正義の味方がカルデアに来た話 5
20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来た話。
Fate初心者が妄想を書いてます。色々と間違えているかもしれませんが、暖かい目で見て下さい。
オルタ組と戦闘開始になったものの、あまり内容的には進んでない気がします…。戦闘シーンは苦手です。皆どうやって書いてるのか不思議。
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士郎にとって、戦いは避けたいものだった。
戦うという事は、あくまでも手段の一つに過ぎない。誰かを傷付けるという行為は、士郎が思う信念に矛盾しているようにも思てしまうからだ。…だが、それで躊躇してしまうならば何も守れはしないのだろう。
今回もそうだ。
自分が守りたいと思い、信念を貫いた結果が戦う事に繋がるだけ。
「…前方に四体の英霊。斜め後方、約20m先に子供一人。…村人達はまだ避難出来ていない、か…」
そんな経験をアーチャーと共に幾度となく繰り返してきた青年は、その若さで戦場という名の場数を踏んできていた。その為か、彼はこの殺気立つ空気に怯むことなく冷静に今の状況を把握していく。
「アーチャー、お前は英霊の相手を頼む。出来れば、この場所から遠ざけてくれ。俺は子供を救出した後、すぐに援護に回る」
視線は目の前の黒化した英霊達へと向けたまま、隣に立つ我が英霊へと小さく声をかける士郎。その指示にアーチャーも異論は無かったのか、軽く頷いた。
数秒間、沈黙した空気が流れる。
嵐の前の静けさ、とでも言うべきか。
その空気は静かではあるものの、殺気を含み無言の圧力を容赦なく彼らの肌に突き付ける。
そして──
誰かの呼吸が僅かに乱れたのを合図に、彼らは動いた。
「…!」
アンリマユは、アーチャーがこちらに向かって来る姿を視界に捉える。その素早さは、流石英霊と言うこともあり、人間離れした速さだ。瞬く間に距離を縮め、あと数秒でこちらの懐に入って来るだろう。
そして、その赤い弓兵が何かを小さく呟いたと思えば、彼の両手には短剣が現れた。
「オイオイ。アンタ、本当にアーチャー?」
鋭く光る二つの短剣。
それは、白色と黒色の陰陽二振りの鉈の様な形状をしている。
慣れた手付きでその双剣を構えると、アーチャーは走りながらソレをアンリマユへと投げ放った。
「武器を投げるとか、無茶苦茶だなぁ」
だが、アンリマユはその場を動く気配は無い。寧ろ、余裕すら見える。
「はーい。じゃあ、この赤いアーチャーのお相手、よろしく」
彼が誰かに向けてそう言うと、あと僅かで双剣が届くというところで数発の銃弾音が鳴り響いた。
それと同時に撃ち落とされる双剣。
しかし、アーチャーはそれを黙視しただけでその足を止める事はない。
再び彼の口が小さく開く。
すると、再び彼の両手には先程と全く同じ双剣が現れた。
「ヒュウ♪」
まさか再び双剣が現れるとは思わなかったのか、新たなパフォーマンスを見たかのようにアンリマユが反応すると、彼の頭上から無数の銃弾音が再び鳴り響いた。
それは、全てアーチャーへと向けて放たれている。
「…フン、邪魔だな」
己に向けて放たれた銃弾を確認した彼は、さほど動揺もせず、その双剣で銃弾を弾き返していく。その動きは目では追えない速さだ。
そして、最後の銃弾を弾き返した直後、その足に力を込め、地面を蹴って前へと突進した。
アンリマユの首がすぐ目の前に見える。
だが──、
「アンリマユ、貴様が邪魔で狙撃し難いのだが?」
その刹那、金属の弾く音がその場に響き渡った。
「…!」
「あ?そうなの?悪い、悪い。だって、お前が助けてくれるって分かってたからさぁ、大人しくしておこうと思って」
突然、視界に現れたのは黒い弓兵──。
ケラケラと笑うアンリマユの前には、黒い装飾を身に纏った男が行く先を阻んでいた。
彼の手には黒い銃。
アーチャーの双剣を、双剣にも似た二つの黒い銃で受け止めていたのだ。
「だからと言って、全く動かない奴がいるか」
背後に立つ黒い少年に呆れた返事をしつつも、黒い弓兵は間髪入れず二つの銃を滑らせ、器用に二つの銃口をアーチャーへと向ける。
「…⁉︎」
その直後、至近距離からの発砲。
更に畳み掛けるように、数発の銃弾が獲物を追う。
──今のは確実に仕留めた。
普通ならば、そう思ってしまうところだが黒い弓兵は冷静だった。
なにせ、相手は同じクラスの英霊。こちらの戦法など先読みしているだろう。
…それに、面白いことに相手は"あの"英霊だ。
「まぁ、こんなもので倒れるとは思っていないが」
「それは正しい判断だな」
ふと、頭上からの声。
それは、数十メートル先の樹の上から聞こえてくる。その声の先を確認すると、黒い弓兵は僅かに眉間に皺を寄せた。
「…アンリマユ。貴様は最弱の英霊らしく引っ込んでくれないか」
「何ー⁉︎いきなりの拒否⁉︎酷い!アーチャー!お前は俺のボディーガードだろ⁉︎俺が勝手に決めたけど!」
「いいから早くしろ。来るぞ」
前方から殺気を帯びて向けられるの魔力の塊。
それと共に、赤い外套をなびかせ鷹の目で獲物を捕らえようと見下ろす男。
彼の手には膨大な魔力を込めた荒々しく光る弓が握られている。そして、決して逃しはしないという瞳がこちらを射抜くように向けられていた。
それは、轟々と燃えるものではなく、静かに燃える瞳だ。
「…これは、広範囲だな」
あの魔力量から見て、一撃でも打てばこの村一体が消滅する程の威力。彼はマスターの意に反して村人が犠牲になってもいいと言うのか…?
ギリ、ギリと弓弦が静かに音を立てる。
その指を放つタイミングを見計らっているようだ。
──ここに至るまで、僅か数十秒。
それが何分にも思えてならない程の威圧感に、黒い弓兵はその口元に笑みを浮かべた。
「…面白い。久しぶりに良い戦いが出来そうだ」
*
「もう大丈夫だからな」
「…っ、…!」
士郎はその腕に、あの少年を抱き抱えていた。
少年は今までの出来事に理解が追いつかないのか、無言で頷くことしか出来ない。ただ、震える体にぼろぼろと零す涙から恐怖と混乱という感情を抱いていることだけはすぐに分かった。
あれから、すぐに少年の元へと走り出してはその身を確保した士郎は、アーチャーが黒い弓兵と対峙する光景を横目に、少年を抱えて村の人気が無い所へと移動していたのだ。
黒い英霊達もただの村人である少年にそれ程の殺意が無かったのか、興味が無かったのかは分からないが、今の今まで何も邪魔されずに場所を確保出来たのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
「大丈夫…落ち着いて。君に頼みたい事があるから、良く聞くんだ。いいかい?」
なるべく安心感を与えるようにと、柔らかな声で少年へと話しかける士郎。
その声に多少冷静を取り戻した少年はその濡れた瞳を士郎へと向けた。彼なりの大丈夫だというサインだろう。
「よし、良い子だ。今から俺は、またアイツらの所まで戻らなきゃいけない。その間に、君はここの村人達を起こしてなるべく遠くへと逃げて欲しい。俺の言ってること、分かるか?」
少年の正面に屈んで、真っ直ぐ見つめる士郎。まだ僅かに震えるその小さな両腕を優しく握りながら、彼は笑みを絶やさない。
彼の問いかけに少年は再び頷く。
それは、今度こそ自分の意思で示した返事に見えた。
「…ありがとう。君もここの村人も皆、助けるから。それまで…それまでは、君も生きることを諦めるなよ」
目の前の頭を優しく撫でる。
その大きな手に少年は溢れ出しそうになる何かを小さな口元をキュッと閉じて堪える。
そしてその数秒後、やっとの思いで彼はその口を開いた。
「あ、の…、黒髪のお兄ちゃんにありがとうって…僕を助けてくれてありがとうって伝えてもらえる?」
「……」
その瞳は確かに生きる希望を映していた。
士郎はその光景に一瞬、動きを止める。
「…勿論さ。必ず伝えておくよ」
「ありがとう。絶対だからね。お兄ちゃんもお兄さんも…生きて戻って来てね」
「あぁ、分かった。──ほら、そろそろ行かないと」
「うん」
最後には僅かに笑顔を見せて走り出す少年。
その背中を見届けながら士郎は目を細めた。
──藤丸立香。
君は確かに誰かを救えている。
ただの人間である君が、誰かの為に脇目も振らず走り続けるのは、この瞬間があるからなのだろう。
君と俺は似ている。
多くの人を助けたい。全ての人々を助けたい。
それは、俺も同じだ。
けれど、気づいて欲しい。
その助けるということには、覚悟が必要であることを。
──それは、ただ単に誰かの為に自分を蔑ろにするという覚悟ではない。
かつての自分ならば、その狂気じみた理想を抱いたまま迷わず他人を優先しただろう。…正直に言えば、それは今でも然程変わらないようにも思える。
だが、今はあの赤い弓兵がすぐ傍でその未熟さに嫌味を告げてくるのだ。
それはもう、無視出来ない程に。
士郎は小さく溜息を零した。
──"理想を抱いて溺死しろ"
あの時。
アイツから投げられた言葉に、俺は反感を覚えたのと同時に、実は納得した自分がいたのだ。
そして、"正しい"と思った。
自分が作り上げた理想を目指し続けた少年。
何を守りたいのかも分からず、ただただ走り続けた少年は確実にその首を絞め続けていた。
けれど、その足は止まらない。
正義の味方という理想を抱き、人を助けながらも、その"人"の中には自分は含まれていないという違和感。それに頭のどこかで気付きながらも見ないフリをしながら、走り続けたのだ。
──それは、ある意味で呪いに近いものだった。
自分はもう既に救われた人間なのだから。
炎の中、助けを乞う人々の声から耳を塞いで、逃げ出したのだから。
…たった一人、あの地獄を生き延びたのだから。
だから、だからこそ──、
消えていった人々を無かった事にはしたくないと、正義の味方という理想の下で、この身を捧げてきたのだ。
その"正義の味方"の全ての始まりは、幼き頃に見たあの涙に濡れた男の笑顔。
──衛宮切嗣の願いだ。
そして、"正義の味方への覚悟"に気付かせてくれたのは、皮肉にも自分を"成れの果て"だと自嘲するあの男だったのだ。
士郎はその瞳を真っ直ぐ前を見据える。
藤丸立香。
果たして君は、どんな事が起きようとも、どんな結果になろうとも、その信念を貫けるだけの覚悟があるのだろうか──。
背後からは銃撃戦の生々しい音が鳴り響いている。きっと、もう一人の正義の味方が"守る為に"戦っているのだろう。
「…俺も戻らないと」
士郎は深呼吸をすると、その足を戦場へと向けたのだった。
*
金属の弾く音がする。
それは、心地よいものではなく鬼気迫るものだ。連続して鳴り続けるそれは、お互いの命に狙い定め、そして防御を繰り返す。
「…くっ…!」
「ガウェイン!」
視界の先で繰り広げられるのは騎士同士の戦い。
かつて、キャメロットであり得たかもしれない光景に藤丸とマシュは目を奪われる。だが、それは手合わせと呼べるような穏やかなものではない。
まさに、言葉通り命懸けの戦いだ。
「どうした?円卓の騎士ともあろう者がその程度か?」
「…王よ…!何故、貴方はこの国の民を手にかけるのですか…っ!」
休む暇など与えないとでも言うように、黒い騎士王はその聖剣を容赦なくガウェインへと叩き込む。
まるで、聖剣が身体の一部のように前方、横、斜め、下からと様々な角度で剣を振るってはガウェインの隙を狙う。
その一撃は信じられない程に重い。
彼女の一撃を耐える毎に、この腕が悲鳴をあげている。
それを彼は間一髪のところで防いでいるが、それは一体いつまで耐えられるだろうか。
「フン、戯言を。貴様には関係無い事だ」
流石、あの伝説の騎士王。
その剣捌きには一切無駄がない。
確実に人間の急所を狙い、連撃していく。
それを繰り返す事、数分。
彼女の剣先をなんとか見切っていたガウェインだったが、力強い剣の打撃で僅かな隙を突かれた彼は、遂に急所の一つである鳩尾に打撃を与えられてしまったのだった。
「…ガハッ…!」
「ガウェイン…っ!!」
辛うじて、鎧のおかげで胴体の切断は免れたものの、その打撃力は想像以上のものだった。その証拠に固く覆われた鎧の一部が粉砕し、露わになった皮膚から血が流れ出している。
彼はそのダメージから片膝を地面へと落としそうになるが、すぐに体勢を整え再び両手で剣を構える。
彼もまた、あの円卓騎士の一人だ。そう簡単に倒せる相手では無い。
「ガウェイン卿!私も援護します…!」
「駄目だ!マシュ嬢!君はマスターの側にいなさい!」
思わずマシュが助けに入ろうとするが、太陽の騎士の彼はその強い瞳で拒否する。
「…ご安心を。私は大丈夫ですから」
背後にいる藤丸とマシュへと声で宥めるガウェイン。
その背中はまだ戦意に満ち溢れていた。
「それよりも、ロビンフッドとカーミラ嬢の事を…」
──そうだ。
戦場はここだけでは無い。
ここから少し離れた場所で、また違う戦いが繰り広げられているのだ。
クー・フーリン オルタとロビンフッド、カーミラ。
彼らも同じように戦場で命の奪い合いをしている。
そこは、剣が交わる音では無く爆破音にも似た荒々しいものが響き渡っていた。
「ロビン…カーミラ…」
藤丸はまた遠くの戦場へと視線を向ける。
彼らは、あの紅く光る槍に警戒し距離を取りつつ攻撃をするも、それは致命的なダメージに至っていないようだった。
あの黒い狂獣相手に厳しい戦いを強いられていることは一目見てすぐに理解出来た。
一定の距離を見計らいつつ、クー・フーリン オルタとロビン、カーミラが対峙している姿が見える。
「…いつまで逃げる気だ。逃げてるだけじゃ勝ち目は無いぞ」
「それはどーも。でもお生憎様、こっちはアンタと力比べ出来るような英霊じゃないじゃないもんでね」
バーサーカーの忠告を軽くあしらうロビン。
態度には出さないものの、彼は内心焦っていた。
…相手はあのクー・フーリン。しかも、オルタときやがった。瞬発力、対魔力、そしてあの紅い槍から繰り広げられる攻撃力…。そのどれもが、こちらを上回っている。
チラリと肩越しに背後へ視線を向ければ、ロビンの後ろにはカーミラが立っていた。
その姿は普段の優雅なものではなく、茨のドレスも破れては所々に傷を負い、彼女も余裕が無いのだろうと思わせるものだ。
…カーミラも近距離型が得意な英霊では無い。今まで、彼女にはどちらかと言えば後方からの援助を任せていた。
まさか、戦力を分散された挙句、自分とカーミラという組み合わせであのバーサーカーを相手にするとは、ロビンフッドも誤算だった。
…さて、どうしますかねぇ…。
正直言って、今の状況から考えると勝算は無い。かと言って、諦める気もさらさら無い。
マスターである藤丸立香もこちらに援助する余裕は無いだろう。ガウェインもあの黒化した騎士王相手に苦戦しているのだ。ならば、自分達だけでどうにかするしかない。
目先のバーサーカーを警戒しつつもロビンフッドはその思考を常にフル回転させている。
すると、背後からカーミラが声を掛けてきた。
「…ちょっと、貴方。鏡見てきたらどう?酷い顔よ。貴方らしくもない」
「はぁ?今、この状況で何言ってんですか。こんな時くらい黙っててくれません?」
「煩いわね。私の話くらい聞きなさいよ。勝算なんて無いって顔してるくせに」
「…ッ!」
彼女の言葉に思わず表情を崩す。
それを確認したカーミラは呆れ顔だ。
「自分一人で戦ってるつもりかしら?見くびらないで欲しいわね。…私に考えがあるの。──良いかしら?顔の無い王様さん」
そう言った彼女の顔は、少しだけ柔らかな笑みを浮かべていた。
*
三ヶ所同時進行で行われる戦闘。
それも、その全てが戦闘能力の高い相手、オルタだ。更にそのオルタを統括しているであろう英霊は、一人の少年。アンリマユと名乗る未知数の相手。
今まで、レイシフトを経験してきた藤丸でさえ、この戦場ではただ見守ることしか出来ないでいた。
あちこちで鳴り響く爆音と激しい金属音。
殺意に満ちた空気が藤丸の全身へと嫌になる程突き刺さる。
早くマスターとして、この状況をなんとかしないと。でなければ、誰も助からない。
その思いだけが沸々と大きくなり、藤丸を更に焦らせていく。
「…マシュ、やっぱり君はガウェインの援護をして欲しい。俺は、一旦ロビン達の元へ…」
「駄目です!」
それは今まで聞いた事が無い彼女の声だった。
「何を聞いていたんですか!ガウェイン卿は私にマスターを任せました。私から離れることは絶対に駄目です!」
「でも、このままじゃ、ガウェインもロビン、カーミラも倒されてしまう!村の人達も助けられない!だから、マスターである俺がなんとかしないと…!」
マシュの拒否する声に対して負けじと藤丸も強い声で反発する。その表情は、切羽詰まった顔だ。
──それは、あの焼き払われた村で見た顔と同じだった。
その瞬間、彼女の頭の中で藤丸があの時みたいに一人で地獄の中へと行ってしまう光景が蘇る。
「…先輩。皆を助けたいのは私も同じです。ですが、今貴方のやろうとしていることは間違っています」
「…マシュ…?」
藤丸は僅かに目を見開いた。
…今、彼女はなんと言ったのか。
「先輩、お願いです。ここから離れないで下さい」
静かな声で苦しそうな表情を見せる彼女の口から、…否定の言葉が告げられたのは気のせいだろうか。
「先輩…?」
呆然と立ち尽くす藤丸にマシュは真正面に佇んでいる。藤丸の視線から逃げないようにと。
そんな彼女が少しずつ、こちらへと足を進める。それに気付いた藤丸は思わず後退りしてしまった。
「……間違ってる…?俺が?…ただ誰かを助けたいだけなのに?」
なんだか全てを否定された気分だった。
特に信頼していた彼女、マシュにはっきりと言われたからなのだろう。
自分は"間違えている"と。
「…マシュ、俺はマスターだ。カルデアのマスターなんだよ。そんな俺がただ黙って皆が傷ついていくのを見ているわけにはいかない…!」
──そうだ。
俺はカルデアで唯一、残されたマスターだ。 マスターとしての使命、責務がある。
藤丸とマシュの間に微妙な距離が出来る。
「それは私も理解しています。私だって皆を助けたいです。ですが今は…」
「何もしないで見捨てるとでも?」
マスターの冷たい言葉がマシュに突き刺さった。
「違います!そういう訳では…!」
「…ごめんね、マシュ。君の言ってる事も分かってるんだ。でもさ、俺には無理だ」
そう言って、笑顔を見せる。
「…っ!」
それは、いつも側にあった彼の笑顔。
藤丸立香という少年の優しい笑顔だ。
だが、彼女は気付いてしまったのだ。
「…せん、ぱい…」
そこでようやく、彼女の中で彼に対する違和感を理解する事が出来た。
それと同時に泣きたくなるのは、何故だろう。
──その笑顔に、"藤丸立香"はもう居ないのだと分かってしまったからだろうか。
「先輩…!駄目です!!私から離れないで下さい…っ!」
思わず手を伸ばす。
今、この瞬間を逃せば、もう戻れない気がした。
けれど、藤丸は踵を返して彼女に背中を見せようとする。
離れていく。
先輩が遠くに行ってしまう。
"藤丸立香"が消えてしまう。
「…ごめん、マシュ。行ってくる!」
走って引き止めようとした彼女を振り切り、藤丸はただただ遠くを見据えて走り出そうとする。
「先輩──!!」
叫びにも似たマシュの声が響く。
お願い
行かないで
一人で行かないで
先輩──!
ぼやける視界の中、彼の背中が小さくなっていく。
──その刹那、
「駄目だ。戻れ」
誰かが藤丸の腕を掴んだと思えば、次の瞬間には、あっという間に彼の体はマシュへと投げつけられてしまった。
「…え…っ⁉︎」
「先輩…⁉︎」
それほど強くない勢いで飛んできた藤丸の体を受け止めるマシュ。だが、その体は力無く地面へと崩れていく。
一瞬、何が起こったのか分からなかった藤丸はその先を見据えた。
「な、なんで…」
藤丸は酷く驚いた表情でその人物を見ている。
それは、マシュも同じだ。
──そこには、珍しく険しい表情をした衛宮士郎が立っていた。
「衛宮さん…、どうして…」
「どうしてかって?…君が間違えているからだよ」
「…!」
あの衛宮士郎から告げられた言葉に、藤丸は大きく目を見開いた。
「な、何が間違って…」
「じゃあ、逆に聞くが、君はあのままロビンフッド達の元に行ってどうするつもりだった?」
いつも見ていた笑顔ではなく、厳しい顔を向ける士郎。それは、幾つもの戦場を経験したであろう青年のものだった。
「マスターとして、俺の出来る援助を…!」
「それは無理だろう。いくら君がマスターとして赴いたところで、足手まといになるだけだ。それに、あのバーサーカー相手にロビンフッド達は君を守れるだけの余裕が無いのは見て取れる」
足手まとい、彼ははっきりとそう口にした。
その言葉に愕然とする藤丸。
「いいか?勇気と無謀を履き違えるな」
それは、あの赤い弓兵が言ったのか。
それとも、衛宮士郎が言ったのか。
とにかく、あの二人に言われているような気がして藤丸は何も言葉が出てこなかった。
そんな彼を見た士郎は、小さく溜息を零す。
「…でも、彼等だってただやられる訳じゃないだろう?君と共に今まで戦い抜いた英霊だ。その強さは君が一番理解しているんじゃないのか?」
今度は少し穏やかな声で問いかける。
「…それに、マシュも皆を助けたいのは同じだ。──いいか?その助けたい対象に、"君"も含まれている事を忘れるな」
「…ッ!」
その言葉に何故だか全てを見透かされたような気がした。
そして、すぐに理解したのだ。
この人は気付いている。この自分の奥底に秘めた感情を。
「君が助けた村の少年も言っていたよ。助けてくれてありがとうって。──そして、生きて戻ってきて欲しいとも言っていた」
──あぁ、駄目だ。
何かが崩れていく。
「…君は一人じゃないだろ?もっと自分を信じてくれる英霊を信じろ。もっと自分を大切にしろ」
彼の言葉に、何故か感情が心が──ゆっくりと温もりを取り戻していくのが分かる。
地面に座り込んでいる藤丸に、士郎は再びあの暖かな手を差し伸べる。
今度こそは、あの時と同じ暖かな笑顔で。
「マスターは一人じゃない。その負担は俺にも背負わせてくれ。…だから、一緒に戦おう。──"立香"」
「…ッ!」
出会ってから、初めて彼の口から呼ばれた自分の名前。
それは、カルデアのマスターでもない、魔術師でもない。
ただの"藤丸立香"としての自分に向けられたものだと気付いてしまった。
だから、それはもう止める事が出来なかった。
ガラガラと何かが自分の中で崩壊していく。
それは、強く固められた何か。
己をまるで硬い鎧で覆っていたものは、一度気付いてしまえば、それは簡単に崩れ始めた。
…あぁ、そうか。
そこで、ようやく気付いたのだ。
自分は、気付かないうちに何もかも押し込めていたのだと。
感情を、心を。
そして、藤丸立香という個性さえも奥底に閉じ込めてきたのだと。
だが、それが今、少しずつ顔を覗かせ始めている。
それは、やっと人間になれるという感覚に近かった。
「……っ、」
目頭が熱くなり、瞳から涙が溢れていく。
それは、暖かな涙。
彼が今まで押し込めていたものが溢れ出すように、その涙はぼろぼろと溢れて止まらない。
「…先輩…」
心配するマシュの声が聞こえる。
彼女は、情けない自分の体が倒れてしまわないようにと支えていた。
それは、出会った時から変わらない。
彼女は、いつだって、こんなにも近くで自分を支えてくれていたのに。
俺は馬鹿だ。
何故、忘れていたのだろう。
──彼女の手は、こんなにも暖かいものだったと。
「…ごめ、ん…!…マシュ…っ!」
濡れた瞳で見た世界は、今まで見ていた世界とは、まるで違っているように思えた。
──真っ直ぐな光が視界へと差し込む。
その光の先には、勿論──、
「あり…がとう、…っ、ござい、ます…。…衛宮さん…っ!」
まるで子供のように泣きじゃくる一人の少年。
その泣き顔は、ひどく幼く見える。
だが、それが本当の彼の素顔なのだろう。
今までマスターとして強がっていた少年ではなく、今度こそ本当の彼の感情ある顔だ。
赤髪の青年は優しく微笑む。
そして、やっとの思いで彼が口にした言葉に、目の前の正義な味方はその大きな手で少年の手を握りしめてくれたのだった。
「──あぁ、改めてよろしくな。立香」
Comments
- mavecenoDecember 2, 2019