋に入ってDNAを変えなきゃ救いは無いんだよー」という説なんですよね?多分。「血統」と言いますから、「血液」とか「DNA」が科学的に関わってるんじゃないかという亜流の教義がどっかから出てきたんでしょうね。』
(参照ブログ『「皇族圏」に対する理解 』)
現役信者の記事を要約すると
『文教祖の直系子女(真の子女)の血筋と婚姻しないと救いはないなどとはいう話が信者間で広まっているらしいが、祝福はDNAの血統ではなく心情、つまり「血統転換=心情転換」である。DNAの血統転換というのは危険思想』
というような内容です。
そしてこの「直系の真の子女や孫と婚姻が本当の救い」という話は、この現役信者の方は否定しています。昔、修練会で可知講師が独断で、こういうことを言い出したから、こんな変な話が広がってしまったが原理は違うといいたいようです。そしてこの理屈はおかしいから、六マリア(文教祖と女性信者の性行為での血統転換)もやはりおかしいとおっしゃってます。
統一教会の修練会で可知講師が「真の家庭と姻戚関係を結ぶことが救い」と語ったようなのです。(可知講師は777双で分派の第四イスラエル対策本を書かれた人です)
でも、一瞬、第四のような分派?と思えるようなこの内容も可知講師から始まったわけではなくて、しっかりみ言葉で語られていることなんですけどね。
私も現役のときは「血統転換=心情転換だ~」などと思っていた一人ですが、み言葉を読んでみると、そうじゃないことがわかりました。
では文教祖のみ言葉です。
<祝福家庭の願いは真の父母の直系の子女と祝福を受けること>
『祝福がどれほど貴いか分かりますか。祝福家庭は自分勝手に生きることはできません。必ず、先生の直系の子女と一つにならなければなりません。先生の息子・娘、孫を中心として、全世界の全ての国々が結婚しなければなりません。祝福家庭は、どのようにして先生の直系の子女と祝福を受けることができるか。これが祝福家庭の願いです。世界万民の願いもここにあります。どの国の人が先生の血族と結婚するか。その結婚した血族が中心になってその国が一つになるのです。先生の家庭の三代までは、韓国人と結婚しなければなりません。それ以後は拡大するのです。・・・その次は、三十六家庭、七十二家庭など祝福何双という祝福家庭を中心として、サタン世界の家庭は、高いレベルの家庭と祝福を受けるようになります。先生の家庭と祝福を受けることが最高の願いですが、それができなければ、どのようにして、より高いレベルの祝福家庭の血族と結ばれて行くかが問題です。今後、祝福家庭は、息子・娘に讒訴されないようにしなければなりません。祝福家庭の後孫達はサタン世界と結婚できません。』
(世界の女性の復活と解放1993年2月1日ベルベディア)
現役信者の言うように祝福が「心情転換」だというのなら、なぜ子孫が将来真の子女の血筋と結婚しなければいけないのでしょうか? 祝福で原罪が清算されていて、かつ二世はイエスや真の子女同様、完璧に神の血統のはずなのに。
そして文教祖はこのようにも言っています。
『皇族圏が始まろうとするならば、このように生き、今後、先生の息子、娘と同じ血統にならなければなりません。何の話か分かりますか。先生の息子、娘と姻戚を結んでこそ、皇族圏を連結させることができるということです。 』
(1992年11月19日のみ言葉)
『今後、皆さんの息子・娘たちの願いが何かといえば、韓国のご父母様を中心として、直系の血統とどのようにして結婚するかということです。これがアベルです。その次に、韓国人とどのように結婚するかということです。これはカインです。
ですから、どのように韓国人と結婚し、アベル的な立場に立って、長子権の立場に立った先生の直系の息子・娘と、どのように結婚するかという問題です。それゆえ、カイン的息子やアベル的な直系の息子・娘と結婚するためには、韓国語を知らずには駄目なのです。』
(第六回「七・一節」敬礼式後のみ言葉 1996年7月1日 アルゼンチン・コリエンテス)
文教祖と「同じ血統(DNA)になれ」と言っていますよね。それには「真の子女の血筋と姻戚(結婚)しなさい」とも言っていますよね。
これって可知講師が修練会で言っていたことと同じですよね。可知講師は「血統転換=心情転換」だと言わなかったので危険思想だというのなら、文教祖の思想は危険思想じゃないんですか???
もちろん一般常識では「危険思想」でしょう。全人類が文教祖の遺伝子にならなければいけないといっているのですから。
多分、文教祖の頭の中では「人類始祖はアダムとエバの一組の男女から始まったので、それと同じように原罪のない自分(文教祖)から人類が始まらなければいけない」と、そういうことではないでしょうか。
いわゆる文教祖から始まる万世一系ですね。み言葉でもそう言っていますし。
韓国人は統一教会で言えば「選民」といわれていますが、血筋転換(血統転換)にもレベルがあるようです。一度に人類が真の家庭と婚姻できればいいですが、一夫多妻、または一妻多夫制が現行の法律で認められないかぎり、これは不可能に近いことです。それで文教祖は序列をつけて、いかに高い血筋のレベルの家庭に嫁ぐかを目指せとしています。
上記のみ言葉を整理すると
本来なら「真の家庭(文教祖家庭)と結婚で血統転換」が望ましいが、それがかなわなければその次は「36家庭、72家庭の子女と結婚で血統転換」それもかなわなければ「選民の韓国人と結婚で血統転換」しなさいということのようです。それ以外はあまり関係ないようです。
<統一信者が目指さなければいけない祝福優先順位>
第一優先:真の子女・孫との祝福
第二優先:36家庭、72家庭の高位祝福子女二世との祝福
第三優先:韓国人との祝福
本当は、統一教会の初期のころのように文教祖が直接女性信者と関係し、文教祖の子女を生むのが理想だったのでしょうが、文教祖も寿命がありますし、文教祖の血筋を世に広めるためには、文教祖の子供たちと結婚させるしかないわけです。
文教祖からすべての血筋(DNA)が始まらなければならないとも言っています。いわゆる「文鮮明発万世一系=文王朝」です。
『神の子供の種は、お父様の骨肉にあります。お母さんは畑であって、生命の種、子供の種はありません。その女性が娘になるには、旦那さんを愛して一つになる道以外には、そういう立場に立つことができません。だから、夫は偉いものである。主人というものは、自分を通して生まれたかわいい乙女の、その種の親父だと言うのです。ということは、万世一系の天皇を載いたと同じように、そういう血統を受け継ぐものでなければなりません。そうでないと、その中心型がありません。堕落しなければ、人間は神の血統になるようになっているでしょう。』
(6500双聖酒式前のみ言葉 1988年10月29日 一和龍仁研修所)
ここでいう「旦那さんとは文教祖のこと」です。男性信者のことではありません。文教祖(真の夫)の生命の種(子種)を愛して一つになる以外は道はないということです。
最近は真の子女はサタン扱いされる真の子女さえ出てきて、統一教会ではあまり重要視されなくなっている(?)ようですが、儒教国の韓国人である文教祖にとっては直系の子女というのはとても特別な意味として捉えているようです。李氏朝鮮時代もそうでしたが、韓国は父系血統というものにものすごくこだわる民族ですから、文教祖の発想は韓国人としては当たり前と言えば当たり前なわけです。自分の家系(血筋)は特別だと言いたいのは、文教祖自身が自分が特別と言いたい現れでもあるわけです。
ですから文教祖は自分から始まる万世一系を強調したのです。日本の天皇のようにならなければいけないと・・・。
昔、文教祖は『祝福を受けたらイエス様の基準以上になる』と言っていたこともありました。しかし、文教祖の血統以上になるということではありません。
末端信者のほとんどは『祝福=血統転換=心情転換』で祝福を受ければサタンの血統から神の血統に血統転換されると思っています。
祝福自体が、文教祖(真の夫)と女性信者(妾)の集団結婚式であることも知らない信者も多いのでしょう。これは信仰年数が長い人も案外知らないのです。
女性信者の皆様は、祝福のときの結婚相手は誰だと思って、祝福会場にいたのでしょうか。まさか隣にいる男性信者が「新郎」だと思っていたのでしょうか。本当の新郎は「文教祖」であるのですよ。
祝福結婚式が終わり家庭出発(夫婦生活)をするまでの聖別期間の間、誰を夫と慕って過ごしましたか? ・・・・まさか男性信者の夫を慕わしい心情ですごしたのではないですか?
血統転換的には、それでは「アウト」です。
聖別期間のみ言葉です。
『男性は天使長です。エバが天使長を生んだように、女性が母の立場で自分の夫を生んであげなければなりません。
四十日の聖別期間とは何でしょうか。堕落した女性が、本然的、霊的に新郎と一つになる期間です。一つにならないで息子を生むことはできません。父と母が一つになる立場に立たない限り、天使長を息子として生むことはできないのです。聖別期間がどれほど厳粛な期間であるのかを皆さんは分かっていません。皆、分からないまま過ぎてきました。分からなかったので大丈夫ですが、分かっていたら皆引っかかります。この期間は真の父母の実体につながる期間です。天と地すべてを相続することのできるパイプが連結される、この驚くべき恵みの時間を誰が分かったでしょうか。これは遊びではありません。原理を再度鑑定して、蕩減復帰の路程で、反対の経路で回っていくということを考えると確かなことです。』
(完全な家庭理想 1994年10月4日 漢南洞公館)
ここで言う「新郎」はもちろん文教祖のことで、夫(男性信者)のことではありません。
それでこの「聖別期間中」はどういう目で真の夫である文教祖を見なければいけないのかというと
『女性が堕落する時、二つの過程を通して堕落したので、復帰する場合にも二つの過程を経なければなりません。ですから、女性は先生が好きになり、慕わなければなりません。嫌でもそうしなければなりません。嫌でも先生を好きにならなければなりません。統一教会の女性は、先生の言葉なら、どんな言葉にも絶対従順でなければなりません。それでこそ、先生を好む人だといえます。それでこそ、先生は、皆さんを結婚させようとすれば結婚させられるし、伝道に送り出そうとすれば出せるのです。』
(「祝福家庭と理想天国」より)
文教祖は女性信者(妾)の夫なのですから、もちろん「異性」として慕わなければならないわけです。そして文教祖を異性(恋人・夫)として会いたくて涙を流すような心情で聖別期間を過ごさなければいけないわけです。
そして文教祖と夫婦関係(性関係)を結ぶ夢を見るくらいにならなければいけません。
『その次は、その過程を過ぎれば新郎新婦時代です。そのような体験をします。皆さんが先生と一緒に眠ることもあるのです。アダムとエバが一緒にどれほど寝たことでしょうか? 夢うつつで夢のみ告げ中でそのようなことを経験するのです。かと言ってそんなに悪く考えてはなりません。心情的に失った内容を、再び蕩減条件によって回復しなければなりません。赤ん坊の心情、本然の心情を汚したことを解いて、真の神様の対象…、真のお父様を中心として、真の赤ん坊から、真の兄弟から始めなければならないのです。その次に真の夫婦です。アダムとエバが結婚しなければならないのです。真の夫婦の心情、真の父の心情です。これをすべてみな感じなければなりません。四大心情圏をなくしたために、これを復帰しなければ、真の父母の道を行くことができません。』
(「祖国光復と入籍」より)
戸籍上の男性信者の夫など眼中になく一緒にいないと病気になるくらい、文教祖を夫として慕っているかが問題だとも述べています。
『世の中にある、すべての家庭にいる、女王から、おばあさんから、お母さんから、自分の妻から、娘から、女性という女性はすべて、文先生が取り戻して来なければなりません。失ってしまったのです。
女性という生き物は、統一教会に入って来て、先生を好きにならなければ、病気になります。病気になるというのです。病気になって、逃げて行かなければなりません。それを指導する所が、統一教会なのです。
ここに入ってくれば、先生を嫌いであると思っても、入ってくれば、だれよりも好きにならなければならないようになっているというのが、原則です。天法です。
それでは、先生が好きですか? (「はい。」)それでは、何を中心として、好きなのですか? (「絶対的な愛です。」)それは、“あなたを絶対に愛します。唯一、愛します。”ということです。
不可避的に、先生を好まない国はありません。おじいさんを好まない家は、ありません。お父さんを好んでこそ、喜びの日があるのです。夫を好んでこそ、死んでもよいという場があるのです。
また、女性は、男性を中心として、愛に命を懸けて生きるようになっている生き物なので、それをいくら自分が否定したとしても、天運が、そのように行くのです。』
(第四十四回「真の子女の日」におけるみ言葉 2003年10月25日 韓国・天宙清平修錬苑)
祝福結婚とは真の夫(文教祖)と真のお母様(韓鶴子=本妻)と一体となった女性信者(妾)の結婚式です。いわゆる三角関係の結婚式ですね(^^;
要は一夫多妻の結婚式ということになります。
36家庭の西川先生の妻の申美植女史が証の中で祝福前の申美植女史に真の夫である文教祖が「文教祖を恋人だと思って」ラブレターを書きなさいと指示したと述べています。
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真のアダムを慕う心情
私は先生をとても愛していました。でもその愛というのが、結局今思うと先生をとても苦しめていたのです。それはどういうことかというと、私の中にある一つのものを創り上げて、先生をその中に入れようとしていたのです。ですから先生から見ると、本当に次元が低くて苦しくてたまらない、というわけです。
ある時先生が私に、「美植、お前ラブレターを書いたことがあるかね」とお尋ねになったことがありました。私は理知的な方でしたから、「あなたを愛しています」などと、とても恥ずかしくて言えないし、感情的にのめり込めない性分でした。だからもちろん、恋愛したこともなければ、ラブレターなど書いたこともないのです。先生もご存じの上で、そうおっしゃったのかもしれませんが、私が「書いたことありません」と答えると、先生は「一遍書いてみろ」とこうおっしゃるのです。それで私もその気になって、“私が愛しているのは先生だけだから”ということで、先生のためにラブレター……というよりも詩を書いて、それに花を添えて、先生のお部屋に持って行ったのです。そして知らん顔して下の部屋にいると、先生があとから下りて来られて、私の顔を見ながら「うん、お前か」とこうおっしゃるのです。でも、それ以上のことは何もおっしゃいませんでした。
そのように、私はいつもうっとりとした夢見るような目をして、先生に付きまとっていました。そういう状態が何年も続いたのです。それである時先生が私に、「お前、先生の奥さんになりたいかね」とおっしゃるので、私はびっくりしてしまいました。私は先生をあまりにも偉い方だと思っていましたし、自分とは次元が違うと感じていましたから、「いいえ、そんなこと、夢にも思っていません」と答えました。すると先生はまた意外なことをおっしゃるのです。「いや思ってもいいんだよ。思ってもいいけども、お前がもっているそういう気持ちに対して、お前はそれがどこから来たのか、考えたことがあるのかな? そしてその気持ちに対して、頭を下げて感謝したことがあるのか?」。私は自分から湧き上がってくる気持ちがどこから来たか、など考えたこともないし、ましてや頭を下げたこともなかったので、不思議な気持ちで聞いていました。
すると先生は、次のように説明してくださいました。
「真のアダム(文教祖)に対して恋い焦がれるという、その美しさを愛してやまないという、その気持ちは堕落したお前から来たものでは決してない。それは永遠の初めに神がエバに与えたその中にあったものである。だからお前はそれを、本当に尊く思わなければならない」と。そして、「お前が先生を愛する、その気持ちは、お前だけのものではない。それはすべての女性が求めているものである。だからお前はそれを大事に育てなければならないし、それがお前だけのものではないことを知らなくてはならない。そういう思いでお前が先生を見る時は先生を喜ばせるけれど、自分のものだと思った場合には、かえって先生を苦しめることになるんだよ」とこういうふうに言われたのです。
(信仰と生命 36家庭・申美植女史の証より)
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文教祖一人に全世界の女性が結婚・・・ハーレムのような、それが文教祖が理想とするメシア思想。
『世界の女性たちは、先生の相対圏に立っています。世界において、真の夫は(文教祖のみで)一人しかいません。神様から見れば、(この世界は)未完成の男性と女性たちしかいないのです。人類は、男性と女性に二十五億ずつ分かれて五十億にもなりますが、それは一人の男性と万人の女性と同じです。しかし、それはみな堕落圏です。ですから、メシヤ思想が必要になるのです。』
(「神様の摂理と日本」より 1991年7月14日のみ言葉)
しかしその真の夫(文教祖)が亡くなった後は、女性信者は誰を夫として慕えばいいでしょうか。
文教祖の分身である息子たちがいるではないですか。だからこそ文教祖は「先生の一族と血縁関係を結びなさい」「先生の直系の子女と祝福を受けられるよう努力しなさい」と言っていたわけです。
実は統一教会の祝福結婚とはそういうものだったわけです。
だから祝福を受けて三代が文教祖家庭(真の家庭)に命がけで仕えないと血統転換されないと言ったのもそのためでしょう。
そして文王朝の血族に入れなかった場合、文教祖の直系子女を永遠に崇拝し仕えなければならず、真の家庭=王族(皇族)で、末端信者は家臣(奴隷)だという内容は、また次回に・・・・。
※初回掲載日 2012年11月28日 14時58分35秒
※二回目更新日 2014年04月02日 16時31分38秒

<結局、統一教会での本当の救いとは文教祖の子孫との結婚(血族主義・貴族社会)で、それ以外は奴隷だったのか、と思った方はクリック!>
■信仰年数より実績だ!(何人お父様(文教祖)の一族と血縁関係を結んだかが問題)
『私が教会に入ってから何年になったということを自慢するなというのです。何人を教区長にし、何人を祝福させ、何人を先生の一族と血縁関係を結ぶようにしたかが問題です。これは深刻な問題です。ここに先生の姻戚である朴普煕氏、郭錠煥氏、劉正玉氏がいますが、かといってこの人たちがそれですべて終わるのではありません。その背後に何千倍になり得る氏族メシヤ圏を早く拡張し、今後の歴史時代において恥ずかしくない天国の民を立てなければならないのです』
(「人間の生と霊魂の世界」より 1992年4月15日のみ言葉)
ある現役信者のブログを読んでいて、文教祖が言いたかったことがいろいろな形で解釈されて信者に伝わっているのだな~と感じたので少し書きたいと思います。
ある現役信者がこのような記事を書いていました。
(参照:「皇族圏」に対する理解
血統転換とは心情転換である・・あるブログ主さんへのメール
聖酒式という尊い価値-可知講師の皇族圏講義はニコデモ講義だ)
『皇族とは真の御家庭の血統の一族であり、人類は誰しも真の御家庭の血族に入ることにより、具体的に言えば真の御家庭の血筋の方と結婚して、外的な家系においても、真の御家庭に繋がることにより、自らを皇族圏の位置に立てなければ、摂理の完成は無いということである。・・・「DNA転換説」?みたいなものが一部の教会員の間で流れているようですね。「心情的血統転換だけじゃなくて、実際血筋に入ってDNAを変えなきゃ救いは無いんだよー」という説なんですよね?多分。「血統」と言いますから、「血液」とか「DNA」が科学的に関わってるんじゃないかという亜流の教義がどっかから出てきたんでしょうね。』
(参照ブログ『「皇族圏」に対する理解 』)
現役信者の記事を要約すると
『文教祖の直系子女(真の子女)の血筋と婚姻しないと救いはないなどとはいう話が信者間で広まっているらしいが、祝福はDNAの血統ではなく心情、つまり「血統転換=心情転換」である。DNAの血統転換というのは危険思想』
というような内容です。
そしてこの「直系の真の子女や孫と婚姻が本当の救い」という話は、この現役信者の方は否定しています。昔、修練会で可知講師が独断で、こういうことを言い出したから、こんな変な話が広がってしまったが原理は違うといいたいようです。そしてこの理屈はおかしいから、六マリア(文教祖と女性信者の性行為での血統転換)もやはりおかしいとおっしゃってます。
統一教会の修練会で可知講師が「真の家庭と姻戚関係を結ぶことが救い」と語ったようなのです。(可知講師は777双で分派の第四イスラエル対策本を書かれた人です)
でも、一瞬、第四のような分派?と思えるようなこの内容も可知講師から始まったわけではなくて、しっかりみ言葉で語られていることなんですけどね。
私も現役のときは「血統転換=心情転換だ~」などと思っていた一人ですが、み言葉を読んでみると、そうじゃないことがわかりました。
では文教祖のみ言葉です。
<祝福家庭の願いは真の父母の直系の子女と祝福を受けること>
『祝福がどれほど貴いか分かりますか。祝福家庭は自分勝手に生きることはできません。必ず、先生の直系の子女と一つにならなければなりません。先生の息子・娘、孫を中心として、全世界の全ての国々が結婚しなければなりません。祝福家庭は、どのようにして先生の直系の子女と祝福を受けることができるか。これが祝福家庭の願いです。世界万民の願いもここにあります。どの国の人が先生の血族と結婚するか。その結婚した血族が中心になってその国が一つになるのです。先生の家庭の三代までは、韓国人と結婚しなければなりません。それ以後は拡大するのです。・・・その次は、三十六家庭、七十二家庭など祝福何双という祝福家庭を中心として、サタン世界の家庭は、高いレベルの家庭と祝福を受けるようになります。先生の家庭と祝福を受けることが最高の願いですが、それができなければ、どのようにして、より高いレベルの祝福家庭の血族と結ばれて行くかが問題です。今後、祝福家庭は、息子・娘に讒訴されないようにしなければなりません。祝福家庭の後孫達はサタン世界と結婚できません。』
(世界の女性の復活と解放1993年2月1日ベルベディア)
現役信者の言うように祝福が「心情転換」だというのなら、なぜ子孫が将来真の子女の血筋と結婚しなければいけないのでしょうか? 祝福で原罪が清算されていて、かつ二世はイエスや真の子女同様、完璧に神の血統のはずなのに。
そして文教祖はこのようにも言っています。
『皇族圏が始まろうとするならば、このように生き、今後、先生の息子、娘と同じ血統にならなければなりません。何の話か分かりますか。先生の息子、娘と姻戚を結んでこそ、皇族圏を連結させることができるということです。 』
(1992年11月19日のみ言葉)
『今後、皆さんの息子・娘たちの願いが何かといえば、韓国のご父母様を中心として、直系の血統とどのようにして結婚するかということです。これがアベルです。その次に、韓国人とどのように結婚するかということです。これはカインです。
ですから、どのように韓国人と結婚し、アベル的な立場に立って、長子権の立場に立った先生の直系の息子・娘と、どのように結婚するかという問題です。それゆえ、カイン的息子やアベル的な直系の息子・娘と結婚するためには、韓国語を知らずには駄目なのです。』
(第六回「七・一節」敬礼式後のみ言葉 1996年7月1日 アルゼンチン・コリエンテス)
文教祖と「同じ血統(DNA)になれ」と言っていますよね。それには「真の子女の血筋と姻戚(結婚)しなさい」とも言っていますよね。
これって可知講師が修練会で言っていたことと同じですよね。可知講師は「血統転換=心情転換」だと言わなかったので危険思想だというのなら、文教祖の思想は危険思想じゃないんですか???
もちろん一般常識では「危険思想」でしょう。全人類が文教祖の遺伝子にならなければいけないといっているのですから。
多分、文教祖の頭の中では「人類始祖はアダムとエバの一組の男女から始まったので、それと同じように原罪のない自分(文教祖)から人類が始まらなければいけない」と、そういうことではないでしょうか。
いわゆる文教祖から始まる万世一系ですね。み言葉でもそう言っていますし。
韓国人は統一教会で言えば「選民」といわれていますが、血筋転換(血統転換)にもレベルがあるようです。一度に人類が真の家庭と婚姻できればいいですが、一夫多妻、または一妻多夫制が現行の法律で認められないかぎり、これは不可能に近いことです。それで文教祖は序列をつけて、いかに高い血筋のレベルの家庭に嫁ぐかを目指せとしています。
上記のみ言葉を整理すると
本来なら「真の家庭(文教祖家庭)と結婚で血統転換」が望ましいが、それがかなわなければその次は「36家庭、72家庭の子女と結婚で血統転換」それもかなわなければ「選民の韓国人と結婚で血統転換」しなさいということのようです。それ以外はあまり関係ないようです。
<統一信者が目指さなければいけない祝福優先順位>
第一優先:真の子女・孫との祝福
第二優先:36家庭、72家庭の高位祝福子女二世との祝福
第三優先:韓国人との祝福
本当は、統一教会の初期のころのように文教祖が直接女性信者と関係し、文教祖の子女を生むのが理想だったのでしょうが、文教祖も寿命がありますし、文教祖の血筋を世に広めるためには、文教祖の子供たちと結婚させるしかないわけです。
文教祖からすべての血筋(DNA)が始まらなければならないとも言っています。いわゆる「文鮮明発万世一系=文王朝」です。
『神の子供の種は、お父様の骨肉にあります。お母さんは畑であって、生命の種、子供の種はありません。その女性が娘になるには、旦那さんを愛して一つになる道以外には、そういう立場に立つことができません。だから、夫は偉いものである。主人というものは、自分を通して生まれたかわいい乙女の、その種の親父だと言うのです。ということは、万世一系の天皇を載いたと同じように、そういう血統を受け継ぐものでなければなりません。そうでないと、その中心型がありません。堕落しなければ、人間は神の血統になるようになっているでしょう。』
(6500双聖酒式前のみ言葉 1988年10月29日 一和龍仁研修所)
ここでいう「旦那さんとは文教祖のこと」です。男性信者のことではありません。文教祖(真の夫)の生命の種(子種)を愛して一つになる以外は道はないということです。
最近は真の子女はサタン扱いされる真の子女さえ出てきて、統一教会ではあまり重要視されなくなっている(?)ようですが、儒教国の韓国人である文教祖にとっては直系の子女というのはとても特別な意味として捉えているようです。李氏朝鮮時代もそうでしたが、韓国は父系血統というものにものすごくこだわる民族ですから、文教祖の発想は韓国人としては当たり前と言えば当たり前なわけです。自分の家系(血筋)は特別だと言いたいのは、文教祖自身が自分が特別と言いたい現れでもあるわけです。
ですから文教祖は自分から始まる万世一系を強調したのです。日本の天皇のようにならなければいけないと・・・。
昔、文教祖は『祝福を受けたらイエス様の基準以上になる』と言っていたこともありました。しかし、文教祖の血統以上になるということではありません。
末端信者のほとんどは『祝福=血統転換=心情転換』で祝福を受ければサタンの血統から神の血統に血統転換されると思っています。
祝福自体が、文教祖(真の夫)と女性信者(妾)の集団結婚式であることも知らない信者も多いのでしょう。これは信仰年数が長い人も案外知らないのです。
女性信者の皆様は、祝福のときの結婚相手は誰だと思って、祝福会場にいたのでしょうか。まさか隣にいる男性信者が「新郎」だと思っていたのでしょうか。本当の新郎は「文教祖」であるのですよ。
祝福結婚式が終わり家庭出発(夫婦生活)をするまでの聖別期間の間、誰を夫と慕って過ごしましたか? ・・・・まさか男性信者の夫を慕わしい心情ですごしたのではないですか?
血統転換的には、それでは「アウト」です。
聖別期間のみ言葉です。
『男性は天使長です。エバが天使長を生んだように、女性が母の立場で自分の夫を生んであげなければなりません。
四十日の聖別期間とは何でしょうか。堕落した女性が、本然的、霊的に新郎と一つになる期間です。一つにならないで息子を生むことはできません。父と母が一つになる立場に立たない限り、天使長を息子として生むことはできないのです。聖別期間がどれほど厳粛な期間であるのかを皆さんは分かっていません。皆、分からないまま過ぎてきました。分からなかったので大丈夫ですが、分かっていたら皆引っかかります。この期間は真の父母の実体につながる期間です。天と地すべてを相続することのできるパイプが連結される、この驚くべき恵みの時間を誰が分かったでしょうか。これは遊びではありません。原理を再度鑑定して、蕩減復帰の路程で、反対の経路で回っていくということを考えると確かなことです。』
(完全な家庭理想 1994年10月4日 漢南洞公館)
ここで言う「新郎」はもちろん文教祖のことで、夫(男性信者)のことではありません。
それでこの「聖別期間中」はどういう目で真の夫である文教祖を見なければいけないのかというと
『女性が堕落する時、二つの過程を通して堕落したので、復帰する場合にも二つの過程を経なければなりません。ですから、女性は先生が好きになり、慕わなければなりません。嫌でもそうしなければなりません。嫌でも先生を好きにならなければなりません。統一教会の女性は、先生の言葉なら、どんな言葉にも絶対従順でなければなりません。それでこそ、先生を好む人だといえます。それでこそ、先生は、皆さんを結婚させようとすれば結婚させられるし、伝道に送り出そうとすれば出せるのです。』
(「祝福家庭と理想天国」より)
文教祖は女性信者(妾)の夫なのですから、もちろん「異性」として慕わなければならないわけです。そして文教祖を異性(恋人・夫)として会いたくて涙を流すような心情で聖別期間を過ごさなければいけないわけです。
そして文教祖と夫婦関係(性関係)を結ぶ夢を見るくらいにならなければいけません。
『その次は、その過程を過ぎれば新郎新婦時代です。そのような体験をします。皆さんが先生と一緒に眠ることもあるのです。アダムとエバが一緒にどれほど寝たことでしょうか? 夢うつつで夢のみ告げ中でそのようなことを経験するのです。かと言ってそんなに悪く考えてはなりません。心情的に失った内容を、再び蕩減条件によって回復しなければなりません。赤ん坊の心情、本然の心情を汚したことを解いて、真の神様の対象…、真のお父様を中心として、真の赤ん坊から、真の兄弟から始めなければならないのです。その次に真の夫婦です。アダムとエバが結婚しなければならないのです。真の夫婦の心情、真の父の心情です。これをすべてみな感じなければなりません。四大心情圏をなくしたために、これを復帰しなければ、真の父母の道を行くことができません。』
(「祖国光復と入籍」より)
戸籍上の男性信者の夫など眼中になく一緒にいないと病気になるくらい、文教祖を夫として慕っているかが問題だとも述べています。
『世の中にある、すべての家庭にいる、女王から、おばあさんから、お母さんから、自分の妻から、娘から、女性という女性はすべて、文先生が取り戻して来なければなりません。失ってしまったのです。
女性という生き物は、統一教会に入って来て、先生を好きにならなければ、病気になります。病気になるというのです。病気になって、逃げて行かなければなりません。それを指導する所が、統一教会なのです。
ここに入ってくれば、先生を嫌いであると思っても、入ってくれば、だれよりも好きにならなければならないようになっているというのが、原則です。天法です。
それでは、先生が好きですか? (「はい。」)それでは、何を中心として、好きなのですか? (「絶対的な愛です。」)それは、“あなたを絶対に愛します。唯一、愛します。”ということです。
不可避的に、先生を好まない国はありません。おじいさんを好まない家は、ありません。お父さんを好んでこそ、喜びの日があるのです。夫を好んでこそ、死んでもよいという場があるのです。
また、女性は、男性を中心として、愛に命を懸けて生きるようになっている生き物なので、それをいくら自分が否定したとしても、天運が、そのように行くのです。』
(第四十四回「真の子女の日」におけるみ言葉 2003年10月25日 韓国・天宙清平修錬苑)
祝福結婚とは真の夫(文教祖)と真のお母様(韓鶴子=本妻)と一体となった女性信者(妾)の結婚式です。いわゆる三角関係の結婚式ですね(^^;
要は一夫多妻の結婚式ということになります。
36家庭の西川先生の妻の申美植女史が証の中で祝福前の申美植女史に真の夫である文教祖が「文教祖を恋人だと思って」ラブレターを書きなさいと指示したと述べています。
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真のアダムを慕う心情
私は先生をとても愛していました。でもその愛というのが、結局今思うと先生をとても苦しめていたのです。それはどういうことかというと、私の中にある一つのものを創り上げて、先生をその中に入れようとしていたのです。ですから先生から見ると、本当に次元が低くて苦しくてたまらない、というわけです。
ある時先生が私に、「美植、お前ラブレターを書いたことがあるかね」とお尋ねになったことがありました。私は理知的な方でしたから、「あなたを愛しています」などと、とても恥ずかしくて言えないし、感情的にのめり込めない性分でした。だからもちろん、恋愛したこともなければ、ラブレターなど書いたこともないのです。先生もご存じの上で、そうおっしゃったのかもしれませんが、私が「書いたことありません」と答えると、先生は「一遍書いてみろ」とこうおっしゃるのです。それで私もその気になって、“私が愛しているのは先生だけだから”ということで、先生のためにラブレター……というよりも詩を書いて、それに花を添えて、先生のお部屋に持って行ったのです。そして知らん顔して下の部屋にいると、先生があとから下りて来られて、私の顔を見ながら「うん、お前か」とこうおっしゃるのです。でも、それ以上のことは何もおっしゃいませんでした。
そのように、私はいつもうっとりとした夢見るような目をして、先生に付きまとっていました。そういう状態が何年も続いたのです。それである時先生が私に、「お前、先生の奥さんになりたいかね」とおっしゃるので、私はびっくりしてしまいました。私は先生をあまりにも偉い方だと思っていましたし、自分とは次元が違うと感じていましたから、「いいえ、そんなこと、夢にも思っていません」と答えました。すると先生はまた意外なことをおっしゃるのです。「いや思ってもいいんだよ。思ってもいいけども、お前がもっているそういう気持ちに対して、お前はそれがどこから来たのか、考えたことがあるのかな? そしてその気持ちに対して、頭を下げて感謝したことがあるのか?」。私は自分から湧き上がってくる気持ちがどこから来たか、など考えたこともないし、ましてや頭を下げたこともなかったので、不思議な気持ちで聞いていました。
すると先生は、次のように説明してくださいました。
「真のアダム(文教祖)に対して恋い焦がれるという、その美しさを愛してやまないという、その気持ちは堕落したお前から来たものでは決してない。それは永遠の初めに神がエバに与えたその中にあったものである。だからお前はそれを、本当に尊く思わなければならない」と。そして、「お前が先生を愛する、その気持ちは、お前だけのものではない。それはすべての女性が求めているものである。だからお前はそれを大事に育てなければならないし、それがお前だけのものではないことを知らなくてはならない。そういう思いでお前が先生を見る時は先生を喜ばせるけれど、自分のものだと思った場合には、かえって先生を苦しめることになるんだよ」とこういうふうに言われたのです。
(信仰と生命 36家庭・申美植女史の証より)
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文教祖一人に全世界の女性が結婚・・・ハーレムのような、それが文教祖が理想とするメシア思想。
『世界の女性たちは、先生の相対圏に立っています。世界において、真の夫は(文教祖のみで)一人しかいません。神様から見れば、(この世界は)未完成の男性と女性たちしかいないのです。人類は、男性と女性に二十五億ずつ分かれて五十億にもなりますが、それは一人の男性と万人の女性と同じです。しかし、それはみな堕落圏です。ですから、メシヤ思想が必要になるのです。』
(「神様の摂理と日本」より 1991年7月14日のみ言葉)
しかしその真の夫(文教祖)が亡くなった後は、女性信者は誰を夫として慕えばいいでしょうか。
文教祖の分身である息子たちがいるではないですか。だからこそ文教祖は「先生の一族と血縁関係を結びなさい」「先生の直系の子女と祝福を受けられるよう努力しなさい」と言っていたわけです。
実は統一教会の祝福結婚とはそういうものだったわけです。
だから祝福を受けて三代が文教祖家庭(真の家庭)に命がけで仕えないと血統転換されないと言ったのもそのためでしょう。
そして文王朝の血族に入れなかった場合、文教祖の直系子女を永遠に崇拝し仕えなければならず、真の家庭=王族(皇族)で、末端信者は家臣(奴隷)だという内容は、また次回に・・・・。
※初回掲載日 2012年11月28日 14時58分35秒
※二回目更新日 2014年04月02日 16時31分38秒
<結局、統一教会での本当の救いとは文教祖の子孫との結婚(血族主義・貴族社会)で、それ以外は奴隷だったのか、と思った方はクリック!>