───私にはお兄ちゃんがいる。
とっても優しくて、お料理が上手で。弓も上手にで!
───でも、時々腹が立つくらいに鈍くていやになっちゃうくらいの時もあるけれど。
そんなお兄ちゃんを。
本当は秘密の秘密で誰にも言わずに内緒にしてるんだけど。
いつか、ちゃんと言えたらいいな。
お兄ちゃんが好きなんだって──。
「……ふぁ……?」
ふにゃ、とイリヤはとろんとした瞳をこすりあくびをしながらゆっくりと起き上がる。
どうやら自分は眠っていたようなのは分かるが、ここはどこだろう……?
寝起きの頭がぼんやりして働かない。ルビーが聴いたなら“イリヤさんが頭が働かないで肝心なとこでやらかすのはいつもの事じゃありませんか~(笑)”とか言われそうで、自分で考えておきながら的を得たような感じに内心もやっとしながらも誰かいないかもう一度呼び掛ける。
「………セラぁ~。リズ~?どこぉ~?」
いつも呼んだら駆けつけてくれる二人も、どうしたことか返事がない。
皆どこだろと名前を呼んでも返事がないのに正直不安感で胸が一杯になる。
「お兄ちゃぁん~」
どこぉ~?と間延びした声を出す。
ここにきて正直不安が限界で、正直泣きたいような気分だが、そんな心を払拭させるように望んだ暖かな声が帰ってきた。
「どうしたんだイリヤ?大丈夫か?」と、一人の男性のような人影が近づいてくる。
「もぅ、お兄ちゃん何処いってたのぉ~寂しかったよぉ~」
まだ頭と目がぼんやりするが間違いなくお兄ちゃんだ。だって、見間違える訳がないんだもん。だって世界でいっちばん大好きなお兄ちゃんなんだもん!
「お兄ちゃん~」
近づいて目線を合わせるように腰を落としてくるその姿に、そのまま抱きつくようにして首に手を回す。
抱きつかれた当の本人は驚いたように体をのけ反るが、イリヤは構わず手を緩めない。
お兄ちゃんだぁ、えへへ、と頬をすりすりして暖かさを感じる。
「───なぁイリヤ」
「なぁに、お兄ちゃん?」
「その、私は……君の『お兄ちゃん』ではないと、思うのだが………」
「もぅ、なに変な事言ってるのお兄ちゃん~。お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ~?」
「あ、えっとだな。まぁ、思い当たる節が無い事もないが、いきなり男性に抱きつくというのはその、なんだ。
色々危ないからよしなさいイリヤ。」
「もぅ~セラみたいな事言う~!!やっ!
お兄ちゃんは私を寂しくさせた罰なんだから!お兄ちゃんも、私をぎゅってして!」
「えぇー……」
「早く!!」
「はぁ………。はいはい、分かったよお姫様」
抱きつくイリヤに根負けして渋々彼はイリヤに腕を回して、そして優しく暖かく抱き締め返す。
その腕の暖かさに益々安心してより抱きつく。
(───うん、やっぱりお兄ちゃんだ。)
だって、いつもみるオレンジ色みたいな綺麗な髪……髪……あれぇ?
少し目線をずらして目を凝らせば、それは白いツンツンした髪の毛に、浅黒く焼けた………肌………色。
あれ?
急激に視界がクリアしていくと同時に頭が真っ白になっていく。
抱きついていたのはお兄ちゃん──ではなく。カルデアにて『無名の英雄』と呼ばれるエミヤその人であると気付いた時には既に時遅し。
がばっ、と体を離すとエミヤは不思議そうな、もしくは面食らったような表情でこちらを見返している。
羞恥で耳まで顔が真っ赤になる中、エミヤは不思議そうな表情半分、心配そうな表情半分で大丈夫かイリヤ?どうかしたのか?と聞いてくるがそれらの言葉は全く頭に入らなかった。
「───の」
「……の?」
よく聞こえないぞイリヤ、とエミヤはイリヤの顔に耳を近づけようとすると。
「お兄ちゃんの───えっち~~~!!!!!!!!」
「ふべばっ!?」
ぱちーんと小気味良い平手打ちの音が。
なんでさ──という言葉と一緒にコテージのなかを突き抜けて外にまで木霊した──。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいほんっとうに、ごめんなさい!!!!!!」
「いや、いいんだイリヤ。気にしないでくれ。
こちらこそ無防備な女性の寝姿に近づいたのが悪かったのだから。そう何度も謝らないでくれ。」
「でもでも……あうぅ。」
「そうよ、無防備に近づくソイツが悪いの。
だから別にあんたは悪くないんだから、気にしなさんな。」
「そうだよ、所詮ドンファン。
無意識に女性の心を踏み荒らす憎き女の敵なんだから。むしろ反対側も、もう一発かませるべきだったねと私は思う。」
何度も頭をヘッドバンキングのようにして謝るイリヤを、頬に紅紅葉を貼り付けたような顔のエミヤは大丈夫だ、と声を掛けているもどちらかといえば、虞美人と岸波白野(特に後者)は白けた目でエミヤの方『を』眺めていた。
「エミヤ殿は、そんなに女遊びが派手なので(意外─でもないかも)」
「まぁ。エミヤ様はそういうお方なので…。日の本文化に明るい同志と思ってましたのに。(そっと筆を構える)」
岸波の言葉に蘭陵王は若干引いており、紫式部に至っては警戒しているのか武器を構えている有り様にエミヤは慌てて反論する。
「いやまて。色々誤解があるようだが、まずは虞美人と岸波白野両名は特に口を閉じて頂くように。事実無根な根も葉もない噂を流して頂くような事はやめて頂きたいのだが。」
「は、カルデアのオペレーター嬢を口説いてた癖に。」
「たしかスタッフの人も口説いてたよね。」
「「「「えっ……(引き)」」」」
「いや違う!あれは───そう!
すべてカルデア内の設備について点検や確認するために話していたのであって断じて口説いてなどはいない!」
「じゃあなんで話終わった後に『このあとお茶でも如何かな?良質な茶葉が手に入ったのだが』って言葉が出る訳?おかしくない?」
「そ、それは彼女が話疲れたであろうと思ってだな。」
『おやおや、その“彼女”と呼ぶ女性は後何人いらっしゃるやら。イリヤさ~ん?気を付けて下さいね。こういうのが”女の敵”って言うんですよ。
優しくしておいて、隙を見せたらパクっと食べられちゃいますから』
「ほぇ……?食べられる………?」
「具体的に言うと、貞操の危機ってとこ。」
「うわっ、本当に見境いなしか!!私のサーヴァントは。小学生にまで手を出すなんて。───令呪を持って命じる自害せよアーチ………。」
「それはやめろ……!!!!
──あぁもういい。
いや、全く良くはないが。
言い争っても勝つ見込みがないうえに余計に立場が悪くなっていきそうだしな。
はぁ……昔から女性との言い争いで勝てた試しがない。」
『おや、昔の元カノの話ですか?』
「ノーコメントだ」
「それ、暗に白状してるようなもんだけどね。後で退屈話に聴かせてちょうだいな」
「相変わらず詰めが甘いよねアーチャー。
普段は冷静なのに。あ、スイカ食べる?」
「君たちな……」
(現)彼女たる岸波白野がニッコリ微笑みながらもどこか冷たい冷気を纏って渡してくるスイカに違う意味でヒヤリと感じながら受けとり、エミヤは力なく肩を落とす。
戦場においても日常においても皆のサポートを含めて四国無双な彼も、女性との口喧嘩では滅法弱かった。
「あ、あのエミヤさん。」
「なんだいイリヤ。どうかしたか?」
スイカを食べ終わり、カルデアから出された宿題をしていたイリヤはう~ん、と体を伸ばしながら辺りを見回すと一人、ソファに座りながら昔の新聞を眺めていたエミヤがいた。
「………」
ふと席を立ち。そのまま新聞を眺めているエミヤ隣に座り新聞を覗いてみれば自分には読めないような難しい漢字がびっしりと書かれてる。
「うわ、凄い文字の量。それに難しい漢字もいっぱい!──その、エミヤさんは、全部読めるんですか?」
「ん?勿論読めるとも。
まぁ、学生時代はそれなりに勉強していたというのもあるが」
「ほえぇ。エミヤさんにも学生時代があったんですね!」
「そりゃあるさ。こう見えても学生時代は弓道部に居たことだってあるんだぞ。
……ま、訳あって途中で辞めてしまったがね。」
「そ、そうなんですね。私のお兄ちゃんも弓道部なんですよ!」
「ほぉ、そうなのか。」
「うん!すっごくカッコいいんだ!」
「そうかそうか。
君のような兄想いの優しい妹がいるのならば、羨ましいな。」
「そ、そうかなぁ~?え、えへへへ。」
「そうだとも。
──ところでイリヤは私に用事があるのではないのか?」
「え?あ、あぁそれはその……聞いてもいいのか分からないんですけど……いいですか?」
「私に答えられるなら何なりと。」
「エミヤさんって───妹さんとかって、いらっしゃったんですか?」
と、聞くと同時にエミヤの表情が強ばるのがイリヤの目から見てもハッキリ分かった。
不味いかな、と自分の言葉の選び方に失敗したかと思う。
エミヤはイリヤに向けていた視線を逸らして新聞の方に向けて静かに黙っていた。
「ご、ごめんなさい変な事聞いちゃって…。わ、わたし宿題しに戻りますね」
「姉は、いた」
慌てて、ソファから腰を浮かすイリヤの背にポツリ、と吐き出すようにして言葉が投げ掛けられる。
バッ、と振り替えるとエミヤの視線は新聞にではなくイリヤの目をハッキリと。
けれど、私ではない誰かを見るようにしてどこか遠くを見ていた。
「どんな、お姉さんだったんですか?」
腰を降ろしてエミヤの顔を見れば、彼はとても、とても優しい目をしていた。
「はは。人形のように可愛らしくあったが、それと同時におませさんでね。
おまけに皆や私を振り回して困らせるものだから本当に参ったよ、あれほど手の掛かる姉というのは珍しいかったんじゃないかな。」
「な、なんだか大変ですね……。」
「でも。」
───イリヤは感じる。
何故だか分からないけど、きっとエミヤさんは自分を通してお姉さんを見てる。
「とても、優しい姉だったよ。──本当にな。」
そう言いながら、慈しむように。
あるいは、贖罪するかのように。
イリヤの頭を優しく撫でていた。暫くすると、そっとイリヤの頭から手を降ろし、思わず「あっ…」と声が出てしまった。
「すまないイリヤ!嫌だったか?」
「うぅん、そんな事ないです。ただ。」
「ただ?」
「そのお姉さんもエミヤさんの事大好きだったんだと思いますよ。」
「どうしてそう思うんだい?」
「あの手………」
「あの手?──すまないイリヤ。検討もつかないんだが。」
「えっと、こ、こ、こ、これです!!!!」
「え───い、イリヤ!?」
ガバッ!!とイリヤはエミヤの首に抱きつくように、勢いよく抱きつく。
まさかこう来るとは思わず不意を突かれるようにしてきたイリヤに、訳も分からず困惑する様子が感じられるエミヤに構わずに抱きつづけるイリヤはそのままエミヤの耳元に囁きかける。
「あ、あの時抱き締めかえしてくれた時。
とっても手馴れてるような手つきでした!
きっと、それはお姉さんを想ってたんだったら、きっと、お姉さんだって、エミヤさんが大切に想われてたんだって伝わる筈だから」
「───イリヤ」
当惑していたエミヤも、やがて優しくイリヤを抱き締めかえす。
「ありがとう、イリヤ。」
「──ふふ、どういたしまして。」
暫くお互いの温もりを感じ、どちらともなく離れた瞬間。
ギイッ、と扉の開く音を二人して振り向けばそこには何人もの人物が覗いていた。
『あぁ!!もぅイリヤさん!!なんで離しちゃうんですか!!イリヤさんの【初めて♥】をキチンと録画したいと思っていたのに!!!!』
「何よその♥は。あと、あんた杖の癖に趣味悪くない?デバガメ趣味とか最悪すぎ」
「あ、あの……ええっと、その……」
「わ、わたくし達は何も見ておりません!!部屋に入ろうとしていたら抱き合っていた二人なんて知りませんが新しい本のネタをありがとうございます!!」
録画していたルビーに杖に悪態をつく虞美人。
何も見なかった事にしたい蘭陵王と、走り出した筆が止まらない様子の紫式部の姿があっり。
「────アーチャー?────」
ゾクリッ、と今度は反対を向けばいつの間にか仁王立ちで冷たくエミヤを睨む岸波白野の姿がそこにあった。
「え??ふぇ!?」
「はいはい、アンタはこっち。ほら、危ないからこっちに来るのよ。」
「え?え??エミヤさん!?あの、違うんです!これは、その!ええっと、エミヤさんは悪くなっ────!?」
バタンッ、と扉の向こうに虞美人に連れられたイリヤが去ってゆく。
「アーチャー♥」
「…覚悟は出来てる。」
恐らくどのように勉目しようが聞かないし聞いたところで上記がよくなるともおもえない。そう悟ったエミヤはソファから降りて彼女の前に正座になる。
よし、と白野は独りでに頷く。
「よろしい。
じゃあ……歯を食いしばれ!!!!!!!」
───のちに、追加報告書にはまるで。
地震が起きたようだったと、カルデアの報告書に記載されていた。(無論、後に抹消された。)
マジでこんな事あってもおかしくないと思う。 今回のイベ見てると特に。 式部さん呼びで紫式部と絡む作品も増えたし。 エミヤは「かわいい子ならだれでも好き」だの「男女交際は積極的にすべき」だの言ってスタッフに粉かけたりして、士郎よりドンファンっぽい。