世界的指揮者の小澤征爾(おざわ・せいじ)さんが6日、心不全のため、都内の自宅で死去したことが9日、明らかになった。88歳。“世界のオザワ”の死に、世界中が涙した。
1959年(昭34)に仏ブザンソン指揮者コンクールで1位を獲得し、世界に羽ばたいた小澤さんは、各国の楽団ともタッグを組んだ。02年に日本人として初めてニューイヤー・コンサートの指揮台に立ったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は公式サイトで「50年以上、信じられないほど幅広いレパートリーを演奏してきた友人であり音楽のパートナー」。ボストン交響楽団は「伝説的な指揮者だっただけでなく、次世代の音楽家たちの情熱的な指導者でもあった」と悼んだ。
ベルリンフィルも公式Xに日本語で「かけがえのない友人」と追悼。05年に小澤さんが開校した音楽塾「小澤征爾スイス国際アカデミー」も「小澤氏の並外れた音楽のエネルギーは音楽家らを鼓舞し続け、彼が深く愛したこのアカデミーに特別な息吹を与えてくれた」と声明を発表した。
各国メディアも反応。フランスの高級紙フィガロは「クラシック音楽の魔術師」とたたえ、米紙ニューヨーク・タイムズや英BBC電子版、ロイター、APといった通信社も小澤さんの死を相次いで速報した。
小澤さんに師事した指揮者の佐渡裕氏(62)は「大きな悲しみで、ショックです」としつつ「子どもの頃から憧れていて、先生がいなければ指揮者は目指さなかった。カリスマ性とスター性がある世界のマエストロなのに本当に気さくな方でした」としのんだ。
黒柳徹子(90)は、NHK交響楽団の前身・新交響楽団のバイオリニストだった父守綱さんが、小澤さんの師のチェロ奏者・齋藤秀雄さんと弦楽四重奏を組んだ縁があった。「子煩悩で、息子のゆきちゃんが俳優になると言ったとき楽屋までいらして、『息子が俳優になると言ってるけど、どうしたもんだろう』と、おっしゃった」と、息子の征悦が俳優になる際、相談を受けたことを明かした。
岸田文雄首相はXで「世界に志を持ち、国境を越えて大きな感動を巻き起こした偉大な指揮者であり、日本が誇るレジェンドでした」とたたえ、建築家の安藤忠雄氏も「『建築は分からん』と言った。でも『人の心に残るものを、つくって行こう』と誓い合った」と悼んだ。