「浪花のモーツァルト」こと、作曲家キダ・タロー(本名・木田太良=きだ・たろう=)さんが14日午前6時13分、大阪府内の自宅で亡くなった。15日、所属事務所が発表した。93歳だった。在阪テレビ各局のテーマソングや「かに道楽」などのCMソング、坂田利夫さんの出ばやしなど実に数千曲を手がけ、毒舌トークも人気だった。葬儀・告別式は、キダさんの意向もあって、近親者のみでこの日、終えた。

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老若男女に愛された「浪花のモーツァルト」が帰らぬ人となった。

所属事務所によると、キダさんは、3月29日に「最高顧問」として出演していたABCテレビ「探偵!ナイトスクープ」の収録を終えた後、体調を崩し、病院に入院するなどして、静養に努めていた。同事務所は「食欲が落ちたりもあって、そこから退院したりしましたが、体調が戻らなかった」と明かした。

仮にキダさんは知らなくても、キダさん作曲の曲なら、誰もが必ず聞いたことがある。「探偵!ナイトスクープ」に長年出演するなど、関西を中心に圧倒的な存在感を放ってきた。キダさんには64年に結婚し、50年以上連れ添ったタレントの妻美千代さんがいる。

最期も夫人がみとった。

キダさんは30年12月6日、兵庫・宝塚市で警官だった父の6人兄弟の末っ子に生まれた。中学は、通学圏内で「一番上品だった」という関西学院中に進み、14歳で終戦を経験。進駐軍向けの西洋の楽曲に大きく影響を受け、同高在学中、早世した長兄のアコーディオンに触れ音楽に目覚めた。

初めての作曲は浪人中で、大阪・ミナミのキャバレーの歌。当時の「No.1ホステス」で、後に「かしまし娘」を組んだ正司歌江が歌った。関学大を中退し、プロピアニストを志し、作曲活動を本格化させた。

作曲について「メロディーだけなら猫でも作れる」「世の中の曲と多少似ていてもかまわない」「一部の曲は使い回し」との持論があり、そのスタイルが多作に結びついたと話したこともあった。関西名物の象徴としても知られ、在阪のテレビ各局には「いざとなったら、キダに頼め」と言われる存在でもあった。

作曲数の実数は、生前自らも「わからん」と言いながらも、自称で「5000曲」。実質、数千曲に及ぶのは間違いない。アホの坂田として人気を誇った坂田さんの出ばやしは、メキシコ民族舞踊のオマージュ「アホの坂田のテーマ」。

テレビ番組のテーマソングはNHK「生活笑百科」、ABCテレビ「プロポーズ大作戦」「ラブアタック!」、読売テレビ「2時のワイドショー」のほか、人気深夜放送ラジオ「ABCヤングリクエスト」を手がけた。

CMソングにも代表作は多く「と~れ、とれ、ぴ~ち、ぴち…」の「かに道楽」や、「あ~らよ」で始まる「出前一丁」など、数知れない。

また、プロ野球近鉄の大ファンで「近鉄バファローズの歌」では編曲を担当。市町村歌、学校の校歌なども手がけ、大阪桐蔭高吹奏楽部の依頼で野球部応援ソング「アルプス・キダ・タロー」も作曲し、全国優勝した甲子園大会で流れた。ジャンルを問わぬ多作ぶりで一時代を築いた。

所属事務所によると、お別れの会などについては「急なことなので、これから協議したい」とした。

 

◆キダ・タロー 本名木田太良(きだ・たろう)。1930年(昭5)12月6日、兵庫・宝塚市生まれ。関学高でバンド活動を行い、仲間に俳優藤岡琢也さんがいた。関学大社会学部を中退、大学の同学年に俳優高島忠夫さんがいた。64年4月にタレントの妻木田美千代と結婚、猛烈な愛妻家として有名。また落語家笑福亭鶴瓶と親交が深い。