クー・フーリン・キャスターの生業は、ちょっと一般人には馴染みの無いものだ。
それは生来の己の才能を最大限生かしたもので、クライアントの殆どは所謂経営者層。
古来より、お偉いさんの隣に魔女や占い師、霊能者という奴は付き物だ。
(―いやー、ランサーの店が近くて助かったぜ−)
今、キャスターは外向き大変落ち着いた笑顔を見せているが、内心では冷や汗を拭き取っていた。
今日は特に仕事が無く、久しぶりに行きつけの本屋に寄り楽しみにしているシリーズの新刊小説を買込んだ。
この後ゆっくりお茶でもしながら読もうと、小さな幸せを想像してご機嫌な気持ちで街を歩いていたら、とんでもないモノが前方からやって来るのに気付いてしまった。
それはキャスターの目には黒い靄の塊に見えた。
それも特大の。
それが、のしのしと人混みに紛れてやって来る。
職業柄、そして物心ついた時からの経験でそれが何なのか分かっている筈なのに、余りの状況に一瞬動けなかった。
ポカンと口が開いた自覚は有った。
ハッとして良く良く目を凝らせば、それは怨念という程では無いが自然霊混じりの霊体や、最早意思も無く漂うモノ達の寄り集まりだった。
だが、理由も無く集まるわけが無い。
その中心に、その理由と成るものが居る筈だ。
キャスターの赤い両眼が光る様にじっとそれを見つめる。
人だった。
キャスターは人に無い才能が有ったとしても正義の味方でも神様でも無い。
関わらないという選択肢も有ったし仕事も選ぶ。
もっと少量のそれなら無視も出来たし、通りすがりに祓ってやる事もあっただろう。
だがそれは余りに異常過ぎた。
つい、声をかけた。
「おい、アンタ」
黒い靄の中に手を突っ込み、その辺りの小物を引き剥がしながら肩に手を置いた。
すると、靄の中に居た、恐らく集まったものの中で一番大きな個体の“目“が、ジロリとキャスターを睨んだ。
(−…………っ、こいつ−)
それは、固く固くその中心となる人物に張り付いており、キャスターが意思を持ってその手で触れても用意には引き剥がせそうも無い。
それをサポートする為のツールも有るには有るが、手持ちの石と道具だけでは心許なかった。
「はい?」
ついその靄の方へ目が行っていたが、中心の人物はきちんとキャスターへ返事をした。
いささか疲れた顔をしたサラリーマンだった。
そりゃこんなものを張り付かせておけば、疲れた顔にもなる。
両眼をしぱしぱさせている辺り、キャスターにもワンテンポ遅れて気が付いたといった風だった。
だが、サラリーマンはそれよりもキャスターを驚かせる反応を見せた。
「…ランサー。やあ、気付かなかったよ。今日は店は休みなのか?」
「…え?」
サラリーマンは、褐色の肌に白い髪、角度によって髪の色より濃いグレーとも琥珀色とも見える目をした男だった。
背の高いキャスターよりも少しだけ視線が上に有る。
いかつい男ではあるが、その少し驚いた様な表情は少しだけ子供っぽい。
女にモテそうだ…等というどうでもいい感想が頭に浮かんだが、今はそれどころではない。
ランサーを知っているという事はカフェの客でしかもこの気安さからして常連だ。
「…よし、カフェに行こう」
唐突にそう言い放つと、キャスターはバサバサと他の小物を追っ払いながら、黒い靄を剥がれたサラリーマンの手首を掴んで引っ張った。
「え?ちょっ…ランサー!」
思いの外強い力で引っ張られ足のよろめくサラリーマンが後で何か喚いている。
「悪いが俺はランサーじゃない。兄のキャスターだ」
「あ、兄?」
ずんずん歩きながら今更で唐突な自己紹介をするキャスターに、想像通りのリアクションをする。
「ちょっと話が有る」
「いや、私は仕事中で…っ」
「少しぐらい時間は有るだろう。それとも営業先の約束か」
「会社に戻る途中だが…」
馬鹿正直な男である。
咄嗟に嘘が付けないタイプなのかもしれない。
「ならいいだろう」
戻るのが遅れる理由等いくらでも作れるのだから。
この時キャスターにはある確信が有った。
此処のところ、ランサーから聞くある客の話だ。
ランサーは接客は上手い事やるが、常連でも思い入れを持ちすぎる客は居ない。
あくまでも店員と客という線引きをする。
そんなランサーが妙に気にし、最近ポツポツと兄弟との近況報告に出てくる客。
それがこのサラリーマンだろうという。
こういう勘は良く当たる。
カランッ
いささか強く店の扉のベルを鳴らし、キャスターはランサーの働くカフェへサラリーマンを連れて突っ込んで行った。
で、今に至る。
案の定、店に入った途端サラリーマンに張り付いていた異常にでかい積乱雲の様な靄は、入り口のドアから吸い出される様にして締め出された。
靄から開放された男を正面から見れば、
「…いい男じゃねえか」
さっきも女にモテそうなとは思ったが、それは表情と体格のギャップにであり、こう素直に真正面から見ての感想がこれだ。
「は?」
いきなりカフェまで連れて来られて奥のソファへ座らされたサラリーマンは、水を飲みながら怪訝な顔をした。
だがキャスターは黙ってニッコリと笑うだけに留めた。
「ほいよ、ブレンドお待ちどう。アンタにはチョコチップスコーンも」
そこで、ランサーがオーダーを持ってきた。
とは言ってもオーダーらしいオーダーをしないまま席に着いたので、これはランサーが気を利かせた結果である。
「有難う」
アーチャーが丁寧にお礼を言う。
いつも頼むスコーンも付いてくる辺りが嬉しい。
その様子をキャスターはじっと見つめ、さらにそんなキャスターをランサーが睨む様に見下ろした。
「で?何処で知り合ったんだよ」
「すぐ其処で」
キャスターの返事は簡潔だ。
「だが店が近くて助かった」
付け足された言葉に、ランサーが数秒間を置いて片眉を釣り上げた。
「…おいキャスター、それって」
「まあまあ、お前仕事中だろ。話は後で聞かせてやるから」
「……っ全部だぞ。アーチャー、何か変なことされたら直ぐ言えよ」
それぞれにそれだけ言い残し、ランサーは新しく入ってきた客の対応へ戻って行った。
「何するってんだよ」
キャスターは苦笑いを浮かべるが、実際出会い頭にいきなり手首を掴まれ知っている店とはいえカフェまで引っ張って来られた。
「……此処までの行動を考えると当然の心配にも思えるがな。私が男性だから良いものの」
女性だったら、警察沙汰でも可笑しくない。
向かいに座るアーチャーの、此処に来てようやっとの反発らしい言葉にキャスターは静かに笑む。
(−…遅い反抗だな−)
其処まで言うなら、此処まで引きずられている間にも力任せに腕を振り払えば良かったのだが。
だがそうしなかったのは、そういう性格なのか、8割がたがランサーと同じこの顔のおかげだろうが、何というか、甘さの有る男だと解ってしまう。
(−この甘さも原因かね−)
「アーチャーと言うんだな」
「…そちらは、キャスターだったな。ランサーの兄というのは本当らしい」
「違いようが無えだろこの顔じゃ」
「…双子?」
「んにゃ、年子だ」
「で、話とは何だ」
アーチャーがチラリと腕時計を見る。
会社に戻る時間を気にしているのだろう。
話を引き伸ばしても意味は無い。
此処までの流れを見てもアーチャーはいきなり確信を付くやり方の方が、此方で流れを掴める気がする。
「…単刀直入に言う。アンタ、良くないモノに憑かれる質だな」
「………………」
この場合の無言は表情と相まって肯定だ。
「…そうか。君は視る人なのだな」
言葉に出して肯定するのは思っていたより早かった。
だが、キャスターが考えていた様に此方で会話のイニシアチブを取れる空気にはならなかった。
アーチャーは意外と落ち着いている。
恐らくこの体質故にキャスターの様な生業の人間とも縁が有るのだろう。
「そうだ。アンタを此処に引っ張ってきたのは、通りを歩くアンタの本体が見えない位には色んなモノがくっ付いてから。まるで小さな積乱雲みたいに。驚いてついついな」
と、片手を頭の上に翳し、高さを表す仕草をする。
「…そうだったか。肩が重いとは思っていたが」
「あれで肩が重いって程度か。引き寄せる割に鈍感なのかい」
「さあ、他と比較の仕様が無いからな」
コーヒーを一口飲む。
「アンタは異常だ」
「知っている」
「一体何時から…」
「キャスター」
カップをソーサーに置いて、アーチャーはキャスターの言葉を遮った。
ますますキャスターの中の印象が変わる。
外で此処まで自分に振り回されていたのとは大違いだ。
「ただの好奇心ならば帰らせてもらう」
目的の無いお喋りと質問は意味が無い。
「…好奇心ってのも間違いじゃねえが、じゃあ結論から言う」
「…………………」
「アンタはこのままじゃ遠くない内に死ぬ様な目に会う。不運が重なってそれを繰り返す人生だ。だが俺としてはそれを見過ごすのが忍びない」
「…君は、正義の味方か何かか。君は今日ついさっき私を見つけたのだろう。友人でも何でもない。見過ごせないと言う理由が分からない」
「其処が俺の好奇心だ」
「………………………」
アーチャーがじっとキャスターの言葉の真意を探る様な目をする。
「話を続けても?」
「どうぞ」
「アンタを少しでも助けたい。その方法を提案する」
「何だそれは」
「仕事の様なものだ。俺はコンサルタント業なんでね。つまり、こっち方面の。プロだからその辺り安心しろ」
「そんな金は無い」
「だから、好奇心だと言っただろう。金は取らない。変わりに定期的な報告が欲しい」
「つまり、それが君のメリット?…治験の様なものか?」
「まあ薬じゃねえけど、似たようなもんかね。データが欲しいのは確かだ」
「…もしそれが成功したら、今後他に迷惑をかける事も無いのかね」
「迷惑?」
「……この体質を心配した友人が色々を時間を割いてくれている。本人にとっては余計な時間を使わせてしまっているから、やめさせたい」
曖昧な表現だった。
時間を割いているというのはアーチャーの体質の解決方でも研究しているのだろうか。
だが、そういう類の研究をする者にとってそれは迷惑にはならないと思うが。
「…まあ、他の手を煩わせる事は減るな。上手くいけば」
「そうなのか」
アーチャーは掌で顎をさする様な仕草をして目を伏せ考え事をしている。
だがその時間はそう長くはなかった。
思っていたより切羽詰まっているのかもしれない。
アーチャーが意を決した様に顔を上げる。
「…話を聞きたい」
「そう来なくっちゃ」
キャスターがパンと両手を合わせて笑った。
「ランサー!」
少し大き目な声で、他の客にサーブをしていたランサーを呼び付ける。
すると、不機嫌そうな顔のランサーがやってきた。
「キャスに何もされてねえかよ」
開口一番アーチャーの心配である。
「おいおい、酷いな」
「コイツはうちの大事な常連なんだから当然だろ」
正確には准常連だが。
「まあ兎に角、ランサー、これ持て。そんで握りしめろ」
ランサーの言葉等上部だけで聞き流しているキャスターは、尻ポケットから小さな巾着を取り出し、中身を掌に出した。
3つ程の、アーチャーからはカラフルなおはじきか何かに見える。
もっと細かく言えば、平べったい、シーグラスの様にも見える石だ。
ランサーはそれを見て、驚いた様に両眼を見開き、次いでチラリとアーチャーを見た。
アーチャーは何だろうとは思ったが黙って様子を伺っている。
それからたっぷり10秒、ランサーは微動だにせずキャスターの持つその石を見下ろしていた…が、鼻だけで一つ息を吐くと、キャスターからその石を受け取った。
掌に持ち、ギュッと握り込む。
そのままやはり動かない。
何をするでもない。
キャスターは薄い笑みを浮かべたままその様子を眺め、ランサーは何も気負った様子の無い顔で自分の拳を見つめている。
「…これ位でいいか?」
「十分だな」
アーチャーには分からない会話を、美丈夫な兄弟が交わす。
「ほらよ」
ランサーが石をキャスターへ返す。
キャスターはそれを元々石の入っていた小さな皮製の巾着袋に入れ直すと、それをアーチャーへ差し出した。
「お守りだ」
「?」
「とりあえずだがな」
アーチャーはテーブルの上を滑ってきた巾着を受け取り中身を見た。
チャラリ…と音をさせて掌へ取り出し良く見ると、平べったい石には見慣れない模様が刻まれている。
シーグラスではなく、天然石の様だ。
だが、無機質の筈のその石からはじんわりと体温の様なものを感じた。
普通こういったものは水晶を始め、人の体温が移る事は無いと聞くが。
「出歩く時には持ち歩け。家はどうなってる?」
「家には、その友人の作ってくれた守りが有る」
「だろうな。家だけでも真面でなけりゃ、このカフェでのんびり常連になれてるわけが無い」
「………こういった石の形をしたお守りを持つのは初めてではないが、消耗が激しくてな…これは…どうなんだ」
「まあまあ持つとは思うが。効果が切れてももう一度力を込めればいい」
「充電式だと…」
アーチャーが何故か衝撃を受けた顔をした。
何でそんな顔をするんだ。
「…以前使った石は高価な宝石でな。しかも消耗すると一度で溶けて消えてなくなった…あまりにコストパフォーマンスが良くなくて…作った人間を止めた」
「ああー…」
と、キャスターが何か分かったようなそうでない様な声を上げた。
それが例の迷惑をかけたくないという友人なのだろうと予想もついた。
「まあ、それも無茶をすりゃそういう時が来るかもしれんが、そうなっても材料は俺持ちだから気にすんな。宝石ってほど高価な代物でもない」
「そうか…」
「で、それとだな」
「まだ有るのか」
「それは取り敢えずつったろ。本題はこれからだ」
「うむ」
心なしかアーチャーが緊張した様な顔をする。
キャスターが笑みを深くした。
それを、ランサーが訝しげに睨む。
「アーチャー、ランサーとお友達になってやってくれ」
「は?!」
アーチャーより先に声を上げたのがランサーだった。
アーチャーはポカンと口を開けるだけで声を出していない。
「何だよそれ」
「何って、了承したと思ったんだが」
「了承?」
「石に込めただろう」
「握っただけだ」
「たっぷり考えたくせに」
「…それは…っ」
「少なくともお前は嫌じゃねえって事だ。“お友達“」
「………………」
アーチャーをそっちの気で言い争う兄弟。
アーチャーは交互にその美しい顔を見比べた。
「…一体、どういう事なんだ…」
何故自分の体質問題の改善に石のような道具、お守りではなく、人間のお友達なのだ。
それにキャスターがニンマリ笑った。
「そりゃ、コイツが一番強力な“御守り“だからな」
親指でくいっとランサーを指しながらあっさり宣ったキャスターに、ランサーが眉を跳ね上げた。
「おい!」
パッと他の客とフロアに居たスタッフが振り向く。
ハッとしたランサーが「し、失礼しましたー」と接客用の声を出した。
顔を戻すと、テーブルに肘をついてニヤニヤするキャスターと、未だハテナマークを飛ばすアーチャーが此方を見ており、ランサーは少しばかり憂鬱な気分になった。
Comments
- あいJune 29, 2020