まるで嵐が過ぎた後のようにまばらになったシャドウが各々本能に従って蠢いている。布がめくれないように注意しながらその合間を縫ってカサコソと階段を目指す。通りすがりのシャドウですよー。ちょっと通りますよ。
エストマも効かないくらいレベル差のある相手なのでシャドウに気づかれた瞬間即座にタルタロスから逃げて依頼終了である。バッグに入れてある一反木綿型レンタル式神『身代わりくん』が頼りだ。
どうしてこうなったか。それは今日の昼頃まで遡る。
「イナバニキちょっといいかな?」
「タルタロスへの誘い以外ならどうぞ」
カフェで他の支部の配達クエストを漁っているとハム子ネキから声がかかった。タルタロスや戦闘関連以外では良い先輩なのだ。実はボクより年下だけど。
「アイギス制作の目処がたったって話は聞いた?」
「式神スレで書かれてたくらいなら」
「なら話が早いね。そのデータ取りもあって昨日影時間対応型式神を貸出されててね」
キミはもうタルタロス来なくていいよ。そんな話だろう。やったね。今日の昼飯はチャーシューをトッピングしても良いかもしれない。
「それが何もしてないのに壊れちゃってね」
「何やってんすかアンタ」
何もしてないのに壊れたほど信頼できない言葉はない。ハム子ネキのスマホへの式神制作班からの連絡には『修理不能』の文字。ホント何やらかしたんですか。
「耐久テストとか言って殴りかかったりはしてないですよね?」
「一緒にタルタロスに行っただけだよ。攻撃に巻き込んだりもしてないし、ペルソナ能力がない以外は一級品でシャドウの群れを単独で倒せるくらいだったよ」
だから私は無実です。そんな態度をとるハム子ネキ。でも壊したんですよね? 問うとさすがに視線を逸らす。
「代わりの式神を借りたけど次はないって怒られちゃってね」
タハハと笑うその面の厚さに戦慄する。戦闘用式神を壊すなんて事態は聞いたことがない。改めて上位陣は規格外なんだと実感する。嫌な予感がするので今回の要件は愚痴ってことでもう行っていいですか? ダメ?
「変なことしてないって証明しなきゃ貸さないって言われちゃってね。ショタオジに相談したらイナバニキに同行、観測してもらう案を出してくれてね」
「あ、すみません。急な仕事が入っちゃったんで抜けますね~」
「大丈夫! 絶対痛くしないから! 大丈夫信じて!」
「嫌だっ! そうやって騙そうとしてくるんだっ!」
やっぱり碌でもない話だったじゃないか。こんな場所にいられるかっ! ボクは帰らせてもらうぞ!
「うーん残念。せっかくジョーズマンの『竜巻』を強化できる『衝撃高揚』のスキルカード用意したのになー」
えっ、マジで!?
「依頼報酬に用意したけどいらないんなら売っちゃおうかなー。そこそこ人気のスキルカードだから売ったらすぐに買い手がついて流れるんだろうなー」
ぐ、ぬう、落ち着け。そんなエサに釣られ
「『十三日式チェーンソー』も一緒につける予定だったんだけど」
「ペルソナ使いは助け合いですよね。もちろん協力しますよ」
こんな人の欲をエサにした非道な策略によってタルタロスにやってくることになったのだ。サメには竜巻とチェーンソー。古事記にもそう書いてある。
さすがに無策で入るのではなく、シャドウ素材で織られた布とナビゲート用タブレットを借りてきてくれていた。元々ペルソナを使ったナビゲートはマヨナカテレビでも使われており、探知系スキル(今回は『警戒』スキル)を応用することで式神が持つビーコンの周囲を観測できることはすでに実験されている。『イナバシロウサギ』では3階ほどで圏外になるので実用的ではないと見送られていた。やってみて原作の風花のナビ能力のおかしさを実感した。何でエントランスから200階以上の高層へクリアに映像が届くのか。
シャドウ素材の布を被ってシャドウに擬態すれば襲われないことも確認済だ。ただし少しでも殺気を出したりペルソナを使ったり声を出したり他のシャドウにぶつかれば即座にバレる。普段はシャドウが多すぎてマトモに動けないので誰かが殲滅してから湧き直すまでの時間しか使えない手だ。
よって今回の作戦はこうだ。
1.ハム子ネキとデータ取り用式神が先行して暴れる
2.階段をのぼった辺りでボクがシャドウ素材の布を被ってスニーキング。階段前の比較的安全な地帯でタブレットを使用。ハム子ネキと式神を観測する
3.通信はできないので各々の判断で帰還
4.万が一敵とぶつかった場合は『身代わりくん』を盾に『トラフーリ』からの『トラエスト』で脱出
5.入って即帰還の場合は報酬もなし。ちっ
いつでも階段に行ける位置についたのでタブレットに目を向ける。相変わらず無双ゲームのようなシャドウの襲撃とそれに対処するハム子ネキとそれに肩を並べて戦う式神。想像していたよりも式神の能力は高く、ハム子ネキも上手い連携をとれないまでも式神を攻撃に巻き込むような真似はしていない。今のところ順調だろう。
一度壊したこともあってか式神を意識しながらの動きだったハム子ネキが慣れてきて式神に背中を任せ始めた。ここで遠くから鎖の音が聞こえてきたので階段をのぼる。
次のフロアではシャドウが大分復活しており、階段まで行けそうにない。先に進むことは諦め、シャドウが寄りつきにくい高台に登り可能な限り観測してから帰還することに決める。
シャドウ相手に無双する1人と1機。変わらぬ暴れっぷりのハム子ネキに対して式神の動きが精彩を欠きはじめ、細かい被弾と無視できるレベルの連携ミスが増えてきた辺りで圏外となる。
『トラエスト』
エントランスをぐるぐると歩き回って時間を潰す。動物園において無限の暇を潰し続ける動物たちから学んだ由緒正しき時間潰しである。ついでにペルソナ3でベルベットルームや隠しダンジョンの入口のあった場所を探ってみるも何も見つからない。ボクがワイルドじゃないからか。影時間も終わる時間にようやくハム子ネキが帰ってきた。
「おかしい。なんにもしてないのに壊れちゃった」
「しってた」
後日今回の件の動画と私見をレポートにして提出するとショタオジに呼ばれたので応じる。本人ではなく分身式神だ。
「やあイナバニキ。昨日貰ったレポートでちょっと聞きたいことがあってね」
レポートは要約すると「マトモに作るとハム子ネキの継戦能力についていけないのでまずは銃撃による援護をメインにすべし。テスト用よりレベルを低くしてもいいのでまずは生存。相手の攻撃を誘い込む戦法を活用するので主をかばおうとする式神のロボット三原則は緩めないと連携が厳しい。あとは容姿に全力でかかるべし」「精神を汚染するシャドウの攻撃と生まれたての式神のコアとの相性悪し。破壊直後にリカーム使わないと手遅れになる可能性高い。戦闘に出す前にコミュや汎用スキルカードで魂を馴染ませればワンチャンあるかも」である。
「うん、タブレットで録画したデータを解析した式神制作班もだいたい同じ見解になったよ。容姿の部分以外ね。あれなんだい?」
「ああ、あれはハム子ネキの嗜好からの意見ですね。こう、美少女相手の方が『守護らねば』となるタイプですよね」
彼女にとっての庇護対象として成長していかなければ過酷なタルタロスでは長続きしないだろう。『頑丈で放置しても戦える式神』ではなく『美少女後輩式神アイギス(偽)』として認識されれば生存の目が大きくなる。生存して経験値を蓄積すればやがて対等な相棒に進化することもできるだろう。
「もうひとつ聞いておきたいんだけど、ハムネキへの謀殺とか考えてないんだよね?」
? 言われたことがわからず戸惑っているとショタオジが解説してくれた。
「相棒となる式神を性能ではなく見た目を重視させ、戦闘をツートップからワントップに変更。主をかばう基本設定をイジる。戦場の不幸を誘発させる下準備かな。
ついでに昔タルタロスに騙されて連れて行かれた動機までついてる」
「違うんです刑事さん。あの子が、あの子が悪いんです」
「よし話は署で聞こう」
茶番が終わるとショタオジがただの紙にもどる。単に刑事ごっこしたかっただけかな。覚醒修行経験者には反発されるかザツに扱われるかなのでたまには普通の反応が欲しいらしい。
後日「アイギス(偽)の護衛付きのタルタロスが君を待ってるよ」というスパムが飛んできた。
「行けたら行くわ」とだけ返しておいた。