その事に、一番始めに気が付いたのは確かにキャスターだったが、それを初めて利用したのは兄弟の父親だった。
キャスターとランサーの両親は、元々従兄弟同士で、子どもの頃からの長い付き合いの末結婚したが、長過ぎる付き合いも良くなかったのだろうか。
兄弟が物心つく頃には離婚へ向かい、お互いに弁護士を立てていた。
その間2人は母親の実家に預けられていたし、正式に離婚が決まった後も母親は実家に留まった。
その地域には親戚が多く住んでおり、その中にキャスターの今の生業の師匠筋に当たる女性が居た。
その女性ですら、キャスターの才能には目を付けていたが、ランサーのそれには気付かなかった。
思えば、一番兄弟の特殊性に気付く可能性のあったその女性が、ランサーの方だけ気付けなかった事が、一番の悲劇だったのかもしれない。
生まれ付き、人には視えないものを視る事の出来たキャスターは、ある日気が付いた。
ランサーの周りにはそれらが居ない。
いや、気付いた時の感覚で言えば逆だ。
年子で、意識としては物心付いた頃からずっと一緒に居たのでそういう感覚になる。
弟と一緒に居る空間は、人ならぬモノ、特に害を及ぼす淀んだモノが寄ってこなかった。
それがキャスターにとっても普通の世界で、そうでない時に人ならぬモノが居る事にキャスターは後から気がついた。
当時のキャスターはまだ子供で、二週間に一度、週末に面会として会う父親に何も考えずにそれを教えてしまった。
とある国では、ミッシングチャイルドの半分が、離婚後親権を得られなかった片親の誘拐によるものだそうだ。
数週間後、ランサーと2人の父親は失踪した。
正確には、ランサーを誘拐した父親が失踪したと言うべきか。
半狂乱になった母親と、キャスターの師匠となった親戚の女性の努力により、ランサーが見つかり、キャスターが弟と再会を果たしたのは、2人ともに10代半ばを過ぎた頃だった。
「怒るなよ」
アーチャーが仕事に戻る時間のタイムリミットに気付き、急ぎカフェを出て行った後、カップを片付けに来たランサーへキャスターが歌う様に言った。
「怒ってねえよ」
「じゃあ何で不機嫌そうなんだ?」
ランサーはそれには答えず、2人分のカップを乗せたトレーを見つめる。
「…何であいつにあんな事言った」
「お友達?」
「ちげえ。いや、それも有るけど…」
「一番強力な御守りって奴か?事実だろうが」
「言わなくても…」
「ああいうタイプは、下手に隠さず言っちまった方がいいんだよ」
「そうだとしても、お前が言うなよ」
不満そうなランサーの言葉に、キャスターはニヤニヤと笑う。
「お前に任せてたらいつまで経っても言わねえだろうが」
「…言う必要が無えだろ」
言いたくないの間違いだろうが…とは、キャスターは突っ込まなかった。
弟の経験を思えば、言いふらしたい事ではないのは解っている。
「それは、どうかねえ…」
キャスターが意味深に遠くを見る様に呟いた。
「何だよ」
「いや、これはまだ分からんが、いずれアレは石だけじゃ追い付かなくなるんじゃねえかってな」
「は?」
何とも不穏な発言である。
アーチャーに渡した石は、キャスターが普段仕事で使っている道具だ。
意味のある言葉を掘り込みそれだけで力を宿すが、今回はそれにランサーの力を上乗した。
ランサーの力の部分だけは消耗品ではあるが、そこは繰り返し充電してやれば良い。
「お前の力は、お前の残り香とか名残みてえなもんで、お前自身じゃねえからな」
「それだけでも十分だろうが」
「今迄はな」
そう、今迄は。
今迄も何度かランサーはキャスターの仕事を手伝ったことがある。
今回の様に石に力を宿しキャスターを通し依頼主へ渡す。
それを何度か繰り返すと、依頼主の悩みの元凶はその人物にランサーの力の余韻を感じていずれ悪影響を及ぼさなくなる。
害獣除けと同じで、覚えさせ、元凶の界隈にその情報を共有させてしまえばいいのだ。
だが、
「ちょっとアレは、俺も今までお目にかかった事ないタイプなんだよな」
キャスターは、通りでアーチャーを見つけた時の事を思い出す。
小さな黒い積乱雲が、平然と出歩いている様は、異常の一言に尽きた。
あの異常な状況を平然と生み出してしまうアーチャーに、果たしてこれまでのやり方が通用するのかという不安が、キャスターには有った。
そもそも、これまでもキャスターがランサーの力を借りる事は稀で、余程スピーディーな解決が必要な場合や応急処置的なものばかりだった。
今回はまさにこの2つの条件が当て嵌まったわけだが、その対象者の目の前でランサーに石を握らせるところを見せたのは初めてだった。
そうしたのには訳がある。
一つは元々ランサーとアーチャーが顔見知りであった事。
もう一つは、例の不安。
もう一つは…
「石だけじゃ持たなくなった時に、素直にお前自身のところに来られるのが一番だ」
だからこそ、ランサー自身が一番効果があるのだという事を教えておいた。
「何だそりゃ。それにしたって、今迄の奴にはそんな事しなかったじゃねえか」
不思議そうなランサーに、キャスターは一つ溜息を付いた。
それからジトリとした目で見上げる。
「何だよ」
「そりゃお前が…いや、やめた」
「あ?」
「とーにーかーく、アイツが来たら石の充電してやれよ」
それだけ言い残すと、キャスターはさっさと会計をして帰って行った。
アーチャーが次にカフェを訪れたのはそれから約3週間後だった。
とんでもない顔色をして。