【槍弓】とにかくやたらと深くて重いがそれはそれ
カルデア一のバカップルの座を保持しているランサーとアーチャーが、百億光年の孤独に抗ってお互いを手に入れようとする話。
ちなみにこのあと、ランサーが口を滑らせて食堂は半壊しました。
- 1,352
- 1,378
- 26,063
「っ、マスター、ランサーを見なかったかね!?」
機器メンテナンスのためレイシフトによる素材回収も種火集めもなく、しごく穏やかなカルデアの午後、マシュと立香が食堂で神経衰弱をしていると、はるか遠くからやけに焦りを滲ませた足音が駆けてきたと思う間もなく、バンッと音をたててアーチャーの両手が机に叩きつけられ、冒頭の台詞が投げかけられた。あまりの勢いに、神経衰弱をしていたトランプの大半がめんこのように衝撃でひっくり返って柄をさらしている。
「な、え、なに、あ、もう~ハートの七ってそこにあったっけ?」
「神経衰弱をしている場合かマスター! そんなに神経を衰弱させたくば、トランプなどで神経を衰弱させずとも、度重なる過酷なレイシフトと人理修復で君の神経はとっくに衰弱への道をたどっている」
「うわ、その通りではあるけどめちゃくちゃひどいこと真顔で言われた」
「先輩、そうだったんですか? すみません、何も考えなしに神経衰弱に誘ってしまって……つ、次からはポーカーにしましょう。この間、黒髭さんに脱衣ポーカーというものがあると教えていただいて……」
「マシュは脱衣とか口にしちゃだめ! 私の神経がますます衰弱するでしょ。黒髭はカーミラに頼んでアイアン・メイデンしてもらっておくから安心して」
「先輩、それが昨日カーミラさんのアイアン・メイデンの鉄の棘がすべて猫じゃらしに変えられていたらしく、中でタマモキャットさんがすやすやおやすみなさっていたと、カーミラさんが血相を変えてダ・ヴィンチちゃんのところへいらっしゃってて」
「あ、もしかして、それでさっきタマモキャットの後頭部にマンガでしか見たことないタイプのでかい十字絆創膏がはってあったのかな? 猫じゃらしを刺されて生け花にされたワン、って言ってたの聞き間違いじゃなかったのか……」
「タマモキャットさんは、果たして生け花という概念をどこで学習されたんでしょう」
「面倒事の匂いをかぎつけると延々違う話をして煙に巻こうとする手腕を、いつそんなに上げたんだね君たちは」
地の底から這いだしてくるようなアーチャーの声に、立香は観念して彼を見上げた。カルデア最古参の英霊たちの一人、アーチャーエミヤは、今日も一分の隙もない身なりでそこに立っていたが、その表情は一分の隙もないとは言い難い。なんと表現していいものやら、と立香はしばらく思案し、それからおもむろに言った。
「朝寝坊して家を飛び出したら財布も何もかも忘れて開かずの踏切に引っかかってやっと登校したと思ったら全部の授業で当てられた上に答えられなくてようやく放課後になったのにたまたま遭遇した先生にめちゃくちゃ面倒な頼みごとされて嫌々こなして解放されたから家に帰ろうとしたら地盤沈下が起きてそこにたたき落とされた時みたいな顔して、幸運Eのエミヤってばどうしたの」
「地獄に落ちろ、マスター」
「私としてはほぼ息継ぎなしで喋った肺活量をほめてほしかったんだけど……それで、ランサーがなに?」
「だから、ランサーを見なかったかと聞いているんだ」
「見てないなあ」
「くそっ」
思わずというふうに悪態をつくアーチャーの後ろから急にぬっと腕が伸びてくる。
「よーう、色男。おまえなんつう状態でうろうろしてんだよ」
アーチャーの肩を無遠慮に抱いたのは言わずとしれたキャスターである。目にも留まらぬ早さでアーチャーに腕をはねのけられながら、フードの向こうでわざとらしくきれいな顔を作ってマスターとマシュに微笑みかける。
「それ以上何か言うつもりなら死に方は選ばせてやる、キャスター」
「うわ、悪役の物言いだ。しかもかなりタチの悪いタイプの。いいなあエミヤはそういうの似合って。私悪役似合わないから」
「それは遠回しに私には悪役が似合うと言っているのかね?」
「今の遠回しだったか?」
首をひねるキャスターに向かって、立香はトランプを一枚渡しながら口を開いた。
「それでキャスター、エミヤはどんな状態でうろうろしてるの? 私にはいつも通りのエミヤに見えてるからよくわかんなくて」
渡されたトランプの柄はジョーカーである。目があった瞬間にマスターの意図を了解したキャスターは、トランプに指を滑らせて文字を刻み、マスターに向かって投げ返した。口を開いて何かを言おうとすれば即座にアーチャーに抹殺されるのを見越した早業に、アーチャーが反応しそこねたのは無理もない。
「えっ、エミヤって今、クー・フーリンの所有物になってるの!?」
「有り余る語弊だけで金塊が買えそうな伝え方をするな、キャスター。殺されたいのか」
トランプに刻印されたメッセージを読んだマスターの叫び声を聞いたアーチャーは、てのひらに魔力を集中させながら足を踏み出す。キャスターは完全に降参のポーズを取ったまま、まあまあ落ち着け落ち着けと、まったくこちらを落ち着かせる気のない虚無の台詞を口にしている。
「えっ、どこどこ? エミヤのどこにクー・フーリンの名前書いてあるの? 持ち物には名前書くもんね?」
「マスター、君のために地獄の下にさらなる地獄を掘ろうと思うがどうかね?」
「マスターにはちょっと感じるのが難しいかもしれんが、ある程度の力のある英霊なら、今こいつの背中にはでかでかと『こいつは俺のもんなので手を出したらその心臓もらいうける byクー・フーリン』ってサインがされてるってのがわかるようになってんだ。そういうふうに刻印されるように魔力を流し込まれたって言えば、なんとなくわかるか?」
「仕組みはまあなんか雰囲気でわかるけど、そんなことより、心臓もらいうけるってめちゃくちゃ大事な決め台詞、そんなとこに使っていいもんなの?」
「というか待て、キャスター、そんなことになっているのか私の体は」
「あれ、おまえ自分でわかってなかったの?」
「……せいぜい、私とあの男の間にある関係が他人にわかってしまう程度の刻印をされたのかと」
「ほーん、なるほど、おまえとあいつが夜な夜な爛れた快楽に溺れる関係であるってことがわかるような刻印を」
「誰が夜な夜な爛れた快楽に溺れているだ、たわけ! あの男はともかくとして、私は断じてそんな真似はしていない」
「はいはい、おまえさんが溺れてんのは、快楽だけじゃなくてランサーって男そのものだもんな。お熱いことで」
「マスター、すまないな。今からこのカルデアの英霊が一人減るが、かまわんだろう? なに、私一人で二人分の働きをすればいいだけの話」
「いやーちょっとご勘弁願いたいかな。言っても魔力そんなに潤沢じゃないエミヤにキャスターの代わりがつとまるかっていうと難しそうだし……」
「断るにしてももう少し気を遣って断りたまえ、マスター」
ちなみにだが、とキャスターはしごく深刻な顔で二人のやり取りを遮ると、アーチャーに告げた。
「『こいつは俺のもんなので手を出したらその心臓もらいうける』っていうのはだな、正直かなりオブラートに包んで伝えた」
「オブラートに……」
「実際にはもっとこう、あからさまなメッセージが刻んであるが、どうする、オブラートに包んでないバージョン、聞いとくか?」
「ちなみにだが、それを聞いた場合、私はどういう行動に出そうだ?」
「うーん、少なくとも食堂が半壊する」
「聞かないでおこう」
「賢明だな」
「賢明の評価甘っ」
思わずもらす立香に向かって、俺らは結局こいつに甘くなっちまうんだよなーと、またこちらの頭痛を誘発するような台詞をこぼしかけたキャスターのフードを顎下までかぶせんばかりの勢いでかぶせると、アーチャーは持てる限りの力を使って「私はなにも聞いてはいないが手が滑った」と言わんばかりの表情を作ってみせた。
「まあいいや、だいたいわかった。少女コミックで謎の大金持ちとか謎の若社長が一介のOLを特に理由もなく『おまえは今日から俺の女だ……』ってやるみたいな感じの刻印をされたから、それを解除させるためにクー・フーリンを探してるってことね?」
「あんた、ああいう類のマンガ読むのか?」
「最近きよひーがハマってるらしくて、めちゃくちゃ読まされるんだよ。ってか私はともかく、キャスターがこの理念を理解してるのはなに? 聖杯からの知識ってそんなとこまでカバーしてんの? 私が言うのもなんだけど、めちゃくちゃ魔力の無駄遣いでは……」
「君たちは問題を解決する気があるのか!? それとマスター、不適切なたとえはやめてもらおう!見たまえ、マシュくんが『絶句』と辞書で引いたらこの顔が載っていると言わんばかりの顔をしているだろう。だいたい、ランサーのどこが若社長だ。あんな奴には顔だけはいい派遣社員の役でも与えておきたまえ」
相変わらず表情だけは真面目なふうを装ってどうでもいい会話を続けるキャスターと立香につける薬はないが、アーチャー自身も何を言っているのかよくわからなくなってきている。顔がいいのはやっぱ譲れないんだ、と呟く立香の台詞を無視したアーチャーは、キャスターに照準を定めた。
「知っているんだろう、ランサーの居場所」
「これがびっくりすることに、まじでわからん」
「くそっ、役に立たない男だな。それでも知性のクー・フーリンかね」
「シンプルな悪口、逆に傷つくからやめろ」
「もういい、来い。ランサーを探しに行くぞ」
「え、俺もか?」
「当たり前だろう。自分のことには責任を持ちたまえ」
そう言いながらキャスターのフードを引っ掴んで歩き出すアーチャーに手を振りながら、立香はマシュの耳元に口を寄せて囁いた。
「魔力で刻印なんかしなくても、エミヤがクー・フーリンの好きな人だなんてとっくの昔にわかってるのにねえ」
あのあと、カルデア中を行脚したものの結局のところランサーを見つけられずに、アーチャーがくたびれはてて自室に戻ると、まごうかたなきアーチャーのベッドの上でランサーがのんびりとくつろいでいた。
「よお、アーチャー。遅かったな」
「貴様をカルデア中探し回っていたからな。遅くなるのも道理だと思わないか?」
「もうちょい早く俺がここにいるって気付くかと思ってたんだけどなあ。ほらあれ、知ってるだろ。幸福の青い鳥は結局自分ちにいたってやつ」
「まさか自分のことを幸福の青い鳥にたとえているのか? 傲慢も大概にしろ。君など不幸を咥えてくる青い野良犬だ」
「不幸を咥えた覚えはねえなあ、おまえのちんこを咥えたことはあるけど」
言い終わらないうちにノーモーションで飛んできた剣をひょいと避けて、ランサーはベッドの上にあぐらをかいた。長すぎる足を持て余し気味にしているのが腹立たしい。
「それで? 私の体に勝手に益体もない戯言をでかでかと書き散らした件について、言い訳があるなら聞いてやろう。そこに跪いて祈りをささげたまえ」
「それ言い訳するポーズじゃなくて、断頭を待つ罪人のポーズだろ。首切り役人はサンソンだけで十分だっつの。って、あ、すまん、おまえに首の話をするのはデリカシーってのがなかったか?」
「言われるまでそんなことは思いもしなかったが、本当にデリカシーがないのは、絞首刑を食らったことのある私に直接それを聞いてくるところではないかね?」
このままではいつまでたっても実りある会話に突入できないと判断したアーチャーは、用心深くランサーから適切な距離をとってベッドに腰かけた。
「なんでそんな離れるんだよ」
「不用意に近づいて、これ以上あることないこと私の体に刻まれてはかなわないからな」
「そんなことしねえから、近う寄れアーチャー」
「近う寄れではない。なんだそれは、ギルガメッシュの真似事か?」
「いや、金ピカのほうじゃねえ。オジマンディアスがこの間使ってたから俺も使いてえなと思って」
「光の御子が太陽王の真似事をするな。光量が規定値を越えてしまうだろう」
「それどこの役所が規定値を定めてんだ?」
言っている間にランサーはアーチャーの体を完全に自分のほうへ引き寄せてしまい、結果としてアーチャーの体は後ろからすっぽりとランサーに抱きしめられるような形になった。今日一日、殺意を漲らせたまま探し回っていた男に、恋人同士もかくやと言わんばかりの体勢で抱き込まれていることに対して、アーチャーには百も千も言いたいことがあったが、それをはるかに上回る恋で目がくらみ、結局のところされるがままになる。
そう、アーチャーにとってひどく都合の悪いことに、彼はランサーにこれ以上ないほど惚れていた。どのくらい惚れているかと言うと、たとえばランサーの命が危険に晒されていたとして、それを救うためにはアーチャーがアラヤに縊り殺されガイアにずたずたに切り裂かれて、そのうえさらに無理やり生き返らされて百億光年の孤独を背負わされなければならない、という状況になったとしても、ほぼノータイムで「了解した。それでランサーが救えるなら」と答えてしまうくらいには惚れていた。以前それをランサーに伝えたら、「おまえがめちゃくちゃに深くて重い男だってのは知ってたが、そこまでか……」と感慨深げに言われてしまった。そこまでも何もない。アーチャーの魂はとっくの昔にランサーという存在を切り離せなくなっている。
いったい自分のような汚辱を身の内に飼う人間風情が、この美しい半神をそんなふうに愛してもいいのだろうか。そういうごく定番の卑下や自己嫌悪や煩悶や懊悩を抱え込むという段階がなかったとは言わないが、しかし、アーチャーはその段階をもはや卒業してしまっている。自分がどうしようもないほどランサーへの恋に落ちて、それだけならまだしも、なんだか知らないがランサーまでもが、俺はおまえにどうしようもなく惚れてんだよ、とこっちが羞恥で卒倒しそうなことを言いだしたのが、すでに異常事態なのだ。
肩越しに振り返って、ランサーと目を合わせる。どうやらちっとも魔術刻印を解く気がないらしい男が、わかりやすく開き直った顔でアーチャーの目を覗き込む。
「だってよお」
「だってよお、ではない。いいか、別に勝手に魔術で刻印など押さなくとも、私は君に惚れているし、私の魂は君のものだと言うのもやぶさかではない。やぶさかではないというか、何なら君が私を自分のものと認識している奇跡に卒倒しそうになるくらいには君が好きだ。だとすれば、刻印など必要なかろう。このたわけが」
「時々びっくりするけど、おまえ本当に急にすごいこと言い出すよな。っつかそんなに俺が好きで大丈夫か?」
「大丈夫なわけがあるか! こっちは君にこうして触れられているだけで気が狂いそうになるんだぞ。それを君は朝な夕なに気軽に抱きしめてくるは口づけをねだるわ、私のことが好きだというなら私の正気にもっと配慮してくれ」
「触れただけで気が狂うって、おまえ、よく俺とセックスできてるな」
「ふん、努力の賜物だ」
「それ使い方あってるか?」
首を傾げながら、ランサーはアーチャーの頬に唇を寄せる。今の話を聞いてなおそういうことをしてくるこの男の精神構造はどうなっているんだ、と思いながら、アーチャーは甘んじてそれを受け入れた。
「だってよお、明日になったら、もうこういうことできなくるかもしれねえんだぜ?」
かすかな声で言われて、目を細める。今日のカルデアは平和だった。みな、カルデア内で各々が好き勝手に過ごしており、そこかしこがざわめいていた。とてもではないが、あと十数時間後には、最終特異点へのレイシフトが行われるのだとは思えないほどに、皆がいつも通りの生活を送っていた。これで終わりにするつもりはないし、みんなでここに帰ってくるつもりだけど、でも、どうなるかはわからないから。そう正直にサーヴァント達の前で告げたマスターの気持ちを、おそらく全英霊たちが正しく汲んでいたのだ。あくまで平穏な日常を、最終決戦の前日まで続けることの愚直なまでの愛おしさを、こたびのマスターに送りたいと、たぶん誰もが思っていた。
「殊勝な様子を見せれば許されるわけではないぞ。明日が最終特異点へのレイシフトであることと、この刻印と何の関係があるんだ」
「いやだから、最後になるかもしれねえと思ったら、なんかもうとことん自慢したくなっちまって。アーチャーは俺のだし、俺はアーチャーのだってことを。俺が直接吹聴して回ってもいいんだけどよ、それはそれでまだるっこしいだろ。だったらもう、おまえに直接刻んじまうのが一番いいかなって思ってな」
さすがに予想だにしなかった斜め上の回答が提出されて、アーチャーは思わず「なんでさ……」と呟いた。SNSに恋人がいることを匂わせる投稿をする人間の感覚を五百倍ほど濃縮したらでてくるような発想だ。「だから、明日のレイシフトもそのまま行ってくれねえ?」とランサーが続けるので、今度こそアーチャーは眉間をおさえて天を仰いだ。
「君は馬鹿か? どこのカルデアに、魔神柱とゲーティアに決死の覚悟で臨む最終決戦に、でかでかと『こいつは俺のもんなので手を出したらその心臓もらいうける』などとふざけた刻印をされた霊気で臨む英霊がいる」
「だいぶ意訳されてるぞ、それ。俺ぁもっとどぎつい内容をおまえに刻んだんだけど」
「絶対に私に刻印の直接的な内容を教えるなよ。食堂が半壊してしまう。とにかくいいから、私をとんちきな先駆者にしたくなければ、最終特異点へのレイシフト前にこの刻印を解除しろ」
「先駆者ってのはいつでも理解されないもんだぜ、アーチャー」
「先駆者というのは後に続く者がいるから先駆者なのだ。君が私にやらせようとしているのは、後にも先にも誰もいない荒野を一人きりでコスプレマラソンしてこいとか、とにかくそういうレベルの話だ」
「コスプレマラソン」
「いるだろう、東京マラソンでも仮装して走る奴が。あれだ」
「あれだって言われてもな……」
聖杯から東京マラソンの知識を流し込まれながら、ランサーはアーチャーの肩にひたいを押し付けた。一分の隙もなく鍛え上げられたアーチャーの腹に回された腕にも力がこもる。
「だってよお」
「三度目だぞ。だっての顔も三度までだ」
「なんか違わね?」
「ケルトの神のくせに日本のことわざの添削をしてくるんじゃない」
「だって、何が起きるかわからねえだろ。別に負ける気はしねえけど、でも今までの聖杯戦争だって、俺もおまえも負ける気なんざさらさらなくたって脱落してきたんだ。明日だって、何があるかわかったもんじゃねえ」
命を刃に突き刺して、絶望を穂先で抉って、それでも勝利はたった一人の手にしかもたらされない。世界は常に彼らの矜持を無意味なものとして打ち捨てようと手ぐすねひいて待っている。それでも、召還されれば戦い、腕も足もなくしても、最後の瞬間まで立ち続けようとするのが英霊だ。かつて戦場で見てきたランサーはたしかにそういう魂であったし、アーチャーもまたそうあろうとしてきた。明日もそれは変わらない。人理修復を果たさずに終わるつもりはさらさらない。しかし、それと同時に、ランサーもアーチャーも知っている。何が起きるかはわからないということを。
「だから、たとえば俺がうっかり消滅したとしてだな」
「消滅するな。最後まで生き残れたわけ」
「だからたとえばだよ、たとえば。あーもう、やめろ、俺おまえのその、想像だけで簡単に打ちのめされてるときの顔に弱いんだよ」
「うるさい。君がおかしな仮定をするからだろう」
「もう、ほんとに万が一! 億が一! な、俺がうっかり消滅したとして、消える瞬間には絶対おまえを見ちまうし、その時におまえに、俺の馬鹿みてえな独占欲の証拠がでかでか刻まれてたら、俺ちょっと笑っちゃって、またおまえに会いにこられると思うんだよ」
アーチャーはまばたいた。それはつまり、英霊の身であればいずれ必ず訪れる別れにすら抗ってみせようという意思表示に他ならない。そのために選んだ方法として、こちらの身に勝手に魔力を流しこんで勝手な刻印をしてみせるという手段を選んだ点に関しては最悪というほかないが、しかしまあ、最終特異点を目前に控えていては多少脳が混線することもあるだろう、と好意的にとれないこともなかった。
なにより、アーチャーは自分の胸がたしかに震えるほどの愛おしさに満たされているのを、はっきり感じていた。たとえ自分が百億光年の孤独を背負い、とうてい耐えきれぬほどの罰を受けてでも生かしたいと思うほどに焦がれている男が、同じように自分を求めている。磨耗しきったこの身には、余るほどの幸福だった。
アーチャーはため息をつくと、ランサーの腕から一度抜け出し、向きを変えてかの英霊と正対した。ランサーはどうやらどうしても肌を触れ合わせていたいのか、真正面からもう一度抱きしめてこようとするので、いやまあそのために向き直ったわけではないのだが……と思いながらも、アーチャーは彼の好きにさせてやる。
「ランサー」
「おう」
「どうしてもこの刻印をしたまま最終特異点に挑むという、前代未聞の真似を私にさせたいのだな?」
「どうしてもだ」
「そしてそれはつまり、まあ有り体に言えば、私とまた巡り会うためだと」
「その通り」
「君、以前私のことを深くて重い男だと言ったのを覚えているかね?」
「おう」
「これは仮定の話だが、もしや君は、私よりもよほど深いうえに重い男なのではないのか?」
そうでなくては説明がつかない。ランサーは一瞬きょとんとした顔でまばたき、それから破顔した。
「まあ、俺もおまえが助かるんなら、アラヤもガイアもぶち殺してやるし、俺を救うためだかでおまえが百億光年も一人で過ごすことになったとしても、んなもん無視して迎えに行くって決めてるしな」
「そういうことは、私がそれを伝えた時に言いたまえ」
あくまで冷静にそう返しながら、アーチャーは奥歯をかみしめた。いずれ涙も枯れ果てたはずの身で、それでもまだこんなにもたった一人に焦がれてやまぬことがあるのかと、一秒ごとに思い知る。恋も愛も何もかもを知らず、叶わなかった理想のなれの果てで絶望と憎悪を血肉にしながら生きながらえてきた魂が、あまりにも単純な明快さでランサーに恋い焦がれている。
「わかった。しかたない。前代未聞の霊気のままゲーティアなど一捻りにしてくれる」
「えっまじかよ。正気かアーチャー。言ってみるもんだな」
「おい、了承した途端に不安になるような返答をしてくるな。騙されているのか?私は」
騙してないない、と言いながら、ランサーは力任せにこちらをぎゅうぎゅう抱きしめてくる。その腕からたしかに、魔力とも違う何かが流れ込んでくるのがわかる。愛だの執着だの独占欲だの、とにかくそうしたもろもろの気配だ。ランサーのために百億光年の孤独を背負ってもかまわないアーチャーと、消滅のその瞬間までアーチャーを恋で縛り付けておきたいランサーと、もはやその深さも重さも推し量ることはできないが、しかしそれでも、互いにどうしようもない恋なのだということだけはわかる。
アーチャーはランサーの目をのぞきこんだ。いいか、ゲーティアを倒したら、必ず君自身の手でこのふざけた刻印を解除してもらうからな。そう言ってやると、伝えたいことはあやまたず伝わったらしい。わかった、約束する。ランサーが短くそう言えば、それだけでまた胸が詰まるような気持ちになったアーチャーは、ランサーの肩に無造作にひたいを押しつけてなにより愛しいその体にゆっくり腕を回したのだった。