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度数の高い男/Novel by SORACHI

度数の高い男

15,902 character(s)31 mins

ノウム・カルデア時空のどこかの時点、付き合ってるけどそれっぽくない槍弓が、アーチャーが酔っ払ってふわふわになったりランサーがらしくなく焦ったりして、すれ違ってからそれっぽくなる話です。

エアブー開催に合わせたエア無配という事で、外出できないGWのお暇つぶしになれば幸いです。

□注意書き□
※真名バレ含みます。
※霊基やサーヴァントの記憶に関して自己解釈があります。
※マスターの名前は出て来ません。
※直接ではありませんが、キャス影弓を臭わせる描写があります。
※「ノウムカルデアでは住居スペースは十分ではなくサーヴァントに一人一部屋与えられてない」という表記があった気がするのですが、幣カルデアは広い!という解釈で一人一部屋ある前提にしてます。

私の都合でランサーがアーチャーの事をかなり好きなので、格好良くて素っ気無い槍が好きな方にはお勧めできません。アーチャーは言うまでもなくランサーの事をかなり好きです。

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 やたらとふわっふわしてんな。
 そう思ったのは確かだ。

 ノウム・カルデアに設置――いや再現というべきだろうか――されて以来、朝から夜、更には深夜まで賑わうこの食堂ではあったが、今日は一段と騒がしい。
 ひとつの異聞帯を越えた事、突如発生するイベントとやらが終息した事、そのどちらもと、いくつかの祝い事が重なって、盛大な宴を開こうとマスターが言ったのが切っ掛けだったと思う。
 ダ・ヴィンチが遺した霊気グラフを基に、再召喚されたサーヴァントも部屋の数に困るほどには揃い、状況も落ち着いたからこそ言える事だった。誰もがそれを理解し、安堵し、何より旧カルデアを発ってからずっと、絶望的な状況と人数で歯を食いしばって駆け抜けてきたマスターが、やっと自発的にそんな余裕のある事を言える環境になった、その事をこそ祝う気持ちだったからだろう。宴は盛り上がりに盛り上がり続け、夕方から始まってもう夜も深い頃だというのに、落ち着く気配も見せない。
 その中でも、ひときわ喧噪を見せる場の中心に、アーチャーはいた。
 珍しい事もあるものだ、とランサーは思う。
 自他共に認める食堂の主として、ここが再開されてから、設備の点検や調整も兼ねて通常時も非常時もくるくると動き回っていた彼だったが、おそらく今日もその調子で働いていたのを、既に出来上がっていた連中に強制的に酒の席に引き摺り込まれたのだろう。その証拠に、肩紐がズレて脱げかけているものの、まだ白いエプロンを身に纏ったままだ。
 袖のない第二再臨に、下ろした髪、おそらく飲まされた酒量は少しだろうに、褐色の肌がそうと分かる程蒸気した頬。いつも眉間に刻まれている皺はなく、そうして大勢に囲まれ、笑う姿は、いつもの老成した青年の面影はなく、どこか少年じみた幼さを見せていた。
 今も隣の、蒼いフードを被った胡散臭い男(槍無しの自分だが)に囁かれてくすぐったそうに笑う顔はひどく気が抜けている。つまり。

 ふわふわしてんな。

 再度ランサーは思う。
 アーチャーに、ふわふわ。
 その表現は実体から乖離しているようで、実はかなり近しいものである事を、ランサーは知っている。
 真面目ぶった顰め面や頑なな態度、強烈な皮肉で覆われたその硬い外側を少し剥がしてやれば、その内側はひどく脆く、そして柔らかい事を。
 言葉と態度の硬さは心配と労わりの裏返し、眼差しの鋭さと憂いは他人への配慮と誠実さで、ひとたび気を許した相手には、その笑みは苦くも優しい。
 ただ、それはマスターや特定の少人数に不器用に向けられる事がほとんどで、こんな大人数に晒される事は稀だったが。
 特に、あんな無防備で、気の抜けた。
 かわいい顔は。
 すたすたと早足でその盛り上がりの中心に近づくと、囲いの後ろに立ち、アーチャーの隣に陣取り肩を抱く程に密着した青いローブの男を睥睨する。どうせ、飲ませたのもこいつだろう、と。

「お、遅かったな、槍持ち」

 初めから気付いていたかのような――いや、気付いていたのだろう、タイミングで振り返って声をかけてくる自分と同じ顔の男――キャスターに、舌打ちしてしまいそうなのになるのを思い留まる。宴の席だ。不機嫌を顔に出すのは野暮だろう。昼過ぎに鍛錬を兼ねた狩りにプロトと抜けて、帰ってきたのはもうこの時間だった。別に出遅れた事に苛立っている訳ではない。
 らしくないのは自覚していた。しかし。
 ……と、思い切り眉を顰めた瞬間、その苛立ちの元凶がキャスターの呼びかけに気付いたのかその白髪頭を上げて、ランサーを見上げてくる。
 その薄墨色の瞳がまるく開かれて、次の瞬間、ほわ、と温度を持って柔らかく溶けた。

「らんさー!どこに行ってたんだ」
「いやお前……夜に宴があるから食材でも獲って来いって人を放り出したのは誰だよ」

 そう、他でもない、このカルデアキッチンの主に、食材調達を命じられての帰還なのに。
 キッチン内をチラと窺えば、全くアルコールの影響を受けていなさそうな頼光と素でアルコールが回っていそうなキャットが談笑しながら調理をしていて、彼女達が片手に持った一升瓶は調理に使うのかそのまま自らに流し込むのかは謎だが、どうやら料理番は完全に交代したらしい。第一、この様子では、アーチャーに台所仕事をさせようなどという輩はもういないだろう。
 そして彼は今、食堂でカルデアの全員に、無防備にそのふわっふわの顔を、声を、晒している。
 思わず、顰めたままの眉を解かずに呟く。

「随分出来上がってんな……」

 呆れたようなその声音に、しかしアーチャーは日頃の皮肉を忘れたように、へら、と笑って見せた。

(いや、へらってなんだ)

 そんな笑い方、初めて見た。
 ひく、と眉をひきつらせたランサーの様子を見上げてニヤニヤと笑っていたキャスターが、アーチャーの肩に手をかけた。

「ちょうどいい、もうそろそろこいつ引き上げさせた方が良いかなと思ってたところだ、部屋に――」
「俺が」

 その台詞の途中に差し込んだ一言だけで、キャスターの腕から大柄な体躯を奪い取る。
 途端、にやり、と自分と同じ顔が、自分では作らないような嫌な笑みを浮かべて言った。

「嫉妬か」
「……」

 刺すか?と本気で迷ったが、宴の席だと二度目の自制で無視をする。

「へや?きゃすたぁ、私はまだしごとがあるのだが」

 ランサーに奪い取られたまま、もたれかかるようにしたアーチャーが、ぽやぽやした口調のままキャスターに訴える。しかしこてんと首を傾げてる時点でもうアウトだ。

「ハイハイ、酔っ払いに仕事される奴なんかいねーよ。部屋に帰るぞ」
「ん、よってはないぞ」
「酔ってんだよ」

 言葉少なに断言すれば、どうしても滲んだ苛立ちに声が尖る。アーチャーは酔いの中にも戸惑うような雰囲気で、ぴたりと口を噤んだ。
 しまった、と思ったが遅い。
 奪い取った身体が熱い。筋肉に覆われた身体だが、体温はいつもはランサーより低い筈だ。それが、熱を持って、肌は少しばかりしっとりと、汗で濡れている気がする。血色の良くなった唇が、ぽてりと濡れて光っている。
 まるで、セックスをしている時のように。
 こんな体温を、他人に預けていたのかと、更に苛立ちが募った。
 苛立つだけの、理由がランサーにはある。
 権利も、あると思う。多分。
 立場や優位性を主張する訳ではなく、そんな問題ではなく。 
 単に、二人が所謂恋人関係にあるからだ。
 そしてその関係が、ランサーから切り出したものだからだ。


 このノウム・カルデアに、同じマスターによる二度目の召喚を受けて。その現状を把握してから、実は始めから、ランサーは決めていた。
 同じマスターに二度召喚される事は奇跡だが、そもそもこの、聖杯戦争に依らない「フェイト・システム」を用いた召喚とやら自体が奇跡じみたイレギュラーなもので、その奇跡も終わりを告げて、英霊達は各々座に退去した筈だったのだ。けれど再び呼び出され、しかも記憶はそのままに、霊基復元と言った方が良い形での召喚。聞けば、人類はまたも人類史漂白という危機に瀕し、元のカルデアは襲撃を受け崩壊、そしてマスター達はやっとの事で彷徨海へ辿り着き、シオン達と共にこのノウム・カルデアを再編成中だという。
 アーチャーとランサー、共に再召喚をされたのは、その再編成の初期だった。二人揃って、再召喚の条件である「霊気グラフが安定している」サーヴァントだったからか。しかしそれが二人ほぼ同時にだったのは、おそらく異様に勘の鋭いマスターの配慮もあるのだろう。
 マスター運に恵まれない自分が、めずらしく良いマスターに巡り合えた。奇跡が重なるその二度目。だからありがたくその配慮に甘えることにした。
 そして再召喚されてしばらく経って、状況が少し落ち着いた頃、夜中にふらりと訪れたキッチンにアーチャーを見止めた時。誰もいない場所で、黙々と、穏やかに、明日の準備をしている彼を見て、ああ、そろそろ良いか、と思ったのだ。だから告げた。

「なぁ、アーチャー」
「なんだ、こんな夜中に時差でおかわりか」
「ちげぇよ。俺をお前見たら戦闘と飯の話しかしない男みたいに言うのはやめろ」
「違うのか」

 さも意外そうに返すアーチャーに、違う、と苦虫を噛み潰した表情になる。確かに、今まで、戦闘と飯の話がほとんどだったことを否定はできないが。今回ばかりはそうじゃない。
 まさにそれ以外の事を告げに来たのだ。

「ふと思う事があってな……お前、俺と付き合う気はないか」
「は?」
 
 アーチャーは、眉間に皺をがっつりと刻んだままの無表情でそう返してきた。
 しかし予想の範囲内だったのでランサーは怯まない。
 ――そう、それは、ふと思った事だった。
 人理修復の後。あの、共に闘った者達が、満足と僅かな寂寥を残し、ひとりひとりと、カルデアを退去して行ったあの静寂の朝。
 マスターに別れを告げ、さぁ消えるか、と金色の粒子に包まれた時に、ふと。
 ランサーは思ったのだ。

 ああ、あいつを、座に連れて行けば良かった。

 そうだ。今回の召喚はイレギュラーだった。
 あの運命みたいな因縁を持つ、いけすかない赤い弓兵。
 あいつとも、同じ陣営で、共に背を預けて戦って、食事を共にして。シミュレーションなんて、遊びみたいな戦闘も繰り返した。
 マスターと共にレイシフトや旅も重ねて。あの冬の曇り空みたいな瞳が、野営の炎を映して金色に揺らめくのを眺めながら、共に火の番をした事もあった。共に前線でマスターを護り、互いに瀕死の状態になりながらも憎まれ口を叩き合って、そうして肩を並べて帰還した事も。
 馬鹿みたいなイベントで、キッチンで楽しそうに料理をしながら、子供みたいな顔で笑うアイツを見た。
 聖杯がもたらす奇跡に近かったと思う。
 だから、そんな事を想ったのだ。

 あいつを、独りで還したくない。
 もう、ひとりにさせたくねぇな。

 それは後悔とも言えない、本当に、ふと頭に浮かんだだけの思い付きだったが、そんな事を思い付いてしまった、という記憶を、記録でなく記憶を、保持したまま再召喚されてしまったこちらの身にもなって欲しい。こちとら欲しいと思ったら即行動することに定評のある英霊である。
 アーチャーはアーチャーで、ノウム・カルデアでの再会で顔を合せた時には、驚いた表情の中、瞳の中にどこかホッとしたような色を浮かべて、なのに唇を歪めて「また君か、もう皮肉も出てこない」なんて言いながら、下手くそに笑うから。
 その、へったくそな笑顔を、可愛いな、と思ってしまったから。
 だから、そう。
 二度目の召喚、この再びの奇跡に。
 ランサーは、アーチャーにそう言おうと決めていたのだった。

「……だから、まあ」

 人気のないキッチンで、突然の告白に瞠目したままのアーチャーに、ランサーはそんな回想をしながら、言葉を重ねる。

「俺の炉端に来い……って言ってもお前にはわからんか」

 まあ、分かってても頷きはしないだろうし、大体、なんだかその言葉も違う気がする。
 嫁取りの対象にしたい訳でもなかった。ただ。

「俺をお前の傍に、行かせろよ。そんでお前を甘やかしたい。俺の我儘だが、お前が嫌でなければ……いや、そうじゃないな」

 これでは、「我儘に付き合う」という意味に取られるなと思って訂正した。奉仕精神の突き抜けた男に、奉仕を持ち掛けるような事を言ってはならない。
 そうだ、これをマスターとこの男に合わせて現代風に言うならば。

「恋人になろうぜ」

 そう告げたのが、ついこの間の話だ。
 断られる気はなかったが、素直にその場でうん、という奴でもないのは知っていた。自分には珍しく、気長に行くかとそんな心持ちでいたのだけれど。
 けれど意外にも、こいつはひとつ頷いて。

 そして多分、やっぱり意味をわかってない。


 * * *


「おい、着いたぞアーチャー、お前の部屋だ」
「んう?ん?」

 引き摺るように自室に連行し、アーチャーの部屋の扉を開けさせると、壁際のベッドに放り込むように押し込んだ。酔っ払いはそのまま横たわりそうな気配を見せている。

「おい寝るな、水飲め。英霊とはいえ二日酔いに云々とか自己管理が云々とか偉そうにほざいてたのはお前だぞ。水どこだ?冷蔵庫か?」
「うん……」
「『うん』???」

 聞いた事のない返事の仕方に、ランサーは目を剥いた。
 かわいい。かわいいがしかし。
 ふにゃふにゃで無防備。
 無防備で無警戒。
 本当に、今夜は見た事のないアーチャーの姿ばかりだ。――ランサーが持ち掛けた、恋人という関係になってからも、アーチャーの態度は特に変わらなかったから。
 ランサーから持ち掛けた関係のそれだ。もちろん肉体関係にも持ち込むつもりだったし、それなら男同士は勝手がよく分からないからと、戸惑いつつもアーチャーは受け身の側を選んだ。けれど彼は、褥ではいつも身体を硬くしているし、その行為が始まる前には絶対にナカには出すなと釘を刺してから、ずっと何かに耐えるような顔をしている。
 快感を得ているのは身体の反応でわかるし、身体の相性はかなりいい、とは思うのだが、いかんせん頑なだ。ランサーの方はいつも興奮で理性を飛ばさないようにするので精一杯、程度には満足を得てしまっているのだが、それ以上は無理強いしているようで気兼ねする。
 だから、二人の間の空気はあまり変わらなかったし、そこまでベタベタと恋人らしいことをしている訳ではなかった。
 別に、この関係になって、態度を急変させて欲しかった訳ではない。そんな女々しい事は思っていないが。
 けれど。

(俺の前では、そんな顔した事ないくせにな)

 食堂で、他の男に凭れるようにしながら、きゃすたぁ、と甘い声で呼びかけたあの声を思い出す。
 信頼し、自らを委ねていた様子で。
 あれは自分に近い存在だ。だからこそ、アーチャーがそんな態度を取るのだと、知ってはいる。けれど。
 だからこそ。
 俺の時だけにすればいいのに。
 そう思ってしまうのは、狭量だろう。
 らしくない。分かってはいる。分かってはいるが。

「らんさー」
「あん?」

 つん、と髪を引っ張られて振り返る。視線を落とせば、酔っ払いがランサーの後ろで束ねられた髪を触って、自分で触っているくせにくすぐったそうに笑っていた。
 くそ、かわいい。
 普段は自分から触って来るなんてしない男が、そんな悪戯な仕草で自分の髪を触ってくる。しかも身に纏っているのは酒臭さの筈なのに、なんかいい匂いまでしてきた。
 ……なんか酔ってんのは自分の方なのでは?と思ってきた。
 慌てて、足早に壁に寄ると備え付けの冷蔵庫を開ける。

「げ、水のボトルストックねぇじゃん」

 覗き込んだ先、狭い部屋の隅に備え付けられたそれは、そもそもが水のボトルが数本入れば良いくらいのスペースだったが、完全に空だった。
 この、他人の備品管理にはうるさく口出しするくせに、自分の事には無頓着な性質持ちめが。
 内心毒吐いて、一旦キッチンにでも取りに帰るか、と立ち上がった途端、再び髪をぐんと引かれる。

「!痛って…!オイ酔っ払い、てめ力加減できねーんだから――」
「きれいだなぁ」
「……」

 苦言を漏らそうとして、さら、と自分の手のひらに滑らせた青い髪を、キラキラとした目で魅入っている酔っ払いに閉口する。
 アーチャーは、そのほわほわの雰囲気のまま髪を引っ張ってランサーを座らせ身体を引き寄せると、すん、と匂いを嗅ぐようにして首筋に顔を寄せてきた。自然、アーチャーからもたれ掛かるような姿勢になる。
 
「っ……」

 こ、こいつ……わざとか?
 動揺のあまり固まりながら、ランサーは自分に突っ込みを入れた。
 いや、わざとそんな事できるスキルを持ってる奴だったらこんなに苦労しないわ。
 それでもふらふらと、思わず手を伸ばし掛けた、その時。

「君たちの髪は、同じ色のようで違うんだな」

 その台詞に、熱を持った頭に冷水を掛けられた心地になる。チ、と思わず舌打ちが出た。
 酔っているとはえ、お互いその気が無いとはいえ、ベッドで他の男の話はない。
 アーチャーの手を乱暴に振りほどくようにして、立ち上がった。

「弱いの分かってんだから、酔うのもほどほどにしろよ」

 背を向けながら、止せばいいのに抑えきれず、背後に吐き捨てる。

「……みっともねぇ」
(ああ、クソ)
 
 違う。
 それは自分へ向けた言葉だった。
 分かっている。みっともないのは自分の方だ。
 見た事のない恋人の姿に勝手に翻弄され、つまらない嫉妬で八つ当たりをした。
 それを分かっていて、分かっているから、アーチャーの顔を振り返ることなんてできない。

 水持ってくる。小声でそう言い捨てて、早足で部屋を出た。


 * * *


「あれ、なんで戻ってきた」
「……ハァ?」

 食堂へ戻れば、水色のフードを下ろして、心底意外そうに言う同じ顔の魔術師にかち合った。
 お前に関係ないだろ、と言い捨てて冷蔵庫に向かおうとしたが、続く台詞に足を止める。

「え?あんな出来上がった据え膳を置いて?お前本当に俺か?槍の代わりにタマ置いて来た?」
「……」

 やっぱり刺すか、と振り返りざま無表情でゲイ・ボルクを手に顕現しかける。が、その行動はキャスターの次の台詞でぴたりと止まった。

「恋人の健気な努力を無下にするのは男の恥だぞ」
「……は?」

 恋人、の関係をこの男が知っているのは、自分が牽制の意味も込めて話したから当然だった。しかし、「努力」とは?
 怪訝な顔で首を傾げたランサーに、途端眉を顰めて難しい顔になったキャスターは、ランサーを壁まで引き摺って周囲に会話が聞こえない距離に誘導した。もっとも、この喧噪では二人で話していても、ある程度の声量でも聞こえはしないのだが。
 キャスターは顰め面のまま、壁にもたれかかると浅葱色の髪に手を突っ込んでがりがりと首の後ろをかいた。

「宴の途中でな、キッチンに寄ったら、アイツいつもの調子で一人で働いてるだろ。だからまぁ、二人でコソっと話す機会があって、お前との関係はどうだって聞いたんだよ」

 まあ、老婆心、というよりデバガメなのは自覚してたが。
 そう言い置いて、キャスターはその時の様子を語る。

 てっきりはぐらかすかと思ったが、その時アーチャーは、キャスターの問いに少し困ったように、そしてどこか不安そうに苦笑した。

「どうかな」
「どうって……してるんだろ、恋人のオツキアイってやつ」
「それが出来てるかは分からないな。私は浮かれているけれど、ランサーは不満かもしれない。彼の求める関係には至れてないと思うから」
「あ?求める?アイツが?何を求めたって?」
「……ああ、そうだな。正直、私にも分かってないんだ。……難しくて」
「何が」
「甘える、というのが」

 どういうことか分からなくて。

 そう言って、アーチャーはその困ったような表情に、途方に暮れたような、けれどどこかくすぐったそうな、複雑な色を混じらせてふふ、と苦笑した。
 どうしたらいいのかな。
 そんなことを、言うものだから。

「……だから、じゃあ簡単だ、酒の力でも借りろよって、吞ませたんだよ」

 まぁ、さすがにあの量であそこまで酔うとは思ってなかったから、少し無理やりなところもあったけど。
 そう事の次第を告げて、キャスターは唇の端を上げた。

「素直になってただろ?」
「……」

 なってた。
 表情や話し方だけでなく、あの、部屋で二人になった時に、寄り添ってきた高い体温を思い出す。
 ふわふわで、柔らかくて。
 けれどあの時、どこか、少しだけ緊張するような表情だった。
 キャスターの言葉を思い出す。
 健気な努力。
 ランサーが嫉妬した、あの無防備な笑顔。
 あれは、他でもない、ランサーのために精一杯差し出された、無防備さだった。
 それを。

(俺は何と言った?)

 ざーっとランサーの顔から、一気に血の気が引く。

「戻る」
「おうおうそうしろ」

 一言言い捨て、キッチンに置いてある水のボトルを引っ掴み、青い槍兵の姿は最速の英雄らしく瞬きの速さで視界から消えていく。
 それを見送って、キャスターは再びトンと背中を壁に預けた。天井を仰いで、紫煙を吐く時のような仕草で、あーあ、と溜息を吐く。

「いいねぇ。……俺も会いたくなっちまったな」

 己の運命に。
 そう静かに呟いて、どこかの時空、炎上する忘れられた街で、ひとり佇む男を想った。

「……そろそろ捕まえに行くかねぇ」


 * * *


 各々の部屋は自動でロックされるシステムで、当然ドアは閉まっていた。一度、いつもの調子でドンドンと拳で扉を叩いてしまってから、次の瞬間にランサーは自分の言動を振り返り、躊躇してその手を止める。
 しかし、インターホンを押して数歩下がるも、反応はない。
 普段だったら、無理やり蹴破るか、すぐに己の朱槍を出していたところだが、弱気な事を言えば、見限られて締め出されても文句は言えない状況だ。
 考えていると、インターホンに応答のランプが点灯したので、慌てて扉に身を寄せる。

「……はい?」

 聴こえてきた小さく、抑えられた声に、ぐっと胸が詰まった。

「俺だ。水持ってきた」
「……ランサー?」

 意外そうな声だった。
 水を取りに出る、と言って部屋を出た筈だったが、聞いていなかったのか、忘れたのか。どちらにしても、つまりアーチャーにとって、己は暴言を吐いて酔った恋人を部屋に置き去りにした男という事だ。最悪に近い。
 ……いや、実情、最悪な自覚はあったのだが。

「水持ってきた。開けてくれないか」
「……」

 扉に声を掛ければ、戸惑うような、迷うような間があった。
 ランサーは内心ハラハラしながら待つ。ドア越しに謝罪を切り出すか。けれど、できれば顔を見たかった。迷いながらも口を開きかけた時、シュンと小さな音をたててドアが開く。

「アー……」

 内側に立つ男の名前を呼びかけて、しかしその姿を見てランサーは息を飲んだ。
 服装は部屋を出た時とは変わらない、袖なしの黒いインナー姿だったが、その髪は濡れてぺたりと額に張り付いて、落とした雫で肩が濡れている。気のせいだろうか、目元が赤い。
 水気を拭う間もなく出てきたのだろう、濡れた大型犬みたいな悄然とした姿と表情で、アーチャーはランサーの視線を避けるように目を逸らした。

「すまない、シャワーを浴びていたんだ」
「は?おまえ、酔って風呂なんか入ったら」

 危ないだろ、と言いかけてランサーは口を噤んだ。
 どうしてか、なんて決まってる。酔いを醒まそうとしたからだ。
 ランサーがあんな事を言ったから。

「あー……あのな。さっきのは」

 歯切れ悪く言いかけて、しかし風呂上りにしては顔色が青いアーチャーにふと眉をしかめた。

「おまえ……」
「っ」

 思わず掴んだ肩が、いや、身体全体が冷えていた。

「シャワーって、水かよ」

 アーチャーに詰め寄るように部屋に入り、後ろ手にドアを閉めながら、呟いた声音が自然と厳しくなる。
 後退るようにして距離を取りながら、アーチャーが気まずそうに首を振った。

「頭を冷やした方がいいと思って……」
「物理でやるやつがあるか!……いや、そうじゃなくて」

 怒鳴りかけて、口を噤む。

「さっきのは失言だった。本心じゃない。許せ」

 ランサーの謝罪に、アーチャーは薄い灰色を瞬かせ、その目を伏せて首を横に振る。

「いや、君は間違った事を言ってない」
「あ?」
「……その。わざと飲んだんだ。君の言うとおり、みっともな……」
「待った」

 思わずその青ざめた薄い唇ごと、口元を押さえた。

「それはキャスから聞いた。だから言っている。俺が悪かった」
「なっ……」

 カッと羞恥に赤くなるアーチャーに、アルコールより赤くなるな、と思わずじっと見上げてしまう。その視線から逃れるようにアーチャーはよろよろと後退すると、脱力したようにベッドに腰を落とした。そのまま青ざめた顔を俯かせて掌で覆ってしまう。

「あ、呆れただろう……その」
「いや、だから」

 そんな事はない。
 最高に可愛いと思うし、呆れたと言うならば、気付かなかった自分に呆れている。
 それを今度こそ間違いのないように伝えたかったが、初手でまずったのだ。既にこんなにも身体を冷たくしたこの男に、伝え方を間違えると先がない気がする。
 怒らせるなら良し。下手したら固有結界を張られる。そこに引き込まれるならまだ良い。
 ああ、そうだ。それなら良かったのに。
 傍にと、自ら招いてくれるような奴だったら。
 思いながら、ランサーは身体を丸めたアーチャーの隣にストンと腰を下ろした。それにびくりと怯えたように肩を揺らした恋人は、こちらが切り出す前にまるで予防線を張るように、早口で、しかし聞き取れないほどの小さな声で呟いた。

「甘え方が分からなくて……」
「ん?」

 思わず聞き返して顔を覗き込めば、アーチャーは俯いたままぎゅっと目を閉じている。

「君はあの時、私に甘えて欲しい、と言っていたから……けれど、私はそんな事、どうしたらいいか……上手く出来ていないだろう?だからつまらない思いをさせてるんじゃないかと……不安になって」

 それで、あんな馬鹿な酔い方を。
 そう言い募るアーチャーに、ランサーはそんな場合ではないのにいっそ感動していた。
 甘え方が分からない、とはキャスターの言葉を借りて聞いていた。けれど。
 不安に?この男が?
 この世にもう何も怖いものなどないみたいな、虚勢だろうとそんな不遜な面を被る事が当たり前になっている男が。
ひとりで、孤高に、揺れずに、立つことを己に課している男が。
 だとしたら、その不安とやらはランサーにとって喜ぶべき事かもしれない。
 けれど、同時に砕くべきものだ。
 だから、静かに、ただ事実を述べる。

「つまらない思いなんか、お前といてしたことなんかねぇけど」
「そんな筈は……!」
「なんでだよ」

 がばっと顔を上げていっそ必死な顔をするアーチャーに、ランサーは不思議に首を傾げた。
 どちらかというと、いつもハラハラさせられてる気がする。
 さっきだってそうだ。あんな柔らかい顔を大勢に晒して、こっちの馬鹿な言葉ひとつで心と体を冷やして。いつのまにか、手の届かないところまで距離を取る。
 だからランサーは、その手を掴んで、引き寄せるのに必死なのだ。

「こっちこそ、つまらん嫉妬と焦燥で八つ当たりをした。許せ」
「なっ……なにを、ばかな」
 
 落した声音でゆっくりと、瞳を合わせたままもう一度謝罪を繰り返せば、アーチャーは驚いたように顔を強張らせて絶句した。
 しかし別に驚く事ではない。
 そうだ。馬鹿な事をしたのだ。
 この、甘え方ひとつとっても、その意味すら分からず手探りするような不器用な男が、己の言葉に、拙いながらも一生懸命、応えようとした結果のこれが。
 本当は愛しくて仕方がない。
 上手く、汲み取ってやれなくて悪かった。心底そう思うし、悔しいと思ってる。

「だから馬鹿は俺だよ。……ただひとつ、否定しておきたい事はある」

 というより伝えておきたいことはあった。

「俺が言った、甘やかすってやつな。お前は誤解しているけど、別にお前に何かして欲しい訳じゃないんだぜ」

 むしろその逆だ。
 甘やかしたい、という言葉に嘘はない。
 けれど、あの時、あの深夜のキッチンで。ランサーは、何か特別なものを、アーチャーに与えてもらえる関係になりたいと、そう思って告白をしたわけではない。
 何故なら、この関係がなくても、ランサーはアーチャーにとっての特別だからだ。
 自惚れではなく、それは運命とまで表現するほど、当たり前の事だった。
 色々な時空で、嫌になるほど何度も巡り合って、殺し合って。時に共闘して。どの局面でも、お互いどうしても無視できない因縁を結んでは、別れて。
 まだ少年だったこいつを、いちど殺したこともある。
 特別なら、もういくらでももらっていたし、奪っていた。
 そして、アーチャーが日頃当たり前のように、周囲に無作為に、無制限に与えている労わりや優しさや厳しさ、その、己を切り売りするような自己犠牲の欠片も。
 それはこのカルデアで、ランサーにも同様に与えられた。

「お前のそれはもはや病気というより生き方だからな。やめさせたり、邪魔するつもりは毛頭ねぇ」

 そう、アーチャーにとって、それは当たり前の事だ。他人に対し、ひとりひとり、親のように、兄のように、保護者のように世話を焼いたり、尽くしたり。
 分け隔てなく与える無差別な優しさ。誰だって、この男の傍にいれば、一緒にいれば、それを当たり前に享受してしまう。
 けれど、ランサーはそれを、ただ享受するだけの存在にはなりたくはなかった。
 そうじゃなくて、ただ。

「俺が、お前に」

 優しくしたい。
 その権利を得たいと思った。

「お前に甘えて欲しいっていうのはそういう意味だ」

 穏やかに、諭すように。
 まるでもう一人の自分が騙る森の賢者のように、紅い瞳に優しさと知性のまろい光を浮かべて、ランサーは目を細めてアーチャーの表情を伺うように少し首を傾げる。

「俺の言ってる意味わかるか?」
「……いや、わからない」
「だろうなぁ」

 呆然と首を振ったアーチャーに、肩を落としてランサーは頷いた。アーチャーの示す無理解に、焦るでもなく、怒るでもなく。だってお前だもの、と、微笑んで。

「別に俺は、お前のその在り方を変えようなんて思っちゃいねぇよ。――結局、お前を許すのはお前だけだから」

 ランサーは力ある英霊だ。けれど、だから、知っている。
 己に出来ることには限度がある。
 英霊なんて身でも、どんなに力が強くても、大いなる事を為しても、この世界そのものにとっては些事だ。なぜなら今まさにそういう状況で、英霊が雁首揃えても白い世界を元になんて戻せてない。
 そうだ、限度がある。
 けれど、この赤い弓兵ときたら。
 限度なんて知らないふりをして、見ぬふりをして。自分に無理を課して、自分を殺して黙々と。そうやって人の身で英霊に、こんなところに来てしまった男だ。
 そんな奴の、世界を、運命を、在り方を変えようなんて、それこそ、聖杯の力でも借りなければ無理だろう。
 しかし己にその気はない。
 エミヤという男の在り方を、哀しくて誇らしい在りかたを。哀れんで変えようなどするものか。
 ……まぁ、やたらと気軽に自分を切り売りし、分け隔てなく差し出すのには時折苛立ちはするが。それでも。

「お前の運命を、在り方を歪める気はない。でも今は傍にいると決めた。――せっかくの、奇跡みたいなこの状況だからな」

 傍にいるし、優しくするし、甘やかす。
 なんだかんだあって、守護者なんてやってるこの難儀な男が、もう嫌だ限界だ全部終わらせてたいなんて思った時にはもう一思いに殺してやってもいい。そういうのは得意だし。
 そんな事を、思ってる。
 ケルトの英雄が、らしくもなく。けれど。
 この現界でくらい悪くない。
 ――そう、悪くはないだろう。

「だからこの関係を望んだんだ。恋人ってやつを。お前が甘え方だったり訳分かんなくても、俺が勝手に、それをできるようにさ」

 だから全部俺のためなんだぜ。
 そう言って、ランサーは快活に笑った。

「お前は、そういうの気にしないで、俺に甘やかされればいいのによ……でもまぁ、難しいよな」

 だってお前だもの。
 溶かすような声音で、また、同じ言葉を言って。
 それは子どもに言い聞かせるような、優しい声音だった。
 いつも掠れてざらつくような、低い彼の声が、そんな風に変化するなんて、おそらくアーチャーしか知らないのではと、そう思わせるような。
 ……そこで、アーチャーはハタと理解した。
 自分しか知らない。
 そんなランサーを、独占している。
 そして、この関係は、それを続けると言う事だ。
 それが許されるのか、と疑問に思う事すらなく、当たり前に。
 それを享受する事。それが、甘える、という事なら。
 この男は、この男にしかできないやり方で、アーチャーを大事にしようとしてくれているのだ。
 この、名高いケルトの英雄が。
 太陽神を片親に持つ、輝ける美しい半神が。
 それは、なんて懐深い愛情なんだろう。
 呆然と、アーチャーは呟いた。

「そんなの……かえせるものがない」
「はぁ?は、お前、ホント、ふ……」

 たまらず、ランサーは笑い出していた。
 奉仕に慣れ過ぎて、享受を知らない男の、呆然とした、零れるような呟きに。
 だってお前だもんな!と快活に笑って。

「だから、な、単純な話、好きなやつが自分の為す事や言う事で幸せそうに笑ってたら嬉しいだろ。それだけの話だぜ」
「は?」

 好きな奴。
 そう言われて、その対象だと言うのに、ぽかんとして理解していない顔のアーチャーに、そうだよ、とランサーは微笑した。

「お前の事が好きだよ。だからこれはそういう、めちゃくちゃに単純な話だ」

 なにひとつ、難しくなんて考えなくて良いだろう。
 そう笑う男に、アーチャーはくらりと眩暈を覚えた。
 また、酔いそうだった
 アルコールではない、幸福による酩酊感。
 ああ、なるほど、幸福、これが。この酩酊感が。
 それならば。

「ほんとうに……あ、甘えても……良いのだろうか」
「ん」

 おずおずと、飛び切り甘い砂糖菓子をひとかけら齧るみたいにおそるおそるといった調子で言うアーチャーに、ランサーは両手を広げた。
 その満面の笑みを見て、ああ、とアーチャーは深く溜息を吐く。体中の力を抜いて。

 そうなのか。これが、甘えるって事なのか。

 許されざるほどの幸福を、ただ享受するという事。
 世界に許されなくてもいい、この男だけに、許されて、この男がそれで喜ぶなら。
 それを己が、許すことができるなら。
 あり得ないのかもしれない。けれど、もし、今、この時だけでも、許されるのなら。
 だから、アーチャーは口を開く。

「今日だけ……今夜だけだ。酔いが覚めたら忘れるから、だから馬鹿みたいに、甘えた事を言ってもいいだろうか」
「いいぜ。言ったろ、本望だ」

 忘れるつもりも、今夜だけのつもりなかったが。
 笑って深く頷いて応えれば、アーチャーは安堵したようにホッと胸を撫でおろした。

「……このまま一緒にいてほしい。そう言っても良いだろうか」
「ああ、いいぜ!」

 むしろ、俺がそうしたい。
 間髪入れずに言えば、一瞬きょとんと瞳を丸くしたアーチャーは、くしゃりと、と、本当に見た事が無い程、やわらかく、少年じみた、幼い顔で笑った。
 酔いに任せるのでなく、信頼と、親愛で。
 輪郭を、ぎんいろに溶かすみたいに、やわらかい笑みで。

「君が好きだ。ランサー。私を愛してくれ」

 今夜だけでいい。

 そっと言われたそれに、ランサーは息を止めた。
 そうして、ゆっくりと、一度深呼吸をして、赤い瞳を数度瞬かせ。それから、くつくつと笑い出す。

「だから今夜だけなんて、させねぇって言ってんだろ。酔っ払ってるお前は忘れるかもしれないけど」

 悪戯っぽいその言葉に、アーチャーは困ったように笑って見せた。

「わざと酔ったとは言ったが……実はそんなに酔ってはいないのだぞ」
「……そうか?」

 あのふわふわな様子は、めちゃくちゃに酔ってたと思うが。
 片眉を上げたランサーに、しかし苦笑したアーチャーは爆弾を落としてみせた。

「アルコールにそこまで強くないのは本当なんだが……正直に言うと、半端なアルコールより、君の魔力の方が酔う」
「は?」
「口づけや、身体を重ねる事に消極的だと思われてると思うが……その、君の魔力がな。唾液に含まれる量だけでも、こっちは酩酊状態になるんだ……だから、その」
「ああ、なるほどな…………なるほどな!!!」
「?」

 呆然と頷いてから、いきなり大声を出したのでアーチャーが若干引いた。
 しかしランサーはそれどころではない。
 思い当ることがある。
 快感を得ている筈なのに、何かに耐えるように、強張らせていた身体。絶対に中に出すな、と言うアレは。
 そういう。

「だから…その。し、したくない訳ではないんだ」

 続けておずおずと言われたそれに、ランサーはクラリと眩暈を覚えた。
 それは、つまり、身体を重ねることや、キスを。
 したい、と言ってるようなものだった。
 素直じゃない言い方が、逆に素直すぎてすごい。
 カッと目を見開いていると、アーチャーがはにかむように笑って、とどめを刺しに来た。

「私にとって、君はアルコール以上に度数の高い男だからな」
「……あのなぁ」

 ランサーは思わず天井を仰ぎ、顔を掌で覆った。
 なんだ、そのエロい口説き文句は。

「ったくお前は」

 ハハ、と力の抜けた笑いを一度漏らして。
 それを満面の笑みに変えると、両手を力いっぱいに伸ばし、自分よりも大柄な身体を腕の中に捕まえた。

「わっ……」
 
 驚いたようにバランスを崩し、胸の中に飛び込んできた灰色の髪に鼻を埋めると、まだすこしだけ冷えた身体に、己の体温を移すように、力強く抱きしめる。

 度数の高い男、だなんて。
 どっちがだよ、と思う。
 今更、アルコールなんぞに酔ったりしない。
 それがこのザマ、この酩酊感だ。
 毎回毎回、いつだって、どこで会ってもこっちを振り回す。度し難く、度数の高い男。

 なあ、覚えていろよ。

 複雑で、面倒くさくて、繊細な。
 どうしようもなく、かわいい男。
 愛してやる。
 かわいいお前が、今夜だけだと自分に言い聞かせ、アルコールに記憶を飛ばしても。照れ隠しに、そんなフリをしても。
 ――ほんとうに、何もかもを忘れて、いつか。
 いつか、お前が消えてしまっても。
 そしていずれ、己もどちらもが、どこかに還って、互いに互いを失っても。
 何度でも。
 見つけ出して追いかけて、その心臓を貫いて。
 馬鹿みたいに愛してやる。

 だからそれを覚えていろよな。

 いつだって、どこにだって。
 この世界に、お前を愛する奴がいる事を。






 END

Comments

  • November 24, 2023
  • あまーーーーーーーーーーい!!!

    September 17, 2022
  • フク
    July 12, 2022
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