正義の味方がカルデアに来た話 10
20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来た話。
続きました。やっと、ここまで来ました…。
今回も?色々と妄想が爆発してます。衛宮士郎もエミヤも、皆好きなんです…。今回は特にその想いが溢れてますね。
Fate歴が浅いので間違えてるところはあると思いますが、そこは温かい目で見て頂けると有り難いです。Fate色々と難しい!
前回も沢山読んで頂き、ありがとうございます!とても嬉しいです。次回もマイペースに更新したいと思います。
あ、今日の2月1日はエミヤ召喚日ですね。偶然!嬉しいなぁ!
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それは世界の崩壊だった。
その言葉通り崩れていく世界が示すものは、紛れもない消滅。
「固有結界が…!」
藤丸が思わず見上げた先には、茜色の空が少しずつ崩れていく光景。
バラバラと破片がこぼれ落ちるかのように、茜色の空が剥がれ、その奥には見覚えのある夜空と村の風景が顔を覗かせていた。
この世界は確実に消え始めていたのだ。
「皆、急いでくれ!」
そんな光景を背にして、Dr.ロマンの焦るような声を聞きながら、藤丸達は衛宮士郎が最後に確認出来た場所へと走る。
その間にも、まるでガラスが割れていくような不穏な音を次々と響かせ、固有結界崩壊のカウントダウンを鳴らしていた。
この固有結界が崩れ始めているということは、それを創り出した彼──衛宮士郎が魔力不足に陥っているか、または敵から妨害されたのか。どちらにせよ、彼が危機に面しているという可能性が極めて高い。
Dr.ロマンの言う、彼の存在が消えたというカルデアの見解はやはり間違えてはいなかったのだ。
「衛宮さん…」
ざわつく胸の中を必死に堪え、努めて冷静になろうと藤丸はその走る足に力を入れた。
そして、Dr.ロマンの隣にいたレオナルド・ダ・ヴィンチがカルデア職員と言葉を交わしながら、モニターから新たな情報提供を告げる。
「追加情報だよ、藤丸君!衛宮君が居た場所の近くにサーヴァントの気配があるらしい!…え?何?そのサーヴァントの魔力変化が起こってるって?どういうことだい?…あー、そういうことか」
「何?ダ・ヴィンチちゃん⁉︎」
なにやらカルデア内でバタバタと慌しい様子をモニターで確認しながら、藤丸達が不安を滲ませた声を上げると、ダ・ヴィンチは複雑な表情を浮かべて口を開いた。
「君達が今向かっている先にはサーヴァントがいるのは間違いない。更にたった今、その場所に聖杯の気配があった。おそらく、その聖杯を持った人物こそがこの特異点の核だ。くれぐれも気を引き締めて向かってくれたまえ」
そう言った彼女の口調は、いつものように飄々としたものだったが、その表情は緊迫した状況を物語っていた。
それを確認したDr.ロマンは改めて藤丸達へと向き直る。
「──今聞いた通りだよ、藤丸君。これから君達に何が起こるか分からない。聖杯を持つサーヴァントが存在することは分かったけれど、正直言って、この特異点は分からない事だらけだ。何を目的としているのかも、はっきりしていない。…でも、僕達は更に君達を全力でサポートするつもりだよ。勿論、衛宮君達も」
"だから、必ず無事に帰還してくれ"と、強く言葉を紡いだDr.ロマンに、藤丸達は頷いた。
「了解、ドクター。皆で必ず帰るよ。約束する」
かつての彼であれば、こんな状況に頭の隅で"自己犠牲"という言葉が浮かんだのかもしれない。けれど、それはもう違う。それは間違いだと、誰も望んではいないのだと気付いた。
藤丸立香のその瞳はまだ希望を宿す。
崩壊していくあの男の世界を見つめながら、彼等は再び走り出した──。
*
懐かしい光景を見た。
それは、痛くて熱くて苦しくて。
一度も忘れたことは無かったけれど、その光景をはっきりと思い浮かべるのは久しぶりだった。
子供の頃には、よく見ていた光景。嫌でも突き付けてくる残酷な事実に俺は何度もうなされていたのを思い出す。
「──あぁ。何度見ても良いものじゃないな」
大人になった今では、少しは冷静になれるらしい。トラウマとも言えるその光景に、自分でも不思議なくらいに落ち着いていたのだ。
衛宮士郎の瞳には、真っ赤に染まった街が映っていた。
燃え盛る炎が街中に広がり、建物だった瓦礫が無造作に散らばっている。煙は立ち込め、どこから誰かの助けを求める声があちこちで聞こえてくる。足元には無残な死を遂げた遺体が数え切れないほど転がっている。
そんな場所に自分だけが立っていた。
痛い、熱い、苦しい。
それは、正しく地獄。
──あぁ。そうだった。
士郎はゆっくりとその足を進めた。
かつての幼い自分が歩いた道を辿っていくかのように。
耳を塞ぎ、覚束ない足取りで、呼吸もままならなくて、身体はあちこち熱くて痛い。
今にも死にそうな子供が一人歩いていく。
あの時、このまま自分は死ぬのだろうと漠然と思っていた。
そして遂に、その小さな身体は倒れてしまったのだ。
「……」
士郎は歩みを止めて、とある場所に佇む。
そこは、確かに幼い自分が倒れた場所。
そして──◼️◼️士郎が死んだとも言える場所だ。
ここで全ての運命が変わってしまった。
良くも悪くも、この瞬間から彼の運命の歯車は動き出したのだ。
──じいさん。
あの時見た、衛宮切嗣の顔は一度も忘れたことはない。
死の間際、天に伸ばした小さな手を必死に握りしめて、涙を流しながらも微笑んだ彼の顔。
それは、憧れだったのだ。美しいから憧れた。
その感情を原点にして、衛宮士郎が抱く正義の味方が作られた。それが、例え歪なものだったとしても。
「もし──、」
口を開いて、思わず閉じる。
この出来事さえ無ければ、自分はどんな人生を歩んでいたのだろう。
◼️◼️士郎として、どんな生活を送ってどんな青年になっていたのだろうか。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
「いや、今更だろ。俺はもう──」
「正義の味方として生きる事を決めたから?」
「…っ⁉︎」
突然の声だった。
素早く距離をとり、背後を振り返ると同時に両手には干将・莫耶を形成させる。
すると、視線の先にいたのは──一人の少年。
「…アンリマユ…」
「感傷に浸っているところ悪いねぇ。でも、まだ俺との戦いの最中ってこと忘れてない?」
そう言いつつも、頭の後ろで両手を組むアンリマユは楽しそうに話す。
「それよりも、だ。まぁ…なんて残酷な経験してるのさ、アンタは」
今だに炎が燃え続けるこの光景を見ながら、少年は言う。その言葉に含まれるものは分からない。同情か侮辱か。それとも歓喜か。
この少年はまるで見慣れた光景だとでも言うように、一切動揺する素振りを見せなかった。
「おかげでアンタの事が分かったぜ。アンタも理不尽な目にあってんだなぁ」
そう話すと、炎の光に照らされた少年は真っ直ぐにこちらを見てきた。
「……」
その瞳に何故か見覚えがある気がした。いや、瞳だけではない。今まで気づかなかったが、彼の姿はどこかで──。
警戒心を抱きながら、戦闘態勢を崩さない士郎に対し、アンリマユは余裕の表情を浮かべて更に言葉を紡ぐ。
「かつての聖杯戦争が残した爪痕。それによって被災し、本当の家族も失い、更には以前のように振る舞うことは出来ず、皮肉にも聖杯戦争に参加していた男に救われた。そして、正義の味方という歪な理想を抱いた少年。それがアンタだ」
「…何が言いたい」
「いや、可哀想な人生だと思ってさ」
その言葉を聞いた瞬間、士郎は僅かに目を見開いた。
「同情はしてくれるなよ、アンリマユ。正義の味方に憧れたのも、その道を進むと決めたのも他の誰でもない、俺自身だ。無暗に人を殺すお前には、とやかく言われる筋合いはない」
「ギャハハ!そうだな!その通りだ!」
怒りを含んだ士郎の言葉に思わず笑ったアンリマユ。だが、すぐに表情を戻しては言葉の続きを紡ぎ出した。
「でも、この世に正義なんてものはないぜ?まぁ、あるとしたらそれは偽善だ。全てを助けることは不可能で、人間なんてのはいざ何かが起これば自分が一番可愛いもんさ。自分の身を守る為に誰かを犠牲にする事も厭わない」
そう話す少年の瞳は少し遠くを見るような眼差しをしている。
「だから、アンタが決めた道──正義の味方ってのは本当にくだらない」
そして、最後には無情にもそう冷たく言い放った。
「……」
本当はこの少年の言葉に耳を傾けてはいけないのだと、なんとなく理解していた。
じりじりと何かが這い寄る感覚。ずっと前から頭のどこかで警鐘が鳴り続けている。
だが、士郎はその場を動けないでいた。それ以上に先程からアンリマユと名乗る少年の表情があまりにも知っている顔に似ていたからだ。
「──なぁ、衛宮士郎。お前の人生は何の為にあるんだ?」
ドクリ。
その問いを投げかけた彼の顔に、鳥肌が立つ。
「お前は──」
今度は目を大きく見開き、少年の姿を凝視する士郎。
ようやく気付いた。気付いてしまったのだ。
そして、どうして、という言葉が一瞬にして頭の中を支配する。
今、衛宮士郎の前にいるのはアンリマユであるはずだ。だが、どうして。その顔は。そんなはずは──。
「もう疲れただろう?誰かの為に戦い続けるのは」
そんな残酷な言葉を、柔らかな声で慈悲を含んだ瞳を向けながら少年は告げる。
すると、士郎が立つ足元から突然黒い液体が溢れ出したのだ。
「…っ⁉︎」
「俺は優しいからさ。これは、せめてもの餞だ」
勢いよく次々と溢れ出した黒い液体は容赦無く士郎の身体に絡みつき、地面の奥底へと引きずっていこうとしていた。
「なんだ…⁉︎これは…っ、お前…っ!あ"ァ、ああ…っ!!」
士郎は思わず叫ぶ。
彼の身体に絡みついた黒い液体。必死に抵抗するが、それはまるで泥のようにねっとりとしていて、決して引き剥がせなかった。更に、その液体は士郎の身体を徐々に蝕んでいく。それは激痛を伴い、悲鳴を上げる程。
全身が痛くて、焼けるように熱くて、息が出来ない程苦しくて。
それは、かつての炎に染まった街を彷彿とさせるものだった。
「──ゆっくりお休み。永遠に」
その言葉を放つのはアンリマユなのか、それとも別の少年か。
闇の底へと引き摺られながらも、遠くなる意識の中で士郎は確かに見た気がしたのだ。
冷たい瞳で見下す少年──かつての自分の姿を。
*
黒と赤の外套が靡いている。
その二つの色は決して混ざり合うことはなく、強く、激しく反発しているように見えた。
アーチャーオルタの二丁の拳銃とアーチャーの二振りの短剣が激しくぶつかる。
「信念を貫く覚悟だと?笑わせるな。それが何になるという。アンタも、あの男もそんな下らないものに拘っているのか?」
何かが切れたように、オルタはアーチャーへと次々と牙を向く。
そんなオルタの攻撃を素早く受け止め、追撃しようとするがアーチャーの短剣が届く前にオルタの銃弾が阻止する。そして、こちらが距離を取ればオルタが拳銃を持ち直し、短剣の刃を向けて懐に入ろうとするのだ。
遠距離戦と接近戦。どちらにも対応出来る敵を相手になかなかの苦戦を強いられていた。
──厄介な男を相手にしたものだ。
距離を取りながらの戦闘にアーチャーは内心、溜め息をついた。
いや、それだけの理由では無い。
今、目の前にいる男は目を逸らしてはいけない相手だと十分に理解している。
これは自分に課せられた運命──贖罪だとでも言うように、その黒い弓兵は容赦無く自分へと確かな殺意を投げ掛けてくるのだ。
「…碌なものじゃないな」
アーチャーは呟く。
この戦いは、あの時を思い出させる。
かつての自分を殺すと決めた、あの時の自分を。しかし、結局それは出来なかったのだけれど。
それなのに、もう一度己へと刃を突き立てろというのか。
オルタは冷たい瞳を向けながら、アーチャーへと連撃を繰り出す。
「そんなもの、もう俺には無い。信念も覚悟も。アンタの言う通り…かつての俺が何を思い、何をしたかったのか、もう思い出せない。だが、それがどうした。そんなものは不要だ。戦いにおいて──相手を殺すのにそれは関係ない」
そうはっきりと口にしたオルタが幾数もの弾丸を放つと、それらは勢いよくアーチャーの左腕を貫通したのだった。
「…っ!」
その拍子に握られていた干将・莫耶の一振りが後方に勢いよく吹き飛んでいき、地面に突き刺さる。
「……」
ボタボタと左腕からは血が流れ落ちる。
その地には紅い染みを作り、ゆっくりと滲んでいく。
そして、次の瞬間にはパリンとまるでガラスが割れるかのような音が次々とこの世界に響き渡った。
「──崩れてきたな」
オルタが確認するように上空へ視線を向けると、茜色に染まっていた空は歪な空間を生み出し、その奥には見覚えのある夜が潜んでいた。
ガラスが割れる音を立てながら、この世界の破片は少しずつ零れ落ちる。
見慣れた世界が、壊れていく。
「ほら、アンタにも見えるだろう。信念を貫いたあの男が創り出した世界はこんなにも脆い。下らない信念、理想を掲げたあの男の末路もきっと──」
次の瞬間、オルタの左腕に短剣が突き刺さる。
「それ以上、口を開けば"オレ"が許さない」
それは強い怒りを含んでいた。
アーチャーの瞳を見たオルタは僅かに眉をひそめる。
油断しているつもりは無かった。だが、この男は自分が反応出来ない程、素早く反撃してきたのだ。それを突き動かしたのは、怒り。マスターである、あの男に対しての侮辱に耐え切れなかったのか。いや、それとも──。
アーチャーは静かに言葉を続ける。
「言った筈だ。その信念が歪であっても、選んだ道が地獄だとしても──それは決して間違えてはいない。私はそれを知っている。それを貴様などに…全てを、自分自身すらも忘れた貴様が分かるはずもない。そんな貴様こそが、本当は脆い存在だというのに」
その刹那、再び拳銃と短剣が交わる。
オルタの瞳がアーチャーを刺すように睨み付けていた。
「脆い存在?俺が?何を言ってる。不要なものを捨てただけだ。その口を閉じるのはアンタの方だ。下らない信念を貫いた成れの果てが、お前だろうに…!」
互いに負傷した左腕を気にすることもなく、攻防を繰り返していく。その度に、鮮血が飛び散る。
「俺には分かる。アンタが誰なのかを。その信念を貫き、一体何が残ったというんだ。誰も手を差し述べてはくれず、見渡せば誰もいない。挙げ句の果てには、他人から殺されたのも同然の最期だ。それが下らないものだと言わずして何と言う!」
その言葉を続けるオルタは、まるで自分に言い聞かせているようにも見えた。
アーチャーは思う。
このオルタがどんな経緯を辿って今に至ったのか、それを全て知り得ることは出来ない。だが、それでも分かっていることがあった。
この男と自分。
辿った道は別物であり、もはや他人と言っても良い程、違う人生を送った。
だが、今こうして互いに刃を交えていると思ってしまうのだ。
二人とも始まりは同じはずだったと。
だからこそ、こんなにも苦しんでいる。踠いている。足掻いている。
そして、彼は気付いていないかもしれないが、今のオルタはかつての──少年だった士郎と刃を交えた自分とよく似ているのだ。
アーチャーは口を開いた。
「否定したければ、するがいい。だが、私は…オレは変わらない。貴様もそれは同じだろう。だから──」
アーチャーが再び両手に干将・莫耶を構える。
「オレがここで貴様を倒す」
その姿を見たオルタも両手に銃を構えた。
「何を言ってる。俺がここでアンタを殺すんだ」
二人の弓兵が静かに向き合う。
赤と黒。
それは、決して混ざり合うことは無い色。
赤は燃えるように。黒は焦がれるように。
互いの信念をぶつけ合う。
そして、アーチャーは静かに紡ぎ出したのだった。
「──鶴翼 欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)」
次の瞬間、干将・莫耶を勢いよく左右に投擲した。それは、確実にオルタの首を狙っている。しかし、その左右から向かってくる短剣を素早く己の腕を交差して流れるように銃で弾いたオルタは、その銃口を再びアーチャーへ向けた。
しかし──。
「──心技 泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)」
再び双剣を手にしていたアーチャーがいつの間にか距離を詰め、その二振りを今まさに振り下ろしてきたのだ。
だが、それも想定内。オルタは冷静に二丁の銃を前に出し、その付属している刃で受け止めようとした。だが、すぐさまその手を止める。
「何…⁉︎」
オルタは背後からの別の存在に気付いた。
勢いよく背後から飛んで来るもの。
それは、先程弾き飛ばされた筈の双剣だった。
まるでアーチャーが手にしているもう一つの双剣に引き寄せられるかのように真後ろから向かって来る。
「──心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)」
「…チッ…!」
前方からはアーチャーが双剣を振り下ろし、背後からはもう一つの双剣が飛んで来るという挟み撃ちな状況。
そこで、オルタは前方は銃に付属した刃でアーチャーの短剣を薙ぎ払い、後方は銃弾で今度こそ短剣を砕いたのだ。だが、彼の攻撃はそれだけでは終わらない。
「──唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)」
オルタに薙ぎ払われつつも、辛うじて彼の手に残った一つの短剣──干渉を手にしたアーチャー。そして、背後からは弾丸を回避したもう一つの短剣──莫耶が勢いよく飛んで来る。
再び挟み撃ちの状態になると、アーチャーはその一撃をオルタへと叩き付けた。
「…っ!」
だが、オルタはアーチャーの攻撃を寸前で受け止めて辛うじて弾き返す。しかし、背後からの莫耶は躱せず、その背中に短剣が突き刺さった。
その時、僅か一秒程彼の動きが鈍くなる。
アーチャーにとって、その一瞬だけでも十分だった。
再び素早く干将・莫耶を投影すると、その短剣に魔力を込める。そして彼が持つ双剣は形を変え、今まで見たことの無い長剣が作り出されたのだ。
そして、オルタを見据えた後──。
「両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)──!」
渾身の一撃を左右から振り抜いたのだった。
「…ッ!!」
それは、オルタの身体へと確実に放たれた。
次の瞬間には、宙に血潮が飛び散っている。
ぐらりと歪む視界。
オルタの身体はゆっくりと傾いては、その瞳に映る紅い光景を焼き付けていた。
──あぁ。よく見た色だ。
ぼんやりとそんな事を思いながら、オルタは頭の片隅に薄れかけていた光景をふと思い浮かべる。
彼がまだ堕ちる前。
確かに彼は、信念を持って行動していた。
誰かの為に。
誰かを救う為に。
悪の根源を消し、その先に続くであろう悲しみの世界を排除する為に。
けれど、それら全ては上手くいかなかったのだ。
一人の女によって。
歪な信念を持った彼の行動は、他の人からすれば残虐的なものだった。悪の根源を消す為に、その過程で立ち塞がる人々を次々と殺していったのだ。そんな彼に、誰一人として共感する者はなく、理解する者もいなかった。そして、挙げ句の果てには悪の根源である一人の女を殺す事は叶わず、人殺しだけの存在となってしまった彼は、その魔道に堕ちてしまった。
それが、この男だった。
だが、その記憶はすでに朧げだ。
信念も思想も腐り果てた彼の身体は、もうはっきりとした記憶は残ってはいない。
けれど、そんな彼でもまだやり残した事がある。
「──…」
傾いていたオルタの身体が止まった。
彼はまだその地に踏み止まり、流れ落ちる血には気にもとめず、片腕で銃口を向ける。
その先にアーチャーを捉えると、彼は静かに紡ぎ出した。
「──I am the bone of my sword」
その瞬間、オルタが持つ銃から魔力を秘めた一つの銃弾が放たれる。
「…!」
それをすぐに感じ取ったアーチャーは身構えた。
「──So as I pray」
オルタが口にするのは、どこかで聞いた事がある詠唱。
それを聞く度に、彼はやはり自分と似ていると思い知ると同時に、微妙に異なる詠唱に彼との違いも分かってしまう。
あの男が辿ってきた道は──選んだ道は…己とは全く違う過酷なもので、かつて自分が理想とした道に、彼はもう戻ることはないのだろうと思えるものだった。
その男は、全てを忘れるくらいに腐り果ててしまったのだから。
──いや、だからこそ。
アーチャーはすぐさま片手を前に出し、こちらも魔力を溜めて自身の前に創り出した。
「──熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」
突然、アーチャーの前に現れたもの。
それは淡い光を放ち、花弁のような形をしていた。それらは、七枚重なるように連なり一枚一枚が古の城壁と同等の防御力を持つ壁を展開する。
そんな光の壁に、オルタの銃弾が激しく突き刺さった。
「unlimited lost works──!!」
彼が叫ぶと同時に、バリバリと何かが削れていく音が強く響き渡っていく。
その音は、たった一つの銃弾に秘められたモノの強さを表していた。
「…っ!」
不気味なまでに荒々しい音が、花弁の壁を少しずつ喰い尽していく。
今までに溜め込んだ何かを解き放つ為に、それは確実に。少しずつ。全てを壊すように。
アーチャーに向けて真っ直ぐに飛んで来ていた。
その衝撃の威力に、一枚の花弁の壁が壊れて飛び散る。
「く…っ!」
その拍子に、アーチャーの顔が苦痛で歪んだ。
そんな彼の左腕からは、止めどなく今だに流れ続ける血。そして、これまでの戦いで魔力を消費し、更にはマスターである士郎との繋がりが弱まっている状態。
彼にも少しずつ限界は来ていた。
このオルタとも、あとどのくらい戦えるのか分からない。
だが──。
アーチャーはその瞳にオルタの姿を映す。
向かってくる弾丸も見据えたまま、視線を逸らさない。
また一枚の花弁が割れて、飛び散る。
──この男を見ていると、思わずにはいられない。
アーチャーはオルタに向かって叫んだ。
「貴様は…確かにオレとは違う。貴様が選んだ道がどんなものだったのかオレには分からない。どんな世界を生き、貴様がどう生き抜いたのかオレには知り得ない。だがな…!」
再び花弁が割れた。
そして、もう一枚。もう一枚と。
「……」
オルタは静かに佇んでいる。
もはや、その男にはっきりとした意識があるのか分からない。この言葉さえ、理解しているのか、覚えているのかも分からない。
けれど、それでもアーチャーは叫ぶことをやめない。
「それでも!かつての理想を!その信念を!その道を歩むことを決めた男は──貴様は確かに"オレ"だった筈だ!!」
禍々しい魔力を秘めた銃弾が一枚の花弁を壊す。
あと──残り一枚。
「…何を…」
僅かに反応したオルタが呟く。
その瞳には相変わらず冷たい。だが、その奥に確かに小さなものが生まれた。
「忘れるな!貴様が本当に望んだものを…!お前も、オレも上手くいかなかったのかもしれない!望んだ結果ではなかったのかもしれない…!だが、それでも…!!」
遂に、最後の一枚の花弁が砕け散る。
そして、オルタの銃弾はアーチャーへと届いた。それは、彼の左腕に。
その瞬間──、
「────っ!!!」
言葉にならない程の激痛。そして、意識を失う程の衝撃。
その銃弾が左腕に着弾した瞬間に、見慣れた赤い空に歯車が浮かぶ世界が見えて、アーチャーの左腕からはいくつもの剣が爆発するかのように突き出してきたのだ。
「──っ!…っ!!」
それはまるで、その弾丸に内包していた固有結界が暴走し、アーチャーの左腕の内側から破裂したようにも見えた。
その威力は、咄嗟に左腕を出して急所を避けても、それでも全身に伝わる程の凄まじい破壊力。熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で威力を削いでも、その威力だ。
噴き出すように飛び散る血飛沫。
彼の左腕は、完全に神経は破壊され千切れる寸前だった。
だが、それでもいいとアーチャーは再び前を向いた。
「…死に損ないが…消えろ!」
そんな姿を、心底嫌だとでも言うようにオルタが言い放つ。しかし、その声は少し動揺していた。
アーチャーは力強く、その足を進める。
「何もかも忘れたのなら、オレが教えてやる…」
その先に佇む、もう一人の自分に向かって。
「貴様がかつて理想としたものを…」
アーチャーが右手に干将・莫耶の片割れを投影すると、オルタは再び銃を放った。
だが、それはすぐに彼の短剣で弾き返される。
「オレが──あの男が抱いた信念を…!」
そして、アーチャーの身体は素早くオルタへと詰め寄る。その速さは、想像以上のものだった。もはや、その男の身体はボロボロで、歩くことさえままならない筈だ。
だが、どうしてか。その男の瞳は諦めていないのだ。
その足は止まらず。
その身体は倒れず。
その信念は折れず。
男はただ、ただ一心にその短剣へと思いを込める。
オルタがその動きに反応した時には、既にアーチャーは懐に入っていた。
「…!」
この距離では銃口を向けるには近過ぎる。
ならば──。
そう思い、オルタが拳銃に付属した短剣を上から振り下ろそうとした時。
あの男と目が合ってしまったのだ。
「──…」
その瞬間。
オルタの手が僅かに止まる。
今、目の前にいる男。
その男の姿に何故だか、込み上げてくるものがあった。
ボロボロになりながらも、その信念を貫き、真っ直ぐに向かって来るその姿は──。
整えられていた白髪の前髪は崩れ、幼く見える彼の顔。
その瞳の奥に見えるのは、かつての輝く黄金の光。
その姿は、どこかで見覚えがあった。
──酷い話だ…。まるで古い鏡を見せられている。
オルタは目を細める。
この男は確かに自分であり、自分では無い道を辿った者。
自分には無いものを、捨て去ったものを迷いながらも抱き、その人生を生きた男。
それが──その姿があまりにも眩しく思えてしまうのは、どうしてか。
そして、アーチャーは右手に短剣を握り締めながら、力強く叫んだ。
「貴様が望んだもの…!それは他でもない!!弱きを助け、強きを挫く!!──そんな正義の味方だ!!」
かつての理想や信念を忘れ、腐り果てた男。
そんな男が目指そうとしたものは、たった一つのもの。純粋なものだったのだ。
正義の味方になる。
それが、アーチャーオルタの──かつての衛宮士郎が生前、抱いていたものだった。
──あぁ、そうか…。
オルタは朧げな記憶を呼び覚ます。
全てを思い出すことは不可能でも、確かにあの男が言うもの──かつての自分が望んだものは、少しだけ分かる気がした。
──今まで殺してきた多くの命の上に、その男は一人立っている。
孤独な男は、嘆くことすら忘れてしまった。
求めた光景ではなかったその結末に、ただただ屍のように今も尚、その殺める手を止める事はない。
生前、何を抱きながらその身体が腐り果てるまで生き抜いたのか。
その男が選んだものは、碌なものではなかった。
その男が歩んだ道は、正しいものではなかった。
けれど、それでも──。
目の前に迫る赤い信念が、その黒く染まった何かへと強く打ち付ける。
「それを…っ!──その理想を目指したことは、けして間違いではない!!」
「────っ、」
孤独な男が立つその場所。
そこに、今。
確かに光が差し込んだ。
そして──。
ポタリ、ポタリ。
静かな音を立てながら落ちるのは、紅い雫。
「……」
オルタの身体にはアーチャーが握る短剣が深く突き刺さっていた。
僅かな静寂な空間。
その光景に、オルタは静かに笑う。
「…呆れたな」
彼が口を開けば、その口端からツウと血が流れていく。
「アンタは…この俺を自分だと言うのか…」
その瞳はアーチャーへと向けられる。
だが、それは肩越しのアーチャーには見えない。勢いよく突き刺したアーチャーの身体は、オルタと重なるようにすぐそこにあった。そんな彼が今、どんな顔をしているのか分からない。
けれど、それでもいいと彼はゆっくりと瞳を閉じた。
「…弱きを助け、強きを挫く…」
だらり、と力を失ったオルタの身体が音もなく星屑のように消え始めていく。
「いいじゃないか、正義の味方…」
その声は今までとは違う。
冷たいものでもなく、侮辱したものでもなくて。
「──なんでか、妙に泣きたくなる」
アーチャーの思いを受け止めるかのように。
そして、自分自身に向けるかのように。
彼は、確かにそう口にしたのだった。
「……」
重みを感じていた剣先が静かに軽くなる。
アーチャーはその声を耳元で聞いていたが、彼へと顔を向ける事はない。
消えていくもう一人の男の傍で、ただ静かに佇んでいた。
この世界が崩れていく。
茜色の空が次第に大きく歪み、その崩壊していく破片がガラスが割れるような音を立てては、消え始めていた。
そんな光景と同じように、オルタの身体も消えていく。
生前、その男が望んだ果てには地獄しかなかった。そんな光景に、何度後悔したのだろう。何度涙を流したのだろう。
だが、それでも──このもう一人の自分は力強く言うのだ。
間違いではなかった、と。
オルタはすぐ傍にある体温を感じながら、小さく笑う。その表情はまるで、安心して眠りにつくかのように見えた。
そんな今の彼は、きっと──生前には感じる事はなかったものを抱いているのだろう。
そして──彼は音も無く、静かに消滅したのだった。
その場所に立つのは一人の男。
たった今、消えていった男の最期を見届けながら、彼は言う。
「──たわけ。今頃…思い出したか」
それは酷く小さな声。
その言葉に込められているものは、彼しか分からない。
伝えたいものがあった。忘れて欲しくなかった。…ただ、それだけだ。
アーチャーは静かに空を見上げた。
その手に握られた短剣を握りしめて。
そんな男が見上げた世界は──衛宮士郎の固有結界は…この時、遂に完全消滅したのだった。
Comments
- 鴉八丸October 19, 2022