性犯罪の再犯を防ぐため、刑務所で特別プログラムが導入されてから、今年で20年を迎える。
12月には、性犯罪歴のある人を子どもと関わる仕事から排除する「日本版DBS」が始まるが、被害を生まないための取り組みはいまなお道半ばだ。
性犯罪のニュースが報じられるたびに厳罰化を求める声があふれている。しかし、反省や処罰の強化だけでは、将来の被害を防ぐことはできない。
塀の中でその現実に向き合う職員と受刑者たちを追った。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●導入のきっかけ「奈良小1誘拐殺人事件」
性犯罪者に対する特別プログラムが導入されたのは2006年。きっかけは、その2年前に起きた事件だった。
2004年11月、奈良市内で下校中の小学校1年生の女児が誘拐され、遺体で見つかった。逮捕された小林薫・元死刑囚(2013年に死刑執行)には、子どもを狙った性犯罪で服役した過去があった。
この事件は、性犯罪の再犯をいかに防ぐかという課題を社会に突きつけた。
法務省は2005年、「性犯罪者処遇プログラム研究会」を立ち上げ、翌2006年から受刑者向けの「性犯罪再犯防止指導」を開始した。
2004年に小学1年生の女の子が小林薫・元死刑囚に誘拐された現場近く(2026年1月22日、奈良市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「被害者を作らないのが一番」担当職員の願い
プログラムは、性犯罪で服役する受刑者全員が受けるわけではない。実刑が確定した人の中から再犯リスクの高さなどを基準に対象者を選定し、低・中・高密度の3コースに振り分ける。1回100分の内容を4〜9カ月にわたり実施する。
用いられるのは「認知行動療法」だ。同種の罪を犯した受刑者が8人前後でグループを組み、ワークを通じて自身の思考の癖や行動パターンに気づき、コントロールするスキルの習得を目指す。
このプログラムを実施している施設は全国に20カ所あり、その一つが埼玉県の川越少年刑務所だ。
「この仕事の目的は『被害者を作らない』ことに尽きます。そこは知ってほしい」
加害者に税金を費やすことへの批判もある中、導入当初から関わってきた男性職員はそう強調する。
専用のテキストとカリキュラムが用意されており、この職員は法務省が公表しているテキストの一部を示しながら、「自分史発表」「行動サイクルの分析」「セルフ・マネジメント・プランの作成」という3つの活動が「柱」になると説明した。
まず、生い立ち、家族・友人との関係、仕事、性的な経験、心の奥底で望んでいたことなどを振り返り、「自分史」としてグループ内で共有する。
次に、問題を起こしていない通常時の状態、事件の引き金になった出来事、加害後の感情などを場面ごとに詳細に書き出し、加害行為に至るまでの自分の行動パターンを可視化する。
そして、犯行の「トリガー(引き金)」に気づいたうえで、同様の状況に直面した際の対処法を検討する。他の受刑者の意見も取り入れ、出所後に活かせる内容にブラッシュアップしていく。
性犯罪再犯防止プログラムの概要(法務省の資料「刑事施設及び保護観察所の連携を強化した性犯罪者に対する処遇プログラムの改訂について(令和4年度~)」をもとにNotebookLMで作成)
●取り調べでの「思い込み」を解きほぐす効果も
「受刑者にはトラウマを抱えている人や性犯罪を行って恥を強く感じている人も多く、性的な話題を他人に明かすことへのハードルが高い。プログラムの中で自身について話すことに抵抗を感じる人は少なくないので、いかに安心してもらうかが大きなポイントになります」
川越少年刑務所の職員はそう説明する。そのため、一般的には受け入れにくい発言であっても、まずは「率直に言ってくれてありがとう」などと一旦受け止め、前向きな言葉をかけるという。そんなキャッチボールを続ける中で、受刑者は少しずつ本音を語り始める。
性犯罪に限ったことではないが、受刑者は、事件を起こしてから刑務所に入るまでの間、「なぜ?」と何度も問われる。取り調べで相手が納得しやすい説明を繰り返すうちに、いつの間にか、それが自分の本心だと錯覚してしまう人も少なくない。
プログラムには、そうした「思い込み」を解きほぐす役割もある。
職員によると、性犯罪者の中には「仕事のストレスでむしゃくしゃしてやった」と説明する受刑者でも、掘り下げていくと「俺は優秀なのに評価されない」という孤立感や、「女性を支配して万能感を得たい」という歪んだ欲求など、別の動機が浮かび上がることがあるという。
性犯罪再犯防止プログラムに長年関わってきた川越少年刑務所の職員(2026年1月20日、埼玉県川越市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●プログラム受講者に効果 再犯リスクが低下
トリガーを引かないための工夫は、人によって異なる。
受刑者の中には、わいせつ事件を繰り返さないために、女性の背後に近づいた際、わざと大きなくしゃみをするように心がける者もいるという。相手が驚いて足早に立ち去ることで、結果的に自ら犯行に及ばない状況をつくるためだ。
「反省すれば再犯しなくなる、というのは神話です。涙を流して反省する人ほど、またやってしまうこともある」
そうした危機感を持って指導にあたる職員もいる。
法務省が2020年3月に公表した調査報告書によると、プログラム受講者の「出所後3年以内の再犯率」は27.3%で、未受講者の38%よりも10ポイント以上低かった。
性犯罪に限定した再犯率も、受講者は15%で、未受講者は22.5%と差がみられた。
一方で、強制わいせつ(現・不同意わいせつ)や、痴漢などの迷惑行為防止条例違反に該当する受刑者については「指導の効果について統計的な裏付けが得られなかった」とも指摘されている。
性犯罪再犯防止プログラムの効果を分析した結果(2020年3月に法務省が公表した「刑事施設における性犯罪者処遇プログラム受講者の再犯等に関する分析 研究報告書」をもとにNotebookLMで作成)
●職員の育成に課題 受刑者の更生に影響
指導する側のスキルや経験値は、受刑者の更生に大きく影響する。
前出の川越少年刑務所の職員は「刑務所の職員は異動を避けられず、継続を希望していても長く性犯罪のプログラムを担当できるとも限らないので、専門の職員が育ちにくい。育成が難しい面はあります」と語る。
性加害を繰り返した末に女性を殺害し、無期懲役となった受刑者によると、過去に受講した際、否定的な意見ばかりを述べるスタッフと対立し、プログラムが休講になったことがあったという。
「どれだけレベルの高い講師をそろえても、共感性がなければ学びは少ない。ただ回数を消化するだけ、無駄な時間だった」
そう振り返る。
性犯罪再犯防止プログラムを実施している川越少年刑務所(2026年1月20日、埼玉県川越市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「社会の受け皿が大事」再犯防ぐポイント
再犯防止は、塀の中で完結しない。
「やはり社会の受け皿、リエントリーがとても重要です。社会に戻った後の最初の1年を乗り越えれば再犯率は大きく下がります」
こう語るのは、長年性犯罪者の更生支援に携わってきた大阪大学名誉教授の藤岡淳子さんだ。
日本では、受刑者だけでなく、仮出所者や執行猶予判決を受けた人を対象にしたプログラムも実施されており、塀の中と外をつなぐ重要性は国も認識している。
ただし、刑期や執行猶予期間が終了すれば、受講を義務付ける法的根拠はなくなる。その後は、本人や家族の意思、民間の支援につながれるかどうかに委ねられるのが現実だ。
藤岡淳子さん(2026年1月7日、大阪市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●大阪で新たな取り組み「司法だけに任せない」
こうした中、新たな試みも始まっている。
法務省は2025年、藤岡さんが代表理事をつとめる一般社団法人「もふもふネット」と連携し、出所後の性犯罪者を地域ボランティアが支える「CoSA(コーサ、Circle of Support and Accountability)」を開始した。
すでにボランティアの募集や研修が進められ、今年4月からは出所者と支援者が定期的に対話する場が設けられる予定だ。
「大切なのは、本人が通い続けること、そして、サークルが続く中で本人が幸せに暮らし、再犯せず、被害者を出さないことです。
地域のボランティアが刑務所から出てきた人と関わることの意義も大きい。実際に会えば、出所者も“普通の人”だとわかり、社会の意識が変わるきっかけにもなります。
司法に任せきりにするのではなく、自分たちのコミュニティの安全はコミュニティで守る。その流れが生まれれば、とても有意義だと思います」
藤岡さんはそう期待を寄せる。
CoSAのイメージ図(「法務総合研究所研究部報告59」より)
●子ども2人殺害の男、今年で刑期満了の予定
西日本の刑務所に収容されているある男性は、過去に子ども2人を殺害し、出所後に女児へのわいせつ事件を起こして再び刑務所に戻った。
数年前に性犯罪再犯防止プログラムを受講した際には、「正直、あまり受けたくはない」と消極的な発言をしていた。
一方で、自身の立場を理解しているようにも見えた。
「社会に戻った後、再犯などを起こすことがないように、自分自身の為、真面目に取り組んでいこうと思っています。私自身、年齢的にももうまったく後がないという状況ですので…。本音を言えば、私は生きていることそのものが許されない、そんな存在なのだと自分では思っています」
そう吐露した男性だが、前回の服役でもプログラムを受けていながら再犯に及んだ「前科」がある。
反省しても再犯は防げない──。彼は今年、刑期満了を迎える見込みだ。
※この記事は弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。