広島県広島市佐伯区出身のプロ野球選手(投手)。
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ポジションは投手。地元・広陵高校時代から投手として奮闘、3年生の時には春夏で甲子園に出場している。
早稲田大学進学後は1年生からリーグ戦に出場し、3年生時の秋季リーグで最優秀防御率のタイトルを獲得、4年生時の春季リーグにはベストナインにも選出されている。
2014年10月23日に行われたプロ野球ドラフト会議で複数の球団から1位指名を受け、抽選の結果北海道日本ハムファイターズが交渉権を獲得してプロ入り。1年目・2015年は開幕を二軍で迎えたが、5月に一軍昇格すると18試合に先発で登板し、1完封込みの8勝6敗の成績で新人王を受賞した。2016年にはチーム最多の11勝9敗、防御率2.94の成績でチームで唯一の規定投球回に到達、チームの優勝と日本一に貢献した。
2017、2018、2020年シーズンはいまいちな成績だったが、2019年、リーグ2位の防御率2.46に、自己最多の15勝を挙げて自身初の最多勝利のタイトルを獲得した。
2020年シーズン終了後のMLB挑戦を前年のオフに表明していた。
ポスティング制度利用によりテキサス・レンジャーズと2年(2021、2022年)総額620万ドルの契約を結んだ。が、右肩の手術などの影響もあり不調で一時はマイナー落ちも経験し、結果を残せなかった。
2022年シーズン終了後NPBへ復帰し、翌年1月10日に福岡ソフトバンクホークスへの入団を発表。
2024年には再び最多勝利のタイトルを獲得したほか、最優秀バッテリーの表彰も獲得し、ソフトバンクのリーグ優勝に貢献。しかし、古巣の日本ハムだけは(本人なりに色々思うところがあってやりづらかったのか、)打線に滅多打ちにされてレギュラーシーズンでは一勝も上げることができなかった(同年のCSでようやく1勝できた)。
日本シリーズ第6戦で同じくメジャーでは通用しなかったがマイナーでも独立でも泥を啜りながらも挑戦を続けた筒香嘉智に先制ソロを打たれて敗戦投手となり、日本一を逃している。
2025年は2年間バッテリーを組んでいた甲斐拓也がFAで巨人に移籍したため嶺井博希や海野隆司らとバッテリーを組んでいるが、これが影響してかシーズン序盤は相手打線に打ち込まれる展開が多かった。しかし、その後は持ち直し、シーズン中盤以降は安定した投球を見せ、2年連続で最多勝利のタイトルを獲得。同年シーズン終了と同時に3年契約が終了したため自由契約となった。
2025年12月28日に古巣日本ハムとの契約に合意したことが正式発表された。ソフトバンクや巨人との争奪戦を制した模様である。
2025年の高校野球甲子園大会が開催される直前にインターネット上に流れた母校広陵高校の野球部に関する告発が問題となった中で、有原の高校時代を知る元野球部員の卒業生によると、彼が暴力行為をはたらいたことは一切なかったと語られている。なお、本人が母校の問題のことをどう捉えているのかは不明。
序盤に打たれて自責がつきやすく、一度崩れるとそのイニング中での修正はできず更に機嫌が悪くなるという悪循環に陥りやすいという弱点がある。これは日本球界復帰後も改善されていない。
本来であれば国内FA権すら取得していない稼働年数ながら、海外移籍を挟むことによりNPB他球団への移籍が出来てしまったことで、彼のファイターズからホークスへの移籍の流れを「有原式FA」と揶揄し、2024年オフに上沢直之がより悪質な形で再現したことからメディアでもこの言葉が使われるようになった(有原からしてみれば、過去の話題を蒸し返された形になってしまったとも言えるが)。
一応、NPB復帰時に古巣とは別の球団に入るケースは過去に何度かあり、ソフトバンクでは松坂大輔がその一例。しかし松坂は8年強メジャーで戦った後(仮にMLBに行かずNPBに留まっていたら、とっくに国内FA権を取得済みになる)だったこと、長年の酷使で身体が既に限界に近い状態だったので叩かれることはなかったが球団が金をドブに捨てるような補強をしたことは批判された(ソフトバンクファンなどからは「松坂の39球」事件と呼ばれたりしている。詳細はこちらから)。
いずれにせよ、こういったこともあり、正規のFAで移籍した近藤健介はともかく、「結局復帰した有原には複雑なところはあるが(球団施設を借りたりロクに金すら落とさなかった)92万(上沢の隠語)よりはマシ」という認識を持つ日本ハムファンは多い。