【槍弓】最後だけ本当の嘘を
twitterでのあみだお題企画に参加させていただきました。
お題は「どちらかが大ケガを負ってしまい、無傷の方がいなければ二人揃ってそこから出られない状況でお互いを思いやる」
思いやる…とは……むずかしい……。
※ほんのちょっとだけ怪我描写あります苦手な方はご注意ください。
楽しかったです!ありがとうございました〜
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単独行動スキルを駆使した哨戒。それは新たなレイシフト先へ降り立った時、アーチャーが必ずと言っていいほど担う任務である。身を守るためにまずは周囲の情報を集めたまえ。死にたくなければな。折に触れて、若輩者のマスターに言い聞かせてきた。その甲斐があったのだろう。皆の五体満足、それにカルデアとの通信状況を確認し、仮拠点になりそうな場所を見つけ、てきぱき護衛や近場の見張りの割り振りを指示する彼の姿も見慣れてきて久しい。
人の成長をすぐそばで感じるというのはこんなにも眩しいものだったのか。遥か昔に置いてきた何かを刺激する主の振る舞いは、仮初めの魔力で編まれた心のうちを少しだけ締めつけた。それを感傷と言うかまではわからないけれど。
今回も同様、「エミヤはいつものお願い」と請け負った、サーヴァントとしてありふれた務め。のはずだった。
それが注意力散漫、集中力の欠如、慢心、心の乱れ。原因などどれでもかまわない。森の奥で遭遇したのは、ひとりで始末をつけるにはやや荷が重い数匹のキメラ。最後の1匹にとどめを刺したはいいものの、瞼をかすった傷がぱっくりと開き、右目の視界は流血で赤く染められ失われている。礼装をも切り裂き、胸から脇腹にかけては斜めに走る深い爪痕の数々。左脚には無数の咬傷。足首から先は骨さえ砕かれかろうじて筋が繋がっているのみで、もはや感覚はない。残り少ない魔力では流れ出る血を止められるわけもなく、結果として弓兵はマスターの元へ気軽に帰還できない程度の傷を負っていた。
「まったく、私としたことが……」
ぶらぶらと不安定で使い物にならない片足を引きずり、かろうじて彼が身を預けたのは巨大な老樹の陰。幹に背中を預けてどしゃりとくずおれるように座り込んだ。絞れるほどに血を吸った礼装は鮮やかな赤から深紅に姿を変え、先ほどよりさらに狭まった片方だけの視野がさらに翳る。それは失血の影響か、敵影を排除した気のゆるみか。否、それは今もっともアーチャーが会いたくないものの所為だった。
「……なーんでこういうのばっかすぐ見つけちまうのかね」
「……己の幸運値を……嘆くのは…っ、見苦しいぞ、ランサー」
「へーへーオクチばかりはどんな時でも達者だな。ロクに立てもしねえくせによ」
「は……ッ、見上げた観察眼だな。ご忠告痛み入る」
暗くなった視界は突如現れた蒼が創り出した影のせい。腰を下ろしたアーチャーの目の前には、血だまりにうずくまる様をなんの感情も浮かべぬかんばせで覗き込むランサーの姿があった。朱槍を両肩にひっかけ、リラックスしたその姿勢には警戒のけの字も感じられない。が、ひとたび敵の気配を察知すれば途端に戦闘態勢を取れるのだろう。それだけの実力が彼にはある。
「そりゃドーモ。こっちだって好きでここに来たんじゃねえ。マスター直々のオネガイだ」
いわく、時間になってもエミヤが戻ってこない、様子を見てきてほしい、と。
弓兵が毎度哨戒任務につくように、この槍兵も普段は主人の側で護衛につくことがほとんどだ。偵察も嫌いじゃねえがいい思い出があんまなくてな。やれって言われりゃするけどよ、できれば別の仕事で頼むわ。そう冗談交じりにマスターと言葉を交わしていたのをアーチャーは視野のすみで見かけたことがある。此度も同様に近くにいたのだろう。それにしても。
「貴様もとんだ貧乏くじを引いたものだ……」
「無駄口たたく気力があんならマスターのところまで持つな」
どこから取り出したのか、ランサーがぽいぽいとルーンが刻まれた石を適当に四方へ投げると、ぱきんと乾いた音をたてて防護結界が貼られる。途端、ひんやりとした森の空気が遮断された。いつの間にか槍は虚空に溶かしたらしい。空いた両手をひらりと返す。
「ったく、めんどくせえ……これ数分しか持たねえから。両腕はまだ使えんだろ、ほら」
広げられる手のひら。伸ばされる腕。その上には、見慣れたこの上なくうんざりとした顔がある。
「……?」
「その足じゃあ自力の移動は厳しい。ここにテメエをほっといても魔力と血の匂いにつられて次の獣が寄ってきちまう。寄越せ、腕。肩に抱えてってやるから」
だらりと力なく垂れ下がったままの上腕を掴まれる。途端、ぶわりと言いようのない悪寒がアーチャーの全身を襲った。冗談じゃない。貴様にだけは。
失血で痺れた両腕と残りわずかな魔力を必死に引きしぼり、掴まれた腕とは逆側に愛用の双剣の片割れ、干将のみを投影しそのまま振りあげる。まさか反撃を食らうとは思わなかったのだろう、ランサーはすんでのところで太刀筋をかわすと、とっさに剣の柄を握りしめた褐色の掌ごと幹へ踏みつけた。上腕の拘束は外れてしまったが、今度は縫いとめられる反対側の腕。ぐうとうめき声が聞こえた気もするが彼の知ったことではない。音もなくするり、と刃が空に消える。見下ろしたひとつだけの暗灰色の中には、頰に一筋の紅線が走る己の顔が映っていた。
「ッて! おい何すんだ」
「断る」
「いやだってお前立てないじゃ」
「助けなど必要ない。貴様一人で、さっさと帰還したまえ」
「はあ?」
「なに、マスターには見当たらなかったとでも伝えておくがいい」
「おい話を聞けって」
「こんな、使い物にならない荷物は捨て置け。どうせ消えればカルデアに戻るさ……それに」
もう時間の問題だ。
は、と短く息を吐くアーチャー。呼吸は先ほどよりもずっと浅くなっている。踏みつけられたままの指先、血に濡れた白髪の先、砕かれた足先。体の末端からうっすらと透けはじめていた。
「……時間ねえのにだだこねんじゃねえぞ」
「うる、さい。放っておけ」
「こんなときぐらい素直に甘えとけよ」
「──〝お前〟に助けられるなんて死んでも御免だ」
ぎり、と引きしぼられる鋼の虹彩。きゅう、と収縮する縦走りのあかい瞳孔。絡み合う視線が火花を散らす。今際の際になってまで助けを拒むその姿がランサーは本当に気に食わない。弓兵の理屈が通らぬ強情っぷりも、よくわからないわかりたくもないどこまでも利他的な思考回路も、地獄の底よりなお底を這う自己評価の低さに普段からうんざりしていたがここまでとは。
「……今は味方でもか」
「ああ。お優しい仲間のよしみで情けをかけてくれるというならば、一刻も早くとどめを刺してくれ」
「そうかい」
お互いに合わせたひとみはそのままに、愛用の朱槍を手元に呼び戻す。左足にはもう木の幹の感触しか伝わらなかった。眼前の現し身が砂のように消え去るまで数十秒もない。それは自らの身を持って知っている、最後のロスタイムだ。
それを見てアーチャーは口端に自嘲めいた笑みをはりつけ、ひとつ、深呼吸をこぼした。抵抗する気がないことを指し示すかのように、両の瞼をゆっくりと下ろす。くらやみに飲まれるそのとき、見入ってしまったのは振りかぶられる死棘の槍。ああ、これに穿たれるのは何度目になるのだろう。運命だなんて陳腐な単語で表すにはまだ足りない、ただひとりからの。
そうして、あかい刃先が空気を切り裂いた。