正義の味方がカルデアに来た話 4
続きました。
平行世界の20代の衛宮士郎とエミヤがカルデアに来た話。または、藤丸君の成長物語…なのかな?
今回は藤丸とマシュ、ガウェイン、ロビンフッド、カーミラがレイシフト先の特異点で、アンリマユ、セイバーオルタ、バーサーカーオルタ、アーチャーオルタと遭遇したところまでです。次から戦闘開始ですね…。多分。
特異点に関しては適当です。こんな特異点があったらなぁ〜くらいのノリです。Fate初心者が書いたので間違えているかもしれません。
前回の話も沢山の評価ありがとうございます。自己満足の話を読んで下さるだけで嬉しいです!
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瞳を開ける。
視界に映るのは、真っ暗な世界。
果たして、自分が今前を向いているのかも分からない程にそれはぼんやりと闇を映し出す。
あぁ、見慣れた光景だと諦めたような感情がこの冷めた心に僅かに湧き上がる。
瞳は映す。
その闇の先に、か細く頼りない光が差し込む光景を。
その光の先にはきっと楽園とも言える日常があるのだろう。いや、それはあるに違いない。
なぜなら、ついこの間まで自分はその楽園とやらにいたのだから。
だが、それはもう叶わない。
まだ身体としての機能を保っている己を動かそうと試みるが、四肢に繋がれた鎖がその場を動く事を許さない。
「____」
苦しみの吐息が漏れる。
その息は真っ白に浮き上がっては儚く消えてしまった。
あぁ。あぁ。
もう人間には戻れないのだと改めて実感させられる。
「_____、」
涙はもう枯れた。
声も失った。
自分が誰であったのかも、もう忘れた。
ただ己に残るのは、この闇だけ。
冷めた心に一つの感情がしっかりと刻み込まれていくのが嫌でも分かってしまう。
そう。これは静かに燃えるような復讐心。
それだけが、今の自分を形作る。
__徐々に弱まる心の臓の音を聞きながら、その少年は一人静かに瞳を閉じた。
*
「本当に有難いことです。我々の祈りが神に届いたのでしょう」
「さぁさぁ、遠慮なさらず食べて下さい。神の使い様達には口に合わないかもしれませんが、どうか我々の感謝の証だと思って」
「い、いえ。ですから、俺達は神の使いなどではなく…」
「そんなことはありません!私達は見ていました!貴方達の奇跡の姿を!」
「だから、それは奇跡とかじゃなくて…」
「…あー、マスター。もう諦めて素直に施しを受けた方がいいみたいですよ」
先程から何度このやり取りを行ったのだろうか。
自分達に向けられる多数の輝かしい眼差しと敬意。それを真正面から向けられ、今、藤丸は物凄く戸惑っていた。
そんな彼の隣にはロビンフッドが何食わぬ顔でしれっと佇んでは先程の発言だ。彼は真面目に受け答えをする事を早々に諦め、今の状況を受け入れることにしたらしい。
…いや、そうは言っても誤解は解いておくべきだと思うんだよね、俺は。ていうか、ロビン適応力高くない?
そして、先程から一人戸惑う藤丸の話を一切聞かずに全力の好意でご馳走を運んで来るのは、藤丸の頭を悩ませる原因…ここの村人達だ。彼らは引き続き瞳を輝かせながら藤丸やその英霊達へと感謝の意を表す。
ふと、視線をずらせばカーミラが村人達から果物などを押し付けられて…いや、捧げられている姿が見えた。彼女はまだマスターの指示が出ていない以上、受け取る事は憚られたのか、また拒否する事も気が引けたのか、ぶっきらぼうに"そこに置いて"など、一応感謝の意を汲んでいる様子が伺えた。
「うーん、困ったなぁ…」
慣れない手厚い待遇に藤丸は苦笑いを溢す。
そんな藤丸の心境も知らない村人達は、藤丸達を神の使いの者という神々しい名で崇め続けていた。
何故、彼らがこんな状態にいるのかと言うと、事の発端はこうだ。
あれから藤丸達は、二つ目の村を訪れていた。
最初に訪れた村より少しは栄えているように見えたこの場所に、負傷して眠っている少年と共に足を踏み入れた藤丸達は、運悪く再びゴーレムの群れに遭遇してしまったのだ。だが、流石に二回目ということもあり藤丸達の対応は早かった。村を襲おうとするゴーレムをあっという間に退治した藤丸達。おかげで村の被害はほとんど無かった。そして、その光景を見ていた村人達は、彼らを悪魔の使いを退治した神の使いなどと崇め、あれよあれよと彼らを村に招き入れては、今に至る訳だ。
「マスター、ここは彼らの好意を素直に受け取ってはいかがでしょうか?我々も活動拠点は必要ですし、この負傷した少年も休ませる場所が必要でしょう」
ロビンフッドとは反対側に佇むガウェインが隣で小さく囁く。
彼の意見は最もで、藤丸も出来ればそうしたいのだが、村人達が抱いている誤解を解く為には一体どれほどの労力を費やさなければならないのかと頭を悩ませる。
ふと、視線を落とせばガウェインの腕の中には助けた少年が静かに眠っていた。あどけなさを残したその寝顔はひどく疲れているように見える。
「……」
そこには、泣き腫らした目。まだ幼い身体には痛々しい傷。そして、身体のあちこちには返り血であろう乾いた血が付着していた。
その姿を見る度に胸が痛んで仕方がない。
…ごめんね。
藤丸は心の中で小さく謝る。
まだ多くの人を助けたかった。
全ての人に救いの手を差し伸べたかった。
だが、結果はこれだ。
たった一人の少年を助けるのがやっと。
それが今の自分の実力であり、未熟な部分なのだろう。
今度こそは…
藤丸はその瞳の奥に新たな誓いを立てる。
だがそれは、善にも悪にも変わりそうな危なげなモノだということに彼は気付かない。
「……」
けれど、そんな彼の状況に少しずつ気付き始めた者がいた。
ロビンフッドの隣に座り、少し遠くから藤丸を見つめる彼女。
マシュは、彼の危うさ…それが何かは分からないけれども彼に潜む違和感を確かにあのゴーレムの襲撃時に感じ取ったのだ。
彼女は視線を逸らし、思考を巡らせる。
…いえ、今は先輩に疑問を投げかけている場合じゃありません。私自身もこの違和感が何なのか理解していないのだから。今、私達がやるべき事はこの特異点を解決すること。それが最優先です。
気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸をしたマシュ。
何があってもこの先、先輩を守り通すのが自分の役割なのだ。先ずはそちらに集中しなければ。
そう言い聞かせ、彼女は瞳の奥に新たな誓いを静かに立てた。
「マスター、いかがしますか?」
一通りご馳走を一方的に振る舞った後、床に深々と手をついては頭を下げる村人達。まるで神を崇めるその光景に藤丸は思わず目眩がする。再び尋ねたガウェインに藤丸は溜息を零して答えた。
「…そうだね。神の使いなんてのは追々訂正させるとして、今はこの村にお世話になろうか」
*
それから、村人達の神の使いなどという興奮が落ち着いたのは約一時間後のことだった。
「そうでしたか…。我々が早合点したようで貴方達に迷惑をかけたようだ。申し訳なかった」
「いえ、迷惑をかけているのは俺達の方です。結局、この村にお世話になることになってしまったんですから」
藤丸は申し訳ないように目の前に座る、この村の長へと口を開いた。
あれから、自分達に向けられた神の使いとやらの誤解を解くのに苦労したが、どうやら彼らはやっと理解したらしい。そして、自分達の素性は正直に明かす事は出来ない為、なんとなくぼやかした表現で放浪者とでも言っておくことにしたのだ。
村長だと言う老人は、その口元に伸ばされた髭に触れながら穏やかな口調で藤丸と彼の背後に立つ英霊達へ話し始めた。
「…ふむ。ですが、神の使いではなくとも、我々をあの悪の使いから守ってくれた事には変わりない。ここ最近、潰された村は数え切れない程だと聞きます。あのような恐ろしい悪の使いが次々と村を襲うこの状況に、寧ろ貴方達は有り難い存在だ。…認めたくはありませんが、我々が信仰する祈りだけでは、その悪を抑えきれないのでしょう。そんな時に現れた貴方達は、我々の救いの手だ。必要なだけこの場所で休んで下さい」
…やっぱり、あのゴーレムらは他の村も襲ってたのか。
村長の話に耳を傾けながら藤丸は思う。
どうやらこの特異点では、あのゴーレムをなんとかしなければならないらしい。
「それと、その…別の村の少年とやらも我々が面倒をみましょう」
「本当ですか?そう言ってもらえると助かります!」
村長の言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす藤丸。少年の居場所が確保出来た事に思わず安堵してしまう。
実はそれが一番の気掛かりだった。自分達ならこの先どうにでもなるが、ただの少年である彼の行く先が心配だったのだ。
「では、この子は早速別の場所へ移しましょう。酷く疲れているようですし。貴方達には別の場所に案内します。確か今は使っていない家があった筈だ」
優しい瞳で村人へと指示を出す村長。
その光景を見て、とりあえずは休息が取れる事に気持ちが緩くなる。
良かった。とりあえずは安心だ。
「…マスター、ちょっと良いかしら?」
そんな時。
安心しきっていた藤丸の隣にカーミラは突然小さな声で話しかけてきた。
彼女が自ら自分に話しかけてくるという事は、何か思うことがあるのだろう。彼女は意味も無く世間話をするようなタイプではない。
「どうしたの?」
素直な瞳で彼女を見つめれば、何故か厳しい表情でこちらを見ている。その表情には呆れも含まれているのは気のせいだろうか。
「気を付けなさい、マスター。すぐに他人を信用してはいけない。それがただの村人であってもね」
「…え?」
思わず目を丸くする。
「どうにも私はこの村人達が胡散臭くて仕方ないわ」
腕を組んで冷めた声色でそう口にすると、彼女は念押しするように今度は細めた瞳を向けて藤丸を見つめた。
「人の善意というものにあまり期待しない方が良いってことよ」
それだけを一言残し、彼女はその場を離れて行った。
*
その夜は風も無く、酷く静かだった。
闇で覆われた空には青白く光る大きな白い月が浮かんでいる。
藤丸達は村人から一つの空き家を案内され、あの少年は別の場所へと移された。
村の外にはゴーレムの襲撃に備え、ロビンフッドが見張りをしながら待機している。
そして、村人達が寝静まった頃、藤丸は少年の元へ訪れていた。
少年は簡素な敷物の上に寝かされている状態だった。敷物と言っても大したものでは無く、ほぼ床に寝かされていると言っても良いだろう。だが、この時代にベッドなんて物はない。床に何か敷いているというだけで少しはマシだというものだ。
「…お兄ちゃんが、助けてくれたの…?」
そして、今は少年は目覚めている。
酷く疲れた表情だが、意識はしっかりとしているようだ。
「大丈夫?痛むとこは無い?」
なるべく不安を無くそうと優しい声で声をかける藤丸。そんな彼をじっと見つめた少年は初めて笑顔を見せた。
「まだちょっと痛いけど大丈夫。…助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」
「…っ、」
小さく笑ったその顔に不意に胸が締め付けられる。それは、確かに感じる罪悪感。
違うよ。助けられてなんかない。
君の母親も他の村人も、全て助けられなかった。
俺は、あの地獄を救えはしなかったんだ。
今にも溢れそうな何かをグッと飲み込んで、藤丸は少年の頭を撫でた。
「…今はゆっくり休んで。また明日来るから」
優しく触れる体温に、少年は安心したのか再びその瞼を少しずつ閉じていく。
そして、数分後には規則正しい寝息が聞こえてきた。
「…おやすみ」
どうか、その夢が優しいものでありますように。
藤丸は少年の寝顔を見届けた後、静かにその部屋を後にした。
*
「…なるほど。君達の情報からすると、この特異点は三世紀頃の時代らしい。場所は…っと、古代ペルシア辺りか」
空き家へと移動した藤丸は休む暇も無くカルデアへ状況報告と情報提供を行なっていた。
モニターに映し出されたDr.ロマンは、藤丸達が村人から聞き出した情報などから特異点の大まかな場所と時代を冷静に特定していく。
「これだけの情報で分かるの?ドクター」
やや驚いた表情の藤丸にDr.ロマンは笑って答えた。
「いや、流石に抽象的な情報からだと推測するのは難しいけど、君達の情報の中で特徴的なものがあったから簡単だったよ」
「それって、拝火教ってやつ?」
「そう。別名、ゾロアスター教。それは、余りにも有名な宗教の一つさ」
資料を手にしながらDr.ロマンはそれをモニターへと映し出す。それを見たマシュは思い出したように口を開いた。
「聞いたことがあります。なんでもその宗教は、一神教では古来最古の宗教で、国から公式に国教だと定められる程、人々に浸透していたそうです。そして、拝火教と呼ばれるのは彼らが火をとても敬っていたからだと聞いています」
彼女の言葉に藤丸はぼんやりと思い出す。
確かに言われてみれば、村には火が灯され厳重に扱っていたような気がする。
「まぁ、大体はそうなんだけど、正確に言えば彼らは火を神として崇めていたんじゃない。ゾロアスター教の善の神、アフラ・マズダーを崇め、その光の象徴である純粋な火を崇めていただけさ」
マシュの言葉に少しだけ訂正するDr.ロマン。
そして、その彼の説明に追加するようにモニター越しに映るアーチャーが言葉を続けた。
「ちなみに、ゾロアスター教とは善の神と悪の神、二つの神の存在を定義している。つまり、この世は善の神と悪の神で成り立っているという事だ。信仰者はそれを純粋に受け入れ、信じ、祈りを捧げている。…まぁ、ただ祈るという訳ではなく、それなりに儀式がいるようだが」
腕を組んで最後には儀式という言葉に渋い顔をしたアーチャー。彼もこの宗教について知識があるのかスラスラと情報を口にしていく。
「とにかく、今君達がいる特異点ではゴーレムが次々と村を襲っているという状況だ。その行為に目的があるのか無いのか、それを操る存在がいるのか、そして聖杯は存在するのか…。うん、まだ確認する事は山積みだね」
はぁ…、と盛大に溜息を零したDr.ロマンは視線を一旦下に向けた後、すぐにモニター正面へと向き直った。
その顔は、意外なことに暗いものではなく、寧ろ穏やかなものだった。
「まぁ、でも藤丸君達なら大丈夫だ。僕は君達を信じているからね」
さっぱりとした笑顔でいつものように彼は笑う。それは、せめてこの不安な状況に気持ちだけでも楽にしたいという彼なりの気遣いなのだろう。
「ありがとう、ドクター」
「じゃあ、今はゆっくり休んで体力温存しなきゃね!」
そう言って、お互いに通信を切ろうとした。
その矢先。
「た、助けて…!!」
静かな夜に、子供の緊迫した声が響いた。
「…っ⁉︎」
一瞬にしてその場にいた藤丸達に緊張が走る。
ゴーレムの襲撃だろうか。だが、見張りをしているロビンフッドからの知らせはない。それならば、村への敵襲ではないのか。
それに、この子供の声。
この幼い声なんて自分は一人しか知らない。
…嫌な予感がする。
藤丸はすぐさま声がする方へと体を走らせた。
「マスター‼︎」
それに続くように、マシュやガウェイン、カーミラが後に続く。
その声の場所へと辿り着くのは容易だった。なにせ、数分前に自分はそこに居たのだから。
「…っ‼︎」
藤丸は少年がいた場所へと駆け込み、その先を見据えた。
視線の先には村人であろう体格の良い男一人と村長が暗がりの部屋の中に静かに佇んでいる。
そして、よく見れば男が掴んでいるその手の先には、今にも折れそうな幼い腕。
あの少年が苦痛な表情で男に捕まっていたのだ。
「…な、にしてるんだ…‼︎」
その場を理解するよりも、怒りの感情の方が先に叫ぶ。
「…おや、貴方達。まだ休まれてはいなかったのですか」
だが、その怒りを受けても村長は平然とした態度で言葉を返した。その態度に更に怒りが静かに湧き上がる。
「何をしてるかって聞いてるんだ‼︎今すぐその子を離せ‼︎」
それは、珍しいくらいの怒号。その藤丸の声に、彼の側に立つマシュ達も驚いた表情だ。
「…おにい、…ちゃん…!」
助けて、とその涙に濡れた幼い瞳が訴える。
「何を怒っているのですか?今から我々はこの村を守る為に悪魔祓いをするだけです」
「…悪魔祓い?」
怪訝な表情でマシュが小さく呟いた。
初めて聞く不穏な言葉にガウェインとカーミラも警戒心を抱く。
そんな彼らの反応に村長は何食わぬ顔で淡々と言葉を紡いだ。それは、確かにこの時代に生きる人間の言葉だった。
「そうです。悪魔の使いが人間の村を襲うというこの嘆かわしい世界。その元凶は全て悪の神なのです。それを祓うには、我々が信仰するゾロアスター教の光の神である、アフラ・マズダーしかありません。故に我々はアフラ・マズダーに祈りを捧げ、生贄へと悪魔祓いを行います。それを行うことで、この世の全ての悪を祓うことが出来るのです」
その言葉に、村長の側にいた男は無言で再び少年の腕を掴んだその手に力を込める。
その様子を横目に村長は再び口を開いた。
「祈りの準備は整っています。純粋なる火を灯し我々はアフラ・マズダーへと祈りを捧げるだけ。あとは、悪魔祓いの儀式だけです。それには彼が必要なのです。…聞けば、元々住んでいた村も悪魔使いによって潰されたと言うではないですか。それなら、そんな不幸を呼び寄せたこの少年に悪魔が取り憑いていると言っていい」
__だから、この少年を生贄にするのだと。
何も疑問を持たない、それを信じて疑わない村長の瞳が藤丸達を真っ直ぐに見つめた。
「な___」
愕然とする。
何も動かない頭の中で、なぜかカーミラがあの時言い放った言葉がふと頭を過る。
『人の善意というものにあまり期待しない方が良いってことよ』
「…ふ、」
ふざけるな、と叫びたい気分だった。
そんな無茶苦茶な思想があってたまるか。
何も関係のない人間を何故生贄にする必要があるのか。
__だが、
目の前には村人や村長の心底不思議そうな顔と、彼らの行為が正しいのだという信じて疑わない瞳。
誠実なまでに真っ直ぐにそれは向けられていた。
「…っ、」
そうだ。これがこの時代の当たり前なのだ。
この時代に生きる彼らは、これが正しいものだと思っている。
「痛い…」
弱々しい少年の声が耳に届く。
藤丸はその拳を強く握りしめた。
「…だからといって!その子を傷付けるなんて間違ってる!生贄なんてものは要らない!アンタ達は間違ってる!!」
「貴様…!我々の信仰を侮辱する気か…!」
村人の男が鋭い瞳で睨みつけた。それと同時に握っていた手に力を込める。やはり、少年を離す気はないのだろう。
「マシュ!ガウェイン!カーミラ!」
だが、そんな睨みを無視して藤丸は更に大きな声で断言する。
あぁ、そうだ。
目の前に涙を流す誰かがいるなら、ごちゃごちゃ考えるなんて無駄だ。俺はマスターに選ばれた時から決めていたじゃないか。
「その子を助けて!」
__俺は"全て"を助けたいんだ。
強い瞳が先を捉える。
彼の英霊も頷き、マスターの合図にその足をゆっくりと進めていく。
「…っ⁉︎」
勿論、ただの人間相手に手加減はするつもりの英霊達だが、彼らの威圧感に思わず後退りする男。
僅かに緊迫した空気が流れた。
「マスター!敵襲だ!」
だが、その沈黙した空気はロビンフッドの声で破られたのだった。
「今回はゴーレムじゃないみたいですよ。…強い魔力をいくつか感じる。とにかく、マスター急いでくれ」
この場に居ない彼の声は、飄々としながらもどこか切迫しているような声だ。それほど、相手側の魔力は侮れないということだろうか。
突然の村の襲撃を警告する声に、村長と男も身の危険を感じたのか今は少年の事は目に入っていない。藤丸はそれを確認すると、急いで外へ走り出した。
外はまだ夜。
闇夜が広がる世界。村人達は静かに眠っている時間だ。
ロビンフッドがいち早く気付いたおかげで、幸いにもまだ敵らしい存在は到着していない。
「村長!村人達を避難させてくれ!俺達はここで敵を返り討つ!」
背後に立つ村長と男に藤丸は叫ぶ。
彼らも村の襲撃と聞き、思わず藤丸達と共に外へと顔を出していたのだ。
その声に半ば呆然としていた彼らは、ハッとした表情になり己のやるべき事を思い出したように動き出そうとする。
「マスター、悪いが敵の場所までは特定出来ない。だから、くれぐれも油断しないで下さいよ」
スッと音もなく藤丸の横に現れたロビンフッドは、警戒心を周囲へと向けながら話す。
「あぁ、わかって__」
「それは難しいんじゃないかなー?」
それは突然だった。
「…っ⁉︎」
不意に藤丸の背後から聞こえてくる知らない声。
「ふーん?アンタ達が外部からの邪魔者ねぇ。なるほど、やっぱり他の英霊だった訳か」
「マスター…‼︎」
誰もが不意打ちだったのだろう。
皆が表情を強張らせては、一瞬その場を動けないでいた。だが、藤丸の側にいたマシュはその声の主から感じる恐怖から己のマスターを守る為に素早く藤丸の背後に立ち、その盾を構えた。
「お前は一体…!」
ガウェインやカーミラ、ロビンフッドは更に警戒した表情で藤丸やマシュの前に立ち、その先に見える人物へと問いかける。
「うわ〜、恐い恐い!そんなに警戒しなくても良いじゃん!」
この場を楽しんでいるかのような声は、堂々と藤丸達の真正面に佇み、馬鹿にしたように笑っている。その姿に藤丸は苛立ちを覚えると共に、恐怖を抱いてしまう。その証拠に、先程から自分でも分からない震えが止まらないのだ。
「大丈夫、俺達の目的はアンタ達じゃない。アンタらが何もしなければ俺も何もしないさ」
ニヤリ、と弧を描く口元。
そう口にしたのは藤丸と年齢が近いであろう外見をした少年だった。だが、それは誰が見てもただの人間ではない。彼の褐色の肌に無数に刻まれた刺青。黒髪と肌に巻かれた赤い布が小さく揺れて、不穏な空気を纏っている。
「………」
藤丸はその姿に戸惑ってしまう。
初めて見た黒髪の少年。それは、明らかに異質で恐怖を抱くのは勿論のこと、それと同じように藤丸自身も分からない親近感にも似たような感情が何故か彼の中に芽生えたのだ。
そんな彼らを他所に、黒髪の少年はくるりと藤丸達へ背を向けて呆然としている村長と村人の男、そしてその場に座り込んでいる少年を交互に見ては何かを察したように意味深に笑う。
「なるほど〜、またアンタ達は生贄なんてくだらないモノを作ろうとした訳か。相変わらず身勝手な奴等だ。ほら、そこの少年も怯えているじゃないか。可哀想に。助けてやらないとな」
「え…?」
予想もしなかった言葉に藤丸達はまるで理解が追いつかない。何だ、この少年は。何を考えている。
「お前は…何故…その刺青を…。何故だ…っ⁉︎その"呪いの刺青"を…っ!」
だが、村長と男の表情は異常な程までに恐怖に怯えていた。彼らは黒髪の少年を知っているのかは分からないが、彼に刻まれた刺青を凝視しながら、まるで死人を見るような顔をしている。
「…何故って?それはお前らが一番分かってるんじゃねーの?」
彼らの言葉に黒髪の少年から笑みが消える。
そして、次の瞬間。
その場から少年が消えたかと思えば、夜空へと紅い液が噴き出していた。
「え…」
それが血飛沫だと理解するまで数秒。
藤丸やその場にいた英霊達は余りの素早さに一歩も動けず、ただ地面へと崩れていく二つの身体を見つめていた。
バタバタと重力のまま足元に落ちる肉の塊。その周りは大量の鮮血で覆われていく。
「ほら、お前を苦しめていた奴等は死んだぞ」
そして、彼は何事も無かったかのように、先程人を殺したとは思えない声で地面へと座り込んでいる少年へと向き直った。
「え…、あ…」
人が切断された光景と目の前に立つ殺人者。その全てを見た少年は全身を震わせ、目を見開くことしか出来ない。
「生贄なんて地獄だぞ?だけどな、俺が来たからもう大丈夫だ。お前は生贄なんてならない」
だって__、
少年が口を開く。
その時、藤丸はその言葉の続きを理解してしまった。
「ロビン!!」
藤丸は叫ぶ。
それに反応したロビンフッドは素早く黒髪の少年へと矢を放つ。
だが、その矢は何処からか放たれた銃弾によって弾かれてしまった。
「何…っ⁉︎」
黒髪の少年は先程人を殺したその片手を上げて、座り込む少年へと慈悲にも似た表情で今にもその手を振り下ろそうとしている。
駄目だ。駄目だ。駄目だ!
この距離じゃ走っても間に合わない!
このままじゃ___
藤丸は思わず手を伸ばす。
やめろ。殺さないでくれ。殺すな。
これ以上、誰かが死ぬのは__
「やめろぉぉおおお!!!」
その叫びと金属音が鳴り響くのは同時だった。
「…っ⁉︎」
片手を何かに弾かれた黒髪の少年は僅かに苦痛な表情を浮かべ、その場から一瞬にして後退する。
そして、その数秒後、無数の弓矢が容赦なく次々と黒髪の少年へ向けて放たれていく光景を目にする。そう。あの弓矢が先程、黒髪の少年の手を弾いたのだ。
「マジかよ…っ!」
悪態をつきながらも、黒髪の少年は俊敏な動きで身体を宙で回転し、軽やかな身のこなしで確実に己へと目掛けてくる弓矢を回避していく。
そして、大きく距離をとった後、その弓矢が飛んできた方向へと直ぐに視線を向けた。
その視線の先には弓を射る姿勢をした一人の男。
その男は赤い外套をなびかせ、白髪の下に見える瞳を真っ直ぐとその闇に潜む少年を見据えていた。
「…悪い。見学するつもりだったけど、やっぱりそれはどうしても俺には無理だったみたいだ」
赤い外套を纏う彼の背後から聞こえたのは、あの男の声。
「…まさか…」
藤丸の呆けた声が静まる空気に響く。
「遅くなって悪いな。大丈夫か?」
そう言って優しく笑う彼は、あの時、初めて出会った時と同じ笑みを浮かべていた。
それは、藤丸にとって忘れもしない光景。
藤丸の世界に正義の味方が降り立った瞬間だったのだから。
「…衛宮さん…」
__そう。
アーチャーと共に現れたのは衛宮士郎だった。
「大丈夫かい⁉︎藤丸君⁉︎」
「ドクター…」
ふと、モニターが藤丸達の側に現れる。
そこには心配したDr.ロマンが映し出されていた。
「君達の様子を見ていたんだけど、流石に状況が変わってしまったからね。だから、衛宮君達の希望もあって、彼等もレイシフトさせる事にしたんだ。どうやら無事に移動出来たみたいだね」
「ありがとう、ドクター。助かったよ」
藤丸は感謝を述べる。
だが、まだこの場が安全になった訳ではない。
直ぐに目の前の光景に視線を戻す。
「…オイオイ、また邪魔者が増えたのかよ」
黒髪の少年が面倒だという表情で士郎達を睨み付ける。それを真っ直ぐに受け止めた士郎は、静かに口を開いた。
「アーチャー、分かってるとは思うけどアイツ以外にもまだ英霊が潜んでいるみたいだ。気を付けてくれ」
「衛宮士郎、その台詞は貴様に向けられるべきものだと思うのだが?」
「はいはい…」
短い会話の後、二人は並んで立つ。
マスターが英霊の背後に立つのではなく、英霊もマスターを庇うように前に立つのではなく。
それは、まるでお互いに対等だと言うかのように二人は当たり前のようにその肩を並べては、前を見据えている。
その姿に藤丸は目を奪われてしまう。
「…アハハハハ!!良いねぇ!良いよ!お前ら!邪魔者歓迎するぜ?俺もただの人間を殺すだけじゃ物足りないって思ってたところだったんだ!」
すると、黒髪の少年はゆらりと体勢を整えた後、この状況に対し酷く楽しそうに笑い始めた。
「…あーあ。本当はお前らが何もしなきゃ、俺も快く見逃すつもりだったのに。…なぁ、そこの赤髪。お前、判断を間違えたな。お前らは今、此処でくたばれ」
その瞳は闇の中から鋭く睨みつけていた。
士郎と黒髪の少年の視線が交わる。
「いや、俺は間違えてはいない」
だが目の先にある闇の瞳を逸らすこともなく、彼はその言葉をはっきりと口にする。その言葉に一片の迷いは無い。
衛宮士郎の瞳が変わる。
それは、マスターであると同時に一人の魔術師として。
そして、信念を貫こうとする青年の姿だった。
__今、確かにこの場所に"正義の味方"が立っている。
その瞳に彼の姿を焼き付けながら、藤丸は不意にそう思ってしまった。
「なんだ、その目。気に食わねーな」
明らかに不満気な顔をした黒髪の少年は、徐ろに片手を上げて合図のような仕草を見せる。
「もういい。さっさと終わらせよーぜ。セイバー!バーサーカー!アーチャー!」
「…⁉︎」
彼の声を聞いた後、瞬く間に現れた三人の英霊。
彼等は黒い装飾を身に付け、黒髪の少年の背後に佇んでいる。その表情は無表情だ。今から行われようとしている事に何も思わないのだろう。彼等は、少年に従うようにただその冷たい瞳をこちらに向けている。
「…オルタ…」
そんな英霊の姿を見た藤丸が呟く。
そう、彼は新たに現れた三人の英霊のうち、二人見覚えがあったのだ。
「…アルトリア・ペンドラゴン オルタ。それに、クー・フーリン オルタ…」
藤丸と同様の反応を見せたマシュが小さくその名を告げる。
「…我が王…」
ガウェインもその見覚えのある姿を見つめていた。
「……」
だが、そんな彼等は無反応だ。
藤丸達の事は覚えていないのか、それとも今から死にゆく存在に興味は無いとでもいうのか。ただ、彼等はその冷めた瞳を向けているだけだ。
「…セイバー…、ランサー…?」
そして、彼等の姿に驚いたのは藤丸達だけではなかった。
「…アーチャー…?」
「…え⁉︎」
衛宮士郎もその表情を僅かに崩し、彼等を見つめていた。
彼は黒化した三人の英霊へ呟く。その言葉に藤丸は驚いた。…それに今、三人目の英霊について彼は何と言ったのか。
「……」
その士郎の隣には赤いアーチャーが無言で佇んでいる。
「ふぅん?お前ら、コイツらに見覚えあるんだ?だったら尚更、面白いじゃん」
酷く楽しそうに笑う黒髪の少年は、まるで悪戯を企むような笑みを浮かべていた。
「じゃあ、真名を隠す必要もねーな。コイツらの真名はお前らが想像してる通りだ。そして…」
闇の瞳が嗤う。
「俺はアヴェンジャーだ。…真名はアンリマユ」
そう名乗った少年。
その瞬間、言葉に表せない恐怖と不安が藤丸達を押し寄せる。
「…っ⁉︎」
な、なんだ。この威圧感は…
「…アンリマユ…」
すると、士郎の隣にいたアーチャーが静かに口を開いた。
「それは、とある神の名だ」
「え…⁉︎」
彼の言葉に藤丸は思わず視線を向けた。
「カルデアのマスター、君も先程聞いただろう。ゾロアスター教が定義する二つの神について」
「…!」
ハッとする藤丸を確認した後、アーチャーは再び言葉を続けた。
「ゾロアスター教…。それは二人の神によって世界は成り立つとしている。一人は、信仰者が敬う善の神、アフラ・マズダー。そして、もう一人の神は悪の神としてその名が知られている」
「…それが…アンリマユか」
士郎が堅い表情で呟く。
「そう。それがこの俺、アンリマユだ。つまり…"この世の全ての悪"ってわけ」
にっこり、と少年らしい笑顔を見せる彼。
そんな彼の頭上には闇夜に浮かぶ白い月。
背後には黒い三人の英霊が静かに佇んでいる。
__そして、この世の全ての悪は高らかに告げたのだった。
「さぁ、始めようか。楽しい殺し合いを!」