○○ホイホイと御守り男
5
俺は結局のところ、他人と一線を引いている。
ガチャン
カフェの店員の接客とは思えない勢いで、カップの乗ったソーサーが置かれた。
置いた人間の感情がそのまま出てしまっているから。
「な、ん、で!もっと早く来ないんだよ!」
「ランサー、声を落としてくれ」
「落とせるか」
続いてゴンという音をさせながら、チョコチップスコーンの乗った皿を置く。
今日はいつもの場所ではなくカウンターの端の席だった。
約1ヶ月弱ぶりに店にやってきたアーチャーの顔を見た途端、ランサーの顔がひきつり、あまつさえ米神に青筋が浮いた。
挨拶もそこそこに、ランサーはアーチャーをその席に座らせたのだ。
その席なら客と店員でも話しやすいという理由で。
「頭痛が…」
アーチャーは土気色の顔で米神を揉んだ。
ランサーは言葉とその行動で察して小さく舌打ちをした。
「…兎に角、石」
ぶっきらぼうにそう命じると、アーチャーはスーツの胸ポケットからキャスターに貰った、石の入った巾着袋を取り出し中身をカウンターテーブルへ転がした。
キャスターと違い、ランサーの目にはその石が前回アーチャーに手渡された時と違っている所は見えない。
だがキャスターが見れば、その石からすっかりランサーの込めた力が消え失せ、剰え元々キャスターが籠めていた魔除の呪いすら枯れ切っている事が判っただろう。
だが、それが判ろうが判らなかろうが、ランサーがする事に支障は無い。
それを、掌に握り、じっと10数秒待つ。
その間は先日と殆ど変わりはしない。
それからそっと開いた掌の中の石を、コロリと皮製の巾着袋の上に転がした。
「ほらよ」
「ありがとう」
アーチャーの褐色の手がそれを再び取ると、
やはりそれはほんのりと温かい気がした。
不思議なものだ。
アーチャーがスーツのポケットに持ち歩いていても、
直前までのそれはひんやりと天然石特有の冷たさだったのに、ランサーが握った後はほっこりとした温度に成る。
「これ、どれ位で効力が切れたんだ?」
「おそらくは2週間弱と言ったところかな」
「は?」
「ランサー、それは到底接客業の人間がする顔ではないぞ」
誰がそれをさせているのだ…と言う言葉を、やはりアーチャーの言う到底接客業の人間がしない顔付きのままランサーは飲み込んだ。
「……因みによ、それの効力がどんなもんだったよ。前と比べて」
「キャスターへ報告するのか?」
「まあな」
一応、アーチャーとキャスターのそれは治験の様なもの…ということになっている。
本当はキャスターが何を考えアーチャーへ関わっているのかは、結局この手の事の素人であるランサーも知らない。
アーチャーからの質問は適当に流した。
「大変快適だった」
「………………」
「おかげ様で、身体の疲れなのかその手の現象なのかの区別が付くようになった気がする」
キャスター曰く、色々と悪いものをくっつけおいて肩こりかな?
とか言ってる位鈍い男の事だ。
この言葉もちょっと怪しい。
「ほぅ…じゃあ今の状態はどっちなんだ」
「これはまあ両方ではないかと思う。仕事も忙しくて」
ランサーは押し黙った。
アーチャーは相変わらずまだ顔色が悪いが、呑気にランサーの出したチョコチップスコーンを齧っている。
「…そこから1週間。楽になった2週間があったのに良く粘るじゃねえか」
「それまでがそれまでだったのでね」
「褒めてねんだよ」
「何?」
アーチャーが心外という顔をする。
口の端にスコーンの食べカスが付いているのすら、ランサーには腹立たしい。
「いいか。キャスターはアンタと、アンタにしている処置のデータを取りたいんだ。あいつの仕事は本来まあまあ金を取る。それだけ此方の業界での市場価値を認めさせてる。腹立たしいが」
「あ、ああ」
「でもアンタのはキャスターから申し出た実験みたいなものだからタダなんだ。て事はアンタはマメに結果報告をする必要があるし、効力が切れた石でぶらぶら1週間も放っておくってのはどうなんだ?」
「そう…そうだな。すまない。彼が報告は適当でいいと言うので甘えていたよ」
「後!」
「む…」
「無駄に粘るな。少しでもやばいと思ったら此処に来い」
最後のそれは意識して真摯な声を出したつもりだった。
アーチャーも、少し驚いた顔をして此方を見上げている。
「…ああ、分かったよ」
「本当に分かってんのかね。てかよ、仕事忙しいのは分かるがカフェの閉店時間までには上がってこいよ」
「んん…」
「ほら、分かってねえじゃねえか」
前回のキャスターの言う“一番強力なお守り“と言う言葉の意味を、アーチャーは既に知っている。
信じがたい事ではあるが、このランサーの存在自体が何よりも強力な魔除になるのだと。
そのランサーが1日のうち長く入り浸るこのカフェは自然とそういう場になってしまったらしい。
これまでアーチャーの感じていた、このカフェに来ると身体が楽になるというのは気のせいではなかったのだ。
「俺が休みでも此処に来るだけでもいいんだよ」
「ん、そうだな」
ふと、ランサーは違和感を感じた。
今明らかに自分の休みという言葉に反応しなかったか?
「…あー、石に力入れ直して欲しいってなら休みじゃダメだな。一応連絡先教えておくわ」
言いながら制服のポケットからスマホを取り出そうとする。
「いや」
妙にはっきりとした返事が返ってきた。
「ん?」
「いや、大丈夫だ。そうだな。週1でもカフェに寄れる様にするよ」
「お…おお」
そう言ってぐいとコーヒーを飲み干すと、アーチャーはさっさと立ち上がった。
「石、有難う」
最後にそれだけ言うと、アーチャーは足早にレジに向かい会計を済ませ店を去った。
残されたのは、片手にスマホを持ち、何だか中途半端な姿勢でぼんやり立ち尽くすランサーと、その一部始終を見ていたバイトの
「…連絡先交換拒否られちゃったんですか?」
というちょっと哀れそうな声のみ。
『ぶあっはは…ぶぼっふ…ゲホっ』
電話の向こうで腹筋を振るわせている兄弟の姿が、ランサーには安易に想像できた。
その日の晩、己のマンションの部屋に戻りキャスターに連絡を取った。
一応、アーチャーの状態の報告を兼ねて。
「笑いすぎだ」
『いやだって、振られてやんの…ふふ』
「うるせえ。何でだよマジ」
『さあな。でも珍しいじゃねえか。お前の方からそういうの』
「てめえがお友達になれとか言ったんだろうが」
『そうだけど。どうだ。お友達にはなれそうか?』
「…だから何なんだよそれ。いや、もーいいや。知らん。俺がどうかしてたわ。べつにプライベートの連絡先知らんでも俺は石に力を入れてやるだけだし、メインはお前の仕事だろ」
何処か投げやりなランサーの声音に、キャスターは相手には見えないその顔に少し困った笑みを乗せていた。
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- あいJanuary 25, 2021