追跡していた目標が裏路地に入ったのを確認。ペルソナを呼び出して強く踏み出す。
我はイナバシロウサギ。イナバシロウサギは我。
ペルソナを展開中のペルソナ使いは現実の物理法則の他にペルソナ側の『集合的無意識』としての物理法則を利用することができる。ペルソナ使いのちょっとした裏ワザだ。
集合的無意識の物理法則は一言で言えば『夢の世界の物理法則』だ。空を自由に飛ぶ。風より音より速く走る。海の中で呼吸する。どれも夢の中でできることを否定するものはいない。
だからこうして目にも留まらぬ速さで目標の頭上を跳び越してから90度垂直に音もなく着地することもできる。着地してから自分の踏み出し音が聞こえた。
あくまでも夢の中の法則で動けるだけで、これ自体に周囲への影響力はない。光速の速さで殴りつけてもその速さが威力に乗ることはないし、今のように音を超えた速度で動いてもソニックブームが発生することもない。今回はちょっとした示威行為だ。相手が理解できない強さだとわかってもらえればスムーズに話が進む。
「散歩の時間は終わりですぞ、根願寺の術者殿」
サングラスと黒スーツの帝愛スタイルの今回のボクの仕事は護衛だったりする。
レベル上げ、マッカ稼ぎの狩り場を求めて日本各地に勢力を広げ、地方の救世主とも呼ばれるガイア連合。彼らの最大の悩みはマッドサイエンティストよりたちの悪い倫理観と狂犬のようにあちこちに喧嘩を売りに行く闘争心を持ったメシア教過激派である。
まずは自分たちの足場の安全を確保しておきたい。最低でもテロってくるような奴らは水際で追い返すか監視の鈴を付けておきたい。ガイア連合内部で空港などの施設への防衛結界の施術などが検討され始めたが、ここで1つの問題が発生した。
ガイア連合は日本の経済と裏社会を牛耳る暗黒メガコーポではあるもののあくまでも民間企業団体である。発生した異界への対処などならともかく、国の重要施設に対して口だしできるような権限は持っていないのである。
無許可でコッソリ設置する案も出たが、どんな術式でも許可の有無で性能は大きく変わる。密輸時の契約書を甘く見たせいで契約式神にボコボコにされる小悪党を見てきたボクが保証しよう。本来なら余裕で倒せるレベルの式神相手でも契約違反時に処罰される許可を本人が出してる状況ではアッサリやられる。オカルトにおいて本人の許可とはそれほどに大きな影響力があるのだ。
ここにメシア教日本支部が協力を申し出たものの、メシア教が影響力を持つのはアメリカがメインであり日本政府への過干渉は別の問題が発生する。
それでもなおガイア連合が慣れない政治力を使いメシア教日本支部と共同の防衛事業を得たところに救世主が現れる。日本政府からの正式なオカルト組織にして代理人の『根願寺』からの使者である。ガイア連合はガッツポーズをした。
殴り込……積極的な話し合いに来た根願寺の使者たちをハメ……丁寧に説得し、納得して協力していただけるようにガイア連合は本気を出した。暴力で解決するような沙汰にならなかったのは幸運と言える。
許可が降りず動けない状況で溜め込んだ日本防衛計画。それ以外にも国の許可がなければ政治的に動けないようなあれやこれやの計画。それを纏めて許可してくれる代理人が現れたのだ。カモが鍋とネギを背負って訪ねてきたと言ってもいい。
許可さえ降りれば始動する計画の山。だからといって立場上「良きに計らえ」で精査せず判子を押すわけにもいかないのが根願寺である。半端にオカルト技術と立場があるからこその苦しみだ。
自分たちより遥かに進んだオカルト技術を無理矢理覚え、自分たちで使えないまでも原理や不審な点がないかをチェックする。大体のところはガイア連合にハメられた形ではあるが、それでも何とか噛み砕いて理解しようとする姿勢は個人的に評価する。相手のレベルだけ見て虎の威で馬鹿にする掲示版の未覚醒者よりは好感を持てる。
だから今回担当した根願寺の術者がトイレの窓から脱そ……気分転換の散歩に出られた際にある程度泳がせたのである。葛葉キョウジの部下というだけで超絶ブラック事業につかされた三十代前半のオッサンへの同情とも言える。だがあまり長々と出歩かれるとこの後のスケジュールが厳しくなってしまう。ここらが回収時だ。
「ただいまー。根願寺の術者殿がお帰りになられたぞー」
とても素直に散歩を終えてくださった術者殿をガイア連合の技術者に引き渡す。遅れを取り戻すために頑張っていただきたい。
「でも無理に理解しようとしなくてもいいんですよ? 資料は渡しますし問い合わせには必ず応えるので根願寺の本部に丸投げすればここまで苦労しなくて済みますよ」
「ふん。これは護国のための結界と計画なのだろう。無責任なことなどできるものか」
脱そ……散歩のおかげでメンタルが回復している。しばらくは大丈夫だろう。
無知、無力、無能と散々な根願寺ではあるがその護国精神は本物だ。色々と足りない原因も人材不足が原因なので、だいたいは戦後のメシア教による霊能力者粛清のせいである。ホントあいつら大半の問題の元凶だな。
「あら、戻られましたか。おつかれさまですイナバさん」
術者殿がドナドナされていくのを見送っていると同年代の女性から声がかかり、思わず顔をしかめる。大半の問題の元凶ことメシア教日本支部から出向してきた女性だ。
「そんな顔しなくてもいいじゃないですか。同じペルソナ使いなんだから仲良くしましょうよ。
メシア教だと他にペルソナ使いがいなくて寂しかったんですよ」
「ペルソナ使いなのはいいんですけどねぇ」
あまりにも自分の手札を明け透けに見せてきて胡散臭い。初対面で「メシア教日本支部のペルソナ使いです。『シャーロック・ホームズ』のペルソナで水撃属性吸収なのでよろしく」と自己紹介されたら誰だって逆に警戒すると思う。
「いやいや、裏も表もないので安心してくださいよ。わたしはメシア教日本支部の一般的な信者のサンプルとして出向してきたんですよ。日曜は昼まで二度寝する程度の信仰なんです。ペルソナに目覚めたときに駆け込んだのがメシア教の教会だったってだけですし。
お盆には帰省して寺で墓参りしてますしクリスマスには自宅でソシャゲのイベント周回で忙しいライト層です」
日本支部に熱心な信者なんて少数ですよと続けるシャーロックさん。日本人なんだからわりとゆるい信仰でもおかしくはないか。
それはそれとしてシャーロックさんの存在は磐戸代支部の女性陣には隠しておくべきだな。シャーロックさんの身の安全のために。
不死鳥推しネキによって丸焼きにされてしまうのはさすがに可哀そうだ。最近は女性型式神の『もこたん』による『火炎ガードキル』で火炎魔法を通すゴリ押しスタイルになってきた。この後輩、頼もしいけど怖い。
ハム子ネキについては言うまでもない。「ペルソナ使いというだけで十分だよ」とタルタロスに連れ込まれてしまう。前に同行した際にぶっ壊れた式神の姿を想うと紹介するのは酷だろう。最近はアイギス(偽)が仲間になったとはいえ現地民をブチ込んで大丈夫かと言われるとNOだ。
「イナバさんの近所にペルソナ使い専用のダンジョンがあるんでしたっけ。良いですねぇ。慣れないからかペルソナを多用すると頭が痛むんですけど、安定して挑めるダンジョンがあるならペルソナを鍛えられそうです。
わたしも近くに引っ越そうかなぁ」
ヤメロォ! 命は投げ捨てるものじゃないんだ!
ハニトラ以前の問題として必死に説得する。仮にも同年代の女性と連絡先を交換したのにカケラも嬉しくない。
ペルソナ使いの裏技の解説
『我は汝、汝は我』を軸に自分を概念存在だと言い出す詐術。概念存在の法則で動きつつ、肉体を持ってることで概念存在の縛りを抜けている。
主にテキオー灯、ゲッター飛行、(ワートリの)韋駄天の能力を使えるが、韋駄天時にスキルを使うのは特殊なセンスを必要とする。主に格下殺しの性能で格上には火力不足の技術。
なお『我は汝、汝は我』を軸にしてるので自分のシャドウを受け入れてない場合や何らかの不具合でペルソナがスライム化して出力される場合は使えない。
裏技なので習得には誰かに教えてもらうかペルソナ使用方法を試行錯誤する必要がある。