light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "てをのばす" includes tags such as "Fate/staynight", "アーチャー" and more.
てをのばす/Novel by くろひつじ

てをのばす

2,593 character(s)5 mins

単発ネタぶちこみシリーズ。今回は超短いです。どうしても吐き出したくなってつい……。連載も裏で書いていますので、近日中にアップします!! ■3/23付DR入りありがとうございます。この二人、本来は絶対に会うことがないだけに敢えて邂逅させたくなりますね。自身の標であった父にそっと受け入れてもらえるだけでも彼は救われるのではないかと思うのです。

1
white
horizontal

本当に何でもない、そこら辺に転がっているような平凡な日。
漣一つ立たない、すぐに忘れ去ってしまいそうなくらい何の特徴もない日。

衛宮邸では、アーチャーが一人洗い物をしていた。
衛宮士郎は間桐桜・藤村大河とともに登校してしまっているし、
セイバーはライダーと一緒に新都に出かけている。
もう一人住人がいるにはいるのだが、まだ起きていない。
とても広い邸内には、カチャカチャと食器の擦れる音が微かに鳴るばかり。
居間では古びた柱時計が、そろそろ正午を知らせる低い音を響かせるだろう。
すると、奥の方から足音が響いてきた。
ようやく残りの住人が起きてきたらしい。

「おはよう」
「ああ、おはよう……といっても、そろそろ昼だがね」

そうだねえ、と、へらりと笑いながら彼は座卓に腰を下ろした。
もう一人の住人――衛宮切嗣。
第五次聖杯戦争を経た後、なぜか彼もこの地に蘇り、
正常とも異常ともつかないこの時間軸を穏やかに過ごしていた。
この事実にぶつかったとき、最も戸惑ったのは他でもないアーチャーであった。
自分を救い出し、理想となり、呪いにも似た遺言を遺して逝ったはずの父親が存在する。
一番この姿を見られたくなかった人間が、目の前にいる。
何故自分はここに降り立ち、しかも現界し続けているのか。
後悔や苛立ちの余り自らの身を貫いて消え失せようとしたことさえあったが、
凛や士郎を初めとする周囲の人々に止められ、流されるようにこの養家に身を置くこととなった。
その際、どうにか平静を保つために、ある戒めを心に刻んだ。

「私は、『エミヤシロウ』ではない」

と。
だから彼はこの家で、「アーチャー」以外の呼び名を許さない。
彼は遠坂凛のサーヴァントで、たまたまこの家に世話になっている「余所者」だと。
決してその姿勢を崩さなかったし、これからも崩すつもりはなかった。

「切嗣。昼食の準備はこれからなので、少し待ってくれるかね」
「ああ、構わないよ。温かいお茶をもらえるかな」
「了解した」

急須に緑茶の葉を一掬い入れ、沸かした湯を注ぎ入れる。
もう紅茶を淹れる方が上手くなってしまったとはいえ、緑茶の作り方も染みついている。
専ら日本茶を好む切嗣にこうして茶を淹れてやることだけが、
本当に僅かだけれども、子供として我が親にしてやれる密やかなる親孝行だった。

「どうぞ」
「ああ、ありがとう」

座卓に急須と一杯分の緑茶の入った湯呑みを置いて、アーチャーはまた台所に戻る。
洗い物を済ませて昼食の準備に差し掛かったところで、居間の方から声がした。

「士郎は――随分大きくなったね」

一瞬話しかけられていることに気付けないくらい静かで、呟きとも取れる語り口だった。

「ああ……そうだな」

とりあえず返事をするのが礼儀だろうと考え、手を止めずに相槌を打つ。

「士郎には世話をかけてばかりだ」
「そうかね」
「士郎は、今でも料理が好きなのかな」
「嫌いではなかろう。努力はしているらしい」
「士郎は、女の子には優しくしているかな」
「さあどうだろうな」
「士郎の魔術は上達しているのかな」
「アレは魔術師としては半人前だ。上達しても知れている」
「士郎がちゃんと魔術を使っているところを見てみたかったよ」
「そうか」

話しているうちに、アーチャーは知らず苛立ちを覚えていた。
受け答えがいまいち噛み合わない。いやそれよりも。

「士郎は――」
「士郎には――」
「士郎――」

どうして彼の話題ばかりを口にする。
しかも、何故よりによって投げかける相手が自分なのか。
そうしてどうにも堪らなくなって。

「士郎は……」

腹立たしさを全面に出して、叫んだ。

「切嗣! さっきから何なんだ! どうして彼のことばかり――」

だが振り返ったその先にあったのは、微笑みを湛えた温かい父の顔。
切嗣は、ゆっくりと、はっきりと、唇を形作って呼びかけた。

「『士郎』」

アーチャーは動けなかった。
このやり取りは誰に向けられたものなのか。
彼の口にしたあの名前は、一体誰のことなのか。
まさかそんな――あるわけがない、あってはならない、そんなこと。

「きり……つ……」
「こっちにおいで」

立ち尽くす青年に手招きし、隣に座るように促す。
彼は言われるがままにふらふらと居間に向かい、へたり込むように座った。
もう自分より大きくなってしまった背中をさすってやると、彼は俯いていた顔をゆっくりと上げた。
見開かれた瞳は色は違えどとても大きく、確かに愛した息子のものだった。

「どうして……」
「うん、お茶がね、同じ味だったんだよ」
「な――」
「昔教えてあげたままの味だなあ、と思ったんだ。あの子の淹れるのと同じ」
「そんなところ……」
「何故気にしたのかって? だって、家にいるときはずっと飲んでいたんだよ?
 ここでの大事な思い出の一つだ。忘れるわけがない」

誰にも気づかれないと思っていた。
紅茶はともかく緑茶を淹れる腕前など、18の頃のままで止まっている。
しかもそれは、かつて父が好んだ味という偏ったもの。
一番気づかれたくなかった人に気づかれたとは何という皮肉。
……いや、そうじゃない。
本当は、気づいてほしかったのか――。

「あ……」

そう考えた瞬間、目の奥がひどく熱くなって顔を上げていられなくなった。
首をぶんと振りおろして、胡座をかいた父の片膝にかかる着物の裾をぎゅうと握り締める。
乱れて下りた前髪が額にかかり、顔は見えずともかつてを思い起こさせる姿に変わる。

「うん、うん」

切嗣は着物の裾が濡れていくのを感じ、色の抜けた髪に手を伸ばした。
傷んでややぱさついた白髪の触り心地は、少し悲しかったけれど愛おしかった。
彼が落ち着いたら、たくさん話をしよう。
何でもないような一日に、神様がくれた貴重な時間に感謝して。
そして、最後に聞いてみよう。
士郎、今――。

(幸せかい?)

Comments

  • Feb 16th
  • くまぽら
    October 14, 2025
  • orangeshade
    October 8, 2023
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags